なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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丁度いい距離感がほしい

 時にオタクの諸君は推しが家に突然やってきたらどう思いますか? まぁ大概は喜ぶ、と見せかけてオドオドと視線が右往左往、上にも下にも向いての眼球運動会が開催されることは間違いないだろう。

 非オタクパンピーにはわからない話かもしれないがオタクにとって推しは恋人未満のオトモダチとか密かに想いを寄せている高嶺の花とはわけが違う。存在しているが実在はしない。あくまでイベントで会いにいくことでようやくオタクたちの目の前に現れる神秘で、幻想の存在なんだ。そもそも想像すらできないし、万が一そんなことになれば大抵のオタクは自分の正気を疑うしドッキリ企画のカメラを探し出すだろう。

 

「どっ、どうぞ」

「それじゃ、おじゃまするわね」

 

 現実逃避してしまいたいくらいだ。いっそこれが夢であってくれたらどんなに楽だろう。自分の家のはずなのに、彼女が隣にいるだけでまるで別空間のように感じられてしまう。

 白鷺千聖さん。推してやまないパスパレの千聖ちゃんとは雰囲気が違ってはいるが紛れもなく俺の推しだった。もしも二人きりだったら正気を保てる気がしない。具体的に言うと急に空を飛びたくなってベランダから飛び降りる。

 

「あ、千聖ちゃんいらっしゃい」

「ええ、あらいい匂いね」

「ご飯作ってるんだぁ、もうちょっと待ってね」

 

 千聖さんが来たことでにこにこといつもよりスマイル大目の彼女は俺の幼馴染さん。別に家族ってわけじゃないし家族のように育ってきたって程じゃない。なにせ一緒に寝たとかお風呂入ったとかそういう頭がアレでドテンプレなエピソードは今のところ俺の脳裏にはないからな。

 けど俺にとって恋とかそういうのを飛び越して信頼できる唯一無二の友達だし、彼女はきっと俺のことを心配半分信頼半分くらいの割合で傍にいてくれる優しいヤツだから、こうして両親が遅くなると知ったことで俺んちの台所に立ってくれる。

 

「いいわね」

「何が?」

「こんな風にあの子の手料理を食べれるなんて」

「千聖さんだって頼めばそのくらいしてくれるでしょ。そもそも俺だっていつもじゃないし」

 

 リビングの頑張れば四人くらい座れそうなソファの両端に座って、千聖さんは脚を組み替えながら、俺は肘を端につけ頬杖を突きながら推しとの個別トークを繰り広げていた。向き合ってじゃなくて大して中身を把握してるわけじゃないテレビをぼーっと眺めながらながらのキャッチボールに、千聖さんは少しだけ不満そうに何よと声を発した。

 

「もうちょっと犬みたいに顔を輝かせて鬱陶しいくらいに私の周りを回ってくれてもいいじゃない」

「どういう例えなのそれ」

「今の下着の柄まで知ってるくせに」

 

 いや教えてくれたの千聖さんでしょう。そもそもプライベートのあなたは言葉に棘がありすぎて近寄りたくないんだけどわかってほしいなぁ。

 俺、柔らかい物言いじゃない女性は苦手なの。実は知り合いにもう一人すごくトゲトゲしい言葉遣いするヤツがいるけど。

 

「どこの女よそれ」

「どこ目線よそれ」

「私に認知されることで悦び跳ねまわるクソオタクの分際であの子以外にも美人の知り合いがいるなんて不敬ね、今すぐベランダから飛び降りて死になさい」

「言い方ァ!」

 

 なんで更に切れ味増すんですかねぇ!? というか何故美人だと知ってるの? あれ、俺言ってないし仄めかしてもないわよね? 何千聖さんエスパー? テレパシーで俺の心読めちゃう系なの? それはそれで困っちゃうな。

 

「あら、図星なのね」

「……あ」

「ふふ、嘘はつけたほうがオタクとしてはいいと思うのだけれど」

 

 そりゃあね、俺も思うけどさ。突然そんなこと言われて俺が隠し事できるはずないじゃん。

 こちとら陰キャコミュ障ぞ? 特に自分でも不釣り合いだなと思うことに関しては、特に敏感なんだから。

 

「その美人の知り合いさんは、あなたを悦ばせるくらいの切れ味があると」

「どういうことなの」

「え、あなたドМでしょ?」

 

 違います。ドМって言うな。

 そもそも、知り合った経緯とかは千聖さんと同じで単なる幼馴染さんの知り合いっていう友達の友達繋がりなんだけど、あの人がどういう意図で俺に厳しい態度を取るのかどうかなんて知りもしないからなぁ。

 

「理由もわからない誹りを受けてるなんて、やっぱりマゾじゃない」

「違うからね?」

「しかもその子、私も知り合いよね?」

「知らないよ」

 

 名前をすっと出されて俺はびっくりした。まぁ学校もおんなじだしそんなこともあるだろうと納得することにした。

 ──ところでなんだけど、こんな風に推しが一緒のソファに座ってテレビを見てるってどういうご褒美? しかも他愛のない話をしてるなんて、俺は明日死ぬんですか? 

