なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
俺と幼馴染さんは歪な関係なんだと思う。その一番の理由としてスキンシップが多いこと。甘えるように寄ってきたり、逆にどうしようもなく怒ってるのになぜか寄ってくる時もあるけど、そんな幼馴染さんを抱きしめた時に感じる気持ちは紛れもなく幼馴染だから、とかずっと一緒にいたから、というのからは遠く遠く離れたもの。幼馴染さんのちょっとあったかめの体温とか、髪から香る匂いだとか、ドキドキしてしまう時がある。
「ん……えへへ」
「なに」
「ううん。いつもいつも申し訳ないなあって」
「嘘でしょ。そんな頬緩ませといて?」
「ふふ」
今日もご飯を食べ終わってから少しの時間、手に触れてきた花音をちょっと躊躇いながらも抱きしめて、彼女の不満やバイトや学校の疲れ、みたいなのを取り除いていく。慣れちゃいけないとは思うけど、慣れてきてしまっている自分が怖い。なるほど、リア充がやたらと雰囲気が軽くてボディタッチが多いのはこういう経験から来てるのか。滅ぶべし。
「あのね」
「うん」
「水族館行きたいなあ……って思ってて」
「二人で?」
「もちろん」
そんなことを考えながら離れていくと幼馴染さんはちょっとだけかわいらしく微笑みながら首を傾げた。そういえば最近行ってなかったもんな、ということを思い出し、スケジュール帳を取り出す。はい、と彼女に手渡すと何故か俺を背もたれにして自分のスケジュールとの照らし合わせをしていく。
「あ、この日でどうかな?」
「いいよ」
「じゃあ決まり……ありがとね」
「平気、静かなところは好きだし」
オタクだから騒がしいところはライブくらいしか好みません。でもこの時期だともしかしたら人多い可能性があるんだよね。静かなんだけどカップルが密集している感じ。家族連れとかなら許せるんだけどさ。
──とかなんとか言いつつ、当日は楽しみでそわそわしてしまう。家の前で待ち合わせて、二人で駅まで歩いていく。
「むう……」
「え、なんでいきなりふくれっ面なの?」
「駅で集合したい」
「……なんで?」
デートだもん、と言われてちょっとドキっとしてしまうが大別すればこの状況がどう頑張ってもデート以外の名前がつかないのでそこはスルーしておく。いやいや、そもそも前もそう言って迷子になったからじゃなかった?
「んー」
「忘れてたのか」
「……えへへ」
かわいく笑えば許されるかって? 許したくはないけどそれ以上何も言えなくなるのが俺なのです。花音にめっぽう甘いんだなぁとは思う。思うけど結構泣き虫で、寂しがりで、こう言ったらめちゃくちゃ失礼だけどドがつくほどにめんどくさいんだよね。だから結局なあなあで許しちゃうんだよ。
「じゃあ今度頑張ってみる」
「結果が見えたような気がした」
「わ、わかんないよ……っ?」
いや絶対迷子になる。俺は今そう確信したね。
しばらくはわいわいと迷子になったトークをしていると、あっという間に慣れ親しんだ水族館へとやってきた。中学の時と高校上がったばっかりの時は今よりも二人とも多少は暇だったから頻度高かったんだよね。きっかけは迷子になるから、と俺がついてったことなんだけど。
「うわ……きつ」
そして水族館はやはり人が多かった。家族連れももちろんいるけど、どうやら間が悪くカップルイベントやっているらしく……隣の列が前から来てカップル、カップル、カップル、お独りさま飛ばしてカップルという状況です。列並びながら腕組んで身体くっつけてんじゃねぇこの野郎!
「……カップルがダメなの?」
「そりゃ。目の前でイチャイチャされたら唾吐きたくなるでしょ」
「ならないよ……?」
ならないの!? なんで!? リア充は爆破されて然るべき存在だよ! 羨ましいかそうじゃないかでいうとそれをステータスにされている気がしてムカつくからだ。別に恋人がステータスだなんてこっちは思ってねーかんな、ばーか!
