スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会)   作:非魔法族

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第5話 決闘と血統 (2)対等の舞台

 

「はじめ!」

 

 ジョンソンが試合開始を告げるとともに、オオニシとセラは同時に地を駆けた。オオニシは木の短刀を振りかぶって前方に大きく跳躍し、着地と同時に振り下ろす。

 

風よ(ヴェンタス)

 

 宙を裂く唸りとともに突風が()け、セラに襲い掛かる。

 

護れ(プロテゴ)

 

 セラは右手に握りしめた杖を左手で支え、オールを漕ぐかのように右から左に動かす。杖と身体を場外に吹き飛ばすはずだった強風を、「盾の呪文」で横に受け流しながら、セラは右後ろにステップを踏む。

 しかしオオニシは、セラが杖を構えなおす前に、返す手で続けざまに呪いを放つ。

 

麻痺せよ(ステューピファイ)

 

 意識を刈り取る赤い閃光がセラの真正面に迫る。オオニシはそれで休むことなく、なおもセラの方へ跳躍し、容赦なく木刀を横に()ぐ。

 

風よ(ヴェンタス)

 

 先ほどと同じ烈風が、今度はセラの真横から吹いて唸る。赤い閃光と突風が別方向から迫りくる中、セラは赤い閃光を無視し、風の方に体を向けて叫ぶ。

 

風よ(ヴェンタス)

 

 風には風を。オオニシの猛烈な「強風呪文(ヴェンタス)」に対して、やはり猛烈なセラの「強風呪文(ヴェンタス)」がぶつかり、相殺(そうさい)せんとする。否、相殺しきれず、セラの身体が後ろに()されるが――それはセラの元々の計算のうちだ。オオニシの呪文の威力の方がわずかに勝るなら、それを利用して「失神呪文(ステューピファイ)」を避ければ良い。向かい風で後ろに跳躍するセラの、そのわずかに前方を、赤く太い「失神呪文(ステューピファイ)」の光が通り過ぎた。

 

武器よ去れ(エクスペリアームス)

 

 オオニシの死角、脇腹に回り込んだセラが、ようやく攻撃に転じる。火力が低いぶん、「武装解除呪文(エクスペリアームス)」は「失神呪文(ステューピファイ)」よりもずっと速く進む。

 

護れ(プロテゴ)――麻痺せよ(ステューピファイ)

 

 オオニシは体をターンさせて駆け出し、短刀を突き出して「盾」を張り、セラの赤い光を散らすと同時に「盾」を解除し、その姿勢のまま「失神呪文」で反撃をする。目の前わずか三十センチ先に迫る木刀の切っ先から、赤い光が閃く。

 

「ッ……風よ(ヴェンタス)――衰えよ(スポンジファイ)

 

 セラは杖を右に向けて杖から強風を放ち、自分の身体を大きく飛ばした。近くの柱に激突する寸前、柱に「軟化呪文(スポンジファイ)」をかけ、もともと柔らかかった柱を綿のように変え、衝撃を吸収させる。

 

「いつものように熱戦だね。魔法使いの決闘はある程度距離を取って呪文を打ち合うのが普通だけど、オオニシさんは超近接戦タイプだから、一瞬の体捌きのミスが命とりになる。私は運動苦手だしあんなに機敏に動くのは無理」

 

 そばに腰かけたペネロピーが、セラとオオニシの戦闘を見て淡々と呟く。何か気の利いた感想を考える前に、全長五十センチはくだらないオオニシの短刀が目に入ってシムの口から言葉が漏れる。

 

「……ていうかオオニシさんの杖、リーチ長くないですか?あんなの振り回して良いんですか、魔法以外で攻撃するのはダメなんでしょう」

 

 ちょうど、セラが「妨害呪文(インペディメンタ)」で反撃をし、オオニシがかわして、木刀をセラの至近距離で薙ぎながら「強風呪文(ヴェンタス)」を放ち、セラが前方に転がるように跳んで紙一重で刀と風を避けて、オオニシの背後を取った、というところだった

 

