なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
それはのんびりとファストフード店で幼馴染さんのお仕事が終わるのを待っていた時のことだった。ポテトを齧りながら、俺がSNSをひたすら巡回していると、視界に山盛りポテトの乗ったトレイが入り込んで、静かな川のせせらぎのような美麗でありながらどこか冷たさを帯びる声が、失礼しますと俺の独りの小さなオタ活に水を差してきた。
「何の用ですか風紀委員さん」
「その呼び方はやめてください」
「……先の質問には答えてくださいよ」
俺は彼女のことを風紀委員さんと呼ぶ。なんか厳格な態度ときっちりした感じがそうだったってだけなんだけどなんと本当に風紀委員さんだったことを俺は後で幼馴染さんと推しに聞いていた。勿論学校も二人と同じところ。学年も同じ。俺がオタ活をするパスパレのメンバー氷川日菜ちゃんの双子の姉であるという彼女に……なんでか知らないけど俺は目を付けられてる。当然だけど学校が一緒じゃないし以前から関わりがあったわけじゃないのに。
「あなたが一人でスマートフォンを眺めていたので、何を企んでいるのかと」
「俺をテロリストか何かだと思ってます?」
「いいえ、変態でとても健全とは言い難いアイドルオタクだと思っています」
「うるさいな、合ってるよちくしょう!」
これがなぁ、見た目
「なんですか、じろじろ見ないでください通報しますよ」
「いや、通報は言い過ぎじゃない?」
「先の質問にも答えてください」
「仕返しのつもりですか」
あからさまなドヤ顔をされてしまった。なんなんこのヒト。思わずなんなんと言いたくなってしまうくらいにわけがわからない。というか俺はあなたが苦手なので楽しくお話とかできないんだけど。
「いや、なんでわざわざ俺のところに来るんだろうなって」
「……暇そうだから構いにきてあげたんです」
「うわー、余計なお世話」
「知り合いに話しかけてはいけませんか?」
仲良かったら別にいいと思うよ。俺の場合だと幼馴染さんか推しの二択になるわけだけど。でも風紀委員さんとは仲良しこよしになった覚えもないので。
まぁそんな言葉を全部ひっこめて別にダメじゃないよと言っておく。すると彼女はチラリと働く幼馴染さんの方を見てから、待っているのですかと問いかけてきた。
「そうですけど?」
「どうして。恋人ではないのに」
「今日はメシの予定がありましてね」
「二人でですか?」
「もう一人いるから三人ですね」
「どこの女ですかそれ」
「どこ目線ですかそれ」
というか女確定なのやめない? 俺別に女性とも男性とも言ってないよね? そりゃあ幼馴染さんの親友なんだから女性に決まってるしなんなら俺の推しなんだから男性なわけないんだけど。
「彼女のような美人の幼馴染がいるのに他の女性にも尻尾を振るなんて万死に値しますので今からこの場で舌を噛んでいただきたいですね」
「言い方ァ!」
なんで切れ味増してんの? おかしくない? 彼女は知ったことじゃないとでも言いたげにポテトを齧りながら視線を逸らしてくる。なんでこんなにまだ対して顔見知り程度の美人さんにキレッキレの暴言もらわなきゃいけないの? 俺マゾじゃないって再三言ってるんだけどね?
