スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会)   作:非魔法族

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更新6日目
ジェマ・ファーレイ: スリザリン一年生。ダイアゴン横丁生まれ。
シーナ・シンクレア: スリザリン六年生。マグル生まれ。
ソフィア・ソールズベリー: スリザリン六年生。マグル生まれ。
(パーシー・ウィーズリー: グリフィンドール一年生。オッタリー・セント・キャッチポール生まれ)


第4½話 蛇とトカゲ(中)

「私達をこそこそ嗅ぎまわる目的は何かしら。私達がいつもどこで何をして過ごしているか知るため?奇襲をかけるため?呪いを忍ばせるため?話せ。――そして誰の指示かしら。ブラッドバーン?カロー?ジャグソン?ロウル?パーキンソン?マーク?ギボン?フリント?答えろ」

 

「……っ…………」

 

 杖を頬に突き付けられ、笑顔で冷たく問われ、ジェマは思わず唾をのむ。ジェマにとって、身の危険を真に感じる瞬間は、このときが初めてであった。六年生は一年生より遥かに大きく、魔法力も遥かに多い。誰か通りがからないかと、教室の扉に目を走らせるが、すぐに無駄だと悟る――誰も休日にわざわざ通りかからないような城の僻地におびき寄せられたのだと、ようやく気付いたからだ。ソフィアはジェマにさらに顔を近づけ、声を一転和らげる。

 

「目の前の私より、上級生のほうが怖いのかしら?ひょっとしたらその背後にいる親たちが怖い?でも、一年生を脅してけしかけるような腰抜けが、怖いわけないと思わない?……それとも単に、同級生からのいじめとか罰ゲームとかの一環なのかしら。それなら、一緒に楽しい復讐の方法を考えましょう」

 

「私がいじめなんてされるわけが……誰に命令されたのでもなくて……」

 

 ソフィアは杖を下ろすと、左手でジェマの右肩に触れた。慈母のように、柔らかく語り掛ける。

 

「本当?無理しなくて良いのよ」

 

「……っ……!」

 

 ジェマは反射的に、左手でソフィアの左手を払いのけ、右の肩を抑えた。ソフィアはひとときジェマの手を見つめたあと、相も変わらず笑顔のまま、杖を再びジェマの左の頬に向ける。左頬に触れる杖の感触が、強まり、痛みに変わる。

 

「……あら、そう。じゃあ何が目的なの?さっさと答えろ。――ところで、マグルの血が薄い人達って、自分達のこと『純血(Pure-Blood)』って言って、私達のこと『穢れた血(Mudblood)』っていうじゃない?私の血は赤くてサラッサラなのに。これが(mud)に見えてしまうくらいに、『純血』の血って変なのかしら?たとえば透き通っているとか?それとも赤いんじゃなくて青かったりするの?悪魔の魚(タコ)みたいに。あなた私に教えてくれないかしら?ほら。シーナはどう思う?」

 

 ジェマの表情を見て、ソフィアは悪魔じみた笑い声を上げる。そしてシーナもジェマに無表情の顔を向け、口を開く。シーナの声はいたって冷静だった。

 

「私が思うに、ソフィア、そういった歯の浮くような台詞は、ホグワーツ三年生くらいで卒業しないと恥ずかしい」

 

「だからこそ一年生には効果的なんじゃないの」

 

 ソフィアは肩をすくめて、杖をジェマの頬から離す。鼓動が少し落ち着き、ジェマはなんとか声を絞り出した。

 

「その……私は家の後ろ盾もないから、古い血でもないしお金持ちでもないから、強くなりたくて……でも誰かに教われるわけでもないから……それで二人を見かけて、二人が何で強いのか知りたくて……」

 

 ソフィアはシーナと目配せをする。

 

「どう思う?」

 

 シーナはジェマに視線を向け直す。相変わらず、感情に乏しい瞳だった。

 

「恐らく嘘は言っていないだろう。純粋に向上心と好奇心と怖いもの見たさゆえじゃないか」

 

 シーナは扉を開け、杖を廊下に向けた。黄色い閃光が何条も、網のように飛び出し、廊下を照らす。

 

「……そも、一年生に下手な尾行をさせる意義があるとすれば、ソフィアが一年生に危害を加えているところを撮影する目的くらいだろうが……その線もなさそうだ」

 

「そう。じゃあ自意識過剰だったのね、恥ずかしいわ。怖がらせちゃってごめんなさいね」

 

 ソフィアは杖を下ろして悪びれずに言う。

 

「でも、私達それだけ必死なの。あなた達が本気で傷つけるつもりであろうと単に悪ふざけのつもりであろうと。最悪を想定しておかずに、身を護れなければ、私達を傷つけた連中がたとえ退学処分になったところで、私達の傷は治らないから。――分かってくれるかしら?まあ、分からないわよね。まったく、私はただシーナと一緒にいられればそれで良いというのに。『例のあの人』が消えて6年も経つというのに」