「オオニシさんは故郷で作ったあれを杖代わりにしている。生家(せいか)の剣術では一メートル以上ある長い刀を両手で使うらしいし、斬撃(ディフィンド)を飛ばしたり強風呪文(ヴェンタス)刃物(はもの)みたいに飛ばしたり刀に魔法を纏わせたりもするらしいけれど、今はルールに則ってただ安全に呪文を唱えているだけ。仮に杖がちょっと当たったところで、魔法族だから大した怪我もしない」

 

 しかし、眉をひそめるシムに、ペネロピーはにべもなく返す。

 その間にも、セラとオオニシの戦いは激しさを増す。

 

縛れ(インカーセラス)――蜥蜴出でよ(ラケルソーティア)――襲え(オパグノ)――接地(コロッシュー)――泡に眠れ(エバブリオ)――沈め(デプリモ)

 

麻痺せよ(ステューピファイ)――風よ(ヴェンタス)!――武器よ去れ(エクスペリアームス)――妨害せよ(インペディメンタ)――風よ(ヴェンタス)――終われ(フィニート)

 

 セラは試合場を跳んで駆けながら、相手に雨霰(あめあられ)と呪文を浴びせ、(こま)を呼んで攻撃させ、試合場に罠をかける。

 オオニシは、小細工を一切弄さず、ただ身体を(さば)きながら、木刀で空を裂き、空を突いて、風や光をセラに浴びせる。

 

 シムはほとんど(まばた)きを忘れ、至近距離で攻撃と回避を繰り返す二人の応酬を眺めた。

 人間相手に本気で戦うセラを目にするのは、シムはこれが初めてだった。

 一心不乱に同じステージで舞いながら杖を振り呪文を飛ばし合う、二人のそれは、一つの激しいコミュニケーションのように見えた。シムは、心に虚しい穴が空いてじわじわ広がるような感じがした。それは、セラがディゴリーと会話しているときに感じた、心がかきむしられ火がつくような感覚ともまた違っていた。

 

 自分はまだ、彼女と同じ舞台に立ててすらいないのだと、改めて痛感してしまった。

 

武器よ去(エクスペリアー)……っ!――護れ(プロテゴ)

 

妨害せよ(インペディメンタ)風よ(ヴェンタス)

 

 そしてまた、シムは「私より強いホグワーツ生は()()()()いない」と言っていた意味も悟った。戦況はどちらかというと、セラが押されているように見えた。セラの呪文はオオニシにあまり届いていないか、すべていなされている。一方でセラの方は、オオニシの呪文をきわどいところでかわし続けていて、防戦を強いられている。

 顔をこわばらせるシムを見て、ペネロピーが呟いた。

 

「ひょっとして、あれだけ才能に溢れていて、あれだけこれまで必死に頑張ってきたセラなら、七年生にも余裕で勝てると思っていた?…………オオニシさんは、勤勉の寮(ハッフルパフ)の監督生は、()()()()()必死に頑張っていた。いつも仲間を助けて、英語の練習する合間に。十代の三年の差は、魔法族であってもとても大きいよ。私より冴えていてアンドレアより運動できる四年生トップ(セラ)であろうとも」

 

「……」

 

「あとはやっぱり、オオニシさんがああやって近接戦に持ち込んでいるから、お互いの身体能力の差が如実に現れる。マグルと違って魔法族は、魔力をうまく身体に循環させることで、男女の筋力の差を縮めることができるけれど――オオニシさんはその魔力の操作も、三年分熟達している」

 

 オオニシが木刀を薙ぎ、またも強烈な横風を呼ぶ。セラは紙一重でかわすも、杖先に突風があたり、危うく杖が手から離れかける。

 

「……セラが負けるって言いたいんですか」

 

「それでもセラはやっぱり、強い」

 

 シムが声を尖らせると、ペネロピーは即答してシムをじっと見つめた。

 

「私が何年セラを見てきたと思って――いや、ひょっとしたらもうあなたの方がセラと長く時間を過ごしているのだから、分かるでしょう?」

 

 ペネロピーは落ち着き払ってそう言い切ると同時に、オオニシが声を張り上げる。

 

風よ(ヴェンタス)――麻痺せよ(ステューピファイ)

 

