スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会)   作:非魔法族

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更新4日目


第4話 休暇 (8)クリスマス

 時は瞬く間に過ぎ、十二月も半ば、クリスマス休暇が目前に迫った。「禁じられた森」は雪に覆われ、湖は凍てついた。城の廊下では息を吐くたびに白い霧ができ、「持ち運びできる火」「温風魔法」「寒さをしばらく忘れる魔法」などはホグワーツ生の必需品だった。地下はいっそうひどく冷え込み、スリザリン生は皆、大広間と談話室を往復する間はほとんど駆け足になっていた。「魔法薬学」の教室ではナイフを持つ手が震えて誰もが材料を刻むので精一杯で、ネビル・ロングボトムは手が滑ってあやうくディーン・トーマスの肩を刻みそうになったし、シェーマス・フィネガンは手が滑って薬を爆発させた。生徒は皆、クリスマス休暇が近づくムードで浮足立っていた。双子のウィーズリーがスネイプを(かたど)った巨大な雪像を校庭に立て、スリザリン以外の三寮の生徒がこぞって落書きをするほどには、浮足立っていた。騒ぎを聞きつけたスリザリン監督生のジェマ・ファーレイが現場に急行すると同時に、グリフィンドール監督生のアンドレア・ジョンソンほか数名が特大の「粉々呪文(レダクト)」を放って雪像スネイプの欠片は美しく宙を舞って散った。

 

「入学してからまだ三ヶ月しか経ってないなんて信じられませんよ。一年半くらい経った気分です」

 

「色々あったからね」

 

 いよいよホグワーツ特急が出発する日の朝、シムはスリザリンの寮からトランクを引き揚げて三階に上がり、スリザード談話室に置きっぱなしになっていた私物をいくらか放り込み、そしてセラと一緒に、再び階段を降りながら大広間へ向かっていくところだった。

 クリスマス休暇では、城に残るかどうかは生徒の選択にゆだねられるが、ほとんどの生徒は、実家へと帰る。マグルの世界で育った生徒であれば、なおのこと生徒も家族も互いの再会を望むものだ。

 しかしもちろん、何事にも例外はある。

 

「セラ。やっと見つけた。今年もクリスマス帰るのかな」

 

 大広間に続く廊下で、巻き毛の女子生徒が二人を見とめて歩いてきた。レイブンクロー監督生の、ペネロピー・クリアウォーターだ。

 

「おはようペニー。もちろん帰るよ。――ああそうか、君は城に残るんだったね、忘れていた」

 

「そうなの」

 

 シムは、ペネロピーが言葉を濁しながら、こちらをちらちら見ていることに気づいた。シムは屈んで靴の紐を解いてきつく結び直すことにした。頭上で二人の小声が聞こえた。

 

「――ここに書いてあるの、お願い。お金はこれで足りるはず」

 

「わかった。だいたい前と同じ感じだね」

 

「無かったら無理に探さなくて良いから」

 

「大丈夫だよ。それじゃ、新学期の最初の土曜に西塔七階の『夕日が綺麗な部屋』で渡す形でも良いかな。久々にゆっくり喋りたいし」 

 

「いつもありがとう。そうしよ、私も色々話したい」

 

「こちらこそ」

 

 もう片方の靴の紐を結び終えたところで、二人の話が終わったと見え、シムは立ち上がった。セラは羊皮紙をローブの裾に滑り込ませていた。

 

「じゃあ、セラ、あとスオウ君も。家族と素敵なクリスマスを」

 

「ペニーも、仲間と楽しいクリスマスを。……あー、といっても、あまりお友達が城に残らないか」

 

 ペネロピーは肩をすくめた。

 

「友達はみんな帰るけれど、ほとんど誰もいない城を独り占めできるのも贅沢なものだと思う。ディナーはとっても豪華だし、先生方もちょっと羽目を外すし、中々に素敵なクリスマス。……あと、そうだね、寮で独りになるとしても、他の寮にも人はいるし、今年のクリスマスはいつもより楽しみなの」

 

 ペネロピーはにこやかに言うと、足取り軽く去っていった。彼女の背中が消えるのを待ってシムは小声で言う。

 

「……他の寮にも人はいるって、クリアウォーターさん、意外にハリー・ポッターのファンとかじゃないですよね?」

 

 マグルに育てられたハリー・ポッターもそのお供のウィーズリーも、クリスマス休暇はホグワーツ城に残るのだという。ドラコ・マルフォイが、嘲笑とともに言っていたのをシムは思い出した。マルフォイはグリフィンドールの生徒を除けば――あるいはグリフィンドールの大半の生徒よりも――ハリー・ポッターの生態について一番詳しく、そしてドラコ・マルフォイは四六時中スリザリン生の前でハリー・ポッターについての情報を吹聴しており、ドラコ・マルフォイの発言を止められる一年生は誰もいないので、自然とスリザリン一年生はハリー・ポッターについて詳しくならざるを得なかった。

 

「…………いや、そうではないだろう」

 

「ですよね。……それで結局、どんな用だったんですか」

 

 セラは、シムの聞きたげな表情を見て答える。

 

