スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会) 作:非魔法族
それからもジェマは、週に一回、シーナとソフィアから魔法と魔法戦闘の訓練を受け続けた。それが終わるたびに、彼女らに(特にソフィアに)はやく不幸が訪れるよう願った。というか一度は実際に呪った。自分のローブに付いたソフィアの銀色の髪を手に入れて、ヘビの血をまぜ、「腰から蛇が何匹も生える」呪いをかけたのだ。そうしたら、ジェマのローブから顔のない大トカゲが這い出してきて、ジェマは寝室で悲鳴を上げた。どうやってかソフィアは髪の毛をジェマのそれと取り換えたうえで、呪いをアレンジしていたのだった。翌日、怯えと恐怖と怒りと絶望が入り混じったジェマの表情を見て、ソフィアは涙が出るほど爆笑した。
ジェマは、なぜこの二人が強いのかを悟った。単純に、才能溢れる魔法使いであったから。そして、やたら狡猾であり無駄に警戒心が強いから。そして、四六時中、魔法を練習するか体を鍛えるか勉強をするか決闘をするかしているからであった。
ジェマの訓練が終わるとすぐに二人は決闘を始めていたので、ジェマがいちど、なんでそんなに決闘をするのか尋ねると、シーナは無表情のまま「言語あるいは身体を用いるコミュニケーションと同じように、杖を重ねるコミュニケーションでもお互いのことをさらに理解できるようになる気がするから」と説明し、ソフィアは笑顔で「愉しいから」と答えた。要するに戦闘狂なのだとジェマは納得した。
他の寮生にバレたらまずいのに、ジェマはなぜか毎週、シーナとソフィアのもとに足を運び続けた。自分はこの分野も向いているかもしれないという気もした。ジェマはスリザリンの一年の中で発言力があったし成績も一番良かったしトラブルにしょっちゅう首を突っ込んでいたが、そのことで性悪な連中や古い家の生徒達から、何か嫌がらせや虐めや脅迫をされるということはなかった。いや、されそうになるたびにすべて叩き潰していたので、ジェマに何かしようとしたらロクなことにならない、と思われるようになったのかもしれない。
★
「あなた私達の決闘クラブに行きましょう。なんでって、楽しいから。無様に負けるあなたの悔しそうな顔を、何も疲れることなく見れて、私が楽しめるの」
「ジェマ・ファーレイの力が一定の水準に達したと判断した。みな気の良い連中だから心配しなくて良い」
やがて、ある日ジェマはシーナとソフィアに、八階の「必要の部屋」まで連行された。この二人と仲良くするような輩は――そもそも存在するということ自体驚きだったが――どうせ気の良い連中のわけがないとジェマは身構えた。扉が開き、ジェマがまず目にしたのは、ジェマより少し背の高い、黄色い襟のローブの生徒だった。その生徒はジェマと同じ顔の女子生徒だった。とっさに後ずさって扉に背中をぶつけてしまった。
「あはは、驚いた驚いた?!ナマの
元気に早口でまくしたてながら駆け寄ってきた女子生徒は、派手に転んだ。床に前のめりに、大の字に手足を伸ばし、芸術的に倒れた。ジェマの顔をした彼女は、頬を紅潮させながら、周囲を睨みつけながら立ち上がった。髪が真っ赤に染まり逆立つ。
「ちょっと!今『足すくい』をかけたの誰!?ソフィア?!」
「あなたいつものように何も無いところで転んだだけよ、ドジなニンファドーラ」
「っ、名で呼ぶなって何度言ったら、マジでほんとに、アンタは!ていうか絶対アンタの仕業でしょ、ほら今杖をしまって――ブッ!」
足音を鳴らして詰め寄ろうとした女子生徒は再び
「今度は何もしてないわ。ジェマの顔で怒るのも可愛いのね。――そうねジェマ、あなたも髪を真っ赤に染めたら案外似合うんじゃない。今から染めて良いかしら、いっぺん転んで怒ってみて」
――ジェマはやがて、ハッフルパフは愚鈍の集まりではないということを知った。
「ウィリアム・ウィーズリー。グリフィンドール六年生で、君と同じ学年のパーシーの兄だ。よろしく」
次いで、赤い襟のローブの、垢ぬけた青年が歩み寄り、爽やかな笑顔でジェマに手を差し出した。
