なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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結局は私も同じ穴の貉なのね

 ストーカー騒ぎが収まった後も、私は彼とファストフード店で出会えば同席で他愛のない話をするような仲を保っていた。

 彼はまだ私がオタク嫌いだと信じて疑っていないようね。いえ、ああいう手合いの男が好きか嫌いかと言えばそうなのだけれど、それが一般人から見た偏見からくるものではなく、実体験だった。もっと言うなら実体験になった、と言う方が正しいかしら。

 ──私は日菜と向き合うと決めた日から、白崎さんの言葉もあってパスパレのライブやイベントに参加している。そんな秋の日のことだった。

 

「こんばんは」

「紗夜さん。どうも」

「ええ」

 

 もはや日常と化した白崎さんを真正面においての雑談。日常的に行っていることだったからその変化にはすぐ気づくことができた。

 肘に充てられた包帯、大怪我というほどではないけれどきっとあの下は随分擦り切れているというのが想像できるものだった。

 

「ああこれ? いや相手があんまりにも危ないプレーするからさ、ちょっとスパイク当たっちゃって」

「……体育の授業、ではなくて?」

 

 スパイク、という言葉に体育でそんなもの履かないわよね? と疑問が湧いてきた。白崎さん、認知厄介ドルオタという嫌われ者の称号を持つほどアイドルにのめり込んでいる彼がスポーツをしているだなんて想像もできないけれど。

 

「ん? ああちょっと前からフットサルやってるんだ」

「……運動不足ですか」

「違うよ! 趣味!」

 

 趣味……? と首を傾げるともしかして俺が運動できないと思ってるの? と苦笑いをした。運動ができると言うオタクの八割は多少と認識を改めるべきだわ。その返しに白崎さんは多少だよと訂正してきた。

 

「中学はサッカー部だったからね」

「卓球部のイメージありました」

「……それは偏見」

 

 いけないいけない。そういった偏見はよくないわよね。けれど白崎さんがサッカー少年だったなんてイメージつかないわね。

 ──まぁ、ケガでダメになっちゃったから。そんな風に白崎さんは自嘲気味に笑った。

 

「途中でさ、結構なケガやらかして……選手生命にはなんも異常がなかったんだけど、入院中に読んだラノベが面白かったってのもあるんだけど……怖くなって」

「怖く」

「はは、ビビりすぎでしょ? でも頑張って努力して上手になって、レギュラーとかになったりしてさ。その先にあるものが退屈な入院生活だったって思ったら、嫌になっちゃってさ」

 

 その気持ちに……私は軽薄だとか、そんなことでだとか、いつもような憎まれ口は叩けなかった。

 私だって簡単に色々なものを諦めて、嫌になってきたから。何をしてもすぐ日菜がまねをして、日菜に追い越されて、私はそのたびにすべてを捨ててきた。努力した先にあるものがなんなのかもわからないまま。

 

「……それが」

「うん。最近さ、またやろうって頑張ろうって思ったんだ。そうしたら……こんな自分でも好きになれるかなーってさ」

「……そう」

 

 まるで鏡を見ている気分になってしまう。だって、私も今は私の音を好きになるために頑張っている。変わろうとしている。それを見せられているようで……嫌な気持ちにはならなかった。似た者同士なんだ、ということが私の心を緩ませた。

 

「試合とかもしているのね」

「そそ、次の土曜で」

「何処でやるの?」

「えーっと近くの運動公園で……って、なんで?」

「いえ」

 

 そう、ちゃんと覚えておいたわ。土曜は練習を休むことにしましょうか。

 私は帰って素早く今井さんに連絡をした。

 思えばこんな勝手でプライベートな理由でお休みをするのは始めてだから、緊張してしまうわね。

 

『もっしもーし、どしたの紗夜~?』

「今井さん。今度の土曜の練習なのですが……」

『うん、どうしたの?』

「その……」

 

 えっと、なんて言えばいいのかしら? 当然だけれど今井さんは白崎さんのことを知らない。いくら日菜でもアイドル活動で認知したオタクのことを教えてるとは思えないし。けれど、どうしたものだろうか。長くなるけど説明を? いえ、ここで別に白崎さんのことを教える意味はないし、簡潔に今必要な情報を伝えることにしましょうか。

 

「今度の土曜に白崎さんという知り合いの男性が所属しているフットサルの試合を観に行こうと思うので」

『……紗夜?』

「どうかしましたか?」

『待って今……白崎さんっていう? 知り合いの男性って言った?』

「はい」

 

 何か問題があっただろうか。確かそんな穴を開けては困るほどの打ち合わせはなかったはずだけれど。

 ダメならばRoseliaを優先します、と付け加えると今井さんは途端に慌てたような口調になった。

 

『いっ、いやいや、ごめん紗夜! そっち優先でいいから!』

「……はい?」

『え~、マジで? ちょ、ちょっとごめん、アタシ、友希那にも報告してくるからっ、じゃ!』

 