「非魔法界で売ってる、細々した品のお使いだよ。彼女はいつも城に残るから、私が代わりに買いにゆくんだ」

 

「なるほど。……あれ、でもレイブンクローにも、マグル生まれの女子はいますよね。それも沢山」

 

 セラは肩をすくめる。

 

「同じ寮の友達だからこそ、頼りにくかったり弱味見せたくなかったりすることもあるんじゃないかな。監督生ならなおさら。私としても、ペネロピーには日ごろ世話になっているから、こういうところで借りを返せるのはありがたいし」

 

「でも、実家に手紙を書いて送ってもらえば済むんじゃないですか。……いや、親に頼みたくないような物だと無理か」

 

「そういう品であろうとなかろうと、実家に手紙を書くことはないよ。家族がいないわけじゃない、今も健在だと聞いている。でも、彼女は絶対に夏休みにしかホグワーツを離れない。家族であれば、クリスマスをお互い心から祝えるというわけではない」

 

 シムは黙り込んだ。

 

「……君も心当たりがあると思うけれど、魔法の才能を持つ子どもは、非魔法族の両親から生まれても、ホグワーツからの手紙が届く前から、なんというか、多かれ少なかれ『普通』じゃない特質を示すだろ。君のご家族はそんなことがないと思うけれど、家族によっては、そんな子を――」

 

 セラは淡々と語った。

 

「――疎ましく思う。あるいは嫌う、憎む、虐める、無視する。ペネロピーは、ただでさえ頭がとっても、家族の誰より良かったから、それも相まって余計に不気味に思われていたみたい。それである日手紙が来て、普通じゃない世界の学校へと消えてしまった。もう互いに距離を縮めるどころではない」

 

「……」

 

 この前の魔法薬学のクラスでドラコ・マルフォイがハリー・ポッターに浴びせていた侮辱が、シムの頭をよぎった。

――かわいそうに。家に帰ってくるなと言われて、クリスマスなのにホグワーツに居残る子がいるんだね――

 

「自分の子どもが『魔法』という、得体の知れない、とてつもない力を持っていて、杖の一振りでなんでもやってしまえて。年が経つたびどんどん知っている我が子じゃなくなる。……虐待は許されないけど、『普通』の家族でなくなってしまうのも仕方のないことなのかな」

 

 セラは遠くを見て呟く。

 

「……やっぱりね。私の母も、私が魔法使いだってわかってから、どうにもよそよそしくなったような気もしてね。もしかしたら変わったのは私の方かもしれないけれど。…………それに私が寮生活で家にいないから、料理を全然しなくなってちゃんとしたものを食べてないみたいだし、休暇のたびにまた痩せてたらと思うと……」

 

 セラはシムの顔を見て、頭を振って苦笑を浮かべた。

 

「……いや、これから帰る君の気分を盛り下げるようなことを言ってもしょうがないね。すまなかった。君のクリスマスはきっと楽しいはずだよ」

 

 セラは明るく言うと、歩きだした。

 

「私も帰ったら、料理を山ほど一緒に作って、母にたくさん食べさせるんだ。あと六百年は健康でいてもらわないと」

 

 シムも苦笑いして言葉を返す。

 

「六百年って、ニコラス・フラメルじゃあるまいし」

 

 そのとき、背後で、重い物が次々に落下する音と、短く鋭い悲鳴とが聞こえた。二人が振り返ると、大きい重たそうなトランクが口を開けて倒れていて、そこから吐き出された何十もの分厚い本が床に散らばっていた。トランクと本の持ち主であるらしい少女は這いつくばって本を拾って入れ始めた。

 

「大丈夫かい?」

 

 セラは呪文を唱えて、本を浮かばせて寄せ、少女がトランクに本を入れるのを手伝った。赤い襟のローブに身を包んだ、豊かなボサボサの栗毛をした一年生だった。山のような本に囲まれたホグワーツ一年生といえば、一人しかいない。グリフィンドールのマグル生まれの優等生、ハーマイオニー・グレンジャーだった。

 

「すみません、手伝ってくださり本当にありがとうござい――」

 

 本をあらかた詰め終わるとグレンジャーはセラに顔を向け、緑色の襟に気づき固まった。

 

「む、どうした、ハーマイオニー?」

 

 荒々しい声が轟いた。廊下の先、大広間の扉から、大男が大きな(もみ)の木を担いでやってきた。いくら小さい廊下であるとはいえ、男の背丈は天井に届かんばかりに高く、横幅も廊下を塞がんばかりに広い。ここまで大きな人間は、ホグワーツには一人しかいない。森番のルビウス・ハグリッドだった。

 

「お前さん達、そこで何をやっちょる!……ああ、お前さんか」

 

 倒れ込む一年生を囲む生徒二人という構図を目にしてハグリッドは眉をひそめたが、セラを見とめてバツの悪そうな顔つきをした。

 

「彼女の本が散らばったので手助けをしてました。……ハグリッドさんこそ、どうしたんですかそれ。飾りつけですか。重くないのですか」

 

