スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会)   作:非魔法族

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昨日の続きです


第4話 休暇 (6)談話室は清純の場 ″

「――だからこそ、当然、そんなあなたが、ヒトでなしやら他寮のはみ出し者やらなんやらと杖を交えて仲良くしてるなんて場面は、私達が間違っても目撃することはありませんよね」

 

 ジェマの背筋が凍り付いた。一年生の頃から、そして今もなお、寮の垣根の無い秘密の決闘クラブに参加しているということは、マグル生まれのセラやクリアウォーターなどと魔法戦闘の練習をしているということは、純血主義者の誰にも、絶対知られてはいけないことだった。とりわけ目の前の、マグル生まれを獣と思っているようなスリザリン監督生には。ただの鎌かけだろうか。あるいは、仮になにか知っていたとしても、暴露しない以上は、含みがあるのかもしれない。

 

「何のことなのか、分かりませんけれど。……ただ仮に、私がそんなことをするとすれば。その動機は、その連中と馴れ合うためではなく、魔女としてより成長するためでしょう。いずれ自らに向けられるかどうかも考えずに気前よく力を貸してくれる者達から、血や寮やらを言い分に避けるのは損だと思います、利己的なスリザリンとはいえません」

 

 ジェマは声を平静に保ちながら、ロウルにのみ聞こえるであろう声で呟く。嘘は言っていない――特にグリフィンドールのジョンソンなどとは絶対に馴れ合うつもりはないしあいつは一刻も早く退学になってほしい。ロウルは柔らかく囁く。

 

「そうでしょうね、分かっていますよ。『血を裏切る』つもりだとは思っていません。あなたは入学した頃から向上心がとても旺盛でしたものね。『力』を得るため奪い返すためなら、ひととき身を穢すのもいとわない――私にはとても真似できませんが、それも立派なスリザリンのありかたなのでしょう」

 

 危機の最高潮が過ぎたのを感じて初めて、ロウルの容貌(かお)肢体(からだ)――日頃寮中の欲望と羨望を集める――が、ジェマに触れていることに気づかされた。横目でうかがうと、頬のきめ細かい白い肌が視界に入る。化粧は一切ムラがなく薄く施されている。この女に、私は勝てる気がしない。なおもロウルの吐息が耳をくすぐる。

 

「いまのスリザリンの純血に、あなたより優秀な魔法使いがロクにいないことこそ恥です。一年の頃から私をもっと頼ってくれなかったのはいたく残念ですが、万が一よりにもよってあのヒトでなし達を頼っていたのだとしたら無念ですが――今更それは構いません。私はこれからも、あなたがどう自由に過ごしても気にしませんわ。……ああ、私とあなたの会話には『遮音呪文』をかけさせていたので、ご心配なく」

 

 ジェマが別の方向をみると、ロウルの侍女が座ったままテーブルの下で杖を携えているのが見えた。無表情のままだが、心なしか、視線が強く鋭く感じられる。目をそらす。

 

「スリザリンは一枚岩でない方が良いかもしれませんし――私や七年生は卒業してしまいますが、マルフォイ家もノット家もカロー家もグリーングラス家も、今年は次々に優秀な純血の跡取りが入学してきたことですし」

 

 ジェマは唇を噛む。

 仮にロウルが、ジェマの行動や人間関係をある程度――完全にではないはずだが――見抜いていたのだとしたら。あえて放置を決めている。寮のガス抜きのためか、あるいはジェマが今の寮の秩序に対する真の脅威になりえないためか。

 そしてロウルの言葉を否定できない。ロウルやフリントなどの、純血の有力な派閥が来年いなくなったところで。ジェマ自身がスリザリンの長たりえる力を持っている自信は無い。今年入学したマルフォイ家の継嗣は、未だ寮内の多数の上級生を従えるほどの権力を持ってはいないが、それも時間の問題だろう。

