スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会)   作:非魔法族

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・読者の方の一部に心理的な負荷を与える可能性がある描写が含まれます。今話を読み飛ばしても、先のストーリーの把握に支障はありません。
・あくまで児童文学の二次創作である今作において、未成年への暴力を明示的/扇情的に描く意図は(次話以降も含め)筆者にありません。(本作の物語上避けて通れないと判断しましたが、キャラクタを困難な状況に置くための設定として、安直であることは否めません)
・今話後半の主人公達の選択にかんして、同様の状況に置かれた方の行動として相応しい/適切/推奨すると筆者が考えているわけではありません。
・今回の話を考案したのは一年以上前であり、国外・国内の時事的な出来事との連関は一切ありません。


第5話 決闘と血統 (4)支配の暴力

 

 地下の古い部屋で椅子に繋がれていたシムは、しばらくして、ぐったりしたセラが二人がかりで運び込まれ、乱暴に床に転がされるのを見た。声を上げようにも、シムは『沈黙呪文(シレンシオ)』で声が塞がれている。部屋にいるのは十一人。そのほとんどが男子生徒で六・七年生。

 部屋の奥で傲然と椅子に座っている、リーダー格の巨躯が誰であるかはすぐわかる。スリザリンの支配者の一人、七年生のヴァルカン・フリントだ。

 

「起きろ『穢れた血』」

 

 彼は立ち上がってセラの元まで歩くと、しゃがみこんで胸倉を掴み、二、三発、平手で頬を叩いた。セラが薄く目を開ける。

 

「……っ」

 

 セラはもがこうとするが、かなわず、歯を食いしばる。フリントが滑らかに声を出す。

 

「状況が掴めたか?お前の手足は『生人形の水薬』で朝まで動かない。首から上だけは動く。悲鳴や泣き声を聞けないと面白くないからな。――ああ、しかし、叫んで助けを呼ぼうとしても無駄だ。扉にも廊下にも、『防音呪文』をかけている」

 

「……何が目的だ。お前たちに何もした覚えはない」

 

「何も?あれだけ()(まま)にふるまっておいて何もだと?…………目的はだ。そんな風に、自分が純血と同じ価値があると思ってはばからない傲慢な『穢れた血』に、正しい身の程を、教え込むためだ」

 

 傲然(ごうぜん)と、自らの言葉を欠片も疑うことなく、フリントは言う。

 

「しかしたとえ下賤な『穢れた血』だろうと、存在する価値というものはある。とりわけお前は。まさか分からないとは言うまい?」

 

 フリントはセラの顎を太い指で持ち上げ、その顔を覗き込んだ。

 

「咽び泣くお前を支配して矯正させるのは、さぞ愉快だろう。そういうことになった」 

 

 下卑た忍び笑いが広がる。フリントは胸倉を掴む手を放して立ち上がる。セラは再び床に転がされたまま、毅然と言う。

 

「……低俗な小説の読み過ぎだ。そんなことをしてただで済むと思うのか。ダンブルドアが黙っていない」

 

 セラの声色は変わらなかったが、動揺していないのか、それを出さないようにしているのか、シムには分からなかった。

 

「ふむ。あの老人がどうやって知るというんだ?俺達が親切に教えるとでも?」

 

 フリントがわざとらしく首をかしげ、不思議そうに問う。 

 

「喜ばしいことに私達にも口があって、親切に教えることができる。私に口止めの脅迫は効かない」

 

 フリントが指をさすと、一人がカメラを掲げた。

 

「先ほど説明を受けたはずだから、『写真』がどういうものか知っているよな?これからお前の写真が撮影される。お前の口が動くと、お前の写真が城中、英国中にばら撒かれる。――それらは自然と複製されることになるだろうから、そのすべてを消失させる呪いを組むには、まあ、ダンブルドアであっても困難だろうな」

 

 シムは吐き気がこみあげる。セラは一段と声を低くする。

 

「……そうなったら私は社会的に死ぬけれど、お前らも同じだ。口封じのためにわざわざご丁寧に証拠を残すなんて馬鹿じゃないか。退学どころじゃない、アズカバン行きだろう。私は泣き寝入りしない。私を傷つければ、お前達は絶対に道連れにする」

 

「本当にお前にそんな度胸があったとして。『穢れた血』の女が純血に『矯正』されたところで。ウィゼンガモットがスリザリンの子息十人をアズカバンに叩き込むとでも?」

 

 セラは声色を変えた。

 

「いくら魔法界でも、そこまで腐っているはずが――!」

 

「神聖なウィゼンガモットの大法廷で扱われることもないだろうが、万一そうなったとして。判断するのは、ウィゼンガモットの()()なる陪審員だ。彼らはみな、裁判の前には『予言者』や『週刊魔女』の記事を読んで()()に駆られていることだろう――つまり、『穢れた血』の()()()()()()()雌犬が、()()()()()未来ある純血の若者を何人も罠に嵌めようとしている」

 

 セラは絶句し、かつて上級生から聞き、半分聞き流していた知識を思い出した。有罪無罪も量刑も陪審員の多数決で決まる。陪審員は必ずしも法律に熟達していない。本職の裁判官や検察官や弁護士はいない。三権分立の概念はない。その場の雰囲気と政治的な駆け引きが裁判の結果を大きく左右する。

 しかし、それでも。仮にもウィゼンガモットの今のトップ(チーフ・ワーロック)は、ホグワーツ校長のアルバス・ダンブルドアその人だ。

 

「……ウィゼンガモットも、腐った純血連中ばかりのわけがない、ダンブルドア校長と思想を同じくする者もいるだろう」

 

