個性『鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼』   作:江波界司

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思い付き
人気があれば
続くかも
江波界司


こよみヒーロー

 [001]

 

 阿良々木暦(あららぎこよみ)に個性はない

 僕に個性はない。

 僕は個性を持っていない。

 僕の個性など存在しない。

 大事なことだから三回も言ってしまった。

 三回も言ってしまっても仕方がないほどに、僕には個性というものに縁がない。

 世界はヒーローに満ちて、満ち足りて、満ち溢れていると言うのに。

 全く歯痒い話だ。

 三兄妹で、一人の兄と二人の妹達の中で僕だけが無個性だった。

 けれど、これは、そんな無個性の僕がヒーローと呼ばれる話だ。

 いや、あるいはヴィランと呼ばれる話かもしれない。

 僕がヒーローであれ、ヴィランであれ、結局のところ僕は僕でしかないのだと。

 それを知るだけの話だ。

 

 [002]

 

 僕は中学三年生へと進級する春休みに、吸血鬼に出会った。

 美しい鬼。

 金髪の美女。

 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。

 キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。

 その時のできごとを、まさしく地獄のような春休みについての話を、僕はしない。

 したくない。

 だから経緯は省くけれど、ともかく。

 僕は、吸血鬼になった。

 いや、吸血鬼になった、というのは正しくない。

 正解ではあるけれど正確じゃない。

 僕は、吸血鬼になり、戻った。

 半分だけ。

 

 [003]

 

 半分だけ吸血鬼であることを隠しながら、僕はヒーローを目指した。

 これは正義の味方だとか、世界の英雄だとか、そういう夢のようなものじゃない。

 もっと現実的で。

 もっと堅実的で。

 世に広まった、一職業としてのヒーローだ。

 

『なあ、お前様よ』

 

 僕に個性はない。

 けれど、それを差し引いて余りある力がある。

 この力を個性と呼ぶのは少し違うから、僕はこれを個性とは呼びたくない。

 

『なあ、おい、お前様よ』

 

 だから僕は、信愛と敬意を持ってこう呼ぶ。

 

「なんだよ、(しのぶ)

『聞こえておるなら返事をせんか。全く、こんな幼気な幼女の声を無視するとは、お前様も鬼畜じゃの』

「お前の声は周りに聞こえてないんだから、僕が返事をしたら僕が変人みたいに見えてしまうじゃないか」

 

 忍。

 忍野(おしの)、忍。

 美しき鬼の成れの果て。

 金髪の幼女。

 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼だった者。

 旧キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。

 彼女は今、僕の影の中にいる。

 

「それで、どうしたんだよ」

『かかっ。いやな、今日はお前様にとって勝負の日じゃろ?緊張しているのではと、年甲斐もなく気を使ったんじゃよ』

「なら最後まで気を使え。さっきのタイミングで返事をしてたら間違いなく勘違いされていた。誤解を受けていた」

『別に構わんのではないか?今の世の中、見えない者と話すなどよく聞く話じゃ』

 

 そんなことはないだろ。

 と言えなくもない。

 透明人間くらいいそうなものだ。

 まあ、そんな知り合いどころか友達も存在しないけれど。

 閑話休題。

 僕は今、とある高校の入学試験を受けている。

 その高校とは、雄英高校。

 ヒーローの登竜門と呼ばれる高校だ。

 

 [004]

 

 試験内容はシンプルだった。

 ヴィランと仮定したロボットを倒し、ポイントを稼ぐ。

 1P、2P、3Pとロボットには種類があり。

 さらに障害として0Pの巨大なロボットがいるという。

 着替えなんて持って来て居ないため、ブレザーの内側に着ていたTシャツ姿になって移動した。

 

『おい。たんにお前様が忘れただけじゃろ』

 

 無視した。

 準備運動もそこそこに、開始の合図が。

 鳴らなかった。

 どうやらヒーローの活動によーいドンはないらしい。

 一斉に走り出す受験生たち。

 僕も負けていられないな。

 

 僕は個性について嘘をついている。

 僕は元来無個性である。

 だが、国に対して提出する資料にはこう書いた。

 個性『身体能力強化』。

 筋肉から視力といった感覚神経、肉体の回復力まで上がる。

 さらに、夜に能力が跳ね上がる。

 この内容自体に嘘はない。

 けれど、もしもこの半吸血鬼状態の僕を個性持ちと定義するなら。

 過程をとばして。

 仮定を無視して定義するなら。

 僕の個性は『キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの元眷属』だ。

 半吸血鬼とこの個性の差は大きい。

 なぜなら、キスショットは怪異の王と呼ばれるほどに伝説的な強さを持ち合わせていのだから。

 

