スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会) 作:非魔法族
「ストーリー・セラ!」
毎年九月一日に行われるホグワーツ伝統行事、組分けの儀式。ABC順に一人ずつ、新入生が呼ばれてゆき、魔法の帽子を被り、今後七年間寝食を共にする寮の行き先が、帽子によって告げられる。
二年生以降の生徒は、自分の寮のテーブルに座りながら、組分けの様子を見守りつづける。組分けの儀式は、FやH、せいぜいMくらいまでは楽しいが、Pを回った頃にはさすがに少々飽きもくる。空かせた腹を抱えながら、残り時間の計算を始め出す。とはいえ、自分の寮の名が呼ばれれば、手を叩いて心からの歓声を上げ、一年生の背中を叩き、温かく自寮に迎え入れる。
そして残る一年生の数もようやく少なくなり、Sの姓が呼ばれる。
黒い髪と緑の瞳、すらりと大人びた、目を惹く女子生徒が、緊張の足取りとともに進み、古びた大きな帽子を被った。沈黙が走る。
ほとんどの生徒は、十秒、二十秒、せいぜい三十秒以内に組分けが終了する。
この女子生徒は、例外にあたる生徒だった。
一分。
二分。
三分。
複数の寮の特質が拮抗した優秀な生徒、内面が人一倍複雑な生徒、何かしら問題のある生徒。組分けに時間がかかる生徒は、往々にして、そのような傾向があるとみなされがちだ。女子生徒の方へと注目が集まる。
三分と三十秒。
ついに、帽子が高らかに叫んだ。
「スリザリン!!!」
他のテーブルからのわずかな溜息やせせら笑いをかき消すように、スリザリンのテーブルから拍手が鳴り響く。スリザリン二年のジェマ・ファーレイは、歓迎の手を叩きながらも、この少女の身を案じる。
他のスリザリン生も分かっているはずだ。ストーリー家などという家は聞いたこともないし、スリザリンに組分けされる生徒のほとんどは組分けに時間を要さない。つまりは「
★
ジェマ・ファーレイは、魔法族の両親のもとに生を受けた。
両親は、魔法族専用の商店街、ダイアゴン横丁と
魔法族のみが密集したコミュニティというものは、英国にはホグズミードかここくらいのものだ。ジェマは恵まれた環境で育ったと言えただろう。他の魔法族は、マグルの集落や都市に溶け込んで暮らすか、人里離れた僻地で暮らしている。
親やベビーシッター(
午前中は、ベビーシッターに英語の読み書き、ラテン語の文法、掛け算割り算、魔法界の仕組みに歴史、魔法薬の種類に効果、その他あれやこれやを勉強させられたが、お昼を食べると、自由な時間が与えられた。
お店から飛び出し、薬問屋のおばあちゃんにおべっかを使ってお菓子をもらい、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのおっちゃんに笑顔で挨拶をしてソフトクリームをごちそうしてもらい、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で店員ににらまれるまで物語を立ち読みして(「マーリンの冒険5 ヘレナとドラゴン退治」がお気に入りだったので、いつの間にか売れてしまったのが残念だった。148ページをめくるとルーマニア・ロングホーン種がジェマの鼻先まで火を噴くのだ!350ページでは美しい主人公二人がキスをしていてとてもドキドキした)、横丁の端っこの広場や、横丁の地下に広がる原っぱ(横丁に住む子どもだけの秘密の遊び場!横丁はとっても狭いけれど、ここでは伸び伸びと体を動かせる。地上の日が暮れてくると、管理人のバンス婆ちゃんが魔法の空を暗くするのだ。雨を降らされたくないから、みんな婆ちゃんを怒らせないように気を付けている)で走り回り、空が暗くなる前に店に戻り、ちょっとお店を手伝って、店じまいをしてから夜ご飯を食べて、眠りにつくのだった。
