スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会) 作:非魔法族
「はじめ!」
ジョンソンが試合開始を告げるとともに、オオニシとセラは同時に地を駆けた。オオニシは木の短刀を振りかぶって前方に大きく跳躍し、着地と同時に振り下ろす。
「
宙を裂く唸りとともに突風が
「
セラは右手に握りしめた杖を左手で支え、オールを漕ぐかのように右から左に動かす。杖と身体を場外に吹き飛ばすはずだった強風を、「盾の呪文」で横に受け流しながら、セラは右後ろにステップを踏む。
しかしオオニシは、セラが杖を構えなおす前に、返す手で続けざまに呪いを放つ。
「
意識を刈り取る赤い閃光がセラの真正面に迫る。オオニシはそれで休むことなく、なおもセラの方へ跳躍し、容赦なく木刀を横に
「
先ほどと同じ烈風が、今度はセラの真横から吹いて唸る。赤い閃光と突風が別方向から迫りくる中、セラは赤い閃光を無視し、風の方に体を向けて叫ぶ。
「
風には風を。オオニシの猛烈な「
「
オオニシの死角、脇腹に回り込んだセラが、ようやく攻撃に転じる。火力が低いぶん、「
「
オオニシは体をターンさせて駆け出し、短刀を突き出して「盾」を張り、セラの赤い光を散らすと同時に「盾」を解除し、その姿勢のまま「失神呪文」で反撃をする。目の前わずか三十センチ先に迫る木刀の切っ先から、赤い光が閃く。
「ッ……
セラは杖を右に向けて杖から強風を放ち、自分の身体を大きく飛ばした。近くの柱に激突する寸前、柱に「
「いつものように熱戦だね。魔法使いの決闘はある程度距離を取って呪文を打ち合うのが普通だけど、オオニシさんは超近接戦タイプだから、一瞬の体捌きのミスが命とりになる。私は運動苦手だしあんなに機敏に動くのは無理」
そばに腰かけたペネロピーが、セラとオオニシの戦闘を見て淡々と呟く。何か気の利いた感想を考える前に、全長五十センチはくだらないオオニシの短刀が目に入ってシムの口から言葉が漏れる。
「……ていうかオオニシさんの杖、リーチ長くないですか?あんなの振り回して良いんですか、魔法以外で攻撃するのはダメなんでしょう」
ちょうど、セラが「
「オオニシさんは故郷で作ったあれを杖代わりにしている。
しかし、眉をひそめるシムに、ペネロピーはにべもなく返す。
その間にも、セラとオオニシの戦いは激しさを増す。
「
「
セラは試合場を跳んで駆けながら、相手に
オオニシは、小細工を一切弄さず、ただ身体を
シムはほとんど
人間相手に本気で戦うセラを目にするのは、シムはこれが初めてだった。
一心不乱に同じステージで舞いながら杖を振り呪文を飛ばし合う、二人のそれは、一つの激しいコミュニケーションのように見えた。シムは、心に虚しい穴が空いてじわじわ広がるような感じがした。それは、セラがディゴリーと会話しているときに感じた、心がかきむしられ火がつくような感覚ともまた違っていた。
自分はまだ、彼女と同じ舞台に立ててすらいないのだと、改めて痛感してしまった。
「
「
そしてまた、シムは「私より強いホグワーツ生は
顔をこわばらせるシムを見て、ペネロピーが呟いた。
「ひょっとして、あれだけ才能に溢れていて、あれだけこれまで必死に頑張ってきたセラなら、七年生にも余裕で勝てると思っていた?…………オオニシさんは、
「……」
「あとはやっぱり、オオニシさんがああやって近接戦に持ち込んでいるから、お互いの身体能力の差が如実に現れる。マグルと違って魔法族は、魔力をうまく身体に循環させることで、男女の筋力の差を縮めることができるけれど――オオニシさんはその魔力の操作も、三年分熟達している」
オオニシが木刀を薙ぎ、またも強烈な横風を呼ぶ。セラは紙一重でかわすも、杖先に突風があたり、危うく杖が手から離れかける。
「……セラが負けるって言いたいんですか」
「それでもセラはやっぱり、強い」
シムが声を尖らせると、ペネロピーは即答してシムをじっと見つめた。
「私が何年セラを見てきたと思って――いや、ひょっとしたらもうあなたの方がセラと長く時間を過ごしているのだから、分かるでしょう?」
ペネロピーは落ち着き払ってそう言い切ると同時に、オオニシが声を張り上げる。
「
セラの右方からすさぶ烈風と、直進する赤い光線。先ほどと同じ布陣だが、しかし赤い光線の軌道は、セラの身体よりも左に逸れていた。黙っていれば強風の餌食になるし、強風を先ほどの要領で凌ごうとすれば、風圧で左に圧されるセラの身体が、ちょうど「失神呪文」の軌道にぶつかる。
