なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

51 / 60
推しのオタクではいられなくなる日

 推しは推し、のはずなんだけど最近それが崩れ始めた気がする。何がってイベント以外で会えるんだもん! 今日も俺の向かいに座ってきて、またライブ映像見てにやけているのかしら? とつまんなさそうにヒトのポテトを食ってくる。

 

「……いいじゃんオタクだもん」

「公共の場でライブ映像片手にニヤニヤするオタクがいるからコンテンツそのものが害悪扱いされるのよ」

「それを俺に全責任負わせるのずるくない?」

 

 ちょっとむっとしてしまう。いくら千聖さんが気軽に接触できるオタクだからってさ、そういうのを俺だけに押し付けるのはよくないと思うんだよ。

 いくらプライベートでの発言だったとしても、俺にとってはそれ以上の意味を持っちゃうんだから。

 

「けれどあなたを見てパスパレって気持ち悪いんだ、って思う人間がいるのは事実よ」

「……そうかもしれないけど」

 

 なんか今日、やけに千聖さんがとげとげしい。いつもはいじめてくるような、いたぶって遊ぶようなサディスティックな印象なのに、ただただ不機嫌で当たり散らされているような不快感があった。

 

「……千聖ちゃん?」

 

 だが花音が出てきたところでそのトゲが霧散していく。ただ少しだけ荒れた雰囲気を残して、千聖さんはもう今日は帰るわとその場を立ち去っていってしまう。

 ──何があったのか幼馴染さんは知ってる? そんな目線での問いかけに彼女は首を横に振った。

 

「……そっか」

「うん……千聖ちゃんらしくないね」

 

 確かに、いつも余裕のある彼女らしくないというか、なんかホントにただ八つ当たりをされた気分だ。俺、あんまりヒドいことしてないもんな。確かにいつもライブ映像片手に幼馴染さんを待ってるから、気持ち悪いか気持ち悪くないかで言ったらぶっちぎりにキモイんだけどさ。

 

「どしたの?」

「彩ちゃん」

「千聖さんが」

 

 もしかしたら彩なら何か知ってるのかも? という淡い希望を抱きながら訊いてみるが彩もんー、と腕を組んでから昨日一緒にラジオ収録した時もそんな雰囲気なかったけどなぁと首を傾げていく。

 

「……女の子の日?」

「わかんない」

「それ、俺に聴かせないで」

 

 そういうの話題に出されるだけでなんとなく気が引けちゃうんだけど。想像もつかないけどめちゃくちゃイライラしちゃう人もいるってことは知識として知ってるんだけど、やっぱりどれくらい痛いかとか不快感があるのかとか全然察することなんてできないんだからさ。

 

「花音ちゃんのそういう時とか把握してないの?」

「……確か眠いんだっけ常に」

「うん」

 

 普段からふわふわなんだけど、そのふわふわにふらふらが追加されたら察せる時があるくらいかな、幼馴染さん相手でも。それに気付けなくて家でご飯作ってくれた後に時折人の肩で寝てくるから頑張って気付けるようにはしてるけどさ。

 

「後は、千紘くんは私の常備薬知ってるから。どうしてもって時は買いに行ってくれるよ」

「確かにそれはありがたいね」

 

 そりゃね、俺にとって幼馴染さんは最も長く近くにいた存在だから。いつしか起こっていた男女の身体の変化も、対応できてしまう部分があるんだよね。

 だけどそれはあくまで幼馴染さんだけであって、千聖さんのことを気付けってのは無理があるよな。

 

「千聖ちゃん……大丈夫かな?」

「わかんない」

「俺に八つ当たりしないでほしかった……」

 

 一回でそれが収まると思って流したのだが、その数日後、バイト終わりに花音を迎えにいったときにも、千聖さんはイライラと俺を見つけるなりトゲのある言葉を、ただただ俺が詰られるだけの時間が続く。たとえ推しに会えるという嬉しさがありつつもまるで拷問のような時間に、俺はただ耐えることになった。

