なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
ひょんなことから知り合った紗夜さんとも気付けば半年以上の付き合いになっていた。色々あった時、例えば花音の関係とかでも俺は紗夜さんを頼った。いつの間にか紗夜さんのことを風紀委員さんとは呼ばなくなって、紗夜さんは一番俺のことを理解してくれるんじゃないかって思っていた。
「結局、断ったのね」
「……うん。花音の傷は舐め合っちゃダメなんだと思うから」
「あなたの傷も」
「そうだね」
何につけても紗夜さんを頼ってしまって、申し訳ないなと思った時もたくさんあったけど決まって彼女はいいのよと優しく微笑んでくれた。というか初めて会った頃よりも随分まあるくなりましたよねと思う三年生の春でございます。
「丸く……体重は増えていないけれど」
「そっちじゃなくて」
「わかっています。千紘は冗談が通じないわね」
「紗夜が冗談言うとは思ってないからね」
時間にすればたった半年ということなのかもしれないけど。その半年で紗夜と俺の距離は目に見えるかたちで縮まっていた。最近じゃファストフード店じゃなくて大容量のポテトが食べられるファミレスか紗夜行きつけの喫茶店ばかりに通う始末だ。
今日もその羽沢珈琲店で優雅な休日を過ごしていた。
「……それで? 神戸ライブどうするのよ」
「あーあれ? 俺……」
「またパレオさんを頼ろうと言うのね」
「うぐっ」
図星です! 図星ですぅ!
だってパレオちゃんがさ、是非是非! とかかわいらしく誘ってくるもんだから結局断り切れなかったんだよね。紗夜はそんな俺に対してあからさまな溜息をついてそんなのだからあなたは女性関係に失敗するのよ、と言い出した。
「ひどい言い方する」
「松原さん相手に折れかけたくせに」
「それは……」
「あなたがもしあそこで私に何も言わなかったらどうなっていたのかしら?」
──どうなってたんだろうね。いやもしもの話なんて意味がないと思ってるからあれなんだけど、ちょっと考えたくない。ずるずると付き合っちゃって、結局アイツを傷つけたんじゃないかって思うと、プライドとか紗夜にもしかしたら呆れられるんじゃないかって怖さを克服してよかったと思うよね。
「まぁいいわよ。その代わり私も一緒でいいか訊いておいて」
「わかった」
パレオちゃんと紗夜と一緒に行くのか……なんだか周囲に女性ばっかりでまた面倒なことを言われそうだな。そう思うだけで何もしないし俺のプライベートだから関係ないんだけどさ。そんな無駄なポジティブを発揮していると千紘くん! と明るい声が響いてきた。
「紗夜ちゃんも、お疲れさま!」
「あれ、レッスン終わったの?」
「うん! 千紘くんいるかなぁって思って寄ったんだ~」
声の主は推しでもある丸山彩ちゃん。まぁプライベートだから俺は彩って呼んでるんだけど、その彩とは普段はファストフード店でエンカウントすることが多い。だけど珍しいところに来てるね。千聖さんやウチの幼馴染さんも常連だからホントに珍しいかどうかで言ったらそうでもないんだろうけど。
「推されてるわね」
「おねーちゃんさんには負けるけど」
「姉だもの」
でたでた、推しでマウント取ってこないでくださーい。この日菜ちゃんガチ勢のオタクさんはこうやってことある度に俺に対してオタク的マウントを取ってくる。それをする目的はキモオタ的な理由じゃなくてただ俺をいじめたいだけらしい、サドすぎる。身内以上に強くなれるオタクおる? おらんでしょ。
「紗夜ちゃんと千紘くんって仲いいよね、付き合ってるの?」
「付き合ってません」
「まぁ恋愛感情はないし、オタ仲間かな?」
「……ふん」
「痛った!?」
足踏んだ! 今足踏んだでしょしかも思いっきり! めっちゃ痛かったんだけど。講義するけど紗夜はつんとそっぽを向いて知らんぷりしてくる。ひど! 肉体言語に訴えかけるのはサドとかじゃなくてただの暴力だって常々言ってる気がするんだけど!
「うるさいわね……そんなに言い切ることないじゃない」
「なんて?」
「うるさい、と言っているのよ」
「痛っ、また!?」
ほら見て! 彩が苦笑いに変わってるんだけど? この微妙な空気どうしてくれるんだよ! ねぇこっち向いてもらえます!?