「うむ。大広間に持ってきたときには気づかなんだが、どういうわけか、ちっこいボウトラックルが迷子になって紛れ込んでの。無理に剝がしても怖がらせちまうし、ちょっくら森までこのまま担いで、放しに行こうと思ってな。なに、腹ごなしの運動よ」

 

 クリスマスの飾りつけがなされた大きな(もみ)の木は、しかしこの大男でもさすがに重いと見え、ハグリッドはふうふう息を吐いていた。そしてグレンジャーに目を向け、声をかける。

 

「ハーマイオニー、また勉強か。お前さん、クリスマスくらいゆっくり休んだらどうだ、え?……そうだ、それと大広間でパーバティ達が、お前さんがまだ寮から降りてこないって探しとったぞ」

 

「いけない、ありがとうございます」

 

 グレンジャーはハッとして立ち上がり、慌てて本を詰めると、二人とハグリッドに頭を下げて駆けて行った。

 

「じゃ、お前さん達も元気でな」

 

 ハグリッドも振り返って大広間の方にのしのし戻っていった。二人も顔を見合わせたのち、トランクを引きずりながら、大広間――壁の(ひいらぎ)宿木(やどりぎ)(もみ)の木も、教授陣の手で盛大に魔法で飾りつけがなされていてとにかく美しく、たしかに城に残るクリスマスも素敵だろうと思わされる――を通り過ぎ、凍てつく校庭へと繰り出した。校門の前には、馬の無い馬車がいくつも待機していて、それに揺られてホグワーツ特急の駅まで向かう。

 

「九月に入学したときは、ボートで湖を渡っただろう?これからはずっとこの馬車を使うんだよ」 

  

 真紅の汽車が停まる駅は、生徒でごった返し、順に列車へと乗り込んでゆくところだった。セラとゆっくり前に進みながら、列車の扉に近づいたとき、

 

「おーセラ、久しぶりだな!あたし達と一緒に帰ろうぜ!!」

 

 快活な声が響き、赤い襟のローブの、ドレッドヘアの女子生徒がこちらに歩いて来るのが見えた。ペネロピー・クリアウォーター以外にも、セラは他寮に交友関係を持っているであろうことを、シムは忘れていた。シムは素早く思考を巡らせた。セラと、他寮の見知らぬ上級生の女子達に囲まれ、皆に気を遣われる自分の姿を想像する。

 

「セラ、じゃあまた後で」

 

「あ、ちょっと――」

 

 想像して気まずさにいたたまれなくなり、シムは回れ右をして、トランクを引きずり、別な扉から列車に乗り込む。すぐに後悔に襲われる。スリザリン生と目が合わないように、どこのコンパートメントも、空きがない。独りでとぼとぼ歩き続ける。

 

「やあ、シム。ひさしぶり」

 

 カールした黒髪の少年、ハッフルパフ一年生のマグル生まれ、ジャスティン・フィンチ=フレッチリーだった。右手でトランクを引っ張りながら、左手ではコンパートメントの扉を開けて、ちょうど中へ入ろうとしているところのようだった。

 間が悪いところで会ってしまったと思いつつも、シムが挨拶を返すと、ジャスティンは続けざまに言った。

 

「どこも混んでますよね。空きがあって良かった。シム君も一人?」

 

「うん、なかなか空きが見つからなくて、困ってるところ」

 

 気恥ずかしさを覚えつつも、へたに隠し立てする方が惨めに思え、正直に答えた。

 

「じゃあここに来ます?――アーニー、ゴールドスタイン君、まだ席が空いてるし良いかな?」

 

 シムの返事を待たずにジャスティンは中の方を向いて言った。コンパートメントには既に二人の先客がいた。黄色い襟の、小太りの少年が立ち上がり、シムの方をじろじろ見た。彼は眉をひそめながらシムのローブの襟元の緑色をしばし注視し――スリザリンとハッフルパフの関係は良好とはいえない――ジャスティンの顔を見て、再びシムの顔に目を戻した。

 

「ジャスティンの友達なら歓迎さ。アンソニーを呼んだのも、他の寮とかかわる折角の機会を逃さないためだったしね」

 

「俺も構わないよ」

 

 奥に座っていた青い襟のローブを着た少年も短く答えた。

 

「ありがとう」

 

 シムはトランクを引きずりながら、中に入る。独りで列車をさまよう状況から脱せたことに安堵した。

 一つ寮の集団に一人だけ混ざるのはいたたまれないが、ハッフルパフ以外の生徒も混ざっているなら、いくぶん気は楽だ。

 

「僕はハッフルパフのアーニー・マクミラン。よろしく」

 

 アーニーは気取ったように言って右手を差し出した。実のところ、シムは言われる前から彼の名を知っていた。彼はハッフルパフ一年の中心的な人物だったし、マクミラン家が中世以前まで遡れる名門の魔法家系の一つだという話もスリザリンにいれば耳に入る(なお、たとえアーニー・マクミランの魔法族の血がスリザリン生の大半より濃かろうと、ハッフルパフ生という時点で軽蔑に値すると考えるスリザリン生は多い)。

 

「僕はシム・スオウ。よろしく。ジャスティンと同じでマグルの出身だよ」

 

 右手を握り返す。

 

「マグル生まれがスリザリンに入るのは珍しいな」

 

