なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
幼馴染で、一番距離が近いからこそ
ずっと一緒だった。あまりにずっと一緒で、ずっと遊んでる時間が長かったから、これからも一緒だと信じて疑っていなかった。けど、小学生の頃色々あって私は花女の中等部に進学することになって、離れ離れになった。それでも、ずっと一緒だと思っていた。
「千紘くん、なに読んでるの?」
「……別に、なんだっていいでしょ」
「そ、そっか……そうだよね」
けど、小学生の高学年頃から彼は表紙にかわいらしい女の子のイラストが大きく描かれた、なんだか長いタイトルの小説を読みだした。それがライトノベル、というジャンルだということを知ったのはそれから少ししてからだった。
「その本、面白いの?」
「お前には関係ない」
「……ごめん」
図書館で会うたびに私は話しかけたけれど、進学先が別れたら急にこんな風に棘のある態度を取られてしまう。ううん、その原因も知ってた。卒業前、クラスの女の子はみんな寄って集って……一部の男の子もだったかな、彼をオタクだと言って気味悪がったせいだ。
それまでサッカーが上手で足が速くて人気者だった彼は、一瞬でそのレッテルによって多数の裏切りを見てきたから。
「あの、それさ」
「そういうのいい」
「──っ」
それでも私はなんとか一緒にいたくて、千紘くんから話が聞きたくて、読んでるものについて問いかけようとした時だった。
今までよりも冷たくて鋭い声が私の身体を縫い留める。それ以上進んでくるなと言われているように、ナイフを突きつけられるような声で。
「どうせこんなの女子から見たらキモイだけでしょ。わかりたくもないくせに無理して聞かなくていいよ」
「そんなこと……私」
うまく声が出ない。泣きそうだった。でもそれ以上に私も他の子たちと同じだと思われてることがつらくて、悔しくて、私は唇を噛み締めた。ウザそうにどこかへ去ろうとしてしまう千紘くんに掛ける言葉もないことが、でも本当に無理して話題を探そうとしてる浅ましい自分が、どうしても許せなくて。
──その時だけ神様は、私に踏み出す勇気をくれた。千紘くんを傷つけるだけじゃなくて、一緒に傷つく勇気を、その時だけは。
「キモくないよ」
「……は?」
「だって……私は、私ね……千紘くんが、好きだから」
好きだから知りたいんだよ。好きだからキミのことを知りたい。キミが好きなものを知りたい。そうやって共有して話を聞いて、ずっと一緒にいたい。そうやって自分が頑張らないと、キミと一緒にいられないんだったら私は、頑張るから。
──絶対、絶対……誰にもあげないから。
「これが、中学の頃の千紘くんに告白した話なんだ」
「……サラリと重たいわね」
それから何年かが過ぎた頃、私は親友の白鷺千聖ちゃんとカフェでお茶をしていた。お話に上げるのはもちろん私の大好きな幼馴染くんのこと。白崎千紘くん、なんだか名前が似てるわねって千聖ちゃんに笑われる。確かに似てるね、そっくり。
「それで、そのカレシが?」
「か、カレシじゃ……ないよお。幼馴染だもん」
「両想いじゃないの?」
「わかんない。私の片想い、だと思うけど」
高校生になって、私の通う花女の高等部からちょっと離れた共学に通う千紘くんとはなんとか疎遠にならずに済んでる。バイトするんだって言ったらバイト? お前が? 迷子にならない? とすごく心配されて、今でも時間があるとファストフード店に来てポテトを食べる人になってる。そういうところはもしかしたら……なんて考えちゃうんだけど、あの人知り合いにはすごく優しいところあるから。
「惚気を吐き出すならせめて付き合ってからにしなさい」
「で、でも千紘くん……最近パスパレにハマってて」
「……あら、そうなの?」
「しかも千聖ちゃん推しだー……って」
「ふふ、なにそれ」
私はまだ親友が千聖ちゃんだよとは教えてない。なんか目の色変えられたら妬いちゃう自信あるし、なにより千聖ちゃんから認知もらってるんだぜって興奮気味に教えてくれた時はいよいよこれは千聖ちゃんに釘を刺さなくちゃいけない時が来たのかなあって。
「……別に取らないわよ」
「ホント? 千紘くん優しいしそれなりにカッコいいとこもあるし普段はすごくオタクなクセになんかふとした時にそれっぽくないとこ出してくるしなにより──」
「花音、花音?」
「ん?」
「オタク特有の早口出てるわよ」
「……私は違うもん」
でも絶対千聖ちゃん千紘くんのこと知ってるでしょ? 今さっきの名前聞いたリアクションも実は知ってたけれど余計なことは言わなくていいから初めて聞いたってテンションにしておこうかしらの反応だもんね?