 切れてしまった。慌ただしいけれど、本当に何があったのかしら。

 まぁそれはそれで明日の練習の時に事情を聴いてまた決めればいいと判断し私は帰路についた。

 ──それが翌日、あんな騒ぎになるとは。

 

「白金さん」

「は、はい……あ、氷川、さん」

「よければ一緒に行きませんか」

「……はい」

 

 同じ学校に通うメンバー、白金燐子さんに声をかけ一緒に目的地を目指すのだけれど、白金さんの視線がやたらとせわしない。私の方をちらちらと見ては、何かを言いたそうにしている。様子がおかしいわね。

 

「白金さん?」

「ひゃ、はい……」

「私の顔に何かついていますか?」

「あ、あの……えっと、その……今井さんから、聴いた、話なんですけど……」

 

 今井さんから? 昨日から一体何があったのだろうかと首を傾げて白金さんの言葉を待つ。彼女はあまり他人と言葉を交わすことが得意ではないから、ここは大人しく待つことにする。こういう時白崎さんは私が何かを言う前には既に会話を始めてくるから所謂オタク気質にも色々いるのだなとわかる瞬間よね。

 

「──お、おめでとう、ございます」

「……ごめんなさい、話が見えないわ」

 

 なぜ今井さんから聴いた話のリアクションで私が祝われるのかしら。まったく意味がわからなくて困惑していると、白金さんが慌てたように違うんですかと問い返してくる。何が違うのかしら。

 

「こ、恋人が……できた、と、今井さんから」

「……なぜ?」

 

 なぜそうなっているの?

 ──ああ、もしかしてあの時の。やっぱり言葉が足らなさ過ぎたかしらと白金さんに誤解であることを伝えておく。まったく、私が男性の名前を出してその人の活躍する姿を見に行きたいからって……そうね、私でもそれだけ聴けば勘違いするかもしれないわね。

 

「ともかく恋人ではないわよ今井さん」

「う……だって紗夜が、わざわざバンド休んでまで試合観に行きたいなんていうからてっきり……早とちりだったよ」

 

 余談かもしれませんがスタジオにやってきたらあの湊さんまで一緒になってお祝いムードだった件については……なんでしょうね、なんてツッコめばいいのかわからないから保留にしておきましょう。今井さんや宇田川さんに至ってはどうやら恋バナとやらをする気満々だったようで、とても残念がっていた。

 

「えーでも紗夜さんが男の人と仲良しなの意外ですねー!」

「確かにね~、紗夜ってば男なんて……みたいなこと言ってそー」

「……失礼ですね」

 

 いくら私でもところ構わず男を嫌うような面倒な性格はしていないわ。特に白崎さん相手にそこまで嫌悪するようなことはないのだもの。

 ──というと今井さんがまるで蘇るかのようなテンションでなにそれ、とキラキラした目を送ってくる。

 

「なによ」

「もしかして……付き合う手前、的なー?」

「違います」

 

 そんなにキラキラするようなことだったかしら? と思ったけれど、今井さんと宇田川さんはいい雰囲気なんじゃないの、と言い合っている。

 私としては、そんな雰囲気になった覚えはないし……なにより一つ、それを妨げる要因になるものがあった。

 

「お待たせ」

「うん、帰ろっか……」

「おう」

 

 幼馴染の松原さん。彼と彼女とあのストーカーの関係は私には計り知れるものではないけれど、あの二人の絆は少しだけ特殊だなという思いはある。特殊で、他者がおいそれと入ることのできない、二人の空間がある。他にも、彼には抗いようのない最上の女性がいるのだから。

 

「あ、千紘くんだ!」

「彩、お疲れ」

「お疲れさまー……あ、ポテトだ」

「また?」

「えへへ~」

 

 丸山さん。彼女は白崎さんにとって推しでありながら、どうやらファストフード店で出会って、別の関係を築いているようだった。

 私は、そのどちらでもない。どちらでもなく、ただ彼にとって話しをするだけの知り合い。それ以上の関係ではないし私にも白崎さんにもそれ以上の気持ちはない。

 

「……そっか」

「ええ、だからあまりそういう言い方は……彼に失礼よ」

「紗夜、さん?」

「あこ……いいから。ごめんね紗夜、練習しよっか」

 

 幼馴染、推し、そういう名前のある関係を彼は好む。じゃあ私は? 私は彼の中でどういう名前になっているのだろう。

 まさかまだ、日菜のそっくりさんだなんて名前ではないのか。そんなことを考えると急になんだか白崎さんとの距離が、暗く寂しいものに感じた。

 

「……私は、別に」

 

 誰への言い訳なのか、私にもわからなかった。けれど、その日のギターはとても、悲しい音が鳴っていた気がした。

 少しだけ、私の世界を濡らす雨がまた降っているような、それでいてこの炎のような気持ちに私はまだ名前をつけられないままでいた。

 

