スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会)   作:非魔法族

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第3話 ハロウィーン(4) オール・セインツ・デイ

 ハロウィーンの翌朝、病棟のベッドで眼を覚ましたシムは、城の安全が確認され平常通り授業が行われる旨を校医マダム・ポンフリーに伝えられた。そして朝食をここですぐに済ませるよう促された。

 既に朝食を摂り始めていたセラと他愛ない話をしながら(「さっさと大広間に追い出されると思いましたよ」「時間も遅いからかな。医務室で食べる朝ごはんも良いものだね」)質素なオートミールをのんびりと食べていたが、セラの皿の残りが僅かであること、始業の時間まであまり猶予がないこと、午前はスネイプ先生の授業であることに気づき、シムがスプーンを口に運ぶペースを上げ始めたとき、医務室の扉が開いた。

 

「おはようございます、大丈夫ですか?」

 

 姿を現したのはマクゴナガル副校長とスリザリン寮監セブルス・スネイプだった。マクゴナガル先生は心配の色を浮かべており、スネイプ先生の表情から特定の感情は(うかが)えなかった。

 

「ストーリーさん。昨晩のことを伺いたいと校長先生がお呼びです。体調に問題ないようでしたら、一緒に校長室に来てください」

 

「体調は問題ないです。分かりました」

 

 ちょうど食べ終わったところだったセラは、紅茶の残りを(すす)って立ち上がると、ちらりとシムの方を見た。

 

「お前は医務室に残れ」

 

 立ち上がろうとしたシムに、スネイプは短く言った。マクゴナガル先生は「先に行ってますね」とスネイプ先生に声をかけると、セラを伴って医務室から出て行った。

 スネイプ先生はシムの前に椅子を「出現」させて座ると、シムの瞳をまっすぐ見て相対した。

 

「昨夜、何があったか聞かせたまえ」

 

 スネイプ先生は静かに問いかけた。シムは視線を僅かに逸らすと息を吸い込み、緊張しながらおおよそのあらましを説明した。

 

「そうか」

 

 スネイプ先生の表情や声色からは相変わらず感情が読み取れず、シムは空恐ろしくなった。

 

「捜索に人手を割く必要があったスリザリン生はお前達だけだ。今後は勝手な行動を慎め」

 

「……はい」

 

 スネイプ先生は淡々と言い終えた後、(ねぎら)いや叱責の言葉を特に口にすることはなかった。

 

「お前はスリザリンに来るべきでなかったと思っているか」

 

「いいえ」

 

 唐突な質問に戸惑いながらも、シムは再びスネイプ先生と視線を合わせて即答した。シムは男のどこまでも暗く黒い眼に吸い込まれる心持ちになった。気がわずかに遠くなる。シムが心を戻すと、一瞬、この男の眼に悲嘆と憎悪と悔恨と嘲笑と憧憬と、様々な鮮烈な色が浮かび上がり渦巻いた気がした。思わず瞬きすると、スネイプ先生はいたって平静な様子だったので、自分の気のせいだと思い直した。

 

「セラ・ストーリーが――」

 

 スネイプ先生はそこで言いよどんだ。しばし黙った後、再び口を開く。

 

「おおかたセラ・ストーリーがお前に教えたのだろうが、この前の『忘れ薬』のレポートの中で一点、カノコソウについての記述は誤りだ。たしかにカノコソウは『生ける屍の水薬』や『安らぎの水薬』などに用いられることもあるが、カノコソウ自体の鎮静的な作用を期待して加えているわけではなく、魔法薬材料としての性質はむしろ破壊の作用を強めることだ。ゆえに『忘れ薬』と『火吹き薬』におけるカノコソウの役割は本質的に近しい。また、カノコソウの攪拌(かくはん)を四回以上行う場合は、一回ごとに速度を緩めつつ火を強めつつ行わねばならない。奴は先週のクラスでその点を間違えて『忘れじの薬』の調合が不完全なものになっていた。伝えておけ」

 

 呟くような調子でスネイプ先生は一息に淡々と言った。シムは目を瞬かせた。

 

「我輩は用があるからして今日の魔法薬学は休講にする。代わりに魔法薬におけるミノカサゴの(とげ)の特性についてのレポートを羊皮紙三〇センチでまとめて来週の授業までに提出したまえ。ストーリーが戻ってくるまでは一旦ここで待機していろ」

 

 それだけ言うと、シムの返事を待たずにスネイプ先生は去っていった。シムはしばし扉を見つめたあと、朝食の残りを掻っ込み、レポートに取り掛かるべく「薬草ときのこ千種」と「魔法薬調合法」を開こうとしたが、教科書を入れた鞄を談話室に置いたままであることと、そもそもミノカサゴは薬草でもキノコでもないことに気づき、手持ち無沙汰に窓を眺めた。

 今日は金曜日だ。金曜日の午後は毎週授業がないから、今日は一日中授業がないことになる。自分も校長室に呼ばれるのだろうか。校長室とはどんなところか。やはり魔法学校の校長室は、ただの校長室ではないのだろうか。

 取り留めのないことをあれこれ考えているうち、しばらくして、セラが病棟に戻って来た。

 

「校長室はやっぱり本当に面白い部屋だね、面白い道具が沢山あって。シムにも見せてやりたかったよ」

 

 セラは椅子に腰かけると、明るく言った。

 

「……大丈夫でしたか?怒られたりしましたか?」

 

「いや、そんなに。校則違反は特にしてないしね、むしろ校内にあんな怪物をみすみす入れてしまった先生方をこっちが怒っても良いくらいだ」

 

「じゃあ、ただ話を聞かれて終わりでしたか?」

 

「うーん、事件の検証のために見せてほしいと言われて、記憶を複製して渡すことになってしまったよ」

 

「記憶を渡す……?そんなことができるんですか……?」

 

「うん、杖を使うと記憶を光る糸みたいな形で取り出すことができてね――神経科学者や心理学者が聞いたら驚いて卒倒しそうだけど――その記憶を映像として見ることができる、とても不思議な道具が校長室にあるんだ。何が一番不思議かって、私の頭から取り出した記憶のはずなのに、その映像は私の視点じゃなくて()()()の視点なんだよ!()()姿()()()()()んだ!」

