なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
こんなオタクで推しのパンツに顔を赤くしたり青くしたりする俺だけど、後輩系女子には好かれやすいのではないかと思う時がある。同輩? 同期組みんな俺のこといじめることに特化しすぎてるからなぁ。けど後輩組は違う。俺の癒しを突き進んでくれている。
いつものようにファストフード店に顔を出すと、それを実感できるのだった。
「いらっしゃいませ~、あ、せんぱい!」
「こんにちは上原さん」
「もう、ひまりでいいですよ~!」
「はいはい、ひまりちゃん」
上原ひまりちゃんは何故か先輩って呼んでくれる。曰く異性の年上を気軽に呼んでみたかったそうな。バイトのヒトにしなよと言ったけどどうやらバイトは基本的に名前か苗字呼びを徹底されているらしい。
「あれですよ、指示を的確にするためなんですっ」
なるほどね。名前じゃなくてせんぱい、だと誰のことだよってなっちゃうからってことね。故に渾名も禁止と。でも俺は全くのお客さんだもんね。お客さんをバイトの先輩の知り合いだからってせんぱい呼びはあれな気がするけど。
「え、嫌でした?」
「別に違うけど」
「あーよかったぁ! もしも嫌がられてたらどーしよーかと思いましたよ~」
そういって屈託のない笑みを浮かべるひまりちゃん。快活で明るくて、あれだね。キモオタには眩しすぎて灰になりそう。とはいえいつまでもしゃべってるわけにはいかないので、いつものでいいですか~? と問われ、今日は気分的にシェイクも頼んでおく。普段はそんなに甘いの好きじゃないけどチョコ味が好きだったりするんだよね。幼馴染さんはなんか変な味しない? とか言ってたけど。
「あ、ヒロ様」
「……いたのね」
「はい!」
ちょうど暇だったこともあり、揚がるまでひまりちゃんと雑談をしてからいつもの席に座ろうとすると先客がいた。けれど知り合いのため俺はその向かいに座るとこれまたひまりちゃんに負けないくらいの屈託のない笑顔を見せてくれるピンクと水色のツートンツインテ少女。その正体はオタ仲間の一人でもある
俺の同種なので暇つぶしにはパスパレのライブ映像。ただし彼女の方はタブレット端末のカバーをスタンドにしてワイヤレスイヤホン、これだけでとんでもない値段らしいことを紗夜さんから伺ったが考えるのやめたくなるよね。
「あのっ!」
「ん?」
「こ、こっちで一緒に観ませんか?」
「いいの?」
「どうぞどうぞ!」
片耳のイヤホンを手渡され、パレオちゃんのすぐ隣に座る。おお大画面ってそれだけで観ごたえがあるよね。俺もよくテレビ画面でペンライト振るからよくわかる。
ただちょっと腕を上げるにはパレオちゃんとの距離が近いので心の中だけにしておく。心の中は黄色一色ですとも。ただ何故かちょいちょい視線を感じる。ポテトとシェイクをおつまみにオタ活してるのをパレオちゃんに見られてるんだけど。
「パレオちゃん?」
「へ、は? え?」
「肩とか当たってた?」
「い、いいえ!」
慌てたようで手を振るパレオちゃん。なんか挙動不審なんだけど? 普段のパレオちゃんはなんていうかこう……あ、元から割と変な子かもしれない。そもそもヒロ様が障碍なくオタ活できるならどれだけでも貢ぎますって言い放つような子だしなぁ。オタクに貢ぐな推しに貢げよ。
「推しには貢いでいますし、パレオからすればヒロ様も推しのようなものです!」
「ええ……」
理解し兼ねるのだが。けど言葉通り俺が届かなかったところ、例えば遠征だとかに支援をくれるのは助かってる。彼女がいなかったらきっと行くに行けずに泣いたイベントもあっただろう。けどそれは嬉しいんだけど、本当にいいのかなぁって思ってしまう部分もある。つくづく推すことに慣れていても推されることには慣れないんだよね。
「ん~」
「どうかしましたか?」