(いくらマルフォイ家の人間といえど、さすがに七年生のロウル家の長女やフリント家の長男を差し置いて寮を統率せんとするつもりはないとみえ、両者ともに敬意を払う姿勢を取っているが、既に下級生を中心に多大な影響力を持っている――いつでも杖を振るえば黙らせられる実力差がこちらにあると思えば気が楽だが、そうすればジェマの両親がマルフォイ卿に永久に黙らされることになる。ノット家の長男やカローの双子やグリーングラス家の令嬢はあまりこの手のことに関心がなさそうだし、ジェマと友好的な関係を持っているが、ジェマが彼らを差し置くことにどれほど多くの者が快く思うかは分からない)

 現状までジェマが上り詰められたということだけでも、御の字なのか。ジェマの口惜しさをよそに、ロウルはジェマにもたれかかるのをやめて体を離すと、何事もなかったかのように椅子に座った。

 

 

「失礼。疲労で少々目まいを起こしてしまったようです。体調の管理には努めているつもりでしたのに。お恥ずかしい限りです。ジェマにもお詫び申し上げます」

 

 そして堂々と(うそぶ)く。説明が納得できるものである必要はない。目まいを起こしただけとロウルが言ったのだから、周囲はそう受け止めるべきなのである。

 無論、今の二分間の不自然な静寂の中で、二人の間に何らかのやり取りがあったことは明らかである。観衆の前でそれを行う目的は、「ジェマがフリントよりはロウルの派閥に近しいことと、ジェマとロウルに明確な上下関係があること」を周囲に改めて示すため、ということも当然明らか。

 ジェマもあわせて口を開く。

 

「とんでもありません、首席の務めや試験勉強でお疲れでしょうから、お大事になさってください。……しかしミス・ロウル、面倒ごとを私に押し付けるなんて、手厳しいですよ」

 

「ごめんなさいね。あなたを信用していましたけれど、監督生になったばかりのあなたが、しっかり役目を果たせるのかを、知りたかっただけですの。たかが場の雰囲気に負けて、誰に密告されるかも分からない場所で、下劣な行いに加担しようなど。狡知と高貴の寮を統率するに全くふさわしくないですものね」

 

 ロウルがフリントを見て首を傾げる。フリントの目が細められた。

 

「ふん。フレヤ・ロウルもジェマ・ファーレイも、スリザリンの監督生は腰抜け揃いか。嘆かわしいな」

 

「それらにわざわざ関わり合って、呪いや暴言でもって自らの心を堕する(ほう)が、理解できません。誇り高き『純血』とは思えません」

 

 ロウルはほかにも、誰に対してであれ暴力や虐めを嫌う姿勢、規則破り(がバレること)を許さない姿勢、試験における不正を禁ずる姿勢を貫いている。ともすればハッフルパフ的とまでいえる、その「優等生」的な姿勢を、疎ましく息苦しく思う者も少なくない――だから暴力や規則破りや不正を好む連中は、ロウルの敷く秩序から逃れるために、たいていフリントの派閥に近しい派閥に身を置く。

 

「ふん、どの口が。それが本心ならば、俺に言うより先に、お前の()()()()()同じことを言ったらどうだ。お前の父上は、『穢れた血』やマグルどもに指一本触れなかったのか?」

 

「……それはフリント家からロウル家への侮辱ととらえてもよろしくて?父はただの一度も、ウィゼンガモットで有罪判決を受けていません。――それに私は父から、秩序のもとでは、秩序を乱さないように生きろ、と教えを受けています。今はヒトでなしを排除して世を清めろ、という『秩序』が敷かれているわけではありません。ヒトでなしであれヒトであれ、二足で歩くものを杖で傷つけてはいけないという『秩序』です。そうであれば、それらにあえて杖を向けて近づく道理はありません。私は秩序と倫理に従うのみです」

 

