なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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雨のち晴れ、ラッキーカラーはイエロー

 雨が止まない。

 ニュースではどうやら梅雨入りしたらしい。ずっと雨が降っていて、あれから空が青色だったことを見たことがなかった。

 ──今日は、本当はパスパレのお渡し会があったはずだった。でも、俺は家に引きこもっていた。もうファストフード店にも行ってないし、バイトと学校と家の往復だった。

 

「……バイトも、やめようかな」

 

 正直、バイトだってパスパレのために始めたものだし、オタ卒するならもう必要なんてない。そもそも、ホントにバイト代もパスパレにつぎこんでるくらいだし。

 俺はオタクというもので生活していたんだなってことが身に染みてわかる。人間関係だって、生活リズムの中にあるものだって、全部全部、自分がオタクであることを前提にしたものだ。それを失った今、俺は中身のない空っぽであるような気さえした。

 いや、空っぽは元々か。殻だけはいっちょ前に作り上げて、結局それを破壊されて何も残らなかったのがいい証拠だ。

 

「──千聖さん」

 

 めげずに、千聖さんはあれから毎日、電話を掛けてくる。でも俺はとても出る気になれなくて、サイレントマナーにしてあるスマホをそっと、裏返しにした。

 ごめん、とじくじくと胸が痛んだ。一度も会えてない、なんなら二度くらい居留守を使った。

 そして逆に花音からは、全く連絡が来なくなった。言葉通り、もう俺はアイツの幼馴染にすら、本当になんにもなれなくなってしまった。

 

「ダサ……なにやってんだろ」

「全くでございますね」

「今更じゃない」

「……は?」

 

 明かりの消えたスマホを見つめながらの独りごと……のつもりだったんだけど、いつの間にやら両脇に人が立っていた。家には俺一人しかいないのに、そこにはおはようございます! と笑顔を浮かべるツートンツインテールが特徴的な子と、腕組みで憮然とした表情をするクールなアイスブルーの女性が、俺の言葉に返事をしてきた。

 

「なんで……?」

「不肖パレオが、ちゃーんと千紘さんのお母さまから鍵を預かりまして、堂々と侵入させていただきました!」

「……は?」

 

 確かに五月辺りは折角だからと送っていったパレオちゃんに夕飯を一緒にどうですか? と言っていたし、なにやら妙に仲良くなってたなとは思ってたけどまさかそういうレベルだったの? 

 

「違うわよ」

「はい! 千紘さんがなんだか様子がおかしいと先日相談されまして、それでしたらパレオが解決してみせます! と言ったら預かったのです」

「私はそれをパレオさんから聞いて付いてきただけよ」

 

 なるほど、納得はしたけどだからって何かが解決したわけじゃない。というかそもそも俺が抱えてるものはそんな様子がおかしいからってパレオちゃんや紗夜さんが来て解決するようなものじゃないから。

 だが、そう言うとパレオちゃんは、ふっといつもとは違う雰囲気の、どちらかというとオフの鳰原れおなちゃんに近いテンションで知っていますと微笑まれた。

 

「ダメですよ~オタクが推しと繋がるなんて」

「しかもその翌日に不貞……いっそ清々しいほどのクズさですね」

「……なんで」

 

 なんで知ってるのかという問いかけへの答えに、そもそもパレオちゃんが母さんに鍵をもらいにいった経緯が含まれていた。

 ──その日、ファストフード店に俺を待っていた千聖さんの目の前にやってきたのはほかでもない花音だったのだから。

 

「松原さんがすべてを暴露しました。そして」

「──私たちが千紘さんを狙うからこうなるのだと。千紘さんは、誰にもあげないと」

 

 鳴かぬなら、殺してしまえ……花音はどっちかというとそういうヤツだ。千聖さんに鳴くというなら、すべてを壊そうと思った。幼馴染であることも、誰かのものになるくらいなら、その全てをなかったことにしようとしたんだ。

 

()()()()()()()()()?」

「……なにが」

「千紘は、それを相応しい罰だとでも思っているの?」

「そうでしょ……だって俺は」

 

 結局千聖さんとの関係にも名前を付けられないまま、花音にも同じことをした。まるで心臓にナイフを突きつけられるような強迫もあった。だけど、千聖さんだけで終わるはずだったソレを、花音にも。

 

「だからって、独りになろうとしないでくださいよ……」

「そうよ。そういう時にこそ、私やパレオさんを頼るべきよ」

「……でも、こんなの」

 

 こんな汚いもの、誰かに相談しろだなんて……無理だよ。そんな風に俯いて二人の優しさが眩しくて、膝を抱えて伏せる。それだけのことをした。それだけのことをさせてしまうくらいに彼女を追い詰めた。だから……そうまた閉じこもろうとした俺を、けどパレオちゃんは抉じ開けてくる。抱き締めて、泣きそうな顔で俺を包んでくれる。

