スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会)   作:非魔法族

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第4話 休暇 (2)ホグズミードは遠足にぴったり

 

 シムはそれから、雲一つない青天のもと、ホグズミードの村をセラにのんびりと連れられて歩いた。

 

「こっちは『ダービッシュ・アンド・バングズ魔法用具店』。かくれん防止器(スニーコスコープ)とかこのまえ譲った開錠呪文防止錠(アンチアロホモラ)とか、便利な道具が買えたり、修理したりできるんだ」

 

「そっちは『ゾンコの悪戯専門店』。ウィーズリーの双子は常連だろうね。……ほとんどホグワーツの生徒しか買わないような、しかもほとんどが校則に違反してそうな品物を扱う、悪戯専門店(ジョークショップ)なんて商売が成り立つって、よく考えたら凄いね」

 

「ここは『マダム・パディフットの喫茶店』。リボン!フリル!ピンク!な甘ったるい雰囲気が私はどうも好きじゃないけれど、ここはホグワーツカップル御用達のデートスポットだよ。君もいずれ恋人とホグズミードに来ることがあったら、覚えておくと良い」

 

「ちょっと表通りから逸れちゃったけど、あそこは有名な『ホッグズ・ヘッド』。ここはお世辞にもカップル御用達とは言えないね。村のパブといえば『三本の箒』かここだけど、怪しい連中が(たむ)ろしてるようだし、店は掃除が行き届いてないようだし、どうにもヤギの臭いが――まずい、バーテンさんが出てくる。行こう」

 

「パーティ用のドレスやローブから仮装用のコスチュームまで、この『グラドラグス魔法ファッション店』に色々あってね。私の誕生日祝いを買ってくれるとかでホグズミードに連れ出されたとき、ソフィアに散々着替え人形にされたなあ。――写真?無いよ」

 

「村で一番繁盛してるパブ、『三本の箒』。生徒は大抵ここではバタービールを飲むよ。あと女将のマダム・ロスメルタがとても色気あってね」

 

「ここは行ったことがなかったな、『オリバンダーの杖・ホグズミード支店』って書いてある。――たしかに、支店を展開しても儲かるのかは私もあまり分からないな……杖なんて人生にそうそう何度も買うものでもないし……」

 

「あそこの丘にぽつんと建ってるのが、見たまんまの名前の『藍色の館』。奇人で名を馳せたレイブンクロー出身の魔女が建てたアトラクションで、謎を解きながら迷路を進んで、どんどん地下まで延々と下ってゆくらしい。下に行くほど難しくなって、シーナは地下二十八階で諦めたって言ってた」

 

「ホグワーツ生大人気の『ハニーデュークスの菓子店』。ホグワーツ特急の車内販売をさらにグレードアップした感じだね。『どんどん膨らむドルーブルガム』から『ゴキブリゴソゴソ豆板』まで、魔法のお菓子が山ほどある。ちょっと寄っても良いけど、せっかくすぐにランチを取るし、今は立ち入らなくて良いかな」

 

「『郵便局』。魔法族は手紙をフクロウでやりとりしているけれど、フクロウを飼っていなくとも、ここのフクロウとかホグワーツのふくろう小屋のフクロウを使えば、手紙を出せる。――そう、私も飼ってない。さすがに世話が大変だし、休暇に手紙をやり取りする魔法族生まれの生徒がそんなにいるわけでもないしね……」

 

「魔法界最大のラジオ局、『WWN(魔法ラジオネットワーク)』。――うん、魔法の無線放送を魔法族は聞いているんだよ、こういうところはモダンだよね。テレビもそろそろ導入されないものかな、やろうと思えばすぐに出来るだろうに」

 

「ホグズミードである意味いちばん非魔法界のお店に近いのは、そこの『ドミニク・マエストロの楽器店』かもしれない。まあ、電気を使うような楽器は一切なくて、代わりに魔法で音を増幅する楽器とか、魔法で自動演奏したりする楽器とかがあるけどね」

 

 冷たい木枯らしがずっと吹き付けていたが、シムは特に寒いとは感じなかった。セラは色とりどりの楽しい商店や建物を紹介して回ったが、中に入って商品を購入するということは特にしなかった。

 そうしてどのくらい時間が経っただろうか、村のはずれに近い一画で、セラは立ち止まった。小さな二階建ての建物で、扉には「喫茶セレニティ」と書かれている。 

 

「ここ、私の行きつけの店なんだ。美味しいしマスターも良い人だし。軽食だけじゃなくて、割としっかり食べられるから、ここでお昼を摂って良いかな?」

 

