なんとしてでも、推しは推しとして推したい! けどパンツは見たい! 作:黒マメファナ
だらだらとバイトをする。そうだらだらと。頑張って時間数稼いでるけどそれはあくまで推しのためアイドルのためオタ活のためであって別にこの業態が好きとかそういうのはいっさいないです。
因みに俺のバイト先はなんとカラオケボックス。オシャレなバイトだったらほら推しに語れるじゃんって見栄を張った結果割と後悔してる。こんなの陰キャがやっていい仕事じゃねぇよ! 女の子多いし! 女の子多いし女の子多いし! でも時給はいいのでやめられないし止まらない。
そんな辛くて肩身の狭いバイト先だけど、なんと癒しが最近できたのです! それが店内放送に流れるパスパレ! 推しアイドルだよ! オタク感激!
今日もそれを糧に、あとイベントのために! 大変なバイトだけどアイドルオタク、頑張りますっ!
「おーい、手空いてる?」
「今から片付けるところですけど……?」
「三番にこれ持って行ってきて」
「りょうかいです」
先輩の指示を受けてトレイに乗ったパステルイエローの、まるで彼女のようなレモンパフェを運んでいく。
しっかしカラオケでやることと言えばドリンクバーで遊ぶかペンライト振りながらアイドル曲を流すかくらいの遊び方しかしたことないけど、案外食べ物とか頼む人いるんだよなぁ。
俺は小部屋の前に立ちノックをして、失礼します、とドアを開けた。ここで熱唱とかしてると気まずいんだけどお客さんはぼーっとCMを見てるだけだった。後ろ姿と座り方がお上品でキレイなその女性がありがとう、と振り返った。
とても、にこやかで楽しそうで、なんだか……そう、推しに似てる人だなぁって思った。
「きちんと働いているようで感心ね」
「ち……千聖さん? なんで?」
因みに、というか当然だけどカラオケでバイトしてる話はしたけどどこで、とかいつシフトに入ってる、とかは一切話してない。しかも俺は高校の近くを選んだから若干生活圏から外れてる。千聖さんの生活圏に他にカラオケっていっぱいあると思うんだけど。
「なぁに? そのまるでここに来た理由がわかってないみたいな顔しちゃって」
「みたいな、じゃなくてまんまだけど」
「どうしてわからないのかしら?」
「いやわからないでしょ。あまりに謎が多いよ?」
「……はぁ」
ため息!? 今ため息つきましたね? いやいや、そもそもどこにヒントや伏線が転がってたの? 迷宮入り確実の難事件じゃないの? 少なくとも俺は全く見当がつかないんだけど、フツーにわかるものなの?
「ヒントをあげるわね、こんな推理すら必要ない事に頭を捻ろうとするおバカさんのためにわざわざ」
「お、お願いします?」
「──ホンットにバカね。ヒントすらないわよ。あなたの仕事ぶりを見に来てあげたに決まってるじゃない」
え、ええ……マジで言ってるのそれ。それは認知厄介ゴミオタクにとってはあまりにもなご褒美なんだけどさ。
あの、やっぱり冗談だと思ってしまうのは自己評価の高さ以前に千聖さんにはバイト先を教えてないってことなんだけど。因みに具体的な場所は幼馴染さんすらも知らないよ?
「推理したのは私よ、あなたの性格とあの子への聞き込みからここだろうと場所を割り出したの」
「……して、具体的には?」
「私が最初に持ってる情報はカラオケボックスで働いていることだけよ。あの子から店の名前を聞いて、性格上絶対に私が利用することがないであろう場所を選ぶわよね? けれど合理性のないものをあなたは嫌うから高校の近くで働いているのではないかと考えたのよ」
すご……というか完全に正確に性格まで把握されてるんだけど。すごいを通り越して若干引いた。俺にそこまでの興味示されると逆に引いてしまうよ。
でも推理披露する千聖さんはとっても楽しそうで、初歩的なことよ、ワトソン君と締めくくられ、俺は思わず拍手してしまった。
「ホンモノっぽかった」
「探偵の役もやったことあるから、その時を思い出しながら言っただけよ」
「あ、でもよく今日働いてるってわかったね」
「あの子に訊いたのよ」
そりゃそうか。バイトの予定はお互い知ってるし、千聖さんもそのくらい予想が付くか。
──じゃなくて、忘れてた。仕事中なんですよ俺。だからそろそろ戻らないと。ちゃんと働いてるってところ、推しに見せたいし。
「あらそうなの」
「うん」
「ふぅん? ここって個室、よね?」
「そうだけど?」
「こっち、座らない? サービスしてあげるわよ?」
「はい喜んでっ……って俺が仕事中なんだってば!」
なんですかサービスって! なんかあれだよね、風俗とかそういう感じするよ。行ったことないけど!