 たとえ「首席魔法戦士(チーフ・ワーロック)」の肩書が、古来連綿と継がれる名誉職であってダンブルドア自身が法廷に立つことはほとんど無いとはいえ、ダンブルドア自身がウィゼンガモットに与える影響力は計り知れない。ウィゼンガモットのパワーバランスは、絶妙な均衡を保っている。

 しかしフリントは一顧だにせず切り捨てる。

 

「たしかにウィゼンガモットにも頭が足りないダンブルドアの犬は多いし、腐ったマグル贔屓(びいき)の連中も沢山いる。いつも『穢れた血』を擁護して純血を抑圧し、それで自分達がさも高尚で善なる存在であるかのように取り(つくろ)う、(おご)った偽善者たちがな。たしかに連中は『穢れた血』がピーピー喚いたら、ろくに中身も聞く前に涙を流して慰めるだろう――お前が()()()()()()でなければな」

 

 フリントの唇が皮肉に吊り上がる。

 

「連中は、『正義のグリフィンドール・対・悪のスリザリン』に関心があっても、スリザリン同士のごたごたに関心などない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の言うことなど、笑い飛ばす偽善者ばかりだろう」

 

 セラの顔が歪む。フリントの話は、大概、根拠のない想像でもない。実際にスリザリン寮に所属していると、()()()()()()()()()()ことがある。

 他寮のスリザリンに対する偏見は、根拠の()()事実に基づいた偏見だ。実際に、「例のあの人」に従った者のほとんどはスリザリン出身だし、「例のあの人」が消えた以降も相変わらずマグル生まれやマグルを差別する者は多いし、闇の魔法使いと呼ばれた者の多くはスリザリン出身だし、七年スリザリンの環境にいたことでスリザリンに染まってしまう者も多い。しかし、「スリザリンにそのような傾向がある」と「目の前のスリザリン生にそのような傾向がある」は決して同じではない。その二つを区別せず端から決めつける者も、少なくない。

 

「純血の女の中には、お前の言うことを真に受ける優しい馬鹿がいるかもしれん。しかしまあ、たいていは()()()()()と判断するだろうな」

 

 セラは唇を噛む。何らかの落ち度があったと()()()()中傷されることも、魔法界に限った話ではない。それほどに人間の脳の「世界は公平にできているはず」という信念は強固だ。あるいは属性の差別に基づいた感情が。

 

「さっきお前は、何もした覚えが無いと言ったが。不思議と俺のもとには、お前に傷つけられた()()を訴える声が、懺悔(ざんげ)とともに舞い込んで来る。――『危うく『血を裏切り』そうになってしまった。あいつが()()してきたせいだ。()()()()()キスを拒絶された。呪いを喰らった』。こういう声がいくつもな」

 

 セラは苦々しげに吐き棄てる。

 

「それは、そいつとちょっと普通に話しただけで、そいつが勝手に勘違いして、勝手にしつこく付きまとってきて、勝手に逆恨みしただけだろう!…………お互いに寮内で扱いが良くないから私を差別せずに接してくれるかと思えば、こうだ」

 

 フリントは無視して追い打ちをかけるように言う。

 

「まあ、そもそもウィゼンガモットの出る幕などありえん。魔法省もだ。ダンブルドアがそんなことをするわけがない。ホグワーツは伝統的に魔法省やウィゼンガモットに干渉させない。仮にも()()()()()()()()が、やすやす()()()に物事を運ぶわけがない。ハロウィーンにトロールが来ようが、生徒が()()なろうがかぼちゃになろうが()()()()になろうが。あのボケ老人にも千年の伝統と神秘を背負う城主としての自覚があれば、()()()()()()()()()()()()()

 

「…………ホグワーツが、英国魔法省から独立しているとして。ダンブルドア校長やマクゴナガル教授が、生徒が傷つくのを見過ごすはずがない。お前達を重く罰する。アズカバンに行かなくとも、退学だ」

 

「どうかな。お前はあの老人を聖人君子だと思っているのか?たかが『穢れた血』一匹のために、スリザリンの数々の家を敵に回す?あの老人は無用な対立を避けたがるだろう。お前にはそこまでの価値がない」

 

「アルバス・ダンブルドアは断じてそんな人ではない!」

 

 セラの怒気に、フリントは肩をすくめてあざ笑う。

 

損得勘定(そんとくかんじょう)を抜きにしても、あの老人が聖人だとしても――。それでもあの老人は、そう、慈悲深いことに、誰であれ『やり直し』のチャンスを与えてくれる。あるグリフィンドール生があるスリザリン生を『出来心で怪物のいる場所に行かせて殺しかけた』程度のことでは、()()にすらならない。スリザリンでは有名な話だ」

 

「……いや、公平を期すなら、グリフィンドールとスリザリンを入れ替えても同じことだろう。あの老人はグリフィンドール贔屓(びいき)とよく言われるが、憎きスリザリン生であっても、呆れるほど()()()()。我らがスリザリン寮監、スネイプ教授が『死喰い人(デス・イーター)』の疑いでウィゼンガモットにかけられたのは知っているな?ダンブルドアの擁護と庇護で()()()()になった。ダンブルドアの陣営を利するためだったのだと、そんなことをのたまって。……十年前にスリザリンの家を潰そうと血道を上げていたのは、ダンブルドアではなく()()()クラウチ家当主だ」

 

「………………校長は偉大な教育者だ。たとえどんな悪人でも、更生のチャンスを与えるのだろう。けれども、被害者を抑圧することもない」

 

「教育者、か。ご立派な忠誠心だ。『穢れた血』をホグワーツに受け入れるだけ受け入れて、『穢れた血』のためになることは何もやっていないというのに。お前達にも、他の三寮の『穢れた血』にも」