彩はそんな俺と紗夜の様子にもう一度だけ引いた様子でな、仲良し……なんだね、と呟いた。
「こんな推しを追いかけるために年下の女の子に貢がれることをよしとするドルオタと仲良しだなんて勘弁してもらいたいわね」
「……あ、あはは。だって千紘くん」
だってとか言われても、そもそも紗夜は俺のこと嫌いすぎじゃない? この間もさ、ファストフード店で彩としゃべってたら後で物凄い罵倒してきたし、俺のことことある度に犯罪者だのなんだのってさ。
「紗夜ちゃん……」
「な、なんですか」
「えっと……もうちょっと素直になったら、どうかな?」
俺が彩に愚痴を言うとなにやら紗夜に曖昧な言葉をかけていた。なんなんだろう。諫めてくれてるっぽいからまぁいいか。ありがとう彩! 流石俺の推しだ! 笑顔が素敵で明るくてかわいい!
「……ばか」
「え?」
「どうせ、ほとんど笑顔にならないし明るくもないしかわいくもないわよ」
「はい?」
なんかぶつぶつと言ってる。確かに笑顔にならないしどっちかっていうとクール系だから彩とは大違いだけど。
んん? これはどう言ったら不機嫌が直るのでしょう? 考えるよりも思ったこと言った方がよさそうだな。
「紗夜はカッコいいからね?」
「……そう」
それに俺は紗夜の笑った顔あんまり見たことないけど、その分見せてくれた笑顔は正直彩にも劣らないくらい素敵で幾ら払えばいい? ってくらいだったよ。ほら、いつも試合観に来てくれた時のとか。
「へぇ……いつも試合……なるほど?」
「なんですかっ」
「ううん、やっぱ仲良しだなぁって」
「丸山さん……からかっているなら怒りますよ」
きゃーと全く怖がっていないように彩は俺の方にやってくる。あの、あのですね彩……俺には紗夜が修羅に見えるんだけど。なんでそんなに怖がってないの? 俺脂汗出てきたくらい怖いんだけど。熱い! 灼熱の怒りを感じるよ!
──普段はこんなんだけど、俺がゴール決めて紗夜にガッツポーズするとすごいいい笑顔してくれるんだよ。恥ずかしいから言わないけど、ドキっとするくらい素敵な笑顔でさ。
「紗夜ちゃんはいつも観に来てくれてるの」
「だいたい。ほら大きなライブだったりその直前だったりしなかったら」
「ふ~ん?」
「なに?」
「いいなぁって思って」
いいなぁってどういうこと? 彩に問いかけると私はレッスンとかあるから無理だもん、となにやら悔しそうに言われてしまった。紗夜はそれに対して何故かドヤ顔。勝ったと言わんばかりの顔だった。何に勝ったのか知らんけど。
「というか丸山さん、千紘にくっつきすぎでは?」
「えっ?」
「えっ、ではありません。アイドルなのだから男性との距離感には十分注意すべきではありませんか?」
「……ダメ?」
ダメじゃないですこんな近くに推しのご尊顔があるなんて最高です。あ、おかわりなら奢りましょうか? なんならケーキ食べる? そんな風に甘やかしているとまた足を踏まれる。だから痛いってば!
「なんなの紗夜!」
「知らないわよ」
「怒ってるなら足でじゃなくて直接言ってもらえる?」
「怒っているわ」
「そうじゃなくてね?」
なにに対して怒ってるとか原因を訊いたのであって怒ってるのは見ればわかるよ! 俺が知りたいのはそのもっと根深いところなんだよ! だが何故かそれは彩にやめた方がいいよと言われてしまった。え、なに? そんな闇が深いの?
「ある意味? ね?」
「そうですね」
「え……なんか、ごめん」
「謝ることはないわ。むしろ誇るべきところですから」
「だって」
「あの、二人して俺で遊んでない?」
遊んでるんでしょう俺のこと。二人だけにしか通じていない言葉遊びのようなもので、彩と紗夜はなんか妙な笑みを交わし合った。同学年とは聴いてたけどこんなに仲良しなんだね二人は。そう言うと二人して趣味が合うからと返事をした。趣味が……? ごめん全くそうは思えないんだけど。
「ふふ、わかんないだろうけどね」
「ええ、千紘にはわからないでしょうね」
わからないよ? わからないからこうやって、疎外されてる気がして仕方ないんだけどね? というか俺がいるのに、なんで二人で会話してるの? 三人で会話しようよ!
けれど二人は顔を見合わせた後に無理と口を揃えて俺をいじめてくる。ひどくない?
「なんで二人して……」
「……面白いから?」
「そうね」
俺を面白がるとかこの人たち鬼畜かな? どうやら本当にウマが合うのかな、と思うのである。ねぇねぇ楽しい? うん楽しいんだろうね! 俺は楽しくない!
そんなこと言ってると彩がそろそろ帰るね、と立ち上がった。送ってこうか?