しかし脊髄反射で返事をしてしまった俺に千聖さんは妖艶な笑みで、いいからほら、と自分の隣を差した。というかさぁその場合サービスする側、確実に俺なんだけど。
「何するの?」
「ここはカラオケよ? 歌うに決まっているでしょう?」
「聴かせてくれるの?」
「アイドルは人に魅せて聴かせるのが仕事よ」
いや思いっきりプライベートじゃん。ただしそれは口に出すことなくぼーっと千聖さんが選曲するのを眺めていた。流石に違う曲入れるかなーと思ったのにさ、思いっきりパスパレの曲入れてる気がするのは俺の気のせいだと思いたい。思いたいけど絶対今パスパレの曲入れたな?
「ところで千聖さんって全部歌えるの?」
「ちゃんとボイストレーニングしているし、そもそも彩ちゃんの個人練習に付き合うことも多いもの」
「そうなんだ」
ホント仲良さそうだよね。不仲説まで出てた彼女たちだけど千聖さんが時折他のメンバーを語る時は決まって優しい笑顔をしている。仲間として大事なヒトたちなんだなって思える。ところで歌うなら前奏でミックス入れた方がいい? よっしゃ行った方がいい?
「ミックス?」
「あー知らなかった? パスパレじゃ使ってないもんね」
最近は多様化して、そもそもアイドルバンドだからいいだろうとか主張する人がいたり、あからさまにオタクっぽいとか言っちゃう人がいたりして廃れてきてるよね。あーよっしゃ行くぞータイガーファイアーサイバーファイバーダイバーバイバージャージャー!
「……ふう」
「ん? なに?」
「いえ、やっぱりあなたって重度のオタクよね」
「そりゃもう」
一曲終わってそんなことを言われた。コールとかもちょっと前に隆盛を誇ってたアイドル風にしてみたけど千聖さん的にはやっぱりオタクっぽさが気に入らなかったようだ。今のコール声出すとこコーラスのとこばっかりだしね。
「踊らないだけマシだと思ったわ」
「あー、あれスペースないとできないしライブだと割と禁止に近いとこあるからね」
オタ芸はあれだよ。今や一種の踊ってみたに近いよね。オタクっぽさをなくしてイメージアップを図ろうとした結果なんだろうけど、俺からすればオタクのクセにオタクらしさを否定してオタクのまま中途半端に脱オタなんて、無駄なあがきだよね。だってパンピーから見たら皆同じオタクだもん。キモオタはオタクである限りついて回る蔑称なんだから諦めようよ。中途半端なオタクは同類からも嫌われるものだよ。
「あなたのその美学はなんなのかしら」
「美学、なのかな? オタクの見え方なんて変わらないんだから取り繕うのを諦めてるだけだよ」
「ならどうしてあなたは、オタクであろうとするの?」
「千聖ちゃん推しだからだよ」
考えるまでもない問いかけだった。俺は千聖ちゃんに惚れこんで……って言うと言い方が悪いけど、対応がよくて笑顔が柔らかくて、この子に会いに行きたい、応援したいって気持ちになった。それがドルオタってことなら深淵まで覗いてやろうと思って今こうなってる。オタクであることを否定するってことは千聖ちゃんを推したい、貢ぎたいって思いそのものを否定することになるからね。
「……バカね」
「そう思う時もある。大人になってから後悔するのかなって考えたことも何度も」
「ならどうしてやめないの?」
「青春してるから。俺にとってオタ活が青春だから」
そのためにバイトを今頑張ってること。勉強を頑張ってること。全部ひっくるめて今しか味わえない楽しさだから。
それに、なによりオタクは卒業できないらしいから。オタクになったら一生オタクなんだってさ。
「ふふ、あなたが私を推してくれてよかったわ」
「どうして?」
「あの子の幼馴染であるあなたを知った時、例えば彩ちゃんを推していたとしたら……妬いてしまうところだもの」
──その時の言葉は、なんだかいつもの千聖さんとは違った表情を伴っていた。詳しいところは何にもわかんないけど、明らかなのは呆れでもなく楽しいとかそういう感じでもないってところかな。
「まだわからなくていいわ……けど」
「……けど?」
「……今日は上も捲ってあげてもいいわよ」
「はい?」
「今まではショーツだけだったじゃない? 偶にはブラも見たいでしょう?」
そりゃ見たい是非見たい! じゃなくってだよ! 今ちょっとだけシリアスな雰囲気入ったよね? 入ったよなぁ!? なのにそんな雑な話の逸らし方ありますかね?