 いや、だからといって、フリントに近い者が、皆が皆ろくでもない連中というわけではない。フリント家は死喰い人の疑惑などの、黒い話は特にない。一方でロウル家には、数々の不気味な後ろ暗い噂が付きまとっているから、フレヤ・ロウル自身があくまで高潔な優等生然としていることも手伝って、彼女を訝しみ距離を置く者も少なくない。

 そういうわけで、今のスリザリン寮は、ロウルの派閥とフリントの派閥の二つが最大の派閥として君臨している状況にある。ジェマは今のところ、寮内でも発言力ある者の一角として、どちらにも目をつけられることなく、取り込まれることもなく、ある程度好きに振舞っていられるが、自らの派閥の力はごく小さい。

(ジェマ自身が、血の濃さだのなんだのに内心まるで関心が無いのだから、ジェマを慕う者は、スリザリンで傍流にあたる者が多くなるのは当然だ。マグルの祖母や父を持つような者――それも「より強い者の庇護」ではなく「より自由な呼吸」を求めるような者だとか)

 この両者は日ごろは対立していないが、今日は少々険悪にすぎる。フリントの挑発で再び不穏になる空気を散らすかのように、ジェマも溜息をついてロウルの発言にかぶせる。

 

「分かっていてわざと言ってるんでしょうけれど、ミスター・フリント。監督生の権限を越えたところで、後で責任を被って損をするのは私やミス・ロウルだけで馬鹿みたいじゃない。それが不満なら個々人で決闘でもなんでも勝手にやってください」

 

 ジェマは談話室の扉を指さす。彼らが本当に外に出ていくとも思えないので言ったが、セラは呆れと苛立ちが混じった様子で肩をすくめた。

 

「さっさと寝かせてほしいところですが。決闘ごっこなら、付き合っても良いですよ。体も温まるし」

 

「下級生の『穢れた血』に決闘を挑むほど、落ちぶれちゃいない」

 

 フリントはせせら笑った。

 

「……内容だけなら言い訳の印象を与えかねない台詞を、威厳を一切損なわないままに唱えるとは、さすがは高貴な生まれと育ちが成せる技巧ですね」

 

 セラの皮肉は、しかし飽くまで慎重な調子であり、フリントの台詞の返答として期待されるべき挑発の範疇に収まっていた。

 彼女自身、互いの力を測りかねているのだろう。セラは確かに魔法戦闘の腕が非常に優れている。くわえて今は平和な時代だから、そもそも腕を磨こうとするスリザリン生は少ない。だから、並のスリザリン生相手では、複数に囲まれようと、背後から不意打ちされようと、セラは一蹴できる。しかしそれでも、セラはホグワーツ生で最強というわけではない。少なくともジェマ自身は、セラにいつも勝てないというわけではない。そしてジェマが決闘を挑む自信のない者が談話室にいるとすれば、ヴァルカン・フリントはその一人だ。

 

「たしかに貴方の仰る通りなのでしょう。元々条件がフェアではありませんね。仮に貴方が私に胸を貸したところで。貴方は勝っても何の栄誉も利益も得られず、さりとて負ければ、貴方が失うものは、私が負けて失うものより遥かに大きい」

 

 セラの言う通り、純血旧家の人間が、三学年も下の「穢れた血」に、正面から決闘を挑んで万一敗れようものなら、もしくは背後から呪いをかけようとして万一返り討ちにされようものなら、失うものがあまりに大きい。一方で、下級生の劣等種に勝利したところで何の自慢にもならないし、そもそもセラ・ストーリーに確実に勝てる自信もない。――ほぼすべての六年生や七年生がセラと接触しようとしない理由の一つは、ジェマの考える限りはそれだろう。多くの純血主義者は、この図に乗った穢れた魔女は早く誰かに叩きのめされて身の程を思い知らされるべきだと考えているだろうが、その「誰か」は少なくとも自分ではないとも考えているだろう。

 

