スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会)   作:非魔法族

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昨日と一昨日の続きです。


第4話 休暇 (7)清純は正準

「マグルの癖に、杖の扱いがまた随分と上手くなったのね。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかしら」

 

 称賛一点、ロウルは心からの軽蔑に満ちた視線を送る。

 

「つくづくおぞましいことをするのね。その子は本当なら今頃、お前よりずっと素晴らしい魔法使いになっていたでしょうに」

 

 

 ★

 

 

 純血主義の信念では、「穢れた血」は「純血」より魔法の力も技も遥かに劣る。しかし現実には、目の前のセラ・ストーリーのように、マグル生まれの中にも卓越した魔法使いはたしかに存在する。では、その矛盾を純血主義者はどのように解消するか。一つの方法は、単に見て見ぬふりをする。また一つには、たまにはそういう例外もいると受け流す。また一つには、実力を過大に見せかけているだけと信ずる。あるいは一つには、魔法の猿真似は上手くとも、下等なマグルの風習と文化に染まっていて、教養も品性もなく人間として劣っていると断ずる。――そして一つには、()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()と本気で考え嫌悪する。

 

 そもそも純血主義者にとっては、マグル生まれは魔法使いではない。マグルの両親から生まれるのはマグルに過ぎない。スクイブの子から数世代を経て魔法の力が発現するなど、起こりえない。

 であれば、マグルなのに、我が物顔で杖を操る者達は一体何なのか。

 魔法の力を、何らかの不当な方法で魔法族から「強奪した」マグルなのだ。

 そうであれば、強力な「穢れた血」が稀に現れるのも、有り得ないことではない。それだけ強力な魔法使いから奪ったということなのだから。そんな奴らはただの「穢れた血」より、なおのこと罪深い。

 当然、マグル生まれにとっては、まったく身に覚えのないことである。すぐにでも反論や疑問が多数生じる。シムは衝撃むきだしの様子でロウルに声を張った。

 

「なんでそんな……『奪った』なんてことを言うのですか?おかしいでしょう?」

 

 

 ★

 

 

 ジェマは二年前のちょうど今頃のことを思い出す。あの頃のセラは、シーナ・シンクレアとソフィア・ソールズベリーが卒業して間もなかったため、虐めのターゲットとして狙われ、返り討ちにする、ということが頻発した。セラがスリザリン談話室の近くの廊下(暗く細い道が入り組んでおり、虐めにはかなり向いている)で、上級生数人を吹き飛ばしたところに、ちょうどジェマも、侍女を従えたロウルも、通りがかったのだ。

 その上級生達はロウルにそれなりに近しい者であり、ジェマはセラの今後の身を案じた。しかしロウルは倒れている者達を嫌悪の目で一瞥すると、特に何もしようとせず、セラに視線を移し、今と同じようなセリフを吐き捨てるのみだった。セラは訳の分からないといった表情で、必死にロウルに問いかけるのだった。今のシムと、ちょうど同じような内容を。

 

「そもそも魔法の力を強奪するなんてことができるのですか?いったいどうやって?」

――お前達ヒトでなし自身がよく知っておいででしょう?私達魔法族(ヒト)には計り知れませんし、想像すらしたくありません。どうせ極めて野蛮な方法なのでしょう。ヒトの子どもに陰惨な暴力をふるって再起不能にし、ヒトの血を取り込むと、稀にそのような不運も起こってしまうのでしょう。

 

「魔法の力がそんな簡単に奪えてしまうのなら、『魔法族を親に持ちながら魔法の力を持たない』人たちの存在は、どうやって説明できるのですか?」

――出来損ないのスクイブといえど、お前達とは違って最低限の矜持は、魔法の力を奪わないだけの誇りは持っているのでしょう。あるいはどうあがいても魔法の力を手に入れられないほど、不幸な存在なのかもしれません。いずれにせよ、スクイブが生まれてしまうのは、マグルの血が濃い家の話であって、古い家には関係のないことですが。

 

「……非魔法族の生まれの者も皆、十一歳でホグワーツに入学します。たかだか十歳にも満たないような子供に、そんな『おぞましい暴力』ができるのですか?」

――たかだか十歳に満たないのにそんなことができてしまうほど、残虐だというだけでしょう。

 