もちろん、あらゆる魔法使いが横丁に来るのだから、杖も持たない子供が一人でうろつくのは、全く安全ではない。横丁の怪しい店いくつかには近づかないようにとは口を酸っぱくして言われた。そして店を出て右に五メートル、闇の魔術専門の
そして、横丁の中心にあるパブ「漏れ鍋」にも絶対に入るなとも言い含められた。横丁という大鍋に空いた穴、「
マグル。魔法を全く使えない、惨めな可哀想な存在。
ジェマは歴史をある程度学んでいたから、魔法族とマグルの関係を理解していた。
魔法族はマグルに魔法で手助けをし、良き隣人として付き合ってきた。しかし魔法の力を畏れるマグルは、「魔女狩り」を始める。天候が悪いのも、作物の実りが悪いのも、家族が病気になるのも、全部全部、魔法のせいにされる。魔法族とみなしたものを、捕えて拷問し処刑する。
一対一ではもちろん、魔法族がマグルに負けるわけがない。そもそも、杖があれば捕まりようもない。マグルが「魔女狩り」で処刑した者のほとんどは、愚かにも、何も魔法を使えないマグルだった。
しかしマグルはとにかく数が多い。大人の魔法族ですら油断して杖を奪われてしまう者もいたし、魔法をろくに使えない子供の魔法使いは、大勢の大人のマグル相手にはほとんど無力だった。
マグルは子供にも容赦しなかった。むしろ、子供を断てば魔法を永遠に葬れると考えたかもしれない。魔法の力を制御できなかったところを見られたが運の尽き。年頃なら散々
魔法族は、野蛮なマグルのもとから永久に姿を隠すことにした。三百年以上たっても、魔女狩りがとうに終わっていても、国際機密保持法は、世界中の魔法族にとって最重要の法律になっている。魔法を使うところを決してマグルにみられてはいけない。特に子どもであれば、魔力の制御がおぼつかないから、ロンドンの雑踏に足を踏み入れるわけにはいかない。
だから「あっち側」に行ってはだめ。お前もさらわれてマグルに殺されるぞ。殴られて穢されて、魔法の力を奪われるぞ。ジェマもわざわざ、魔法もない「あっち側」へ行きたいと思わなかったから、漏れ鍋に近づくことはなかった。
そしてジェマは11歳になり、ホグワーツへ入学する年となった。
ようやく自分の杖も持てた。リンボクにドラゴンの心臓の琴線。今までは、大人の杖を使って簡単な呪文の練習をする間だけしか、杖に触ることができなかった。手を使わずに生姜ビスケットを口に放り込むことも、からかってきたエドを呪うこともできない。これじゃあマグルと変わらないじゃないか。いつも不満だった。だから、オリバンダーの店を出て、初めて自分が「一人前の人間」になれた気がした。毎日ぴかぴかに磨き上げた。そうすれば、絵本のドラゴンみたいに、杖から火花がシュシューと噴き出てくるのだ。入学するまでの半年間、ひたすら呪文の練習をした。失敗して爆発すると、音を聞きつけて駆けあがってきた両親に杖を取り上げられてしまったたが、次第にコツがわかってきた。
瞬く間に九月一日になった。ジェマはおかしなダサい服を着て――マグルの服装らしい――片手でトランクを引きずり、片手で母に手を引かれ、初めて「漏れ鍋」に入った。歯の抜けたバーテンダーと大勢の魔法使いでごった返す店内をすり抜けながら、母は言い含める。
「絶対に手を離してだめ」
ジェマは緊張して頷き、「漏れ鍋」の敷居をまたぎ、「あっち側」に足を踏み入れた。
ジェマは歩きながら息を呑んだ。
魔法の香りが何もない。空気がごみごみしてる。そして、道を行き交う人、人、人。とにかく人が多い。圧倒された。ダイアゴン横丁も常に人で混雑していたが、その比ではない。その上、誰もが、奇妙な服を着ている。今のジェマが着ているような。
