なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
いつもの生活圏から少し出て、雑踏を見下ろせる喫茶店。俺は人を待っていた。いつものオタクスタイルよりも少し、ほんの少しだけ幼馴染さんに手伝ってもらって髪をワックスで固めて、買ったはいいけどカッコつける相手もいなかったがためにタンスに眠っていたシャツとジャケット、八分丈のパンツにこれまた靴箱に眠っていた背伸びしまくった靴を履いて、そわそわと。
やがて、遅くなってごめんなさいと待ち人の声が聞こえてきた。
「お待たせ」
「いや、お仕事なんだし大丈夫」
「そう……ふぅん」
「なに」
「いえ、そういう服も持っていながらどうしてイベントに着てこないのかしら、と思って」
「オタ活でオシャレはしないよ、誰に見せるのさ」
お相手は白鷺千聖さん。今日はお忍びなのでサングラスに帽子といったいかにもな風体。いつも思うんだけど芸能人のお忍びスタイルってギリギリ誰かわからないけど芸能人なんだろうなぁって雰囲気はあるよね。
因みにオシャレを推しに見てもらいたい勢は一定いるんだけどその大半が空回りしてる。そしてだいたい芸能人の方がはるかにオシャレだし。そういうのは麻弥ちゃん担当に任せるよ。
「ところで、わざわざ呼び出して……しかもアイツが絶対来れないようなところに」
「いいでしょう、秘密のデートみたいで」
「デっ……!」
なに赤くなってるのよ、と呆れられてしまった。いやいやだってさ。俺だよ? この童貞カノジョいない歴イコール年齢でありアイドルを年中追っかけてるキモオタの俺がですよ? こんなにかわいらしい女性とデートなんて口にしただけでもゼウスの雷霆に焼かれるくらいに不敬なのでは? いっぺん人類全部水底に沈めた方がよくない?
「デートくらいでいちいちオーバーリアクションしないでくれるかしら」
「……逆になんか、慣れてる?」
それは、なんて言うんだろう。別にアイドルは処女じゃないとダメとか男性経験あるのは許せないだとかそういうことを言ってるんじゃないけど。やっぱりこう、拗らせてるオタクとしては男性慣れしてるところを見ちゃうのはモヤモヤするね。
「私は女優よ? なんにでもなれる。それこそお芝居でデートしたことくらいあるし、キスもしたことあるわよ?」
「……あー、よくアイドルなのにキスシーンとかできてるよね」
「クレーム来るらしいわよ。私には届かないけど」
お芝居のためとは言え、まるで恋人同士のように熱いキスをしなくちゃいけないんだから、女優は大変だ。しかもアイドルもやってるからキスするだけで事務所が燃える……あれ、これは事務所が考えナシなだけでは?
そんなことは頭から振り払って、じゃあ実際の役じゃなくて白鷺千聖さんとしてはどうなのと問いかけると、バカねと笑われた。
「そんな余裕あるわけないじゃない」
「意外、俳優さんから誘われたりとかないの?」
「あるわよ。興味ないもの。例えそっちの方が面白くても、興味のある人としかデートはしないわよ」
「ふーん……ん?」
つまりそれは、逆を返せば俺は? デートって名前出したの千聖さんだよね? 興味ってどういう意味なのか測りかねるけどね。玩具としてかなやっぱり! 今もおろおろする様子を見て楽しそうに笑ってくるもんね!