 ──そして更に翌週のこと、またもや俺の前に現れた千聖さんがこれ見よがしに溜息をついてくるのだった。

 

「……なに?」

「なんでもないわよ」

「そう」

「どこ行くのよ」

「独りにしてください」

 

 流石の俺も三回連続はムカっとしてしまう。いくら推しといえどね、ただ散々に罵倒されて平気かって言ったら全く平気じゃないし好きなはずなのに顔見るだけでイラっとしてしまうわけなんだよ。でも推しにそんな感情向けたくないし、自分の中の自分がめちゃくちゃに推しなんだから受け止めようとかめんどくさい聖人にでもなりたい願望があってごちゃ混ぜで吐きそうなくらいに気持ち悪くなる。

 

「推しに会えたのにそういう態度なのかしら?」

()()()()には会いたくなかったよ」

「……どういうこと?」

 

 だけど、だけどもう我慢の限界だった。追いかけてこようとする千聖さんに俺は、ついに俺は推しに敵意の目を向けてしまう。冷たくて、きっと俺が千聖さんだけじゃなく幼馴染さんを始めとした知り合いにされたら首を吊りたくなるくらいに鋭利な刃物のような言葉で対応してしまう。

 ケンカ腰にケンカ腰で対応したらどうなるかってもうケンカになるだけだよね。そんなことわかってるはずなのに、思考じゃなくて感情が先に出てきてしまう。

 

「俺、推しである千聖ちゃんに会うのは楽しいし認知してくれるの嬉しいし幸せだけどさ、千聖さんには会っても最近トゲばっかりだし笑ってもくれないし、トゲトゲしい言葉ばっかりでちっとも楽しくないよ」

「私は楽しませようだなんてこれっぽっちも考えてないわよ、プライベートなのよ?」

「……だからなに? プライベートなら気持ち悪いオタク叩いてストレス解消していいの?」

「別にストレス解消だなんて、自意識過剰じゃないのかしら?」

「……は?」

 

 この人本気でそんなこと言ってるの? 冗談じゃない。自意識過剰? 最高に腹が立つ言葉が返ってきて、俺はカッとなってしまう。

 けど相手を見て、すっと頭が冷えていくのを感じた。そう、相手はあくまでプライベートだけど推しで、白鷺千聖ちゃんなんだ。ストレスだってあるだろう、芸能界にストレスがあるかないかでいえばあるよと彩も言ってたし、花音も最近ちょっと余裕がないかもって学校での様子を教えてくれたし。

 

「……はぁ、いいですよ別に」

「なにが」

「俺が千聖さんのストレスに向き合う……とか言わないけど、愚痴くらいなら聴ける。当たるんじゃなくてそっちの方が俺だって気分悪くなることないし」

 

 誰にも努力とか苦悩を見せないのはいいんだけどさ、そうやってただただ俺に八つ当たりするくらいなら愚痴の方がマシなんだよ。だから落ち着いてほしい。今の千聖さんは見てられないくらいに荒れてるから。

 ──だが千聖さんは、今度は何故か千聖さんが決壊してしまう。

 

「わからないわよ! ただ消費するだけのオタクに何も求めてなんて!」

「……千聖さん」

「その目で私を見ないで!」

 

 それは悲鳴のようだった。何があったんだろう、何が千聖さんをそこまで傷つけているのだろう。それは何もわからずに、千聖さんの瞳からは大粒の涙が零れていく。その涙は……瞳の色は、あの時の彼女を思い出させるものだった。

 

『──だって……私は、私ね……千紘くんが、好きだから』

 

 あの時、彼女は理解することを拒絶されてそう食い下がってきた。その時と千聖さんが何故か重なって見えてしまう。どうしてかはわからないけれど、ストレスをなんとかしたい、でもなくわかってほしい、でもなく……()()()()()()と言っているような気がした。

 

「千聖さん」

「……なによ、放っておいてほしいならそうするわよ」

「ううん。さっき言ったよ」

「……なにを」

「俺は、推しに笑っていてほしい。俺がなんとかすると笑ってくれるなら、俺が千聖さんを笑わせてあげたい」

「……千紘」

 