背が高く、スリムながらローブ越しにも分かるたくましい身体つきをしていた。厚い胸には「監督生」バッジが留まっている。髪はドラゴンの血のように赤く、肩まで長く伸びており、自然なウェーブでセットしてある。右目尻のほくろの下の、頬には少しそばかすが目立つが、それはピカピカの大鍋にこびりついた焦げというよりはむしろバタービールに添えられた泡のような趣を――
「……ジェマ、たまには真面目なことを言うわ。こういう、何一つ欠点が無いように見えて実はとりたてて欠点のない、城中の女にちやほやされる、男からも教師からも認められる、からかいがいのない、いけすかない男にハマりこんじゃうと、学校生活は多分あまり幸せにならないと思う」
「いくらなんでも俺が一年生に手を出すわけないだろ」
「だからこそよ」
――ジェマはやがて、グリフィンドールは偽善者の考え無しの喧嘩っ早い野蛮人だけの集まりではないことを、いや確かにそういう集まりであるが、グリフィンドールにもロクでもないとまではいえない人物もいなくはないということを必ずしも確実に否定できるわけではない、ことを知った。
「……私はレイブンクロー三年の
次いで、青い襟のローブに身を包んだ、大きな眼鏡をかけた小柄な魔女が現れると、ジェマの手から杖をもぎ取った。杖を触りながら、呟く。一度も顔を上げないまま。
「ものは
「あ、オリバンダーはいつもこんな感じだから大丈夫よ、ジェマ」
――ジェマはすぐに、レイブンクローは奇人ぶった凡人だけで構成されているような他愛のない寮ではないことも知った。
そうこうしているうちに、ホグワーツ一年目は、あっという間に終わりを迎えた。決闘クラブでは、一年生のジェマが上級生に一矢を報いるのは難しかったが。それでも一年生相手では、ジェマは自分が一番だと思っていた。それがテストであれば、敵は当然いないだろうと高をくくっていた。
「……あなたが、レイブンクローのペネロピー・クリアウォーター?学年末試験一位の、筆記で満点をとったっていう」
人気のない西塔の廊下で、ジェマは巻き毛の女子生徒に声をかけた。彼女は警戒と不審の目つきで、辺りを窺いながら答えた。
「……そうだけど、スリザリン生が私に何の用?成績が良くなかったことの逆恨み?それとも私が無知なだけで、私に呪いをかけるとあなたの試験の点数が跳ね上がるような仕掛けを、偉大なるサラザール・スリザリン卿がこの城に施しているの?」
「そんなんじゃない。……ただ、来年以降はジェマ・ファーレイが一位でペネロピー・クリアウォーターは二位に落ちてしまうっていう、残念なニュースを持ってきてあげただけ」
「そう。それはとっても怖い。そもそも二位はグリフィンドールの男子だと聞いていたけれど、それはともかく、今回は偶然調子がふるわなかったスリザリン生にいずれ負ける瞬間を、怯えて待つことにする。ご丁寧にありがとう」
「…………私を舐め腐っているようだけれど。べつに、テストで測れるようなものだけが魔法使いの力じゃないと思う」
「マグル生まれにたかがテストで勝てなくても、暴力でねじ伏せて黙らせてやれば良いって意味?やっぱりスリザリン生って怖いんだね」
「だから、私にはいきなりあなたやマグル生まれに呪いをかけるような趣味は無い。たとえば、お互いの合意のもとに模擬決闘か何かをしたとすればという意味」
「たしかにそんなのでは、私はあなたに勝てないと思うけれど。経験が無いし肉体派でもないし。…………そういえば、ジェマ・ファーレイって言った?どこかで聞いたような。――ああ、思い出した、十一日前に西塔七階の隠し工房でジンジャーさんが私に『杖の動きを調べたいから来年から決闘クラブに来ないか』と声をかけて下さったときに、『上級生相手はともかく同じ一年生の
「…………あなた、性格がとっても素敵ね、って、沢山いるお友達から、何度も言われないかな?」
「あなたほどじゃないと思う。残念だけど」
――ジェマはやがて、自分と同じ学年にも、自分が頭脳で勝てないような者がいることも知った。
★