 

 [005]

 

 残念なことに、僕はそんなキスショットの一割も出せない。

 例外的に力を引き上げる手段もないではないが、あまりしたくない。

 吸血鬼との契約、なんてものはないけれど。

 忍に頼るのは、気が引ける。

 故に案の定というか。

 予想通りというか。

 僕は、僅か3Pしか取れていない。

 

『おいおいお前様よ。もしかしてこの試験、それくらいでも受かる簡単なやつなのか?』

「まさか。倍率で言えば有名大学の比じゃないんだぞ」

『なら何を余裕ぶっておる。今の3点も雑魚を三回倒しただけじゃろう』

「余裕?ふふ、バカを言うなよ。僕はこれでも全力なんだぜ?」

『何をカッコつけておるんじゃ、我が主様よ……』

 

 呆れてものも言えないと言わんばかりに、忍は首を振る。

 仕方ないだろ。

 僕は基本的に人より少し傷の治りが早いのと、少し身体能力が高いだけなんだ。

 オールマイトみたいな力を持っているわけじゃない。

 

「きゃー!!!」

 

 その時、声が聞こえた。

 誰のかは分からない。

 そもそも沢山の声だ。

 音のする方を向くと、理由は明らかだった。

 巨大な、とても大きなロボットの姿がそこにはあったのだ。

 

「あれが、0P。おいおい、邪魔どころじゃないだろ」

『凄まじいのう。ビルよりも遥かにでかいぞ』

 

 確かにこれは、戦うこと自体マイナスだ。

 立ち向かうより、逃げてポイントを稼いだ方がいい。

 けれど、さっきの声がやけに気になる。

 

「なあ、忍」

『何じゃよ、お前様』

「腹、空いてないか?」

『かかっ。やれやれ、儂をナンパするならもっとスマートに誘って欲しいものじゃ』

 

 僕は人気のない路地へと移動した。

 

 

 

 

 [芦戸三奈(あしどみな)]

 

 私は走る。

 現れた0Pのいる方へ。

 

「きゃー!!!」

 

 その悲鳴の主は、名も知らない女の子だった。

 誰かは知らない。

 けど、どうやらそこから動けないみたいだった。

 だから助けなきゃ。

 私の個性じゃあれをどうこうは出来ない。

 でもせめて、あの子をどうにかするくらいは出来るはず。

 0Pの前に倒れ込んだ女の子の側まで来た。

 見上げるロボットはかなり大きい。

 どうしよう。

 いくら動きは遅いと言っても、この大きさから人一人をオブって逃げ切れるだろうか。

 悩んでいても仕方がない。

 とにかく急いで女の子の手を引くと、彼女はどうにか立ち上がる。

 足を怪我しているらしく、走れそうにない。

 ゆっくりでも、離れなきゃ。

 肩を貸しながら進む。

 ダメだ。

 追いつかれる。

 

 そう思った時だった。

 

 背後で凄い音が聞こえた。

 何が起きたのか分からない。

 私も隣の彼女も、思わず縮こまる。

 目を閉じたまま、何も起きないことに違和感を覚えた。

 静まり返る周囲に、私は目を開け振り向く。

 

「よう、怪我ないか」

 

 そこには、巨大ロボットを粉々にして。

 山積みになった残骸の上に仁王立ちする。

 Tシャツ姿の男子がいた。

 

 [006]

 

 後日談というか今回のオチ。

 

「それで、女の子二人を救うために奮戦した阿良々木(あららぎ)くんは、その後どうなったのかな」

「どうもしないさ。どうもしないし、されてない」

「へえ、そりゃまあ、なんというか。そんなヒーローもヒーローな展開があったのなら、賞賛のひとつでも送られようものだと、ボクは思うけれど」

忍野(・・)、お前だって似たようなことをして来ただろ」

「いや、ボクはヒーローなんて柄じゃないからさ。でもほら、君はヒーロー志望なわけでね」

「そりゃ、まあ、助けた子からは礼を言われたよ」

「なんだよ、ちゃんと感謝されてるじゃないか」

「けど、周りの男子からは非難の目を向けられたよ」

「へえ、そりゃまたどうして」

「僕が女子からのポイントを稼ぎに行ったから」

「ははっ。けどそのおかげで、救助ポイントっていうボーナスがついて君は雄英高校の受験に合格したんだろ?結果オーライじゃないか」

「結果的には、な。それでも、これはかなりの痛手だよ」

「確かに、学生の身じゃドーナツを15個も買うのは大変だろうね」

「まったくだ」




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