ツッコミを入れると見たくないの? と問い返された。見たいよそりゃね!?
「そんな鼻息を荒くして……見せたら襲われたりしないかしら?」
「そんなことしない。推しに手をつけるようなヤバいオタクに見える?」
「さぁ? あなたは変態なのだしね」
「変態じゃないよ!」
いやもう最近否定するのもなんか違うのかと思うけど。そうだよって言ったら余計にまずいよね? だから言わせてもらうよ、変態じゃないよ! ホントに推しに手を出すとかそういうことしないから!
「あら、今の私はプライベートよ?」
「でも推しは推しでしょう」
「……朴念仁」
んー? 今言葉を難しくしただけでバカって言いませんでした? なんで急に罵倒されたの俺? いくら推しでもその理不尽には抗議していく所存ですよ? 心配しなくても口だけじゃなくて実際に手は出しませんってば。だいたい女の子にやたらめったら触れたり二人きりになった
「はぁ……ホンット、バカね」
「ストレートに呆れながら言うの!?」
「バカよ、大バカ」
なんで怒ってるの? さっきまでご機嫌だったのに急に……っていつの間にか二曲目を入れて歌い出した。これもアイドルソングだけどパスパレじゃないやつだった。これも練習したのだろうかってくらいに上手で、でもプライベートの千聖さんを知るとちょっと似合わない曲だった。
──片想いの相手、遠くで頑張るのを見守るだけ、そんな優しく明るいけど甘酸っぱい風が通り抜けるような歌詞を俺はぼーっと見つめていた。
「さて、仕事が終わったらまたこっちにいらっしゃい」
「え、なんで──」
「返事は?」
「……はい、喜んで」
強制ですねわかります。曲が終わった途端にいつもの千聖さんに戻るんだからコッチはついていけてないんだけど。まぁでも推しに呼び出されてる以上、断れないんだけど。
というかなんで俺、こんなに推しに構われてるんだろうか。去年は幼馴染さんにやたら構われるようになったなぁと思ったら今年はこれだもんね。認知されてるのは幸せすぎて頬が緩むレベルだけど、困っちゃうのは幸せすぎるせいか千聖さんが考えてることがわからないと怖いことかな。
「終わりましたよ……って、寝てるし」
仕事をしながらそんなことをずーっと考えて、数時間後、終わって様子を見に行ったら千聖さんは器用に座ったまま寝息を立てていた。きっとこうやってロケとかで睡眠することにも慣れてるんだろうな、というのがうかがえる彼女のあどけない寝顔……じゃなくてカラオケボックスって鍵掛からないんだからね? これ危ないでしょ。
ど、どうしよう。起こした方がいいよな? でも疲れてるんだったらかわいそうだし、セキュリティ的な意味で言うなら俺がいればいいわけだし。そもそも起こすのにどうしろと? 肩に触れようものなら俺が永眠してしまうよ。
「ち、千聖……さん?」
呼んでみるも反応なし。それにしても、なんだか疲れてるような雰囲気を一切出さないのにこういう独りの空間で眠ってしまうところあたり、やっぱりアイドルであり女優って大変なんだなぁ、と月並みなことを考えてしまう。広い層に人気のある彼女は、まだ高校生……俺と同じ年の女の子なんだってことを、つい忘れてしまうけど。
「店長」
「なんだ? 帰ったんじゃないのか。歌ってくか?」
「ああえっと三番に入れてください。あとひざ掛け出してもらえますか?」
「三番……ほうほう」
「なんですその顔」
「いーや、アイドル追っかけしてるのに女か、と思ってな」
失礼な! その追っかけてる相手なんだけどね! 言いたいけど言わずにただの知り合いですよと言っておく。変なことしたら通報するからなと冗談交じりに言われて、嫌な顔をしながら戻っていった。推しに手を出すほど俺は落ちてない。
ひざ掛けをそっと千聖さんにかけて、空調の温度を上げる。推しが風邪引いたなんて言われたら困っちゃうからね。
「よし、これで──」
「朴念仁ね」
「──っ!?」
なるべく千聖さんには触れないようにひざ掛けを調整していると、紫のキレイな瞳が俺を捉えていた。
びっくり仰天、俺は思わず後ろに飛びのいてしまう。なんで、いつ起きたの? というか一言目で朴念仁ってどういうことなの!?