 なんか泣き崩れてしまった。え、なんで? なに? これどういうこと? 俺も誰か助けてほしいんだけど! おろおろとしているとそろりと花音が事務所の扉を開いてくれる。様子伺ってくれてたんだね、幼馴染さんありがとう。

 

「俺、千聖さん先に送ってくよ」

「……うん」

「ごめん」

「いいよ……きっと千聖ちゃんも、千紘くんの助けが必要だろうから」

 

 流石、ちょっと寂しそうにしながらも状況を素早く理解してくれる幼馴染さん。彩じゃこうはいかないと思いつつ、俺は千聖さんに手を差し伸べた。ちょっと戸惑ってから千聖さんは手を取って俺の力を使って立ち上がる。

 お店を出て、しばらくしてから千聖さんはまるでそれまで意識を失っていたかのように手の力を込めて何かを訴えかけてくる。

 

「……ねぇ、千紘」

「ん?」

 

 顔を上げた彼女はひどい顔をしていた。メイクは崩れ、目許が真っ赤になっていた。前髪が崩れ、それをうまく隠すようで、その奥の紫色の瞳は、まだ光を失ったようにくすんでいた。だが、だがそれゆえにひどく弱々しいながら、俺の推しじゃない本当の白鷺千聖がそこにいる気がした。

 

「……わがまま、言ってもいいかしら? 推してくれるあなたに、最低なことを」

「今日は特別に理不尽なことじゃなきゃいいよ」

「それじゃあ──」

 

 ──その言葉は、俺の思考を完全に麻痺させるには十分すぎる破壊力を持っていた。だがそれはタイミングが完璧すぎて、今日は運命を司るカミサマに意地悪をされているのかと思うくらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、千聖ちゃんは大丈夫だったの?」

「わかんない。憔悴しきってて話はできそうじゃなかったし」

「そっか」

 

 その日の幼馴染さんとの帰り道、やっぱり話題はそっちになった。親友が幼馴染に叫ぶなんてものを目の当たりにした、なんていうんだから納得ではあるけど。でもこれは事実だ。彼女を送り届けるまで無言だった。気持ちを整理する時間がほしいんだと思う。

 

「でもごめんね」

「ああいいよ」

「今度は千紘くんの好きなもの作るからね!」

 

 両親揃って会社に泊りという惨劇にご飯を作れなかったことを悔やむ花音。まぁあの両親も花音がいるから平気でしょ、とばかりにそれをするわけなんだけど。ただ花音は花音でおばさんが体調を崩してしまったらしく、そっちを優先するとのことだった。家に呼ぶとは言われたがそれは断っておいた。変わりに好物を作ってと頼むと笑顔で了承してくれる。

 

「それじゃあ……千聖ちゃんのこと、千紘くんだけが背負う必要はないんだよ?」

「わかってる。()()のこと、頼りにしてるよ」

「……うん」

 

 そう言って別れて……溜息を吐いた。ああもう、嘘つきだな俺は。頼る気なんてないくせに、そんなことを言って花音を安心させようとする。

 本当は、もう、俺だけが背負わなくちゃいけなくなってるのに。

 

()()()()

「おかえり、千紘」

「あ、お風呂入れた?」

「ええ、ゆっくり温まれたわ」

 

 ──それじゃあ、千紘の家に泊めて。千聖さんはそう言った。虚ろな瞳で、いつもの強気でサドっぽい雰囲気もなにもない、縋るように。俺はそれを断ることなんてできなかった。運命のいたずらなのか、丁度両親が会社に泊まると言った日に、俺は千聖さんと二人きりの空間に帰ってきてしまった。

 

「ふう、お待たせ」

「そんなに急がなくてもよかったのに」

「いいの」

「……ありがと」

 

 えっと、今更なんですがしおらしい千聖さんってレア中のレアどころかもう星4をはるかに上回る破壊力だよ。しかも風呂上りで丈あまりの俺のジャージを着てる。フェス限なんてレベルじゃない。最強無敵の推しの誕生である。あ、やべオタク出しちゃった。

