なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
俺の幼馴染さんは、俺のことを好きと言う。初めて言われたのは中学に上がったすぐの頃だった。自分がオタクでそれを貶されることが当たり前だと思っていたのにそれでも一緒にいてくれる彼女に、理解できないんならそれでいいって突き放すように言った。
──でも彼女は、理解したいと言ってくれた。オタク趣味は全然わからないけど、好きな人のことを理解したいと。そんな告白から数年が過ぎ、俺と彼女は高校三年生になろうとしていた。
「いらっしゃいま……あ、千紘くん」
日課のようにファストフード店に行くと幼馴染さんは手を小さく振って微笑んでくれる。いつものようにポテトを頼むと揚げたてのを用意するから待っててと言われて席に着いた。定位置のような四人席の端っこでスマホにイヤホンを指してパスパレのライブ映像を流す。
後から来たポテトをおつまみに心の中でコールをしていると、いつものように勝手に誰かが向かい側に座ってきた。
「相変わらずどこでもオタクなのね」
「……紗夜さんだってオタクじゃない」
「失礼な。私は良識あるファンです」
嘘だっ! いや良識はあるけれどもイベントに行くと日菜ちゃんTシャツにタオルとペンライトでいっつもオタクやってるでしょ! 普段のクールな雰囲気からは想像もできないほどオタクじゃんあなた!
「ところで、次のイベントは何枚積んでるのですか?」
「え、三十枚」
「……数枚抽選券譲ってあげる、と言ったらいりますか?」
「え、どうしたの?」
日菜が物凄い勢いで買ってきて……と苦笑いをする紗夜さん。日菜ちゃんはそれくらいおねーちゃんと握手したいのでは?
けれどそこまで必要ないのよと困り顔をされれば、頷くしかない。俺にとってはメリットしかないしね。
「押し付けるようで申し訳ないけれど」
「いやいいよ。もし俺も余るようならオタ仲間に譲るし」
「彼女ね」
「うん」
その彼女は無限回収してくれるから。紗夜さんがオタクだということがわかってからというもの、ここ三人で一緒にイベントに行く仲間みたいなもんだ。これを言うとウチの幼馴染さんは唇を尖らせて拗ねてしまうんだけど。でもイベントには中々行きたがらない……って普通行きたがる子はいないだろうけど。
「友人がいるからでは?」
「友人? ああ彩ちゃん?」
「……はい?」
紗夜さんがなに言ってんだコイツみたいな反応を返してくる。友人って……幼馴染さんの友達関係まで逐一把握してないんだけどなんの話?
そんな風に首を傾げると、思わぬ答えが返ってきた。
「──私のことよ」
「へ……は?」
「こんばんは、紗夜ちゃんも」
「ええ」
信じられないものを見るような目で紗夜さんの隣にやってきた女性を見る。あの? あのあの、この方はもしかすると、いえもしかしなくても……白鷺千聖ちゃんだよね? パスパレのベース担当の四月六日生まれで牡羊座、身長は152センチと小柄、血液型はB型で趣味はカフェ巡りとショッピングで、友人と一緒に行くことが常だとか。
ベースの経験はそれまでなし。故に指先が固くなるほどに練習を重ねる努力家の一面もあり、アテフリ事件では一番の有名人だっただけに真っ先に炎上ししばらくブログを閉鎖するという事態にまでなった。
「……固まってしまったわね」
「推しが突然目の前に現れれば、オタクというのは大抵こうでしょう」
「難儀なものね」
目を擦ったものの、幻影や夢といった類ではなく、本物の千聖ちゃんだった。
というか、つまり幼馴染さんの友人って……
「素直になったらどうでしょうか」
「素直だよ、この上なく」
どうでしょうかと意地悪く紗夜さんが笑ってくる。俺は推しは推しのまま推したいの! 決して友人関係、ましてや恋人とかなんて、もしもなれるのだとしてもお断りしちゃうくらいにはオタク拗らせてるんだから。
「ある意味ベストなオタク……なのかしら」
