スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会) 作:非魔法族
翌日のホグワーツはいつもと特に変わらない一日が過ぎ、そのまた翌日のホグワーツも、いつもと変わらない一日が始まった。シムは何事もなく朝食をとり、何事もなく授業を受け、何事もなく昼食をとり、何事もなく午後の授業を受けた。
ひとつ変わったことがあるとすれば、スリザリン寮においてヴァルカン・フリントの派閥の権勢が大きく損なわれ、彼らが傲然と談話室で振る舞う姿が見られなくなったということだった。事情を知っているごく一部の上級生は何も黙して語らず、下級生はドラコ・マルフォイでさえ何もつかめていないようだったが、セラ・ストーリーとシム・スオウが何らかの形でかかわっているということだけは誰もが薄々理解しているようだった。
シムは夕食後、セラとともに五階の空き教室の中にいた。階段を何度も上がっては下がり、「ただの壁に見えるが二、三、五、七回のリズムでノックすると開く」隠し扉をくぐり、四回角を曲がった先の、殺風景な廊下にある教室。生徒が不意に近寄ることのない、ホグワーツの辺境。
やがて二人を呼び出したジェマ・ファーレイがやってきて、教室のドアを開けるなり問い詰めた。
「色んな噂が……あなた達…………フリント達に……?」
扉に遮音の呪文をかけると、セラはふっと笑って肩をすくめる。
「私達だけで片をつけた。何もされなかったら大丈夫。ジェマの手を煩わせずに済んだし、おかげでジェマの立ち位置も上がっ――」
「馬鹿っ!」
ジェマの平手がセラの頬を張った。セラは片手で頬を抑えて、目を見開いた。
「馬鹿……!四年も経って――そんなことを――気にして――!」
ジェマはセラを抱き締めた。ジェマの頬に水が垂れる。しばらくしてジェマはセラから身体を離し、心配そうに問う。
「でも、本当に何もされてないのね?」
「何も――ではないけど。身動き取れなくされたり殴られたりローブ越しに触られたりする以上のことは」
「…………そう。でも、それ以上がなくて良かった。――良かった」
ジェマはゆっくり頭を横に振った。次いでシムに顔を向ける。
「……あなたは大丈夫?」
シムが頷くと、ジェマはシムにも抱擁をする。
そしてすぐに離れて冷静な表情に戻ると、声を低くし、目を暗く光らせる。
「復讐するなら、私も全力で協力する。私が関わってるなんて気づかせやしないから、気にするな」
「ありがとう、でももう十分済ませたから、気持ちだけで十分。私はこれでも、ソフィア・ソールズベリーの弟子なんだ」
「……そう」
不満半分、納得半分で頷くと、ジェマは頭を下げる。
「ごめん。連中の動向は気にしていたつもりだったけど――確かな情報は何もつかめなくて。寮監に報告できるようなことも何も」
「近々私に何かしてくるかもしれないって警告くれただけで十分ありがたかったよ。……私だけで対処できる範囲だと思ってしまったのも私の責だし」
「ごめんね。……たしかに私もフリント達くらい何とかなると踏んでいたけれど」
セラは肩をすくめる。
「奴らだけなら対処はできたかもしれないけどね。協力者がいたらどうにも」
「まさか――」
ジェマが眉をひそめる。
「まだ解決はしてないからね。今からきっちり話をつけにゆく。この後、あの二人と会う予定」
「…………なんで早速そんな危ないことするの。あなた達だけを行かせるのは……」
言いながらも、ジェマの声は怯えが混じっていた。
「数を
「……本当に気を付けてよ。あいつらは、本当にヤバい」
「ありがとう、ジェマ。……じゃあ、そろそろ行くから」
★
そしてシムはセラとともに、今度は二階のとある空き教室で来客を待った。足音が聞こえ、二人は廊下に出る。セラが声を張る。
「ごきげんようフレア・ロウル。匿名の手紙を破り捨てることなく、二人きりでおいでくださって恐悦至極」
目の前には、ホグワーツ
ロウルはセラに顔を向けることも歩みを止めることなく、にべもなく言う。
「私は残された学生生活の一刻一刻を惜しむ日々を送っています。ヒトでなしと話す時間はありません――」