 

 フリントは(わら)う。

 

「……優遇せず他の生徒と同じように平等に扱っているというだけだ」

 

「もう一度お前たちにも分かりやすく説明してあげるとだな。マグルにも学校はあるのだろう?ある日、一匹の猿がやってくる。校長は言う。この猿は猿から生まれたが、とても賢く授業についていける、見た目もお前たちとそっくりだ、だからお前たちと変わらないんだと。お前たちと一緒に学ばせようと。猿と言うのは差別だと。一方で、猿には()()()()()というものを教えない。同じ人間だから分かるだろうと、放置する。――これは猿にも()()()じゃないか?猿も苦労するだろうに」

 

 セラは虚を突かれたように口を閉ざす。ややあって口を開く。

 

「……たしかに、校長というか、そもそも魔法界のシステムが、非魔法族出身者に向けて整備されてはいないし、理解が足りない。けれど、致命的な問題はない。非魔法族は猿ではないから。非魔法族も魔法族も、人間だ。魔法が使えるか使えないか、それだけの違いだ」

 

 フリントは突如、憤怒の形相で杖を抜いて天井に掲げた。太く短い杖から、緑色の炎が噴きあがる。

 

「本当にそう思っているのか?魔法が使える()()?自らの腕のみでこんなことができるか?自らの姿を変えられるか?俺たちと違って、お前は野蛮なマグルに囲まれて暮らしていた。お前は本当に、自分が魔法も使えないマグルと対等だと思うのか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 ()()()()()()()()()()()()セラは咄嗟(とっさ)に反論を上げられず、押し黙ってしまった。フリントがせせら笑う。

 

「我々とマグルは、たまたま見た目が似て子をなせるというだけだ。小鬼(ゴブリン)やら鬼婆(ハッグ)やら吸血鬼(ヴァンパイア)やらヴィーラやら屋敷妖精(ハウスエルフ)のような亜人どもと同じようにな。魔法を使える分、あれらの方がまだ高等な生物かもしれん。……まあ、鬼婆や屋敷妖精を相手するなど狂気の沙汰だから、人形としてはマグルは上等の部類だろう。体は魔女とさほど変わらないし、力は魔女と違ってまるで無い。ただの玩具(おもちゃ)に溺れて結婚する奴の気は知れんが」

 

「だから非魔法族も人間だ、お前は人間を何だと思っているんだ……!」

 

「だから、我々とマグルは同じではない。そんなにマグルが愛しいというなら――お前はさっき脅迫に屈しないと言ったが――お前のマグルの家族は大事じゃないのか?お前がホグワーツを出るまでは、お前の家には()()()()()()()()のだろう?大人しくしていた方が賢明だと思わないのか?」

 

 フリントはゆっくり、幼児に言い聞かせるように話す。セラの声が一段と低く一段と荒々しくなる。

 

「……母に何かしようものなら、私は絶対に許さない。けれど魔法界は、魔法族同士の暴力よりむしろ、非魔法族への暴力の方を厳しく監視し裁いているはずだ。国際機密保持法に――世界中の魔法族の最高法規に触れるからだ!純血だろうとなんだろうと、非魔法族を攻撃すればアズカバンに送られることくらい、私は知っている」

 

「嘆かわしいことに、その通りだ。しかし、前にお前も言っていたように、マグルはとにかく()()()()。そして、魔法法執行部隊の数は限られる。そして、魔法を使った『臭い』は、成人すれば消える。――お前はまさか、魔法族が非魔法族に何かすると、()()()()()()()()()()()()()と本気で思っているのか?」

 

 セラはまたも口をつぐむ。セラ自身、()()()()()()()()()()()()()()()()()と想定しているからこそ、間違っても魔法族の強盗が来ることのないよう、シーナやソフィアの協力を仰いで、家に可能な限りの魔法的な保護を施している。しかし、母が外にいる間は、せいぜい気休めの護符を持たせることしかできない。

 

「ついでに言えば、『穢れた血』の家族自体が、『既に魔法を知っているマグル』として、機密保持法では例外的に扱われるが。『穢れた血』の家族は、『無知で哀れで傷つけてはいけないマグル』と扱われるのではなく、むしろ『機密保持法を守るべき立場』であり『最も機密保持法を()()()()()()()()』として言動が警戒されていることくらい、『穢れた血』なら知っているだろう」

 

「……嘆かわしいことに、よくよく知っている。――けれど、だからこそ、非魔法族出身者の家族に、魔法省にバレずに手を出すなんて、普通の非魔法族より難しいに決まっている。お前達やお前達の家にそんな度胸があるのだとしたら、私はダンブルドアの庇護をいくらでも仰ぐ」

 

 フリントは失笑する。

 

「また、ダンブルドアか。たいそうな忠誠心だ。……その盲信はどこから生まれる?『穢れた血』の権利を口だけは擁護してくれるからか?」

 

「お前がスリザリンにいることは我々にとって目障り極まりないが――お前にとってもスリザリンは居心地の良い場所ではないだろう。お前は一度たりとも、ダンブルドアが()()()()()()()()()()()()()()()()()と願ったことはないのか?ダンブルドアを()()()()()()()()のか?」

 

「…………」

 

「ホグワーツ創設者によって、四寮を固持するような魔法はかかっているかもしれない。しかし、スリザリン寮の在り方にはいくらでも()()することはできる。それなのに、偽善やマグル贔屓の戯言を口にしながら、あの老人は、思想のかけ離れる俺たちスリザリンに、『何もしない』。抑圧も『教化』もせず、()()()()()()

 

「校長や教授陣は、決してお前達の差別を容認してはいないし、お前達も面前で『穢れた血』なんて言えないだろう。最低でも一週間は罰則だ。お前達の内心までは、どうしようもないと諦めているのかもしれないけど」