 セラの右方からすさぶ烈風と、直進する赤い光線。先ほどと同じ布陣だが、しかし赤い光線の軌道は、セラの身体よりも左に逸れていた。黙っていれば強風の餌食になるし、強風を先ほどの要領で凌ごうとすれば、風圧で左に圧されるセラの身体が、ちょうど「失神呪文」の軌道にぶつかる。

 

衰えよ(スポンジファイ)――風よ(ヴェンタス)

 

 セラはどれにも構わず()()に杖を向けて床を軟化させると、()()に向けて強風を放った。風圧で身体と床が急激に大きく沈み込み、頭が地面の下にかき消え、オオニシの強風がその上を通り過ぎる。

 

くらげ足(ロコモーター・ウィーブリー)

 

 沈み込んだ床が元に戻ろうと上昇する中で、セラが続けて唱える。足を骨抜きにする「くらげ足の呪い」が、地面を這いながら進む。オオニシはそれを高く跳躍して難なく避け、宙に浮いたまま足下に杖を向け、上半身を現したばかりのセラに向けて、とどめを刺そうとし――

 

武器よ去れ(エクスペリアース)――」

 

風よ(ヴェンタス)

 

 ――オオニシが赤い光を放つと同時に、セラが斜め下から突風を吹き上げ、オオニシの木刀が宙を舞う。一方のセラは、「軟化呪文(スポンジファイ)のかかった床が再び反動で斜め後ろに沈み、赤い光を間一髪で逃れる。決着は唐突に訪れた。

 

「そこまで!」

 

 

 ★

 

 

 二人はしばらく深呼吸をしていたが、やがて向き直ると、互いにお辞儀をした。

 

「――やっぱりストーリーさんは、強くなりましたね。今回は最後にうっかり決着を急いでしまいましたけれど、どちらにせよ、僕ではもう、勝てそうにないなあ」

 

「今のはまぐれでしたよ、一歩遅ければ負けてました。……でも、オオニシさんに認めてもらえるのはとっても嬉しいです。一年の頃は、自分がいつかオオニシさんに追いつけるだなんてとてもとても」

 

 息を切らしながらも二人は爽やかに笑い合い、スタジアムから降りる。戻ってきたセラに、シムは心からの声をかける。

 

「お疲れ様です。……格好良かったですよ」

 

 セラの息はまだ整っておらず、額には汗が光っていたが、晴れやかな調子で言う。

 

「ありがとう。格好良いところを見せられて良かった。…………それにしても疲れたな、いったん水を飲ませてくれ」

 

 セラは部屋の隅に用意された水差しの方に向かった。ペネロピーはセラを見送ると、シムにしか聞こえない声で呟く。

 

「……セラ、本当に格好良いでしょう?ああやって何でもできて。弱音を吐かずに独りで凜と振舞って。前からずっとそう。マグル生まれ(わたしたち)はレイブンクローだって楽でもないのに。今までセラがどれほど、それこそホグワーツに来る前だって――」

 

「……」

 

「でもあの子だって、いつもどこでも強くあれるわけじゃないと思う。そんなわけがない」

 

 ペネロピーはシムをまっすぐ見る。

 

「……だからせめて同じ寮のあなたは。ちゃんとセラを見てほしい。守るとか助けるとか支えるとか付きまとうとかじゃない。きちんと『見て』ほしい。『スリザリン生』でも『マグル生まれ』でも『優等生』でもない、『僕の天使』でもないセラを。…………こんなこと、まだ一年生のあなたに、言うことでもないけどね」

 

「そんな真剣な顔して何の話してたの?」

 

 水を飲んだセラが戻って来たので、ペネロピーは肩をすくめて立ち上がった。

 

「別に。セラがこの前、かぼちゃジュースと間違えて紅炎生姜(アンガージンジャー)ジュースを飲んで(むせ)てて可愛かったよって話」

 

「えっそれわざわざシムの前で言わなくても良いだろ?」

 

「……だから僕もちゃんとクリアウォーターさんに、セラがこの前自分で床にかけた減摩呪文(グリセオ)で滑っちゃってたって教えてあげましたよ」

 

「君もさあ……」

 

 セラはやれやれと首を振る。

 

「私の尽きない失敗談は良いとして。次はシム、君の番かな。ジェマでも良いけれど、学年が近いのは――」

 

「――俺だね」

 