 会話が途切れて、CMが淡々と流れるが画面から視線を外し、千聖さんの方を見ると……いつの間にか二人分の距離が縮まっていた。

 

「ち、千聖さん……?」

「もう少し、構ってくれてもいいんじゃないかしら?」

「待って、近いって……」

「ファンサービス、してあげてもいいわよ?」

 

 真正面に推しのご尊顔があるんだけど、俺の頭がパソコンで言うならブラックアウトしてしまったよ。ファンサって、今現在めちゃくちゃファンサ貰ってるんでこれ以上となると……参ったな、来世の人生まで支払えばいいかな。

 

「というか、何する気なの……?」

「恋人ごっこ、とか?」

「殺す気ですね?」

 

 千聖ちゃんと恋人とか考えたこともないけど、彼女が想定しているものは距離感が近すぎて酸欠になっちゃいそうだよ。

 しかし千聖さんは可笑しそうにくすくすと笑い、本当にあなたは面白いわね、と少しだけ離れてくれた。

 

「なんでそんなに面白そうなの」

「だって……いえ、ふふ、それは自分で気付くべきことだわ」

「なにその意味深発言」

 

 あれだよ? 男って女性よりも感情の面が弱いからそうやって意味深な行動を繰り返されるとストーカーだったり襲っちゃったりとかしちゃうこともあるんだよ? 実は俺のこと好きなんでしょ、とか営業スマイル送ってたら言われたとか、千聖さんもそういう経験が全くないとは言わせないからね。

 

「そう、ね。けれどあなたは」

「勘違いくらいするよ……俺だって」

「……そう」

 

 女性と男性では何もかも違いすぎる。だから俺はその距離ってのが明確に示されたアイドル相手、千聖ちゃん相手なら楽しくお話ができたんだ。コミュ障キモオタがクラスの女子にはマトモに話せないのに推し相手には気持ち悪いくらい饒舌になるのがいい例だよね。俺とか。

 そうやって決められた線がなきゃ、たとえ千聖ちゃんのような推しだったとしても何も話せることなんてないよ。

 さっきよりも少しだけ重く感じる沈黙を、ご飯できたよ、という明るい声が遮った。ほっとしたよナイスタイミングだね。

 

「まぁ、聴こえてたからね」

「……そっか」

「ごめんね千聖ちゃん」

「いいのよ、あなたの心配も無理ないわ」

 

 えっと、お二人は何の話をしているのかわからなかったけれど、とにかく女性二人はやっぱり親友らしく強い繋がりを感じることができた。特に千聖さんは親友との食事を心から楽しんでいると感じることができた。楽しそうに笑う彼女は、やっぱりアイドルの時と変わんないんだなぁ。

 

「ごちそうさま、おいしかったわ」

「うん、またこういう機会があったら千聖ちゃんも誘うね」

「ええ、是非」

 

 まず比較的距離のある千聖さんを送って……これで家の位置を知ってしまうというオタクとしては最悪の一手を踏みながらもやっぱり女性一人に、しかも推しに夜道を歩かせるわけにはいかなかったので送っていきますけど家バレのお金はどこに振り込めばいいですかと相談した結果なんとタダでいいわよ、と言われてしまった。今度のイベントは何かプレゼントでも買おうかな。

 幼馴染さんと二人で見送り、今度は来た道を戻って彼女を送ってく。いつもよりも少しだけ遠い道のりを歩いていると、彼女はどう? と問いを投げかけてきた。

 

「千聖ちゃんのこと、まだ推せそう?」

「そりゃあ、千聖ちゃんは出会った瞬間から芸能界を引退するその時までずっと推してくって誓ったし」

「そっか」

 