 

「嘘だな。我々をあれの思想に洗脳しようとするどころか、『マグル学』の履修を義務付けることすらしない。『マグルと仲良く』などと言う輩であれば、嬉々として考えそうなものだが」

 

「それは……。――さっきお前が、スリザリンの家との対立を避けたがるって言ったじゃないか。スリザリン連中の無用な抗議で、生徒が学ぶのに支障が出ては本末転倒だ」

 

「対立を避けているのは、単に本気を出したくないからだ。本気を出せば、あの老人にとってスリザリンの家など取るに足らない。スリザリンの家という家が徒党を組もうと、残念なことにあの老人を殺すことなどできないのだから。唯一ダンブルドアに対抗できる存在は、十年前に姿を消してしまったのだから。……それほどの力を持ちながら!あの老人は!ホグワーツも()()()に対しても、『何もしない』!」

 

 フリントの声は、嘲笑からむしろ、怒りへと変わった。

 

「校長は常識的な善人だから、力づくで従えるなんて発想をするわけがないだろう。それでは『例のあの人』と何も変わらない」

 

「『あの人』のように恐怖と力で支配しろということではない。穏便な方法であれなんであれ、あれにはそもそも魔法界を牽引しようとする気概が無い。あれだけの力を持っておいて、ホグワーツとウィゼンガモットと国際魔法使い連盟の頂に君臨するだけ君臨しながら、何もしない!」

 

「……まさか、ダンブルドアに支配されたいと?フリント家が?」

 

「無論マグル狂いのボケ老人に跪くなど真っ平だ。…………しかし、そうであった方が、今よりもまだマシだっただろうか、と全く思わなかったことが無いとは言わん」

 

 フリントは苦々しく吐き棄てる。

 

「あの老人なりに魔法界の未来を描いて示して導こうとするなら、その途上で純血を顎で使おうとしたり純血を潰そうとするなら、従う余地も、死に物狂いで抵抗する余地もある。――しかしあの老人がやることと言えば、マグルは魔法族と同じだと偽善をのたまい、マグルどもの血が魔法界に侵食するさまを、にこにこ手を組んで微笑むだけ。純血やスリザリンが衰退してゆくさまを、自分は直接手を下すこもとなく眺めるだけ!純血の秩序を壊して乱して踏みにじっておいて、その先にどんな未来が待っているか、我々に教えることもない!端から考えてもいないのだろうが!」

 

 フリントの叫びは、うねる時代に取り残され、マグル生まれへの憎悪とダンブルドアへの苛立ちをよりどころとした、純血スリザリン生を体現したものと言えた。セラは静かに告げる。

 

「それは、どちらも同じ人間の血の割合が変わったところで魔法界はたいして変わらない、『純血』かどうかは心の持ちようにすぎないと、校長やまっとうな魔法族がみんな考えているからだ。

 ――それで校長から話を戻すと。改めて言うと、私に口止めは無用だし、ホグワーツはお前達を重く罰する。だから、今すぐ私達を解放しろ。そうすれば穏便に済ませても良い」

 

 周囲の笑い声。

 

「この状況で上から目線とは、哀れでしかないが。――飽くまでお前が強情であれば、今夜の『記憶』をお前から消せばそれで済む。忠誠と恐怖の感情だけを残してな」

 

 パンにはバターを塗るとでも言うかのように、飽くまで何でもないことのようにフリントは言う。

 

「…………『忘却術』も『記憶修正』も、城の中で生徒が使えるわけがない。この城にその程度のセキュリティはあって然るべき――」

 

「それなら城の外に行けば良いだけだ。日が昇る前に『森』でお前の記憶を処置する」

 

 慣れた様子で言うと、フリントは欠伸(あくび)を噛み殺した。

 

「さて、冷静を必死で装って時間を稼ごうとするお前は見ものだったが、そろそろ飽きた。長く話しすぎた。お前達もそうだろう」

 

 周囲の目がぎらつき、シムは再び吐き気を催す。

 

「…………ロウェナ・レイブンクローやヘルガ・ハッフルパフはこの城に、お前たちのような悪事を防ぐ仕掛けを施している」

 

「正気か?そんなのあるわけがないだろう。ここは女子寮や女子トイレではない」

 

 フリントはせせら笑った。

 

「……しかし噂に聞く、『必要の部屋』は、スリザリンの秩序と未来を守るための施設が欲しいという切実な願いをどうやら聞き遂げてくれなかったが」

 

 フリントは辺りを見回す。

 

「むろんここでも文句は言うまい。『寝れない土牢』――趣味の良い部屋だろう」

 

 部屋は湿って薄暗く、壁は粗削りの石がむき出しで、天井からは鎖が何本も垂れ下がっている。

 

「……『穢れた血』に触れたら、お前達も穢れることになるだろう。そうでないと言うなら、都合の良い思想だ」

 

「『穢れた血』に触るくらいで、俺達の高貴な血は穢れない」

 

「穢れるのは魂だ。お前達に純血の誇りは無いのか!それも一人じゃ勝てないから十人がかりで!」

 

「『魂が穢れる』?『誇り』?これは、お前達を正しく導いてやろうという、誇り高き行いだ」

 

 フリントの声は、あくまでセラが何を言っているのか分からないという調子だった。

 

「これは『懲罰』と『教育』だ。秩序を乱し権威を(わら)う『穢れた血』が、純血に正しく恐怖と敬意をもって接することができるように変わるためにな。」

 