 

 セラは両手を広げて感嘆の溜息をついた。

 

「とにかく、先生方に聞かれて困るような会話はなかったと思うけど、一応君も出演しているわけだから、シムの同意を取ってからにしてほしいと言ったのだけどだめで。だから厨房から出た後の記憶を見せてしまったよ、勝手にごめんね」

 

「……セラが格好良かったところと、僕があまり格好良くなかったところを見られたくらいですから、大丈夫ですよ」

 

「無謀は格好良さを意味しないよ。君はちゃんと私の命を救ってくれた、それで十分すぎるくらいだ」

 

 真剣な表情でセラはまっすぐシムの顔を見たが、シムは思わず目をそらしてしまった。

 

「――それで記憶を見られて何か言われましたか?」

 

「スネイプ先生が私の動きのまずかったところを色々と指摘してくれて、役に立つ呪文をいくつか教えてくれた。寮点を貰うよりとてもありがたかったよ。それからマクゴナガル先生にあまり無茶をしないようにお説教されて、校長先生に『守護霊(パトローナス)』で伝言を送る方法を教えてもらって、無事に解放された。――多分シムは呼ばれることはないから、安心して良いよ」

 

「お疲れ様でした。それなら良かったです。――結局事件について何か分かったのですか?」

 

「いや、まったく。何かわかっていても、生徒には教えてくれないだけかもしれないけれど。――ただハグリッドさんも校長室にいてね。俺じゃねえんだ分かってくれとしきりに言われたよ」

 

「ハグリッドさんが……?どうしてですか?」

 

 シムは、ホグワーツの森番、常人の二倍は背丈が高く五倍は幅の広い大男の姿を思い浮かべた。グリフィンドール生から愛され、ハッフルパフ生から恐れられ、スリザリン生から蔑まれる、髭もじゃの荒々しい風貌の大男。「(イッチ)年生はこっち!(イッチ)年生はこっち!」――湖を渡るボートへと一年生を先導する際の、彼の訛りの強い声が頭にこだました。

 

「魔法生物のエキスパートだからかな。あの巨大な怪物は、彼も見たことがなかったみたいだけど、たぶんトロールと巨人の相の子、ギガントロールって呼ばれる生き物だろうって。それから大蜘蛛も、アクロマンチュラっていう生物の若い雄だったそうだけれど、普通の若い雄よりちょっと凶暴に見えるって言ってた。……彼も先生方も詳しくは教えてくれなかったけど、どうもハグリッドさんは半世紀ほど前、ホグワーツに通っていた頃、城の中でアクロマンチュラを飼ってたことがあったみたいでね」

 

 シムの口があんぐり開いた。いくらホグワーツ城をマグルの学校の基準で測るのが荒唐無稽とはいっても、昨夜の廊下でひっくり返っていた大蜘蛛を思い起こす限り、校舎の中に闊歩していて良い怪物だとはとても思えなかった。

 

「――さらに、どうも『禁じられた森』の奥深くには、あの大蜘蛛のコロニーがあるみたい。私は『森』の浅いところまでしか行ったことがなかったから知らなかったけれど」

 

 シムの口はこれ以上開きようがなかったので、ゆっくりと閉じた。セラは安心させるように言う。

 

「いや、アクロマンチュラは決して城に近づかないようコロニーの(おさ)と契約しているってハグリッドさんも校長先生も言ってた。実際にこの半世紀は一度も大蜘蛛は城に現れてなかった」

 

「……しかしトロールは、いったいどこからどうやって入ってきたんですか?森トロールはともかく、山トロールは『森』にはいないですよね?」

 

「『森』の奥の、あの山脈の方から森まで降りてくることはあるかもしれないけど、城内に入ってこれるとは思えない。なにせあの巨体だし、城にはそもそも防護魔法がかかっているはずだし――」

 

「……セラは前、城から抜け出す抜け道があるって言ってましたよね?もしかして、そこからやって来たとかですか?先生に言わなくても大丈夫ですか……?校則違反がバレるかもしれないですけど……」

 

 セラは首を横に振った。

 

「私が知っている通路はどれも、人がやっと通れるくらいのサイズでしかないよ。非魔法界の伝承とは違って、トロールは小さくなれるわけではない。元々は緊急時の脱出路として建造されたものだろうから、城にいるべきでない者を無制限に入れるとも思えないし。この城には、創設者や校長先生のかけた防護魔法が厳重にかかっているはずなんだ」

 

 なおも心配そうな顔をするシムに、セラは「一応遠回しに抜け道の可能性を聞いてみたけど、大丈夫だと言われたしね」と言う。

 

「……すると誰かが、どうにかして招き入れたってことですか?誰かが防護魔法を越えて侵入したうえに、怪物を、一体のみならず何体も入れたなんて、そんなことができる犯人が今も城に潜んでるとしたら――そんなことはあまり考えたくはないですが――」

 

「誰かが入れた可能性の方が高いというのも、あまり考えたくはないというのも同意だ。()()入れることができるくらいなら()()()()入れることができるとは思うけれど――それに外部の人間でなくホグワーツ()()の人間の可能性もあるとは思うけれど――」

 

 二人は黙りこくった。シムは恐る恐る切り出す。

 

「……先生の誰かが犯人かもしれないってことですか?それか、まさか生徒ではないですよね……?」

 

「先生ならできるかもしれないね。生徒は――よほど今まで爪を隠していたのでなければ、一人でこんな大それたことをできる生徒が今のホグワーツにいるとは思えないけど――たとえば集団で相当に綿密に計画を立てれば、もしかしたら……。あるいは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そのくらいだったら生徒でも出来るかもしれない」

 

「でも、生徒だったら何のために……。今のホグワーツをぶっ壊したいのでもなければ……」

 

「……魔法界では、ある事件が起こったときに、その犯人が自分の意志で行ったとは限らないよ。『服従の呪文』があるからね」

 

 セラの顔は暗くなった。シムは、その呪いの響きにぞっとして呟く。

 

「『服従の呪文』、ですか……」

 