「
セラはどれにも構わず
「
沈み込んだ床が元に戻ろうと上昇する中で、セラが続けて唱える。足を骨抜きにする「くらげ足の呪い」が、地面を這いながら進む。オオニシはそれを高く跳躍して難なく避け、宙に浮いたまま足下に杖を向け、上半身を現したばかりのセラに向けて、とどめを刺そうとし――
「
「
――オオニシが赤い光を放つと同時に、セラが斜め下から突風を吹き上げ、オオニシの木刀が宙を舞う。一方のセラは、「
「そこまで!」
★
二人はしばらく深呼吸をしていたが、やがて向き直ると、互いにお辞儀をした。
「――やっぱりストーリーさんは、強くなりましたね。今回は最後にうっかり決着を急いでしまいましたけれど、どちらにせよ、僕ではもう、勝てそうにないなあ」
「今のはまぐれでしたよ、一歩遅ければ負けてました。……でも、オオニシさんに認めてもらえるのはとっても嬉しいです。一年の頃は、自分がいつかオオニシさんに追いつけるだなんてとてもとても」
息を切らしながらも二人は爽やかに笑い合い、スタジアムから降りる。戻ってきたセラに、シムは心からの声をかける。
「お疲れ様です。……格好良かったですよ」
セラの息はまだ整っておらず、額には汗が光っていたが、晴れやかな調子で言う。
「ありがとう。格好良いところを見せられて良かった。…………それにしても疲れたな、いったん水を飲ませてくれ」
セラは部屋の隅に用意された水差しの方に向かった。ペネロピーはセラを見送ると、シムにしか聞こえない声で呟く。
「……セラ、本当に格好良いでしょう?ああやって何でもできて。弱音を吐かずに独りで凜と振舞って。前からずっとそう。
「……」
「でもあの子だって、いつもどこでも強くあれるわけじゃないと思う。そんなわけがない」
ペネロピーはシムをまっすぐ見る。
「……だからせめて同じ寮のあなたは。ちゃんとセラを見てほしい。守るとか助けるとか支えるとか付きまとうとかじゃない。きちんと『見て』ほしい。『スリザリン生』でも『マグル生まれ』でも『優等生』でもない、『僕の天使』でもないセラを。…………こんなこと、まだ一年生のあなたに、言うことでもないけどね」
「そんな真剣な顔して何の話してたの?」
水を飲んだセラが戻って来たので、ペネロピーは肩をすくめて立ち上がった。
「別に。セラがこの前、かぼちゃジュースと間違えて
「えっそれわざわざシムの前で言わなくても良いだろ?」
「……だから僕もちゃんとクリアウォーターさんに、セラがこの前自分で床にかけた
「君もさあ……」
セラはやれやれと首を振る。
「私の尽きない失敗談は良いとして。次はシム、君の番かな。ジェマでも良いけれど、学年が近いのは――」
「――俺だね」
★
セドリックがこちらを見て微笑む。シムは背筋に熱いものが走るのを感じた。黙って立ち上がり、セラの方を振り返らずに試合場へ向かう。興奮と緊張とで、心臓の鼓動がどんどん速くなっていった。セドリックはシムの目の前に立つと、相変わらず微笑んでいた。相手にならないとでも言うかのように。シムの鼓動がさらにうるさくなる。
主審の位置にセラが立つと、セドリックはふとそちらに顔を向けて、奥歯にものが挟まったような調子で、切り出した。
「あー、セラ。この試合は、俺は――つまり――」
セラは目を細め、きっぱり言う。
「セドリック。手を抜いたら許さない。全力でシムと戦え」
「分かったよ」
神妙に頷くセドリックを見て、シムは、できるだけ恥をかかせるやり方でセドリックを負かすにはどうすれば良いのかを考えた。
「シム」
セラの言葉が飛び、シムは「セドリックが大観衆の前で滑稽に膨らんで宙にぷかぷか浮かんで
「焦ることはない。彼の胸を借りるつもりで、リラックスして臨みなさい。さっき言ったように、重要なのは勝敗ではなく、むしろ、相手のレベルにかかわらず今の君の実力を最大限に発揮できたかどうかだ。何をしようが相手に勝てれば良い、勝たなければいけないという姿勢ではなく、技と術を美しく見せるという姿勢を意識すること」
その言葉を聞いて、シムの鼓動は落ち着いてきた。シムは頷いて深呼吸をする。これはディゴリーとの競争ではない。セラに自分の成長を見せる場だ。もちろん、そのうえで、勝つに越したことはないけれど。
「
セラの声が凜と響く。