――いや、これがマグルか。こんなに沢山のマグルを見たのは初めてだ。服装以外は、一目で
吐き気をこらえながら、ジェマは上を見上げた。グリンゴッツよりも背の高い建物ばかり。くらくらする。逃げるように、建物の隙間の青い空を見る。空にふくろうは一羽も飛んでいない。代わりに、高い空に、百味ビーンズより小さい、白い鳥が、まっすぐ飛んでいた。鳥の後ろには雲が尾を引いていた。雲を生み出す鳥なんて、魔法生物に違いないが――しかもマグルは、あの鳥に気に留める様子が無いから、ただのマグルには見えないのだろう――「幻の生物とその生息地」にはあの鳥は載っていなかった。
母親に手を引かれ、狭い袋小路に入り、「姿くらまし」した。キングズ・クロス駅に着くと、さらに、周囲がマグルで溢れ返っていた。全身の鳥肌が立った。
ジェマはこのときまで、なぜ「魔女狩り」の後に、魔法使いがマグルに復讐せずおとなしく隠れたのか、さっぱりわからなかった。杖を使えば簡単に制圧して支配できるだろうにと。
数がここまで違うとは思っていなかった。ここのマグル達が一斉にこちらに襲い掛かってきたときのことを想像し、怖くなった。両親がマグルを皆殺しにするより前に、魔力の快復が間に合わなくてやられてしまうかもしれない。
柵をくぐって9と4分の3番線のホームに着いてようやく、ジェマは安堵の溜息をついた。別れの挨拶をする前に、母が忠告する。
「良いこと、ジェマ、あなたはスリザリンに組分けされる。スリザリンでは誰が『強者』かをちゃんと見極めなさい。そして『強者』に取り入りなさい――媚びへつらうのでも逆らうのでもなく、仲良くするということ。そうすれば、きっと楽しく過ごせる」
前にも聞かされていたことだ。ジェマは元気に頷いて、ホグワーツ特急に乗り込んだ。
ジェマは、ホグワーツには寮が三つあるということをとっくに把握していた。
まず一つは、スリザリン。強い者が集う寮。偉大なるマーリンも「例のあの人」もここの出身。マグルが誰もいない寮。
そしてもう一つは、グリフィンドール。偽善者とマグル贔屓とスリザリン嫌いばかりがいる寮。
そして最後は、レイブンクロー。頭でっかちと、奇人ぶってる凡人のための寮。
そしてどこにも入れなかった愚鈍な余り物は、
横丁の顔なじみの友達とぺちゃくちゃ喋っているうちに、ホグワーツ特急に運ばれて城に着き、ジェマはすぐにスリザリンに組分けされた。エイミーはハッフルパフに行ってしまった。がっかりだ。そんな子だったなんて。
「ごきげんよう。あなた、お名前は?……ファーレイ?――ああ、もしかして『ファーレイの店』のご令嬢ですか?私は行ったことがありませんが、両親がお世話になったかもしれません。スリザリンにようこそ」
スリザリンのテーブルには、ジェマが既に顔見知りの生徒もいたが、それまでほとんど関わりのなかった、古い純血の家の生徒も沢山いた。そういう生徒達からも、ジェマはまったく邪険にはされず、むしろ暖かく迎え入れられた。しかしそれでも、見えない壁があることは、はっきりと感じ取れた。そういう生徒達は、入学前からすでに、家同士の強い繋がりがあるようで、上級生に敬意をもって迎え入れられていた。
スリザリンでは強者をみきわめ、強者に取り入りなさい。母の言葉を噛みしめ、学校生活をスタートさせた。
「ミス・ファーレイ。素晴らしい針の鋭さです。金属質への転換が不十分ですが、今はよろしい。形相のイメージと理解に努めること。スリザリンに――一点」
「ちょっと急に何?さっきパーキンソンさんに無礼な口きいてたからこの子を教育してただけだけど――ギャッ」