「……でも『強い魔法使いの力を奪った』と言っても、十歳にも満たないような子供に力を奪われてしまうような魔法使いは、『強い魔法使い』と言えるのですか?」

――自分が奪っておきながら、その対象をあまつさえ侮辱するというのですか?もちろん大人のヒトには子どものマグルがかなうわけがないでしょう。だからお前達は、幼いヒトの子どもに暴力をふるって奪ったのですよね。

――ヒトとて生まれたときから完成されてはいません。いかに力が強かろうと才能があろうと、幼く、杖を持たず、魔法力の制御がおぼつかない状態では、下劣なマグルの暴力に敗れてしまってもおかしくはありません。……魔女狩りが激しかった頃は、ヒトの子どもが多く犠牲になりました。魔法の力の片鱗をマグルにみられてしまった不幸な子どもは、運が良くて直ちに処刑をされ、運が悪ければ激しい拷問や私刑の末に、魔法の力を制御できなくなり、気の毒にもヒトとしての未来が全く断たれたり、あるいはオブスキュリアルとして凄絶な最後を遂げたりしました。その当時であれば、そんな憐れな子どもから力を奪った悪しきマグルは、自分が魔女として告発され拷問され処刑される、自業自得の末路を辿ったのでしょうけれど。

 

「……いや、そもそも、非魔法族の出身者を代表して言わせてもらえば、暴力で魔法を奪うなんてことをした覚えはないです。普通に暮らしていたら、ある日突然、副校長先生が訪ねてきて、入学許可証を(たずさ)えて、ホグワーツに千年受け継がれる『受け入れ羽根ペン』が『入学名簿』に私の名前を記したのだと仰りました。そしてダイアゴン横丁に行き、イチイの杖を買ってもらいました。杖が私を選んだんです!」

――犯罪者がみな自首して自白するのなら、魔法警察も闇祓いも必要ありませんわ、白々しいですね。ホグワーツの深奥の秘密は知りませんし「入学名簿」の現物を見たこともありませんが、聞くところによれば「入学名簿」には、当人の魔力と両親の魔力の混同を防ぐために、僅かな魔力の兆候を検知したときではなく、強く明確な魔法の力を示したときに初めて、当人の名前が記されるのでしょう?ですから、「入学名簿」に記される以前の幼い子どもから力を奪ってしまえば、図々しくも「入学名簿」に横入りをしてしまえるわけですよね。

――偉大なるフィニアス=ナイジェラス・ブラック校長も、その不正には頭を悩ませたことでしょうが、どうにもしようがありません。これを防ぐために、僅かな魔力の兆候を検知した段階で入学を認めるようにしてしまえば、今度は代わりに、本人の周りにいる両親の魔力と誤認して、スクイブの名を記すことになりかねませんし。あるいはロウェナの仕掛けに修正を加えること自体が困難なのかもしれません。

――そしてお前達が杖を所持していることが、なぜお前達が正しくヒトである証明になると思うのですか?杖の忠誠心が敵へと移ることもあるくらいですから、たとえヒトでなしであろうと、魔法の力を持っていれば、杖が尻尾を振って仕えてしまってもおかしくはないですわ。そしてオリバンダーの一族は、この二千年以上、杖にかけては他の追随を許しませんが、杖以外のことにまるで関心がありません。小鬼(ゴブリン)鬼婆(ハッグ)吸血鬼(ヴァンパイア)に売らないだけの分別はあるのでしょうが、法が禁ずるまでは、ヒトでなしにも純血にも、おかまいなしに杖を売るのでしょう、嘆かわしいことに。……しかし、魔法の繁栄のためには、あの一族には今まで通り、杖を作る技を磨くことにのみ集中してもらう方が良いのでしょう。

 

「……あなた達の言うことが真実なら――非魔法族出身者が、本当にそんなことをしているというのなら、魔法省が野放しにするわけがないでしょう!?私達が嘘をついているというのなら、『真実薬(ベリタセラム)』も『開心術(レジリメンシー)』でも、何でも使えば(つまび)らかになるでしょう!?」