そして、学年末の宴が大広間で行われた。寮対抗杯でスリザリンは、昨年と一昨年に引き続き、有終の美を飾った。クィディッチのリーグは四年のチャーリー・ウィーズリー(監督生ウィリアム・ウィーズリーの弟で、一年の糞真面目角縁眼鏡の兄)を擁するグリフィンドールチームが全チームに圧勝したのだが、スリザリンは普段の素行(むろん表面的な素行である)や試験などでグリフィンドールを優に上回っていた。談話室も夜通しパーティが続き、
「久しいですね、ジェマ。成績も普段の行いも、とても素晴らしいと聞き及んでいます。来年も期待していますわ」
三年生フレヤ・ロウル――優等生でありスリザリン女子の大半を統率する有力者であり間違いなく三年連続優勝の立役者の一人である――が、ジェマを呼び寄せて微笑みかけた。ジェマは、談話室の皆の注目が集まっていることに満足しながら礼を述べたが、この場にいない、いるはずのない二人の顔をふと思い出した。ジェマは結局、シーナ・シンクレアとソフィア・ソールズベリーには終始やられっぱなしであった。毎週の訓練で、ハンディを設けても、一対一では歯が立たなかった。それだけでなく、こっそりソフィアを呪ってやろうとしても、毎回失敗して、ジェマがかけようとした呪いと同程度のしっぺ返しを食らうのだった。
(姿を隠す「目くらまし」はあまりに難しいから、ソフィアにバレないようにこっそり近づくことがそもそも難しい。訓練のときが絶好のタイミングなのだが、呪いを仕込もうとする余裕はほとんど無い。あらかじめ部屋で待ち伏せして罠を仕掛けても、すべてお見通しなのだった。あの二人は、自身のローブや周囲に、魔法を防いだり検知する術をかなり厳重に施しているようだった。ソフィアはジェマの試みが失敗するたびに思い切り嘲笑ったが、それ以上咎めるということはなかった)
明日ホグワーツ特急に乗り込む前に、なんとかソフィアの悔しがる顔を見なければ、気持ちよく家に帰れないということに気づいた。
★
翌朝、大広間のテーブルの端で、シーナとソフィアが朝食を食べ終わって立つのを見ると、ジェマも立ち上がって大広間を出て、スリザリンの談話室に続く地下への階段ではなく、二人が消えていった上の階へと向かった。九月のときにやったように、シーナとソフィアが廊下の角に消えるたびに、足音を忍ばせて駆け寄る。二人がいつもスリザリン談話室でなくどこで過ごしているのか、ジェマは
そして人気のない廊下の、古い教室の前にさしかかると、シーナとソフィアは立ち止まって振り返り、互いに「目くらまし」をかけて姿を隠した。
しかし、それまで二人の耳に届いていた、自分達を尾行する幽かな足音も止み、廊下は静寂が訪れた。二人は「目くらまし」に魔力を割くのは得策ではないと判断し、解呪して再び姿を現した。
「姿を隠してるのかしら、なのにわざとらしく足音を立てて、何の挑発かしら」
ソフィアは言いながら杖を上げ、シーナはソフィアと背中合わせの位置を取って杖を上げ、ともに黄色い閃光の網を放って廊下を照らし出し、不審な事物を炙り出さんとした。
廊下の角から姿を現したのは、奇妙な一足の靴だった。同時に二人の横から扉を開けて姿を現したジェマが、「お化け呪い」を唱え、黒い塊を繰り出した。あわせて横丁の「ギャンボル・アンド・ジェイプス悪戯専門店」の「ドクター・フィリバスターの長々花火」が一ダース、火花を噴きながら廊下を舞った。ソフィアは扉の開く音を耳にすると同時に、杖を扉に向けて無言で「
「……」
二人はゲームの終了を認識し、ゆっくりと杖を下ろした。ソフィアはジェマの「金縛り」を解呪すると、廊下に出た。シーナが屈んでソフィアのローブの脚に触れ、「片恋のエリーゼ」の隠し部屋に植わった
「途中までは私が跡をつけて、五階の隠し扉をくぐった後は、靴を履き替えて、ソフィアのローブの裾に『浮遊術』で糸をつけて、逆方向から教室に先回りしました。無言呪文は使えないですが、『
ジェマは淀みなく言う。
