なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
推しはいつだって俺を笑顔で迎え入れてくれると思い込んでいた。
俺のために、だなんてそんなことは言わないけれど、それでも俺が来てくれたらいつでもキラキラした笑顔で俺の名前を呼んでくれるのだと思い込んでいた。
「それで? 申し開きはあるかしら?」
「……ないです」
でも推しだって人間なわけで怒る時は怒るんだなぁなんてことを今更ながら理解した。まったく笑みのない、俺をただひたすらに同じ調子で詰る推し……白鷺千聖さん。
足を組み替えて、怒りを露わにするその姿はまるでイベントの時のような対応はなかった。
「ま、まぁまぁ千聖ちゃん、わざとじゃなかったんだし」
「彩ちゃんは黙ってて」
「……ハイ」
彩がそうフォローしてくれるけど千聖さんのその一言ですごすごとバイトに戻っていってしまう。相当お冠なんです彼女。俺のせいなんだけど。
事故といえば事故なんだよ。でもそれに対して悶々としていたことに対して千聖さんは怒っているらしい。
「そうよ。私が許せないのは推しのパンツを覗き見て、挙句その妄想でヌいてるところよ」
「ヌいてはない!」
「そういう見え透いた嘘なんていらないわよ。最低ね」
「ひどくない!?」
イベントの時、たまたま翻ったスカートの中に黄色いものを見た気がした、それが彼女の下着だった。きっかけはそれだった。
言いがかりだ、と主張するんだけど千聖さんは一向に聞き入れてはくれない。オカズに使ったと断じる根拠はどこにあるのさ! ちなみにホントに使ってないからね。そもそも千聖さんに言われて疑念が確信に変わったくらいだし。
「それで、推しのパンツを見た感想は?」
「わざとじゃ」
「……そうじゃないわよ。ほんっとうに、あなたは何もわかっていないのね」
「な、なにが……?」
オタクの上に乙女心のわからない
「オタクだからと諦めてる時点で最悪ね」
「さっきから千聖さんは何を怒ってるの?」
「……埒が明かないわね」
まってまって、話ズレてきてる気がするんだけど? 納得いかなさすぎて流石に推しが相手だろうとなんだろうと抗議の構えを出すと、千聖さんは一貫してるわよと睨み返してくる。怖いんだけど、こんなレスいらないよ。
「私はあなたが見たことを怒っているんじゃないわ。態度に怒っているのよ」
「は……どうして」
「まず、私の顔を見て逃げようとしたこと。次に、私に問われて下手な嘘を吐いたこと。最後に、それに対して言い訳ばかり積み重ねること」
「……だって、それは」
「わかってるのよ、わざとじゃないことくらい」
でもそれを下手な嘘で隠そうした。説明責任を逃れようとした。それに対して千聖さんは怒りを抱いているようだった。
だって、とまた言いたくなってしまうけど、この態度がいけないんだと。俺はそこでようやく言えてない言葉があることに気付くことができた。
「……ごめんなさい」
「遅いけれど、言いたいことはわかってくれたようね」
「うん、まぁ」
「で?」
「で、とは?」
「感想は?」
あなたは俺を殺す気ですか。
感想ってなに? ごめんなさい以外に感想求められても仕方ないんだけどね? 俺次は何を問われているの? どの方面の誠実さ?
「そう、そんなに私のパンツを見たのは嫌だったと」
「え、いや」
「どうだったの?」
「えっと……あの」
最高です! ってヒーローインタビューのように高々と右手を掲げて優勝していいの? いいならやるよ? ヌくほどの衝撃じゃなかったけどなんだか他のオタクに勝っちゃった気分だもんね。キモオタとして散々に叩かれても仕方がない発言かもしれないけど推しのパンツが見たくないか見たいかで言えば見たいんだよ!
