なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい!   作:黒マメファナ

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松原花音誕生日おめでとう!(祝う気は多少ある)


カレシである俺にしかできないこと

 俺は、俺たちはたくさん傷ついてきた。たくさん傷ついて、傷つけて、悲しませた。その先でどうにか遠回りを経て幸せへのスタートを踏み出したのが冬頃だった。そんなこんなで季節が巡り大学生になったばかりの現在にいたる。

 ──俺は推しのイベントに参戦していた。そう、推しだよ。花音と付き合ってもパスパレのオタクは辞められるわけもなく、俺は結局こうして尊き推しと握手&おしゃべりをしに来ていた。

 

「あ、来てくれてありがとうございます♪」

「そりゃ、千聖ちゃんのためなら遠征もなんのその!」

「ふふ、それは嬉しいですけど、大学の生活も大事ですからね?」

「……だね、バタバタしてるよ」

 

 ちょっと胸が痛む。もちろん推しである千聖ちゃんにそういう意図がないことなんてわかり切ってはいるんだけど、それでもどうしてもズキリと胸が痛んだ。そんなくだらない自分勝手な理由で、そんな顔を一瞬でもしてしまうのも、また俺の悪いところだ。

 

「そうですか」

「じゃあ、また来るね!」

「はい、待ってます」

 

 けれどその顔に気づいただろう千聖ちゃんも、特になにも言うことがなくお客様対応で終わっていく。実際、こうして個別対応してくれるようなイベントにやってきたのは久しぶりのことであって、以前は勉強やらなんやらで忙しくて参戦数を減らしていった。特になんの発信もすることがなくなったSNS上ではいなくなったことを喜んでいるヤツもいた。同担拒否の千聖推し勢ならまだいいんだけど、彩推し勢とか日菜推し勢とパレオ囲いたい勢なぁ。最後のに至ってはもうイベント来るなカスと言いたい気持ちもある。何しにイベ来てんだよカス。

 

『嫌われものでございますね~』

『当然でしょう? 千紘のような厄介認知勢が好かれるわけないじゃない』

『ですが! パレオはどこまでもヒロ様とご一緒しますよ!』

『まぁ、話し相手が必要でしょうから、付き合うくらいはしてあげるわよ』

 

 ──でももう俺のことなんて誰も覚えてなんていない。ボッチだし、半年近くのブランクがあったせいかそんな幻聴まで聴こえてしまうほどだ。もうあの二人はいない。パレオちゃんはきっと探せばどこかにいるだろうけど、紗夜さんは高校卒業と同時にすっぱりとオタ卒してしまった。パレオちゃんも今年は高校受験だから参戦数は減るかもしれませんと口にしていた。

 

「……結局強がったはいいんだけど妙に寂しくてさ」

「うーん、だからって握手会で私に愚痴るのやめない?」

「彩ちゃんだしいいかなぁって」

「だから私のファンに嫌われるんだよ?」

 

 それはそうかもしれない。だけど今は名もなきオタク、名無しに戻ったオタクなので俺としては嫌われようがもう知ったことじゃない。そもそもボッチキメるって心に決めてるからいいんだよ。

 

「なら私が慰めて──っていうのは?」

「燃やしていいの?」

「そういうところ、ヒロくんって最低だよね」

 

 にこやかな顔で怒られた。ごめんなさい、と謝りながらスタッフさんに引き剥がされる前に立ち去っていった。というか彩ちゃんというより、知り合いとしての彩なのが余計に怖かった。どうしようかな、彩ちゃんのところにはもう行けなくなった。

 ──というか、俺にとって推しのイベントはこんなに気分が明るくならないもんだったっけ。そう思ってしまったからには俺もいよいよオタ卒の時が来たのかもしれん。

 

「まぁ……アイツのカレシで、アイツを独り占めしてるんだから、フツーは辞めなきゃだよな」

 

 大学ではかわいい新入生がいるってあっという間に噂になっていた。そして常にその隣で構われてる冴えないモブ顔の俺のことも。おかげさまで一ヶ月もの間言われたい放題だ。花音は一躍新入生のアイドル扱いで、俺はそんなアイドルに近づく不届きもの。まるで去年くらいと状況がまるで変わってない。俺はどこだろうと厄介オタクここに極まれり、だな。