「こっそり跡をつける足音を聞いて、あなた達が前と同じこのルートに変更するかは賭けでした。ソフィアのローブが、魔力も害もない、マグルの他愛のない悪戯を防がないかどうかも賭けでした。音に注意を払って糸に気づかないかも賭けでした。足音の質が変わったことに気づかないかも賭けでした。追跡者を焦らすために、わざと遠回りに四回曲がる道を選ぶかも賭けでした。下手な一年生の尾行にわざわざする必要はないとみなして、途中で振り返らないかも、途中で『目くらまし』を使わないかも賭けでした。教室に引きずり込みやすい位置をとろうとして、ちょうど教室の前で立ち止まるかも賭けでした。待ち伏せより両方向からの挟み撃ちをまず想定するのが自然とはいえ、シーナが教室の中ではなくまず廊下の逆方向をチェックするかも賭けでした。花火をまず確実に片づけるために、シーナがソフィアと行動をともにしないかも賭けでした。『
ジェマはそこで息を継いだ。顎を上に向け、胸をそらす。
「全部賭けです。でも、私の勝ちです」
ソフィアは満面の笑みで、左手をジェマの肩にのせる。ほころんだ唇から柔らかな声がこぼれる。ジェマはソフィアを見上げようとして、自らの視線の高さがソフィアの首のあたりまで迫っていることに気づいた。
「……あなた、そんな
シーナは無表情のまま、二度頷いた。
「完敗だ。たしかに不確実極まりない策だが、結果的にソフィアはジェマの道連れになって死んだ。私達の油断と慢心と思考停止については何も弁解の余地が無い。それを利用して終始私達を自らの掌の上で踊らせた。素晴らしい」
二人は花火の燃えカスや煤や水で汚れた廊下を杖で掃除すると、再び口を開いた。
「毎週よくやった。ジェマがスリザリンで得たい類の『力』は、それを伸ばしてゆくために私達のような外れ者が役に立てることは、正直なところ、これ以上はあまりないだろう。むろん、模擬戦闘であれば望むならいつでも相手をする。お前はまだまだ強くなると思う。あの決闘クラブの方も、同学年のグリフィンドールとレイブンクローが来ると聞いたから、より張り合いがあるかもしれない」
「あなたのお陰で今年随分と愉しめたわ」
ジェマは何を言うべきか言葉を探そうとして押し黙ったが、二人は足取り軽く廊下を去っていった。
「あの」
廊下の角で、二人が立ち止まった。ジェマは息を吸い込んだ。二人に向けてこの言葉を面と向かって口にするのは、あるいはこれが初めてだったかもしれない。
「ありがとうございました」
二人ともジェマを振り返らないまま、シーナは片手を挙げ、ソフィアは片手をひらひらと振り、角を曲がって消えた。ジェマはしばらくその場に立ち尽くしていたが、はっとなってスリザリンの談話室に駆け降り、ルームメイトのジャスミンやサブリーナと一緒にホグワーツ特急に乗ってキングス・クロスまで戻り、9と4分の3番線で両親と顔を合わせた。母はジェマを抱きしめながら問う。
「学校はどうだった?ちゃんとスリザリンらしくできた?」
「とっても楽しかったよ。もちろん」
ジェマは薄く笑いながら答えると、母から体を離して、柵を越えて「
★
長い夏休みも終盤、八月の下旬になると、どの家庭も新学期の買い出しをするから、ダイアゴン横丁は嵐のような混雑で、ファーレイの店もいつになく忙しく、ジェマも手伝いに駆り出され、ようやく一息つけたのは八月の三十一日であった。
そして九月一日を迎え、二年生になってホグワーツに戻ってきたジェマは、スリザリンの長テーブルで、組分けを眺めていた。
「ストーリー・セラ!」
そして残る一年生の数もようやく少なくなり、Sの姓が呼ばれる。
黒い髪と緑の瞳、すらりと大人びた、目を惹く女子生徒が、緊張の足取りとともに進み、古びた大きな帽子を被った。
一分。
二分。
三分。
三分と三十秒。
ついに、帽子が高らかに叫んだ。
「スリザリン!!!」
他のテーブルからのわずかな溜息やせせら笑いをかき消すように、スリザリンのテーブルから拍手が鳴り響く。
セラ・ストーリーは、組分けの緊張からすっかり解かれた様子で、大広間の天井の満天の星空、浮かぶ何千本もの蝋燭、飛び交う
ジェマは、まずいと反射的に思った。
スリザリン出身の親を持つ者であれば、たいてい、初日は好奇心を抑えて振舞え、と親兄弟から戒められる。