 自身の発する言葉を毛ほども疑っていない男の声に、シムはぞっとする。この連中は、自分達がいま悪事をなしているとすら思っていない。狂っている。

 ……いや、この連中の倫理観が特段狂っているというわけ()()()()のかもしれない。さらに言えば、魔法界が狂っているというわけ()()()()。歴史を繙けばマグルも、自分達と異なる「劣った」属性の人間や「敵」の人間には何をしても良いと考えいかに惨い仕打ちをしてきたかは、明らかだ。西欧のマグルだって最近までは、そうだ。あるいは現代でも。

 

 シムはそれに気づいて、さらにぞっとした。

 

 ヴァルカン・フリントは、生まれながらの下劣な悪人など()()()()

「純血は優れた貴い存在で、マグル生まれは低劣な賤しい存在。各々が身分をわきまえなければ、社会が混乱する。わきまえない者は、身の程を分からせないといけない」

 ――そういう環境で、素直に「常識」を身に着けて、「良い子」に育った。彼の普段の傲然たる振舞も、周囲からそう求められて身に着けたもの。

 今からセラに行おうとしていることも、セラを「矯正」させるため、スリザリン寮の秩序を正すため、子分達の怒りを収めるため――自分の欲求を正当化しようとしているのではなく、本気で「正しい」ことをしていると、そう思っている。

 

「お前の、お前達のその考えが、十年前にどれほどの悲劇を生んだか、分かっているのか!非魔法族の出身も、『純血』さえも、スリザリンの連中も、どれほど多くの魔法族が死んだか……!」

 

「ああ。フリント家も、あの方の行いが全部正しいとは思っていない。英国の魔法族の貴重な血が多く流れてしまった。大きな損失だ。『穢れた血』だろうと無闇に殺す意味はない。――実際俺は、お前を殺すとも言っていない。『矯正』させると言ったまでだ」

 

 あるいは、プライドのため。自らの強さや純血の誇りを根本から傷つける、マグル生まれの優秀な魔女のセラを支配することで、自らのプライドを再確認しようとしている。

 

 セラはしばらく黙った。シムは、セラがもう諦めてしまったのではないかと思って、胸が冷えていった。もとよりセラが何を言ったところで今更フリント達が解放するわけはなかっただろうが――しかしセラが時間稼ぎをしていたのだとすれば――逃れる策も無いし救助も見込めないと、悟ってしまったのではないか。

 

「…………せめてシムは解放してくれ。シムに用は無いだろう。私で憂さを晴らせば満足だろう」

 

 諦めた調子のセラに向けて、シムは何か叫ぼうとしたが、拘束具のせいで、声を出せなかった。

 

「すると思うか?同罪だ。図に乗る『穢れた血』がどういう目に遭うかを目に焼き付かせる」

 

 フリントは宙を向き、何か考え込む。シムはさらにぞっとした。

 

「……いや、こいつも混ぜるか。こいつも本望だろう。まだ早いかもしれんが」

 

 再び部屋中に笑いの(さざなみ)が広がる。シムは怒りと恥辱で真っ赤になる。同時に、フリントの話で唐突に惹起(じゃっき)された生理的現象に、激しい自己嫌悪を覚えた。ローブを着て椅子に座っていたことと、セラの顔が見えないことがせめてもの幸いだった。

 

「シムは放――っ……ぅっ……ぉっ……」

 

 セラが叫ぼうとするが、フリントはセラの胸元を踏みつけ、ぐりぐりと動かした。セラがえづいた。

 

「もう良い。始めるぞ」

 

 合図すると、上級生達がセラを取り囲んだ。しかし一人が声を上げる。

 

「……いや。その『穢れた血』のガキみたく、こいつも色々ローブに罠を仕込んでるかもしれねえ。剥ぐ前に全部出した方が良い――武器よ去れ(エクスペリアームス)武器よ去れ(エクスペリアームス)武器よ去れ(エクスペリアームス)!」

 

 赤い閃光を受けるたび、セラのローブから、魔法薬の小刀やらドクター・フィリバスターの長々花火やらが現れ、床に落ちた。呪文を浴びるたび、セラは床に打ち据えられ、咽込んだ。何度目かの後、ようやく赤い閃光がやむ。

 

「……この(アマ)。これで全部か」

 

「こいつのことだ、これで終わりでもないだろう」

 

 一人がわざとらしくローブをまさぐり、取り出した。

 

「なんだこれは、マグルの低俗な本か?」

 

 杖を向け、小説は燃えて灰になった。続いて薬瓶が取り出される。

 

「『安らぎの水薬』?飲ませるか?」

 

「そんなん飲ませてもつまんねえだろ痛覚増す『敏感薬』の方がおもしれえって」

 

 瓶が放られる。

 

「…………なんだこの箱は」

 

 そして小さな黒い箱が現れ、男の手の中でカチリと音を立てた。カチ。カチ。カチ。

 

「……なんだこれは。おい聞いてんのか」

 

 一人がセラの腰を強く蹴った。

 

「…………爆発せよ(コンフリンゴ)爆破(エクソパルソ)粉砕せよ(ボンバーダ)。物を爆発させる呪いは数々持っている。ところがさしものダンブルドア校長でも、『爆発せよ(コンフリンゴ)』一発で町ひとつを粉々にするなんてできやしない」

 

 無表情でセラの口から言葉が漏れる。

 

「は?」

 

「けれど非魔法族はその魔法が使えてしまう。地震を起こしたり火山を噴火させるために地球が蓄えている熱源、そのうちのひとつを集めると、都市ひとつを吹き飛ばす魔法具が作れてしまう。その魔法具を()()()にして、空に輝く太陽のミニチュアを召喚して島ひとつを焼き尽くすような魔法具すら作れてしまう。愚かで悲しいことに本当に作ってしまった」

 