 シムが頷くと、セラは扉を開けた。ベルが涼やかな音をたてる。

 シムは店内を見回す。柔らかな照明に照らされ、円いテーブルがいくつか並ぶ。壁と天井には魔法がかけられているようで、黄緑色の草原と青い空の景色が映し出されていた。そのため、大草原のもとにぽつんとテーブルが置かれているような錯覚も覚える。

 

「久しぶり。夏休みはどうだった? ――あら、もしかして一年生?こっそりこの村に連れ込んで来たの?」

 

 奥のカウンターから、ライムのローブをまとった妙齢の女性が顔を出した。

 

「お久しぶり、マスター。夏は母とのんびり過ごしましたよ。――そうです、一年生を連れてきちゃいました」

 

 シムも挨拶をすると、女性がシムの方に顔を向けた。微笑みは柔和だったが、眼つきは鋭く、シムは背筋がそわりと撫でられる心地がした。

 

「あら可愛い。一年生ってやっぱり初々しいね」

 

 シムはこっ恥ずかしくなった。マスターは再びセラを見る。

 

「さしずめ弟ができた気分かしら?」

 

「まさしく。ついつい隙あらば大人ぶっちゃいますよ」

 

「そんなあなたも一年生のときはもっと――いや、そのときからスレててあまり可愛げがなかったかしら」

 

「これは手厳しい」

 

 セラは肩をすくめて苦笑した。 

 

「まあでももう少し背は小さかったよね。上級生と並んでたからかな。…………そういえばあの二人は生きて仕事してるのかしら。かれこれ二年見てないけれど」

 

「ひと月前に来た手紙ではなんとか無事だって言ってました」

 

 それなら良かったとマスターは頷き、「好きなとこ座って」と促すと厨房に引っ込んだ。二人が窓のそばのテーブルに座ると(壁の景色と異なり、窓ガラスからは至って普通にホグズミードの通りが見えるので、奇妙な心地がした)、マスターはメニューとジョッキ二つを携えて戻ってきた。

 

「バタービールはサービスしてあげる。初めてでしょ」

 

 お礼を言うと、シムはしげしげと目の前に置かれたジョッキを眺めた。ジョッキには、泡立つ金色の液体が並々と注がれ、湯気を上げていた。

 

「ビールとはいっても、アルコールはほぼ全くないよ。酔う代わりに身体が温まるんだ」

 

 セラはそう言うと、ジョッキを傾けごくごく豪快に飲み干し、息を吐いた。シムもちびりと一口二口、流し込んだ。不思議な味わいだ。バタースコッチを飲み物にしたような感じか。十一月の寒風で冷え切った身体の芯が、セラの言う通り、ぽかぽか温まってゆくのを感じた。

 満足そうな二人の顔を見やって、マスターは口を開いた。

 

「今日は普通の休日?それともまたクィディッチの試合かなんかがあったりするの?」

 

「スリザリン対グリフィンドールの試合です。……なんでも、あのハリー・ポッターがグリフィンドールから出場するみたいですよ」

 

 マスターは眉を上げた後、感慨深そうに呟いた。

 

「……そうか、もうそんなに経ったのか、魔法界の救世主様がついに入学する年になったのね。……そういえば父親のポッターの方もクィディッチをやってた気がするわ。遺伝かしら」

 

 そして彼女はメニューを二冊机に置いて「決まったら呼んでね」とカウンターへまた引っ込んで行った。

 シムはメニューをパラパラとめくった。見慣れぬ品はない。サンドイッチにスコーン、それから家庭料理がいくつか。

 

「おすすめあったりしますか?」

 

「私はビーフシチューが特に好きだね。今日も頼もうかな」

 

「じゃあ、僕もそれにします」

 

 マスターに注文をした後、シムは再びバタービールを飲む。

 厨房に視線を移すと、鍋にお玉に食材に、あらゆるものが魔法で自発的に動いている。

 店内に目を向ける。円テーブルはどれもからっぽ。空気がのんびりと漂っている。 

 壁を見回す。景色には奥行きがあって、やっぱり壁のようには思えない。瑞々しい黄緑の草が風に揺れて、白い雲がゆっくり動いている。遠くには紫の山並み。清々しい秋の高原に、シムとセラだけが二人、ぽつんと青空の下に座っている。

 

「良い雰囲気ですね、ここ」

 

 シムはしみじみと口を開いた。

 

「うん、本当に好き。君も気に入ったなら良かった」

 

 セラはにっこりと笑った。あまり見せることのないセラの輝く笑顔にはとても強い魔力があることにシムは改めて気づいた。

 

