なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
ドルオタはストーカーと似て非なるものらしい
夏休みに入った! と言っても俺は俺でせっせと推しに貢がなきゃならんのでバイトをして、夜になったら幼馴染さんを迎えにいくという日々を過ごしていた。同い年の幼馴染さん、松原花音は非常に方向音痴だから暗くなると家までの道がわからなくなるので彼女の両親にもウチの親にもよろしくと頼まれている。
「あ、千紘くんお疲れ様」
「うん」
まぁでもこのふわっとした笑みを見るとほっとするのが少なくない年月を過ごしてる幼馴染って間柄なんだろうなぁ、なんて考えてるから面倒ではない。あと彼女がいるからポテトを熱々で食べれるって特典もあるしね。
「……あと一時間くらいあるな」
そういう時は決まって推しのライブ映像を見ながらポテトをつまむに限る。心の中でコールを入れたり、ここはレス送ってもらったけかぁ、みたいなことを考えながらちょっとニヤニヤしていると、後からやってきていた隣の女性にじっと睨まれてしまう。
キモイオタクですみませんね。でも別にエロいもん見てるわけじゃないからしょうがないと割り切って無視していると、あなた、と声を掛けられた。
「はい?」
「いつも丸山さんや松原さんがいる上がる時間までここにいますよね?」
「へ……?」
丸山さん、とは俺の推し丸山彩ちゃんのこと? え、いや確かに話してたよ。プライベートでバッタリ出逢ってたんだよ。それが何か? と疑問に思っていたら……ってあれ? この顔なんか見たことあるんだけど……氷川日菜ちゃん? いや俺の知ってる日菜ちゃんはこんなピリピリした雰囲気纏ってる印象ないし、なんなら彩と同じ花女の制服だから違うはずだ。そっくりさん?
「もしやあなたが最近花咲川の辺りをうろついているというストーカーね?」
「いや違いますけど」
「言い逃れは通用しないわよ」
ええ……違いますけど。なにこの日菜ちゃんのそっくりさん。思わず口に出すと眉間の皺をますます深くしてきた。え、なんか地雷に触れた? 家族構成や私と日菜にかかわる話まで知っているのねと言われた。知りません。え、なになに? 俺がますますストーカー扱いされてない!?
「語るに落ちたわね! これで──!」
「え、なにそのゴツイやつ? スタンガン?」
バチバチいってるんだけど!? なんで女子高生がそんな物騒なもん持ってるの!? やはり弦巻さんに相談しておいて正解だったわ、とよくわからない独りごとを呟いた日菜ちゃんのそっくりさんが振り上げたその時、まってえ! とちょっとのんびりな制止する声が聞こえた。
「か、花音!」
「松原さん?」
「待って紗夜ちゃん! この人は……私の知り合いだから……っ」
「知り合い?」
「う、うん」
ほっとした。どうやら騒ぎを見に来てくれたようだ。グッジョブ幼馴染さん。よかった……危うく感電するところだった。
ということで、事情を説明され落ち着いたらしい彼女は、先ほどは失礼しましたと頭を下げた。
「最近ストーカー被害があり……少し気が立っていました」
「ね、熱心ですね」
キリっとした雰囲気を持つ彼女は氷川紗夜、という名前だと幼馴染さんが教えてくれた。氷川、で顔がそっくりってことは姉妹だったんだということにようやく気付いた。そういえば日菜ちゃんのプロフィールや発言でたまに出現してたな。双子のおねーちゃんがいるってこと。つまり彼女こそがその双子のおねーちゃんさんなわけだ。そっくりさんもおねーちゃんさんも呼び方がめんどいので雰囲気と発言から俺の中では風紀委員さん、と名付けよう。
「ところで、日菜を知っている、というのはどういうことでしょうか?」
「え、いや……俺、パスパレのオタクだし」
「パスパレの?」
また眉が吊り上がったんだけどこのヒト地雷埋まりすぎでは? パスパレの何がいけないのかとビクビクしていると日菜推しですか? と質問が飛んできた。いえ、彩ちゃん推しです。単推しです。
「つまり……けれど丸山さんがここで働いていることは知っていますよね……まさかっ」
「どうしてあなたは俺を犯罪者にしたがるんですかねぇ!?」
話してるだけでガンガン精神削り取られてくんだけどこの人マジでヤバいな!? この勘違いおばけの風紀委員さんを説得にとんでもない時間はかかった。けど丸山さんのストーカー予備軍という扱いになってしまった。違うんだって、彩と彩ちゃんは俺の中で別物の扱いになってるんだってば……!
「わかりました」
「なにが……?」
「白崎さん、あなたを監視させていただきます」
「……へ?」
「ファストフード店であなたが本当にストーカーではないことを確かめる、と言っています。わかりましたか?」
いやわかりたくない。ぜんっぜんわかりたくないからね。
しかもそれ、俺がストーカーされてるまであるよ? そうですね美人のストーカーなんて信じてもらえないですよねこんちくしょう。というかなんでそんな俺を敵視してくるのこの人? あれかな? もしかして妹がアイドルだからドルオタに厳しいとかそういうのかな?