「気持ち悪いオタクとも言いますが」
確かにと千聖ちゃんがうなずいてくる。本来のオタクならここで千聖ちゃんがこんなこと言うなんてーと推しに失望するのがデフォルトなわけですがしかし、俺は訓練されたオタクなので、このくらいじゃダメージは受けないのだ。それに千聖ちゃん腹黒疑惑は以前からあるわけだしね。
「腹黒……と言ったかしら今」
「ひっ」
ほらね、やっぱり千聖ちゃんの素顔がこれですよ。ちなみにソースは同じパスパレの日菜ちゃんから。あの子は千聖ちゃんのことをよく怒ってるとか物真似をするときもこれが楽屋の千聖ちゃんでーとトークで度々言うから噂されていたことでもある。だがファンには一切その顔は見せない。プロ根性ってすごいね。
「あれ、千聖ちゃん……! ど、どうして?」
「あら花音。小腹がすいたから寄っただけよ」
「なんで千紘くんと同じ席に……」
「紗夜ちゃんが男の子といるから少し興味を持ったら彼だったというだけよ」
──なるほど、オタクと知って近づいたとなると体裁が保てないからあくまで紗夜さんのお友達がたまたま親友の幼馴染でありまた自分を推してくれるオタクだ、という言い訳を作ったのか。これで俺が誰かに突っ込まれても同じ事情を説明すればオッケーってわけだ。しかも俺から見たら紗夜さんといたら声を掛けられた、となるので全く嘘はついていないんだ。この一瞬でそこまで組み立てられるのか……すごいな千聖
「ふふ、ちゃんとわかっているわね」
「ええまぁ。千聖さんとは初めまして、ですから」
「敬語なくてもいいわよ」
「……じゃあお言葉に甘えて」
そんな口裏を合わせてることがまるわかりのやり取りに、幼馴染さんはむう、と頬を膨らませて俺の隣にやってきた。見えない机の下で怒りながら手を握ってくるんだけど……これは俺はどう反応すればいいの?
「ところで花音」
「……なあに」
「ふふ、拗ねないでちょうだい」
「私も、白崎さんとは単なるイベント仲間で、万が一の可能性もあり得ないので誤解されているようなら訂正させていただきます」
「言い方」
紗夜さんはそうやっていつも俺をいじめてくるんだから。オタクの中ではマシな方でしょ? って一回言ったことがあるけど、オタクの中で考えている時点で終わっていますねって返す刀でバッサリと斬られたこともある。
幼馴染さんはでも、仲良しなんだもんと俺にくっつきながら言ってくる。あの、恥ずかしいんだけど……?
「だって、オタクさんのイベントって言うから安心してたのにいつの間にか紗夜ちゃんとか、パレオちゃんとかと仲良しになってるし、その上千聖ちゃんや、最近彩ちゃんにもよく話しかけられてるの、知ってるんだから」
「……おっしゃる通りで」
俺は嘘や隠し事が苦手とういこともあり、花音の前でなるべくそういうのはやめておこうと決めてる。彩ちゃんのことだって黙ってたわけじゃなくてなんか最近常連のせいか声を掛けられるなー程度だからだし。別にやましい……とは思ってたわ絶対これ他のオタクに殺されるって思ってたわ。
「ついに千紘くんって呼ばれ出したのも知ってるから」
「あら、彩ちゃんには随分好かれたのね?」
「からかわないでもらえる?」
「この間はポテトをあげていましたよ」
「ちょっと!?」
なんでこう暴露されまくるんだろうか。というかあれは彩がおなか減ったって言ってたからあげただけで別に他意はない。大体あの後紗夜さんだって揚げたてはおいしいのよねとか言って食べたくせに!
「彩ちゃんのこと……呼び捨てなのね」
「あ……やば」
「千紘くん?」
地雷を踏んだらしく幼馴染さんからとても恐ろしいオーラが立ち上ってきた。ちょっと待ってほしい言い訳を聞いてほしいんだけど!
──千聖さんと同じ理論なんだよ。彩ちゃんは彩ちゃん、アイドルの彼女に向ける呼び方であってそれをプライベートでも呼ぶのはなんか違うなって彩に相談したらじゃあヒロくんじゃなくて千紘くんって呼ぶから彩って呼んでいいよって彩が言ったんだって!
