なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
週末、俺はとあるイベント会場にやってきていた。普段は就職フェアやらイベントがあるそのホールには個別のブースが五つ、ここで当選券を持っている人はなんとびっくり自分のスマホや持ち込みカメラで一枚ツーショットが撮れるよ、という究極のイベント。
パスパレとしては初の試みであるためもの凄い倍率だったらしい。俺もバイト代のほぼ全てをつぎ込んでようやく一枚、推しである白鷺千聖ちゃんとのツーショットが撮れる、というところに漕ぎ着けた。
「どうしたの? 妙にテンション低くない?」
「い、いや……あはは、緊張かな」
「ツーショットだもんなぁ」
違う、違うんだよ同志よ。俺はとんでもない代償を支払っていることに今更ながら戦慄しているんだよ。
推しとのツーショット、これはまごうことなきご褒美だ。いくら一人分くらい距離が空いていようと接触禁止だろうと、これはオタクにとって生きることよりも大事なイベントと言っても過言ではない。しかも撮影前後に普段のイベントよりも密閉された空間でお話もできる。これ以上にオタクが歓喜し跳ねまわりその辺でのたうち回って死ぬイベントはそう多くはないだろう。
テンションが低い理由は誰にも言えないけど今日は千聖ちゃんの対応が正直見えないところである。なにせ個室だ。撮影スタッフがいるにしても、俺にだけ! と言えば聞こえはいいけどつい最近知った
「こんにちは♪ やっぱり来てくれたんですね」
「そりゃもう、一生待ち受けにするためにね」
「一生は言い過ぎですよ」
あーよかった。マジでビビった。ちゃんと千聖ちゃんだった。もしかしたらあの知り合ったプライベートの声で対応されたらどうしようかと思ったよ。
そう、全ての白鷺千聖推しに喧嘩を売る発言だと思うんだけど、実は先日千聖ちゃんのプライベートと知り合いになりまして。
そのせいで今日のイベントはドキドキのブラックボックスなわけで。
「どんなポーズにしますか?」
「じゃあハートとか?」
「いいですよ」
二人で片手を出してハートマークを作るというまぁなんともアレなポーズだけど、ほら、認知されてて慣れてないと言い出せないじゃんこれ? 絶対に提案はされないだろうし。ここでもオタク特有のマウントですよマウント。
ちなみにお触り厳禁らしいのでハートと言っても指先は触れない。手を前後にずらすことによって遠近法で絶妙にハートを作る。
──んー? でも近くない? おかしくない? 肩触れそうだし。
「……千聖ちゃん?」
「黙らないと触ってきたってスタッフに言うわよ」
「えぇ……」
小声で物凄いこと言われた。なんだこの人。一瞬で推しのかわいいオーラが消失しここ最近で知った推しの素顔が現れてこれですよこれ。ナチュラルに脅迫してくるしやっぱりこうなるんじゃん!
スタッフさんにスマホを渡し、撮りますよと言われて慌てて前を向く。因みにこの間、千聖ちゃんは眩い笑顔のままだった。プロって怖いね。
「ちゃんと来てくれたのね」
「そりゃもう」
「ふふ、流石オタクね」
そう言って千聖ちゃんはいちにのさんとスタッフさんが合図を出した瞬間に後ろに下げていた片方のハートをそっと前に出してきた。
ちょん、と指先が触れて、俺の表情がスマホに残らないくらいのタイミングで。
「……え」
「サービスよ♪ 下着を二度も眺めたあなたじゃ、物足りないかも知れないけれど」
いやいや、そんなことないしもはや心の中は優勝パレード行われてますけど。悲しきかなオタクの性。それが推しのイタズラだったとしても、嬉しくなっちゃうんだよなぁ。なんちゃってじゃない指と指が触れてるハートマークはキレイなかたちを生み出していた。
「それじゃあ、また次のイベントも……ほどほどにしてくださいね?」
「大丈夫、体力なら有り余ってるからね!」
「ふふ、じゃあまた会えることを楽しみにしています♪」
これなんだよなぁ。この瞬間のために認知勢やってると言っても過言じゃない。
普通のオタクにこんなことは言わない。また来てくださいくらいは言うけどここまで、特に
「ええー、いいですねぇ」
「推されてますなー」
「まぁまぁ、千聖ちゃんはそういうのちゃんとしてくれるタイプだから」
パスパレはそれぞれの色がハッキリしてるからそれぞれイベントの客層が違う。まぁそのせいで厄介が湧きやすいかどうかにも関わる話なんだけど。千聖ちゃんはリアクションが上手。やっぱり女優だからかな? 髪型とか服とか細かいところに気付いてくれるし目を見てしっかりと対応してくれるので割と認知勢とか自己顕示欲高めなタイプやカレシヅラしたがりオタクが推しやすい。なので同担間の仲は残念ながらよろしくない。悲しい。