「なんでも決闘で雌雄を決するような、そんな野蛮な時代ではないだろう。魔法戦争は終わった。力ある者はいかに勢力を増やして固めるか、力なき者はいかに強者の庇護を得るか。それが賢い蛇の在り方だ。個は集団に勝てない」

 

 フリントが唇を歪めて紡いだ言葉は、しかし正論といえた。暴力が幅を利かせる時代は終わった。スリザリン寮も今は、腕が優れれば直ちに「上」に行けるというような空気ではない。

 

「お前も、ここの全員を敵に回して勝てるとうそぶくほど、愚かではないだろう?」

 

「ええ、そうですね。せいぜい四、五人を同時に相手取るのが限界でしょう」

 

 幾人もの上級生が額に青筋を浮かべ、ローブの裾に手を伸ばした。セラは気にせず続ける。

 

「それともまさか、この場の全員で私を袋叩きにしようとするほど、『純血』様のプライドがないわけではないでしょう?そこまでしなければ、非魔法族出身の一人にさえ勝つ自信が無いわけではないでしょう?」

 

「どんな手段を用いようと、勝てば良い。それが蛇の信条だ。勝利こそ誇れるものだ」

 

 セラの皮肉を意に介さず、フリントは平然と言い放った。

 

「たしかに、『穢れた血』一匹二匹、集団でかかる価値もないが。我々がそういう態度に出ないのは、誇りの問題というよりむしろ、慈悲の問題だ。お前が今ここで、我ら純血の憩いの場に入り込んで、純血と同じ空気を吸うことが許されているのは、単に我々の慈悲だということを忘れるな」

 

 どこまでも傲然に言うと、ふと彼は上の空を見つめ、自嘲気味に吐き捨てた。

 

「それに――たとえ魔法戦闘が多少強かったところで、結局のところ上には上がいる。個は集団に勝てないとつまらない常識を口走ってしまったが、非常識の存在を忘れていたな。強者を2ダース3ダース相手どろうと、一顧だにせずねじ伏せる()()()()()がな」

 

 ヴァルカン・フリントの台詞で、談話室の上級生の数人が凍り付いた。紅茶のカップを持ち上げたロウルの右手も、ふいにぴたりと止まり、慣性のままに躍り上がった飛沫が、ロウルの従者の杖によって即座に消された。

 

「……これは善意の忠告だが、結局、我々の持つ力というのは、そういった本物の強者に気に入られるための指標になる役割しか果たさない。むろん気に入られなければ、精々、強者から逃げて隠れる役割しか果たさない」

 

 

 誰にとっても言うまでもないが、彼の言う「本物の強者」は、明らかに特定の魔法使い達を指していた。

 

 その名はまずは、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア。スリザリンの憎むべき敵。マーリン勲章勲一等・大魔法使い・最上級独立魔法使い(スプリーム・マグワンプ)魔法戦士隊長(チーフ・ワーロック)・ウィゼンガモット首席魔法戦士・国際魔法使い連盟議長・ホグワーツ魔法魔術学校学校長の数々の称号と地位を(ほしいまま)にする、英国魔法界に一世紀を越えて君臨する忌まわしき老人。

 

 そして何よりも、「()()()()()()()()()()()()()()」。

 

「例のあの人」が消息を絶ったのは、わずか十年前。「例のあの人」在りし日の記憶は、最上級生にとっては生々しく焼き付いている。そして何人かは、実際に「あの人」を()()可能性がある。今のホグワーツ生の中で、「例のあの人」がなぜ()()()()()()()()()()()とまで呼ばれるのかを誰より正確に認識しているのは彼らだろう。支持者や協力者でもなければ、「あの人」と相対して無事に生き残るなど、どだい無理だったのだから。

 

 だからこそ。普段の談話室において、「あの人」の話題をおくびにも出す者は誰もいない。自らの家が「あの人」と密接に関わりがあったとちらつかせることは、不利益でしかないから、という打算的な理由ではなく。むしろもっと本能的で感情的な理由で。