もちろん、たとえ純血の古い屋敷に生まれようと、初めて見るホグワーツ城には誰しも圧倒されるものだ。しかし、それでも落ち着いてスリザリンのテーブルに速やかに座るようにと言い含められる。そうでなければ、自らが魔法に全く慣れていない者だと、告白してしまうようなものだから。
ただでさえ、ストーリー家という家は聞いたことがない。それに、組分けにやたら時間がかかっていた。だから周囲のスリザリン生も、全く同じことを考えているはずだ。マグルの血が半分くらい混ざってるのかもしれない。だから魔法界のことを、ろくに知らないまま育ったのだろう、と。
「あなた、こちらへどうぞ」
セラが浮いた足取りでスリザリンのテーブルを進んでいると、冷たくも柔らかい声が響いた。金髪碧眼の魔女、ロウル家とグリーングラス家の血を引く令嬢、四年のフレヤ・ロウルだった。彼女の席は、テーブルの中央に近い席だった。教師の耳からも大広間の扉からも距離がある快適な位置。ロウルは、向かいの空いている席を掌で示し、セラを導く。その席がこのときまで空いていたのは、むろん当人の意向である。権力者には、自らが最初に話す新入生を選ぶ権利がある。
生粋の純血主義者として知られるロウルが、自らの向かいに、恐らく半分程度マグルの血が混ざっているこの一年生を招こうとは、ジェマにとっては意外だった。未だ組分けが終わっていないTより先の姓にめぼしい生徒がいないと判断したのか。あるいは、この魔女に何かしらを見出したのか。
あるいは。
「ありがとうございます。初めまして、セラ・ストーリーです、よろしくお願いします。あなたのお名前はなん――」
次の生徒の組分けが進む中、スリザリン生の注目は二人に集まっていた。セラの小声の問いかけを気にせず、ロウルは問いかけを返す。
「レイブンクローと迷われていたのですか?」
「はい、そうでした」
「やはりそうでしたか。たしかにあなたは聡明であるように見受けられます。――第一印象だけで人を判断するなと、母に戒められておりますが、今の印象に関しては誤っていないでしょう」
ロウルは青い眼をそばめる。
「たとえヒトでない血が濃くとも――あなたに責はありません。スリザリン寮は、あなたを歓迎致します、セラ・ストーリー。私、ロウル家のフレヤも、
組分けを邪魔しない声量で、しかしはっきりとロウルは告げた。この新入生を呼び寄せた目的は、彼女を保護するためなのかもしれないとジェマは悟った。今の台詞は、セラに向けたものというよりもむしろ、周囲に対する牽制だろう。ロウル自ら歓迎の意を示したのだから、セラ・ストーリーの血に関して、悪意を持って野暮な詮索をしたとすれば、ロウルの意向に反することになる。
一方でセラは、目の前の上級生にあらゆることを問いただしたく、しかし葛藤をしているように見受けられた。
「……えっとそれはどう――」
ロウルは人差し指を立ててセラを黙らせ、組分け帽子の方を向き直った。やがてようやく組分けが終わり、校長が宴の始まりを告げる。同時にテーブルいっぱいに料理が出現し、大広間が喧騒に包まれる。
ジェマは好物をとりわけ、自らの皿によそり、周りの二年生としゃべりながらも、ロウルがセラに話しかける声を聞いていた。ジェマはいくぶん教授陣のテーブルに近い席に座っていたが、喧騒の中にあってもロウルの声ははっきり響いていた。
「ずいぶん美味しそうですね。ホグワーツの料理は、素晴らしいでしょう?」
「本当に美味しいです。……あ、行儀が悪かったらすみません。その、見ての通り、
「……
ロウルは怪訝そうに言うと、声を柔らげる。
「先ほども言った通りに、ヒトの血の濃さにかかわらず、同じ杖を持つ仲間だと、私は考えております。あるいは、十年前までの混乱で、親を亡くした子供も少なくないですし、不幸にも野蛮な世界で育たざるを得なかったという者もいるでしょう。いずれにしても、仮にあなたが今まで魔法に馴染めていなかったのだとしても、恐れる必要はありません――むろん生まれ育ちを誇るのは望ましくありませんが。ここで求められるのは、
セラは、ロウルの話をなんとか消化しようとしているようだった。