「ううん、まだ暗くないし大丈夫」
「……わかった。気をつけて」
「うんっ、ありがとね!」
手を振って、推しが帰っていく元気な後ろ姿を見送っていく。ホントに俺がいたから寄っただけなんだなぁと思うとなんだか自然とにやけてしまう。だってプライベートの推しが俺を見つけてお店で時間潰してくれるんだよ? ファンサがすごいよ。
「そうですね」
「どうしたの?」
「なにか?」
いや、なんか怖いなぁと思ったんだよ。気のせいかもしれないけど、怒ってる? 怒ってないならいいけど、もしそうならちゃんと伝えてくれると嬉しいなぁと思っただけで。
紗夜は自分の眉間に指をあてて、それからふっと笑いだした。情緒不安定ですか?
「ごめんなさい。自分でも気づかない間に怒っていたみたい」
「気づかない間って」
「そんなに怒るつもりはなかったのよ」
そんなに怒るつもりはなかったって、まぁ今の顔見てればわかるけどさ。
なんかね、前に言ってたけど紗夜はまだ自分の気持ちっていうのをコントロールできてないんだってさ。どういうことなのか全くわけがわからないけど。
「そうね、コントロールが難しいのよ。気を悪くしたらごめんなさい」
「ええ、謝んなくていいよ。気を悪くなんてしないし」
「……ありがとう」
なんで怒ってたんだろう。本人にも無意識だったからわかんないのかな?
紗夜は俺の話をたくさん聴いてくれて、本当にこの半年くらいめちゃくちゃ助けてくれた。俺はそれに対して何も返せてない気がするから。何か嫌なことがあったり、悩んでることがあったりするなら……俺の力を貸してあげたいんだもん。
「千紘は、返せてないなんてことないわよ」
「そう?」
「ええ。もうたくさんもらっているわ」
「そんなこと……あった記憶ないんだけど、あったんだ?」
紗夜はもう一度だけええ、とうなずいた。本人がそう言ってるなら……そうなのかな? でも、そうだったとしても何かあったら俺に話してほしい。
俺が勇気を持って紗夜に手を延ばしたことで、紗夜が俺の手を取ってくれたことで、今の自分が好きになれてるんだから。
「それじゃあ……少しだけ、聴いてほしいことがあるの」
「なに?」
あっさりと紗夜はそうやって言うから俺はちょっと興味を持って身を乗り出してみる。きっとそんなに大したことは言ってくれないだろうって雰囲気だったからちょっとだけノリ軽めにね。
「実は私……好きな人ができたの」
「は……えぇっ!?」
す、好きな人……!? 紗夜が? ちょっと脳の処理が追い付かないんだけど? え、あの妹激推しドルオタ根性の表面クール風紀委員さんが? 好きな人できたの!? 一体どころでどういう経緯で!?
「できた……というより、しばらく前からいるのよ」
「えっと、それは片想いでってこと?」
「……そうなるわね」
それは、思ったより真面目な話だった。しばらく前からってことは結構長い間片想いしてるってことだよね。紗夜に確認したら少し間をおいて、そうねと肯定した。その顔はちょっと憂いているような、けれどキラキラしているような感じがした。
──ああ、本当に紗夜は恋をしてるんだなぁって思える表情だった。
「そ、そっか」
「どうしたの?」
「いや、うん……なんでもない」
うーん、なんか、なんて言ったらいいのかわからない気持ちだよね。羨ましい、に似た感情って言えばいいのかな。これもなんだか少し違う気がするけど。
こうやって一緒にしゃべってるとわかるんだけど紗夜はすごく素敵な女性だ。仲良くなってくれて、色んな表情を見せてくれるようになって、ますますそう思うようになった。なんかモヤモヤする。なんでだろ、もしかして……あれだな。
「どれですか?」
「うーん。なんか、失礼なことしてるんじゃないかって思ったんだ」
「……はい?」
いやだってさ。俺はそんな片想い相手のいる紗夜をこう、なんて言ったらいいのかな、独占してるわけじゃん? だからこそ罪悪感があるわけだよ。
ほら、俺としゃべってる時間あったら片想い相手とおしゃべりしてた方がよくない? 距離縮めようよ。
「……ばか」
「え?」
「わからないの?」
え、なにが? と問うまでもなく、紗夜は怒ったように伝わらなかったなんて思いませんでしたとキツい言い方をした。
伝わらなかった、ってえ? 紗夜はもしかして……いやもしかしなくても、片想い相手との時間、ちゃんと作ってた?
「はい」
「……ってことはつまり」
「当然じゃないですか。他に好きな男性がいるのになんで千紘とおしゃべりする時間をとらなくちゃいけないのよ」
うわ……まさかの相談事だった。
初めて紗夜から相談されたと思ったら、その内容はなんと紗夜が俺のことを好きだったってことだった。人生で三度目となる告白は、なんとアイドルの姉でもある氷川紗夜さんからだった。