「た、大変だったね……」
「まぁしょうがない。オタクは嫌われる存在だから」
オタクってのはどうしようもなく異質で異常なんだよ。趣味も他人に合わないのばっかりだし大抵欲望に忠実だから嫌われやすいしね。
それでも趣味ってのは本人の嗜好そのものであってさそう気持ち悪いからって変えれるもんじゃないんだよね。アイドルを追っかけてるのだってそうだよ。
「……千紘くん」
「ああ、ごめん」
心配そうな声を出されて俺は咄嗟に謝った。
こう考えるのは、元カノのこと引きずってるせいもあるのかなぁ。ダメだな、こんな後ろ向きじゃあ。顔も暗くて態度も暗い、画面見ながらにちゃあと笑う俺が風紀委員さんの目に映れば……そりゃあキモイでしょう。でも、それが俺だなんて開き直るつもりはないにしても、どうしていいのかなんてわかったもんじゃないし。
「千紘くん……は、キモくないよ」
「……花音」
「だって、私は……」
俺の手を掴んで一生懸命にフォローしてくれる幼馴染さん。こんなこと言ってくれるのは彼女くらいだ。まぁ中学時代疎遠になったとはいえ、幼馴染だからなぁ。このキモさに慣れてるみたいな部分もあるんだろうけど、それでも俺はその言葉にちゃんと救われてる気がした。
「ありがと」
「……うんっ」
こんな風に俺をフォローしてくれる幼馴染さんだけど、彼女の方が傷はでかかったりする。なにせ……まぁいいや、こんなめんどくさい話、今はいらないよな。元カレがちょっとアレなだけだし。というか……あ、この話、風紀委員さんにするかどうか……するかぁ。
「あ……今日、千紘くんのおうち、行ってもいい?」
「どうした?」
「……ご飯、まだでしょ? 私もだから」
一緒に食べようってことね、なるほど。大したものないけど、そして俺が大したもの作れるわけないことくらいは知ってるか。そうすると料理担当は自然と幼馴染さんになるわけで。なんか申し訳ないね。
「ううん大丈夫。簡単なものしか作れないけど」
「その簡単すらできなくてコンビニ弁当なんだけどね」
ウチの両親は帰りが遅いことが多く、また帰ってきても夜を抜くことが多い。朝は充実してるんだけどね。でも健全に三食を必要としている男子高校生としては夜飯どころか場合によっては夜食も必要なわけで。
「ダメだよ、栄養偏っちゃうよ?」
「……わかったわかった」
「もう、わかってるとは思えないんだけど」
わかってるって、お前がふわっとしてるくせに強引で頑固なところがあるってことは。
おじゃまします、とか言うクセに、慣れた手つきでエプロンをつけて冷蔵庫を開ける彼女のスカートに、ついなんかこういうのフツーのキモオタにはないよなってマウント取りたくなった。かわいい幼馴染が制服の上にエプロン着用で晩飯を作ってくれる世界、素敵だね。
「なんか……えっちなこと考えてない?」
「考えてない」
「……嘘ついてない?」
嘘は吐かないよ。だって俺は幼馴染さんとの約束があるからね。ただこのルールの穴をついてえっちなことは考えてないけどやましいかやましくないかと言われたらやましい視線は送ってた。
「パンツとか見ちゃだめだよ?」
「スパッツには興奮しないよ」
「……え?」
そう言って幼馴染さんは何を考えたのか俺に見えないようにスカートをめくり、ほっと息を……ってスパッツとか履いてないの? そう問うたら熱いじゃんと言われた。それでいいのか!? おたくの制服スカート膝上丈ですよねぇ!?
「まぁ女子校だから……」
「その一言でいいのか」
みんなそんなものだよと言われ、じゃあ風紀委員さんもなのかな……と想像してしまう。あの人、なんか下着のレースとか嫌いそう。かわいいとかそういうのに興味なくて、隠せてればなんでもいいです、みたいな感じがしてくる。
「……千紘くん?」
「な、なに怒ってんだよ花音」
「今、紗夜ちゃんのパンツのこと考えてたでしょ」
「な、なんでわかるんだよ!」
エスパーかなにかですか? 何にも口に出してないのにそんなピンポイントにわかるとかすごい能力だなぁ。俺にもほしいよ。
幼馴染さんは変態さん、と俺を罵ってくる。変態さんじゃないです。だってああいう人って下着どういうの買うのとか思わん?