「ヒトの血……。――もしかして、あまり聞いてはいけないかもしれませんが、上座に座っていらっしゃる先生の中には、身長がだいぶ違う方々がいますが、生まれつきの病気ということではなく……?」
「フィリウス・フリットウィック教授は、
「『ヒトたる存在』……。小鬼とか巨人が、なんというか、人間と子供をなせるんですね。」
「ええ。他にも魔法省は、ヴィーラ、
「なるほど。……じゃあその中に、髪が黒くて目が緑の、私みたいな種族はいるんですか」
「まさか。どれも一目で分かりますよ。あなたは
「もちろんありません」
「変身していない人狼はヒトと見分けがつきませんが、いくらあの校長でも『
「もちろん違います。――あの、小鬼とか吸血鬼とか、人間じゃない種族の血を引いてる人じゃなくて。たとえばマクゴナガル教授も、父親は魔法使いでないと言っていましたが。こっちでは、
ロウルはステーキを切るナイフの動きをいったん止める。
「――マクゴナガル教授も」
皿にナイフとフォークを置いてナプキンで口を拭い、まっすぐセラの目を見た。
「『
「……マクゴナガル先生は良い方だと私も思いましたが――」
セラは混乱しているようだった。
「…………その、参考までに聞きたいのですが、マクゴナガル先生とは違って、両親ともマグルだという生徒はホグワーツにいるのですか?マクゴナガル先生からは、そういう生徒もいると聞いていた気がするのですが」
「少なくともスリザリンにいれば関わる機会はないので安心しなさい」
ロウルはにべもなく答えた。セラはしばらく黙った。ジェマは、そこでセラが
「…………なるほど。……じゃあ、皆さんやっぱり、入学したころから魔法を沢山使える感じなんですか?マクゴナガル先生は、一から教えるから心配しなくて良いとおっしゃっていたのですが」
「簡単な魔法を扱える生徒は当然いるでしょう。しかしマグゴナガル教授の授ける変身術は、きわめて危険ですから、入学前に教えるような家庭はほとんど無いと思いますわ。他の科目であれ、教授のおっしゃる通り、何も心配しなくてよろしい」
「それなら良かったです」
セラは肩をなでおろす。ロウルは自信に満ちた様子で頷く。
「逆に良い家に生まれたからといって怠ければ魔法は身に着きません。どの生徒も、これからの努力次第でいくらでも変わります。あなたが励み、良い成績を取れば、寮にその分貢献できることになります。もちろん良い成績を取れなくても、気に病む必要はありません。スリザリン生は家族のようなものです、皆で支え合います」
「なんとか頑張ります。――ところでホグワーツでは、その『変身術』以外にどんな魔法を学ぶんでしたっけ。教科書は他にも魔法薬の教科書とか呪文集とかを買いましたが」
「杖を使うわざとしては、モノに新たな性質を与える『
「色々あるのですね、面白そうです。……あ、歴史の授業もありますか。『魔法史』って教科書がとても面白くて」
「失礼、挙げそびれておりました。歴史もホグワーツで学びます。ただ、ビンズ教授の講義は……あー……その……ゴーストでいらっしゃるためか、恥ずかしながら、集中して聴くに骨が折れるものでして」
「なるほど。そういえば、わざわざ『魔法史』って名前がついてますけど、魔法族以外の歴史はやらないんですか」
「……は?ヒト以外の歴史を、『ふくろうの歴史』を学校で教えるとでも?ゴブリンとヒトの間の血なまぐさい歴史なら、散々に魔法史の教科書に出てきますわ」
「……そうでした。――でも、魔法を使えない人の、『マグル』の文化を学ぶ、マグル学とかいうのもあるって聞きましたが」
「あんなものは学問でもなんでもありません。マグル贔屓達と、それに追従する愚か者達の自己満足で設けられたに過ぎません。それが『正しい』ことなのだとのたまって。野蛮なマグルの生態を知って真似して何になるのですか?子供のごっこ遊びでもあるまいに。当然、あれを履修して時間を無駄にするスリザリン生はいません」
「…………ロウルさんは、『マグル』にどういうイメージを持っているのですか?魔法使い……いやヒトと『マグル』は魔法が使えるか使えないかの違いでしかないって聞いたのですが」