 

  ★

 

 

 セドリックがこちらを見て微笑む。シムは背筋に熱いものが走るのを感じた。黙って立ち上がり、セラの方を振り返らずに試合場へ向かう。興奮と緊張とで、心臓の鼓動がどんどん速くなっていった。セドリックはシムの目の前に立つと、相変わらず微笑んでいた。相手にならないとでも言うかのように。シムの鼓動がさらにうるさくなる。

 主審の位置にセラが立つと、セドリックはふとそちらに顔を向けて、奥歯にものが挟まったような調子で、切り出した。

 

「あー、セラ。この試合は、俺は――つまり――」

 

 セラは目を細め、きっぱり言う。

 

「セドリック。手を抜いたら許さない。全力でシムと戦え」

 

「分かったよ」

 

 神妙に頷くセドリックを見て、シムは、できるだけ恥をかかせるやり方でセドリックを負かすにはどうすれば良いのかを考えた。肥大呪文(エンゴージオ)身体移動(モビリコーパス)強風呪文(ヴェンタス)を使って――。

 

「シム」

 

 セラの言葉が飛び、シムは「セドリックが大観衆の前で滑稽に膨らんで宙にぷかぷか浮かんで(わら)われる」想像の世界から、現実世界へと引き戻された。セラの方を見ると、彼女は穏やかに微笑んでいる。

 

「焦ることはない。彼の胸を借りるつもりで、リラックスして臨みなさい。さっき言ったように、重要なのは勝敗ではなく、むしろ、相手のレベルにかかわらず今の君の実力を最大限に発揮できたかどうかだ。何をしようが相手に勝てれば良い、勝たなければいけないという姿勢ではなく、技と術を美しく見せるという姿勢を意識すること」

 

 その言葉を聞いて、シムの鼓動は落ち着いてきた。シムは頷いて深呼吸をする。これはディゴリーとの競争ではない。セラに自分の成長を見せる場だ。もちろん、そのうえで、勝つに越したことはないけれど。

 

(さん)――()――(いち)――」

 

 セラの声が凜と響く。

 

「はじめ!」

 

武器よ去れ(エクスペリアームス)

 

 セドリックの詠唱を聞くより前に、シムは右に跳躍した。決闘は開始のタイミングが決まっているのだから、初手をどうするかしっかり考えろと、シムは何度も言われていた。三年のセドリックと真向(まっこう)から呪文を打ちあっては押し負けるし、シムはまだ「盾の呪文」を十分に張ることができない。セドリックも同じことを考えるだろう。であれば「かわす」一択だ。

 

犬よ(カニス)――犬よ(カニス)

 

 しかしシムが体勢を立て直して杖を向けるより先にセドリックは続けて呪文を唱える。大きなラブラドール・レトリバーが二頭、吠えながらシムに突進した。猟犬としての攻撃性を露わにした肉食動物の眼光に、本能的な恐怖で、シムの頭が固まる。

 

麻痺せよ(ステューピファイ)

 

 セドリックの杖から赤い光が飛んできて再び思考が回り、なんとか体を捻ってかわす。

 そしてシムは、ルール上、魔法でできた犬に噛まれることはないと気づき、冷静になった。シムの気を散らしたり、シムの動きを邪魔をすることだけが、この自律機動する駒の役目だ。

 

錯乱せよ(コンファンド)

 

 シムの呪文が犬の一頭に当たり、犬はふらふらした足取りでもう一頭に襲いかかった。二頭はぶつかって床に一体となって倒れ込み、揉みあううちに霧となって消えた。シムは呪文が当たったのを確認するとすぐ、犬達の様子を見届けることなく、柱の陰からセドリックに呪いを放つ。

 

妨害せよ(インペディメンタ)

 

護れ(プロテゴ)

 

 セドリックに盾を張らせて時間を稼ぎながら、次の手を素早く考える。セドリックが自分より、力量が明らかに(まさ)ることは認めるしかない。

 格上の相手と対峙(たいじ)するとき、正面からぶつかっては、結果は見えている。かといって短期決戦を避けて守りに入ろうとしても、場をコントロールする力も相手の方が長けている以上は、やはり苦しくなる。だから相手の予想から外れる手を打ち続けて、相手に主導権を握らせないようにしなければならない。――シムはセラの言葉を思い出す。