「――それと、このお店の上には古本屋があってね。そこで買った本を、ここでお茶を()みながら楽しめるんだ」

 

「……最高ですね」

 

「同感。それじゃあ食事が済んだら、本屋にも寄って良いかな?今日はあまり村に長居をしたくないから、ここでゆっくり本を読まずにそのまま帰るけどね」

 

「そうしましょう」

 

 セラは満足げに頷いた。シムは続けて口を開く。

 

「それと今更ですが、ホグズミードに来れて良かったです。楽しい村ですね」

 

「買い物も何もせずに本当にただ歩き回っただけだったけど、そう言ってくれるなら甲斐があったよ。――やっぱりたまには外に出ないと、息が詰まるよね」

 

「ええ。ホグワーツも校庭も湖も、呆れるほど広くて楽しい場所ではありますが」

 

「それでもやっぱり、学校から一度離れて息を吸いたくはなってくるよね。あいにくクリスマスまでにはまだ二ヶ月あるしね――クリスマスは君も家に帰るのだろう?」

 

「はい、まだ十一月なのにもう親から手紙で念押しされてますよ」

 

 全寮制のホグワーツは、いったん新学期が始まれば、実家に帰れる機会は、クリスマス休暇とイースター休暇と夏休み、一年に三度だけだ(なお、魔法族も非魔法族と同じく、クリスマスという文化や、クリスマスは家族で過ごすものという観念が根付いている)。

 クリスマス休暇に必ずしも帰省する義務はなく、城に留まる選択も取れるとはいえ、故郷の水を飲む貴重な機会を逃す生徒はほとんどいない。シムもまた、ホームシックとまではいえないが、イースターまで帰省を延期する気はさらさらなかった。空っぽのホグワーツ城で休暇を過ごすというのも魅力的ではあるが、セラも帰るのなら、さして後ろ髪を引かれるものではない。

 大抵の生徒がクリスマス休暇を待ち望むのと同じかそれ以上に、大抵の親も、子の顔を見るのを待ち望んでいる。入学したばかりの一年生の親、それもマグル生まれの親なら――魔法界という訳の分からない社会に子どもを取り上げられてしまった親ならば、なおさらだ。シムは家族に毎週手紙を送ることを約束させられており、家族からも今のところ毎週手紙が来ていた。

 

(なお、ふくろうを飼っていない家庭からでもホグワーツ生に手紙を送ることは可能である。受動的な方法としては「ホグワーツ所有のふくろうが子供からの手紙を運んできたときに、直ちに返信を持たせる」というものであり、能動的な方法として最もポピュラーなものは、「専用の封筒に、エディンバラのとあるダミーの住所を書いて普通のポストに投函する」というものだ。後はその住所からホグワーツに手紙が転送されるのを待つだけで良い。また、この住所には、とある名門の全寮制の学校が古くから()()()()()()()()()()()()()、マグル生まれの親が自分の子の状況を周囲に説明せねばらないとき、この架空の学校の名を挙げれば、相手にすんなり納得してもらえる寸法になっている。マグル生まれの家族は「国際機密保持法」を容易に脅かしかねない存在であるからして、誰も聞いたことがないはずのダミーの学校に疑問を持たれないために、きわめて複雑で高度な魔法が用いられているらしい)

 

 両親からは、風邪を引いていないか、食事はきちんととっているか、運動をしているのか、友達と仲良くやっているか、家族に魔法使いがいないことをからかわれていないか、授業についていけているのかなどの心配が、毎週変り映えもせず書き綴られており、シムの年齢ではごく自然であるように、鬱陶しく思うことや面倒に思うことは多かった。しかし、両親の心配は容易に想像できるし、外界との貴重な接点でもあるし、家族との手紙のやりとりはシムの楽しみでもあり慰めでもあった。

 

(シムはもちろん、手紙で親に安心させることだけを書くようにしていた。未だ二ヶ月しか経っていないホグワーツ生活が今までのどんな二ヶ月間よりも激しいものであり、ホグワーツ生活のこれまでの経験が、親の想定の最悪ラインを遥かにぶち抜くものであることは分かり切っていた。「よく体を動かしていて風邪は引いてないし、ホグワーツは不思議な城でいくら探険しても未知の場所が沢山あるし、授業も難しくて宿題がどっさり出るけど頑張ってついているし、魔法使いの家に生まれていない生徒は他にもいて色々と助けてもらっているし、境遇でからかわれることはないし、毎日が楽しい」――というようなことを毎週書き連ねていた。セラのことを同級生の男子四・五人であるかのように書いているというほかは、概ね本当のことしか書いていない。何かを書かないということは嘘をつくということではない)

