なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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推しなのに、この気持ちは?

 鳰原れおな、漢字は令王那なんだけど読んでくれる人が少ないし字面がかわいくないから基本的にはひらがなで書くことが多い。

 地味で目立たず、真面目で成績優秀スポーツ万能のカッコいい委員長、それが鳰原れおなとしての……所謂私のリアルの顔。最初、ウィッグもつけてないこの姿で普通にヒロさん……千紘さんに会いに行ったときもすごく驚かれたっけ。

 

「あ、れおなちゃん」

「千紘さん」

 

 いつものファストフード店でスマホを触っていると揚げたてのポテトをトレイに乗せた千紘さんがやってくる。白崎千紘、という名前が推しの白鷺千聖ちゃんと似ているせいか千紘さんはやめてよ、と言われて、すみませんと頭を下げる。怒らせてしまったのだろうかと少しだけ顔色を確認するが、どうやら怒ってはいないようだった。

 

「はい、ポテトいる?」

「い、いただいでも……?」

「え、いらなかった?」

 

 千紘さんからたかるわけには! と断ろうとしたものの、それとは逆にくう、とお腹が鳴ってしまう。

 ──は、恥ずかしい……! 割とくいしん坊で背ばかり伸びた自分がこれほど恥ずかしいと思ったことはないです。だけどやっぱり、千紘さんは変わらない優しい表情で、はい、と私の前にポテトを差し出してくれる。

 これは……口を開けた方がいいのでしょうか? 少し恥ずかしい気もしますが、言わばこれは推しからの供給! そう思うと勿体なく感じてきました。

 

「んっ、あつあつ……です」

「おいしいでしょ? うちの幼馴染さんの塩加減は絶妙だからね」

「はいっ」

 

 ふふ、と笑われるのは少し恥ずかしいけれど、彼が笑ってくれると自然とこちらも口許が緩んでしまう。同時に、一本食べてしまったことでますます空腹感が増してしまい、また腹の虫が鳴ってしまった。うう、図々しい虫です。

 

「いいよ。れおなちゃんがいるのわかっててエルサイズなんだから」

「……あ、ありがとうございますっ」

「うん」

 

 同級生にはカッコいいと言われてしまう私、真面目だからと遊びにも誘われることのない私、でも、時間をかけてここにやってくると私はそんな縛られた鳰原れおなから、本当の自分になれる気がする。

 

「へぇ、れおなちゃんって委員長なんだ」

「はい、真面目にやってます!」

「きちっとしてるもんなぁ」

 

 きちっとなんて……私には勿体ない言葉だった。でも普段なら謙遜の言葉がでるのに、嬉しさばかりが勝ってありがとうございます、なんて言ってしまう。鼻についていないだろうか? そんなことばかりが気になってしまう。

 

「どうしたの?」

「ああいえ……こんなつまらない私の話ばかりでいいのかなぁ、と」

 

 髪も黒い、この姿のせいかどうしてもネガティブな方向に感情が揺れてしまう。

 私は、千紘さんのお傍にいてもいいのだろうか。この間もまた千紘さんのSNSが炎上して、ついに彼はアカウントそのものを消してしまった。私とご飯を食べに行ったせいで……そう思うと押しつぶされるような痛みを感じてしまう。

 

「つまらないって、れおなちゃんの話が聞けて俺は嬉しいけどね」

「嬉しい……ですか?」

「うん、嬉しいよ」

 

 千紘さんがはにかんでいて、胸が暖かくなる。この気持ちを形容するものを私は持ち合わせていない。チュチュ様(ちゆ)のように、支えてあげたい、そのためにこの私の全てをかけても構わないって気持ちと同じようでまた違って、推しのように、声の限り応援して、これからの活躍への期待を込めて貢ぎたいって気持ちとも、同じようでやっぱり違う。

 

「って、こんなこと言ってたらまた炎上しそう。アカウントももうないけど」

「……そもそも、どうしてこんなことに」

「れおなちゃんはかわいいからね」

「かわいい……パレオは、かわいいですものね」

「パレオちゃんでもれおなちゃんでも、かわいいでしょ……なんて言ったらキモいかな」

「いっ、いいえ!」

 

 ほんの少し漏れ出た千紘さんの言葉に、思わず私は勢いよく首を横に振っていく。

 かわいい、とほぼ不意打ちの状態で言われてしまった。いつもこのつまらない姿じゃ、カッコいいとかクールとか、そんなことばかりだったのに……千紘さんは。

 

「そうそうれおなちゃんは、今度どっか予定空いてる日ない?」

「へ? え、っと……?」

 

 ドキっと心臓が跳ねた。この誘いかたってもしかして……そんな私の緊張なのか期待なのかわからない胸の痛みを肯定するように実はねとスマホを差し出してきた。そこには水族館のイベント情報があり……って、パスパレとコラボ!? 知らなかった! 

 

「い、行きます! 年パス買いましょう!」

「え、イベ期間一ヶ月くらい……」

「暇な時は毎日でも行きますっ!」

「うわぁ……」

 

 なんなら千紘さんの分の年パスも買いますよと言うと流石にそれは申し訳ないなぁと困惑されてしまうけど。申し訳ないなんて思う必要はありません。私は千紘さんのオタ活を全力で、全身全霊で応援していますから! 

 

「応援ってか貢いでると思うんだけど」

「私の応援するということはコレですから!」

 

 これでもちゃんと家のお手伝いとかをして、チュチュ様たちとRASとしての活動で手に入れたお金です! それを推しに貢いで還元する。お金はあくまで貯めるものではなく推しに貢ぐものというのがパレオのモットーなので! 