セラは慎重に、しかし声をわずかに震わせながら、ロウルを見上げた。ロウルの白い肌に赤みがさし、その声もわずかに震えた。
「魔法が使えるか使えないかの差?恥を知りなさい。杖も箒も使えず、闘争と生殖ばかり好む、魔法を使えるヒトを妬み憎み苦しめて殺す、ヒトを誘惑しあるいは無理矢理につがってヒトの血を薄める、ヒトの顔を被ってヒトに擬態した、地べたを這いずり無数に蠢く
「えっいくらなんでもさすがにそれはあんまりですよ、中にはそういう人もいるかもしれませんが皆が皆そんなんじゃ――」
「私の先ほど言ったことが聞こえなくて?あなたがどれほど劣悪な環境で育ったのであれ、それ自体は罪ではありませんが、今後は蛇の流儀と正しい知識を身に付けなさい。何よりもあなた自身のために」
セラはロウルを睨みつけて立ち上がると、堰を切ったようにまくし立てた。
「劣悪な環境って、たしかに家は貧乏ですけど、母は魔法なしにずっと一人で私をしっかり育ててくれましたよ、父も魔法使いでなくて私は『
セラはそこで、スリザリン中の生徒が黙って自分の方に目を向けていることに気づき、ゆっくり口を閉じ、座った。ロウルはナイフとフォークを静かに皿に置いた。ナプキンで口を拭うと、冷たく言い放つ。
「皿を共にすると言った先ほどの言葉を、撤回します。
セラの表情には恐怖や怒りや後悔よりも強く当惑の色が現れており、何を言うべきかひどく混乱しているようだった。
「……でも、さっき乗ってきたホグワーツ特急だって、あれは元はロンドンで使われてた汽車を改造したんでしょう?思い切り『マグル』の文化じゃないですか」
「ヒトがこうして肉やパンを食して生きているからといって」
ロウルはにべもなく言った。
「ヒトが獣や小麦と同じ存在だといえるでしょうか?否でしょう。たしかにホグワーツ特急を私は快く思いませんが、あれに乗っているくらいでヒトがマグルと同等だということにはなりません。それにあの列車は、当代の高名な人々の手で複雑な術が施された、一つの非常に精緻な魔法建造物です。ヒトにしか再現できません」
ロウルは、セラの方を見ずに答える。
「組分け帽子は、たとえ創設者の手によるものとはいえ、千年も使われ続けた魔法具です、稀に過ちが起こるとしても、私の手に負えるものではありません。私は、ヒトとの食事に戻ることにしますわ」
セラは何も言わず、血の気が失せたまま硬直していた。ジェマはテーブルの端を見ないように努め、自分の空の皿に視線を落としたが、今シーナ・シンクレアとソフィア・ソールズベリーがどんな表情をしているのか、その無表情と満面の笑みを正確に想像できている自信があった。
★
二年生になったジェマの学校生活は、さしたる変化がなく、順調なものだった。とはいえ、右も左も分からなかった一年前に比べるとずいぶん余裕が生まれたので、寮や一年生達の様子について、注意を払うことができた。マグル生まれのセラ・ストーリーはあの日以降、寮では徹底的に孤立しているようだったし、授業以外の時間はシーナとソフィアと共に過ごしているようだった。シーナとソフィアが、人ひとり分も遠く離れて廊下を歩くという光景は、実に新鮮だった。この二人に両脇を固められた状態で危害が加わることは無いだろうから、二人が七年生のうちに入学できたことは、あの一年生にとって唯一の幸運だったのかもしれない。とはいえセラは、独りであろうと三人であろうと、いつでも背筋を伸ばして前を向いて歩いていた。
ジェマは、シーナとソフィアと関わることはもうなくなっていた。いつでも歓迎するとは年度末に言われたものの、セラの面倒を見るのに忙しいであろう二人の時間を、今更わざわざ割こうとは思わなかった。
そして新学期から三週間経ったのち、ジェマは初めてセラ・ストーリーに接触した。セラが独りで廊下を歩くのは、授業の合間のとき、かつ、シーナとソフィアが他の授業を受けているときに限られるから、タイミングを合わせるのは難しかった。「魔法史」の教室から少し離れた、閑散とした廊下のトイレから出てきたときを見計らって、ジェマは声をかけた。