 そうやって、相手が自分より弱い札を切るチャンスを待つ。切れる手札(カード)の数も、手札の強さも、たとえ相手の方が大きく勝っていようと、相手が必勝の切り札(ワイルドカード)を持っていることはない。

 

掘れ(ディフォディオ)

 

 先ほどのジョンソンのように、シムは「穴掘り呪文」を自分の足下で唱える。呪文は試合場の床を穿(うが)って地下を掘り進み、セドリックの足下へと向かう。セドリックの視線がわずかに下を向く。

 

来い(アクシオ)

 

 シムはセドリックに杖を向けて「呼び寄せ呪文」を唱える。上方や正面からの攻撃を警戒していたであろうセドリックは、意表を()かれ、反射的に後ろを見やってしまった。「相手の背後にある物を呼び寄せ(アクシオ)でぶつける奇襲」を好むセラとの戦闘を繰り返している者として自然の反応だったが、しかし、呼寄せ呪文で飛んでくるような物体は、シムは何も置いていなかった。

 

武器よ去れ(エクスペリアームス)

 

 そしてブラフだと気づくも、直後、足下の地面を突き破って爆ぜた「穴掘り呪文」に足を取られてしまったセドリックは、正面から来るシムの「武装解除(エクスペリアームス)」の赤い光をかわすことができず――

 

護れ(プロテゴ)――石になれ(ペトリフィカス・トタルス)

 

 ――代わりにセドリックは的確に「盾の呪文」で()ね返し、「全身金縛り」でシムに反撃をする。しかし元々勝負が決まるとは思っていなかったシムは、横に移動して柱の陰に隠れながら、次の呪文を放っていた。

 

妨害せよ(インペディメンタ)

 

水よ(アグアメンティ)

 

 その妨害呪文(インペディメンタ)もセドリックは危なげなくかわし、そのまま放水呪文(アグアメンティ)を、シムに向けてではなく()()の穴に向けて放った。水流は「穴掘り呪文」で掘られた地下の道を勢いよく進み、シムの近くの穴から噴きあがった。今度はシムが意表を衝かれた。この噴水でセドリックは何をしようとしているのか、一瞬考えてしまい、そして、駆け出したセドリックがこちらに二メートルぶん距離を詰めて杖を真っ直ぐ向けていることに気づく。セドリックが正面から自分に呪文を打つと予想したシムは、呪文の打ち合いで押し負けないよう、杖を上げるのではなくセドリックの呪文を避ける準備に入る。

 

固まれ(デューロ)――来い(アクシオ)

 

 しかしセドリックは杖をシムではなく噴水に向けた。噴きあげられて地面に落ち行く水がゼリーのように固まり、大量のゼリーが「呼び寄せ呪文」に導かれ――セドリックは噴水とシムの延長上に位置どっていたので――シムの体にぶつかり、シムは前のめりに倒れる。

 

武器よ去れ(エクスペリアームス)

 

 セドリックの追撃で、シムは床に倒れた姿勢のまま、後ろにごろごろ吹き飛ぶ。シムの杖がセドリックの手に収まり、セラが声を張り上げる。

 

「そこまで!」

 

 

 ★

 

 

 シムは立ち上がって礼をするも、表情は悔しさを抑えられなかった。

 

「すごいなスオウ、一年でこんな動けるのか。もう少しで負けるとこだったよ」

 

 しかしセドリックは開口一番、心から感心した様子で言い、握手を求めた。シムは手を握って黙礼し、ますます歯噛みした。シムが試合場から上がると、ジョンソンも近寄って背中を(ほが)らかに叩く。

 

「いやシム、一年にしちゃよくやるよマジで。あたしが一年の頃は(ちょく)で殴るしかできなかったからすげーよ。正直セドと張り合うなんて思ってなかったわ、っぱセラが連れて来るだけあるな」

 

「当然。どこぞの馬鹿寮と違ってスリザリンの一年は優秀なの」

 

「いやシムとセラの力だろお前(ファーレイ)は何もしちゃいねえだろ調子乗んなカス」

 