 

 ソフィアは溜息をつく。

 

「あなたに愚痴ってもしょうがないことね。ホグワーツは本当に良いところだから、不満は無いわ。ご飯も美味しいし布団も温かいし大人も乱暴じゃないし」

 

「……」

 

「私達に目をつけるセンスはとっても素敵だから、こそこそ嗅ぎ回っていたことは許してあげる。たしかに私達より強いホグワーツ生はそんなにいないと思う。ロンドンに住んで小学校に通っていれば、生き抜くスキルが身に着くってものよ」

            

「個別の事例を一般化して語ることはロンドンと小学校への風評被害を生みかねない」

     

「それに下級生のときに散々、性悪で陰険で偏屈で捻くれた上級生に鍛えられたから」

 

「『性悪』の語を、自分自身と比較して用いたのだとしたら、ソフィアの認知には歪みがあると言わざるを得ない」

 

「でも『純血』のあなたは、私達の状況とは違うのよね。誰かに教わるわけにもいかないと言っていたけど、強くなりたいなら、専門家を雇うなりなんなりするのが一番じゃないかしら」

 

「まあ、裕福で無いスリザリン生も沢山いるだろう」

 

「そうね。――それであなたは私達に何をしてほしいの?魔法や喧嘩のやり方を教えてほしいのかしら。でも、私達にどんなメリットがあるのかしら」

 

「……?」

 

 ソフィアは手で杖をくるくる弄んだ。

 

「あなたもスリザリンに組分けされたのなら分かるでしょう。取引には対価が発生する。あなたが同胞(マグル生まれ)なら喜んで対価を無視するけれど。あなたは別に強くならなくても、安心してホグワーツを歩けるじゃない」

 

 何か勘違いされているようだが、ジェマ自身も、この二人に教えを乞いに行ったつもりではない。「あなたの言う通りです」と言って、さっさと立ち去ろうとした。しかしシーナが表情を変えないまま、口を挟む。

 

「ソフィア。そんなことを言わずに力を貸せば良いんじゃないか。他者に教えることは、私達の修練にとってもメリットがある」

 

 身の危険が去ったと思っていたジェマは、再び風向きが変わりつつあるのを感じた。ソフィアも戸惑った様子を見せた。

 

「シーナ、急にどうしたのかしら?メリットがなくはないかもしれないけど、ほとんど慈善行為じゃない、あなたらしくもない」

 

「力を貸すことは再来年以降の保険にもつながる。来年『私達』が入らないかもしれない」

 

「たしかにねえ。でもこの子に務まると思うかしら」

 

「可能性の芽を蒔いておくことが大事だ。『私達』が暮らしやすくなるための」

 

「でも、そんな幽かな希望のために、わざわざ『純血』の子を相手にして、私達の貴重な時間を減らして良いのかしら。一日か二日で済むわけじゃないでしょ」

 

「今後百五十年のうちの一、二年は誤差」

 

「……っ!………っ………今後三百五十年に、訂正しなさい」

 

「それに、『血』で態度を変えるのであれば、それこそ連中と変わらない。ソフィアらしくもない」

 

「…………べつに血じゃないわ。こちらを蔑んだりしない子なら何も文句は無いけれど」

 

「価値観は終生不変ともいえない」

 

 ソフィアは溜息をついた。

 

「ああもうわかったわ、しょうがないわね。……シーナ、代わりにあなた今夜、私の命令(わがまま)をあと二つ聞きなさい」 

 

「いつも聞いている」

 

「いつも以上に」

 

 そしてソフィアはジェマに顔を向ける。

 

「あなたが望むなら防衛術と決闘術の稽古をつける。魔法について私達が知っていることで他の連中から教わっていないことがあれば教える。週一回、二時間。場所は――そうね、とりあえず最初は、第二東塔の七階の『片恋のエリーゼ』の絵の前に来なさい。トロフィールームの前の『首無し(かぶと)』に道を尋ねれば、迷わずに来れるはず」

 

 唐突な提案にジェマは面食らった。

 

「えっと――その、対価が払えるわけでもないので……」

 

 そもそもお前達に何も教わりたくもないのだが。その言葉は何とか呑み込んだ。

 

「対価はそうね。あなたの気が向けば、私達以外のスリザリンのマグル生まれに、協力してあげること」

 

「は?」

 

「あのね。さっきも言ったけど、私達の上のスリザリンにもマグル生まれはいたの。その上にも。多分その上にも。――片親がマグルの生徒がいるくらいだから、両親がマグルの生徒がいてもおかしくないでしょ?本来のサラザール・スリザリンの思想からすれば、どちらも資格無いだろうし。まあそもそも、本当の『純血』なんてどこにもいないだろうけど」