「そう」
「なんにも言ってないよ?」
「伝わったわ」
以心伝心したくないところで伝わってしまったらしい。いらんところで推しと心を通わせても嬉しくはない。これはガチ。だって今全然嬉しくないもんね。
推しに変態だってことがバレるのは勘弁してほしいんです。
「え? 私は花音から話を聞いて知っているわよ?」
「はい?」
なんてことを言うんだこの人は。というか幼馴染さんは俺とのエピソードなにしゃべってるの? そもそもあの子にそんな変態的エピソードを語れるほどのことはしてない……はずなんだけどなぁ。
「中学三年生の時」
「え、なに?」
「初めてR18のレーベルに触れ、思わず二巻も購入、現在もカバーをかけて本棚の端にある」
「……っ!?」
な、なぜそれを!? というか幼馴染さんが知ってることにも驚きなんだけどストーカーかなあの子は? ともあれ、本棚までチェックされているということがわかったので今後はそういう本はなるべく別の場所に仕舞っちゃおうか。
「最近のオカズは……」
「待ってもういい! もういいから!」
そんなことまで知ってるなんてホント、これからは気をつけようかな! 直近のオカズ……と考えたところで顔が青くなった。あれだ、アイドル枕営業ものだった。推しになんてもん教えてんだ花音は。
「度し難いわね。私が枕していたら興奮するのかしら?」
「泣くから冗談でもやめて」
「流石にダメかしら?」
いや当たり前でしょ! そういうのは非現実だからヌけるの! ってなに力説しようとしてるんだ危ない!
しかし千聖さんは腕を組んで、すっと足を組み替えた……ごくり。
「視線がやらしいわよ」
「うっ、そ、そんなこと……」
「まぁわざと誘導したのだけれど」
「なんてこと!」
くすくすと悪戯が成功したとでも言いたげな笑みを浮かべてくる。こんなご褒美もらえるの、世界中であなたくらいよと言われるとなんにも言えなくなってしまう。ちょっと嬉しくなってなんかいないんだからね!
「はぁ……あの子が、花音が怖くなる理由もわかるわね」
「あの……あの?」
すっと腕を組んで寄せて上げて上半身を倒してくるからむ、胸元と肩にピンク色が……と視線が誘導されたところで、後ろに鬼が立っていた。
か、髪が逆立っているかと思うくらいににこやかなまま、花音がトレイを俺の頭より高く持ち上げて千聖さんの後ろに立っていた。
「……ちひろくん? 私の理性が保ててる間に、言い訳してね?」
「いや、これは! 違うんです!」
恐怖! それは気づけば笑みを湛えて目の前に立っているもの! キレイな花には棘があるように! 美しく透明なまま無害そうに漂うクラゲに、毒があるように! ゆっくりと確実に、笑顔で迫ってくるんだ!
「コホン……後で私が見せてあげるから千聖ちゃんで発情したら……ダメ」
「なにを?」
「……下着」
は? なに言ってんだコイツ。 別にパンツやブラ紐が見たくて推しの目の前に座ってるんじゃないんだけどわかってる? わかってないね?
それを幼馴染に頼むほど俺だって変態じゃないからな? 人並みに興味がないわけじゃないけどさ!
「……ばか」
「なんで罵倒された?」
「バカだからよ」
「千聖さんに訊いてないんだけど?」
「幼馴染が来た途端に推しに向かって随分な態度ね?」
「け、喧嘩はダメ!」
ケンカじゃなくて聖戦です。俺は幼馴染さんは幼馴染として接している。千聖さんは親友に近づく男を皆殺しにしたい。お互いに正義があって、だから俺たちは争いがやめられないんだ。それがどんなに愚かな行為だったとしても……!