 

 フリントは寮の禁忌(タブー)を侵した空気を吸いながら、笑う。

 

「――話を戻すが、そもそも、魔法の力の優劣は決闘だけで測れるものではないだろう?高度な呪いは、生徒同士のお遊びの決闘などは、常識的に使えないだろう」

 

 思わせぶりに言うと、フリントは杖をゆっくりと取り出して上に向けた。

 

闇よ熾きよ(ラーワ・インセンディオ)

 

不吉な詠唱とともに、彼の太く短い杖から、禍々しい赤黒い炎と熱風とが噴き出し、ドラゴンの形をとった。ドラゴンは威嚇の咆哮を上げ、談話室の天井を旋回し、弾けて消えた。

 ジェマもセラも声色を変えた。

 

「……あなた正気?」

「……使って良いわけがないじゃないか、一歩間違えれば何十人も死ぬ」

 

 フリントの(まじな)いを見て、スリザリンの寮内を流れるバカバカしい噂の一つがジェマの脳裏をよぎった。――「ヴァルカン・フリントは、『悪霊の火(フィエンドファイヤ)』を()()()()()

 悪霊の火とは、あらゆるものを焼き尽くす地獄の業火。一人の魔法使いが杖を振るだけで行使できる魔法の中では、最高級の破壊力を持つ。この呪いの真に悪辣な点は、最上級の闇の魔術にもかかわらず、「習得して行使する」だけなら、ホグワーツ上級生であっても、力の優れたものならば十分可能であるという点である。しかしよほど力が無ければ、術者は暴れ狂う炎に喰らわれ自滅する。この呪いを正しく制御するには困難を極める。

 フリントは自らに注がれる畏怖の視線を、満足気に見渡した。

 

「ああ、もちろん、学校で『穢れた血』の火あぶりパーティをやるつもりはない。俺がそこまで馬鹿だと思うのか?常識的には使えないと言っただろう」

 

 そして彼はセラに顔を向けてせせら笑う。

 

「……まさかとは思うが、こんなのが本物の『悪霊の火』だとは思ってないだろうな?これは飽くまで、ただの虚仮脅し、無害な『お化けの種火(ボギーエンバー)』だ。紙一枚すら焼けない代物だ。常識だろう?パーティの余興で見たことが一度もないのか?」

 

 宙の一点を見た後、大袈裟に手を打つ。

 

「………ああ、『穢れた血』にはそんな機会があるわけがないな。分かり切ったことを聞いて、すまない」

 

 フリントがわざとらしく会釈をし、周囲に忍び笑いが広がる。彼が本当に「悪霊の火」を制御できるほどの能力を持つのかは、周囲の者にとって問題ではない。高度な呪いを「使えるかもしれない」と思わせるだけで、周囲を畏怖させるには十分。

 

「しかしファーレイ、まさかお前は怯えてはいまい。お前も『お化けの種火』を見たことが無かったのか?お前はああいうこけおどしの類の呪いをよくグリフィンドール連中にけしかけているだろう」

 

 ……そういえば、純血達のパーティでは派手な魔法を魅せるようなこともあると聞いたことがあった。ジェマはもちろん、幼少期にはそんなものにお呼ばれする機会はなかった。平然とした表情をなんとか保つ。

 

「……あんな風に自分の力を遠回しにちらつかせるのが悪趣味だと思っただけ」

 

「そう無理に強がっても可愛げがないな。……まあ、社交の場に出たことがないというのは、お前も同じだったか、ファーレイ。少しはしおらしくして、良いところに嫁に行けると良いな。もう手遅れかもしれないが。手遅れだったら、(めかけ)に迎えても良いが」

 

「あなたに心配される筋合いはない、ミスター・フリント」

 