「あなたはただでさえ、自分の幼馴染に対してとても薄情です」
「……そうですかね」
「そうです。もう少しその、アイドルにかける情熱や力を向けてみてはどうですか?」
「なんでそんなこと」
「ただのお節介です。知り合いですから」
ちょっとむっとした。なんでそんなこと言われなくちゃいけないんだ。少なくとも
「あら、やっぱり私というものがありながら他の美人さんと仲良くしているのね、今すぐオタクやめるか人生やめたらいいんじゃないかしら?」
「……あの、助けてはくれないんだね」
そう言いながらもまるでご褒美かなにかか、俺のすぐ隣に座り楽しそうな、いや実に楽しそうな笑みを浮かべる美人さん。ええそうです
「まさか」
「あら、随分楽しそうに罵られていたじゃない」
「あれを楽しそうだって言うなら千聖さんがこれまで罵ってきたことも俺を楽しませてくれるためだったと解釈していい?」
「ダメよ」
それにしても今日は物凄く機嫌がいいな。鼻歌でも歌いそうなレベルだ。そんなに俺が弱ってると楽しいですかね。
──とまぁ推しとの戯れを終えてチラリと向かいを見るとあからさまに引いた顔をしていた。おいおい待ってくれよなんだその反応は。
「通報しますね」
「なんで!?」
「まさか自分が応援してるアイドルとプライベートで関わりがあるなんて……やはり日菜も!」
「うん結論が完全にどっか行ってますよね?」
このシスコン嫌い。日菜ちゃんって確か学校違うんでしょ? 前になんかのインタビューで彩ちゃんと千聖ちゃん、イヴちゃんが同じ学校だから、みたいなこと言ってた気がするんだけど、関係ないじゃん。俺たぶんあなたに紹介されなきゃ日菜ちゃんとはお近づきになれないと思います。
「一応、私がいるのだけれど」
「メンバーのプライベートをドルオタに紹介する、もしくは自分のプライベートに男がいることをメンバーに紹介するバカには見えないからね」
「そうね、よくわかってるじゃない」
「そりゃ、千聖ちゃんのことだもん」
しかしまぁ風紀委員さんは全然納得していないようで、信じられないという顔で俺を見てきた。確かに勘違いされてもおかしくないけど俺から千聖ちゃんのプライベートを漁ったんじゃなくてきっかけがあって千聖さんから近づいてきただけだからね。
「パンツを見られたことが原因だったわ」
「今すぐ自首してください。さもないと通報します」
「間違ってないけど言葉が足りてない!」
このサド二人ホント相手するの疲れるんだけど! ちょっと、幼馴染さん早く来て! 俺そろそろ息ができなくなって死にそうだから!
すると、短く、昔はちゃん付けで呼ばれていた俺の名前をくん付けで呼んでくるゆるふわ天使の声が聞こえて、助かったとそう思った。
「……楽しそうだね?」
「……えっと、なんで怒ってるの?」
「んー、教えたくない」
「そ、そっか」
「でも謝ってほしい」
「はい?」
「ごめんなさい、しよ?」
「え……はい、ごめんなさい……」
その圧にシスコン風紀委員さんは勿論、彼女の親友も若干引き攣った顔をしていた。サドじゃないんだけどサドじゃないだけに言葉がナイフじゃなくてまるで真綿で首を絞めるような、甘ったるくてそして苦しい圧力を放ってくるのが俺の幼馴染なんです。あの、なんで謝るのか理由を訊ねたいんだけど絶対またあの笑顔を見ることになるのであきらめよう。
「二人も、あんまり
「え、ええ」
「……申し訳ありません」
相当怒ってるらしい目の笑ってない幼馴染さんはこの状況を一瞬で鎮火してみせた。いやそもそも千聖さんが楽しそうな顔で油を注ぎに来なかったら燃え広がることはなかったと思うんだけど、まぁ黙っておこう。俺は推しには甘いんだ。
「では、言い訳は後程伺いますので」
「尋問ですね」
「やましいことがあるのならそうなりますね」
「同席してあげてもいいわよ?」
「いらない」
「ドルオタが推しにいらないはあんまりだと思うわ」
「千聖さんは余計なこと言うから」
風紀委員さんはそんな俺と千聖さんのやり取りを冷たい表情……なのかな? とりあえず表情筋があまり仕事をしない彼女だからいつもと変わることのない無表情で見つめていた。そして溜息を吐き、一度も振り返ることなく帰っていった。
──うーん、にしても脚キレイだよね。千聖ちゃんも思うけどなんでこうサド雰囲気出せる人は脚がキレイなんだろうか。
「きっとスパッツ履いてるからパンツは見えないわよ」
「パンツ見てたわけじゃない」
「嘘よ、今の顔はスカート捲れてパンツ見えないかなーって顔じゃない」
「変態さん」
「違うってば!」
幼馴染さんはわかってて言ってるよね? なんなの? そんなに俺をいじめて楽しいですか? 自分は俺をいじめてもいいと?