「おお! 新しいの買われたんですね? いやぁいいっスねぇ……思う存分弄りがいがありそうで……フヘヘ」
大和麻弥ちゃんは丁寧応対を得意としながらオタトークが通じるタイプなので推してる人は一芸オタクが多い。あと専門用語使いたい人とかね。理解してくれると嬉しくなっちゃうから。あとここは同担仲良い羨ましい。
「セトモノ……? なるほど日本のヤキモノなんですね! そんなものが身近にあるなんて、羨ましいです!」
若宮イヴちゃんはその妖精みたいな銀の髪と北欧系の神秘的な顔立ちから崇拝されてる節がある。食いつくネタも日本文化系でわかりやすいしオタク初心者に優しい設定だが如何せんイヴちゃん推しが危ない宗教キメてるので固定客しかいないのが難点。
「なになにー? へぇそんなのあるんだぁ、いいね♪ じゃあ今度あたしもやってみよっかなー」
氷川日菜ちゃんはなんでもできちゃう天才でなおかつ無邪気って設定があるから超上級者かつドM向け。罵られたい人は彼女に失敗談を聞かせるとほぼ百発百中でそんなのもできないの? なんで? という精神攻撃が待ってる。同担間は割と罵られた自慢で盛り上がりやすい。羨ましくはない。
「あ! 来てくれてありがとう! そうそう、え? トチってた? うそっ!」
丸山彩ちゃんはザ・アイドルって感じだからザ・オタクがいっぱい集まる。彼女が真の初心者ホイホイ。流行りもチェックしてる、知らないことは調べてくれる。なんなら休憩挟んで二回目とか行くとその話をしてくれる。熱心とか一途とか努力って言葉は彼女のためにある。ちょっとドジなのでどっちかというとサド向け。涙脆いので保護者ヅラも多い。それ故に言葉を選ばないと彩ちゃん推しが鬱陶しいので気をつけようね! 同担内でも界隈が別れるので界隈内は仲良いけど界隈間になると若干ギスギスしてるので界隈に所属しようとするならそれを踏まえないとまずいよ。
──以上パスパレの推し方でした。俺のブログより。ちなみにちょいちょいオタクをディスるので参考にはなるがムカつくという声を頂いています。うるせぇ! だからお前らも俺も厄介キモオタなんだよバーカバーカ!
「流石千聖担トップオタ!」
「やめてよ……睨まれるんだから」
「そういえばSNSで彩担の人がキレてたよね」
「あー、ブロックしてやったとかスパブロ推奨みたいなこと呟いてた」
「どーでもいいよ。社交界じゃないし」
極端な話、俺はパスパレ界隈に会いに行ってるのではなくてパスパレに、千聖ちゃんに会いに来てるので知ったことではない。スパブロでもしてくれればいいよ。オフ友はメッセージアプリで繋がってるし。
というか毎度毎度、このイベントが終わった瞬間が一番嫌いだ。見渡す限りのオタクがオタクに対して好きだの嫌いだの言い合う。いっつも幼馴染さんに愚痴っちゃうことだけどさ、なんで集団生活に馴染めないオタクが集まると集団生活を良しとするんだろうか。
「ん? ごめん電話だ」
そんな生産性のないことを考えていたら電話がかかってきた。バイトかな? 店長には千聖ちゃんに会いに行ってくるのでって言ってあるんだけど。そもそもバイトの面接の時に働く理由は千聖ちゃんに会うためって言ってあるし、それを了承してもらって雇われているので電話に出る義務は存在しない。
「……非通知」
「絶対に出ない方がいいですってそれ」
「非通知とかイマドキ
うんそりゃそうだ。だって実際、非通知にしなきゃいけない理由があるんだもんなぁ。俺は大丈夫と言いながら二人を置いて電話に出た。そういえば今休憩中なんだもんね、掛けれたことに疑問はないけど。
「……もしもし?」
『オタ活楽しんでるかしら?』
「お陰様で。ちゃんと待ち受けにさせてもらったよ」
『厄除け効果があるわよ』
「あはは、それは大事にしないと」
予想通り電話してきたのは千聖
『今日はアレで終わりかしら?』
「ん? ああうん。残りは全部外れたからね」
『……そう』
こういうところでも千聖さんは湿っぽい声を出してくる。いや演技だとわかってても後ろ髪引かれちゃうのが千聖ちゃん推しである俺なんだけど。
いやでもどうしろと。そう思っていると湿っぽい声から一転、楽しそうにパーカーのポケットと呟いた。
「……もしかして」
『さぁ? なんのことかしら?』
そこには紛れもなく、ちょっとくしゃくしゃになったチケットがあった。回収されるので当たり前だけど未使用。つまり会いに来いという脅迫に他ならなかった。ってかやっぱりナチュラルに脅迫してくる!
