なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
返事はすぐに、なんていいませんからと紗夜はまだちょっと怒ったように言い残していった。一度目は元カノさんから。中学入ったばっかりの俺はサッカー部のマネージャーだった彼女に部活が終わった後に一緒に帰る仲だった。そんな彼女から実は、と打ち明けられて……舞い上がってオッケーした。初めて女の子に明確に好意を持たれちゃったもんだからさ。
二度目はつい半年くらい前に、幼馴染の花音から。ずっと、ずっと好きで、キミの傷を分けてほしい。そう涙の告白をされた。でもこの好意は紗夜に相談していて、そうなのかもと二人で結論づけたものだったから、俺も冷静になれた。そして、初めて女の子の告白に舞い上がることなく冷静に首を横に振った。
──そして三度目、今度はその相談に乗ってくれた紗夜から。
「紗夜、紗夜……かぁ」
まさか俺のことが好きだった、なんて……しかも花音に告白される前に。
もちろん嬉しいし心が温かくなる。いつも一緒にいてくれた彼女に告白をされたんだ、嬉しくないわけがない。でも、少しだけ引っかかるものがあった。
「あなたがゴールした時、私に向かって声を掛けてくれたでしょう? あの時にハッキリと自覚したの……私は千紘が好きだって」
それは……それは、あの子が俺にくれた理由とほぼ同じだったから。最初に恋をしたのはゴールをした時だと、俺は一度目に告白されているから。すると嫌でも思い出すわけだよ……あの日の、もうついていけないと別れを切り出されたあの時を。
「はぁ……」
トラウマっていうのはそんなに簡単に克服できるようなものじゃないし、かと言って俺の人生なんて特に他人から理解されるようなものじゃない。告白されても、付き合っても、俺は彩ちゃんに対して貢ぐことをやめないから。断言してもいいくらいにそれは確実なことだった。
「あ、千紘、くん……」
「どうしたの花音……とその人は?」
「どーも、キミが白崎くん?」
「はい……あなたは?」
どーしようと思いながらも夜まで働く花音を待っていると、そんな幼馴染に案内されてなんだかギャルっぽい……じゃなくて派手な見た目をした羽丘の制服姿の女の人が楽器を背負って立っていた。どちらさまでしょう? と首を傾げていると座ってもいい? と言われた。どうぞどうぞ。
「んしょ……っと。えーっと自己紹介からかな? アタシは今井リサ。Roseliaでベースやってて、まぁ紗夜のバンド仲間ってとこかな?」
「え、えっと、白崎千紘、です……」
「うん♪ いつも紗夜がお世話になってますっ☆」
パチンとウィンクを飛ばしてくるギャルさん……じゃなくて今井さん。彼女の自己紹介通り、どうやら紗夜と同じバンドのメンバーらしい。紗夜曰く頂点を目指してどうのって言っててなんかカチっとしたバンドなのかと思ったけど、すっごいノリの軽そうな人が来たね。
「あの、それで……なんで?」
「あーそうそう。なんでキミのことを知ってるかは紗夜繋がりってのはわかってくれたと思うけど、どうして会いに来たのか、だよね?」
まぁ、おおよその察しはついてるけどね。なんせ昨日告白されたばっかりですから。きっとバンド練習をしていたであろう今井さんは、俺の顔を見て察しの通りだけど紗夜に相談されてね、と優しい声を出した。
「告白、断るつもりだったりしない?」
「……どうしてそう思うんですか?」
「んー、アタシって人の顔色ケッコー伺っちゃうタイプだからさ……なんか紗夜に告られたーって割には、嬉しそーじゃないじゃん?」
その通りだね。俺はどちらかというと断ろうと思ってる。
紗夜とは今のままでも十分に心地よい距離感を保てている。それをわざわざ変化させたいとは、俺は思わないし……やっぱりトラウマがあるからね。
「そっか。紗夜がもしかしたらって言ってたから、確認しに来たケド……ごめんね、おじゃましました」
紗夜には俺の元カノの話もしてたからね。そう思うと、もしかしたらそれが理由でずっと告白できなかったのかな。それは申し訳ないことしちゃったな。気付けずに暢気に友達だと思ってたんだから。
「そんなことがあったんだ」
「……あ、彩?」
今井さんがいなくなって少しぼーっとしていたら、いつの間にか俺の後ろに推しがいた。俺が推してやまない推し、丸山彩が。
なんだか少し圧力のある笑顔をした彩は俺の隣に座ってきて、ポテトを自分の指でつまんで食べた。そして何も言えない無言の中一本をゆっくり食べ終わり、俺に向かってとんでもないことを言ってきた。
「なら私と付き合わない?」
「……は? えっと……?」
「私も千紘くんのこと好きなんだけどなぁ、って」
「は!?」
素っ頓狂な声が出てしまった。いやいや、当たり前だよね? 推しに告白とかあれですかね、夢でも見てるのかな?