「ヒトに使用すると終身刑が課される『許されざる呪文』が、英国には三つある。まず、何の原因もなくただ生き物に『死』という結果をもたらす『死の呪い(アバダ・ケダブラ)』。次に、何の原因もなくただ生き物にあらん限りの苦痛を与える『磔の呪い(クルーシオ)』。――ヒトを殺し得る呪いはごまんとあるし、もっと身の毛のよだつおぞましい呪いだっていくらでもある。けれど『死の呪い』と『磔の呪い』は『殺す』『苦しめる』以外の用途が()()()()し、それ以外の一切の結果を生まないという意味で、他の闇の魔術とは異質なんだ」

 

 セラは一旦言葉を切った。

 

「そして、もう一つの禁術が――私には一番邪悪な術に思えるのが、『服従の呪い(インペリオ)』。術者の意のままに、他人を支配できる。便利なことに、ラジコンみたいにいちいち操縦する必要もない。さらに厄介なことに、長期間にわたって効果を維持できるし、『服従』させられてるかどうかを外から判別するのがとても難しい。さっきまで普通に楽しく喋っていた友達が、突然自分に牙を剥く、そんなことだって起こる。記憶を修正する魔法だってあるから、()()()さっき友達を殺してはいなかった、その確信さえ持てない」

 

 シムは唾をごくりと呑んだ。

 

「そんな呪文があったら……十年前の魔法戦争は、さぞ地獄絵図だったでしょうね。誰も信じられない――自分だって信じられない」

 

「そうだったらしいね。戦争が終わって地獄が終わるわけでもない。『例のあの人』に協力していた人は、こぞって『服従』させられていたと主張したらしい――ルシウス・マルフォイなんかがその筆頭だね。そして実際に『服従』させられていた人のうち何人もが、自分がしでかしたことを知って、そのまますぐに自殺したそうだ」

 

 シムは、「服従の呪文」にかかった自分の姿を、セラに背後から杖を向ける自分の姿を、想像してしまって胸のむかつきを覚えた。

 

「……服従の呪文って、喰らったらもう終わりなんですか?敵に操られていた味方が、意志の力で我に返る、そんな物語みたいな展開はやっぱり無理なのですか?」

 

「いや。私はかかったことがないから分からないけど、お互いの力量や精神力次第では、術をねじ伏せられるらしいのが救いだ。……いや、むしろ呪いか。家族を殺し、友を売った人が、もしかしたら自分は抵抗できたかもしれないなんて知ったら……」

 

 セラは溜息をつく。「つくづく、今が平和な時代で良かった」

 

「……もしかして、セラが呼ばれたのは、僕達が万が一『服従』させられて協力していなかったかを確認する目的もあったんですか。怪物を城に入れて、そのまま怪物に襲われる。後は用済みだから、死んでしまっても問題ない」

 

 シムは言い終わったのち、ひどく嫌な可能性に思い至った。

 

「……いや、単に疑われていたどころか、『僕達が実際に事件に関わっていて、後から記憶を修正されていた』可能性だって絶対ないとは言い切れないってことですよね……?セラや自分を疑いたくはないですが、僕達が犯人の協力者()()()()かどうかすら、僕達は確信を()()()()ってことですよね……?」

 

 悲鳴に近い声を上げて立ち上がるシムを見上げて、なだめるようにセラは言う。

 

「もちろん、わざわざ校長室に呼ばれたのは、その万が一の可能性も想定されていたからかもしれない。とはいえ、こうして校長室から解放された以上は、私達は何もやってなかったと自信を持って良いはずだ。これからも『服従』と『記憶修正』をかけられた可能性を心配し続けるのは、『自分は実は水槽の中で幻覚を見せられてる脳みそなんじゃないか』と心配するのと同じようなものじゃないかな」

 

 だいいちホグワーツにはもしかしたら『服従の呪い』を防ぐ機能だってあるかもしれないし、とセラは付け加えた。

 

 

 ★

 

 

「ともかく、外部の人間か内部の人間か、一人か複数か、大人か子供か、そんなことはどれも私達には分かりようがないから置いておくとして。自然に怪物が入ってきたのではなく、誰か犯人がいると仮定しよう」

 

 セラは人差し指を立てた。

 

「それならその誰かは、いったい()()()()()騒ぎを起こした?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()無差別テロなら効率が悪いし、まさか愉快犯というわけでも――」

 

 セラは心底不思議そうに、天井を向いて呟く。

 

「……たとえば、混乱を起こして先生方の手を煩わせている間に、何かしたかったことがあったとか……?盗みたかったものがあったとか?」

 

 シムはしばし考えこんで口を開いたが、セラは間髪を入れずに畳みかける。

 

「それなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()先生方の目が届かないのはたぶん夜中も同じだろう。騒ぎを起こしたら逆に目立つし、今から何かやります警戒してくださいとわざわざ教えてるようなものじゃないか」

 

「……たしかに怪物を入れる力量のある魔法使いなら、防護魔法をかいくぐるほど、それも何体も入れられる魔法使いなら、そのくらいのことは()()()()()()()()()()ですよね。……じゃあ、まさかそんなことはないと思いますが、僕達を殺したかったとか?」

 

 続けてシムは遠慮がちに口走るが、すぐに頭を振った。

 

「……いや、僕達がちょうどあのタイミングにあの廊下に来ることは、知りようがないですよね。3階の談話室での会話が盗聴されていなければですけど」

 

 セラは頷く。

 

「2E教室やスリザード談話室には盗聴呪文の類を防ぐ魔法がかかっているはずだよ。念の為に後で効力が切れていないかは確認してみるけど。魔法を用いない盗聴器の類はホグワーツでは使えないしね」

 

「盗聴をしてなくても、私達がハロウィーンの日の夕食に降りて来ないかもしれないとは予測がつくかもしれないけど、どのルートをとるかは不確実だし。まさか透明な私達をずっと尾行しているとか、魔法道具で監視してるわけでもないだろうし……?」

 

 セラはちらりと後ろを見やったが、すぐに続ける。

 