 

「仲が良いことだね。私も、家に帰れるのが今から楽しみだよ。……全寮制じゃなくて、『煙突飛行』かなんかを使って毎日家から通えれば良いのに」

 

 セラは溜息をついた。

 

「学期の間は家に帰れないのも残念だけど、家にいる間は今度は魔法を使えないのも残念だ。掃除も洗濯も、杖を振ればすぐに片付くのに。母を楽にさせられないんじゃ、せっかく魔法を覚えても……」

 

「ああ、未成年って家で杖魔法を使っちゃいけないんでしたっけ。『国際機密保持法』ですか」

 

「それもあるけど、たしか『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令』かな。『休暇中魔法を使わないように』って忌々しい注意書きが配られるよ。非魔法族の面前で使うと、すぐに『次やったら退学』って警告が魔法省から飛んで来るってソフィアが言ってた」

 

「……すぐバレるんですね、もしかして魔法で監視されるんですか……?というか、わざわざ使ったんですか」

 

「いちいち監視されているというよりは、魔法が使われると探知されるという方が近いみたい、それでも怖いけど。それと、絶対に杖を使っちゃいけないというわけではなくて、生命の危険があるときとか、緊急時に使うのは認められているから、それでソフィアは警告が取消になったらしい。なんでも道で暴漢にナイフで刺されそうになってとっさに『全身金縛り術』をかけたとかなんとか」

 

「……それは何より」

 

 そしてセラは再び溜息をつき、苦々しげに吐き捨てた。

 

「ともかく、このルールが腹立たしいのは、やたら処分が厳しくて監視も凄いルールの癖に、絶対に守らなければならないのは非魔法族出身者(わたしたち)だけということなんだよね。どうせスリザリンの『純血』様はみんな家で好き放題魔法を使っている」

 

「……え、そうなんですか?」

 

「魔法省は、未成年()魔法を使ったどうかを検知できるわけじゃなくて、未成年()()()()魔法が使われたかどうかを検知できるだけなんだ。私達みたいに、子ども以外は非魔法族しかいないという家で魔法が使われたら、犯人はすぐにわかる。反対に、魔法族しかいない家で魔法が使われたら、どうせ大人が使ったから問題なしと判断される。もしかしたら初めから検知の対象に入ってないかもしれない、その家で魔法が使われるのは当たり前だから、いちいち検知していたらキリが無いし」

 

「…………めちゃくちゃ不公平ですね」

 

 シムは腹に怒りがふつふつと込みあげてくるのを感じたが、セラは自嘲気味に唇を歪めた。

 

「そうでもなければ、非魔法族は猿と同じと思っている純血主義の皆様が、『休暇中は自分の子供に、猿のように杖を持たずに過ごさせる』なんて馬鹿げた規則が存在するのを、許し続けるわけがないだろう?一方で彼らにとっては杖を持つ資格のない非魔法族出身者は、少なくとも休暇中は杖を持たずに、猿としての分をわきまえて過ごさなければならない。実に良い気味だ」

 

「…………」

 

 セラは肩をすくめて、さらっとした口調で言う。

 

「まあ、まったく理に適っている話だけれどね。魔法力を適切に制御する術を学んでいる途中の未成年が、監督者なしに魔法を使っては、何かが起これば誰も事態を収拾できないけれど、私達の家には、大人の魔法使いはいない。一方で、魔法族しかいない家では――」

 

「……未成年が魔法を使ったところで、何か失敗をしてもすぐに収拾がつくというわけですか」

 

「そもそもそういう家は、非魔法族の都市から孤立して、人里離れた場所にひっそり建っていることも多いらしいし、色々と保護魔法もかかっているらしいしね。ちょっとやそっとでは『国際機密保持法』は脅かされない。一方で非魔法族出身の生徒は、当然、非魔法族のコミュニティのど真ん中に暮しているから、ちょっと注意を怠れば、住人に魔法の存在を知られてしまうリスクもある」

 

「……それなら、最初から『非魔法族の前で魔法を使ってはいけない』『魔法族の監督者なしに魔法を使ってはいけない』と言えば良いような気がするんですけど……。いったん条件付きで認めてしまうと、どうせ収集がつかなくなるから、『休暇中は一切魔法を使ってはいけない』と一律で禁止する方が良いんでしょうかね」

 