 奥に座ったレイブンクローの少年が、興味深そうに声を上げる。

(スリザリン寮とレイブンクロー寮の関係は、険悪極まりないというわけではない。レイブンクローはハッフルパフよりは遥かにマシと考えているスリザリン生が多いことや、二寮の気質に似通う部分もあることなどが理由だ)

 

「アンソニー・ゴールドスタイン。寮はレイブンクロー」

 

 少年は落ち着いた声で続ける。彼の名もシムは知っていた。レイブンクローと合同になる「薬草学」の授業では、他の生徒が答えられない先生の質問を引き受けるのは大抵、パドマ・パチルかアンソニー・ゴールドスタインの役目だった。

 

「よろしく。今のところマグル生まれは一人しか見かけてないよ。他にもいるかもしれないけど」

 

 シムが溜息をつきながら首を横に振ったとき、背後でバタンと何かが倒れる音が響いた。

 振り返ると、一人の少年が床に倒れ、膝の下には彼のものと思しきトランクが横たわっている、奇妙で滑稽な光景がそこにあった。どうやら自らのトランクに蹴躓(けつまづ)いたらしい。斜めに倒れたことで、通路の半分を遮ってしまっており、少年の後ろでつっかえた上級生達が舌打ちをした。

 

「大丈夫か」

 

 アーニーとジャスティンは慌てて少年を助け起こし、シムもトランクを通路の脇に引き寄せて道を空けた。

 少年は痛そうに顔をしかめながら、「ご、ごめん、ありがとう」と言った。

 

 ジャスティンは声をかけた。

 

「ネビル、君もこのコンパートメント座るかい?」

 

 ネビル・ロングボトムという名の、このオドオドした少年は、尋常ではない頻度で尋常ではない度合のドジを踏むことで有名である。それは魔法薬学と飛行術(スリザリンとグリフィンドールの合同授業)を受けていれば十分明らかであり、スリザリン生の間で笑いものの種だった。嘲笑う者ばかりでなく、純血の面汚しだと憤る者もいた(彼は由緒正しい名門・ロングボトム家の跡継ぎである)。

 

「い、いいのかな、僕なんかがここにいて」

 

 ネビルは、やはりシムの緑色の襟を見て怯えたような顔になり――スリザリンとグリフィンドールの関係は控え目に形容しても最悪である――しかし出て行こうとはしなかった。他のグリフィンドール生が周囲にいないのを見て、ネビルも独りで空いているコンパートメントを探していたのだとシムは察した。彼がグリフィンドール生からいじめられたり邪険にされる光景を見たことはないが、さりとてグリフィンドールの輪の内側で盛り上がっている光景を見たこともない。――陽気なグリフィンドール生達はネビルを迎え入れることも手助けすることも厭わないだろうが、あるいは彼自身が寮の足を引っ張る現状に引け目を感じて距離を置いているのかもしれない。

 

「まあ、いいから早く入れよ」

 

 アーニーはネビルを引き寄せて座らせた。シムは右に詰め、ネビルとアーニーのスペースを取った。

 

「こっちがレイブンクローのアンソニー・ゴールドスタインで、そっちがシム・スオウ。彼はグリフィンドールのネビル・ロングボトム」

 

 アーニーは勝手に互いの紹介を終えて、満足そうにうなずく。

 

「ひとつのコンパートメントに四寮が揃うなんて面白いね。それに、僕とネビルは純血、ジャスティンとスオウはマグル生まれだ。アンソニーは半純血だったっけ?違った?」

 

――いい加減に同級生の男子の知り合いを増やさなければいけない頃合いだったから、丁度良い機会だった。そのうえ、ハッフルパフ一年とレイブンクロー一年の、中心人物と近づけるなんて得をしたじゃないか。

 アーニーの声を聞きながら、シムの心の中で、スリザリン的と呼べそうな一面が囁いた。ネビル・ロングボトムも、まあ、仲良くしておけば今後、良いこともあるかもしれない。

 

「君、マグル生まれなんだ。だからか」

 

 ネビルはきょとんとして、頷いた。「だから魔法薬学のクラスで余って女子のリリー・ムーンと組んだりしているのか」、などと口にしないだけの分別は持っているらしい。

 

「スリザリンは純血しかいないんだと思ってた。どうしてスリザリンに?」

 

「僕も分からないよ。グリフィンドールにはけっこうマグル生まれがいるんだろう?羨ましい限りだよ」

 

「あのハーマイオニー・グレンジャーとかな」

 

 ゴールドスタインも口を挟んだ。学力が重大な意味を持つであろうレイブンクローではとりわけ、意識されないはずがないのだろう。

 

「うん、彼女はいつも点をもらってる。僕がその分減点されちゃってるけどね。……僕も、なんでグリフィンドールに入れたのか分かんないよ。オドオドしてばっかで、失敗してばっかだし……」

 

 まったく同感だと口にしないだけの分別はシムは持っており、さりとて安易に「そんなことないよ」と彼の自虐を否定するわけにもいかず、神妙な表情を保った。

 

「こんな僕にお似合いなのはグリフィンドールなんかじゃなくて――」

 