――アルバス・ダンブルドアとその犬どもの影響が。迫害されるヒトよりむしろ迫害するマグルの権利を尊重する輩の影響が未だ強いうちは、無理でしょうね。それに、「真実薬」や「開心術」とて万能ではありません。「閉心術(オクルメンシー)」を習得していなかったとしても、罪悪感で無意識的に心の奥底に押し込めて忘れてしまったような幼少期の記憶には、それらが意味をなさないこともあると聞きます。仮にそうであれば、お前は嘘をついていないのかもしれませんね。自分の非を恥じるだけの心は持っているのかもしれませんね。「忘却呪文(オブリビエイト)」で封じられた記憶を「磔の呪い(クルーシオ)」で呼び覚ますようなこともあると聞きますが――それも今の魔法省が認めるわけはないでしょう。もっとも、いかにヒトでなし相手であれ、私はそんなむごい方法を用いたいと思いませんが。

 

「そんなの――そんなの――それこそ魔女狩りと同じじゃないですか!!拷問から逃れるためにでまかせを言うにきまっている。存在しない記憶を脳みそが捏造してしまうかもしれない」

――?それの何が問題なんですか?そんな記憶は存在しないと、思い込んでいただけなのでしょう?

 

「――なっ――なんて――そんなっ――そんなめちゃくちゃなことを…………あなたはとても賢いんじゃないのか、成績も四年連続で学年一位だってオオニシさんから聞いた!少し自分の頭で考えればおかしいってわかるじゃないか――」

――しかし確かに、お前がひどく残虐な過去を忘れ去って今はさも人間性があるかのようにふるまっているとする仮定は、少々複雑に過ぎるというのも事実です。魔法力を奪うためには、自覚的な暴力が必ず伴うとは限らないかもしれません。何らかの条件が重なれば、劇的な接触なしに魔法力が移動するとか。お前は単にヒトの子供とごくふつうの交流をしていただけだったのかもしれません。……そうであればなおのこと、お前達は人類にとって脅威ですが……。

 

「……それならもう、『奪った』なんて言う必要は無いじゃないですか。もともと魔法の力を持って生まれただけだと思ってくれて良いじゃないですか。それを認められなかったとしても、近くの魔法族の影響で魔法の力が目覚めただけだと思ってくれれば良いじゃないですか」

――犬からヒトが生まれないように、ヒトでないものからヒトは生まれません。魔法の力は、ヒトにしか受け継がれません。

 

「……。教科書にはそんなことは書いてないですが、そんな本がホグワーツ図書館に置いてあるなら、読んでみたいものです。論理が破綻した妄想本を」

――ホグワーツ図書館からは、マグル贔屓には腹立たしい真実が記されたような書物はあの校長が取り除いているはずです。しかし書物に記されているか否かという点についてはそこまで重要でありません。魔法は元来、書物ではなく口伝されるものですし、魔法の秘奥や深淵、真に重要で危険なことについては、今でも変わりません。たとえばホグワーツ校長にはこの城を司る数多(あまた)の強力な魔法が授けられていますが、それが羊皮紙に記されているとでも思うのですか?

 

「……もうそれなら、好き勝手言ったもの勝ちじゃないですか?」

――は?偉大なるサラザール・スリザリンの教えが、千年間、連綿と継がれてきた教えが、好き勝手?組分け帽子の過ちであれ、いやしくもスリザリンの名を呼ばれておきながら、サラザールを愚弄するのですか?ヒトでなしはそこまで恥知らずなのですか?

 

「サラザール・スリザリンが魔法使いとしてあまりに優れていたことは私も疑いませんし、敬意を払いますけど。歴史に名を残す人物の、思想の言動のすべてが今見ても正しいということにはならないでしょう。私はサラザールを崇拝するつもりはありません。それに、ゴドリック・グリフィンドールだけでなく、ロウェナ・レイブンクローもヘルガ・ハッフルパフも、サラザールの思想に賛同しなかったじゃないか」

――それこそ、「歴史に名を残す人物の、思想の言動のすべてが今見ても正しいということにはならないでしょう」。私は当然ゴドリックもロウェナもヘルガも深く尊敬していますが、サラザールの忠言をあの三人が無思慮に退けたことについては、ひどく遺憾に思います。

 