「そういうことかもしれない、親にとっても休暇中に子供に面倒を起こしてほしくないから、特にグリフィンドールあたりの親にとっては、一律で杖を禁止してくれた方がありがたいのかもしれないし。あと、非魔法族の前で魔法を使ってはいけないのは未成年に限らないけどね」

 

「そうでした。……あれ、未成年の周りで使った魔法が検知されるってことは、今ホグワーツ生がホグズミードにいるって魔法省にバレてるってことですか?」

 

 シムはふと厨房に目を向け、自動でかき混ぜられている鍋を見て怖くなる。

 

「うーん、ホグズミードには入学前の子供もいるだろうし大丈夫じゃないかな?というより、そもそもホグズミードは魔法族しかいないから、わざわざ記録する必要はないと思うし」

 

「なるほど」

 

 セラはまたも溜息をつく。

 

「何にせよ、休みの間に一切魔法の練習ができないのは歯痒い。ひたすら座学に励むしかない」

 

「……セラは休暇中くらい、ゆっくり休んでも良いんじゃないですか」

 

 魔法の勉強と練習に憑かれたかのように励む普段のセラを見ていての率直な感想をシムは呑気に述べた後、セラの気を悪くすしてしまうかとも思ったが、セラはふっと肩の力を抜いて微笑んだ。

 

「たしかに、そうかもね。君の言う通りだ」

 

 切り替えるように、セラは明るい口調で続ける。

 

「あまり楽しくない話ばかりしてしまったね。楽しい話をしようか、この前の『魔法薬学』でスネイプ先生が――」

 

 

  ★

 

 

 二人はそれからものんびり他愛ない話をしていると、マスターが料理を運んできた。並々とよそられた深皿から、食欲をそそる蒸気が昇っている。

 

「お待たせしました。ビーフシチューになります。のんびり召し上がれ」

 

 セラはマスターにお礼を言うと、スプーンを幾度も口に運び、実に幸せそうにシチューを頬張っていた。ホグワーツで見る彼女の食事の作法は至って上品であり、少量しか口に運ばない。だからセラのこの種の表情も貴重であり、やはり強い魔力があることをシムは発見した。

 シムもスプーンを口に運ぶ。懐かしくも新しい感覚が舌を包む。

 

「――美味しいですね」

 

「美味しいよね」

 

 シムが思わず声を漏らすと、セラも噛みしめた料理を飲み込んでから口を開いた。至って普通のビーフシチューのはずだが、不思議なものだ。均整が完璧に取れた普通は、普通でなくなるということかもしれない。

 

「――ロンドンで出せば繁盛しそうですよね。そこまで人口も多くないこの村で開くのは、正直もったいないような。マグル相手に商売をするなんてと怒られるかもですが」

 

 シムは小声で、正直な感想をセラに述べた。

 

「どういたしまして。マグル向けに、ロンドンなんかで出したら、繁盛しすぎて国際機密保持法に触れちゃうの」

 

 店主の耳に入ってしまったようで、カウンターから彼女の冗談めかした声が飛んできた。

 

「……何か魔法植物の隠し味が入っているのですか?」

 

「そんなわけないわ。冗談よ」

 

 マスターは快活に笑った。

 

「マグルに向けてお店を出すと、法律とか税金とか色々ややこしいことがあるし、調理にも杖を使えないし、土地だって高いし、ホグズミード(ここ)で開くのが遥かにやりやすいの。それに、このお店は半分趣味みたいなものだしね、お客さんが多少来てくれるだけで構わないのよ」

 

 シムはマスターをまじまじ見つめた。魔法族の寿命が長いとはいえ、とても余生を過ごす年齢には見えない。

 

「他にお仕事されているのですか?それとも、土地とかを持っているとか?」

 

「ひみつ」

 

 店主は指を唇に当ててウインクをした。

 

「……不躾な質問しちゃいました、すみません」

 

「いや良いのよ。――あ、マグルの法律に従わなくて良いっていっても、もちろん衛生面とかをおろそかにしているわけじゃないのよ、そこは安心して」

 

 マスターは付け加えると、杖を振って仕事へと戻った。二人が食べ終わると、淹れたての紅茶が運ばれてきた。喫茶店だけあって、これもやはりとても美味しかった。

 

「今日も美味しかった、また来ますね」

 

「美味しかったです、ありがとう」

 

「またいらっしゃい」

 

 紅茶を飲み終えた後もしばしのんびりとくつろいだ後、二人は店を後にした。セラの後に従い、店の裏口をくぐり、薄暗い通廊へと出た。左には急峻な木造の階段、右にはまた別な出口。階段を昇って、扉を開ける。ベルが乾いた音をたて、途端に本の臭いが鼻腔に押し寄せる。