 

「しかもなんでかドルオタなのバレてるしな……はぁ」

 

 いやイベ出没率がえぐいし変な意味で有名人だったから、知ってるやつがいてもおかしくはないんだよ。だけどそれと花音のカレシとなにが関係あるんだよって言いたい。スゲー言いたいんだけどそれを結び付けるのがフツーなのかもしれない。つり合いってやつだ。

 

「確かに、つり合いはとれてないだろうな……」

 

 明日にはそんな花音の誕生日パーティをするっていうのにこうしてドルオタしてるんだから言われれば本当にその通りだ。きっと、もっと一緒にいてくれるようなヒトの方がアイツのことを幸せにしてあげられるんだろうな。大切にしてあげれてない、ってきっと詰られるんだろう。まぁだから隙あらば話しかけていく猛者がたくさんいるんだろうな。

 

「はぁ……っと、切り替えよ」

 

 なるべく楽しまないと、特に推しである千聖ちゃんはそういうのしっかりしないと()()()どんだけ怒られるかわかったもんじゃないから、そう思ってブースに並んで自分の番が来ると……もうどうやら俺の決意は手遅れだったということを察した。

 

「ず、ずいぶんな塩対応ですね?」

「──え?」

「チョーシこいてすいませんでした、怒らないでください」

 

 で、でたー! プライベートモードと化した千聖さんがにこやかな笑顔で腕を組んでいらっしゃった。お説教ですか、そうですか。とはいえまぁまぁ俺の態度も悪かったし、久しぶりに会ったのに完全オタク対応したからキレられるのは割と予想の範囲内だったりする。マゾじゃないやい。

 

「またそうやって……アイドル衣装で千聖さん(プライベート)対応するのやめない?」

「いやよ。こうでもしないとお説教できないじゃない」

「しなきゃいい……わけないですよね」

 

 とはいえ長い時間話すとアレなので後で連絡するからせいぜい推しを出待ちして喜びのたうち回りなさいと言われなんと手を振るのではなく手を払うようにして追い出された。最後の最後まで塩対応……ちょっとへこんだ。でもこれを共有する仲間ももういなくなってしまった。

 

「パレオちゃんはどうしたのよ」

「一緒じゃないよ。というか、一緒でどうするのさ」

「家まで送ってもらおうと思ったのに、連絡したら来るかしら?」

「……来ないんじゃない? 俺がいるんだし」

 

 そのまま待っていると本当に千聖さんがやってきて、パレオちゃんに連絡していく。その横顔を眺めてため息がつきたくてつきたくてしょうがなくなってしまう。

 ──結局、何か変わったのかな。あの時は確かに、確かにこれから起こるだろう花音との刺激的な毎日に期待していた。それでも最初は幸せだったよ? 花音が俺を振り回してくれる毎日が、愛してくれる毎日が幸せだった。でも受験勉強から合格して、大学に通い始めて、新生活に追われてる間にそんな期待していたほどの毎日なんてないことに気づいてしまった。隣を歩いていてもいつも居心地が悪くて、花音を守れない自分がどんどん、嫌いになっていくような感覚がしていた。

 

「だからって私を、推しを逃げに使うのはどうなのかしらね」

「……そう、だよね」

「千紘はそれを選んだのよ? 後悔してどうするのよ」

 

 乗り慣れたパレオちゃんの車の中でもひたすらにお説教される。その間にある微妙な距離にも、無言で近づくことも声を掛けることもしてこないパレオちゃんとの距離も居心地が悪い。俺は、こんな人間関係がほしくて花音を選んだわけじゃないのに。

 

「バカね」

「バカだよ、俺は」

「そうやって理解したフリをしてるのだからもっとバカよ、今のあなたは……っ」

「千聖さん」

 

 泣きそうな顔をしないでよ。まだ、縋ってくれた方が嬉しかったのかもしれない。彩のように冗談交じりだろうと茶化してくれた方がよかった。でも、そんな風に千聖さんのそのままの感情を受けてしまったら俺は、この胸の内にあるものを吐き出してしまいたくなるじゃないか。

 

「……千聖さん、お説教の途中ですがヒロ様をお借りしてもよろしいですか?」

「ええ、いいわよ」

「では──覚悟をしてください」

「え」

 

 ──手を振り上げられ、頬を張られると思い目をつぶった俺だった。だが、思ったような痛みが頬に広がることはなく恐る恐る目を開けると、そこにはひかえめにちょこんとスカートを捲るパレオちゃんの姿が……ってなにしてんだぁ!? 