 かくして、いかに理性的な疑問を投げかけようとも、意に介されない。きわめて知的なはずのロウルは、自らの信念にも矛盾にも、少しも顧みようとせず、会話が全く通じない。ロウルの思想からすれば、あくまで義は当人たちにあって、マグル生まれは残忍にも魔法族から力を奪った「悪」なのだ。

 

「…………でも、私は魔法使いです。その前に人間です!私は偶然『魔法の力』を得ただけの、ただの一人の人間です」

――今更腹を立てる気力もありませんが。私達への、杖を持つ誇り高きヒトへの侮辱は、どうかやめなさい。…………あなたの言うことが真実なら、あなたにとってだけでなく、私にとってもどれほど良かったことでしょう。……残念です。

 

「……っ……」

 

 セラが続く言葉を失っているまま、ロウルが悠然と立ち去るのを、ジェマはただ見送るのだった。

 

 

 ★

 

 

 ロウルとの対話を終えた今のシムも、まったく混乱した様子で、言葉を失っていた。純血主義の教義も一枚岩ではないが、ロウルの信ずる、この「『穢れた血』は魔法族から力を不当に『奪った』」教義は。論理が破綻している点にさえ目をつぶれば、最も強力に自らを正当化でき、かつ、マグル生まれの尊厳を根幹から否定するものだ。

 

「そんな――セラが――いままでどれだけ――!」

 

 セラが諦めたように微笑を続ける一方で、シムは顔を赤くしてロウルに食って掛かった。

 

「セラがどれだけ頑張ったか――分かってるんですか――!!!」

 

「知りません。興味もありません。勤勉それ自体を尊ぶのはハッフルパフの流儀です」

 

 ロウルは冷たく返す。

 

「逆にお前は、()()今までどれほど努力を重ねたのか知っているとでも言うのですか」

 

「いやそれは――でもそういうことではなく――セラの努力を、そうやって無いものにして――卑怯な乱暴者呼ばわりするなんて――!!」

 

「シム」

 

 セラも短く言う。微笑んだまま、有無を言わさぬ調子で。

 

「良いんだ。ありがとう」

 

「良くないですよ!こんな風に言われて良いわけが――」

 

「良いんだよ。放っておけば。私も君も、他の三寮の人たちもみんな分かってることだろ。この手の人たちは衰退してゆくだけの運命だって」

 

 セラは表情を変えないまま、滑らかに吐き捨てる。

 

「これ以上お前達と口論したくもないですが」

 

 ロウルは眉をひそめて声を固く張る。

 

「今のを聞き捨てるわけにいきません」

 

「だってそうでしょう、この島に『純血』の一族は――魔法を使えない人の血が混ざってない()()()()()()()()家はいくつあるんですか?自称はさておき、この寮の皆が認める『純血』の家の数は?100?50?それともたった28?とっくにみんな親戚じゃないか。妥協するか、不老長寿にでもならなければ、『純血主義』は続かないでしょう。その割には皆さん、錬金術の勉強も『賢者の石』を盗み出す努力もしていないですよね?」

 

「なぜこの島に限るのですか?」

 

 セラの嘲笑に腹を立てるまでもなく、ロウルは心底不思議そうに首を傾げる。

 

「この星に、同じヒトは沢山いるでしょう。大陸(ヨーロッパ)にも新大陸(アメリカ)にも、七つの大陸のあちこちに。言葉や肌の色が異なっていようと、同じ魔法のわざを操るヒトが。――そもそも、ずっとこの島に根を張っていた一族はそう多くないでしょう。二千年にもわたって住み続けているオリバンダーはむしろ稀有ですし、あの家さえもローマがルーツでしょう。マルフォイ家は中世にフランスから渡って来ましたし、私のロウル家も北方から来ました。この島に身を落ち着けながらアフリカに結婚相手を探しに向かう習わしのシャックルボルトの家はもちろん奇異ではありますが、異なる大地の血を取り入れることも、異なる大地に渡ることも、何ら躊躇うことでは――」

 

「フレヤ・ロウルは卒業旅行ではるばる婿探しに向かうとでも言うのか」 

 

 フリントは愉快そうに茶々を入れた。ロウルは溜息をつく。

 