 忍び笑いが広がる前に、ジェマは声を低く凍り付かせて言った。

(ジェマと学年の近いスリザリン生には残念ながら、彼女の興味を惹くような生徒はほとんどいない。いたところで、二回もデートすればこちらを尊重しそうもないタイプと分かって冷める。三年にセドリック・ディゴリーが一人いるぶん、ハッフルパフの男子の方がマシかもしれない。むろん、仮に彼とのロマンスが始まることがあれば、無数の女子生徒からの殺意を一身に引き受けることになるのだろうが)

 

 そしてしばらく黙っていたロウルが、口を開いた。

 

「一理あるかもしれませんね。闇の帝王は、お隠れになってしまわれた。『闇の魔術に対する防衛術』も、『闇の魔術』も、たとえ修練したところで、さして意味のある時代ではないのかもしれません」

 

 ロウルは滑らかに黄金色の杖を取り出すと、天井に掲げた。フリントに支配されていた場の注目が、再びロウルの手に移る。そして目を(つむ)り、歌うように唱える。

 

光よ流れよ(ルーモス・フルーエ)

 

 細く長い杖先に、緑の光が灯る。煌々と明るさを増してゆき、突如、眼もくらむような緑の閃光が六条、天井に向けて放たれた。光は天井を這うように四方へ広がり、壁に流れ床に伝わり、広大な談話室全体を、昼間のように明るく、緑一色に包む。ロウルが再び杖を振ると、緑色の光はすべて流れ落ちて、飛沫(しぶき)をあげる奔流となって渦を巻きながら彼女の足下に溜まり、そしてするする杖先に吸い上げられ、すべての光が杖に呑まれると、談話室にもとの仄暗さが戻った。杖を仕舞い、彼女は口元に薄く笑みを浮かべた。

 

「上の世代とは違って私達は幸いにも、卒業後に同胞と殺し合いを演ずることにはなりませんしね。殺し合いの場で飛び交う危険な呪いは、当然必要ありません。淑やかにつましく暮らしていれば済みます」

 

 一年生の九月に教わる「光よ(ルーモス)」のただの変種。そのはずなのに、ロウルの言葉が再び響くまで、談話室にいる誰もが動きを止めていた。今の曲芸に要求されるであろう莫大な魔力と高度な技術に畏怖させられたから、という以前に、緑色の閃光は――この色の閃光を伴う呪いは「ナメクジ喰らえ」など数々あるが――何よりもまず、「死の呪い(アバダ・ケダブラ)」という名の禁術を想起させるからだ。

 

 ――ロウル家では、庭小人(ノーム)やドクシーの駆除に死の呪い(アバダ・ケダブラ)を用いるらしい――

 ――フレヤの父ソーフィン・ロウル氏が死喰い人の嫌疑から解放されたのは、犯罪現場の目撃者をすべてその場で死の呪い(アバダ・ケダブラ)で仕留めて証拠が残らなかったから――

 

 ジェマはふと、スリザリン寮でまことしやかに囁かれるバカバカしい噂を思い出す。「死の呪い」は、ヒトのみならず大概の魔法生物も一撃で(ほふ)ることのできる呪いであるが、習得が非常に難しいばかりか、莫大な魔力も必要になる。そのためたかが逃げ惑う庭小人ごときのために、数十発も「死の呪い」を打つというのはあまりに燃費が悪いのだが、しかしロウルを見ているとあながち与太話とも――。魔法族の家で使われた呪文は魔法省に検知されないし。

(まあ、少なくとも、後者の与太話は、死の呪いを瞬時に連射できるはずもないという点にたとえ目をつぶろうとも、そもそも目撃者がいないのなら噂が流れようはずもないという点が致命的だ)

 

 ロウルが静かに紅茶を啜り、場の空気が色を取り戻してゆく。フリントとロウルの術を見たことで、談話室の一部はセラに嘲笑と挑発の眼差しを送る。さながらグリフィンの威を借るニーズルだ。

 