 

「これ以上、あなたがあなたを傷つける必要なんてないんです。前を向きましょう。立てないというのなら、ひっぱり上げますから」

「どうして、そこまで」

「千紘さんが、だいすきだからです……っ」

 

 大好きだから……まっすぐで、キラキラと光を放つその言葉は痛いくらいに俺の心に刺さってきた。その好きは、千聖さんと同じものだった。花音と同じだったはずのもの。なのに、どうしてパレオちゃんの好きは、こんなにもキラキラしているんだろう。

 

「届かないってわかっています……けれど、私は……パレオはっ、千紘さんが好きです」

「……パレオちゃん」

「パレオにとって、千紘さんがいつもの笑顔で、幸せそうにオタ活をしているのをそっと支えて、その時間をちょっとだけ共有したい。それが叶うなら、パレオはなんだってします! パレオにとって千紘さんは()()()()()()()()()()()()なんです!」

 

 後半はもう、ほぼほぼ涙声だった。だけどその涙が、震えた声とまっすぐな気持ちが、言葉が、なにものにもなれないと思った俺に、新しい名前をくれる。推しを推すオタクだけじゃない、幼馴染だけじゃない。俺はまだ、こんなにも俺に名前をくれるヒトがいるんだから。

 

「パレオちゃん……ありがと」

「はい……」

「紗夜さんもありがとう」

「同じ穴の狢なので」

「……って紗夜さんもなのか」

「フラれるのはわかっていますが」

 

 そんな淡々とした言い方もなんだか紗夜さんらしいなぁ。ただやっぱり嫉妬とか思いが届かなかった遣る瀬無い気持ちももちろんあるようで、泣き出してしまったパレオちゃんを抱きしめながら撫でていると不機嫌な顔をされてしまう。

 

「なんて贅沢なモテ期なんだろうな」

「本当ね」

 

 中学の時からずっと花音がいて、パレオちゃんに紗夜さん、極めつけは千聖さんなんだから。美人でかわいい子だらけの上にまさか推しにまで惚れられるとは俺の人生はなにが起こってそうなってしまったんだろうか。

 

「それで、お渡し会、まだ間に合うわよ?」

「……行こうか。それがパレオちゃんにとっての俺なら」

「ちひろさ~ん」

「一応、こんなことするのは今日だけだからね」

「……今日だけだとしても、嬉しいです~」

 

 めっちゃ俺の肩に顔を埋めてくるんだけどこの子。それを見てちょっとだけ羨ましそうな紗夜さん。やったぁモテてるぜひゃっほいって気分にならないところが残念である。いつものようにパレオちゃんが用意してくれた車に乗って、パレオちゃんがお化粧直しをしている間は、紗夜さんが傍にやってくる。

 

「これが、お気に入りのパンツです」

「……ごめん、俺頭がどうかしそうなんだ」

 

 一応ね、女性関係で痛い目見て傷心中のような勢いなの。それなのに俺は何故紗夜さんのタンスの中に入ってるパンツのラインナップを延々を聞かされているのでしょうか? そう問いかけると紗夜さんは至極当たり前のことのように、だってパンツ好きなんでしょう? と首を傾げてきた。

 

「どういう認識なんだそれ……」

「パレオのもご覧になりますか? フリーですよ!」

「見ません」

 

 化粧直しが終わったパレオちゃんまでノってきた。更に重ねて今日は千紘さんを想ってのイエローでございますよとか言ってくる。なんでそういうの言っちゃうの? もう俺パレオちゃんのスカートを純粋な目で見れなくなったんだけど。

 

「……色が被りました」

「……はい?」

「パレオさんと同じ色です」

「お揃いですね!」

「いやお揃いですねじゃなくて」

 

 こんな感じのやり取りをしているうちにすっかり毒気が抜かれてしまった。笑ってもいいんだなって気持ちにしてくれる。でも気持ちには応えられないって罪悪感で胸が締め付けられるけど、それすらも許されて、笑顔に変えてくる二人に好かれて……嬉しかった。

 

「千聖さん……今頃はもうイベント中かな」

「そうですね、時間的にはもう」

「電話やらなにやら無視したのだから、相当怒ってるでしょうね、きっと」

「うわぁ……」

 

 パレオちゃん、そのうわぁはどういううわぁなんでしょうか。そりゃね、どうしたらいいのかわかんないんだから無視するでしょ。どのツラ下げて推しと話せると思ったのか。花音とのことを知っていたってことも知らなかったんだから。

 

「そうじゃなくても、ちゃんと返事はするべきよ」

「紗夜さんの言う通りですよ?」

「ですよね」

 