 ヴァルカン・フリントは笑った。

 

「これがそれだと?愚かな嘘をつくな。よしんばマグルがそんなものを使えるとして、お前みたいなのが簡単に持てたらとっくに世界が滅びてる。ホグワーツの結界がそんなものを中に入れるわけもない」

 

「もちろんこれは違う。けれど()()()()()()()を吹き飛ばすくらいのささやかな道具なら、私でも持とうと思えば持ててしまうし、ホグワーツの結界も通してしまうんですよ」

 

 部屋に沈黙が降りる。

 

「残り時間はあとわずか。下手に衝撃を与えたり『凍結呪文』をかけるとその時点でアウト。魔法使いでも無事じゃ済まない。――私に地獄を見せるというならお前たちも道連れだ!」

 

 セラは弾けるように哄笑(こうしょう)した。セラと箱から、全員がさっと離れる。

 

こじ開けろ(アロホモラ・マウロア)!!――浮遊せよ(ウィンガーディアム・レビオーサ)」 

 

 フリントは怯むことなく杖を取り出すと、部屋の封印をすべて解き、箱を浮かばせ、部屋の外に飛ばし、廊下の彼方へ追いやった。遠くの床に着地させることをイメージして箱を動かしながら、彼を続けて指示を出す。

 

「扉を閉じて盾を張れ!有害なものだけを防ぐように意識を集中しろ!」

 

封鎖せよ!(コロポータス・マキシマ)」「万全の護り!(プロテゴ・トタラム)」「万全の護り!(プロテゴ・トタラム)」「万全の護り!(プロテゴ・トタラム)

 

 沈黙が降りた。フリントはゆっくり嘲笑う。

 

「さて。マグルのおもちゃも形無しで、俺たちと心中は敵わなかったわけだが」

 

 笑いが起きる中、一人が扉の方を見やる。

 

「……でもこれ、本当に爆発したのか?そもそもただのおもちゃだったんじゃないのか?」

 

「中からの音は遮ってても外からの音は聞こえるようにしている、爆発したら音が――」

 

あなた達!!何をしておいでですか!!!

 

 マクゴナガル先生の絶叫が廊下から響きわたった。セラ以外の全員が反射的に凍り付き、扉を見やる。セラは立ち上がると近くの生徒の股間に膝蹴りを入れ、杖を抜き取って掲げた。

 

暁光よ(ルーモス・アウレウム)!!

 

 杖から放たれた強烈な金色(こんじき)の光が、薄暗い部屋を昼間の如く照らし出し、皆が反射的に顔を覆い、それをできなかったものは視界を潰された。

 

錯乱せよ(コンファンド)錯乱せよ(コンファンド)踊り狂え(タラントアレグラ・マキシマ)――大トカゲ出でよ(ヴァルヌソーティア)洪水よ(アグアメンティ・マキシマ)放せ(レラシオ)!!」

 

 その隙を塗って、セラは部屋の奥まで駆け抜けながら怒濤のように呪文を唱えた。一番近くにいた二人が「錯乱」状態に陥り、天井から垂れさがる鎖という鎖が高速で回り出して先端に触れた一人が縛り上げられ、視界を取り戻した者達が杖を出してセラに呪文を飛ばそうとしたが、「錯乱」した仲間に拳を振るわれて二人が床に倒れ、残りの者が鎖をかわそうとする間に、二メートルの大トカゲが突進して一人を蹴散らし、宙から注ぐ奔流(ほんりゅう)が一人を呑んで壁に叩きつけ、「解放呪文(レラシオ)」でシムの拘束が弾け飛んだ。シムは倒れた一人から杖をもぎ取り――

 

裂け(ディフィン)――

 

武器よ去れ(エクスペリアームス)

 

 ――セラに背後から呪いを浴びせようとした一人に向けて武装解除呪文を叫び、そいつを吹き飛ばした。セラと背中合わせの位置に立つ。

 

麻痺せよ(ステューピファイ)

 

石になれ(ペトリフィカス・トタルス)

 

燃えよ(インセンディオ)

 

 残りの三人がセラとシムに向けて呪いを浴びせた。しかしセラは、ローブから取り出した大きな透明な袋をさっと広げる。ダンブルドア校長からもらった魔法の袋――マグル製品を入れられるように魔法を通さないような魔法がかかっている――は呪文をすべて遮った。

 

麻痺せよ(ステューピファイ)

 

妨害せよ(インペディメンタ)

 

 セラとシムの呪文が二人に命中し、吹き飛ばした。動ける敵は、場に独りだけとなった。

 

「……闇の火(カリグニ)――」

 

 最後に立っていた一人、ヴァルカン・フリントが叫ぶ。シムは悪寒を覚えた。何か禍々しいモノが来る気配に肌が粟立(あわだ)つ。部屋の気温が一気に上昇した。

 

黙れ(シレンシオ)

 

 セラが素早く唱え、フリントの口から詠唱が途絶える。杖から噴き出しはじめていた赤黒い何かが消え、部屋は元の冷たさを取り戻す。

 

 

 ★

 

 

麻痺せよ(ステューピファイ)…………いくらなんでもまさか、この狭い部屋で本当に『悪霊の火』を呼ぼうとしたわけじゃないだろう、馬鹿なのか血迷ったのか、それこそ道連れじゃないか」

 

 追撃の「失神呪文」で気絶したフリントを見下ろして、セラは呟いた。そして倒れ込んだ全員に『失神呪文』をかけ、杖を奪い、縛り上げ、床に転がした。床の隅に転がっていたイチイの杖を見つけ、丁寧に拭うと大切に仕舞いこんだ。シムも自分の杖を取り戻す。

 