「ファーレイ、火加減と攪拌の速度がともに正確だ。スリザリンに一点――――馬鹿者!すぐ火を止めろ!――――ウッド、山嵐の針はよく断ってから鍋に入れろという指示が読めないのか?ウィーズリーも日頃しゃしゃりでるならこういうときこそ注意したまえ。グリフィンドール一点減点」
「なあジェマ、明日は空いてるか?水蛇回廊に良い感じの部屋を見つけたから、一緒に
「……あ?そいつらがあたしのダチに、カスのクズの差別用語をぶちまけたからぶん殴っただけだ、なんか文句あんのか?……ッ!……いきなり杖かよご挨拶だな、良いぜ、来いよ。アンドレア・ジョンソンを舐めんな蛇女」
「ちょっとそこ、フーチ先生が見てないときに勝手に箒レースはやめろ、危ないだろ!おいウッド、僕もチャーリーの弟だ、思い切り飛べない辛さは分かるが少しは飛行欲を抑えろ。それにミス・ファーレイも、いや、ちが、僕はパーフェクト・角縁眼鏡・ウェーザビーじゃなくてパーシー・イグネイシャス・ウィーズリーだ、だからウェーザビーじゃなくてウィーズリー、だからほら、ああもう、いやもしかして外国から来たとかで、まだ英語を聞き取りにくいのか?うん、そうか分かった、それならすまない、スペルを杖で宙に書くぞ、W!E!A!S!――えっフーチ先生違うんです、僕は騒いで遊んでるんじゃなくて彼らをただ注意しただけで、あれっいない、いやさっきまでは後ろにいたんです」
「なあ、明日こそ空いてないか?一緒に水魔を見ようよ。ちょっとだけだからさ」
「初めまして、ミス・ジェマ・ファーレイ。私、ロウル家の当主ソーフィンとグリーングラス家の次女エリスの長女、フレヤです、以後お見知りおきを。ときにミス・ファーレイ――いやジェマとお呼びしてもよろしくて?――土曜の午後、私のお茶会にあなたをお招きしたいのですが、ご都合いかが?私、ジェマのようなスリザリン生は常に、心から歓迎しますわ」
三週間経ってジェマは気づいた。自分が強者になれば良いのだと。
★
勉強も箒もスキンケアの仕方も、自分で頑張ったり同級生や上級生に教えてもらったりでいくらでも身に着けてゆける。礼儀作法、人の心を掴む話し方、軽くみられない振舞い方なども、まったくの
しかしジェマにとって、手を伸ばせそうだが現状では足りないと感じるものが一つあった。
自分の身を護る目的および周囲を畏怖させる目的に用いられる、場合によっては率直に「暴力」と表現されるもの、つまり護身術や決闘術と呼ばれる技術だ。
マグルの学校であれば(むろんジェマは知る由もないが)、「殴り合いが強い者が偉い」価値観が女子同士の間で適用されることはあまりない。しかし、全員が杖を携帯しているホグワーツなら話は別である。たとえ他の生徒と呪いを掛け合うようなことがなくても――野蛮なグリフィンドール生相手では日常的に起こりうるが――「強い」ことは、それだけでステータスとなる(「スリザリンらしく淑女たる」ことと、「自らの杖で、自らを護り、周りを従える」ことは、何も矛盾しない)。それに今後ジェマが寮で権力を握ろうとしていった場合に、それを良く思わない連中から集団で虐められるという可能性を、摘んでおける。スリザリンには、陰険で柄の悪い暴力的な連中も少なくない。
この種の技術は、独りで本を読んで練習すれば十分というわけではない。もちろん独りで魔法の腕を磨くのが、この種の技術にとっても一番の要である。しかし羽を浮かせたりネズミを嗅ぎ煙草入れに変えたところで、それだけでは「強い」と思われないだろう。
誰かと練習するのだとしたら、その場が必要だ。教師の目から隠れて、防衛術や決闘術を学ぶような集まりは、スリザリン内にあるにはあるようだった。とはいえジェマの知るそれは、男子ばかりだし残忍な上級生ばかり。さすがに接触する気は起きなかった。あるいは下級生の女子のいるクラブもあったのかもしれないが、ジェマの耳には入っていなかった。