 その誓いが今更ちょっとプライベートのあのヒトがこうして俺と沢山関わったって関係ない。白鷺千聖ちゃんは俺の推し。名前を憶えてもらって、そこらへんのオタクがするよりも一段階俺のプライベートにかかわる話を彼女からしてもらえる。神対応だけどその中でも更に良対応……所謂推しに推されてるという立場。それが揺らぐはずがない。それがたとえ幼馴染さんと関わっていて、それで知っていたとしても。

 

「顔までは教えてないんだけど……名前で判断したのかな?」

「かもな、あんまり耳にする名前じゃないしな」

「そうだね」

 

 短い道を歩いて、彼女の家の前で向き合う。

 幼馴染で、近い距離にいたと言っても思春期以降、彼女がここまで俺にかかわるようになったのは実に二年前から。最近は彼女の弟よりもまるで弟のように扱われている気がしてならない。いや弟くんは絶賛反抗期だから逆に構われない方がいいんだろうけど。姉ちゃんがバスタオル一枚でよくリビングで髪を乾かしてるって愚痴をこの間されたし。

 ──って、そうじゃなくて。そんな思考をしていたら、手を握られた。

 

「今日も、お風呂出たら電話してもいい?」

「いいけど」

「今日は寝不足にならないように気をつけるね。キミもあんまりSNSとかゲームとかしすぎちゃダメだよ?」

「わかってるよ」

 

 オタ活は一日置いたら置いてかれちゃうからそれは正直できない相談なんだけど、まぁ頷いておくことにする。逆らうとロクでもないことにしかならないし。

 けど幼馴染さんはどうやら俺が心配で心配で仕方ないようで手を握ったままじっと黙っていた。

 

「あ、あの……?」

「ご飯の前にね、千聖ちゃんに言われてた美人の知り合いって……誰?」

「あ、ああ……それは」

 

 そういえば言ってなかった。数ヶ月前に幼馴染さんがバイトしている時にファストフード店で話をしていたのを何度か見られていて、何故か問い詰められた挙句、パスパレのイベントに行ってることが気に入らなかったようで、敵視されたってだけ。

 

「え……大丈夫なの?」

「うん、誤解は解消したよ」

「そっか、よかったぁ」

「まぁその後も会ったら何かと絡まれるけど」

 

 因みに名前から察することができたけどパスパレのメンバーのお姉さんだったそうで。俺は推してないからと言っても全然理解してくれなかったけど、必死の説得によって納得してくれた。おかげでオタ活内容がバレてそれはそれで引かれてるけど。

 

「今度は私も一緒に行って、話してあげたほうがいい?」

「いやいや、そんなことまでしなくていいよ」

「でも」

「大丈夫、ありがと」

「……うん」

 

 なんでそんなにしょんぼりとするんだろうか。俺は少し首を傾げながらじっと彼女の体温を手先に感じていた。

 だが結局そのことは訊けずに、俺は彼女に手を振ってそっと離れた。短く、名前を呼ぶと彼女は控えめに手を振ってくれる。

 

「それじゃ」

「うん、おやすみ」

「おやすみ」

 

 隠し事は嫌だと言って、お互い嘘を吐かないと約束してはいるけど、それは決して明け透けという関係じゃない。訊けないことは訊かないし、言えないことは言わない。そういう線引き以外のところで無用な嘘を吐かないというだけ。だから幼馴染さんが今胸中に何を抱えていても、俺がそれを知ることはない。

 結局のところ俺はコミュ障クソオタクで、厄介ドルオタだから。距離や線引きが曖昧なままじゃ下を向いてろくすっぽしゃべれないくらいだから、彼女がそんな俺を気遣って明確な線を引いてくれただけで……俺は彼女に甘えてるだけなんだよなぁ。

 

「あなたは、結局あの子をどうしたいの?」

「どうしたいって言い方は、なんか変じゃない?」

「でもあなたとあの子は幼馴染だとか異性友達だとか、そうやって一括りにできるほど簡単ではないわよね?」

 

 あれ? なんかさっき送っていったはずのヒトの声がする。なんか反射的に返事をしちゃったけどこれっておかしなことだよね? 振り返るとやっぱり、俺の推しが目の前で微笑んでいた。今気づいたの? と言わんばかりに……あ、やべ怒ってる。

 

「千聖さん」

「ええ、あなたの推しで、あなたをちゃんと認知しているアイドルの、白鷺千聖よ?」

「……こっそりついてきたクセにそんなに怒る?」

「二人揃って気付かないのだもの、黙ってついていくのは退屈なのよ?」

 