「いや、足らないからバーガー頼めばよかったかなぁって」
「でしたら買いに行って参りましょうか?」
「いいから座っててもらえます?」
嬉々として恐らく電子マネーが入っているであろうスマホを持ちながら立ち上がろうとするな。俺が隣にいるんだからここで立ち上がると、目の前にパレオちゃんの長くてキレイな足が……ごくり。
「なにしてるの……?」
「うわっ……って彩か」
「なんでそんな残念そうなの」
「あ、あ、彩ちゃん……っ」
おいこらオタク、そんなに喉詰まらせると窒息するぞ。いや別になんでもないです女子中学生の絶対領域を間近で目撃して血走った目で生唾ごくりなんてしてませんともあっはっはっは! ごめんなさい通報はしないでくださいお願いしますこの通りですから。
「あ、パレオちゃんこんにちは」
「は、はい! こんなところでお会いできて光栄でございますっ!」
「今日もバイト?」
「違うよー、お仕事帰りにちょっと寄っただけ」
お仕事、というだけで彼女は自分とは全く違った世界に身を置いてる存在なんだなと認識する。なにせ彼女はアイドルだ。彩、だなんて雑に呼び捨てを許してもらってる俺だけど、こうなるとやっぱりこんな風に部活もなくバイトと趣味に時間とお金を使っているようなオタクとは違うわけで。
「どうしよっかな、花音ちゃんと一緒に送ってもらってもいい?」
「というか帰り一人は止めた方がいいよ、最近ストーカーがどうのって紗夜さんが言ってたし」
「ありがとっ。じゃあちょっとだけなら……何か食べようかな?」
「ダメよ」
彩がお腹減っちゃって~と言うとそれに素早く反応した厳しい声の主に、あなたもいたんですね、と苦笑いをした。パレオちゃんは……ああそっかキミはプライベートで会うのは初めてだもんね。
「また新しい女を侍らせて、クズもいいところね」
「毒舌キツいんだけど」
「紅茶と彩ちゃんの飲み物、なにか買ってきてちょうだい」
「俺が!?」
「オタクは推しに貢ぐのが幸せでしょう? ほら」
「今はプライベートでしょうが!」
千聖さんも一緒にいたんだね。パレオちゃんは完全にフリーズしてしまう。もしも~し、ダメだ返事がない。
まぁそんなオタクは放っておいて俺はバーガーを買うつもりだったので千聖さんからお金をもらって、彩は自分で行くからと二人で注文に行くことにした。
「彩さん! いらっしゃいませ」
「ひまりちゃん……って今日ひまりちゃんと花音ちゃんがシフト一緒?」
「です」
その言葉を聞いて彩がチラリと俺を見る。マジで? そもそもパレオちゃんを駅まで送ってってからなんだけど。ひまりちゃんって確か商店街の方でしょ? 確認したところ迎えとかは来ないらしい。マジか……まぁ俺が一人で来た道戻れば解決なんだけどさ。
「いいんですか?」
「まぁ一人で帰って変なのに襲われたりしたら嫌だし」
「おー、言うねぇ」
あのね、いくらコミュ障陰キャボッチキモオタでもね、人並みの感性くらいはあるよ? 例えば知り合いの女の子が一人で夜道帰るの怖いって言われたら、じゃあ一緒に帰ろうかってなるわけだよ下心とか関係なく。
「ないの?」
「ないよ」
「ないんですか?」
「なんでひまりちゃんまで訊くのかな?」
いやひまりちゃんはあったら困るでしょ。あとそんなことを口に出したら俺は後ろでポテト揚げてる子の持ってるさっきまでポテト揚げてた機材で殴られるから嘘でも言えないから。というか殺意ある笑顔してるよ既に。
「やらしいことしちゃだめだよ?」
「しないよ、そんな度胸あると思う?」
「ううん」
そんな嬉しそうに首を横に振るな。ないよどうせ! しかも実のところひまりちゃんのキャラが得意か苦手かでいったら苦手なんだよね……ちょっと申し訳ないけど。ほら、めっちゃリア充っぽい雰囲気出てるじゃん? 紗夜さんとおしゃべりしてた茶髪の子にも思ったし若干普段の彩にも思ってる。リア充は苦手なんだ……!