ただし彼女が口にしたということは嘘なく俺のことをそう認識しているということでもあり、やっぱり悲しくなってきた。
「あ、今日は白よ」
「サラっと何を暴露してるの?」
「いえ、気になって推しのパンツが見たいということで頭がいっぱいの変態にしてあげようと思って」
「ひどいね!?」
「本当に千聖ちゃんのパンツの色で頭がいっぱいなんだ……変態さんだね」
「ちょっと待ってくれ」
推しや風紀委員さんならまだいいけどお前に罵られると本当に心が抉られるからやめてほしい。俺は変態さんじゃないのでどうか縁を切らないでおくれ。なんなら土下座でもなんでもしますからぁ!
「そんな顔しても……あ、私のパンツも教えないから」
「いや、それはいいよ」
「む」
「え?」
「いいもん、どうせかわいい子のパンツにしか興味ないもんね」
なんで俺拗ねられてるの? え、嘘でしょまさか幼馴染さんまでパンツ見せたがりになったの? そんなことになったらこの世界が間違ってるとか意味不明なこと言って命を絶つ危険性が出てくるよ。そもそもその理論が本当だったら俺は幼馴染さんのパンツも気になって仕方がない変態になるからね。
「……ばか」
「なんで?」
「だって……もう、説明させないでよ」
「え、へ、なにが?」
「私を会話に入れてくれないかしら?」
「え、ってなにしてんの千聖さん?」
「ご褒美よ」
「なんの……ってあれ?」
「じ、じゃあ私も……!」
まさかの幼馴染と推しに両腕を抱き込まれてしまった。え、なにこれ天国? この子たちは天使だった?
そんなことを思ってると幼馴染さんが、というか二人してまた圧力のある笑顔で俺を見つめてきた。
「鼻の下、伸びてるよ?」
「えっ、あ、これは違うから!」
「オタクの分際で二度も推しを蚊帳の外に置くなんて……ちゃんと介錯してあげるから安心して腹を切りなさい」
「変態さんなんだぁ」
「おかしいよねそれ」
どういうことなのこれ。ご褒美のサンドイッチの筈なのに両側からキレ味のある罵倒と柔らかな、まるでゆったりと抉るような軽蔑の言葉を向けてくる。しかもなんか楽しそうだし。俺の安息は何処へ行ったのか。
「えっと……どういうつもりなの?」
「どうもないわよ? だから安心して」
「……じゃあ、どうして?」
「試練……かしらね?」
「む……」
しかもなんか俺を完全に置いてけぼりにしながら会話してる。どうやら今回は千聖さんが有利……らしい。あれですか、仕返しのつもりかな? 推しに認知されないの辛いからやめてほしい。顔を右往左往させていると、左側の幼馴染さんが、ちょっとだけ悔しそうな顔でばかと罵ってきた。
「……理解できない」
「わかって」
「ノーヒントで? むちゃくちゃ言うね!?」
「ふぅ、たくさんヒントはあると思うわよ?」
「気づかなきゃ意味無くない?」
「やっぱりばかで、変態さんなんだ」
ああ、完全に幼馴染さんが拗ねてしまわれた。つーん、とそっぽを向いた彼女をなんとかしようと親友さんである千聖さんに助けを求めるが、知らないわよとでも言いたげな目をされる。そんなこと言われてもさぁ、わかんねぇもんはわかんねぇんだよお。
「ちょ……ち、千聖さぁん」
「……そんな捨て犬の顔をしないでほしいものね、よしよし」
「は……なんてごほうび、ってぇ! 花音! 今抓った!?」
「知らない」
めちゃくちゃ痛かったし手の甲が内出血してるんだけど!? どんな勢いで抓ったの!? しかし下手人は黙秘権を行使し、俺の問いかけには一切口を割ることはなかった。横の共犯者も同様で、先程のご褒美に関しては思わず手が出たと供述していました。
「……なんかさ、お前まで最近めんどくさくなってきてない?」
「ふぅん? そういうこと言っちゃうんだぁ……?」
「ごめんなさい……」
幼馴染としましては、素顔はとんでもなくめんどくさくてまるで無邪気に笑い花の間で舞い踊る蝶々のような親友さんに悪い影響を受けたのではないかと心配してるんだけどなぁ。
とは言え手伝ってるうちになんだか機嫌が戻っていると、余計にそう思うよ。機嫌の波がわかんないもん。