 周囲から褒められ、いっそうシムは情けなさと落胆が増した。一年生のときのセラは、シムと違って、彼女たちからの評価は「一年にしちゃよくやる」どころではなかったはずだと、シムは確信していた。

 

「お疲れ様、シム」

 

 セラと今は話したくなかったのに、彼女の声が隣で響く。シムはセラの顔をまっすぐ見るのが躊躇(ためら)われたが、顔をそむけているのもさすがに子どもっぽいように思われ、セラの方を向き直る。セラはやはり穏やかに微笑んでいた。

 

「皆の言う通り、とても良い動きだったよ」

 

「……はい」

 

 シムの情けなさがさらに増す。

 

「…………けれど君が欲しい言葉がこういう励ましじゃないとすれば――」

 

 そんなシムを見て、セラは声量を落とし、シムにだけ聞こえる声で囁く。

 

「たしかにセドリックは君より遥かに強いけど、それでも絶対に勝てない相手ではなく、十分に勝機はあった。あえて指摘すれば、君は少なくとも二度チャンスがあった」

 まず、セドリックが犬を作りだしたとき。彼は犬を二頭も出したけど、犬が君に迫るまでには時間がある。黙って観察するのではなく、セドリックが『失神呪文(ステューピファイ)』を唱えるまでに何か呪文を打てば、彼のペースを乱せた。

 二つ目は何より、セドリックが穴に向けて『放水呪文(アグアメンティ)』を打ったとき。あれを打ったときの大きな隙で呪文を一発二発撃ち込めただろうし、それに分かっていると思うけど、君の近くの穴から水が噴きあがったところで、無視してしまうか、自分から利用してしまえば良かった。多分彼は、あそこで勝ちを決めに行ったというよりは、君を驚かせて同じ手で意趣返(いしゅがえ)しをしたい気持ちが先行したようにも見えた。だから焦らなければ対処はできた。

 ……もちろん、ぜんぶ結果論であって、後からならいくらでも言えてしまうけどね」 

 

「……はい」

 

 シムはうつむきながらも、セラの言葉を噛みしめる。厳しい言葉の方が、慰めよりもよほどありがたかった。

 

「ちゃんと考えたり、積極的に攪乱(かくらん)させにいく姿勢は良かったよ。ただ、変に考えすぎたり奇をてらったりしないのも大事。バランスが難しいけどね。あと、他人の戦法を吸収しようとする姿勢も良かった。ただし、自分の戦法を相手に取り入れられたときにどう対処するかも想定していないといけない」

 

「はい」

 

「……まあ、ごちゃごちゃ言ったけど。あえて厳しい言葉をかけるならってだけだから、気にしなくて良いよ。君が他の人と杖を交わすのは初めて見たけど、とても良い動きだった。緊張しただろうに、ベストを尽くした思う」

 

 セラはシムの手に肩を乗せる。

 

「それに、皆が君を知って、きちんと君を評価してくれて、私も鼻が高いよ。ありがとね」

 

 セラの心からの笑顔を見て、シムはうじうじした気分が吹き飛ぶのを感じた。

 

「んだよ姉弟(きょうだい)でこそこそ仲良く喋ってんなよあたしにも聞かせろよ――」

 

 ジョンソンが茶化すと同時に、タイミングよく扉が開き、全員の注目が扉に集まった。大きな分厚い丸眼鏡をかけた、小柄な女子生徒が、大きなトランクを引きずっていた。

 

「遅刻してすまない」

 

 

 ★ 

 

 

 女子生徒を目にし、早速ペネロピーとジョンソンが嬉しそうに声をかける。

 

「ジンジャーさん!」

 

「遅いじゃないの、どしたの、まーたギトギト頭に罰則でも食らってたんすか」

 

 陰気な雰囲気を醸し出す彼女は、二人を見て淡々と呟く。

 