「私も?」
「ほら、なんか……その」
「彩さんはそうかも」
「ほら」
割とファッションとかダサいって言われがちなんだけど……と苦笑いする彩。ダサいんだ、と上下を見返すけど、普通じゃない? いや基本幼馴染さんに選んでもらってる俺が言うのはアレな気がするけど。
「リサちゃんがおしゃれだから」
「ファッションリーダーですもんね~」
「後は燐子ちゃん?」
「燐子ちゃんの好きなやつ、ちょっと人を選ぶけどね……」
知らん名前が出てくると空気になる。はいこれコミュ障の特徴ね。テストに出るから覚えといて。特に女性のファッションの話をしてるのに、俺が割って入れるわけないじゃん。棒立ちだよ。
「せんぱいが置いてけぼりになってる……」
「まあ、千紘くんだし」
「オタクだもんね」
やかましいわ。オタクだし女性関係のスキル皆無ですけど! そうじゃなくてね、そもそもガールズトークに割って入る男に人権はないのでは? 俺大人しく席に戻って……と思ったら千聖さんとパレオちゃんがおしゃべりしていた。パレオちゃんすんごい前のめりで目をキラキラさせてますね……オタク、鼻息荒くなってんよ。
あれ、もしかしなくても俺の居場所ないのでは?
「どんまい」
「……男のオタ仲間、近くに住んでる人いないのかな」
「あはは」
最近特に空気が薄い。知り合う人知り合う人みんな女子なんだよ……男は? 男友達ほしい、あ、一応フットサルメンツは仲いいけどみんな住みバラバラなんだよね。まぁみんな隣県なんだけど。だからこそフットサルの時にしか集まんないんだよ。
「え、せんぱいってフットサルやってるんですか?」
「うん。趣味のサークル的なやつだけど試合とかもやってるよ」
「試合! 観に行きたいです~!」
「そんな楽しいもんじゃないと思うけど……」
わかんないとスポーツって割とつまんないところあるよね。だから誘ったりはしないけどさ。あ、でもなんか紗夜さんは前の試合来てくれたっけ。あれはちょっと嬉しかったし、後で大体のルールは調べてきましたからってドヤ顔してたかな。
「それ、ホント?」
「うん」
「……む」
「なに?」
「なんでもない」
なんでもないって顔してませんけど。ひまりちゃんと彩はああ、と残念そうに笑う。なに? なんなの? 俺なんかそんな残念なことしてます? その質問に答える人は誰もいなかった。
と、そこで出来上がりを花音が持ってきてくれる。というかここ駅前なのに随分暇だけど、大丈夫なの?
「いいんですよ、暇だから彩さんもまだ働けるし千聖さんが来ても平気なんですから!」
「ああ……なるほどね」
なんか納得してしまった。確かに、千聖さんとか彩いても話題にすらならないよね。いや知ってる人は知ってるけどここに近づいたオタクは問答無用で嫌われもの行きだからね。
それが俺のことなんだけど。仕方ないじゃん幼馴染さんの職場なんだからさ!
「それで千紘くんって嫌われものなんだ」
「それだけじゃないわよ。この人のブログはオタクへの悪意に満ちてるわよ」
「SNSは最近大人しくなりましたけれど……」
わーい推しにブログ認知もらってるーと素直に喜べないんだけどこの状況。なんで俺アイドル二人とオタ仲間一人にフルボッコでいじめられなきゃいけないの? 俺はマゾじゃないっていつも言ってるんだけど!