「――さすがはホグワーツ七年生、お二方ともお見事です。たしかに私は、高度な呪いを使うことはできません。私の家には闇の魔術の書物はありませんし、図書館の禁書も未だ手に取ることが許されない学年です。夏休みに堂々と法を破って家で魔法を練習して、皆さんに必死に追いつくこともできませんし――もちろん、皆さんがそんなことをしているとは思わないですが」

 

 セラは皮肉たっぷりに言うと、ローブから自らのイチイの杖を取り出した。同時にロウルの背後の侍女が立ち上がったが、ロウルはセラを見つめたまま、片手で合図を送って侍女を座らせる。

 

「とはいえ、曲芸を披露しあうのなら私も参加できそうです。これはたしかに魔法の力を測るのにうってつけですね。校則違反もになりませんし、怪我をする心配もないですし」

 

 セラは深呼吸をすると、誰も座っていない近くの椅子を計三脚、脇に呼び寄せ、三度ずつ叩く。椅子はいったん緑色の大蛇に転じたかと思うと、皮が破れて裂け、談話室の天井に届かんばかりの巨大な生き物に変成する。奇妙な大トカゲ――たしかこれは、マグルの空想のドラゴン、「嗅竜(ライナソー)」といったか。セラが前にそう言っていた気がする。

(マグルは不可解にも。()()()ウェールズにドラゴンが生息しているという話はお伽噺だと思い込む癖に、人が現れる()()()の大地には、火も噴かないドラゴンがうじゃうじゃ闊歩していて、その子孫が()()()()()()()()()()()(わし)()()()()なんて話を、本気で信じ込んでいるらしい)

 竜は天井に向けて咆哮を上げ、口から赤黒い炎を噴き出す、炎は流体へと転じて落ち、竜の頭から全身を包み込む。竜の体を包み込んだ流体は緑色のまばゆい光を放ちながら縮み、やがて元の椅子へと戻った。

 そしてセラは一礼をし、杖をローブに仕舞った。談話室は静寂のまま。たしかにブーイングを飛ばせないレベルの曲芸だ。変身術の授業では、五年生であっても、鳥をグラスに変えたりネズミを「消失」させたりといった課題が精々で、ふくろう試験もその難易度を大きく超えない。それでもボリュームゾーンの生徒にとっては、「E・良」を取って翌年の上級クラスを受講する権利を勝ち取ろうと思えば、多大な努力を要する(ただし上位層はとっくに七年生以上のレベルの術を習得しているし、もちろんジェマも、今ふくろう試験を受けても「O・優」を取れると確信している。いや、四年生の今頃……のさらに一ヶ月に受けても取れているはず)。杖魔法の素養も練習量も卓越していることを否応なしに知らしめる、純血主義者達へのこの上ない嫌がらせ。

 このように七年生達と張り合うのが、しかも先の二人の例を踏襲した魔法を見せるのがスリザリンとして賢明なのかどうかはジェマには分からない。とはいえ何もせず引き下がるのも賢明ではなかったかもしれない。とりわけ一年生のシム・スオウを庇護する役目があるとなれば、なおのこと、力を誇示して舐められないようにするのがセラの生存戦略なのかもしれない。

 

 談話室の沈黙を破るように、ホグワーツ首席は手を三度叩く。自身の力を把握しているがゆえの、余裕に溢れる態度で。

 

「ヒトでなしの癖に、杖の扱いがまた随分と上手くなったのね」

 

 称賛一転、ロウルは心からの侮蔑の眼差しを送る。

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかしら。……つくづくお前達はおぞましいことをするのですね。その子は本当なら今頃、お前よりずっと素晴らしい魔法使いになっていたでしょうに」

 




モブ上級生女子の姓をパーキンソンかブルストロードかカローかジャグソンあたりで悩んでロウルにしたところモブ感が消えてハイパー魔力令嬢になった。「ナメクジ食らえ」が緑色の閃光なの絶対意味が無いと思いますがなんか面白いです
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