優秀な上級生に個人的に教えを乞うのも手だ。しかし必要以上に借りを作りたくはなかった。同胞への助けを惜しまないとはいっても、無論、限度はある。必要以上に助けを乞う者は、自分の立場を不利にしかねない。上級生の派閥に取り込まれて小間使いとして学校生活を送ることになっては、意味が無い(マグルの学校であれば、女子のコミュニティは序列より同調性のほうが意識されやすいのかもしれないが、スリザリンは歴然とした階級社会であったし、ジェマは競争意識が生来とても強かった)。
そして迎えたある金曜日。
「何で起こしてくれなかったの!?」
「それはこっちのセリフ!!」
「ちょっと二人ともそんなこと言ってる場合じゃないでしょこれ遅れたら本当にまずくない次スネイプ先生だよね」
「やっぱり大広間に朝ご飯食べに行かなければ全然急ぐ必要ないじゃない、教室は寮の近くだし」
「それはだめ無理持たない授業で鍋かき混ぜてる間に吐く、五分で食べよ」
「早食いして走るほうが吐かない?私も食べたいけど」
ジェマは前の晩に夜更かしをしたせいで、ルームメイトともども寝坊し、始業時間の近くに大広間に駆け込んだ。生徒の大部分は既に大広間を去っている。未だのんびり食事を続けている者の多くは、一時限目が空いている
一寮につき一本だけの大広間の長テーブルは、とにかく長い。大広間の扉から、教員の
「あら、このプディングとっても美味しい。――ねえシーナも食べなさい、ほら、あーん」
柔和な風貌のプラチナブロンドの魔女が、甘い声を出しながら、スプーンを差し出していた。黒髪で長身の、無表情の魔女が黙って口を開け、プディングを
その瞬間、魔女の顔が無表情のまま真っ赤に染まり、耳から煙が出る。
「アハハハハ、あなたやっぱり夏休みでニブった?屋敷妖精の美味しいプディングはそっち、これはハニーデュークスの『ファイアプディング』。食事中だけどこれはセーフね、だって食べ物で遊んだわけじゃな――っ――」
笑っていた魔女は、顔を歪めてスプーンを取り落とした。
「……ゾンコの『サンダービーンズ』も一緒に噛んでいた。金属を持っていると痺れが走る。大広間では礼儀正しく静かに食べろ」
「あなたいつからそんなもの頬張ってたの?」
「仕掛けるときこそ一番警戒すべき。ソフィアは夏休みでひどく鈍ってしまった」
「……ふうん。今夜は覚えてなさい。生意気を後悔させてあげる」
「ソフィアは忘れているだろうが、去年は92勝90敗98分で私が勝ち越していた。今年も10勝7敗6分だ」
「去年の最後のあなたの2敗は完敗だったのを忘れたのかしら。そのすまし顔が無様に歪んで、とっても可愛かったわ」
「ソフィアは勝っても負けてもいつも可愛かった」
「知ってる」
「……なんなの、あれ」
「あんな、汚らわしいマグルを見てはだめ。ほっときなさい」
周囲をはばからない二人の様子をジェマが見ていると、近くの四年生が苦々し気に言った。ルームメイトの一人が怯えた声を上げる。
「スリザリンにそんなのがいるんですか?まさか」
「スリザリンに『穢れた血』はいない。奴らはスリザリンじゃない。それ以外はみんな、このテーブルにいるのはスリザリン生」
四年生はにべもなく言うと、食事を終えて席を立った。
ジェマは観察を続けた。上級生の集団が、大広間から出て行こうとするとき、舌打ちをして、一人がさりげなく、プラチナブロンドの魔女の方に杖を向けた。
「そういえばこの前もちょっと話したけど、夏休みにとってもクールなことがあったの――というかこいつハイランドの山奥で