 そこまで言ったところで、ネビルは今自分がどんなコンパートメントにいるのか気づいたようで、はっとジャスティンの顔を見て慌てて口をつぐんだが、続きを言ったも同然だった。アーニーはさすがに気分を害した様子で口を開いた。

 

「ネビル、君、もしかしてハッフルパフが落ちこぼれのダメな寮だと思ってるのかい?三年のセドリック・ディゴリーを見ればそんなことは言えないよ。ハッフルパフの中のハッフルパフだ。それに七年の監督生のオオニシサンなんかもとっても尊敬できる方だし決闘が強いって噂だし」

 

 ネビルは慌てて言った。

 

「ハッフルパフがダメだなんて、僕、もちろん思ってないよ。僕、組分け帽子にハッフルパフに入れてくれって言ったら、断られちゃったくらいだし。ハッフルパフは素晴らしい寮だよ、あそこと比べたらずっと――」

 

 ネビルはそこではっとシムを見て、再び口をつぐんだ。その様子が面白かったので、「ネビルがレイブンクローに言及しかけてアンソニー・ゴールドスタインの顔を見て口をつぐむ」ところも見たいとシムは感じた。アーニーは気にせず続けた。

 

「それに、去年の卒業生の中には、何年かぶりに『闇祓い(オーラー)』の研修生になった人すらいる。たしかトンクスさんって人。あ、闇祓いってわかるかな、ほら、闇と戦う仕事さ」

 

 誇らしげにアーニーは胸をそらす。侮辱されたと思ったのか、ネビルはふいに顔を歪めて「知ってる」とだけぽつりと言って黙り込んだ。アーニーは気にせず続ける。

 

「ともかく、ハッフルパフは素晴らしい寮だよ。みんな優しくて、温かくて、助け合う。ヘルガ・ハッフルパフの理想を体現した寮だ」

 

「ホグワーツ生の八割は自分の寮こそが素晴らしいと思ってるだろう」

 

 ゴールドスタインは笑った。

 

「レイブンクロー生は、自分の寮を皮肉る人も少なくなさそうだけど」

 

「それでもたぶん、他の寮生に馬鹿にされれば勢いよく反論するよ。そんなもんさ」

 

 彼はこともなげに返し、シムを見た。

 

「ところでドラコ・マルフォイだとか、スリザリンにはマグル嫌いの奴も多いだろう?仲良くやってるのか?それともあいつらも、身内のマグル生まれには優しいのか?」

 

「そうだな、仲が良いスリザリン生もいるにはいるけど。その手合いとは仲が良いとは言えないかな」

 

 ゴールドスタインの問いかけに、シムは曖昧に答えた。

 

「……大丈夫なの?ほら、後ろから呪いをかけられたりとか。僕、この前もマルフォイに『足縛りの呪い』をかけられちゃって……」

 

 ネビルが丸顔を歪めて聞いた。

 

「大丈夫だよ。マグル生まれのスリザリン生は他にもいるから。背中から呪いをかけられても大丈夫なように、身を護る術を教えてもらっている」

 

 慎重にぼかした範囲でシムは答えた。それでもアーニーの表情は引きつり、ジャスティンの目は好奇の色を帯びた。

 

「でも、マグル生まれのスリザリンって、もしかしてこの前のあの上級生の女子ですか――」

 

「車内販売です。お菓子はいかが?」

 

 年配の魔女が扉を開けた。シムは話が逸れたことに感謝しつつ、かぼちゃパイと蛙チョコレートを買い込んだ。

 銘々(めいめい)がお菓子を広げながら、蛙チョコカード(歴史に名を残す魔法使いのカードが付いている)の交換をした。アグリッパ、モルガナ、無敵のアンドロス、ニコラス・フラメル、サラザール・スリザリンなどが場に並んだ。それからはアーニーの持ってきた蛙チョコ・カードバトル・スタジアム(カードをセットするとカードからミニチュアが出てきて決闘を始める)で、アーニーのアンドロスがジャスティンのサラザールを殴り飛ばしたり、シムのモルガナがゴールドスタインのアグリッパを蛙に変えたりするさまを眺めた。

 その次はバーティボッツの百味(Every Flavour)ビーンズ(味は本当に何でもあり(Every Flavour)だ。リンゴ味からキュウリサンドイッチ味からゲロの味やレタス食い虫(フローバーワーム)味まである)の中身当てゲームを楽しんだ。ネビルは信じられない悪運で、何故か毎回、「鼻糞」味やら「ドラゴンの肝」味やら「骨生え薬」味やらを引き当てた(さらに信じられないことに、ネビルはそのどれも経験済みであった)。

 それから爆発スナップ(カードが爆発するトランプのようなもの。スナップだけでなくババ抜きもポーカーもできる)をしながら、マクゴナガルとスプラウトとフリットウィックの中で一番年長なのは誰であるかとか、スネイプの悪口だとか、ミセス・ノリスの弱点だとか、グリフィンドールとスリザリンで密かに交際してるカップルがいるらしいだとか、スネイプの悪口だとか、「魔法史」の授業はどこまで騒いだらビンズ教授が気付くのかだとか、クィディッチはどの寮が強いだとか、その他思春期の猥雑な話題も含め、とりとめのない話をした。シムは、こうして同級生の男子と他愛ない話をするのは小学校以来であった。