「ただ、たかが私達二人を殺すために、怪物を城に入れて襲わせるなんて馬鹿げた真似はしないだろう。もっとはるかに確実で控えめな手段はいくらでもあるはずだよ。せっかくあの時は誰もいない廊下を歩いていたんだ、背中から失神させて縛ってどこかに閉じ込めて、後でゆっくり殺すせば良い。あるいは夕食のかぼちゃジュースに遅効性の毒を仕込むのでも良い」

 

「それはそうですよね。というかそもそも、僕は誰かに殺意を抱かれる心当たりなんてまるっきりないですし。セラが他人の恨みを買ってるかどうかは知りませんが」

 

「私も聖人のような心で人々に優しく接し、日々まっとうに人生を歩んでいるつもりだよ」

 

 シムが冗談めかして言うと、セラは真顔でしゃあしゃあと答えたが、少し黙った後に、物憂げな顔つきになった。

 

「あるとすればやっぱり私達が非魔法族の生まれであることかな。私達を殺そうとまでするスリザリン生がいるかは分からないけど――伝承によれば、サラザール・スリザリン卿は、純血主義を巡ってゴドリック・グリフィンドールと決裂してホグワーツを去るのだけど、ホグワーツに相応しくない生徒を追放するための怪物を『秘密の部屋』なる場所、誰も見つけらないような隠し場所に遺したそうだ。『秘密の部屋』は、来たるべき時に、スリザリン卿の子孫の手で開かれるという」

 

「……え?」

 

 シムの頭はフリーズした。

 

「……まあ、歴代の校長が探しても見つからなかったそうだし、真に受ける必要はないよ。それ以前に、トロールやらなんやらは千年あればとっくに死んでるし、偉大なるサラザール・スリザリンがトロールを自信満々に遺すわけないし、伝説が本当だったとしても今回とは関係がない。先生方にも、私達が狙われてるかもしれないなんてことは言われなかったしね」

 

 セラは笑った。シムはふと、この前セラと見物しに行った四階の封印された扉が脳裏をよぎった。

 

「……そのぶっ飛んだ伝説とは関係がないにしても、外から入ってこれないのなら、やっぱり()()()()()()()()()()()()()()だったんじゃないですか?――例えばそうですね、四階の『禁じられた廊下』の向こうに閉じ込められていたのが出てきちゃったとか?確かにトロールに殴られ喰われて死ぬのは『とても痛い死に方』だと思いますし……ギガントロールやらなんやらがうじゃうじゃいたら、セラでも開けられないように厳重に封印されるとは思いますし」

 

 セラは虚を衝かれた様子で黙り込むと、上を見やった。

 

「うーん……そうだとしたら、何でわざわざ怪物を放置しておく?先生方なら、フリットウィック先生にしろ他の先生にしろ、一瞬で片が付くのに。……まさか六・七年生用の『闇の魔術に対する防衛術』だとか『魔法生物飼育学』で使うのかな?……でもあの廊下が封印されたのは()()()()だ。『防衛術』新任のクィレル先生の方針なのか、それとも『飼育学』のケトルバーン先生が今年になってさらにトチ狂ったのかな?……いや、それなら校長先生が新学期にちゃんと説明しただろうし、いくらホグワーツとはいっても、流石にそこまでぶっ飛んだ授業はしないだろうし。……あるいは今年になって突然、あの廊下が魔法でどこかの山にでも繋がっちゃったとか?それで廊下を封印するしかなくて、犯人はそれを知らずに好奇心で扉を開けちゃったとか。……でも、あの扉を開けられる生徒が今のホグワーツにいるのか……」

 

 シムのことは上の空で自問自答を続けるセラに、シムは思いつきを口に出す。

 

「あの扉の向こうには、たとえば何か凄く貴重なものがあるっていうのはどうですか。子供向けのファンタジーだったら、封印された扉の向こうには、お宝とそれを守る怪物がいるっていうのは定番ですし。何で学校にそんなものがって突っ込みは置いておくとして」

 

 セラは苦笑して話に乗っかる。

 

「それは物語だったら実にワクワクする展開だけれど――でも、本気でお宝を怪物に守らせようと思ったら、それこそドラゴンなんかを持ってくるのが定番じゃないかな?私ですら戦えるレベルの怪物を配置するかな?」

 

「出てこなかっただけで、ドラゴンもさらに奥にいるんじゃないですか?奥に行けば行くほど強いモンスターが出てくるのは、ビデオゲームなら当たり前ですよ」

 

「…………ホグワーツがビデオゲームのダンジョンじゃないことを願おう」

 

 セラの笑みは少し引きつっていた。

 

「なんにしても、これ以上探偵ごっこをしてもしょうがないね。何が起きたにしろ、私達が出来ることは何もないし。これ以上何かに巻き込まれることがないように祈るばかりだ」

 

 そして思い出したようにセラは手を打った。

 

「……あ、そうだ。他のホグワーツ生達が知っているのは、昨晩にある生徒が『地下にトロールがいた』と大広間で叫んだことだけだそうだ。他にも何体か城を徘徊していた事実を知っている生徒は、私とシムだけみたい」

 

「そうなんですか?噂が音速の壁をぶち抜きながら肥大(エンゴージオ)してくホグワーツなのに妙ですね。……いや、僕らだけしか見てないのなら当然か」

 

「うん、だから変に尾ひれがついていたずらに混乱させないために、このことは生徒に言いふらさないでほしい、というようなことを言われた」

 

「……それは要するに学校の隠蔽に加担しろということですか……?」

 

 シムは疑わしげな声を出したが、セラは涼しく受け流した。

 

「色々事情があるんだろう。それに、もし校長先生が責任を問われて追われるようなことがあった場合、真っ先に困るのは私とシムのような非魔法族出身者だし。魔法界は狭いから、糾弾する側こそに犯人がいるかもしれないし」

 

「でも、普通はこういう事件だか事故だかが起きたら、外部の捜査とかが入りそうなものですけど……」

 

「ホグワーツでは、余程のことがない限りは内部のことは内部で解決するし、この程度の事件は『余程のこと』ではないみたい。山トロールが城に出たといっても、もう生徒達は気にも留めず普通に生活してるはずだよ。私達もまた普通の顔で生活すれば良い」

 

「……セラが良いなら良いですけど。僕がセラだったら大人しく頷けなそうです、怪物と戦ったことを言いふらしたくなっちゃいます」

 