「そうね……ごめんなさい」
「謝らなくていいよお、アイドルさんだもん。お外で男の人の話をしたらまずいもんね」
「ええそれがわかるならもう少し配慮してもらえるかしら?」
こんな風に私と千聖ちゃんはとっても仲良しさんです。仲良しさんですよ。
苦々しい顔をしていた千聖ちゃんは追加でケーキを注文して、私も一緒に注文しておく。やがて届けられたケーキと紅茶のおかわりを順に口につけてから、千聖ちゃんははぁと溜息をついた。
「……ようやく売れ出したところなのに不用意にいつも来てくれるオタ……ファンのことを外でベラベラしゃべるわけにはいかないじゃない」
「たとえ私でも?」
「ええ、それがプロなの」
ちょっと納得できないところはあったけど、芸能とかは私の知る世界じゃないから千聖ちゃんの言葉に頷いておく。アイドルに男の影はあってはいけない。確か千紘くんもそんなこと言ってた気がする。
「俺は気にしないけど……いやちょっと寂しくなるかも。ただそうじゃなくて、それを是としない雰囲気があって、もしかしたら推しが干されるのかと思うと歓迎はしたくない」
アイドルは清楚でなければならない。それがなんで処女じゃないといけないとかいうのに繋がるのかは全然理解できなかったけど、好きな人に好きな人がいたら悲しいってこと? と問いかけたら違うと怒られた。
「似たようなものよ」
「そうなの?」
「誰だって……本気で向き合ってほしいものでしょ、自分に」
「うん」
人と人との関わりだから営業であることを知られすぎてはいけないのよと千聖ちゃんが片肘で頬杖を突きながらまるで愚痴のようにつぶやいた。
うーん、つまりアイドルはみんな私が千聖ちゃんとお話するように見せなきゃダメってことなのかな?
それはつらいよね……どっちもお仕事には変わりないのにアルバイトの接客はいわば営業で、アイドルはそれであっちゃいけないだなんて。
「でも」
「うん?」
「彼が、そういう気持ちで、気にしないと言ってくれたのは少し……嬉しいわね」
「あげないよ」
「いらないわよ」
そんなこと言ってもしも、ふとした時に千聖ちゃんが彼のこと気に入っちゃって恋のライバルになったら勝てる自信がないんだもん。相手は彼の推しで……こういう言い方はオタクのヒトによくないってわかってるけど私よりも優先して会いに行っちゃう人なんだもん。
「オタクはその辺きっちりしているから、恋愛の好きと推しへの好きは別のはずよ。ガチ恋じゃなければ」
「それは違うって」
推しは推しとして推したい、というのが彼の言葉だからね。それでも好きな男の子が夢中になってる女の子って存在がもうなんだかむっとしちゃうんだよ。私ってどうやら嫉妬深いらしくて。
「そうなのね」
「うん。中学の時もね、部活のマネージャーがすっごくアピールしてきたんだって。告白もされてたみたい」
「へぇ……というかサッカー部というのが意外だわ」
「ケガで中学の途中からやってなくて今はフットサルだけどね」
部員も結構いたのに一年生の時からユニフォームもらってたからそれなりに実力はあったみたい。その入院前に告白されてたみたい。その時の私は……今考えたら本当に重たくて、嫌な子だったなあって思っちゃうんだよね。
「なにしたの?」
「えっと……病院で泣いちゃって」
「そう」
「いかないでって、ちょっと過呼吸気味になって」
「……そう」
流石の千聖ちゃんもドン引きしちゃってて……ごめんね。
でも、ちゃんと断ってくれてて……くれててって言い方もちょっとアレかもしれないけど、カノジョじゃないし。
「だから付き合いなさいよ」
「だからそういうのはまだだってばあ」
「まだってなにがよ」
呆れられてるよお。でもまだなんだよ……なんとなくだけどまだなの。そんなことを言っていたらだから他の女にとられそうになるのよと鋭い言葉を胸に刺されてしまう。それはダメだよ、私が千紘くんのカノジョになるなんて。
「なんなのよ……まったく」
そうやって溜息をついた千聖ちゃんはそろそろ帰るわよと立ち上がった。