 

「あら、かわいらしいわね」

「お褒めにあずかり光栄です! パレオももう大人の階段上るシンデレラですので下から覗かれてもふさわしいショーツをと思いまして」

「パレオちゃんのパンツを下から覗く王子様は即座に通報してね!」

 

 その言葉通りピンクのフリルがかわいい純白の……って実況するのもヤバいのですぐさまスカートを元に戻していただけますでしょうかパレオさん? あなたどこかで包み隠す意味のパレオが語源なんですって言ってませんでしたか、ちょっとくらい包み隠してくれます!? 

 

「私今日タイツ履いてきちゃったのよ、ほら」

「朝寒かったですもんね」

「アンタもめくるんかーい!」

 

 お説教モードどこいきました? 俺はお説教されてましたよねぇ! ロングスカートをめくってカーキ系のタイツを見せてきた千聖さんに怒濤のツッコミに勤しんでいるとやっぱり色まではなかなかね、と首を捻っていた。

 

「タイツ脱ぎます?」

「確かにその手があったわ、ねぇ千紘?」

「な、なに?」

 

 千聖さんのうっとりスマイルは危険、ちい覚えてるよ。千紘くんはかつてちいちゃんと呼ばれていた過去もあったりする。そんなことはどうでもいいんだ俺の気も動転し始めてきた。でも千聖さんはロングスカートをたたんでパンツは絶対に見せないようにしながら膝をたたんで頭をそこに乗せてポージング、俺に訊ねてきた。

 

「脱ぐのと破るの、どっちが好み?」

「は……へっ?」

「千紘さんはおそらく目の前で脱いだ方が興奮するかと、マゾですし」

「そうね、マゾだもの破るなんて度胸ないわよねぇ?」

「マゾって言うな二人揃って!」

 

 周知の事実かのように会話するのやめて! 花音にもことあるごとにだってМでしょ? って言われるんだから! でも確かにタイツは無理やり破くのより脱いでもらうほうが好きかもしれない! やっぱり俺はマゾなのか……わからなくなってきた。

 

「これが推しの前で暗い顔をした挙句会話を打ち切ったバツよ」

「マジで脱ぐ気?」

「目を逸らしたら……そうね、パレオちゃん」

「はい」

「スマホでコレを動画にして、送ってしまうというのはどうかしら?」

 

 カノジョがいるのにコレは相当怒られるわよ? と極めて楽しそうに言ってくる。笑いごとじゃないんだけど、俺は目を逸らさないという意思を伝える。いい心がけねと笑う千聖さんだけれど……その頬はちょっと赤く染まっていて、流石に恥ずかしいんだろうか。だがその数秒後にはそんなことを考える余裕もないくらいの衝撃が俺の視神経を駆け巡った。

 

「おお……」

 

 ──と、同性のパレオちゃんが唸るほど美しく、かつどこかエロティシズムを感じる所作だった。手をスカートの中に差し込み、ゆっくりとおしりをもちあげ、脚を上げながらするすると透けないほど色の濃いタイツが爪先に移動し、千聖さん本来の美しい白が俺の視界を満たしていく。横に座っているから撮影中のパレオちゃんからすると丸見えなんじゃなかろうか。かくいう俺からも手前の足が持ち上げられた瞬間にチラリとワインレッドが視界に入ってきた。

 

「しょ、っと……ふふ、顔真っ赤ね?」

「こ、こんなの見せられて、ならないわけないでしょ」

 

 どうだった? と問われるともう優勝でしたとかそういうレベルじゃないんです。しかも肝心のパンツは結局見せてこないとかいう高等テクニックやめません? パレオちゃんが羨ましい……じゃなくて! 本音の漏れ出る感じがすごいことになった。でも生殺しなんて前の千聖さんはしなかったよね。

 