 

「というか車も今や平然と乗せてもらってるけど……あれはおうちが豪邸なの?」

「いいえ、チュチュ様がお嬢様なのです」

「えっ!?」

 

 そうなんですよね。よくお嬢様だと勘違いされますが私の家は一介の……と言ってはおかしいかもしれないけれど、地元には人気の干物屋さんなんです。長くやっているので大きな日本家屋で暮らしているんだけど……どうやらそうは思われないらしい。

 

「チュチュ様に頼んだら運転手付きで貸していただいているのです」

「……すごいね、チュチュって人」

「はい! パレオの愛しのご主人様ですっ!」

 

 問題なのはチュチュ様は中々人懐きの良い性格ではないせいで、コンシェルジュの方ですら部屋には入れたがらないのですが。なので基本的に身の回りのお世話もパレオがしていたりします。チュチュ様のおうちはそのままスタジオでワンフロアどころかマンション全部が珠手家のものだったりするのです。

 

「うわ……なにそれ」

「ですから、チュチュ様に移動手段を確保してほしいです~って言ったら紹介してくださったのです!」

「す、すげー」

 

 こんなことを言っては普通は引かれてしまいそうなものですし、実際何人にもの方にはお嬢様なの? と問われて答えて引かれた経験があったので、これまで自分からは話してこなかったのですが、やはりまたパレオちゃんの秘密が紐解かれたなと千紘さんは笑ってくださいます。

 

「無限の資金源はれおなちゃんがその指で稼いでたんだね」

「そうなんです。チュチュ様に差し上げます、って言ってもチュチュ様はお金に頓着しないので……というか実はRASのお財布を握っているのはパレオだったりするんです」

「……え?」

 

 懐疑的な目をされてしまいますが、それを私用に使うことはありませんとも! いえ、いえいえ、ときどーき、いえ、ちゃんとチュチュ様にご許可をいただいてそこからグッズを買い漁ることはありますけれども! チュチュ様は実は丁寧で、優しい方なので、両親を説得して学校がない日などは住まわせていただけるくらいには心が広いので! 背は……ちょ~っと小さいですが。

 

「なるほど……れおなちゃんのご主人様は相当できる人なんだね」

「音楽に関しては特に!」

 

 日常生活の話を除けばチュチュ様は完璧と言えます! 日常生活の壊滅さを除けば! 

 ──といいますが現在集まっているRASのメンバーはそれなりに音楽以外が壊滅している方が多いので、気になるかどうかでいえば相対的に気になりません。

 

「はぁ……今日はたくさんしゃべってしまいました」

「なかなかれおなちゃんの周囲も個性的だね」

 

 駅で別れていく。本当なら千紘さんを家までお送りしたかったのですが……流石に車がないなら立場が逆だからねと散々に釘を刺されてしまった。そして本当に逆に送られてしまって、ちょっと悔しいけれど、その分千紘さんとたくさんお話しができたのはよかったなぁと思う。

 

「……ああ、幸せだなぁ」

 

 スマホには千紘さんとのやりとりが詰まっている。それは私にとって言葉通り、口許が緩むくらいの幸福感に包まれていた。一緒に推しのことを話せる、一緒にイベントに行けるような同好のヒトができただけでもうれしいのに、その人がまた推せる……というのがもう私にとって最高の瞬間だった。推しは推しとして推しているけれど、一緒に推しを推してるのもまた推しなんです! 

 

「そういえば……この間推しのパンツがどうのって」

 

 千紘さんが興奮気味に……というのはなんだか語弊がある気がするけれど、千聖ちゃんのパンツを見ちゃって先日それを本人に認められた、ということを千紘さんの口から聞いてる。

 ──やっぱり、男性たるもの女性のショーツというものに興味があるんでしょうか。もしかしたら、ここで私が家に帰ってスカートを捲って……その下のピンク色を姿見に映して撮影したら……千紘さんは私で……? 

 

「な、なに考えてるんだろう……私」

 

 なにこれ、なんでこんなこと考えちゃうんだろう。頬が熱くなっていくのがわかる。すっごく恥ずかしいこと考えてた。しかも、私なんかに興味を持ってほしいだなんて、そんなの推しをただ推していくオタクとして最低だよ。

 

「──それはきっと、考え方を変えれば素敵な気持ち、なのかもしれないわよ?」

「えっと?」

 

 それを思わず相談してしまった相手はファストフード店で優雅な……ファストフード店だというのに優雅に見えてしまうくらいに背筋がキレイに伸びたまま紅茶とアップルパイを机に置いていた白鷺千聖ちゃん……いえ、千聖さんだった。

 

「きっと()()は中学生だからと一歩引くでしょうけれど、そのオタクであるない以前に何かしてあげたい、と思う気持ちはきっと、とても大切なものよ」

「……そうなんでしょうか」

「ただパンツは撮影しちゃダメよ。何かの拍子に流出したら困るでしょう?」

 

 崩れない鉄壁の微笑にちょっと怖さすら感じてしまったけれど、この人はもしかするとこの私の名前のない気持ちに名前をつけられているのだろうか。

 その答えもその微笑の中にあるのだろうか。

 

「そうね……私がお願いすることを聞いてくれたら、いいわよ」

「な、なんでしょう……」

「──花音を。私の親友を助けて」

 

 それは、とてつもなく張り詰めた真剣な言葉だった。助ける……その言葉の真意はさておくとして一つ、わかったことがあった。

 ──私はどうやら、とんでもないところに足を踏み入れてしまったらしいです。

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