 でもさぁ? 俺にどうしろって言うんだよ。またあんな風に不安定で泣いちゃう推しなんて見たくないんだけど。推しには笑っていてほしいよ。俺なんか路傍の石ころのような扱いでいいから、あんな顔は二度と見たくない。

 

「……千紘さん」

「それだったら尚更かと」

「……そういうもの?」

 

 あなたは女心というものが全く理解できていないのねと紗夜さんに煽られる。わかってないからこんなことになったんだけどね。そして紗夜さんの気持ちにも、パレオちゃんの気持ちにも、なんなら千聖さんの気持ちにも気づけなかったんだし多少の反省はしてるよ。

 

「その言い訳はせいぜいお渡し会でしなさい」

「そうですよっ! 怒られてきてください!」

「はい」

 

 そんなこんなで送り出されて、俺はいつもの流れで千聖ちゃんに会いに行く。千聖ちゃんは俺の顔にちょっとだけ驚きながら、笑顔をくれる。そのままアイドルとして、オタクに対して話しかけてくれるのかな……なんて思った俺がバカだったんだけど。

 

「……来て、くださったんですね」

「うん……ごめん」

「いいえ、それだけで嬉しいんです。顔を見れただけで」

 

 スタッフさんからすれば何言ってるんだコイツらはって感じなんだろうけど、その隠された言葉の意味と、千聖()()の安堵に俺も顔を綻ばせ……って痛ぁ! 今めっちゃ叫びそうになったけどこのアイドルめっちゃ俺に爪立ててきたんですけど!? 

 

「……まだ来ますよね?」

「ハイ、それはもう」

「……ふふ♪」

 

 ごめんなさい、本当にごめんなさい俺がバカでした。でもアイドルモードのシャイニングスマイルのまま脅してくるってどういうことなんでしょうね! なんかもう千聖ちゃんに会ったらここに来るまでうじうじ悩んでたのどっか吹っ飛んだよ! 流石推しパワーというべきか。意味は違うけど。

 

「あ、()()()()!」

「どうも彩ちゃん……逃げてきちゃいました」

「うんうん、千聖ちゃん楽屋でもめっちゃ怒ってたもん」

「……だよね」

 

 これは後ろで声が聴こえないからこそできる会話である。そしてスタッフに聴かれても問題ない程度なんです。千聖ちゃん認知厄介勢筆頭としての顔の広さがこんなところで役立つなんて思いもしないわけなんですが。

 

「ところで、ホントなの?」

「事実です」

「うわぁ……」

「そのリアクションめっちゃ傷つくんだけど適当に改変してレポしていい?」

「ダメだよ!?」

 

 彩ちゃんにもやっぱりそのことを指摘されて、そして千聖ちゃん二週目に入るわけなんですが、入ると……あれ? スタッフさんはどちらに?

 ──そう思うと脇でイヤホンしながらスマホいじってた。職務怠慢ですかね? 

 

「私がお願いしたのよ」

「千聖さんはどんなパワーを持ってるんですか」

「無能事務所のエースとしての、かしら」

「うわぁ……」

 

 言い切ったよこの人。そして、イベント中に会いたくない人ナンバーワンであるプライベートモードの千聖さんです。いや何がって豹変の仕方が怖い。彩を見習ってほしいくらいですよ本気で。

 

「は?」

「え?」

「オタクとしても浮気かしら?」

「違います」

 

 そもそも浮気になるんですかね。一応なるのかって納得した流れを口に出したら殺されそうだ。黙っておこう。

 だがオタクとして千聖ちゃん以外の子に浮気をするつもりは一切ないから安心してほしいです。そして、オタクじゃない俺としてはまだ、その件を保留にしてほしいんだ。

 

「……あの女を選ぶの?」

「親友でしょうが」

「親友でもなんでも、あの子がやったことは許せることじゃないわ」

「それ、たぶんアイツも思ってるよ」

 

 お互いに奪った、と思ってるんだろうから。その縺れちゃった糸をほどけるのは、きっと誰でもない俺なんだからさ。

 そう言うと千聖さんははぁ、と息を吐いて素早くスマホを取り出して操作した。え、なに? 

 

「ご褒美よ」

「……ええ」

「せいぜい見られないように気をつけなさい……ふふ♪」

 

 それは今のアイドル衣装のスカートを捲り、また黄色だ。黄色のショーツが見えている自撮りだった。なんかアンダーの黒パンが半脱ぎになってることで余計にいかがわしさがあるんだけど。でも、そんないつも通りの千聖さんのノリで、また元気になったのは事実だった。あ、元気になったってそういう意味じゃないからね! 

 

 

 

 

 

 

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