 なんでついてきたの、という疑問を投げようとしたら、決まっているでしょう? と微笑みを崩して溜息をつかれた。しかも俺んちまでついていく気だ。まってまた送ってくの嫌なんで帰ってもらえます? そろそろ両親も帰ってくる頃合いだし。

 

「まだご褒美をあげてないわ」

「本気だったんだ、別に写真とかでもいいと思うんだけど」

「……撮れ、と言うの? 嫌よ」

 

 あー、確かに失言だったな。写真に撮るということはデータに残るということで、それは流石に避けたほうがいいよね。白鷺千聖ちゃんのエロ自撮り画像が流出とか笑えない。それで活動休止とかされたら俺は酸欠の金魚のように水面で口を開閉する勢いだよ。

 

「脳内メモリだけなら、オタクのあなたでは妄想と嗤われるのがせいぜいじゃない?」

「そうだね……悲しいことに」

 

 ところで俺、スキャンダルとか望んでないからね。その辺大丈夫だよね? 一般男性と自宅へ行き来とか週刊誌に乗っけられたらそれを苦に自殺とかするから。世の中は推しはあくまで推しとして推したいのであってマジで付き合いたいわけでも、なんならこうしてプライベートでお近づきになりたいわけでもないってことを理解してくれないから。ドルオタは推しにガチ恋なのがデフォルトだと思ってるのがパンピーの思考だから。

 

「それだけ、普通の人間には異性に恋心や下心以外のものを抱くのは難しい、ということよ」

「そっちの方が理解不能だよ、俺にとっては」

「認知至上主義の厄介キモオタだものね」

「キモオタとか言うな」

 

 また他愛のない話をしながら、断ることもできずに二度目の、幼馴染さんがいない静かな家に上げる。あそこまで我が家のようにくつろがせてもらったのに、挨拶しない方が失礼だわ、と言われちゃあね……確かに実は二人上げてました、なんて事後報告をするのは気が引ける。アイツが来てたことは知ってるけど。

 

「ところであなたは制服フェチかしら?」

「唐突にとんでもないこと訊くね」

「ドルオタが抱える病の一つじゃない、制服フェチ」

 

 ひっどい偏見をさらりと口にされた。いやまぁそうじゃなきゃアイドル衣装なんてああはならないと思うけどさ。そして制服の膝上のプリーツスカートが揺れるのは魅力的じゃないかと言われたら……そりゃあねぇ。

 

「それじゃあ次はどのシチュエーションでパンツを見るのがお好みかしら?」

「あの……ご褒美ってか尋問ですか?」

「あなたがとびっきり喜ぶ見せ方を演出してあげようとしてるだけじゃない」

 

 それが辛いんだけど!? 何をしたら推しに俺の性癖暴露しなきゃいけないの!? なんなの? 支払い!? 支払いが悪かったから取り立てられてるの俺? 因みに踏まれながらその振り上げた脚から見えるパンツ、とかなら勘弁してくださいね? 俺、マジでマゾじゃないからね? 

 

「自分から捲る、捲って見せるのを眺める、脚を開く……色々あるわよね?」

「もう……ホント、千聖さんの好きにしてください……俺に訊かないで」

 

 これはもう悲しみでむせび泣くしかなかった。結局意地悪なこと言ってごめんなさい、と慰めてもらうというカタチで……というかほぼ前回と同じシチュエーションで俺は推しのパンツ二着目を脳内メモリに保存することに成功してしまった。

 そして電話で幼馴染さんにそのことを洗いざらいしゃべって、また変態さん呼ばわりされることになる。

 ──というかいつも部屋に飾ってある女の子が両親の目の前で挨拶をしてにこやかに帰っていったせいで俺はその日とても大変な目にあったんだけど。まぁ割愛しておくか。とにかく千聖さんはしばらく家来ないでと懇願した。ホント、マジでもっと貢ぐんで両親に、やっぱりアイドルとそういう願望があったんだ、というリアクションを取られると流石に胃が耐えられないんで! 

 

「推しは推しであって、恋する相手じゃないって言っても信じてもらえないんだから」

「いいじゃない、私はちゃんと知ってるわよ?」

 

 ただしこの言葉は反則。もう身体に染み付いた認知至上主義の厄介ドルオタとして千聖ちゃんに自分のことを知ってもらうというのはこの上ない誉れのように感じてしまう病気なので!

 というか、週末のミニイベントが……困ったことに()()()()()()()()()なんだけど、俺は果たして耐えられるのだろうか。もう千聖ちゃんのところで当選しちゃってるんだよなぁ。

 

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