「カッコよく言ってるけど……それってキミが一方的に虐殺されるよね?」
「そりゃ推しに手は上げられませんからね」
推しはジャスティス! アンタが悪いんだ! って吠えても所詮このキモオタ! って種割られて殴られて終わりだよ。
あれ、これ聖戦じゃなくて征伐では? 俺が征伐される方で。
「もう……もうすぐ終わるから、待っててね」
「ええ」
「おう」
「今のは私に向けたのよ」
「なんでそうなるの? 俺、迎えに来てる立場なんだけど」
──なんだかこうして、推しとプライベートで会ってケンカばかりしている気がする。お互いに松原花音っていう知り合いがいるせいなのか、千聖さんはこんなキモオタに花音は渡さない、みたいな雰囲気で俺としては別にそんなつもりないからというんだけどこうやって結局お互いの意見が通らなくてケンカになるんだもん。
「それじゃあまた明日」
「うん」
「また明日、千聖ちゃん」
「……千紘くん?」
「俺には言ってないでしょうが」
「そうね」
結局別れ際までこんな言い争いである。ついでについてきた彩もこれには苦笑いを禁じ得ないらしく仲悪くない? と花音に問いかけていた。そういえば彩は同じく花音という繋がりがあるのに仲は別に悪い感じしないよ? 俺を敵視してないからなんだけど。
「私は別に嫌う理由なくない?」
「まぁ、確かに」
「イベント、全然私の方来てくれないけどね~」
「千聖ちゃん推しだし」
「私のことも推してよ」
残念ながら二推しを決めれるほど経済的余裕はない! 決めてもいいなら彩ちゃんなんだけど、そもそも俺彩推しに嫌われてるんだよね……なんでだろ。一応パスパレ古参だから更に古参……つまり研究生時代から追っかけやってるオタクからすると新参でブイブイ言わせてる俺が気に入らないみたいだけど。
「そう、なんだ」
「あ、知らないよね」
「オタク界隈もね、色々とあるんだよ」
「SNS上だといつも大変そうだもんね」
お、そこを認知されてるとは思わなかったからちょっと嬉しくなった。そうなんよ、最近はほら、日菜担ぶっちぎりトップだけどSNSはやってない紗夜さんや富豪オタで囲いが多数いらっしゃるパレオちゃんとイベント行くからあの不名誉な称号もらってますしね。
「不名誉?」
「あれでしょ、女オタオタってやつ」
「おんなおたおた……?」
女オタオタ、所謂女性オタクの追っかけってことね。イベント会場を出逢い場かなにかと勘違いした結果、自分の趣味嗜好顔面を顧みずに女性のオタに近寄りワンナイトやお付き合いのチャンスを感じようとする輩のこと。別に女オタは趣味嗜好がオタクの人間が好きなわけじゃないからね。理解はあるけど付き合う人間はオタクだと嫌な子、幾らでもいるからね。
「な、なるほど……」
「紗夜さんがいい例だよね」
「いっつも罵倒されてるよね」
「あれはあれであの人なりに仲良い人にしかしないんだなぁってわかってるから一緒にいられるけど」
それでも付き合うのは無理です死んだ方がマシって言われてるからね。いや言い過ぎでしょとは思ってる、正直なところね。紗夜さんの好みの男性は社交性があってそれでいて静かな時は静かであるか、それともとびぬけて騒がしくて自分が黙ってても大丈夫な同じ年から年上の人らしいです。ごめんなさい俺は社交性が絶望的なんです。友達いないし。
「私は頑張る人かなぁ」
「彩はダメでしょ、アイドルだし」
「アイドルでも片想いはいいんだよ?」
なにそれ初耳だわ。恋愛禁止を前面に押し出してたひと昔前のアイドルがそうやって言ってたもんと彩はなんだか楽しそうに言いだした。
まぁ人間だもんね。俺はいいと思うよ。別に俺は千聖ちゃんにカレシがいたとしても応援し続けられると思うもん。枕とかはちょっとヤバいけど。
「ん? ってかその発言だと片想いして……」
「さぁ? どうだろうねっ! じゃあ花音ちゃん、また明日」