 

「家に帰れるのは楽しみだけど、城から離れるのもちょっと寂しいな」

 

 車窓に目をやって、ふとジャスティンは呟く。暗緑色の丘だとか鬱蒼たる森だとか曲がりくねった川だとか、そんな荒涼とした風景は、いつの間にか整然とした畑や牧場に変わっていた。旅は折り返しをとうに過ぎていた。

 

「面白そうなところがいっぱいあるもんな。痛い死に方をする四階の廊下とかな」

 

 ゴールドスタインは笑う。ネビルはクッキーを取り落とした。

 

「ネビル。そんな怖がることか?あの廊下は入れないだろう?」

 

「う、うん。入ってない。入れない」

 

 さらりと言うゴールドスタインに、ネビルはしどろもどろに答えた。アーニーは眉をひそめる。

 

「痛い死に方をするって校長先生が言っていただろう?レイブンクロー生は近づくのかい?」

 

 ゴールドスタインは肩をすくめる。

 

「好奇心が命より大事、みたいな人がいるのがレイブンクローだ。そういう人のおかげで九月の二週にはある程度の情報は聞いていた。つまり、開錠呪文(アロホモラ)をぶっ放すと、古い魔法に関する暗号みたいなものが出てくるらしい。ふくろう試験で八科目『O.優』を取るレベルのその人でもさっぱり分からなくて、暗号ががすぐ消えるし書き写せないしでその場にずっと留まっていたらフィルチに捕まったらしい」

 

 その上級生はフィルチに、「校長先生は『とても痛い死に方をしたくない人は、入ってはいけない』と言っていただけだから、論理的に考えれば、『とても痛い死に方をしてもかまわない人』は禁止されてるとはいえない」と抗議したところ、余計に罰則を伸ばされたという。

 

「それで、『入ってはいけない扉がアロホモラで開くようになっているわけがないし、あれはただのダンブルドア校長の悪戯で、何か別な方法を取らなければ開かない』、という仮説が談話室で受け入れられていた。その後は七年のオリバンダーさんが、『絶対壊れないようになってるなら杖の威力を確かめる絶好の機会』とかなんとか言って、あらゆる呪文を色んな杖でぶっ放したらしくて。それもあって監督生のロバート・ヒリアードさんがカンカンになって、『あの廊下に近づく者には、談話室の図書室を、寮監に言いつけて利用禁止にさせる』と脅して、つまりこれは一部のレイブンクロー生にとって死刑宣告みたいなものだから、それで誰も廊下の話はしなくなった」

 

 ゴールドスタインの語りに、ジャスティンとアーニーの顔は引きつっていた。アーニーは「レイブンクローは狂ってる」と呟いた。ゴールドスタインは気にせず、ネビルに顔を向ける。

 

「でもグリフィンドール生の方が情報を知ってそうだな。やるなと言われたことは必ずやるのがグリフィンドールだよな?」

 

「……グリフィンドールは、誰も何の話もしない」

 

 ネビルはぽつりとつぶやいた。

 

「ああ。全員が当たり前に突撃するなら、わざわざ話す意味も無いのか」

 

 ゴールドスタインは勝手に納得したように首肯した。彼は続いてシムに目を向けた。

 

「……スリザリン生は、メリットがなければ、危険にわざわざ近づくようなことはしないと思う」

 

 シムは、セラと一緒に赴いた「廊下」の景色を思い浮かべながら、答えた。

 

「ふむ」

 

 ゴールドスタインが顎に手を当てるのにあわせて、シムは話題を変える。

 

「ところでさっき言ってたけど、レイブンクローの談話室には図書室なんてものがあるの?」

 

 それからは互いの寮の談話室や文化の話になった。レイブンクロー、ハッフルパフ、グリフィンドール。シムの寮について問われる番になったが、シムはそもそもスリザリン寮の文化をほとんど知らないし、知ってる範囲で答えても引かれそうなので、返答には注意を要した。

 

「スオウ、レイブンクローに来たら良かったのに。君は向いているだろ」

 

「いや、ハッフルパフでしょ」

 

 シムの話を聞いて、ゴールドスタインやジャスティンがあっさりと言う。たぶん自分にはハッフルパフの空気は合わないし、レイブンクローにはスリザリンの四年生はいない、ということを言うわけにもいかず、さりとて「君達こそスリザリンに来れば良かったのに」と言うわけにもいかず、「楽しそうだね」と言うにとどめた。ネビルはさすがに、「グリフィンドールに向いているよ」とは言わなかった。

 

 

 ★

 

 

 列車は速度を落とし、いよいよ目的地のキングズ・クロス駅に近づいていた。夜の帳はとうに落ちて、町の灯りがきらめいている。シム達は急いでマグルの服装に着替えた。

 

「今日は君達と話せて良かったよ。じゃあ、また年明けに会おう。良いクリスマスを」

 