 

「ここが、サンドフォード書店だ」

 

 こじんまりした空間に、本がぎっしり詰まった棚が所狭しと並んでいた。シムはおよそ書店や図書館と名がつく場所に入るとワクワクする種類の人間であったから、このときも例の感情を、つまり未知の無数の新世界が自らの眼前に開けていると認識したときのあの腹の底をくすぐる快感を、しかと覚えていた。

 この書店にも二人の他に客の影はなく、カウンターに一人の男が、書類と本の山にまみれて座っているのみだった。

 店主は、杖を片手に何やら書き物をしていたが(紙に自動で文字が浮かび上がっていた)、顔を上げ、二人を一瞥すると、机の引き出しを漁り、本を二冊取り出して置いた。

 

「取り寄せておいた」

 

 店主は陰気な声色で言う。まだ若いようであったが、年齢の割に老けているようにも見えた。

 

「ありがとうございます」

 

 セラは店主のもとに近寄ると、財布から銀貨を何枚も取り出してカウンターに置き、本をローブに仕舞った。そしてシムのもとに戻り、小声で言う。店主は再び書き物にいそしんでいた。

 

「魔法族の書いた本ならダイアゴン横丁から送ってもらえるけれど。非魔法族の小説を読みたいと思っても、まさかホグワーツからウォーターストーンズにふくろう便で注文するわけにはいかないからね。ここに頼めば取り寄せてくれるんだ」

 

「なるほど」

 

 シムは店内を見渡した。半分はフィクションのコーナーで、後は魔法の実用書や学術書、随筆に詩など。色々な本を手に取ってみたくなったが、「死の囚人vs炎のプリンス」に手を伸ばしかけたところで、ふと以前のセラの言葉を思い出して思いとどまる。

 

「ここって、ホグワーツ図書館の禁書の棚みたいに、危険な本って置いてありますか?」

 

 セラは微笑んで言う。「ちゃんと心構えができていて何よりだ」

 

「ただ、ここのお店に限っては、どれでも触って大丈夫とは言われた。高度な魔導書とか古文書とかの類は置いていないらしい。――ですよね?」

 

 セラが店主に声をかけると、彼は顔を上げて、強い眼光を返す。

 

「マグルの本だろうと、危険になり得ない本なんて存在しないと思うが。つまり、自分の心と人生を根本から壊して変えてしまい得るのが、本というものの潜在的に持つ力のはずだが」

 

「……まあ、たしかに……」

 

 いったん言葉を切ると、店主は視線を手元の紙に落として再び口を開いた。呟くような調子だが、不思議とはっきりと通る声だ。

 

「質問の趣旨に沿う答を返すならば、気安く触れるべきでない本は置いていない。ここの本には、魔法族が書物に通常の措置としてかける範疇の魔法しか、つまり動く絵の魔法や複製防止の魔法や防腐の魔法や、そういった魔法しかかかっていない。魔術の専門書は、ホグズミードだとトームズ・アンド・スクロールズ(大冊と巻物屋)の領分だ」

 

 気難しい答えに苦笑をしつつ、セラは店主に礼を言う。続いてシムに向けて小声で言う。

 

「まあ、その代わりに、トームズ・アンド・スクロールズにも、ダイアゴン横丁のフローリシュ・アンド・ブロッツにもないようなコーナーもあって」

 

 セラは入口から右端の棚に歩み寄ると、上から三段目の棚を指し示した。シムもセラの横に並ぶ。棚には色とりどりの大判本が並び、どの本の背表紙にもタイトルがなかった。

 

「この棚の左端の青い本と右端の赤い本、それから、ひとつ内側の緑色の本と黄色い本とをそれぞれ入れ替えて、最後に真ん中の紫の本を一つ上の棚に置くと――」

 

 セラは呟きながら手早く本を動かし続けた。分厚い紫色の本を両手で置くと、景色がぐるりと回転した。どうやら二人の立つ床が、目の前の本棚ごと回転したようだ。

 

「――こんな風に、隣の部屋に移れる」

 

 シムは目を見開く。先ほどより更にこじんまりとした部屋に、やはり本棚が並んでいた。しかし、魔法界の本屋という趣はない。紙質が羊皮紙のそれではないし、本のタイトルも、小学校時代に読んだことがあるようなものも――「ライオンと魔女」や「チョコレート工場の秘密」や「はてしない物語」や――ちらほらある。

 