「言うまでもないことですが、婚姻というものは、私個人の意志ではなく私の家が決めることです。しかし命じられれば私はどこへでも――たとえワンパスキャットが牙むく北米の岩山であろうと、エルンペントが駆けずるアフリカの平原であろうと、カッパが集落を築く極東の川辺であろうと、レシフォールドが忍び寄るメラネシアの熱帯雨林であろうと、喜んで向かいましょう」

 

 眉を上げるフリントに対して、ロウルは自信に満ちて言う。

 

「家と人類の繁栄のためであれば。ヒトでなしからヒトの血と文化を保護するためであれば。その程度の労苦は私は(いと)いません」

 

「まあ、アメリカは最近までマグルとの関わりを禁じていた(ラパポート法の下にあった)から、ここより純血は多く残っていよう。アフリカもアジアも太平洋も、西洋に無い魔法が多くあると聞くし、それを取り入れるのも一興かもしれん。女はここのが一番上等だろうが――」

 

「……非魔法族から隠れ住みながら、非魔法族の出身者を排斥しながら、ですか。いつまでも『国際機密保持法』が破られないと信じたまま。いつまでも非魔法族の文明が未熟だと信じたまま」

 

 そこでセラが静かに言い、ロウルもフリントもゆっくり首を回す。

 

「お前は何を言っている?」

 

「『国際機密保持法』を破ろうとする魔法族の試みは」

 

 ジェマはふと、今のセラは場を穏便におさめて引き下がる冷静さを欠いているのではないかと、嫌な予感を覚えた。セラの表情や声や動作が常に冷静であることは、彼女が喜怒哀楽に乏しい性格であることを意味しない。むしろ逆だ。

 

「誰もが知っているように、ゲラート・グリンデルバルドほどの力を持つ者が悪事を尽くしてさえ、失敗に終わりました。あるいは、『きわめて卓越した杖無し魔法の使い手』という程度の力量で、穏健なことしかしなかったカルロッタ・ピンクストーンであれば言うまでもなく」

 

 首を横に振って、セラは微笑む。

 

「でも、それは昔の話です。じきに限界が来ますよ。魔法族が変わらなくとも、非魔法族はどんどん変わります。そのうち()()()()に『機密保持法』は形無しにされます」

 

「たかがマグルにそんなこと――」

 

「18世紀の終わりにアメリカがラパポート法を制定することになったきっかけは、ドーカス・トゥエルブツリーズという大した力のない魔女ですよ。非魔法族の恋人に、魔法界について洗いざらいべらべら喋って杖を奪われたというだけで。その恋人がたまたま魔法族を心から憎んでいて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というだけで、大事になりました。新聞のニュースが文字通り(new)しかったような時代にさえ」

 

 アメリカはそれ以来、マグルと結婚することも友達になることも禁じたのだと、いつかの「魔法史」の試験で出題された覚えがある(つまり授業でも扱っているはずだが、退屈極まりない「魔法史」の講義は、ジェマも他の全生徒と同様に聞いていない)。

 

「非魔法族の文明がどこまで高度に発達しているのか知っていますか?……片親が非魔法族の人でもなければ、どうせろくに知らないだろうけど。英国の非魔法族は、洞穴(ほらあな)の中で焚火で暖を取りながら、狼煙(のろし)をあげて隣の集落と通信しているわけじゃない。アメリカまですぐに自分の声も表情も届けられる。グリンデルバルドの時代にもそんな技術はあったけれど、今はずっと発達して普及している。……分かりやすく言うと、じきに非魔法族は、『両面鏡』を――いやすべての『両面鏡』と会話をできるような『両面鏡』を()()持つようになるはず」

 

 ジェマはセラの話を聞く度に、今の英国のマグルが、もはや魔法族とそこまで大して変わらない便利な生活を送っているということに驚かされる(ジェマは当然「マグル学」を受講していない。スリザリンであの科目を取るのは自殺行為だし、あと百二十年は生きるつもりでいる)。マグル生まれの生徒の生活水準に大きなギャップがあるという時代では、もはやない。火を熾すわざも、服を清めるわざも、作物を実らせるわざも、病を癒すわざも、物を変形して組み立てるわざも、遠くの人と会話をするわざも、記憶を紙に封じるわざも、空を飛ぶわざも、どんどん進歩しているのだという。魔法なしに高度な文明を築けるなんて、癪であるとか不思議であるとか以前に恐怖を覚える。

 