「そういう想像をするから変態さんなんだよお」
「……そういうもん?」
「うん」
うんって……まぁそっかわかった。俺はそれ以上の追及をやめて、幼馴染さんの料理に舌鼓を打った。
──ってかやっぱり料理上手だよなぁ。美味しいんだが? そんなことを言って照れる幼馴染さんとの夕飯を楽しみながら、俺は今日出逢ってしまった美人のことばかりを考えていた。厄介なヒトに目をつけられたなぁ、と。
その考え通り、俺は彼女と顔を合わせることが多くなった。
「いいですか白崎さん」
「はい」
「オタク、というものの一般的イメージはご存知ですよね」
「そりゃまぁ」
「しかもドルオタとなると一般人から見たらストーカーのそれと大した差を見出すことはできません」
いつも通り彼女のバイト終わりを待機していると、風紀委員さんが向かいの席にやってきてトレイを置いた。Lサイズのポテト……しかも二つも。
言ってることキツいなぁ。俺はポテトを摘まみながら話半分で聞いていた。
「……聞いていますか?」
「それなりに」
「それなりでは意味がありませんっ、きちんと聞いていただかなくてはいけません」
あのね、俺が冤罪だってわかってるのに信用できませんって向かいに座るの意味なくない? しかもグサグサ刺さるようなことばっかり。
しかし風紀委員さんは俺の倍くらいのスピードでポテトを食しながらお説教のようなそうでないような言葉をつらつらと並べていく。ポテト好きなの?
「す……好きじゃ、ありません。こんな添加物の塊のような……っ!」
「ひょいひょい食っててよく言うね?」
「う……いつもは一人だったから油断していたわ」
どうやらフライドポテトが好きな様子。風紀委員さん以外に舌はジャンキーなんだ。ところでウチの幼馴染さんにポテト受け取る時によろしくと言われたんだけど、どういうことなの? そう質問を追加すると風紀委員さんはまたもや気まずそうな顔で俺から目をそらした。
「き……気付かれていたなんて……」
「ん?」
「なんでもありません。そ、そもそもあなたがストーカーでないと言うのならそれを証明すべきです。具体的には──」
「具体的には?」
「──真犯人を探す、とか」
「えっ」
まってまって、真犯人を探す!? 俺とあなたで!?
それには大反対だよ。さっきまで話半分に聞いてたけどそれだけは聞き逃せない。だって相手はストーカーだよ?
「ええそうですが」
「相手がヤケになったらどうするのさ」
そういうのは専門家に任せるべきだよね。子どもで、ましてや風紀委員さんにいたってはそのストーカーの対象の女子高生だよ? 危ないに決まってるじゃん。
けれどあなたの疑惑が晴れませんよと言い出す風紀委員さん。なんでそんな頑固なのさ。
「いいよ、いいよそれで」
「……はい?」
「別に俺がストーカーでいいから、そういうのはやめよう」
「どうして?」
どうやら相手は男性ってことは目撃情報から確定してるらしいから、そうすると風紀委員さんのことを女性だと認識したら力で無理やりねじ伏せることなんて簡単だっていう発想になる。そうなったら俺は守り切れる自信ないし、目の前で風紀委員さんがケガしたり……もっと最悪なことが起こるなんて考えたくもない。
「……それは」
「というかそのためにここに通ってたんですね」
「ええ……」
ごっついスタンガンの件といい、このヒトは責任感みたいなのが強いのかな。でも危なっかしいところもある。
別に俺は風紀委員さんと友達でもないし、ついこの間知り合ったような人だけど、他の生徒の……そして幼馴染さんのために頑張ってるヒトは放っておきたくはない。俺だって幼馴染さんのこと心配だし。
「白崎さん……」
「評価を改めてくれますか?」
「いえ」
いや今のは見直してくれるところでしょ! ちょっとふわっと俺の名前呼んでからのいえ、の落差は一体なに!? そう思ったら風紀委員さんは俺のその顔がよっぽど面白かったのか、楽しそうにくすくすと笑い始めた。なに? なんなの!?
「ふふ……」
「ひどくない?」
「それでは、契約成立……ということで、犯人捜しのようなことはしません。その代わり……連絡先を交換しましょうか」
「うん……?」
「連絡できた方がなにかと便利でしょうから」
いいけど、と言うとメッセージアプリの情報を交換した。氷川紗夜、という名前と紺色でネックのところに薔薇があしらわれたギターのアイコンをした新しい友達が、俺のところに追加された。俺は今のアイコンピンクのペンライトだったっけ。
「よろしくお願いしますね」
「うん」
正直よろしくしたくなかったけど、こうして俺は風紀委員さん……紗夜さんと知り合った。
氷のように冷たいかと思えば、時折火傷をしそうなくらい熱いヒトと出逢った。最初は正反対で何もかも分かり合えないと思った。けど自分のことが嫌いで嫌いで仕方がないっていう共通点のある彼女。
──当時はまだ、日菜ちゃんのことを素直に応援することも、それどころか日菜ちゃんのことも認められなかったけど、目まぐるしく変わっていく彼女とのファーストコンタクトだった。
ちなみにそのすぐ後、俺が提供した情報でストーカー……まぁ花音の元カレなんだけど、彼の問題は解決したのだった。教えるかどうか迷ったけど言っておいてよかったな。