「聞いてもないのに早口でまくしたてましたね」
「オタクだもの」
「オタクですからね」
「そこ二人ひどくない!?」
二人はあれだね、サドっぽいね揃いも揃って。幼馴染さんにもその気があるし、やっぱり彩とかパレオちゃんのような人材は必要だったってことだね。別に俺はマゾじゃないんだぞってところをちゃんと示せるから。
「というかそろそろ帰らないと」
「……うん」
「いい時間ですし解散しましょうか」
「そうね」
勝手に集まってきたんだけどね、と言いたいのをぐっとこらえて俺はトレイを片付けながら後ろを不満げについてくる幼馴染さんと手を繋いだ。最初は普通に手を繋いだつもりだったのに、振りほどかれ指の間に彼女の指がしっとりと絡まってくる。
「……花音」
「帰らなくちゃ」
「うん」
本当は帰りたくないくせに、そうやって無理して笑っちゃうから後で困ることになるんだよ
あの時のストーカー事件の話もそうだし、あれのせいで一回バンドやめちゃったんだからそこはちゃんと直してかないと。
「それなら……千紘くんだって」
「ん?」
「サッカー辞めたの、私がいるからでしょ?」
「……違うよ」
怖かった。俺が二度とケガを嫌がったのが理由だって思ってるし実際そうなんだけど、確かにその理由もあったのかもしれない。ケガをしたせいで花音はびっくりするくらい俺の行動に敏感になった。泣き虫で、怖がりな花音のために、そんなカッコつけた覚えはないけどそうなったのかも。
「そっか……私も千紘くんも、怖がりだもんね」
「言えてるな、お化けも絶叫マシンも苦手だし」
「だから逆に一緒に水族館とか喫茶店でのんびりするのが好き」
「うん」
歩調が合ってるのかも。俺と花音は小さい頃から一緒に遊んでた仲で、中学が離れてもこうしてずっと一緒にいる。
その居心地の良さを崩したくはなかった。俺も花音も、今の関係が心地よくて……お互いの気持ちを知りつつ、恋人には発展してこなかった。ずっと友達以上恋人未満で、もう高校も最後の一年が目の前に迫っていた。
「じゃあねまた明日」
「うん……」
手を振る。この別れの一瞬に寂しそうな顔をされるとどうにも去りにくくなってしまうけど、何度か振り返って最後に手を振る。
──だけど今日は、三度目に振り返った時に待ってと言われ立ち止まった。
「どうした?」
「あのね……今日、電話しても、いい?」
「いいよ。できるようになったら連絡する」
「うん、ありがと……っ!」
この花が咲いたような顔がまたかわいいんだよね。小動物のような愛らしさのある、ふわりとした笑顔を浮かべた彼女はご機嫌で家に入っていくのを見計らって、俺は帰路について、先に湯船に浸かってゆっくりと思考をしていく。
彼女のことが好きか嫌いかで言えば、好き、なんだと思う。俺自身あんまり自分で恋をしたという経験がないからわからないけど。傍にいるとドキドキすることがある。くっつかれたりするとどうしても。
──けど俺はこの関係を維持し続けることを選んでいる。幼馴染さんの、花音の言葉が今もあるかないかで言えばある……と思う。多分、きっと。自信ないけど。
「はぁ……なんだかなぁ」
踏み込む勇気がないんだよ。そもそも、一昨年の夏頃にあった告白事件が完全にその機を逸してしまう原因だった。あの時俺は告白しようとすら思ってたのになぁ。
ずるずると先延ばしにしていて、もう高三になるんだ。いい加減はっきりしておきたいって気持ちはある。あるけど断られて関係がギクシャクすんのが怖い。あの事件以来花音は少し変わった気がするし、中学の時、仲がいいと思い込んでたマネージャーからの告白を断った途端に冷たくなったし。
「やめやめ、考えるのやめた」
今の関係が心地いいから、それでいいんだと勝手に結論をつけた。これ以上考えててものぼせるだけだ。まとまらない。
風呂から上がって、メシを食べて、部屋に戻った俺は早速連絡を送る。それからもしもしと嬉しそうに電話に出る花音が、また俺の口許を緩めてくれる。
『なんで笑ってるの?』
「いいや、なんか機嫌良いなと思って」
『そ、そう……えへへ。嬉しいことがあったんだあ』
「なに?」
『……千紘くんの声が聴ける』
「それ?」
『うん。私にとっては大事なことだもん』
ならいつでも聴かせてあげる、だなんてセリフは恥ずかしくって言えない。そんなことを言ってくれる花音が好きだ、なんてことも。だから俺はいつまで経っても花音を幼馴染さんとしか呼べないでいる。
でも今はそれでいいんだ。推しが推しであるように、幼馴染さんは幼馴染さんで。今でも十分、俺の一番近くにいるのは花音だけだから。