「もちろん、スリザリンの規範に照らせば、ここで大人しくはい分かりましたと頷くわけにはいかないよ」

 

 セラはにやりとした。「黙ってる代わりに、たとえば――校長先生にだいぶ早いクリスマスプレゼントをねだってみる、とかね」

 

「……見返りを要求するなんて、またずいぶん図々しいというか身の程知らずというか……」

 

 シムは呆れた。

 

「ささやかなご褒美しか要求してないから、了承してくれたよ。ああ、私だけでなくシムの権利も約束しておいたから、もし校長先生に廊下で会うようなことがあったら、覚えておくと良い」

 

 シムの頭に様々な質問が浮かんだが、どれを最初に聞くか迷っている間に、セラは構わず話を続けた。

 

「それに、他の人に言いふらしても――『城でトロールや蜘蛛や巨人に襲われたけど頑張って逃げのびた』なんて言いふらしても、目立ちたがりのホラ吹きだと思われるのが関の山だよ」

 

 セラは何ともいえない表情を浮かべた。

 

「襲われたのが私達だけだとしても、周りが信じるか分からないというのに――そのうえハリー・ポッターと友人が山トロールをノックアウトしたという話が校内に広がっている状況なら、なおさらだ。廊下でそんな話が何度か聞こえてきた」

 

「なんですって?一年生が山トロールをノックアウト?どうせ噂が爆発(コンフリンゴ)してるだけなんじゃないですか」

 

 英雄ハリー・ポッターがハロウィーンの夕食におらず山トロールに遭遇していたということもシムには驚きだったが、なにより、四年生のセラならともかく、一年生が――自分だけでなく恐らくスリザリン一年のほとんども――山トロールと相対できるとは到底思えなかった。

 

「いや、マクゴナガル先生も『ハリー・ポッターもあなた方も運が良かった』というようなことを言っていたし、本当なんじゃないかな」

 

「……しかし彼はたしか、非魔法界の家庭で育ったのでしょう?魔法を訓練していたことも、山トロールだって見たこともないはずなのに」

 

「そう言われてるね。たとえ数人がかりであっても、山トロールは魔法を習って高々二ヶ月の子供の手に負える生き物とは思えない。少なくとも三年前の私なら無理だろう。恐怖で足がすくんでる間に、殴り潰されて終わりだ。……いや、(よわい)一歳で『例のあの人』を打ち破った英雄なら朝飯前なのだろうけど、それにしてもさすがだ……」

 

 セラはやれやれとばかりに(かぶり)を振った。 

 

「私は四年生なのに、結局ギガントロールとやらを倒せずに先生に助けてもらったしね。魔法界の英雄と比べるのは烏滸がましいけど、ちょっと情けなくなっているよ」

 

「セラは一人で複数を相手取っていましたし、怪我もしていましたし、比べられるものではないでしょう。……同じ一年生で、何も成す術がなかった僕の方が情けないです」

 

「そんなことはない。何度も言っているけれど、まだ君は魔法を習い始めたばかりだ、成す術なんてないのが当然だ。君を戦闘に参加させるべきではなかったという私の判断は、今も間違っていなかったと思っているよ」

 

「はい。それは分かっています。ただ、次に怪物がホグワーツを襲って来るときまでには――」

 

 シムはセラの緑の瞳をまっすぐ見つめた。その吸い込まれそうになる深く暗い瞳には、そこに刻まれた経験には、シムにはまだ到底及ばない差があるように感じさせられた。シムは目に力をこめた。

 

「――情けなく逃がされるのではなく、セラと肩を並べて杖を掲げられるように、セラにそこまで認めてもらえるように、なりますよ」

 

「頼もしいね。楽しみにしているよ」

 

 セラの瞳が柔らかな光を帯びた。

 

「……ただ、そんな何度も学校に怪物がやってくることはないと祈りたいけれどね」

 

 それはまったくですとシムは微笑みを返した。

 

 

 ★

 

 

 そして二人が医務室から出て、鞄を置いたままのスリザード談話室に向かうべく廊下を歩いていると、スリザリン監督生ジェマ・ファーレイが向こうから歩いてきた。ジェマは二人の前で立ち止まって、眉をひそめて声をかけた。

 

「大丈夫だった?ハロウィーンの日は医務室に入院していたって聞いたけど、何があったの?」

 

「ありがとうジェマ、大丈夫。うっかりしていて、階段から転げ落ちてしまってね。シムに医務室まで運んでもらっていたんだよ。もちろん怪我は一瞬で治ったけれど、丁度トロールが出たという騒ぎになっていて、ついでにそのまま泊まらせてもらったんだよ」

 

「――『セラがそんな馬鹿をやらかすなんて!』……とでも言えば良いの?私がそんな嘘を信じる馬鹿に見える?」

 

 ジェマは途端に声を冷たくしたが、セラは涼し気に肩をすくめた。

 

「私も信じられなかったけど、五階の仕掛け階段が急に機嫌が悪くなって。あそこはいつも木曜日には安定している階段だと思っていたのに」

 

 ジェマはなおも疑わし気な目つきをしていたが、セラは気にせずに続ける。

 

「そんなことより、私とシムの不在を先生に伝えてくれたのは、多分ジェマなんだろう?……ありがとうね」

 

 話題を変えて頭を下げたセラに、ジェマは軽く手を振った。

 

「監督生としてというか、人として当然のことをしただけだから、やめてよ」

 

(シムはジェマが自分達の恩人であることに気づいたが、階段から落ちて医務室に行っただけという設定を守る以上は、セラも自分もあまり過剰に感謝の意を表明するわけにいかないことにもすぐに気づいた)

 

「人として当然とはいっても、スリザリンには私がトロールにでも喰われてしまえば良かったと思ってる人は多いだろう?」

 

「そうね」

 

 からから笑うジェマに、セラは苦笑した。

 

「まったく、スリザリンに相応しくないのは、セラじゃなくて、マグル生まれを憎悪することでしか自分を保てない、血筋だけの非力で愚図な無能な方だっていうのに」 

 

