いじりといじめの境界線はあいまいで、とても脆く、そして溶けやすい。

どこにでもありそうな、そんな話。だけどあってはならない話。

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夕刻の天体観測

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       夕刻の天体観測

 

〜Celestial Observations in the evening 〜                                 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人目を気にしつつ、私、角川唯菜(すみかわゆいな)は靴箱へと足を急がせる。小学校高学年からやってることだが未だになれそうもない。

 

私がいじめられ始めたのは、小学校に入ってすぐだった。はじめは全く自覚がなくただただいじめられ罵倒され続けられる日々が続いた。自分がいじめられると気づいたのが、小学校中学年の時だった。その頃は自分をいじめてる人、主犯格が誰だか把握できてなかったため、一緒に帰っていた友達が自分をいじめてるなんて思いもしていなかった。

 

だけど、ある日その子にいじめられた時(今思えばいじりだったのかもしれないけど)「ああ、自分はいじめられていたんだ」そう思った。その瞬間から言葉にできないほどの倦怠感や、動悸が止まらなくなった。自分はなぜいじめられているのか、なぜいじめられなければいけないのか、そもそも、自分がいなければいじめが起こることもなかったのではないか?とさえ思うようになった。

 

小学校を卒業すると、今度は小学校の時と違う、思春期を迎えた男子や支配欲求の強い女子たちにいじめられ、クラスにいることさえ息苦しくなるほどになっていた。

自尊心を打ち砕かれ生きている価値もないと思った。かといって、自殺しようにも、そんな勇気があるわけもなく、仕方ないから二の腕にカッターの刃を傷つけることでどうにか命をつないでいた。

 

 日が暮れかかって色が変わって見える校門を出て誰もいないことを確認し、念の為少し早歩きで坂を下る。家に帰る方向とは反対のほうへ歩き始める。あの公園に行くために、人間不信になっても唯一信用することができた人との思い出の場所。カッターでは抑えられない動悸が起きそうなときに行く、特別な場所。

 

 中には自傷行為を止めようとする人もいた。「やめろ」とストレートに言う人もいた。だけど、それをやめてしまうと感情が爆発して暴走して何の関係のない人を傷つけてしまうおそれがあった。私の場合、心の痛みを身体的な、つまり、物理的な痛みに置き換えてしまうことで感情の爆発を抑えてきた。それを突然やめろと言われたらどうなるか。そのぐらい、火を見るよりも明らかだ。

 

 十分ぐらい歩いたところでやっと公園が見えてきた。小高い丘にあるそんなに大きくない公園。無意識に早足になる。

 

 ――――――――――――――――が、

 

「あ、いたいた。角川さん」

 

 

後ろから唐突に名前を呼ばれて体が跳ね上がってしまう。しかもこの声は………。

 

「………………」

 

まずい、非常にまずい。なぜ彼女がこんなところに。声からして恐らく笠木さんだろう。私をいじめているメンバーのひとりだ。そして、笠木さんがいるならば他の人もいるだろう。

 

「ちょっとさー学校で盗難があってさー持ち物検査しようと思ったんだけど、角川さんそそくさと帰っちゃうから調べられなくてさー…。だから、協力してくれるかな………?」

 

後ろから出てきたのはやはり笠木さんだった。だけど、彼女は学級委員でもなければ、ほかの委員会を担当しているわけでもない。即ち、嘘だ。多分盗難なんて発生してない。私をいじめるための口実を作っているだけだろう。

 

「沈黙は肯定と取っていいね………?」

 

どうせ逃がしてはくれないのだから、このまま大人しく虐げられていたほうがいいのかもしれない。抵抗すれば無駄な傷が増えるだけだ。

 

「ここでするのもあれだし、公園の中でいいよね?」

 

「………………‼」

 

ちょっと待って、それだと話が変わってくる。あの公園は私の短い人生の中で唯一けがれていない神聖なところだ。教会のようなところだ。それをあんな奴らに汚されるなんて言語道断もいいところだ。そうか、そのためにここを選んだのか、私の休息場所をつぶしてより追い詰めるための奇策。

 

「…………っ!」

 

引きずれこまれないように必死で抵抗した。だけど、

 

「あれっ、ちょっと角川さん?すぐに終わりますからっ…………」

 