「あなたが一年のマグル生まれのセラ・ストーリーね」
ジェマの襟の緑色を見止めた瞬間にセラは杖を抜いていた。
「
魔法に触れて三週間の動きとはとても思えなかった。ジェマは紙一重で赤い閃光をかわし、再度襲ってきた光を「盾の呪文」で弾く。
「私は何も、するつもりはない」
ジェマは、リンボクの杖を床に落として、両手を挙げてみせた。去年の誕生日にもらってから、毎日大切に磨いている自分の分身が、じめじめした大理石に転がる。セラはゆっくりと杖を下ろす。
「私は二年のジェマ・ファーレイ。七年生のシーナ・シンクレアとクソ女……いやソフィア・ソールズベリーの、不本意な知り合い、のようなもの」
セラの目に驚きと疑いの色が混ざった。
「……いきなり呪文をかけたのは謝ります。でも、シーナとソフィアの友達が、何の用?二人からは何も聞いていなかったけど。君も非魔法族の出身なの?」
(あの二人はジェマについて何も言っていなかったのか、「その方が面白いから」とでも思ったのだろうか、言っていればこの少女の心強さも少しは増しただろうにと、ジェマは呆れと怒りを覚えた。しかしすぐに、「無理矢理やらせてもしょうがないし。将来のあなたにその気があれば、そうしてくれれば、その子も嬉しいだろうし私達も嬉しい、というだけのこと」というソフィアの声を思い出した)
「私はダイアゴン横丁で育ったし、少なくとも三代前までは非魔法族は誰もいない。――用か。そうだね、特に用は無いのだけれど。あの二人以外はみんなあなたの敵、というわけじゃないことを、伝えておきたかっただけ」
セラの目が見開かれたが、なおも疑わしげに問いかけた。
「……何か目的があるの?私みたいなのと仲良くして、特にメリットは無いだろう」
「あなたは中々、『強者』の
ジェマは首を横に振る。
「――なんていう私の予感が間違いだったとしても。メリットどうこうでなくて、
セラはしばらく黙った。
「…………『シーナ・シンクレアの杖の材質は?』」
「『
「……『ソフィア・ソールズベリーの一番好きな朝食のメニューは?』
「『イチゴジャムとバターをたっぷり塗ったトースト』。『だったけれど、シーナにハイランドのヘザー蜂蜜を添えたポリッジを振舞われてからは、それが一番に変わったわ』」
セラはようやく警戒が解けたようで、また同時にこらえていた感情が溢れたようで、肩を落として深く息を吐き、片手で目を覆った。
ジェマは屈んで杖をゆっくり拾い、丁寧に拭いて、ローブに仕舞う。セラが顔を拭い終わるのを待って、ジェマは声をかける。
「あなた、何でスリザリンに入ったの?
セラは迷っていたが、ぽつりと声を漏らす。
「……スリザリンでは、私の可能性が一番開けると言われたから。険しい道になるけどスリザリンではきっと力を手に入れられる、って言われて」
「セラ。――あなた最高だよ」
ジェマは右手を差出した。
「あなたみたいな人こそスリザリンに来るべき――そして堂々と歩けるべきなの」
「歩けるようにすべきなの」
(第4½話・終)
第4½話は一個の短編小説としての文章の描写や構造を意識しようとしました。
「全部賭けです。でも、勝ちです」のセリフにどこかで既視感があたのですが、思い出せなかったのでそのまま出しました。
7日間で9万字になってしまいましたが連日の投稿はいったん終了です。第5話の投稿は先になってしまいますが、そのときも読んでくださる方がいらっしゃれば幸いです。感想も(ストーリーやキャラやディテールや文章や描写についてのコメントも考察もひとことのメッセージも)ここすき機能も、いつも本当に励みになります。
今話のキャラクタの学年の表:
+9 シーナ・シンクレア, ソフィア・ソールズベリー, ウィリアム・ウィーズリー
+7 ニンファドーラ・トンクス, チャーリー・ウィーズリー
+6 フレヤ・ロウル, ジンジャー・オリバンダー
+4 ジェマ・ファーレイ, ペネロピー・クリアウォーター, パーシー・ウィーズリー, アンドレア・ジョンソン, オリバー・ウッド
+3 セラ・ストーリー
(+0 ハリー・ポッター, シム・スオウ)