 

「お金取るわよ」

「どうぞ」

「……冗談よ」

「それは知ってた」

 

 お風呂で独りゆっくり温まっていたせいか千聖さんは幾分かいつものトーンを取り戻していた。いやいつもより柔らかな印象すらあるけど。

 つまりこれでやっと何があったのか訊きだせるってことだね。訊きだすというよりは話してくれるの待ちってところか。

 

「……くだらない理由よ」

「そうなの?」

「ええ、くだらなさすぎて、プライドが邪魔して誰にも言えなかっただけだもの」

 

 プライド、時に一番正常な思考から最も遠くなっちゃうやつだよねプライド。よくわかるともオタクはプライドをズタボロにされた負け犬の集まりなのにその中でより強いプライドを持ってしまうんだからより醜いんだよ……じゃなくて。

 

「そうよ、まさか……自分が恋に落ちるだなんて考えもしなかったのだから」

「……は?」

 

 その言葉に俺はフリーズしてしまう。はい? 恋? 推しが……推しが。いやいや、推しにね好きなひとができたり恋人ができてもそれはあくまでプライベートであって推しが推しである限りは推していこうというのが俺のオタクとしての矜持であり握手した推しの前で堅く誓ったことでもあるのだからそんなんで俺に夢見させてくれよとかガチ恋キモオタの思考は発揮しませんけど。

 

「……オタクね」

「う……すいません、バグった」

「はぁ、なんでこんな男を好きなったのかしら」

「さぁ……へ? え? ワンモア」

「オタクね」

「そっちじゃなくて!」

 

 わかってて言ったでしょ今。ちょっと待って? ちょっと待ってね千聖さん! 俺にも心の準備があるんだからね!?

 深呼吸をする。待って俺凄い体験してる気がする。嘘でしょ、夢? 夢である気がする。夢ならばどれほどよかっただろうね! 

 

「……な、なんで八つ当たりされたの俺?」

「千紘があまりに理想とはかけ離れていたからよ」

「理不尽じゃない? じゃあえっと、イライラしてたのも?」

「それは……あなたが他の子と楽しそうに話すと」

「嫉妬だったんだ……じゃあえっと?」

「……花音の気持ち、知っていたのよ」

 

 あ、先回りされた。えっとつまり? なんでかわからないけどいつの間にか俺に惹かれてて? 花音の気持ちを知ってるのにそんな気持ちを抱くことが気持ち悪くなってしまって、でもそんなことにも気づかず彩とか花音とかとヘラヘラしゃべってるクソオタクを見るとモヤモヤしてた、と。

 

「ええ、あとは自分がアイドルで女優なのに、というストレスも」

「……そりゃ俺にはどうしようもないわけだ」

 

 俺にできるわけない。全部の感情が俺に向けられてるんだもん。あとは千聖さん自身にきてるのもあるけど、それは千聖さんがなんとかしなきゃいけないんだし、怒りや嫉妬以上に重くて大きな感情だもんね。

 

「それでもただの女としての私が叫ぶの……白崎千紘が、好きって」

 

 推しが推しの顔を投げうって、俺に覆いかぶさって、唇まで塞がれる。それだけじゃないぬるりと舌が入ってくる。ソファに押し倒され、彼女は熱を帯びた声で、顔で、俺にすべてを破壊する一言を放つのだった。

 

推し(わたし)のパンツ……見たい?」

「……えと、パンツで済む?」

「さぁ? 履いてないもので済むのなら、そうなんじゃないかしら?」

「はい?」

 

 まさかの透明とは恐れ入った。

 ──推しは推しとして推したいはずだったのに。その推しとオタクの壁を推しからあっという間にハンマーで殴り壊し、飛び込んできてしまった。推しとオタクからただの女と男になってしまったのに、二人きりで何も起きないわけなんてないんだよ。俺は、この日から最低の、オタクとすら名乗れない、ナニカになってしまった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。