そうだった、帰らないと。今日は千紘くんのご両親が、といっても時期が時期でいつも遅くなっちゃうんだけど、そういう時は千紘くん夜ごはんが壊滅するから。
「……なんで付き合ってないのよ」
なんで? だってこれは私が勝手にしてるだけだもん。恋してるとかそういうの抜きで幼馴染として心配なんだもん。
また呆れられるんだけど、私は何かおかしいのかな? 千聖ちゃんはそれ以上は何も言わなかった。
「……それじゃあ」
「ええ」
別れてからちょっと歩くとスマホが鳴って今どこ? と連絡を入れてくれる。もう家の前だよおと返事をした。
彼が家から半ば飛び出すように出てきたのはそれからすぐのことだった。びっくりしたような顔で私の前に来てから、ちょっとだけ怒ったような顔でおかえりと呟いてくれる。
「花音はすぐ迷子になるんだから俺が迎えに行くってば」
「ううん、大丈夫だったでしょ?」
「……もう」
ほら、と促され通い慣れた白崎家におじゃまする。家に彼しかいないシンとした空気に、電気がついて私はリビングに荷物を置かせてもらう。冷蔵庫に何があるかなと確認すると鶏肉でおばさんの字でこれを使ってねと書いてあった。私向け、だよね千紘くん料理できないもんね。
「なんかあった?」
「うん。唐揚げにしようかなって」
「お、うまそう。じゃあ作ってる間米洗っとくよ」
「お願いね」
任せとけと笑う千紘くんとシンクで隣り合わせで料理をする。それだけで幸せでまるで今夫婦みたいだなんて勝手に思って舞い上がってしまう。
──やっぱり好きだなあ。ずっと、それこそ幼い時から思っていた気持ちは間違いもなにもなく、もっともっと大きく確かな気持ちになっていた。
「はい、キャベツ切って」
「おう」
「指切らないようにね?」
「わかってるって」
大丈夫かなあとちょっと注意して見ていると、千紘くんは拗ねたような顔しながら切るくらいならできると千切りにしていく。
よかった。傷になったら私もしかしたらおろおろしてどうしたらいいのかわかんなくなっちゃうから。
「……ねぇ千紘くん?」
「ん?」
「ううん……ちょっと、疲れちゃった」
「友達とカフェじゃなかったの? ナンパされたとか?」
ご飯を食べ終わってリビングでのんびりテレビ番組見ながら、千聖ちゃんに付き合うことがどうのって言われたことを思い出しながら、少しだけ距離を詰めてみると千紘くんはそう言いながらすっと手を伸ばしてくれて、私が嫌がらないことを見計らってから抱きしめて甘やかしてくれる。
中学の頃から、私がちょっと嫌なことがあったりして愚痴を言うとそっと抱きしめてくれるようになった。まるで年下の妹をあやすように頭を撫でながら。
「……ありがと」
「花音は」
「ん?」
「なんでもない。気を付けてよ?」
「うん」
きっと彼が言うのは高校入ってすぐに告白された時のことを指しているのだろう。あの人は私の大好きな彼を侮辱した。オタクだと吐き捨てたからもう二度と会いたくもない。でもあの人は周囲を埋めて私を孤立させようとして……それを守ってくれたのは千聖ちゃんと彼だったから。きっともう二度とそんなことがないようにって心配してくれている。千聖ちゃんがしきりにカレシ、と言うのも多分、そういうことがあったからなんだと思う。
「今日、泊まったらダメ?」
「え……母さんとおばさんがいいって言ったらね」
「うん」
何かをする勇気なんてない。ないけど、私は彼と一緒にいたい。誰にもあげたくない、勇気はないけどもしも、もしもの話だけど求められたら……私はなんだってしてあげるって覚悟はある。パンツ見せてって言われるなら今すぐこのスカートを捲って、スカイブルーのショーツを見られたって、構わないくらいに。
「いいって」
「いいのか……うちもいいって言われたけど」
「うん。じゃあ……どっちが先にお風呂入る?」
「──っ、か、花音からどうぞ!」
キミがいいって言ってくれるなら一緒でもいいのになあと思いながら、私は使い慣れてしまった彼の家のお風呂を使わせてもらう。
流石に一緒に寝る勇気はないから、寝るのは客間でだけど。