「……一瞬で何万人も同時に魔法を『目撃』できてしまう時代に、魔法を見た非魔法族に一人一人『忘却呪文』をかけて回るような今のやり方じゃ、魔法を隠しておくのは厳しい。魔法族の家族や政府の首脳以外にも、あっという間に知れ渡ってしまう。作り物の映像とかなんとか言って誤魔化すのは無理がありますよ。『忘却呪文』を広範囲にかけるとか電波に乗せるとかができるようになれば別だけど、多分この国の魔法族はそんな研究を始めようとすらしてないんじゃ――」

 

「意味不明な妄言だが」

 

 フリントは憮然として遮る。

 

「だったら何だというんだ?マグルが我々の存在に気づいたとして」

 

 セラは溜息をついた。

 

「そんなことになれば非魔法界は激震ですよ。その後に、魔法族と非魔法族が手を取り合って生きていけるようになれれば理想だけれど。でも、ほとんどの魔法族にそんな準備はできていないでしょう?そして、()()()()()()()のように、非魔法族を嫌っている魔法族が沢山いるということが非魔法界に広く知れ渡ってしまったら?それどころか、非魔法族を()()()()()()()と知られてしまったら?また()()()()()()()()()()与えてしまうことになるじゃないか。……スリザリン生の非魔法族への憎悪をこれ以上煽りたくはないけれど。残念だけど非魔法族が、『隣人が、魔法という、訳の分からない、自分には持っていない、強力な力を持っている』ことに耐えられる人ばかりだとは限らないと思う」

 

「……マグルが『魔女狩り』を初めると言うなら、制圧して支配するのみだ」

 

「ミスター・フリント、先ほどは()()()()()()()()()()言ってたじゃないか。杖を携えた魔法族一人は銃を携えた非魔法族一人に圧勝できるとしても――魔法族の一万倍も多く非魔法族がこの国に暮らしているんだ。そもそも何で魔法族は『魔女狩り』を経て非魔法族から隠れたんですか?グリンデルバルドはおろか、()()()()()()()()()()非魔法族を掌握できていなかったでしょう!」

 

 躊躇なく寮の禁忌を踏み越えて「あの人」を話題に出し、セラは顎に手を当てる。

 

「そもそもグリンデルバルドや『あの人』が、非魔法族の支配や殺戮をスローガンに旗を掲げたところで、魔法族は一丸とならずに対立した。善悪以前に、多分メリットがそこまで大きくない。……でも反対に、非魔法族が魔法族を支配して使役するメリットも、体をばらばらに解剖して研究するメリットも、()()()()()()()んですよ!私は非魔法族の倫理観を信じたいところですが――しかし、()()()()()()()、非魔法族をヒトではないとみなしているのなら、非魔法族の方も()()()()()()()()()()()みなしてはならない道理はない。残念ですが」

 

「魔法族にとってマグルなど敵ではない!!万が一、仮に、マグルどもが真に魔法族の脅威になると言うのなら、こちらに気づいて『魔女狩り』を始める前に狩れば良い!」

 

「だから『あの人』もグリンデルバルドもなしにそんなことできる自信があるんですか?非魔法族は()()()()()()いるんです。それだけ多くの人たちが、今は一瞬で知識や言葉を伝えあうことができて、だからますます文明は加速していって、魔法みたいなことが次々にできるようになっている!」

 

「数がなんだというんだ、『服従の呪い』も『忘却呪文』も『姿現し』も変身術も魔法薬もマグルはないだろう!」

 

「いくら強力な魔法があっても、魔法界も無傷では済まない、お互いに悲惨なことになってしまう」

 

「じゃあなんだ、まさかお前はマグルが『魔女狩り』を始めたら諦めろとでも言うのか!?」

 

「だからそれならそれで、真面目に『魔女狩り』にどう抵抗するか考えて本気で備えておかないと!そのためにもまず彼らが魔法も使えない野蛮な猿という認識を改めて()()()把握しておかなければ、非魔法族と手を取り合って『魔女狩り』を防ぐのも、『魔女狩り』が起こってしまった後に抵抗をするのも難しくなります。……要するに私が言いたいことは、非魔法族を理解するべきだ、そして尊重するべきだ、それが()()()()()()だ、ということです」

 