 車両が止まると同時に、アーニーはもったいつけたように言った。魔法族の家の生まれであるためか、マグルの服装が若干珍妙だったために、あまり格好が付いていなかった。

 

「いつでも爆発スナップやろう」

 

 ゴールドスタインは片手を揚げてトランクを引き擦っていった。

 

「クリスマスカード急いで出すよ」

 

「おた、お互い頑張ろうね」

 

 アーニーを連れ立ったジャスティンとネビルとを見送り、シムもコンパートメントを出た。列車を降りた途端に人の波に呑まれ、トランクを握りしめながら、壁の方へとにじりよって混雑をやりすごし、混雑が収まるのをしばし待った。

 

「やあ、シム、良かった」

 

 列車と空の境界のあたりをぼうっと眺めていたとき、近くの客車から降りてきた女子生徒がこちらに声をかけた。セラだった。

 

「別れの挨拶もできずじまいになるかと思ったよ」

 

 魔女のローブ姿でないセラを見るのは初めてであった。セラは当然のようにマグルの服を完璧に着こなしていた。服は少し色褪せているようにも見えたが、やはり様になっていた。魔法とは一切無縁の、ごく普通の女子に見える。いや、もちろんごく普通の女子ではない。シムの小学校や町にはセラのような人はいなかったし、シムが進学するはずだった中学校にもたぶんいなかっただろう。

 

「柵の向こうで母に待ってもらっていてね。魔法使いに囲まれたくはないだろうから。シムのご両親もかな?」

 

 シムは頷いた。二人は人の流れでごった返す9と4分の3番線のホームをかきわけ、柵をくぐり、マグル側のキングス・クロス駅のホームへと戻った。

 9と4分の3番線が人でごった返していたといっても、こっちにくらべれば、目ではない、沢山の人、人、人。ローブも着ていなければ、杖も持たない、人達。壁に張られたポスターの俳優は、微動だにせず微笑んでいる。懐かしいはずなのに、異様な光景だ。いまの感情をうまく咀嚼できなかった。

 突っ立つシムをよそに、セラはあたりを見回し、ふいに声をあげた。

 

「母さん!」

 

 スーツ姿の女性が振り向いて、セラの方を見た。

 シムはセラの母についてあれこれ想像をめぐらしていた。予想を超えるだろうと踏んでいたシムの予想に違わず、女性は、セラがそのまま歳を二・三十年重ねればまさにこのようになるのだろうと感じさせられる風貌であった。恐らく年齢よりは若々しいであろう顔立ちは、しかし目元の隈や疲れた表情や草臥れた服によって、相殺されているようにも見えた。

 

「久しぶり。元気だった?」

 

 セラの母は微笑むと、セラを抱きしめた。セラより頭ひとつ高い。セラは額を母の鎖骨のあたりに押し当てる。

 

「うん。元気」

 

 親子の再開をじろじろ見てはいけないような気がして、シムは目線をそらしていたが、セラの母の視線を感じ、会釈をした。セラが母から体を離して説明する。

 

「同じ寮の一年生で。彼も両親が魔法使いじゃない生徒なんだ」

 

「そう。この子と仲良くしてくれてありがとう」

 

 セラの母は顔つきを緩めた。そして腕時計を一瞥し、セラに向き直る。

 

「もうそろそろ行かないと」

 

「――わかった。じゃあシム、よいクリスマスを」

 

 セラは手をひらひら振ると、母とともにキングス・クロスの雑踏へと消えていった。シムはしばらくその方向を見つめた。急に空気が冷え込んできたことにシムは気づいた。

 ほどなくして、シムの両親が現れた。上等なスーツに身を包んでいた。シムはほっとしたが、それは久々に両親の顔を見ての安堵という以上に、自身が自らの両親といるところをセラに見られなくて済んだことに対しての安堵の方が大きかった。しかしセラは堂々と母と仲良くしていたことを思い起こすと、恥ずかしさも覚えた。

 駅からロンドン郊外の自宅まで車で移動する間、すっかり眠りこけてしまい、両親の質問攻めをしばし回避することができた。一切の憂いが無く、ご飯と寝床にありつけるという久しぶりの経験は、感動的なまでであった。しかし、翌日の朝食の席で、自分の目の前にいるのが両親だということに、何か足りない気持ちを覚えた。

 

 

 それから日が経ち、クリスマスの前日になった。明日のクリスマスは郵便が休みだから、郵便配達は今日が最後。いや、小学校時代の友達からのクリスマスカードは、もちろん12月の中頃までには、つまりシムが家に帰る頃には既に届いていた。けれどもシムは朝から、二階の自室の窓から何度となしに、玄関を見下ろした。

 三十回は窓の外を見た後の昼下がり、郵便配達の車が家の前に停まったとたん、シムは駆け下りて玄関の扉を開けた。小包を二つ受け取り、リビングにいる親に一つを渡し、自室に駆け上がって内ポケットに隠していた一つを取り出し、包みを破った。

 簡素なラッピングが施された長方形の包みと、カードとが同封されていた。カードには、流れる達筆で文がしたたまれていた。 

 

 

シムへ

クリスマスおめでとう。家で家族と過ごしているところかな。私は家に帰るたびに、自分の家のなつかしさとホグワーツへのなつかしさで胸がいっぱいになってしまいます。

 