「はじめ!」
「
セドリックの詠唱を聞くより前に、シムは右に跳躍した。決闘は開始のタイミングが決まっているのだから、初手をどうするかしっかり考えろと、シムは何度も言われていた。三年のセドリックと
「
しかしシムが体勢を立て直して杖を向けるより先にセドリックは続けて呪文を唱える。大きなラブラドール・レトリバーが二頭、吠えながらシムに突進した。猟犬としての攻撃性を露わにした肉食動物の眼光に、本能的な恐怖で、シムの頭が固まる。
「
セドリックの杖から赤い光が飛んできて再び思考が回り、なんとか体を捻ってかわす。
そしてシムは、ルール上、魔法でできた犬に噛まれることはないと気づき、冷静になった。シムの気を散らしたり、シムの動きを邪魔をすることだけが、この自律機動する駒の役目だ。
「
シムの呪文が犬の一頭に当たり、犬はふらふらした足取りでもう一頭に襲いかかった。二頭はぶつかって床に一体となって倒れ込み、揉みあううちに霧となって消えた。シムは呪文が当たったのを確認するとすぐ、犬達の様子を見届けることなく、柱の陰からセドリックに呪いを放つ。
「
「
セドリックに盾を張らせて時間を稼ぎながら、次の手を素早く考える。セドリックが自分より、力量が明らかに
格上の相手と
そうやって、相手が自分より弱い札を切るチャンスを待つ。切れる
「
先ほどのジョンソンのように、シムは「穴掘り呪文」を自分の足下で唱える。呪文は試合場の床を
「
シムはセドリックに杖を向けて「呼び寄せ呪文」を唱える。上方や正面からの攻撃を警戒していたであろうセドリックは、意表を
「
そしてブラフだと気づくも、直後、足下の地面を突き破って爆ぜた「穴掘り呪文」に足を取られてしまったセドリックは、正面から来るシムの「
「
――代わりにセドリックは的確に「盾の呪文」で
「
「
その
「
しかしセドリックは杖をシムではなく噴水に向けた。噴きあげられて地面に落ち行く水がゼリーのように固まり、大量のゼリーが「呼び寄せ呪文」に導かれ――セドリックは噴水とシムの延長上に位置どっていたので――シムの体にぶつかり、シムは前のめりに倒れる。
「
セドリックの追撃で、シムは床に倒れた姿勢のまま、後ろにごろごろ吹き飛ぶ。シムの杖がセドリックの手に収まり、セラが声を張り上げる。
「そこまで!」
★
シムは立ち上がって礼をするも、表情は悔しさを抑えられなかった。
「すごいなスオウ、一年でこんな動けるのか。もう少しで負けるとこだったよ」
しかしセドリックは開口一番、心から感心した様子で言い、握手を求めた。シムは手を握って黙礼し、ますます歯噛みした。シムが試合場から上がると、ジョンソンも近寄って背中を
「いやシム、一年にしちゃよくやるよマジで。あたしが一年の頃は
「当然。どこぞの馬鹿寮と違ってスリザリンの一年は優秀なの」
「いやシムとセラの力だろ
周囲から褒められ、いっそうシムは情けなさと落胆が増した。一年生のときのセラは、シムと違って、彼女たちからの評価は「一年にしちゃよくやる」どころではなかったはずだと、シムは確信していた。
「お疲れ様、シム」
セラと今は話したくなかったのに、彼女の声が隣で響く。シムはセラの顔をまっすぐ見るのが
「皆の言う通り、とても良い動きだったよ」
「……はい」
シムの情けなさがさらに増す。
「…………けれど君が欲しい言葉がこういう励ましじゃないとすれば――」
そんなシムを見て、セラは声量を落とし、シムにだけ聞こえる声で囁く。
「たしかにセドリックは君より遥かに強いけど、それでも絶対に勝てない相手ではなく、十分に勝機はあった。あえて指摘すれば、君は少なくとも二度チャンスがあった」
まず、セドリックが犬を作りだしたとき。彼は犬を二頭も出したけど、犬が君に迫るまでには時間がある。黙って観察するのではなく、セドリックが『
二つ目は何より、セドリックが穴に向けて『
……もちろん、ぜんぶ結果論であって、後からならいくらでも言えてしまうけどね」
「……はい」
シムはうつむきながらも、セラの言葉を噛みしめる。厳しい言葉の方が、慰めよりもよほどありがたかった。
「ちゃんと考えたり、積極的に
「はい」
「……まあ、ごちゃごちゃ言ったけど。あえて厳しい言葉をかけるならってだけだから、気にしなくて良いよ。君が他の人と杖を交わすのは初めて見たけど、とても良い動きだった。緊張しただろうに、ベストを尽くした思う」