 再び声を冷たくして言い放つと、ジェマは鼻を鳴らした。(ジェマがセラに好意的なのは、彼女が選民思想を持たない公平な人間だからというよりは、能力主義的な選民思想を持つからなのかもしれないとシムは感じた)

 

「とはいっても気を付けて。非力な輩でも六年七年の集団を相手にするのは、あなたといえど骨でしょう?」

 

 声を潜めるジェマに、「たしかにそうだね」とセラは頷く。

 

「去年までならあなた一人だったからまだ良かったけど、今年はスオウ君もいることだし――スリザリンは、手段を選ばない輩も多いことだし」

 

 ジェマはちらりとシムを見て口をつぐんだ。シムはなんとなく、ジェマが言いたいことを察した。セラは相変わらず飄々としていた。

 

「シムが私の弱味とか人質にでもなってしまうと言いたいの?そんなことはないよ、シムの成長のスピードは中々のものだよ。今年度(ことし)のうちに、決闘クラブに連れてゆこうと思っている」

 

 セラが他人に自分のことを褒めるのを聞くのはお世辞だとしても気恥ずかしくなったし、後半の内容は寝耳に水だった。ジェマは怪訝そうにシムをじろじろ見回した。

 

「へえ、そうなの。……それは楽しみ」

 

 ジェマの口元がほころび、ゆっくりと右手がポケットの辺りに動いた。

 

「いや、今試してやってと言ってるわけではないよ」

 

「もちろん分かっているよ」

 

 セラが鋭く言うと、ジェマの手は止まった。台詞に反して、ジェマの口調は少し残念そうだった。

 

「ともかく、二人は本当に元気なのね?階段から転げただけなのね?」

 

 ジェマは疑わしげに、セラとシムの顔を交互に見た。二人は「スネイプ先生と大イカ観覧デートもできる気分だよ」「元気いっぱいです」と胸を張って答えた。

 

「なら良かった。監督生の会議に呼ばれたから私はそろそろ行かなきゃ。じゃあ、また」

 

 ジェマは手をひらひら振ると、そのまま二人の横を通って歩いて行った。セラとシムもジェマに背を向けて歩き出した。ところが十歩ほど歩くとジェマは突然振り返って無詠唱で魔法を放ち、黒く禍々しい何かをいくつも繰り出した。一瞬のちに気づいてセラも振り返り、盾の呪文を展開する。二人に迫ってきた黒い塊が、セラの透明な「盾」に阻まれてぼとりと床に落ちた。シムの額から冷や汗が垂れる。

 

「何を――」

 

「良かった、ちゃんと元気なんだね」

 

 ジェマはあっさり言うと杖を振って魔法を消し、何事もなかったかのように再び歩き去っていった。

 

「……なんでスリザリン生ってああいうタイプばかりなんですか?」

 

 小さくなってゆくジェマの背中を見送りながら、シムは小声で呟いた。

 

「あれでも穏便な方だというのが悲しいところだね」

 

 それから少し歩くと、巻き毛の長身の少女にも出会った。落ち着いた雰囲気の、監督生バッジを付けたレイブンクローの生徒だった。「レイブンクロー寮の監督生」なる肩書きに引っ張られたシムの先入観に過ぎないかもしれないが、非常に聡明に見えた。

 

「あら、セラ。奇遇ね」

 

「やあ、ペニー」

 

 静かに声をかける女子生徒にセラは親しげに挨拶をし、シムの方を向いて説明した。

 

「こちらは私の数少ない友人のひとり、レイブンクロー五年生のペネロピー・クリアウォーター。本気の『水よ(アグアメンティ)』を喰らうと体に穴が空きかねないから、怒らせない方が良いよ」

 

「初対面でその紹介の仕方はどうなの?まあよろしくね。あなたがセラが言っていたマグル生まれの一年生ね。私もマグル生まれなの」

 

 ペネロピーはそっけなく言った。

 

「一年のシム・スオウです。よろしくお願いします」

 

 会釈するシムからセラの方に顔を向けて、ペネロピーは「昨日の夜はレイブンクローでも大広間にいなかった生徒が何人かいたけど、あなた達は一体全体どうしてたの?見たところ姿が見えなかったけど」と問いかけ、セラはジェマにしたのと同じ説明を繰り返した。

 

「…………そう。それが本当なら、良かった」

 

 ペネロピーはしばらく沈黙したのち、落ち着き払った様子で言った。そしてシムの頭から爪先まで眺めると、歩み寄って耳に顔を近づけて「……セラを傷つけたり泣かせたりするようなことが、絶対に、ないようにね」と呟いた。含みのある低く冷たい声に、シムは黙って神妙に頷いた。 

 

「ところでさっきジェマが監督生の会議があると言っていたけど、君もこれから行くところ?」

 

 セラの声に、ペネロピーは眉を上げた。

 

「そうね、もう行かないと。急がなきゃ」

 

 ペネロピーは弾んだ声でポケットから手鏡を取り出すと、髪を整えながらそそくさと女子トイレの方へと消えた。

 

「監督生の会議であっても、上級生の女子ともなるとやっぱりきちんと身だしなみを万全に整えて臨むものなんですね」

 

 シムが言うと、セラは「そうみたいだね」と返して黙った。二人が歩いていると、今度はハッフルパフの一年生の集団とすれ違った。そのまま集団の足音が遠ざかったと思いきや、廊下の角を曲がったとき、背後からばたばた駆ける足音と、呼びかける声が聞こえてきた。

 

「シム君、久しぶりです」

 

 シムは振り返り、声の主の姿を見とめた。

 

「ジャスティンか、気づかなかったよ。久しぶりだね」

 

 ハッフルパフ一年生であり、マグル生まれの生徒、ジャスティン・フィンチ=フレッチリーだった。シムはホグワーツ特急で彼と同じコンパートメントに乗り合わせ、同じく非魔法界の出身ということもあり、会話が弾んだものだった――惜しむらくは、その前の晩に一睡もできなかったシムは、夕方まで車内で眠りこけてあまり話せなかったことだ。ところがジャスティンはハッフルパフに組分けされシムはスリザリンに組分けされたので、その後顔を合わせる機会がとんとなかった。

 