「非魔法界の本の、店主さんのコレクションの部屋だそう。どれも買えるけどね。あそこには映画のビデオテープとかもある。もちろん呪いの類はかかっていない」

 

 シムは棚に近づいて「ライオンと魔女」を手に取って頁をぱらぱらめくる。親の寝室の洋服箪笥をこっそり開けたところで魔法の国に繋がることは当然なかったのだが、まさかその五年後にキングス・クロス駅の九と四分の三番線から魔法学校に来ることになるとは。

 シムがしばらく物色し、「クリスマス・キャロル」を引き抜いたところで、セラはふと声をかけた。

 

「――そういえば、さっき少しクリスマスの話になったけど、今年の君の『クリスマスプレゼントをあげる友達』リストの中に、私の名前は含まれているかな」

 

「もちろん、そのつもりでした。セラのリストの中に僕が入っていればですが」

 

 唐突な質問に、シムは少し驚きつつ声を返す。会話がどういう流れなのか分からないが、少なくとも来月にセラの生家の住所を聞く勇気を出さなくて済むことになりそうだ。

 

「それは良かった。それで君は、プレゼントの希望が何かあったりするかな?」

 

「いえ、特には。何でも楽しみです」

 

 シムは言い終わった後で、何でも良いではなく何かを口に出すべきだったかと思ったが、セラは頷くと気にせず続けた。

 

「ホグワーツ生はふつう魔法界のグッズを送り合うけれど、魔法界に不慣れの私達にとってはどうにもチョイスが難しいし、なにより普通の郵便では贈れないしね。――まあ、郵便については、休暇で家に帰るまでに用意すれば、学校やホグズミードやダイアゴン横丁のふくろうを使えば解決するけれど」

 

「だからどうだろう、クリスマスはお互い非魔法族の本を贈ることにしない?この部屋の本は大抵中古だから、もちろんここの本でなくて構わないけれど」

 

「面白そうですね」

 

 シムは笑って頷く。プレゼント選びにひどく悩むことになったはずだ、セラの方からジャンルを指定されるのはありがたかった。

 

(シムは少しして、「相手が既に読んでいる本を贈ってしまうかもしれないし、読んだことがないかどうか、事前に聞くわけにもいかない」という心配が思い浮かんだが、セラは「それはそれで、相手に合うだろうと思っていた予想が、実際に当たっていたってことだから、嬉しいんじゃない?」と笑って流した)

 

 

  ★

 

 

 ひとしきり棚を眺めた後、結局何かを買うことはせず、二人は魔法界の書籍の部屋に戻った(回転する床の本棚の五色の本の位置を、今度は元通りに直すことで再び床を動かすことができる。なお、本を買う場合は、その本をこの棚に置いておかねばならず、ローブや鞄に隠し持っていても床はびくともしないらしい。非魔法界で販売されている物品に魔法をかけるのは法律で制限されているため、本自体には万引き防止の魔法がかかっていない)。

 

 それから魔法界の本をあれこれ手に取り、最終的にシムは「ヌンドゥとロウェナ」と「ホグワーツ特急殺人事件」と「マッドなマグル、マーチン・ミグズの冒険(ノベライズ版)」とを、セラは「透明術の透明本(半透明版)」と「毛だらけ心臓はゴーレムキメラの夢を見るか」とを購入し、書店を後にした。階段を降りて、喫茶店の裏口を横目にまっすぐ出口をくぐり、ホグズミードのハイストリートへと出る。相変わらず空は見事に晴れており、冷たい秋風が頬を叩く。まっすぐ道を進み、やがて、ホグズミードに来たときのあたりへと戻ってきた。

 

「……これって、どうやって城に戻るんですか?さっきは、扉を開けた瞬間に地上に出てたような気がするんですが」

 

 シムが辺りを見回して問いかけると、セラは杖を出して二人のローブを元に戻し、答える。

 

「もちろん、城に戻る道の方が面倒な手段を踏む必要がある。私の言う通りにやってみて」

 

 セラはてきぱきと指示を出す。

 

「最初の地点の真後ろの方向に、小さな横道があるだろう?何もないこの小道を進むとすぐに、大木が植わって行き止まりになっているから、深々とお辞儀をする。するとさっきまで何もなかった幹に、ホグワーツ生なら目の前に扉が、ほら、見える。この扉を開けると、こうやって、何もない部屋に入れる。いったん中に入って、扉を閉じてから、もう一度この扉のノブに手をかける。そして『どうぞホグワーツにお戻しください ホグホグワツワツホグワーツ』という感じのセリフを、校歌のように適当な節をつけて歌いながら扉を開ける」

 