プラチナブロンドの魔女が首を回して杖を抜いて桃色の閃光を放ち、上級生が呻いて杖を取り落とした。何事もなかったように振り返って会話を続ける魔女に、もう一人が遮る。
「ソフィア。恐らく遮音の魔法の効果が切れている。そうでなければ、ロンドンのスラムで鈍って魔法の効果が弱まった」
「あら、それじゃあ確かに『純血』の繊細なお耳にご迷惑だった。悪いことしちゃった」
「どっちにしても大広間では品性を持って食べるべきだ」
「私はきちんと食べる前に感謝のお祈りを捧げているわ」
ソフィアと呼ばれた魔女は再び杖を振り、それから二人の会話はジェマの耳に入らなくなった。
ジェマの周りは、軽蔑の顔をして一切気にせず食事に戻っていたが、ジェマの興味は、この二人に向けられた。朝食を食べ終え、「魔法薬学」の教室に駆け下りながらも、考える。
うす汚い「
そう思ったときに、「スリザリン生なら、慎重さを忘れずに自分の身を護るべき」という母の言葉、「付き合う生徒は選べ。魂がうす汚い奴らには近づくな」という父の言葉が頭をよぎったが、ジェマの好奇心がそれを遮る。遠くから見るだけなら、自分は安全だろう。校則違反してるところを見つけるとか、あの二人の弱味を何か握れるかもしれないし。
しかし、昼食も夕食も、夜の談話室でも、二人の姿を目にすることはなかった。
翌日の土曜日、朝食の席で、ジェマは再びあの二人の姿を目にした。やはり扉の近くの、一番端に座っている。彼女達がさっさと食べ終えて扉から出ていったのを見て、ジェマは友達に適当な言い訳をして中座した。大広間の廊下を出る。二人は他愛のない会話をしながら歩いている。十分に距離をとって二人の背中を追い、二人が角を曲がるたびに、ダッシュして距離を詰める。そうやって三階まで昇り、三回曲がったとき、ジェマの目の前で、一年生が何人も、ジェマがあまり近づきたくないような大柄な生徒を含め、廊下に倒れて伸びていた。そちらに目もくれずに、二人は歩き続け、のんびり会話を続けている。
「こいつら、大勢で後ろから掛かれば、私達にちょっかい出せるとでも思ったのかしら?どうして私達が他のスリザリン生達と一緒に仲良く楽しく元気に暮らしていられるのか、考えようともしなかったのかしら?ホグワーツ六年生を舐めているのか、マグル生まれを舐めているのか、私達を舐めているのか、それとも他の愉快なスリザリン生達を舐めているのか、どれなのかしら?」
「すべてだろう」
「じゃあ他のもっと怖い上級生にシめられる前に謙虚な姿勢を学べて良かったね。最初の校歌斉唱でも教わるはずなのに。『ホグホグワツワツホグワーツ/教えてどうぞ僕達に/学べよ脳みそ腐るまで』」
「あのふざけたイベントに情操教育の意図は皆無だろう」
「
「湖を散歩しようとするのは自殺行為だ」
二人が再度角を曲がったとき、急に二人の姿が見えなり、声も聞こえなくなった。しばらく辺りを歩き回ったが、見当もつかない。抜け道かなにかに入ったのだろうと、ジェマは諦めて、階段を降りていった。昼も夜も、談話室でも大広間でも、二人の姿を見ることはなかった。
翌日の日曜、朝食の席には再び、あの二人の姿があった。ジェマは再び二人の跡をつけた。まだ入学したばかりで慎重さに欠けていたジェマは、ソフィアの「どうして私達が他のスリザリン生達と一緒に仲良く楽しく元気に暮らしていられるのか、考えようともしなかったのか」という言葉を深く考えようともしなかった。
二人の声(主に片方の声が大きく響いている)を頼りに、息をひそめて忍び足で走る。五階まであがり、隠し扉をくぐり(一見ただの壁に見えたが、「2・3・5・7のリズムでノックするなんてかなり不親切よね」「