(寮で共同生活を送るホグワーツでは寮ごとの距離は大きいが、スリザリンと他寮との間の溝はとりわけ深かった。スリザリン生の多くはハッフルパフ寮を見下しており、ハッフルパフとの合同授業において寮間での会話が弾む光景は、どちらの寮でも想定されていなかった)

 

「昨日、隣のスリザリンのテーブルでシム君がいないと監督生がスネイプ先生に伝えてるのが聞こえてきて。大丈夫でしたか?」

 

「心配してくれてありがとう。ちょっと階段から転げて脚を(くじ)いてしまって、医務室に行ってたんだよ。マダム・ポンフリーに一瞬で治してもらったけど、トロールが出たからついでにそのまま泊まることになって」

 

(シムは、セラが脚を挫いたと言うのがはばかれて反射的にそう答えてしまった後、先ほどのセラの発言と齟齬(そご)が生じることに気づいたが、ジャスティンとジェマ・ファーレイがこの件について話し合うことがないから良いだろうと思い直した)

 

「そうだったんですね。それなら良かったです。学校にトロールなんて、さすが魔法学校は凄いですよね!」

 

 巻き毛の少年はどこか嬉しそうに言ったあと、視線を移し、遠慮がちに、しかし不審と興味が露骨に入り混じった表情でセラの方をちらちら見ていた。他寮の見知らぬ上級生なら、ましてスリザリンの上級生なら無理からぬ反応だ。シムはジャスティンにセラを紹介する。

 

「僕がお世話になっている、スリザリン四年生のセラ・ストーリー。僕と同じで、非魔法族の出身だよ」

 

「よろしくお願いします。ハッフルパフ一年生のジャスティン・フィンチ=フレッチリーです。スリザリンにはほとんどマグル生まれがいないと聞いていたので、シム君が大丈夫かなと心配していたのですが、良かったです」

 

 紳士的に手を差し出すジャスティンと握手を交わしてセラは答える。

 

「セラ・ストーリーだよ、よろしくね。シムに一年生の友達がちゃんといて嬉しいよ」

 

 そしてジャスティンは「ではまた会いましょう」と言うと、逆の方向に、ハッフルパフの仲間たちが待つであろう方に駆け出して行った。 

 

「彼、イートン校への入学が決まっていたそうなんですよ」

 

 ジャスティンの背中を見送ってシムが呟くと、セラの表情は驚愕に染まった。イートン・カレッジ――名門中の名門、エリートの卵が集う、英国随一のパブリックスクール。

 

「二重姓だしアクセントも明らかに見事なものだったけれど、やっぱり生粋のエリートだったのか。非魔法界にいては、私は彼みたいな人とかかわる機会は一生なかっただろうけれど――階級に関係なく英国中の若者が集うホグワーツは、まったく面白いところだね」

 

 セラはしみじみと言う。

 一方でシムは、ジャスティンがホグワーツに来たことは、本人にとって本当に良かったのだろうかと感じざるを得なかった。非魔法界にいればジャスティンは栄光の道を歩んだであろうが、魔法界(ここ)ではマグル生まれというハンディを背負うことになるし、入ったハッフルパフ寮も今一つ評判の冴えない寮ではあるし、成績も同じマグル生まれであるハーマイオニー・グレンジャーがずば抜けて周囲を圧倒している。それでも「魔法を使える」圧倒的なアドバンテージがあれば彼のプライドは満足できるだろうか――そこまで感じたのちに、非常に人格の良さそうなジャスティンならそんなことはいちいち気にしないかなどと思い直し、自分に恥じ入るのだった。

 

 階段を昇って三階に上がると、今度はグリフィンドール生三人の姿が見えた。黒髪で眼鏡の痩せこけた少年、赤毛でそばかすだらけののっぽの少年、そしてふさふさした栗毛の、前歯の大きな少女。――話したことがなくとも、それぞれが誰であるか、シムにはすぐに分かった。校内で一番、いや英国魔法界で一番有名な少年ハリー・ポッター、それからグリフィンドール監督生(プリーフェクト)パーシー・"完璧(パーフェクト)"・ウィーズリーや学校一の悪童コンビ・双子のウィーズリーの弟であるロナルド・ウィーズリー、そして学年一の才女にして近頃セラの興味を惹いたマグル生まれの生徒ハーマイオニー・グレンジャーであった。

 三人は、スリザリン二人の存在に特に気を払うことなく、楽し気に喋りながら(「マルフォイ」「スネイプ」「ハグリッド」などの単語が聞こえた)歩いて行った。その温かな背中は、三人がいわゆる、友達であることを端的に示していた。

 

「……私が近づくべくもなくなってしまったのは残念だけれど、グレンジャー嬢に友達が出来たみたいで良かった」

 

「そうですね。……しかし今週の魔法薬や飛行訓練のクラスではちっとも仲良さそうには見えませんでしたが。グリフィンドールをいつも観察してたわけじゃないので分からないですが、むしろグレンジャーと残り二人はしょっちゅう口論して冷え冷えしていたような……」

 

 シムの記憶では、昨日までのハーマイオニー・グレンジャーは、その積極的に加点を狙う姿勢やら歯に衣着せぬ物言いやらで、明らかにグリフィンドール寮で浮いていたはずだった。

 

「誰でもちょっとしたきっかけで仲良くなるものじゃない?しょっちゅう喧嘩してた仲ならなおさらだ」

 

「そうですけど……」

 

 シムは首を捻ったのち、ふと思いつきを口にした。

 

「そういえば、ハリー・ポッターは友達とトロールをノックアウトしたんですよね?たとえばですが、グレンジャーがその現場にたまたま居合わせて、一緒に戦って仲良くなったとか?」

 

 セラは「そんな展開だったら実に綺麗だけどね」と笑った。

 

 

 ★

 

 

 翌日にはセラの言う通り、トロール騒ぎの余波はすっかり消え、代わりに十一月の寒波が容赦なく城を覆った。城を囲む山々は灰色に凍り付き、張り詰めた湖面は鋼のように見え、校庭には毎朝霜が降りた。城もめっきり冷え込み、とりわけ地下は、つまりスリザリン寮の前の廊下やスネイプの地下牢教室は非常に寒々としたものになったが、シムの学校生活は特に変わらず順調に過ぎていった。