君の学校生活にとって私がどこまで助けになったかは分からないけれど、少なくとも私の学校生活にとっては、君が入学してくれたことは大きな変化になった。

 

それではまた来年もよろしく。

 

セラより

 

 

追伸

君に贈った本は私のお気に入りの一つです。有名な本だから、読んでなくとも粗筋を知っているかもしれないけれど、そのうえで読んでも、まったく問題のない本だと思う。はからずも私は最初に読んだときに泣いてしまった。君の感想を聞ければ嬉しい。

 

 

 シムはその短い手紙を三度読み直した。

 そして机の引き出しの上から二番目の、鍵のかかった引き出しを開けた。祖父から貰ったゼンマイ仕掛けのおもちゃだとか、祖母が亡くなる三日前に貰ったお守りだとか、引っ越して転校していった近所の少女と撮った写真だとか、そんなものがごちゃごちゃ入っている引き出しに、手紙を仕舞い、鍵をかけた。しかし二分ほど経って、再び引き出しを開けた。手紙を読み直し、今度こそ手紙を仕舞いこんだ。

 

 同封された本の表紙には、(ねずみ)と男が描かれていた。シムは早速読み始め、そのまま中断することなく読み終えた。

 要約すれば、周囲より遥かに知能が低く、孤独だった男が、画期的な手術を受けて、知能が急激に上昇し、世界が色づき人々との交わりを得るが、しかし世に並ぶべくもない賢さとなってやはり孤独になり、そして最後には知能が下降して元の状態に戻ってしまう、それだけの話だった。

 しかし、たしかに粗筋を知っていても何も問題ない物語だった。シムは濡れて染みがついてしまった最後のページを丁寧に拭きとってから、本を閉じた。

 またも引き出しを開けて、セラの手紙を読み直した。昼食に呼ばれる声がして、シムは引き出しに鍵をかけて、顔を拭って降りて行った。

 

 

  ★

 

 

 クリスマス休暇があっという間に終わり、シムは再びキングズ・クロスの9と3/4番線に戻ってきた。白い湯気を吐く真紅の汽車を見ながら、人でごった返すホームを気もそぞろに歩いていると、背後から声がかかる。

 

「やあ、久しぶり。君の本、とても面白かったよ」

 

 魔女はあくまで飄々と、にこやかに、堂々と立っていた。最後にセラと別れてから、三週間と経っていないことがシムは信じられなかった。何でもなさそうな笑顔を努めて装ってから、シムは挨拶を返した。

 

 

  ★

 

 

 それからのシムは、休暇前と変わらない日々を送った。一月も二月も、激しくも穏やかな日常が過ぎていった。変化があるとすれば――

 

武器よ去れ(エクスペリアームス)

 

 ある二月の夜の2E教室で。シムの放った赤い光が、セラの身体を突き刺し、セラの杖と身体を吹き飛ばした。

 

「いまのは油断していなかったけれども――いやはや」

 

 セラは立ち上がると、壁にもたれてしばらく黙っていた。

 

「シム。私は前に、決闘クラブでたまに遊んでいるという話をしたのを覚えているかな。ジェマとかペネロピーとかセドリックとか、後はほかにも何人も、私にはまるで歯が立たないような人も含めているんだけど」

 

「一回遊びに来てみない?君が彼らに勝つのはまだ難しいと思うけど、刺激になるはずだよ」

 

――それは、シムが他寮の上級生と関わる機会ができたということであった。

 シムの人間関係の範囲はさらに広がり、心強い味方が――癖も強かったが――増えた。それに、ジャスティンやアーニーやゴールドスタインと廊下ですれ違えば彼らは気さくに挨拶を交わしてくれたので、他のレイブンクローやハッフルパフの一年生に露骨に避けられるということもあまりなくなり、やがて知人もいくらか増えた。自分の体から根が伸びて城のあちこちに張ってゆく感覚、自分の足場が固まってゆく感覚をシムは覚えた。

 ただし、そのせいもあって、シムはつい先ごろにもスリザリンの談話室で強烈な差別と悪意を向けられたことを、ほとんど忘れそうになっていた。いや、彼らがマグル生まれに強烈な悪感情を持っていることは常に認識していても、だからといって軽い呪いをかけたり侮辱したりという程度を超えてその心身を真に脅かそうとすることは無いだろうと、どこか楽観的に思ってしまったのかもしれない。そして、それはもしかしたら、警戒心が常に非常に強いセラでさえも同じだったのかもしれない。

 

 




プレゼントを貰うくだりを書きたかっただけの回。

マグル生まれのペネロピー・クリアウォーターが『秘密の部屋』事件の真っ最中のクリスマスに帰宅していないということは、メタ的には話の進行のため(ハリーに面識を持たせるため)ではありますが、二次創作する上では妄想の余白があります。

決闘クラブの第5話と、賢者の石の第6話で終了になりますが、その前にジェマ・ファーレイの一・二年生の頃の物語を明日から三回分投稿します。本筋とはあまり関係ない3万5千字の短編小説です、感想いつも励みになります。
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