ジェマはふと不安になった。ここの辺りは一度も来たことがなかった。殺風景な廊下に、ちっぽけな教室が右手にひとつだけある。ホグワーツ城はまさしく迷宮だ。ダイアゴン横丁のように、「行きは右に曲がったなら、帰り道は左に曲がれば良い」、という保証があるかは分からない。
冷静になると、そもそもなんで、あんな野蛮な連中のために、貴重な日曜日の時間を無駄にしているのだろうか。ジェマは自分に腹が立ってきた。はやく談話室に戻ろう。そしてジャスミンと遊ぼう。踵を返したとき、ジェマは息を呑んだ。
「こんにちは。もしかしてあなた、私達を捜していたの?」
二人の姿が目の前にあった。無表情の黒髪の魔女と、柔和に笑うプラチナブロンドの魔女。後者が腰をかがめてジェマと視線をあわせ、優しく語り掛けた。
「初めまして、私はソフィア・ソールズベリー。こっちはシーナ・シンクレア。スリザリン六年生よ。あなたのお名前は何かしら?スリザリンの一年生よね?」
そうだ。姿を隠す魔法なんてのは、高度な魔法だが当然存在する。こいつらが使えるかもしれないとも、全く思っていなかっただけで。
「……ジェマ・ファーレイです」
足がすくんで動けない。本名を言うべきか迷ったが、尾行がバレていた以上、嘘をついたら、余計にまずいことになる気がした。
「ジェマ・ファーレイ――ファーレイ――そう。良い名前ね。ねえジェマ、もしかして、本当はご両親ともマグルだったりするのかな?マグル生まれの生徒が今年入ってきたとは耳にしていなかったけれど」
何を言っているのか、一緒にするな。喉から飛び出しかけた言葉は、恐怖心が抑え込んだ。黙ったまま背筋が波打つジェマを見て、ソフィアと名乗った六年生は、穏やかに語り続けた。
「――いや、怖がらなくて良いのよ。今のスリザリンで、そんなこと公言するわけにいかないものね。でも、知っているかもしれないけれど、私達もマグル生まれなの。だからあなたも同じだったら、本当に嬉しいし、あなたの力になりたいの。もちろん周りに隠すと約束する」
「…………いえ、私の親は両方、どちらもちゃんとした魔法族です」
ジェマは、まさか自分の出自を口にすることに、躊躇せねばならないときが来るとは思ってもいなかった。
「そうなのね。じゃあ、ご両親が両方マグル生まれなのかしら?スリザリンの主流の解釈だと、多分それも
ジェマと両親への侮辱に再び怒りがこみあげる。ジェマの本能は、ソフィアの笑顔にひそむ剣呑な雰囲気を感じ取りつつも。
「そんなんじゃないです。私の家系は三代は遡れます。
「そう」
ソフィアは笑顔のまま、ジェマの胸倉を掴んで立ち上がり、横の教室の扉を開け、中にジェマを連れ込み、壁に押し当て、杖を左頬に突きつける。シーナと呼ばれた黒髪の魔女が扉の鍵をかけ、扉にもたれる。
一連の動作は、わずか四秒に満たなかった。壁の冷たさを感じながら、ソフィアの杖を見ながら、ジェマは一拍遅れて状況を把握する。
なんで。純血。穢れ。杖を。野蛮。マグル。杖が。私に。
混乱するジェマに向けて、ソフィアは歌うように問いかける。声を凍てつかせながら。
「私達をこそこそ嗅ぎまわる目的は何かしら。私達がいつもどこで何をして過ごしているか知るため?奇襲をかけるため?呪いを忍ばせるため?話せ。――そして誰の指示かしら。ブラッドバーン?カロー?ジャグソン?ロウル?パーキンソン?マーク?ギボン?フリント?答えろ」
原作のダイアゴン横丁が子供を健やかに育てられる場所なのかは微妙ですが、魔法族とマグルのコミュニティに分かりやすく境があるところがそこくらいしかないので勘弁。幼い子どもが一人でロンドンの町中をうろつくことが80年代後半でも許容されたかどうかわからないのですが、ダイアゴン横丁はマグルのロンドンと常識が違うということで。