「自慢でもされたことあるの?」
「フットサルで別のチームのやつに」
「そ、そっか……」
あのイケメンいけ好かないんだよね。いっつも女性ファンにキャーキャー言われてるし、それでマウント取ってくるのが一番許せん。お前の趣味嗜好バラしてやりたいと何度思ったことか。まったくひどい男だよ。
「趣味嗜好……? えっとなにか訊いていいのかな……?」
「大丈夫」
なんかどっかのガールズバンドの追っかけやってるの。ぶうぶう言いながらペンライト振ってるんだって。要するに俺の同類なんだよ。
ともあれ、俺はそういうのがいるから嫌いなの!
「……うーん」
「なに?」
「多分、水族館にいるキミも同じこと思われてるよ……?」
「ん?」
そう言われて考えてみる。そうかな? いや多分俺が外からそのことを見たらキレるわ。カップルだって思うね。花音が普段の二割増し笑顔でイルカやら模様のキレイな魚やら、ペンギンやらクラゲに目を輝かせて話しかけてくるんだから。
「今気づいたんだ……」
「だって付き合ってないし」
「……そうだね」
幼馴染さんだし。この内側の状況を知ってる俺からすると暗いところがそんなに得意じゃない花音が手を繋ぎたがったり、腕組んだりしてくるのは自然なことだし、気分が高まってキスとかそのままホテルで、とかないじゃん。ありえないじゃん。
「あ、見て見て、下から……あがって……?」
「ちょい待ち」
キスとかホテル云々とかは流石に口に出せないから、黙って歩いているとイルカの水槽前で指をさした花音を押し留める。この子なんのためらいもなくしゃがもうとしませんでしたか? 今のキミの服装わかってる?
「千紘くんじゃないんだから……イルカさんはパンツ見ても喜ばないよ?」
「一言余計だね」
「私のパンツじゃどうせダメだろうけど」
キミ実はあれでしょ、この間の千聖ちゃんのパンツ見えちゃった! のくだり、怒ってるんでしょ! というか今また思い出したね? 俺が藪を突いて蛇を出したことになるんだろうね! 俺は純粋に心配してたのに!
「そうじゃなくて、飼育員さんとか……ほら今いるじゃん」
「……千紘くんは?」
「は?」
なに言ってんのコイツ。千紘くんは見えない位置にいますけど。幼馴染さんはそうじゃなくて、と俺に一歩詰め寄ってくる。あの、あの!? 一歩詰め寄られたらそもそも手を繋いでる状態なんだから俺までイチャイチャカップルの仲間入りになってしまうじゃないか!
「……私のパンツ見えたら、嬉しい?」
「ちょいちょい、自分で何言ってるかわかってます?」
「わかってるよ? それ、知りたいんだもん」
知ってどうするの? 言いふらすの? 俺を貶めるつもり?
花音はじりじりと口を開かない俺との距離を更に縮めようとしてくる。なに、ホントなんなの? しかもじっと俺の方見上げてくるし。イルカ見てほしいんだけど。
「教えて」
「なんで」
「知りたい」
「……なんで?」
それ知ってなにになるの? イルカそっちのけで俺と花音はじっと見つめ合う。真剣な表情をしている彼女はなにかに焦っているような雰囲気があるんだけど、それが一体なんなのかはわからないままだった。
「だって」
「うん」
「千聖ちゃんのは……喜んでたから」
最高でした! じゃなくて、千聖ちゃんのパンツ見て喜んだのとそれと花音のパンツ見えたら嬉しいかどうかって別問題だと思うんだけどどうだろう?
けどどうやらそこが幼馴染さんの中ではイコールで繋がってるらしい。
「見たい?」
「……それには答えられない」
「どうして?」
「恥ずかしいから」
「……ふうん、そっか……うん、そっか」
その答えでよかったようで、幼馴染さんは次行こうよ、と今度は腕を組んでくる。腕組まれるとね、彼女の柔らかくてふわりとした腕の感触、なにより時折感じるのは……ちょっと固い、ワイヤーっぽい感触。
「ペンギンさん」
「だねぇ」
「今日もかわいいなぁ……えへへ」
うっとりとしてるのはいいんですが抱き込まれるとよりその感触が鮮明になってるんだけど。あの俺だけかな、めちゃくちゃ居心地悪いんだけど! これでドギマギしてることバレたらアレでしょ、またパンツの話の二の舞になるでしょ! そういうのはもういいから!