 シムがセラの言う通りにすると、再び地下の通路に戻っていた。

 

「なかなか手が込んでますね。自力じゃとても帰れなそうです」

 

「私も教えてもらったクチだけれど、この扉によく見ればちゃんと『戻るときも礼を尽くすべし』と刻まれているから、自力で抜け道を発見できる生徒なら難しくないんだろうね。それと正確には、最後のセリフの後半部分はいらないし、歌う必要もないしね」

 

 セラはさらっと言うと、シムの抗議を待たずにすたすた歩きだし、さっさと梯子を降りた。

 相変わらず薄暗くて単調な道だったが、帰りの旅は、行きの旅ほどには長く感じなかった。地下通路の終点まで来て、螺旋階段を登り、再び六階の廊下の手前まで来る。

 

「グレゴリー公爵、魔術の深淵を覗き見て得た叡智を我々にお恵みになったグレゴリー公爵。再び貴公のご尊顔を拝しこのうえない幸せにございます。もしこの先の廊下に、人や猫やゴーストやポルターガイストの影が一つも無ければ、どうぞ我々をお通し願います」

 

 セラが仰々しく媚びへつらうと、壁の向こうで像が動くような重い音が響き、壁が開いてホグワーツ城の廊下が姿を現す。廊下に降り立って、壁と銅像が元通りになるのを見届け、周囲に誰もいないのを確認すると、シムは心からほっとして呟く。

 

「無事に戻ってこれましたね」

 

「あとはちゃんと寮に戻れば大丈夫だよ」

 

「……試合ってもう、終わっているんですかね?」

 

 シムは窓を見たが、ここからはクィディッチ競技場は見えない。

 

「もう終わっていると思うよ。どんなに長引いても、大抵は二時間くらいで終わるしね」

 

「じゃあ、もうスリザリン談話室は大盛況ですか。すぐに帰らない方がよさそうですね」

 

「うん。祝宴ムードであってもお通夜ムードであっても、どっちにしても門限ぎりぎりに戻るのが良いと思う。私はいったんスリザード談話室に向かうよ、荷物を置いたままだし」

 

「僕もそうします。――ここって六階だから、五階の図書館が近いですね。宿題を取りに戻ったら図書館で『薬草学』のレポートの調べものをしようかな」

 

「なんにせよ、ここをウロウロしているのを見られたくないから、とりあえず2E教室に行こうか」

 

 セラは杖を取り出して二人に「目くらまし」をかけた。そして五階に下り、今日の冒険はもう終わったものという心持ちで、シムが図書館の近くの廊下を歩いているとき。安堵感と満足感に浸りながら、曲がり角に差し掛かったところで。

 

「こんにちは、ミス・セラ・ストーリー、そしてミスター・シム・スオウ。実に良い天気じゃな」

 

 歳月の重みに満ちた声が廊下に静かに響き、シムの背筋が凍り付いた。

 立ち止まって恐る恐る振り返る。先ほどまで誰もいなかったはずの廊下には、誰かがたしかに立っていた。その「誰か」は、長い銀髪と髭をたたえた、背の高い老人で、半月メガネ越しに輝くブルーの瞳を、まっすぐこちらに向けて立っていた。

 それは間違えようもない、ホグワーツ魔法魔術学校学校長、アルバス・ダンブルドアその人の姿だった。

 




息抜き回。続きは明後日の夜か明々後日の夜に更新したい →やっぱりだいぶ遅れます、すみません

・イギリスのティーショップで昼食にがっつりシチューみたいなものを食べられるかよく分からなかったのですが、違ったら日本の喫茶店みたいな感じということでご容赦ください

・「未成年の周囲での魔法を嗅ぎ出す呪文」に関する作中の描写のすべてに整合性をつけることは困難ですが、いちおう「五巻でグリモールドプレイス12番地が魔法省にバレてない」のは「そもそもブラック家(や純血の家)には必要がないから検知できないようになっている」とかの妄想設定で補完できるかもしれまん(単に「オリオン・ブラックやダンブルドアの保護魔法が強力」とも取れます)。
(五巻での「ダーズリー家からグリモールド・プレイスまでの移動」、四巻での「リトル・ハングルトンの墓地でのヴォルデモート対ハリー」、六巻での「不審な未成年が近くにいることが判明しているはずなのに、モーフィンがリドルに殺人の冤罪を着せられたこと」など色々厳しいものはありますが、「リドルやダンブルドアクラスになると『臭い』を誤魔化せる、七巻ムーディレベルだとキツい」で強引に決着を付けられるかもしれません)
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