「おはよう蘆使い(ペネロピー)シカモア使い(アンドレア)。…………その通り。朝からずっと地下室で、一年生と六年生の魔法薬の授業で使う材料の下ごしらえをさせられていた。肉食角ナメクジを茹でたり、ネズミの脾臓(ひぞう)を潰したり、ドラゴンの肝を割いたり。…………昨晩、四階の『禁じられた廊下』で新しい杖の威力を試していたところを見つかったせい。……あの扉は壊れないしかける呪文に応じて異なる反応を返すから実に興味深い。……どんな呪文をかけようと壊れずにその威力を吸収して魔法に変換して放出する機構は共通しているけれども、たとえば『爆発せよ(コンフリンゴ)』であれば白煙を放出し、『爆破(エクソパルソ)』であれば青い光を放出する。…………対価が罰則という名の無賃労働で済むなら悪くない……」

 

「マジかよブレねえなあんた」

 

 呆れ顔のジョンソンを意に介さず、彼女は首を回してシムとセラの方を見た。セラが前に進み出る。

 

「久しぶりですオリバンダーさん。――シム、こちらジンジャー・オリバンダーさん。杖作りのオリバンダー翁の曾孫(ひまご)にあたる」

 

「久しぶりイチイ使い(セラ)。そして君がサクラ使い(シム・スオウ)か。…………私はレイブンクロー七年のヤマナラシ使い。『杖作り(メーカー)』見習いをやっている。よろしく。…………ところで早速だけれど君の主人(つえ)を見せてほしい…………」

 

「…………」

 

 ジンジャー・オリバンダーは挨拶もそこそこに切り上げると、半ばひったくるようにシムの杖を取り、灯りに透かしたり触ったりしながらぶつぶつ呟いた。

 

「サクラにドラゴンの心臓の琴線。二十二センチ。しなりやすい。…………ドラゴンは見たところウェールズ・グリーン普通種のように見える。…………サクラ材はスウェーデン・ショートスナウト種やノルウェー・リッジバッグ種やオーストラリア=ニュージーランド・オパールアイ種とも組み合わされるし、中国火の玉種(チャイニーズ・ファイアボール)はさらに一般的。…………そういえば東洋ではサクラ材の魔法扇に日本九頭竜種(ジャパニーズ・ナインヘッド)のたてがみを織り込むこともあるらしい。しかしあれの心臓の琴線を西洋杖に組み込むには既存の技術では困難が伴う。あのような東洋無翼竜(アジアン・サーペント)をドラゴンの亜種とみなすには無理があるとトネリコ使い(チャーリー)が言っていた気がする。…………この杖が交流している杖は概ねそこのイチイの杖のみ…………確固たる上下関係であれ関係性は悪くはない…………」

 

 オリバンダーはぶつぶつ呟き続け、天井に向けて振ると「花よ(オーキデウス)」と唱えた。

 

 (らん)の花束が杖から噴き出たと思うと、花束は桃色の光とともに炸裂し、シムの視界は白い雪で埋め尽くされた。しかしすぐに雪ではなく花びらだと気づく。白い桜の花びらが、風も無いのに吹き荒れ、部屋一面に舞っていた。自分の杖がもたらした幻想的な光景に、シムはしばし見とれた。

 ひらひら舞い落ちる花びらは地面に着くや(いな)や雪のように溶けて消え、部屋はやがて元の姿へと戻った。

 

「……サクラ材には一般的に強力な『杖』が宿るけれども、芯にドラゴンを用いたものに仕える(を使う)のはかなり難しい。…………卓越した自制心と精神力を身に付けない限り、主人(つえ)乗り物(ヒト)を認めようとしないから。…………現状ではまだ認めていないだろう。…………時間はかかるだろうが……主人をよく理解し、主人によく理解してもらおうと努めるに限る。…………それともう少し手入れをこまめにする方が良い……」

 

 オリバンダーはシムに杖を返した。

 シムは絶句しながらも、オリバンダーの青い襟を見て納得した。「レイブンクローは奇人の寮」のような評判とは異なり、レイブンクロー生の九割以上は普通の生徒だが――しかしこの種のぶっ飛んだ人間が入りうる寮があるとしたら、それはレイブンクローでしかありえない。セラがシムに囁く。

 

「オリバンダーさんは生まれながらの杖作りで杖作りに命を捧げている人だし、『杖をヒトが使っている』のでなく『杖がヒトを使っている』と思っているタイプの人だけれど、それさえ目をつぶればごく普通の優しい人だよ」

 

「……」

 

