続きはないです多分。
「………………」
「………………」
さて、今私はとある物体と睨み合いの攻防戦を行っている、両者ともに1歩も動かずにいる。
この重渋アパートは建てられてかなりの年月が経つ、古風溢れるアパートであるが、長い年月をかけてできた隙間なども多く、そこからは外の世界からお邪魔してくる生命体がわんさかやってくる。私が睨み合っている物体もその一つである。赤黒いボディに長い触覚、取れても大丈夫な頭部、1人で生殖が行えるチートなボディ。
ここまで言えばお分かりであろう、そう、蜚蠊である。カタカナで書けば背筋が凍ってしまうため漢字で書かせてもらった。
子どもの頃、私は2度引っ越した。1度目はオンボロという名の土床薄壁のオンボロ団地、もうひとつは比較的住みやすい二階建てアパートである。
1度目のオンボロ団地は自然豊かであり、床及びあらゆる隙間から様々な虫が挨拶に来ていた。蜚蠊もその一人であった。他にもムカデ、ゲジゲジ、ダンゴムシ、ナメクジ、チョウバエなど、今思うと団地という名の虫籠のような場所だった。
よく蜚蠊は小さい頃から出会っていれば慣れると言うが、私は全くなれなかった。1度出逢えば向こうから襲いかかりるその姿は、我が家族を翻弄する悪魔そのものであった。
アイスクリームの袋を頭を動かして美味しそうに舐める姿を愛おしいと思ってしまった自分を殴りたい。
彼らの体液は緑色である、生足で踏みつけてしまった時に見えたのだ。あれは私の心に深い傷を残した。
「ちょっと山田ー?まだー?」
先程から結奈ちゃんが私を急かしている。彼女は小学生であり、私のことを呼び捨てで呼ぶ。
しかし動く訳にはいかない、奴が飛びかかってくるよりも早く動かなければならないのだ。しかしまだそのときでは無い。
「ちょっと〜早くしてよー〜」
まずい、結奈ちゃんが泣き始めた。
この声で蜚蠊は触覚をなびかせながら少し動く。おのれごきかぶり、貴様さえこの世に居なければ私の生活は今よりはマシになっていただろう。
「ちょっと結奈、どうしたの?」
「要お姉ちゃん、山田が全然トイレから出てこないの」
なんということだ、寄りにもよって要氏が来てしまった。彼女は人間ではない、狸だ。他人のドーナツを盗み逃げるその姿はある意味蜚蠊より見苦しい。
「ちょっと山田さーん?そういうのは部屋でやってくださいよー」
「?」
おのれ狸、そういう卑猥な言葉を幼女の前で言い放つとは言語道断。貴様のような高校生がいていいのか?いや断じてゆるさん。
「なにやってんの?」
「あ、司さん、山田さんがトイレに篭ってんですよ」
「早くしないと漏れちゃうよー……」
「はぁ?何やってんのよあの子は」
ドンドン!
「おい山田!早く出ろや!」
何と不幸な、寄りによって馬鹿力の司さんが扉を叩くとは。下手をすればドアごと破壊するかもしれない。
「………………」
その振動に驚いたのか、蜚蠊はとうとう動き始める。そう、その時は来てしまったのだ。
やるなら今しかない、今しか逃げるチャンスはないのだ。
私は決心をし、トイレの扉を勢いよくあけた。
「うわ!?なんですかいきなり」
要氏の言葉が聞こえた気したが今は無視だ。
「……………」ババババ
私が同時に蜚蠊もトイレという名の魔窟から出ようと赤黒い羽を羽ばたかせる。
「え……………きゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
後ろから司さんのものとは思えない乙女な悲鳴が聞こえたが私は無理向かない。とりあえず冷たいジュースが飲みたい、命のわき水であるソーダが飲みたい、その思いで自販機へと向かった。ポッケに160円入っているため、十分だ。さあ、いざゆかん、ユートピアへ。
その後、重渋アパートに戻ってきた私に待っていたのは司さんが暴れ気絶した時に壊した屋根と床の修理費の請求書を持った渋子さんであった。学生への処罰にしてはあまりにも不条理なため抗議しようとしたが、あのことで結菜ちゃんが漏らしてしまったことを聞かされ、私は断ることが出来なくなった。
己蜚蠊、いつか必ずこの地球上から抹殺してやる。
重渋アパート
空き部屋 1号室、6号室
トイレ、キッチン共同
山田
大学2年生、とある文系大学所属。
重渋アパートの2階角部屋(8号室)に住んでいる。生徒よりも教員第一主義のトップダウン体制をとる大学に不満を抱きつつ、卒業資格のために日々レポートと戦っている。交友関係は最低限度。
岬要
計8部屋あるアパートの3号室(1階)に住んでいる高校2年生の少女。山田とは入所当初から何かと会話をする中であったがそれは交友関係とはいえない。暇さえあれば山田の部屋に行きドーナツを盗み食い、本を借りパクする飛んでもない少女。
玉置康介
23歳ミュージシャン志望。7号室。
スターを夢みて状況してきたなんとも古風溢れる青年。しかし絶望的に歌詞がダサいために相手にされない、歌も下手。ギターのテクニックは達人並であるのに歌詞がそれを殺しているのである。
山田は隣のため、時々彼の声に悩まされている。下の部屋に住む岬に至っては床を突き破って怒ったこともある。
和泉司
25歳女子プロレスラー。2号室。鋭い目付きとバツグンなプロポーションを持つ。気が強い性格で休日に玉置の下手くそな歌が外で流れれば、百発百中でタライを当てる暴力系女子である。
こう見えてポップな曲が大好き、彼氏にデレる。山田はそれを目撃してしまい、色々な意味で心に深い傷を負った。岬からは懐かれている。
水藤田太郎
45歳フリーター。5号室。アパート住民の中でも年長者。影が薄い。過去に様々な経験をしており、時々アパートの若い住人に人生について説いている。
山田が尊敬する人物。
三嶋亜希子・結菜
34歳と11歳。親子。4号室。母子家庭。誰がみても振り向くであろう美人と生意気なお子様小学生。とある事情で夫はいない。結菜は反抗期であり、常に母親に対して反抗的な態度をとるが、どう見ても子どもが駄々こねてるようにしか見えない。家出しても重渋アパートの誰かの部屋である。
結菜は山田に何故か懐いている(タメ口)。玉置の歌詞の唯一の理解者。水藤田をおじさんと慕っている(母親も気にはなっているよう)。和泉のことを姐さん、岬のことをお姉ちゃんと呼んでいる。渋子のことはおばあちゃんと呼び、懐いている。
渋子
重渋アパートの大家72歳。重雄は既に他界。謎多き老婆。アパートの住民から、家賃が安い代わりに食い物をたかる。