「さーよ!」

「今井さん?」

 

 帰り際、今井さんが私に声をかけ、ちょっと寄り道してかない? と提案してきた。恋バナならできませんよと返した私に対して、今井さんは困り顔をしてそんなんじゃないって、機嫌なおしてよーと軽口をたたいた。

 

「でも、紗夜はなんでその白崎さんって人の試合を観に行きたいなんて思ったの?」

「……純粋な興味です」

「フットサルに?」

 

 それは……違う。純粋に興味が出たのは、白崎さんに対してだ。彼は私に似ている気がしたから、彼はどうやって自分のことを好きになろうとしているのか、どうやって自分の生き方を褒められるようにしているのか気になっただけ。それだけのこと。それを遠くから見つめて、知りたいと思ったことを正直に伝えた。

 

「私もまだ、日菜と向き合って、自分の音と向き合うと決めたばかりですから」

「そっか……似てた、ってこと?」

「単純に言えば、そうなるかもしれませんね」

 

 似てたから興味が出てきた。その程度のことなのかもしれない。けれどその先になにがあるのかはまだわからない。何も得られないかもしれないし、もしかしたら練習をした方が有意義な時間になることも考えられる。

 

「でも……紗夜は行くんだ」

「ええ」

「約束したわけでもないのに」

「私が勝手に行くだけですから」

 

 そう、私が勝手に観に行きたいと思っただけ。応援したいわけでも、ましてや彼のようにレスが欲しいわけでもない。オタクとしての活動なら日菜を追いかけるので忙しいし、いつもの姿では逆に目立つこともあってシュシュやらTシャツやらペンライトやらを買ってしまったし……そういう財産的な意味でも彼に貢ぎたいわけじゃないもの。

 

「紗夜ってさ」

「なにかしら?」

「……ううん、なんかあったらアタシに相談してよ!」

「ええ、頼りにしています」

 

 そう約束をして、私は土曜を迎えた。時間になって、グラウンドにはポツリポツリと人が観戦に来ていた。アマチュア同士だからそこまで人は少ないのね。

 ──だからこそ、私はすぐに彼を見つけることができた。お揃いのユニフォームではないけれど、仲間と何か談笑をしていた。私はその彼をじっと見守っていた。

 やがて試合が始まり、攻撃と防御が入り乱れていく。相手チームは個人個人の能力が高めなようで、あっという間に相手チームに一点が入った。

 観方はサッカーと同じでいいかどうかはわからないけれど、ボールを蹴って網状のゴールに叩き込む、という基本的なものは変わっていないはずだと見守る。

 

「──さんやっぱカッコいいよね~」

「相手チームに比べたらだめだよー」

 

 ふむ……確かに、相手のフォワードをしている人はイケメンと呼ばれる顔立ちをしている。細いながらも脚回りはいい筋肉がついているし、プレーも光るものがあってとにかく目立つ。さっき点を入れたのもその彼だった。

 

「千紘っ!」

「……あ!」

 

 相手チームの応援をした女性が声を上げた。先ほどのイケメンの彼に出されたパスをインターセプトをした少し体格の大きめの方がすぐさま白崎さんにパスを渡した。そこからのスピードは凄まじいの一言だった。

 二人、白崎さんともう一人があっという間のパスワークで敵陣まで切り込み、そして白崎さんの左脚がボールを鋭く蹴り、ゴールネットを揺らした。

 あっという間の時間だった。みんなとハイタッチして肩を組まれゴールを喜び合う白崎さんが、ふと私の方を見て驚いたような顔をした。

 

「──紗夜さん、見てた!?」

 

 なんて、少年のようにキラキラした表情なんだろう。この人は本当に、サッカーを……たとえフットサルだったとしても、こんなに好きでいるんだ。一度は諦めた、恐怖したものをこんなにも嬉しそうに自慢できるものなのだろうか。

 

「カノジョかな?」

「今の人もカッコいいよねっ」

 

 なにより……ああ、私にだけ、彼はあの笑顔をくれた。レスポンスをくれたのだ。それがまるで今までの全部の彼への気持ちに答えをつきつけていくようだった。

 心臓が痛い。心臓が破裂しそうなくらいにドキドキしてしまうのだろうか? そんなの決まっている。今まで感じたことのない気持ちも、私は素直に認めることができた。

 

「もう一点、千紘!」

 

 声が自然と出る。それまで静かに見守っていたはずの私に隣の女性が少し驚いたように私を見た。カノジョではないけれど、それでも私は彼にとって、特別なんだ。

 誰でもない、紗夜さん、であっていいのだから。

 ──私は、白崎千紘が好きだ。とっくに扉の前にいて、きっかけという鍵を今手に入れたというだけ。純粋な好奇心が開いた扉の先にある彼の少年のような笑顔に、私はあっという間に恋に落ちてしまったのだった。

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