 唖然(あぜん)としたままのシムに構わず、オリバンダーはトランクを開けて広げた。大小様々の杖が、敷き詰められたクッションの上に整然と並べられている。彼女はその中の一本を手に取ると、周囲を見回した。

 

「今日も性能を評価したい新しい()がいる。…………誰かこの杖のテストに付き合ってくれないか」

 

 空気が一気に張り詰め、皆がジェマの方を向く。

 

「…………一戦もやっていないのは私だけか。一年生の前で無様を晒したくなかったけど。よろしくお願いします」

 

 ジェマは背筋を伸ばし毅然(きぜん)と言った。

 

「ありがとうリンボク使い(ジェマ)。丁度良かった。…………リンボク材の杖は乗り物(ヒト)とともに危険や苦難を乗り越えるほど紐帯(ちゅうたい)が強くなるけれども、毎度同じパターンの苦難では慣れが生まれてしまう。……あのサンザシ使い(ソフィア)は実に苦難の与え方が上手かった。私の性格ではあの域には至れない」

 

「……ちなみに、その杖の材質を聞いても?」

 

 シムはジェマの声にわずかに怯えが混じっていたことに気づいた。

 

月桂樹(Laurel)に一角獣のたてがみ。二十七センチ。しなりやすい」

 

「月桂樹の杖……たしか()()()()()()()()()()()()()っていう――?」

 

「その効果をこの杖は著しく強めている」

 

「……今日は『武装解除』すら使えずあなたとやり合わなきゃならないんですか」

 

 ジェマは肩を落とすと、オリバンダーは眼鏡のつるを中指で押し上げた。

 

「公平を期して私の方はリンボク使い(ジェマ)の杖を奪う試みをしないことにする。…………もちろんリンボク使いの方は好きに『武装解除』でもなんでも試してくれて良い。その場合はこの杖が反応を示すが、安全性は蘆使い(ペネロピー)と確認済」

 

 ジェマは疑わし気にペネロピーの方を見たが、ペネロピーは微妙な表情で沈黙を保った。 

 ジェマはそれ以上の追及は諦めて、オリバンダーとともにスタジアムにつき、お辞儀を交わす。シムはセラに囁く。

 

「……?二人は決闘するんですか?オリバンダーさんの杖の性能を調べるのではなく?」

 

「もちろん決闘だよ。オリバンダーさんに言わせれば、一人で杖を振るときと、二本の杖が相対して魔法を繰り出し合うときでは、勝手が異なるらしい。彼女は戦闘時のデータを分析するために、このクラブに入っている」

 

「……決闘しながら杖の分析なんてできるんですか?ジェマはどう見ても本気ですけれど、あんなおっかないのと勝負するだけで精一杯なんじゃないですか?」

 

 ジェマとオリバンダーを交互に見ながら、シムは疑問の声を上げる。

 ジェマ・ファーレイは――文武両道(ぶんぶりょうどう)才色兼備(さいしょくけんび)と名高く、低い家名にもかかわらず監督生の地位にあり寮内で一定の勢力を固め、決闘や呪い(カース)も優れていると噂され、実際にグリフィンドールの喧嘩を制圧するのが趣味で、自らに牙を剥く者や自らの舎弟を虐める者には丁寧に呪いで落とし前をつけ、スリザリン寮のために陽に陰に活躍し暗躍し、多くのスリザリン下級生からの敬意と畏怖(いふ)思慕(しぼ)を集める彼女は――このとき、静かに呼吸を整え()()ましながら、一分の隙もなく杖を構え、背筋を伸ばして殺気立ち、持てる闘争心すべてを相手に向けていた。

 一方のオリバンダーは、猫背気味で、寝癖のついた髪のまま、分厚い大きな眼鏡が鼻に若干ずり落ちたまま、ただぼさっと突っ立って杖を構えている。

 

「いや、全く精一杯なんてことはない。ジンジャー・オリバンダーは、このクラブで最強だから。――杖を振ってない今だって、明らかに別格だと見抜けるだろ」

 

 セラが冷静に呟くと同時に、試合開始を告げる主審のペネロピーの声が響き渡る。

 




「一月中にまとめて五話を更新」ではなくギリ一回分になってしまいました。続き五回は隔日投稿します。
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