 そしてセラは扉の封印を解くと、廊下に転がっていた黒い小箱を呼び寄せた。それは、シムに以前見せた、マクゴナガル教授の声を録音した箱だった。

 

「……まさか半分冗談みたいな玩具が本当に役立つなんて」

 

 そこでセラは初めて息を大きく吐き、力が抜けたかのように床にしゃがみこんだ。顔を膝にうずめて、静かに身体を震わせていた。

 

「セラ……」

 

 シムは遠慮がちにゆっくり近づいた。セラは下を向いたまま首を振ると、声を絞り出した。

 

「なんで私は――なんで私は――!――ただ非魔法族の生まれというだけで――ただ女というだけで――こんな目に――遭わなきゃ――望んでそう生まれたわけでも――ないのに――!」

 

「セラ」

 

 目の前に迫ったシムに気づくと、セラはビクリと震え、さっと立ち上がると後ずさりした。そしてすぐに、しまったという顔をして、微笑んだ。

 

「いや――すまない――本当にすまない。そういうつもりじゃ――君は違うのに――()()()()()()――()()()()()()()()()()()()――私は顔と体だけの人形のようには――」

 

 シムの身体が凍り付いた。その言葉は呪いとなった。 

 

「君も今回の被害者なのに――それでも私は――君は普段――()()が受けてきたような嫌がらせは――多分()()()()だろうし――でも――」

 

「…………」

 

 怪物の純粋な殺意に晒されたときの方が、人間の不純な悪意に晒された今よりもずっと、セラは毅然としていたように見えた。シムは、セラのことをほとんど何も知らなかったと気づいた。かける言葉が思いつかなかった。

 しかしセラは数度深呼吸して顔を叩くと、微笑んで、声をいつもの調子に戻した。

 

「すまない。とにかく一緒に戦ってくれてありがとう、シム。途中の援護も助かった」

 

「こちらこそ、助けてくれてありがとうございます。…………ごめんなさい。僕が捕まってさえいなければ」

 

「どうか責めないでくれ。君は十分頑張ったよ。それを言うなら私も失敗してしまった。……あいつらに何かされなかったかい?」

 

「僕の方は、縛られた後に何発か殴られたくらいで全然大丈夫です。……それこそセラはなにか飲まされていませんでした?」

 

「いや。『生人形の水薬』と言っていたけど――多分あれは、ただの色水だった。私は起きたときには、身体が動けるようになっていた」

 

 セラは肩をすくめる。

 

「杖を奪えるタイミング、全員の隙をつけるタイミングを(うかが)っていた。ご丁寧にマクゴナガルの録音を引き当ててくれたおかげで楽にできた」

 

 シムは、改めてセラの対応力の凄まじさに舌を巻いた。

 セラは部屋の隅に行き、魔法薬の瓶に「スカービンの暴露呪文」をかけるなどしてしばらく検分したのち、「これも全部色水だ」と呟いた。

 

「……この後、どうしますか。……マクゴナガル先生を呼びますか。それか、スプラウト先生とか。誰であれ僕達をきちんと保護してくれるでしょうし」

 

 シムは部屋を見渡して言う。セラはしばらく黙ってから口を開いた。

 

「……そうするのが『正解』だと思う。あいつらが思い上がるほどスリザリンに力は無いだろうし、先生方はまさかもみ消しなんてしないだろう、問題にしてくれるだろう」

 

 セラは首を横に振る。

 

「けれど私は、そうしたくはない」

 

「……え?」

 

「……私がどういう目に遭いそうになったかを、改めて先生にいちいち言葉で説明しなくちゃいけないのか?嫌だ」

 

 セラは苦々しく言う。

 

「それで、仮に奴らが何らかの処分を受けたり、私達がなんらかの『保護』を受けたとしてだ――それで全校生徒に私はどう見られる?『可哀想な被害者』?『惨めな弱者』?私はそんな風に見られるなんて真っ平ごめんだっ!」

 

「……」

 

「……もっといえば『嘘で何人も罠に陥れて破滅させようとしたあげく目立とうとするマグル生まれ』とかなんとか、デマで中傷されることになったら?……奴らも言ってたろ、新聞か雑誌かなんかに書き立てられることになったら?唯一の学校のスキャンダルなんて恰好のタネだろう?そうしたら――私は今後ずっと『そういう女』として生きてかなきゃいけないのか?」

 

「……」

 

 セラは語気を荒げる。

 

「それに、保護って、今後しばらく移動の度に誰か先生に付き添ってもらうとか?あるいはレイブンクローに移る?これから非魔法族出身者は寮を移れるように制度を整える?まさかスリザリンはみんな退学?……そうしたところで根本的に何かが解決するの?私はこんな程度では屈さないし、闘い続ける。シーナやソフィアだって、その上だって、ずっとそうしてきたんだ!まして『例のあの人』がいた頃に比べればずっと生きやすくなってる今に、私が『負ける』わけには!シーナとソフィアもどれほど大変な目に――!」

 

「……それでも。先生に言えば、全校生徒に知られない範囲で、現状をもうすこし良くできるかもしれません」

 

「……あいつが言ってたように、この学校で純血主義は、ずっとずっと前から、放置されてきたんだ。先生方は色々取り組んできたのかもしれないけど、それでも変わっていない。私達は極端でも、他の寮の非魔法族出身者も差別を受けてきた。今更急に変わるとも思えない。それに――」

 

 そこでセラは表情をすっと消す。

 

「――それに、処分を人に任せるのでは私の気が収まらない。教師に引き渡しては、()()()()復讐できなくなる」

 

「……」

 

 セラはハッフルパフやグリフィンドールでもないし、レイブンクローでもない。

 今のセラの(かお)は、紛れもなくスリザリンの魔女のそれだった。

 