 セラとフリントの舌戦が熱を帯びるにつれ、談話室もざわめきが広がっていたが、セラの言葉で再び静まり返った。フリントは一語一語力をこめてゆっくりと発音する。

 

「……言わせておけば。マグルを理解?尊重?……野蛮なマグルを避けて、気高き魔法族の繁栄を望んだ、サラザールの誇りを汚すとでも?恥さらしが」

 

「彼が何で純血主義を唱えて非魔法族出身者を追い出そうとしたのか知りませんが、本当にそんな目的だったとすれば、非魔法族から魔法族を護るためだったとすれば――なおのことです。私達、非魔法族出身者を排斥するのは、()()()()()。それではサラザールの志は無碍になる」

 

「……は?」

 

 セラの声は再び冷たさを取り戻して響いた。フリントは椅子の肘掛けを握りしめ、怒っているのか笑っているのか呆れているのか分からない顔つきになった。

 

「純血主義者に限らず魔法族の多くは、非魔法族にロクに理解がないし、理解しようとしていない。同等の人間だとも思っていない。――でも私達は非魔法族に理解があるだけでなく、強く接点もある。私もシムも、母も父も親戚も、みんな非魔法族だ。それでいて私達は魔法の力も持っている。だからいつか『機密保持法』が消えたときに、非魔法族出身者の存在は重要になるはずです。私達自身が、非魔法界に対して、『どちらも同じヒト』というメッセージになる。『魔法族と非魔法族の親から生まれた人』も『魔法族の両親から生まれた、魔法力を持たない人』も、同様に重要です」

 

「驕るのも大概に――」

 

「でも、仮に不幸にも、非魔法界とあなた達が対立するようなことになれば。そのときにもあなた方が、私達を迫害するのなら。私達は、『自分をより尊重してくれるところ』に流れますよ。そして非魔法界は()()使()()()()()も得られることになる。……だから、非魔法族の出身者に対する敵意や軽蔑や憎悪は、今のうちに捨てた方が()()()()ですよ」

 

「……裏切るというのか?これまで魔法界にのうのうと居座って恩を受けておきながら?」

 

「裏切るも何も、そっちからすれば端から同胞ではないんだろう?本来の居場所を見つけて安住しにいくというだけだ」

 

 フリントは歯を食いしばり、憤怒もあらわに声を震わせた。

 

「お前は――お前はどこまで図に乗れば――!……我々は今まであまりに寛大になっていたが――いつまでも大きな口を叩けると――城を堂々と歩けると、勘違いするな」

 

「もうけっこう」

 

 ずっと黙っていたロウルが、凍てつく声を張り上げ、右手で談話室の奥を指し示した。声は滑らかだったものの、人差し指の先がわずかに震え、目は煮えたぎっていた。

 

「十分です。侮辱がまだ足りないとは言わせません。寝室に行きなさい。今すぐ」

 

「同じ人間として尊重してほしいとお願いしただけなのですが。それではお休みなさい、良い夢を」

 

 部屋中の憎悪と憤怒の眼差しを相変わらず気にすることなく、セラはわざとらしくお辞儀をすると、背筋を伸ばして談話室を横切ってゆき、シムも横に並んで、二人はそれぞれ女子寮と男子寮に消えていった。

 

 

 ★

 

 

 ロウルは息を長く吐くと、微笑んで、取り巻きを見渡して話し出した。先ほどまでのことが無かったかのように、いたって明るく。

 

「来月のお茶会ですが、趣向を変えて、北塔の六階で開こうと思いますの。一、二年生も広く招待するつもりです。そうですね、十人ほど新たに――」

 

 その声が呼び水となり、スリザリン生たちの多くは、先ほどまでのことが無かったかのように、にぎやかに、それぞれの会話や作業に戻り出した。フリント達は残忍に頬を引きつらせながら、低い声で囁き合っていた。ロウルがジェマに目を向けて声をかけたので、ジェマは注意をロウルに戻した。

 

「――ああ、ジェマ。勉強を中断させてしまっていましたね、ありがとう。あなたも勉強の気分転換をしたいときは、いつでもお茶会に歓迎しますわ」

 

 ジェマは礼を述べて、自分の机へと戻った。椅子に全体重をあずけ、首元の汗を拭いた。三度深呼吸をし、緊張を解く。

 