けれど夢にしては彩の表情はキレイなものじゃなくて、マグマのような嫉妬心や、奪ってやろうという熱量を感じた。
「あ、彩?」
「ほら千紘くん、私のこと推してくれるでしょ? オタクなら……一度くらいは夢見たことあるでしょ? ほら」
彩は俺の腕に抱き着いてくる。なんなら見せてあげようか、なんて言いながらスカートまで持ち上げて、俺に凄みすら感じる笑みで迫ってきた。
あ、彩……だよね? 俺の知ってる彩じゃない。アイドルとしてでもなく、俺の友人としてでもない彩の顔がそこにはあった。
「やめてよ」
「どうして?」
「……どうしてって」
「やめてって、キミは別に紗夜ちゃんのカレシじゃなくて、しかも断ろうとしてるんでしょ? 私はキミが好きだから、恋人に立候補してるだけだよ?」
それでもそんな急に腕にくっついてきたり、挙句にパンツだなんて。
そりゃあ見たいか見たくないかで言ったら見たいよ。推しのスカートの中だよ? ついつい気になっちゃうよ。でも今それを見せられて、喜ぶわけじゃないんだ。
「どうして?」
「だって……俺は」
「俺は?」
──俺は。あれ? どうして、俺は……今あの人の顔が思い浮かんだんだろう? どうして、彩に迫られて断る時に咄嗟に……紗夜の顔が思い浮かんだんだろう。いつもは無表情に近い彼女が、俺には楽しそうに笑ってくれる。試合を観に来てくれて誰よりも俺が活躍すると大きな声で喜んでくれる……俺の。
「俺は……紗夜が大切なんだ。紗夜が……好き、だから」
そうだ。いつだって相談に乗ってくれた紗夜。厳しくてひどいことばかり言うけど、優しい紗夜。思い浮かぶのはいつもあの人の笑った顔だから。
花音に告白された時に思い浮かんだ顔も、彩に迫られた時の顔も、何か面白いものを見つけた時も、新しいイベント情報が出た時も、嫌なことがあった時も、俺の頭に浮かぶ人は……紗夜なんだ。
「ほら、もう答え出てるんだよ」
「……彩、あの……もしかして」
「好きなのは……ホント。キミがよければ一緒にいてほしいのも」
「彩……」
「でもっ、キミが一緒にいたいのは私じゃない……でしょ?」
うん。ごめん……あくまで彩は彩、推しは推しとしてただオタクとして応援していたい。確かに一瞬だけパンツが見たいとは思ったけど、それで推しが推せないって言うんだったら、俺はパンツなんて見たくないよ。
──そして、俺が好きなのは、あくまで紗夜だから。
「トラウマだって大丈夫だよ。紗夜ちゃんだって同類みたいなものだし、ドルオタのキミを見てるんだから」
「……そうだといいけど」
「もう! 自分のことを好きになるーって言うの、どこ行ったの!?」
そりゃ言ったけど……いざ男女の好き嫌いになると、別方面で怖くなっちゃうんだよ。いくらなんでもそっちは経験値浅いからあっという間に元通りの自信ない俺に戻っちゃう。そんなことを言っても彩はダメ、と厳しい口調で俺を叱咤してくれる。
「私は、頑張るキミを好きになった! 紗夜ちゃんだっておんなじだよ?」
「だったら」
「でも千紘くんを好きになったってことも覚えてて? 私や紗夜ちゃんは、出逢ってからこれまで色んな千紘くんを見てきたんだから」
色んな俺……か。そうだよね。彩と紗夜は特に俺のしょうもないオタクなところとか、後ろ向きなところとか見てきてるもんな。そのうえで彩も……紗夜も、俺を好きだと言ってくれるんだ。
「──千紘」
「さ、紗夜……」
「ほら! 後は頑張ってね!」
きっと今井さんやら彩から連絡をもらってたんだろうな、というのはわかった。紗夜はなんだか焦ったような表情をしていて、帰りがけだったのに急いで戻ってきたようだった。俺が何か言おうとしたら彩はさっさと帰ってしまったようで、俺と紗夜だけが取り残された。
「……座って、千紘」
「う、うん……」
そこから歩いて紗夜の家へとやってきて、俺は紗夜の部屋で座る。気まずいなぁ。今井さんからの情報はやっぱり断る気だったって言うのだろうし、たぶん彩の気持ちには気づいていただろうから……紗夜が何か誤解をしてないことを俺は祈るしかないんだよね。つまり俺から話を切り出さなくちゃいけないんだ。
「あのさ……紗夜。ここで、返事をしてもいいかな?」
「はい……覚悟はできています」
あー、やっぱりそうだよね。でもここで潔く覚悟はできていますって言うところはやっぱり紗夜ってカッコいいよね。いつだってそうだよ。