 

 スリザリンへの嘲笑なのか自嘲なのか、判別の難しい笑い声を、ソフィアは上げた。

 

「今のスリザリンには、私達の他にマグル生まれは――少なくとも私達が知っている限りでは――いない。けれど、そのうちまた、入ってくると思うの。私達は来年で卒業してしまうのにね」

 

 ソフィアの声色と顔色に、初めて哀愁が混ざった。

 

「だから、私達が卒業した後に、そういう子が入ってくることがあったら。何かの折に、こっそり手を差し伸べるとか。それができなくても、せめて私達に言伝(ことづて)するとか、そういうことをしてくれれば良いわ」

 

 困惑の表情を浮かべるジェマを気にせず、ソフィアは肩をすくめる。

 

「別に、契約でも命令でもないわ。無理矢理やらせてもしょうがないし。将来のあなたにその気があれば、そうしてくれれば、その子も嬉しいだろうし私達も嬉しい、というだけのこと。単なる私とシーナの意思表明」

 

「……」

 

「そういうわけで、これからよろしくね。一年生だからといって容赦はしないから」

 

 ソフィアは満面の笑みで、右手を差し出した。

 ――「穢れ」がうつる。魔法の力が奪われる――

 ジェマの心が訴えた。

 ソフィアは笑みを吊り上げ、首をかしげる。

 目の前の野蛮人への恐怖が勝った。ジェマは恐る恐る右手を差し出して、ソフィアの右手に触れる。冷たい肌がジェマの右手に触れて握りしめ、背筋に冷たいものが走る。手はすぐに離れた。ローブの手を拭かないようにすることに注意した。

 

「さっそく明日の七時は空いてるかしら?『片恋のエリーゼ』に独りで来なさい。気が変わったら別にばっくれても良いけど、他のスリザリン生とか教師とかにチクろうとしたら不吉な呪いがかかると思え」 

 

 ソフィアは手をひらひら振ると、シーナと一緒に、連れ立って出て行った。

 ジェマはしばらく放心していたが、我に返り、水道に駆け込んで、右手を洗った。ごしごしと洗った。ジェマの肌の色は、変わらなかった。杖を取り出して、すこし手の甲を割いてみた。いつもと変わらない、赤い鮮やかな血が流れ出た。

 

 

 ★

 

 

 次の日、ジェマは一日中、今夜どうするか決めあぐねていた。昨日の恐怖がありありと思い出され、そのたびに、絶対にあんな野蛮な汚らしい奴らに関わらないと自分に言い聞かせた。

 

「来たのか」

 

「良い心意気ね」

 

 授業が終わりいつの間にか七時になっていて、ジェマはなぜか気づけば、首のない甲冑に案内されるまま、城の未知の区画に足を踏み入れていて、若い魔女が描かれた絵の前に立っていた。そしてシーナとソフィアが「目くらまし」術を解いて姿を現し、二人の声が短く響いた。

 ジェマが瞬きする前に、シーナの杖がジェマの方に抜かれ、ジェマの周りを黄色い閃光が網のように包んだ。それから杖があちこちに動かされ、廊下が黄色く照らされる。シーナは杖を下ろす。

 

「謝罪する。誰かを呼んでないか、跡をつけられていないか確かめただけだ」

 

「どうせあそこには呼ばないんだから、スリザリン生にバレたところで私たちは困らないけどね。でも教師に密告されたら面倒だし」

 

「今日はこの先の隠し部屋で行う。――『私はもう呪われた』

 

 シーナは眼前の絵を指し示す。薄暗い木立の中で、真っ赤な瞳の魔女がうつむきながら切株に腰掛ける、寂しげな絵であった。シーナの合言葉を聞くと魔女が立ち上がり、脇によけたかと思うと、絵が歪んで波打った。二人に続いて絵をくぐり、ジェマは部屋に降り立った。靴が踏みしめるは土の感触。絵の背景と似た、森の中のような景色が広がっていた。ひどく寒く、木は一様に葉を落としていた。城の中とは思えない景色に、ジェマはしばし呆然となる。

 

「ここ、寂しくて好きなの。なぜか三ヶ月くらい季節がズレているから、今は冬。このセンダングサとか、ほんとはちょうど今トゲトゲの種をつけてる頃よね。小さいころ、服にこっそり付け合って遊んだりしなかった?そう、してないのね。どこで育ったの、えっダイアゴン横丁なの?凄いわね」

 

 そしてジェマはシーナとソフィアの二人から、魔法と魔法戦闘の訓練を受けた。一切容赦のなく、徹底的に。この無感情自動人形と性悪嗜虐癖悪魔に近づいてしまったことを、泥にまみれながらジェマはすぐにひどく後悔した。

 

 





明日でいったん連続投稿は終了です。 
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