「……ジェマ、大丈夫?ロウルさんに意地悪とかされてない?」

 

 そして声をかけて寄ってきたルームメイトのジャスミンに笑顔を作ると、明日の遊びの計画について話し始めた。

 友人との交遊についても、勉強やふくろう試験についても、体重やネイルについても、監督生の仕事についても、寮の情勢についても、決闘クラブについても、グリフィンドールの馬鹿達についても、教師についても、可愛がっている寮生達についても。あまりに考えることが多いから、その都度その都度、頭を切り替えねばならない。セラやマグル生まれが少しでも過ごしやすくなるように、自分の思考と行動を毎日少しは割くと、そう二年生の頃から決めているけれども。今日はあまりに疲れたので、今日のあれこれの材料をもとに考えて今後の方針を立てる作業は、いったん明日に回すことにした。明日はまた明日で、考えねばならないこともやらねばならないことも沢山出てくるだろうという当然の予測は、このときは頭から抜けていた。

 




明日はシムとセラの話に戻ります。
この回は秋から構想していたものであり、時勢に応じた意図などが一切ないことを予めおことわりします。

「魔女狩り」
・「魔女狩り」などのマグルの迫害により、魔法族がどれだけ犠牲になったかは定かではありません。三巻冒頭のバチルダ・バグショットの『魔法史』には、「炎凍結術」を使える大人にとっては何も脅威ではなく、わざと何度も捕まって焼かれるふりをして楽しんだ「変わり物のウェリンドン」という者もいた旨が記述されています。
(もっとも、なぜ処刑時に杖を取り上げられていないのか、処刑後にどのように逃げたのかなどの問題も生じるので、深入りする意味はあまりない箇所のようには思えます。この問題については一応、ウェリンドンが「動物もどき」であるとか卓越した「杖無し魔法」の使い手であるとか「炎凍結術」が杖無しで使える程度の簡単な魔法であるとかの設定を付与すれば整合性をとることが可能ではありますが…)

・しかし、魔法族が「国際機密保持法」を制定してマグルから隠遁した要因は魔女狩りですし(魔法族のみならずマグルも保護する目的もありましたが)、寮憑きゴーストの「ほとんど首無しニック」や「太った修道士」は不運な犠牲者の一角ですし、『吟遊詩人ビードルの物語』のアルバス・ダンブルドアのメモからは、魔法族の子供が多数犠牲になった旨が記されてます。

・魔女狩りの被害の記憶は、純血主義のコミュニティでは、他の魔法族のコミュニティと比べ、「積極的に忘却する」か「実情かそれ以上に強く語り継ぐ」だろうと思いますが、この二次創作では、主に後者だとしています。


「マグル生まれは、魔法族から魔法力を窃盗・強奪した」
・七巻で登場するこの思想は、マグル生まれを法の下に弾圧するために魔法省が急遽(「神秘部の近年の調査により判明」として)打ち出した苦肉の理屈で誰も信じていないと最初は思っていましたが、純血主義者には以前から共有されていたドグマだった可能性もあるかと思い、この二次創作では「純血主義者の一部は本気で信じている」としています。

・「マグルが魔法使いから魔法の力を奪う」論はもちろん作中でナンセンスと断じられていますが、少なくとも「マグルの暴力のせいで、魔法の力が制御不能になる」のはアリアナ・ダンブルドアという実例があります。〈サラザール・スリザリンの時代では異端思想だった純血主義やマグル生まれ排斥が、魔女狩り及び国際機密保持法制定を機に高まっていった〉という背景設定も踏まえると、〈「魔法族の幼い子どもが、マグルの暴力のせいで魔法力を適切に制御できなくなる。または魔法力を失う」というケースがこの時代に多発し、このことが「マグル生まれの魔法使い」の存在と結びつけられて、「マグル生まれなのに魔法を使える者は、魔法族から暴力により魔法の力を奪った」と一部で考えられるようになってしまった〉と解釈することも可能かもしれません(書くまでもないですが念のため付記すると、この二次創作は純血思想を一切擁護しません)。

・「受け入れ羽根ペンと入学者名簿」; wizardingworldのThe Quill of Acceptance and the Book of Admittanceの記事
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