「ふふ」
「……やっぱりペンギンは好き?」
「うん。でも、なによりもこうやって一緒にキミがいることが、嬉しい」
さっきまでの理不尽なまでの問い詰めはどこへ行ってしまったのやら、甘々の表情で上目遣いをしてくる。さっきの問いはもういいのかな? よくわかんないけど、やっぱりあれでよかったのね。
「次はクラゲ行こ?」
「はいはい、もうキラキラしてるね」
「……えへへ」
ホントにクラゲが好きだよね、あの流線型のフォルム、まるで空に浮いてるように泳ぐ姿、それが好きなんだって。
やってきたクラゲの水槽の前に立って……ってだからその顔やめましょう。
「え?」
「いや……なんでもない」
その妙に艶っぽいのどうなの? こう言うと俺が変態みたいになるけど、だってなんだか恍惚の表情なんだもん。あんな顔で下からのぞき込まれたらヤバい自信がある。詳しくなにがヤバいとか言えないよ。
「でね、このミズクラゲは──」
でも俺の方を向く時はいつものふわふわスマイル。それに相槌を打っているところが水槽に映っていて、なんだか唾を吐きたくなってきた。なにリア充みたいな顔してんだよ、なにそれでちょっと優越感出てんだよって思ってしまう。
俺だって、マウント取ってんじゃんか。やっぱりオタクなんて醜いんだな。
「千紘くん」
「ん?」
「答えはわかってるけど……言っていい?」
「……花音」
幼馴染さん……花音は俺の肩に頭を乗せるようにして、また真剣な表情をしていく。この雰囲気は何度か味わっている。じわりと口の中が苦くなるような感覚がするような、それでいて答えがわかっているのになぜ……という思いが強かった。
「好き」
「えっと……ごめん」
「うん」
知ってた、と花音は微笑む。じゃあどうして、と言おうとすると彼女は言わないといけなかったから、と謎の言葉を紡いでいく。クラゲを瞳に映し、透明なその身体に絵を描くように言葉をゆっくり声にしていく。
「忘れられないように……千紘くんが、どこにも行かないように」
「俺が、どこにも」
「──キミは、ズルい人だから」
ズルい、それが何を指してるのかわからない。けど、俺はその時の透き通る紫の瞳がすごく苦手だった。そのアメジストで、まるで俺の中身をすべて見透かされているかのような、肌寒さまで感じてしまう。
「私、わがままなの知ってるでしょ」
「うん。あと俺に対してだけ優しくない」
「キミが優しくないから」
「俺が?」
うん、と花音はからかってるような顔で笑ってくる。そういうところが優しくないんだよ、いじめてくるし。けど彼女はいじめてないよお、と俺の腕に頬をくっつけてくる。ちょ、今日外でのスキンシップ多いんだけど?
「そう?」
「そうだよ」
「今日は……わがまま隠せないだけ」
「なるほどね」
「好きだもん」
「うん」
好きだから触れ合いたい、そう思ってることは知っていた。
俺にとって花音に触れることは彼女が求めるからにすぎない。でも、花音は違う。一つ一つ、指先一つに意味がある。
好きだから、構ってほしいから、ヤキモチを妬いたから、そんな意味を持ってる。それを俺が受け止め切れてるかどうかで言えば……ない。
「イルカショー見て帰ろ」
「おっけ」
だから俺にできることは、俺にできる範囲で応えてあげることだけ。
本当は、もっと応えたいって気持ちがある。でも花音は
「花音」
「ん?」
「……いや、いつも断ってごめんね」
「いいよ、伝えることが大切だから」
好きだ、という一言。花音と同じ言葉が紡げたら、どんなにいいんだろう。
幼馴染をやめたくない。そしてなにより俺は、付き合ったとしてオタクをやめることは絶対にできないから、これでいい。このままでいい。
幼馴染はあくまで幼馴染だから、いくらパンツが見たかったとしても、俺がなんとしてでも推しを推しとして推している限りは、二人が幼馴染をやめることはないんだ。