「うん……」
彩が家の前で手を振って、二人きりになる。そのタイミングで花音はそっと俺の手を握ってきて、さっきのこと、まだ怒ってるのかなと横目で彼女の反応を確認する。すると彼女はさっきの千聖ちゃんとのやりとりさ、と口を開いた。大丈夫、ホントに嫌ってのケンカじゃないよ。俺にとって千聖さんはあくまでプライベートの推しってだけだから。
──俺は千聖ちゃんは推してるけど、幼馴染さんを守るプライベートの千聖さんとはウマが合わないみたいで、それも不安にさせてる原因なんだろうけど。
「千聖ちゃん……別に私を守ってるわけじゃ、ないと思うな」
「ん?」
「わかんないけど、きっと……」
幼馴染さんは遠い目をする。それは彩がさっき訳ありのような笑みをした時にも見せた表情だった。
それを問おうとしてすぐに彼女は、明るくなったよねと曖昧な言葉を投げてくる。
「明るく?」
「千紘くん。中学の時より」
「……そう?」
「昔に戻った、気がする……」
小学生ってことかな? 未だに高校じゃボッチキメてますけどね。ドルオタに価値なしなんだよねきっと。まぁオタバレしちゃった俺が悪いといえば悪いけど、スマホのロック画面も壁紙もストラップもスマホケースも全部千聖ちゃんだからね。ノートPCの壁紙もだし、リアルに教えるトーク用のSNSアプリのアイコンも、全部全部千聖ちゃんだ。こんなんでオタバレしない方が不思議だね。
「でも、前の千紘くんなら、隠してたかな……って」
「そうかな?」
「えっちなライトノベルも、ブックカバーの下に更に普通のタイトルのカバーつけてたし」
「……もう本棚のアレのことは忘れて」
そっちは今でも隠すよ? というか家でしか読まないから勘弁してほしいんだけど。
でも、前までならそうやって堂々とスマホのロック画面とかにはしなかったよ、と指摘される。まぁ、確かにね……スマホカバーも付け替えるもしくは買わなかっただろうし、ストラップも祭壇行き、クラスメイトに教えるアカウントなんてまず間違いなく顔写真か風景にしてただろうね。
「私がホントに下着見せてもいいよ、って言ったら……見たい?」
「み……見たいわけない」
いや実際は見せてくれるなら鼻の下伸ばして見ると思うよ。嘘をつくのが下手すぎるけどここは認めちゃいけない気がしたから否定しておく。いやまぁ俺が嘘ついてるかついてないかなんて花音はわかっちゃうから意味ないんだけど、ここはプライドの問題で。
「……そっか」
「わかってほしくなかったけど」
「別に私はキミがえっちで変態さんでも、いいんだけどなあ……?」
「ありがと、フォローとして受け取っておくね」
子曰く男は皆変態だそうだ。どこの先生かは知らないけど偉大な言葉だと思う。金言というやつだ。だからそれを認めてフォローしてくれる幼馴染さんは本当にいい子だよ。まぁでもわざわざ見せてくれなくても実は幼馴染さんは割と家でガードが緩いところあるし。これは悟られないように頑張ってるところでもあったりする。
「それじゃ……あ」
「ん?」
「明日は……ご飯作りに行くから」
「りょーかい。寄り道はしないでおくよ」
「うん。花女で待っててくれてもいいけど」
「パス。カレシ面したくないし噂にもなりたくない」
「……そっか」
確かに彼女の迷子スキルを考慮すると花女の前で待つのが理想なんだけどそれはダメ。女子校はそういう噂が立つの早いって聞いたことあるし、それで松原花音の幼馴染で伝わればいいんだけど確実に松原花音のカレシで噂が流れるからね。
──何度もしつこいようだけど、花音は幼馴染。幼馴染は幼馴染のままでいい。今が幸せなんだから、そういう火があるからこそ立ち上るような煙は、周囲にはなるべく見せなくていいんだよ。俺の気持ちは俺と花音が、花音の気持ちは花音と俺が知ってれば、それでいいんだ。