紗夜はいつもこうやって言い訳とか縋ったりせずに俺の前にいてくれる。俺と同じように自分のことが大嫌いだったのに。そういうところもまた、俺と紗夜が惹かれ合った原因なのかもしれない。
「えっと、ごめん。返事をする前に少し質問していい?」
「……ええ、構わないわ」
「うん。あのさ、紗夜は……俺のオタ活についてどう思う?」
「どう、と言われても……私だって同じ穴の貉じゃない。それを今更どうしろとは言わないわ」
「じゃあ、そこでオタクしてる俺は……キモくないの?」
「私が好きになったのは白崎千紘であってフットサルでカッコよかった千紘じゃないわ」
──まっすぐだなぁ。紗夜はいつもまっすぐだ。
こうやって俺を包み込んでくれるくらいの優しさと、俺のことをまっすぐ見てくれるだけの目がある。今の受け答えだけでも、俺がいかに怖がりすぎていたかがわかるよね。
「……ありがと、紗夜」
「ええ」
「今井さんから聴いてると思うけど……あの」
「……覚悟はできていると言ったはずよ」
「えっとね……それが、驚かないでほしいんだけど。俺は……俺も、紗夜と一緒にいたい」
「……え」
紗夜はびっくりしたように俺の顔を見た。冗談じゃないよ? 俺は自分だけで考えた結果断ろうと思っちゃったけど、彩の言葉を受けて、彩の告白を受けて、俺は考えを改めることにしたんだ。怖いよ、正直まだまだ怖いけど……それでも、紗夜が好きって気づいたから。
「紗夜のことが好きなんだ。だから……なんかすぐに意見変えちゃってるやつだけど……」
「そんなの、気にすると思うの?」
「いや、いつもの紗夜なら」
「ええ、なんでそうやって独りで考えようとするのよ。最初の質問を、最初にしてほしいのはいつだって私なのに」
そう言って、紗夜は俺の隣にきて……両手を広げてきた。ハグしたいってことなんだろうか。
おずおずと俺も両手を広げて紗夜を受け入れる。
首元辺りに紗夜の頭があって、ちょっと下を向いただけで柑橘系なのかな、そういう系の匂いがした。
「……好きよ、好き。気付いたあの日からどうしようもなく、千紘が」
「紗夜……俺も、紗夜が好き」
「──っ」
「さ、紗夜……」
「ご……ごめんなさい」
紗夜が俺の顔を見上げて、感極まったように涙を浮かべていた。慌ててぬぐおうとする紗夜を、俺は今度は自分から抱き寄せていく。
恋ってこんなんなんだなぁ。俺があの子としてきたのは本当に、子どもの遊びのようなものだったんだなと感じることができた。
だって、こんなに……こんなにも彼女の涙で胸が苦しいと思うなんて、幸せそうでいてくれることが、こんなに胸がいっぱいだなんて、思わないから。
「恋人で……いてくれますか? 千紘……」
「もちろん……俺の方こそ、お願いしたいくらいだよ」
「千紘……!」
こんなに、こんなに紗夜が俺のことを好きでいてくれることも、なにもかもが幸せだ。
──俺と紗夜はその日は一度だけ最後に、キスをした。これからもよろしくお願いしますという意味を込めて、甘い口づけだった。
「というわけで」
「お、おめでとうございます……! ヒロ様も紗夜様も、幸せそうでなによりです!」
それをオタ仲間のパレオちゃんにも報告するとなんだか夢見るようにうっとりとされてしまった。まだそういう経験がないのかな? まぁパレオちゃんは理想の男性像とかで苦労しそうだしね、と言ったら私もヒロ様みたいな人とお付き合いできたらいいです! と笑顔で言われて紗夜が拗ねてしまった。
「千紘」
「なに?」
「……私のパンツ、見たい?」
「はえ?」
神戸のライブ終わり、一緒の部屋で泊まった紗夜は、俺にそんなことを訊いてきた。いや、見たいけど。どうやら以前彩のパンツを見たことを教えてもらったらしく、その時の興奮していたという様子に嫉妬したらしい。あとパレオちゃんの爆弾発言の反動もあるよね。
「付き合ってまだ少しなのに……こんなのはしたないかしら?」
「俺はご褒美すぎて頭おかしくなりそうなんだけどね」
紗夜は推しじゃないし、推しは推しで推してるけどさ。
──それでも、パンツが見たいって言えるのは紗夜だけだよ。そう、色んな表情を見せてほしいし、俺だって……一緒に寝るって聞いたときからちょっとドキドキしっぱなしだったんだからさ。覚悟は? と訊いたらやっぱりとっくに覚悟はできています、とほほ笑むんだから、紗夜はカッコいいよね。
なんとしてでも、推しは推しのまま推したい! けどパンツは見たい! ブルーEND! Thank you for reading.