「それで、話ってなに?」
「少し、訊きたいことがあったのよ」
「本人には黙っておいた方がいいこと?」
「ええ、そうよ」
とすると内容は必然、幼馴染さんに関することになる。と言っても俺から話せることなんてほとんどないよ。いっつも俺が話してるばっかりだし、なんなら中学の時は関わりなかったし。花咲川に行っちゃってから疎遠だったんだよ。
「そう、私が知りたいのはあなたたちが再会した後の話よ」
「なんでそんなこと?」
「興味があるのよ」
うーん、興味かぁ。いくらなんでもない話とは言え推しにべらべらと過去を垂れ流しにするのはなんとなく嫌だなぁ。何より本当につまんないしそんなつまんない話を推しに聞かせるわけにはいかない。そんな躊躇いを顔に出していると千聖さんはつまらなさそうに相変わらずの自己評価ね、とため息を吐いた。
「わざわざそれを知りたくてここまで呼んだのよ?」
「アイツからは、訊かないの?」
「教えてくれないのよ」
教えない。なんでだろう。そんな黙っていなきゃいけないような秘密とか俺はないと思ってたんだけど。純粋な疑問を抱えていると千聖さんはますます呆れたように頬杖をついた。画になりますね、その横顔。
「呆れたわ」
「言っちゃうんだ」
「いいから語りなさい。それとも次のライブでレス送ってあげないわよ」
「それはひどくない?」
ちゃんと全力で黄色いペンライト振ってるから! お願いだからレスちょうだい。くれないと認知厄介勢としてのプライドすら折られちゃうんだからね?
──はぁ、仕方ない。つまらない物語を推しに聞かせることにしよう。あれは、パスパレが始動してからすぐのことだったなぁ。
高校生になって、しばらくはなんの趣味もなくだらだらと帰宅部バイトなしという時間を浪費してる日々だった。そんな時、家の前でばったりと彼女に出会った。
「最初は久しぶり、みたいなありきたりな会話だったよ」
「そんな時間が空いてたならお互い変わっていたでしょう?」
「まぁね」
中学の最初の方に会ったきりだった彼女は、なんというか女性として花開いた、みたいな印象があった。思わずもごもごしてしまうくらいには、幼馴染はキレイになっていて、最初はそれで終わった。
その後色々あって、アイツが連絡先の交換をしたいと言ってきて。
「ちょっと待ちなさい」
「はい?」
「その色々が知りたいのだけれど?」
「え……色々は色々だよ」
面倒だから割愛した感じなんだけど、千聖さんはどうやら納得が行かなかったようで、仏頂面になってしまわれた。
でもなぁ、ホントに色々だよ。ファストフード店で働いてて、バイト終わりの彼女がやってきて……
「……カレシ」
「知ってるでしょ? もうバイトは辞めちゃったらしいけど」
「まぁ……話には聞いたわよ?」
「ならいいじゃん」
「……わざと話を逸らそうとしてるわね?」
当たり前でしょうと苦笑いをした。俺は推しに楽しい話しかしたくないもの。
いつだって、せめて俺の目が届くところでは推しの笑顔だけが見たい。楽しそうに笑う推しにいっつも癒されてるんだから。
「あなたたちは変な気を回しすぎなのよ。私は真実が知りたいの、誤魔化しなんて、私に対して暴力を振るってるようなものだと思いなさい」
「えぇ……むちゃぶり」
推しになんかいつもとは毛色の違う脅迫をされてしまった。でも、俺はカレシのことをそこまで知ってるわけじゃないんだけど。
そう言うと知ってることだけでいいのよ、なんて言われてしまう。最初から全部を知りたいわけじゃないんだね。
「あの子しか知らないこともあるもの」
「きっとね」
「そうじゃなくて、あなたの知ってることを知りたいの。あなたの主観を知りたいのよ」
主観、ねぇ。主観を信用しちゃいけないというのはSNSの基本だよ千聖さん。というか俺がその主観をでっかくしがちなオタクだから。俺個人のことをまるでオタク全体として話がちなのがオタク。なのでパンピーに嫌われがちなのに気づかないのが憐れなオタク。
「そういうのいいわよもう。鬱陶しいわね」
「言い方ひどいよ」
千聖さんに怒られてしまったので観念して続きを話はじめることにする。
──そうそう、それからしばらくして、俺はまたファストフード店でアイツと話をした。その頃の俺と言えばSNSで中二病の抜けきらない二次元専門オタクをやっていて、ちょろっと幼馴染さんが見たことあるなぁって言ったら話が止まらないやつだった。あれ今もだね、俺成長してないね。
「あなたの成長なんてどーでもいいわよ」
「はい」
わあ、また怒られた。というかカリカリしてない千聖さん。カルシウム足りてます? そんなに芸能界の荒波はつらいですか。なんて言ったら絶対般若のような形相になるので黙っておこう。
でも話すとやっぱりカレシさんに悪いかなぁって思うわけじゃん? だって幼馴染だしキレイになった、って言ってもどうしても昔の面影があるわけだからそんな付き合いたい、とか好きだ、とかそういう風には思わないんだけど、相手にとってはそうじゃないから。相手はアイツのことを本気で好きになって、本気で彼女の傍に立ってるんだから、それは尊重すべきでしょ?