セラはシムの手に肩を乗せる。
「それに、皆が君を知って、きちんと君を評価してくれて、私も鼻が高いよ。ありがとね」
セラの心からの笑顔を見て、シムはうじうじした気分が吹き飛ぶのを感じた。
「んだよ
ジョンソンが茶化すと同時に、タイミングよく扉が開き、全員の注目が扉に集まった。大きな分厚い丸眼鏡をかけた、小柄な女子生徒が、大きなトランクを引きずっていた。
「遅刻してすまない」
★
女子生徒を目にし、早速ペネロピーとジョンソンが嬉しそうに声をかける。
「ジンジャーさん!」
「遅いじゃないの、どしたの、まーたギトギト頭に罰則でも食らってたんすか」
陰気な雰囲気を醸し出す彼女は、二人を見て淡々と呟く。
「おはよう
「マジかよブレねえなあんた」
呆れ顔のジョンソンを意に介さず、彼女は首を回してシムとセラの方を見た。セラが前に進み出る。
「久しぶりですオリバンダーさん。――シム、こちらジンジャー・オリバンダーさん。杖作りのオリバンダー翁の
「久しぶり
「…………」
ジンジャー・オリバンダーは挨拶もそこそこに切り上げると、半ばひったくるようにシムの杖を取り、灯りに透かしたり触ったりしながらぶつぶつ呟いた。
「サクラにドラゴンの心臓の琴線。二十二センチ。しなりやすい。…………ドラゴンは見たところウェールズ・グリーン普通種のように見える。…………サクラ材はスウェーデン・ショートスナウト種やノルウェー・リッジバッグ種やオーストラリア=ニュージーランド・オパールアイ種とも組み合わされるし、
オリバンダーはぶつぶつ呟き続け、天井に向けて振ると「
ひらひら舞い落ちる花びらは地面に着くや
「……サクラ材には一般的に強力な『杖』が宿るけれども、芯にドラゴンを用いたもの
オリバンダーはシムに杖を返した。
シムは絶句しながらも、オリバンダーの青い襟を見て納得した。「レイブンクローは奇人の寮」のような評判とは異なり、レイブンクロー生の九割以上は普通の生徒だが――しかしこの種のぶっ飛んだ人間が入りうる寮があるとしたら、それはレイブンクローでしかありえない。セラがシムに囁く。
「オリバンダーさんは生まれながらの杖作りで杖作りに命を捧げている人だし、『杖をヒトが使っている』のでなく『杖がヒトを使っている』と思っているタイプの人だけれど、それさえ目をつぶればごく普通の優しい人だよ」
「……」
「今日も性能を評価したい新しい
空気が一気に張り詰め、皆がジェマの方を向く。
「…………一戦もやっていないのは私だけか。一年生の前で無様を晒したくなかったけど。よろしくお願いします」
ジェマは背筋を伸ばし
「ありがとう
「……ちなみに、その杖の材質を聞いても?」
シムはジェマの声にわずかに怯えが混じっていたことに気づいた。
「
「月桂樹の杖……たしか
「その効果をこの杖は著しく強めている」
「……今日は『武装解除』すら使えずあなたとやり合わなきゃならないんですか」
ジェマは肩を落とすと、オリバンダーは眼鏡のつるを中指で押し上げた。
「公平を期して私の方は
ジェマは疑わし気にペネロピーの方を見たが、ペネロピーは微妙な表情で沈黙を保った。
ジェマはそれ以上の追及は諦めて、オリバンダーとともにスタジアムにつき、お辞儀を交わす。シムはセラに囁く。
「……?二人は決闘するんですか?オリバンダーさんの杖の性能を調べるのではなく?」
「もちろん決闘だよ。オリバンダーさんに言わせれば、一人で杖を振るときと、二本の杖が相対して魔法を繰り出し合うときでは、勝手が異なるらしい。彼女は戦闘時のデータを分析するために、このクラブに入っている」
「……決闘しながら杖の分析なんてできるんですか?ジェマはどう見ても本気ですけれど、あんなおっかないのと勝負するだけで精一杯なんじゃないですか?」
ジェマとオリバンダーを交互に見ながら、シムは疑問の声を上げる。
ジェマ・ファーレイは――
一方のオリバンダーは、猫背気味で、寝癖のついた髪のまま、分厚い大きな眼鏡が鼻に若干ずり落ちたまま、ただぼさっと突っ立って杖を構えている。
「いや、全く精一杯なんてことはない。ジンジャー・オリバンダーは、このクラブで最強だから。――杖を振ってない今だって、明らかに別格だと見抜けるだろ」
セラが冷静に呟くと同時に、試合開始を告げる主審のペネロピーの声が響き渡る。
「一月中にまとめて五話を更新」ではなくギリ一回分になってしまいました。続き五回は隔日投稿します。