『嬉しいでしょう? 』
「目的はなんですか?」
問いかけるもくすくす笑いしかしてくれない。というかなんでそんなに楽しそうなんだろう。悪戯が成功した子どもみたいだ。これ以上問うても納得のいく答えは出られないだろうと思っていると電話口から騒がしい声がした。
『なになにー、千聖ちゃん誰と電話ー?』
『ひ、日菜ちゃん! どうしてここに?』
『んー、なんか楽しそうな声が聴こえてきたから』
氷川日菜ちゃんだった。こっちはアイドルの時と声の感じは変わらず、千聖さんも別にメンバーに素顔を隠してるわけじゃなさそうだからちょっと安心した。パスパレって割とファン間で不仲説があってだね。そういうの怖くて耳を塞いでいたわけだけどこれからは鼻で笑えるぜ! ビバ脳内マウントライフ!
『こらやめなさい日菜ちゃん! ああもう、もう切るわね、それじゃあ』
それにしても千聖さんを振り回せるくらいなのか日菜ちゃん。やっぱり話した印象通りのパワフルさだ。陰キャにはめちゃくちゃ辛い。やっぱり陰キャの味方は千聖ちゃんと麻弥ちゃんだ。次点で彩ちゃん。
ハプニングはさておき、目的もなにもわからないまま千聖ちゃん二周目に向かうことにする。ポーズとか決めた方がいいかもだけど何も決めずに並んでいった。
「あ、待ってましたよ」
部屋に入ると早速神対応を食らう。名前を呼ばれてかわいらしく微笑まれて推さずにいられるというのか、いや、推さずにはいられない。
反語を用いながら昇天していると、今回はポーズどうしますか? と問いかけてきた。
「考えてなかったよ」
「そうなんですか? それじゃあ無難にピースにしましょうか」
「う、うん」
あれ、なんにも仕掛けてこない。そう思っているともう一人のスタッフさんがさっきのチケットを持ってきて何やら二人で話ながら個室を出ていってしまった。え、え? いったい何があったの?
「やっぱり気付かなかったのね?」
「なにに?」
「白鷺千聖招待分って私のサイン入りで書いたのよ。その人が来たら少し話がしたいってカメラマンさんには伝えてあるわ」
「はい?」
このヒトなんかサラリととんでもないこと言い出したよ? つまりVIP待遇券をもらっていたと。気付くわけないじゃん! そんなまじまじと見るもんじゃないのに。だからこそ実際に表のスタッフさんもスルーしかけたんでしょう。
「それで、話って?」
「特にないわよ?」
「えぇ……」
「でも、どうせ界隈だなんだとそういう話に辟易してるであろう貢ぎ根性丸出しのオタクくんに少しは気を紛らわせてあげようという私の配慮ね」
「……エスパーだね、まるで」
「わかりやすいだけよ」
ふぅ、とアンニュイに溜息をつく千聖さん。というかアイドル衣装でその口調をされるとなんだか言い表せない感情だね。まるで未成年アイドルが飲酒喫煙してるところを目撃しちゃったってくらいの気まずさがあるよ。いや別に実際に見たわけじゃないけど。
「さて、来る前に一枚撮っちゃいましょうか。こっちを待ち受けにしなさい。ただしこのシートもつけてね」
「えっと、これってブラインドになるやつ?」
「ええそうよ。真正面からあなたが見せない限り周囲には見られないやつ」
そう言って千聖さんは俺からロックを解除させたスマホをひったくり、もっと寄ってと言われる。戸惑うままに俺は千聖さんと椅子をくっつけて肩どころか脚が触れ合う超至近距離に推しを感じてしまう。心臓が今にも爆裂しそうなくらいに鼓動を速めてるんですけど。俺死にそうだよ千聖さん?
「ほら、ちゃんといつものスマイルしてあげるから」
「え、あ……ってこれ本当に待ち受けにするの? やばくない?」
「ふふ、頑張らないとあなたがスキャンダルの種よ?」
「楽しそうに言うなぁ……」
そう言って千聖さんが俺のスマホを頭の上に上げ、
その後千聖さんがスタッフさんに普通のも撮ったけど、正直まだ現実味が湧いてこなかった。いつもの千聖ちゃんの笑顔に見送られて、間違って削除とかしないでくださいねと冗談交じりに言われ、そして待ち受けをハートから無難なピースに変えて、いそいそともらった保護シートを貼り替えた。
──オタクの言う推しに推される、というのはまだまだ序の口なのかもしれない。最近の彼女の対応を見るとどうしてもそう思えて仕方がなかった。
え? 今の気持ち? ふざけんな! 優勝どころじゃねぇよ! いや絶対もうこれ一生の宝だ! というか千聖ちゃんめっちゃいい匂いした! 最高! もうこれで死んでもいい! やっぱパスパレ解散するまで死にたくない!