「そうね、確かにあなたの言うことは半分くらい正しいわね」
「半分なんだ、えっと」
「それであなたは距離を置こうとしたのね」
正解です。俺はあの二人の恋物語にとってはモブ以下のなんでもないセリフのない空気みたいな役どころだし。
俺はせいぜい推し相手に盲目になってお金をかけることが幸せとかいう恋物語には不釣り合いなキモオタだからさ。
──でも、アイツは俺を物語に入れてきた。ひたすらに関わろうとして、俺の話を聞いてくれた。
「ちょっと前の千聖さんみたいに」
「……そうね」
「あれ、認めるんだ」
「関わりたくて関わったのは事実だもの」
まぁそれは置いておくとしてね。俺は取り敢えず悪いよと回避しようとしてたんだけどね。というか本人に直接言ったよ。正直、カレシさんに睨まれたくないよって。勘違いしがちな陰キャみたいに思われても仕方ない発言だよね。
「それで、今はそのカレシさんのこと、気にしないことにしたの?」
「うーん、俺としてはまだ気にしてるから時々、大丈夫って言うんだ。でも、嫌だって言われちゃうんだよね」
「あなたたちは嘘を吐かないって約束してるんじゃなかったかしら?」
「ああ、そうなんだけど、言いたくないことはお互い言わないし、嘘を吐かないだけで答えない時もあるよ」
千聖さんはそういうことね、と納得してくれた。
その話が高一の冬のことだった。カレシさんと最近一緒に見かけなくなったのが高二になってすぐのこと、どうしたの? って訊いたらバイト辞めちゃったって答えられただけ。ちょうど、なんだっけ? なんかのバンドに誘われた時期だったせいか、ちょっと明るくなってた。
「そしてその少し前に、あなたは私に出逢ったのね」
「うん。お披露目ライブも行ったし」
「……あれね」
あの事件はすごい衝撃だったよね。口パク事件。アイドルが歌って踊って演奏する、次世代の輝き、みたいな売り文句で結局はアテフリなんだもんね、当時はよく燃える素材だったよね。半分以上が千聖ちゃんの名前で興味半分だった人と彩ちゃんを応援してたオタクばっかりだったなぁ。
「それであの日に見捨てなかったーってのが丸山担古参勢の口癖だから嫌になるよね」
「その話はどうでもいいわよ、オタクくん?」
「はい」
次行こ次。まぁそんなこんなで俺は雨の中必死に次こそちゃんとやるって千聖ちゃんと彩ちゃんが手配りしてたビラを信じた俺はどっぷりハマって、幼馴染さんに語るようになった。細かいイベントに行って千聖ちゃんに話しかけてハマったんだよね。そして今に至ると。ほら、全然面白くなかったでしょ?