「あなたが部屋に入ってきた時から起きてたわよ」
「狸寝入りか!」
「まさかスカートを捲ってみる度胸もないなんて……」
「あるわけないよね?」
酷いね、寝てる推しの……いやそれ以前に女の子のスカート捲るようなことするわけないじゃんか。見たくないかって言われたらそりゃ見たいけど、見たいけどさ……! 捲っていいよって言われずに捲ったら犯罪だよ?
「いいわよ」
「ダメでしょ!」
「捲っていいと言ったら捲る、あなたの理論に基づくとそうなるわよ?」
「そうだけど、そうじゃなくて」
狸寝入りだったなんて損した。そう思って俺は一曲歌おうかとも思ったらまた千聖さんに隣を指定される。次はなにしてくるの? 大体店長から怪しいことしたら通報するって言われてるから今日だけはパンツは見たいけど見たくないからね?
「しないわよ」
「狸寝入りしてたクセに」
「疲れて寝ていたのはホントよ? だから、少し枕になってもらえる?」
「枕って」
「肩か膝、どっちでもいいわよ」
肩!? 膝!? その単語に俺の頭は一瞬でショートした。想像しちゃったじゃんか! 肩って、肩に千聖さんの頭がくるってことでしょ!? 膝は膝枕だよね? 待って待って、推しにそんなことを頼まれるって……どういうご褒美ですか? じゃなくてどっちでもいいって言うなら、俺が独断で決めてしまうからね。
「ひ、膝で」
「どうして?」
「え、だって寝転がった体勢の方がいいかなーって」
「……そうね、ならそうさせてもらうわ」
そう言って、千聖さんは脚は椅子から投げ出したまま、頭を俺の脚に置いた。硬い枕ね、なんて言われてしまうけど俺は寧ろ千聖さんの体温や頬の柔らかさが足に伝わってどうしたらいいのかわからない状態なんだけど。
「手」
「え?」
「手を貸して」
なんのこと? と思っていたら千聖さんに手を掴まれ、彼女の艶のあるキレイな髪に吸い込まれていった。
え、えっ、待ってちょっと待って呼吸が、息ができないんだけど!? なんでって緊張とかそもそも推しの髪に触れてるって状況がもうキモオタである自分が自分を罰し始めてるから!
「ふふ、甘えるのも……案外悪くないわね」
「……千聖さん?」
「今日、わざわざ会いに来た甲斐は、あったわ」
会いに、そんなことを言われてしまうと、不覚にも俺は揺らいでしまうよ。俺はオタクで、厄介認知キモオタで、こうしてパスパレの曲が流れると歌詞を呟くより前にコールを呟いてペンライトを振ってしまうくらいのキモオタなのにさ。もしかしたら、なんてさ。オタクとしてあっちゃいけない妄想が搔き立てられるよ。
──それから一時間その静かな時間があって、あとの二時間は普通に歌ってから千聖さんを送っていった。パンツはまた今度ねって言われてしまったけど、正直あの一時間が十分なご褒美なのでチャラにしてほしいです。あとこれはナイショなんだけど家に帰ってから密かにズボンの匂いを嗅いでしまった変態な俺を神はお許しになるでしょうか。いや、ならないと思う。