 この月、大多数のホグワーツの生徒――グリフィンドール生とスリザリン生と大概のハッフルパフ生と若干のレイブンクロー生――の記憶に刻まれた出来事は何よりも、土曜に行われたクィディッチの校内リーグ初戦、グリフィンドール対スリザリンのカードだった。

 

(クィディッチとは、シムがセラに以前説明されたところによれば、そのスポーツは魔法界一人気の球技であり、その光景は十四本の箒が飛び交う流麗にして壮大なものであり、そのルールは非魔法界出身者がみなゲーム性や安全性に首を捻るものの神聖にして侵すべからずであり、そのボールは低得点の球と超高得点の球と妨害用の鉄球とで構成されており、その戦略性の肝は鉄球をバットで打てるポジションが超高得点球を扱えるポジションと低得点球を扱うポジションのどちらにどれだけ鉄球を配分するか吟味するところにあるという)

 

 なにせ、魔法界の英雄・「生き残った男の子」ハリー・ポッターが、「一年生はチーム入りできない」通例を百年ぶりに捻じ曲げ、特例でクィディッチチーム入りを果たしたのだ。そして最高潮の期待と興奮と嫉妬と憎悪を胸にピッチへと入った彼は、箒が暴れ出す不運に見舞われるも、金のスニッチ――キャッチされると超高得点が加算されゲームが終了する――を堂々と口でキャッチし、華々しい勝利を飾ったのだ。グリフィンドールは歓喜の涙に咽び、スリザリンは屈辱の涙を呑んだ。

 だがその試合の話をシムは後に知ることになった。陽の当たる学生生活と縁がない彼の記憶に刻まれたのは別の出来事だった。つまり彼はこの日、セラの案内で密かに城を抜け出し、ホグズミード村――三年生以上が指定された休日に赴くことを許される、魔法族だけが住む村――を観光していたのだった。

 

 

(第3話 終)

 




消化回なのにだいぶ間が空いてしまった。第4話はホグズミードなどの話、第5話は決闘クラブなどの話です。ハリーたちの物語に運悪く巻き込まれましたが、また二人の物語に戻ります。不定期更新になってしまいますがお付き合い頂ければ幸いです。

・「ハリーとロンはなんやかんやでパーティに参加するのが遅れて、大広間に向かう途中でトロールを目撃した生徒に遭遇し、後は原作通りハーマイオニーを探しに行ってトイレでトロールをノックアウトする」くらいの流れです。後書きで説明すべきではないですが、セラとシムの物語には関係ないので勘弁。(この二次創作でわざわざ「校長が生徒を大広間に留まらせる」に変更したのは、原作で生徒をわざわざ寮に返す意図について、物語進行の都合以上の説明が思い浮かばず、二次創作中での理屈付けができなかったからです)

・現代日本の学校の常識からは外れる魔法学校の諸々について、この二次創作で物申す意図は特にありません(オリジナル改変により誇張されてしまった点があったとすれば、その意図に基づくものではないです、ご容赦ください)。

・前話の投稿時は三号温室までしかないと思い込んでたが、PSゲームでは八号温室まであることを知る。桃の木。

・原作で明示される合同授業は「グリフィンドール+スリザリン(つまり恐らくレイブンクロー+ハッフルパフ)」「グリフィンドール+ハッフルパフ(スリザリン+レイブンクロー)」だけですが「グリフィンドール+レイブンクロー(スリザリン+ハッフルパフ)」もあっても良いはず

・数ヶ月前に目次にも追記しましたが、「スリザリンにマグル生まれもいる」設定が公式だと思い込んで、その興味が発端で書き始めてたのですが、原作者の「稀な状況を除いては死喰い人はマグル生まれになれない」旨の発言と混同していたようで、直接肯定あるいは否定するソースを探せませんでした。公式設定じゃない場合はこの二次創作の根幹が崩れてしまいますが、とりあえずこの二次創作のホグワーツではマグル生まれのスリザリンもいるということでお願いします。

・「マグル生まれスリザリン」がいてもおかしくなさそうと判断した根拠はいちおう以下の四つですが、他にご存知の方は教えてくだされば幸いです。

 (1)七巻の人さらいスカビオールの「スリザリンにはマグル生まれはあまりいない」旨の発言
(初読時にスリザリンにもマグル生まれがいるのかと強烈な衝撃を受けたのですが、「スリザリンにマグル生まれが存在しないことはお互いの共通理解である状況で、皮肉としてあえてその言い回しを用いてる」と解釈しても自然ですし、「スリザリンにマグル生まれが存在しないことは常識であるが、スカビオールは知らなかった(彼の無教養を強調して描写する目的)」とも解釈できるので、確実な根拠とは言えなそうです)

 (2)監督生ジェマ・ファーレイの挨拶(https://www.wizardingworld.com/outcome/slytherin
の"but nowadays you’ll find plenty of people in Slytherin house who have at least one Muggle parent. "の部分
(日本語版ポタモアの訳出は「最近では片親がマグルという生徒も大勢いる」のようですが、あえて"at least"という言い回しを使っている以上は"two Muggle parents"の生徒も存在し得るとも解釈できるでしょうか?英語が不得意なのでニュアンスが分かりませんが……)
(↑"at least one parent"は"two Muggle parents"の存在を示唆しているわけではないとのご指摘を頂きました)

 (3)スラグホーンのハリーに対する「私の寮に来るべきだったといつもリリーに言っていた」旨の発言
(単に冗談で言ったと解釈するのが自然かもしれませんが、「マグル生まれはスリザリンに存在しない」状況ならば、ヴォルデモート全盛期にスリザリン寮監がマグル生まれにこんな冗談を飛ばすかは疑問です。あるいはそもそもハリーに調子良いことを言っただけで、リリーにこんな発言はしていないとも解釈できますが……)

 (4)スネイプが列車でリリーをスリザリンに当然のように誘ったこと
(「マグル生まれはスリザリンに存在しない/存在するが迫害される」状況だったとしても、スネイプがアイリーンからそれを教わったかは疑問ですし、知っていたところでやはり平然と誘ってそうですから、これはあまり根拠にはなりませんが)
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