「そうね」
「うわ、訊いといて」
「結局、あなたがあの子のカレシについてなんにも興味がないことがわかっただけ収穫としておくわ」
「千聖さんは何か知ってるの?」
そういう口振りだったから思わずツッコんでしまった。すると、意外にも千聖さんは、呆れ顔であっさりと衝撃的なことを口にしてきた。どうやら親友である千聖さんは幼馴染さんによく相談を持ちかけられてたらしい。
「断れなくて告白受けちゃったけどどうしよう、ってね」
「……そうだったんだ」
「なんで知らないのよ」
「知るわけないよ」
「訊いてないから?」
「うん」
「本当、あなたの優しさはあまりに醜くて残酷ね」
どうやらバイトをし始めた俺の幼馴染さんはそのカレシさんに一目惚れをされてしまったらしい。すごく押しの強い人で、でもちゃんと真摯で真面目で、まっすぐな人だったみたい。
──そのまっすぐさは、押し倒してゆっくりと首を絞めていくような、俺の優しさと同じ種類の残酷さがあったと千聖さんは話してくれた。
「周りにも隠せないくらいに真面目で、まっすぐだったらしいわ。だから花音を傷つけたの」
「……どういうこと?」
「
外堀を埋められたようなものだ。周囲に喧伝したことで断れない雰囲気を作られてしまった。それでも彼女は二度ほど、断っているらしい。その度に、同じバイトに辛い言葉を、いや発した本人にとっては何気ない優しさに近い言葉をかけ続けられた。
「何が不満なの、他に好きな人でもいるの? あんなに想ってくれるなんて羨ましい、そんな呪いの言葉に……あの子の心は折れたのよ」
「じゃあ、今は?」
「……恐らくもうとっくに別れているでしょうね」
知らなかった。足許をガラガラと崩された気分だった。千聖さんがファストフード店で働いてる知り合い、いや彩ちゃんのことなんだけど。その彩ちゃんに訊いた話では
そして春になるころにはカレシくんはバイトを辞めてしまった。それがメンタル的な話から来てるっていうなら、確実にフったのは幼馴染さんの方だよね。
「はぁ、成果なしの役立たずだったみたいで……ごめん」
「そうでもないわよ」
「え? どこが?」
「そこはわかりなさい」
どういうことなの。まぁ、俺のクッソくだらない面白くもない話が何か千聖さんへの実りになってくれたならオタクとして喜ばしいけどさ。
そうじゃなくて、どこがとか教えてほしかったなぁって思うんだけど。そこは気付かなきゃダメなんだね。
「はぁ」
「ため息つかないで」
「私はあなたがその頃のあなたがどう関わってるかわからなかったのよ? それを知ることができただけでも情報としては十分だわ」
「……そういうこと?」
「そういうことよ」
千聖さんは意味ありげにウィンクをしてきた。まぁ俺どういうことなのかあんまりわかってないけどここは話を合わせておこう。取り敢えず千聖さんとしては知ってる情報にどう俺が関わっていたか、ということを知りたかったってのはわかったけど。
「もう一押し気付いてもいいと思うのだけれど」
「何を?」
「いいわよ、そっちはどうせ気付かないだろうと思ったもの」
気付かないと思ったのにその問答したの? なんで? ひどくない?
そんなツッコミを躱して、千聖さんはわかってるわよ、と微笑んだ。ああ待って顔近づけてこないで。わかってやってるでしょ! 推しのご尊顔を近づけられたオタクは蒸発して死ぬんだよ!?
「ご褒美が欲しいのでしょう? 欲張りさんなんだから」
「その言い方なんかアウトじゃない?」
「どこが?」
「どこがって……わざと言ってるでしょ」
「ふふ、どうかしら? 私、まだ処女よ?」
──頭がフリーズしそうになった情報なんだけど。それを聞かされてオタクはどうしたらいいんでしょう? 喜んでもキモイし何言ってもキモくない? そうなってしまった俺はそ、そうなんだ……みたいにどもることしかなかった。
「赤くなってるわよ?」
「ち、千聖さんがそういうこと言うからね……」
「ごめんなさい、見たいのよね……?」
とっても楽しそうに、それでありながら妖艶さを纏った笑みで、千聖さんはスカートを少しだけつまんで、俺だけにその白い太腿も見せた。
見たいです! じゃなくて……というか俺のこと本当に推しのパンツ見たい変態だと思ってるの? 見たいけどさ!
そして今日のオフっぽい、今までよりもポップでかわいらしい緑のストライプを目に焼き付けました。もういいよなんとでも言えよ! 恥ずかしそうに目を逸らして捲ってもらうっていう演技までついて俺の頭の中は変態チックな妄想でいっぱいだったよちくしょう! ありがとうございましたっ!