「というわけで、今日は更に人数増えたね」
「ハーレムね、よかったわね」
「嬉しくない」
まずはパレオちゃんを送っていく。駅までってのが若干心配だったんだけど、大丈夫です! って黒髪メガネの本人曰く地味モードになってるけど全く隠せてないかわいいオーラ前回の笑顔で敬礼をした。本当に大丈夫かそれ。
「それでは失礼いたします! よい夜を~!」
「おやすみなさい」
「はいっ」
千葉住みなんだよなぁ……なんだかんだでここにいるから忘れがちなんだけど。とまぁ全員で見送ってそれから次は彩を、そして千聖さんを送っていく。ここまでは慣れてしまった。なんだかんだで千聖さんともひと月近い付き合いになってしまったし。
「パスパレのオタクなのにメンバーのおうち二人も知ってるんですね」
「三人だよ」
「え?」
前に紗夜さんも一緒に送ってったことあるからね。日菜ちゃんと住み一緒でしょ姉妹だし。そう言うとひまりちゃんはきょとんとしてから何故紗夜さんとも交流があるのかを訊ねてくる。ああ、そういえばひまりちゃんは俺と紗夜さんが一緒にいるとこ見てないっけ。あ、でも紗夜さんには口止めされてるんだよなぁ。
「パスパレのオタクなのバレてから知り合いなんだよ。ほらよくポテト食べに来るでしょ?」
「なるほど」
「一時期敵視されてたよね~」
幼馴染さんがすかさずフォローしてくれる。そういえばされてた。あれは知り合ったタイミングが悪かったとしか言いようがないけど。まぁ彩とか花音の悪質なストーカー疑惑が晴れてからはなんとなく付き合いがあるってだけで……というか一応俺に初めてできた異性のオタ仲間なんだよね。パレオちゃんの方が一緒にイベント行ってる期間そのものは長いけど。
「って、ついてくるの?」
「うん。独りで帰るの不安じゃない?」
「まぁ確かに」
幾ら俺が男だって言ってもね、夜道に独りってのは案外怖いし寂しいもんだよ。ついてきても咄嗟に幼馴染さんのことを護れるかどうかって言ったらまぁ無理なんだけど。話し相手として一緒にいてくれるのはこの上なく心強いよね。
「二人は、付き合ってはないんですよね?」
「ないね」
「うん」
気の置けない雰囲気、俺から見てもあると思うし訊かれるだろうとは思ってた。俺は花音の気持ち知ってるし、花音も俺の気持ち知ってると思うけど、結局臆病者同士だからさ。なんとなくこの居心地のいい関係のまま落ち着いてるんだよね。
「私にも幼馴染がいるんです。五人ずっと仲良しで、一緒にバンドもやってて」
「そうなんだ」
「はい! だから二人の関係がすっごくいい感じなんだなっていうのはよくわかります」
幼いころから知り合いの仲良し五人組が高校も一緒でバンドやってる……ってのはなんか羨ましいな。
でも、とひまりちゃんは俺と幼馴染さんに向きなおって、それからなんと俺の手に触れてくる。え、なになんなの?
「──え?」
「こういうふうに、なっちゃいますよ?」
「……っ!」
花音を見ながら、ひまりちゃんはにっこりと微笑んでからそれじゃあ! と家の前だったようで元気のいいひまりちゃんに戻って手を振っていく。
なに? なんなの? え、今の一体どういうこと? 俺理解できてないんだけど!? 幼馴染さんはすっごく怖い顔をしていて、答えは教えてくれそうにない。ひまりちゃんは、何が言いたかったの?
「……あげないもん」
「えっと……?」
「ばか」
なんで今罵倒されたのか、その意味もわからず、俺は結局しゃべり相手にすらなってくれなかった幼馴染さんを家まで送っていくことになった。
──動き出す。停滞していた関係は、時間を経て錆びついていた俺と花音の歯車が軋む音をたてながら回り始めていた。様々な関係を経て、俺と花音は変わることを余儀なくされていることに、まだ俺は気づくことなく、暢気に首を傾げるだけだった。