「魔法界にはどうせ少年犯罪者施設(Young Offenders Institution)も更生のプログラムもないだろう。杖が折られるでもなければ、書き取り罰則だろうが退学だろうが、大したダメージもないし反省もしないだろう。恨みを買って終わりだ。たしかにこいつらはアズカバンに行くことは無いだろう、仮にそうだとしても、あんな拷問施設に放り込ませて満足するくらいなら、自分の手ですっきりする」

 

「…………。……それでも――今の僕たちの状況は――非魔法界の基準では異常ですし、たぶん、ホグワーツ基準でも異常です」

 

 セラはそこではっとなり、シムを見た。

 

「…………もちろん、私のエゴで君まで危険に晒すつもりはない。君はまだ一年だ。私よりもまだ弱い。……そもそも、自分で身を守れるほど強くならなきゃ安心して生活できないなんて、状況自体がおかしいなんてことも、君が言うように、分かっている。もちろん、そうだ……」

 

 セラは、自分に言い聞かせるように、言葉を濁した。

 しかし、シムの選択肢は、最初から一つだけだ。

 

「僕はセラに任せますよ」

 

「…………ありがとうシム。マクゴナガル先生には後で、細部をぼかしたうえで、危ない目に遭ったと正直に打ち明けに行くよ。約束する。一緒に話しに行こう」

 

 セラは穏やかに微笑む。

 

「私は今まで、自分でなんとかしようとしすぎた。前よりも生徒達に目を光らせてくれるなら、私達はより過ごしやすくなる。そして――」

 

 セラの顔から感情が消えた。シムの背筋が凍る。セラが本気で怒るのを目にするのは初めてだ。

 

「それはさておき、今からこいつら全員に復讐する。朝まで時間はたっぷりある、ひとりに三十分以上使える。――私を傷つけようとしたことは、許さない」

 

「…………僕も手伝いますよ」

 

「……君も怖く恥ずかしい目に遭わされそうになったから、君がやりたいと言うなら無理に止められない。でも、単に私を手伝いたというだけなら、やらなくて良い。できれば君は共犯になってほしくない。君に手を汚してほしくない」

 

「…………何をするんです」

 

 セラは静かに口を開く。

 

「そもそもどんな手段なら取れるか、それがとても難しい。――まず、恨みを買って、復讐の連鎖になることは避けないといけない。だから中途半端に終わらせるのではなく、助かったことに感謝して復讐なんて考えないような恐怖を与えないといけない。他人に口外したいと思わないような恥辱も与える。発覚してはいけないから、体を一切傷つけてはいけない。万一発覚したとき、退学やアズカバン送りにならないような一線も、もちろん守らないといけない。……まあ、こいつらが言ったように、何をしても『禁じられた森』まで運んで具体的な記憶を消せば済むかもしれないけど、私はそこまで堕ちるつもりはない。今回はあくまで未遂で終わったのに、こいつらのために悪に身を落とすなんてもったいない」

 

「……具体的な手段があるんですか」

 

 セラは上を向いて呟く。シムに聞かせる声量ではなく、自分に言い聞かせるような調子だった。

 

「もちろん私じゃすぐに思いつくことはできない。けれど、ソフィアはどうすれば良いか私に教えてくれた。ソフィアは、私がいずれこういうことに巻き込まれないか、いつも心配していた。ソフィアは――ロンドンの治安が最悪の場所で育ったから――こういう話をするときは、いつも真剣だった。

 ……『魔法族の女性は幸い、魔力も杖も持っているから、非魔法族の女性と違って自分で自分の身を護りやすい。とはいえ、だからこそ、何かあっても自己責任という風潮が非魔法界よりもさらに強い。けれど、自分の身を護れなかったとしても、それはあなたのせいではない。あなたの心と体を深く傷つけられてしまったとしても、あなたの魂までは誰にも傷つけられない。自分が汚れたなんて絶対に思ってはいけない』」

 

 セラは杖を取り出し、緑の目を細める。声はあくまで冷たく静かなまま、炎がたぎっていた。

 

「……『そしてもし万が一そうされそうになったら、あなたに手を出そうとしたことを、深く後悔させなさい。自分が逆の立場ならどれほど恐怖するか、そしてあなたに指一本でも触れたらどんな悲惨な目に遭っていたか、こういう魔法で幻影を見せて変身術を使って――』」

 

 

 ★

 

 

 それからセラは、倒れて縛られている一人ずつ順に目を覚まさせ、各々に「復讐」を済ませ、再び眠らせた。シムは扉を見張り、縛られている他の者達が目を覚まさないように見張った。シムは――自分がセラを傷つけるようなことは絶対しないと元々確信しているが――そんな愚かなことをしようとすれば、どういうことになるのか、身をもって知った。

 最後の一人に「復讐」を終えたのは、明け方も近くなっていた。

 部屋を片付けて拘束を解き、扉の封印を解くと、二人は牢を出て行き、スリザリンの談話室へと戻った。セラの表情はあくまで静かなままだった。二人は黙って別れ、各々の寮で眠りについた。

 

 




今話で扱っているテーマは複数に渡る上にどれも筆者の知識や腕に余るものであるので、勉強不足/筆力不足により適切な表現になっていないかもしれません。表現が相応しくないと判断した場合に後で訂正します。

・スリザリン生のダンブルドアに対する見解は、筆者の原作ダンブルドアに対する見解と一致するものではありません。今作はダンブルドアへのいわゆるアンチ・ヘイトを意図したものではありません。

・マクゴナガルの音声が録音された黒い箱:
第2話(4)に登場

・ダンブルドアの袋:
第3話(3)に登場
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