「本当なら見せてあげたいし触ってほしいけれど」

「ノータッチで」

「見たいは見たいのですね」

「まぁ、それはさておくとして……でも、千紘は線を引いたのでしょう?」

 

 線を、そうだ線を引いた。パレオちゃんも千聖さんも、俺に告白してくれて、なんなら千聖さんはパンツどころか裸まで見てしまったようなヒトだけど。

 ──俺の恋人は花音だ。幼馴染さんだったあの子は幼馴染さんじゃなくて恋人さんなんだ。そう言うと千聖さんはパレオちゃんを見ながらホラねとため息をついてきた。え、なに? なんなの? 

 

「言った通りでしょう?」

「で、ございますね」

「……なにが」

「恋人さんって名前をつけて、()()安心しようとしてるわよ」

 

 あっ、と声を上げてしまう。俺の悪いクセ。幼馴染さん、推し、そんな風に名前を付けて関係を決めて安心する悪癖。いつの間にか、いやあれだな。大学入ってからだなこれ。学ばないオタクでどうもと自虐するのも、いや自虐はずっとか。

 

「……花音が、何か言ってた?」

「ええそれはそれは、惚気を交えながらたっぷり二時間コースよ」

 

 だよな、あんなことがあったとはいえ、二人は親友同士、たとえ大学が別だろうと二人はいつまで経っても仲良く喫茶店で長話をするイメージはある。その通り、どうやら最近の俺の様子を千聖さんは花音から聴いていたらしい。

 

「愚痴っていたわよ。守ってくれないって」

「俺が、守る方なのか」

「あの子にとって、千紘と一緒にいること以上に価値あるものなんてないわ。それを守るのはどっちなのかしら?」

 

 それは、俺だ。俺にしかできないことだ。花音の居場所を、一番安心できる場所を守ってあげられるのは俺にしかできない。なのに、俺はそんな努力から逃げて、恋人って名前だけに安心しようとして、あまつさえ離れようとしていたなんて。というか毎日通う大学先で花音に向けられる目がストレスだったんだろうな。気にしなければ気にもならない視線を、俺は必要以上に気にしようとしてたんだな。

 

「オタ活と同じでございますよ、千紘さん!」

「同じ、か」

「ハイ! あなたの思うがまま、まっすぐ、害悪認知厄介勢なところを見せてこそ、ヒロ様ですから!」

 

 その単語に妙な懐かしさを感じて笑ってしまった。そうだな、俺はドルオタで千聖ちゃん推しの害悪認知厄介勢だ。誰になんと言われようと舌を出して貫いてきた汚名だ。それがただ幼馴染で花音のことが好きな恋人になっただけ。というかコッチの称号こそ誰かに言われたくらいで変えようとなんて思えるものじゃないんだよな。

 

「浮気も考えておいてほしいけれど」

「推し浮気にキレた千聖さんが言う?」

「ええ、だって……見たいでしょう?」

「見たいけど見ない」

「……そうね、そうだったわね」

 

 スカートをヒラヒラされるけど俺は首を横に振った。いやマジで惜しいと思ってるし絶対後悔するよ? でも、もうなぁなぁの関係はやめたくて決めた選択だから、それを振り出しに戻しちゃだめだと思うんだ。いや二人の色知っちゃったんだけど、それはノーカンにしてほしい。

 

「それなら、ちゃんと抱き締めてあげなさいよ」

「そうです。千紘さんのハグなんて、パレオからしたら最高すぎるご褒美なんですから!」

「私なんてもう一晩絶対離れられなくなる自信あるわね、むしろ今してもいいのよ?」

「ちょ、目がマジなんだけど! たすけて、助けてパレオちゃん!」

「……助けたらご褒美?」

「こっちもダメだった!」

 

 なんとか拒絶をして、俺は到着した瞬間に花音の待つ家へと駆けこんだ。おかえりと嬉しそうにやってくる花音に向かってただいまという言葉では足りないのはもうわかってる。だから俺は汗臭いだろうとかさっきまでの浮気認定まったなしの時間とかそういうのを一旦全部忘れて、待ってくれていたカノジョを腕の中に収めていった。

 

 

 




後編に続く。今日中には投稿します
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