顔こそ真剣な表情をしていても、目が笑っている。やはり、ねらってやっているみたいだ。

 

「…………。さっちゃん、詩織、ちょっと手伝ってくれない?」

 

予想は的中した。公園の中から笠木さんとなかのいい、坂川早苗さんと向江詩織さんが出てきて私を引っ張る。

 

「………や、めて」

 

絞りだした声はどこまでもか弱く自信のないものだった。そうこうしてるうちに今度は私の服のボタンが弱ってきて所々ぶちぶちと音を立て始め、ついには飛んでしまい、みっともない格好になってしまう。

それでもなお、いやだからこそ彼女らは嬉々として私をいじめ続けるのだ。彼女らのことなど知ったことではないが、問題はそこじゃなかったのだ。抵抗していて視界が揺れていたため確かではないが近くで大樹くん―――――この公園で小さい時から一緒に過ごしてきた久間大樹くんが歩いているのが目に入ってしまったのだ。

 

 

どうして。どうして。私は彼女らにいじめられているのにもかかわらずそちらのほうに気が行ってしまう。

私はただひたすらに狼狽した。文芸部に入っている彼は今日部活であと三十分ほどはここを通らないはずだ。もはやいじめなんてどうでもいい。彼がどうしてここにいるのかが知りたいのだ。

 

「あ、久間!ちょっと手伝ってくんない?」

 

最悪だ。笠木さんが彼に気づいてしまった。さらに、彼もその声でこちらに気づき駆け寄ってくる。こんなみっともない姿なんて見せれないのに。

 

「坂川、どした?」

 

彼は少し驚いた様子で訊き返す。

 

「いやー実はね今日、学校で盗難があったでしょ?それで角川さんだけ調べられなかったから今調べようとして公園に入ってもらおうと思ったんだけど、なかなか取り合ってくれなくてねー、困ってるのよ」

 

「………………」

 

彼は少し考えるそぶりを見せたのち、こう言った。

 

「悪いが盗難の犯人はもう見つかってるぞ。」

 

その瞬間坂川さんたちの表情が変わった。あれはいつも私に向けられている眼だ。

 

「嘘はいけないよ~久間、もしかして君が犯人?」

 

そういいながらゆっくりと近づきこぶしを振り上げる。

 

「………………」

 

それでもなお、怖がろうとも、退こうとしない彼の態度が癪に障ったのかそのままこぶしを振り下ろす。だけど彼はそのこぶしを軽々と受け止めさばく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………いい加減にしろよ、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもとは違うどす黒い声。完全に起こっている。誰がどう見ても。

 

 

「「「「――――――――――っ‼」」」」

 

 

あまりの威圧感に私を含めたこの場にいる全員がたじろいてしまう。

 

「……お前ら、結局唯菜をいじめたいだけだろう?違うか?」

 

あまりに冷徹極まりない目つきに少なからず戦慄してしまう。

 

「…………」

 

それよりも大変なのは彼女らだろうあんな目を向けられて平常心でいられるほうがおかしい。しばらくして彼女らはその目つきに耐えかねて、そそくさそその場を立ち去って行った。

同時に緊張が解け、私の目からは大量の涙が溢れ出るとともに硬直していた体が倒れそうになる。

 

「大丈夫か?」

 

ちゃんと返事をしたいのに抱きかかえられた体から出るのは大量の涙と嗚咽のみ。心底自分が嫌になる。それでも感情の波に押され私はボタンが取れて露(あら)わになった肌着を隠しただひたすらに慟哭し続ける。

 

「………なぁ唯菜。空を見て見ろよ。」

 

いわれるがまま涙でぬれてくしゃくしゃになった顔のまま空を見上げると、そこには広い空に収まりきらないほどの星が浮かんでいた。

 

「――――――――――‼」

 

それは涙さえも止めてくれるほどの美しい星々。

 

「きれい……」

 

思わず声が漏れる。

 

泣きすぎたせいか、少し眠くなってきたような気がする。するとそれに気づいた大樹くんがうなずいてくれたので私は少しばかり幸福に浸かった。

 

 

 

 




高校の文化祭に出展した作品です

投稿する際の添削はしておりません。悪しからず。


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