「あなた達は、ヴァルカン・フリント達の襲撃計画を補佐して邪魔した。そうだな」
セラは単刀直入に問いかけた。ロウルは立ち止まり、初めてセラに顔を向ける。
「――彼らの
セラは扉を開けて教室へと手で示した。ロウルは教室に入り、立ったままセラをじっと見る。
「私は不意に通りがかった数人程度にやられるほど弱くないから、私を襲おうと思ったら、いちばん確実で簡単な手段は談話室で十人がかりで待ち伏せすることだ。女子寮はセキュリティ万全の個室だけれども、談話室はそうではない。朝に女子寮の前の扉で待ち構えれば良い。
けれど当然、そんなことはできない。談話室からは信号の一発で寮監の研究室に伝わるということを予測できる頭を持っていてもいなくても、そもそもたとえスリザリンといえど、談話室の衆人環視で『穢れた血』を堂々と暴行することを認めるような合意があるわけでもないから」
侍女が扉を閉める。セラは椅子に無造作に腰掛け、言葉を続ける。
「とりわけフレヤ・ロウルは談話室での暴力を決して許さない。高貴で優雅な談話室の秩序が崩れるのを認めない。実際、私達を襲撃したのはフリントの派閥の者のみだった。あなたは表向き、何も関与していない」
侍女が杖を振って現れたふかふかの椅子にロウルは腰を沈めながら、無言を保つ。
「談話室で待ち伏せできないからといって、授業後に生徒が大勢通るようなところで待ち伏せするのは目立つ。だから休日に私が人気のないところを歩いているところを狙うのが一番。それでも、この広いホグワーツで、私達がどの時間にどのルートを通るなんてことを予測するのは難しい」
「――しかし、どうやらあなたはずいぶん前に、ジェマと私が同じ『決闘クラブ』で活動をしていることを自分が把握している、というようなことをジェマに仄めかしていた。それなら、直近のクラブの日時と場所も知っていても、おかしくはない。どうやって知ったのかは分からないけど、もしかしたら『開心術』か何かを使ったのかもしれない。あなたはつい最近も『決闘クラブ』のことをジェマに仄めかし、そのときジェマの意識に上った『決闘クラブ』の詳細を把握した」
セラは、ロウルの青い眼を見ずに言う。ロウルは目を細める。
「あなたは人間の礼儀を知らないかもしれませんが、根拠もない憶測で、他人に対して『他人に『開心術』をかけている』と非難するのは、きわめて強い侮辱にあたります」
「そこの彼女が『目くらまし』なりなんなりで探ったのかもしれない。まあ、何でも良い。どちらにしても、あの日の夜に私が五階の辺りをうろつくという情報を流せる立場にあった可能性が一番高いのはあなただけ。あなたは今のところジェマを失脚させる気が無いから、ジェマの立場が不利になる情報まではわざわざ流さなかった」
「憶測が多すぎる。お前がその日に『必要の部屋』にいることを知っていた『かもしれない』私より、『確実に』知っていたジェマの方が情報を流した疑いが濃いのではありませんか?」
間髪入れずにセラは返す。
「動機が無い。なにか脅されて言わざるを得なかったのだとしても、ジェマならもっとうまく立ち回る。もちろん、不注意で会合の存在を周囲に気づかせてしまうわけもない」
「そう。信頼されて正当に能力を評価される――ジェマは良い友を得たのですね。それがヒトでないことについてはいたく残念ですが」
ロウルは寂しげに言うと、首をかしげる。
「しかし、お前が言うことには、私達が『開心術』か何かで得た不確かな情報をもとに、フリントの子分どもが、夜にずっと、五階の人気のない廊下を、五階といっても極めて広いのに、大人数で張り込む?それはもはや待ち伏せとは言わないでしょう、言っていることが途中で矛盾していますわ」
「うまくいけばラッキーくらいの心持ちだったのかもしれない。私とシムがあそこで別れたのもたまたまだったし」
シムは拳を握りしめる。セラは頑なに言及を避けていたが、結局のところ、今回の計画はシムがいなければ実行に移されなかったのだろう。ジェマもハロウィーンのときに仄めかしていた。シムが弱いから、セラがシムを見捨てるような性格でないから、シムはセラの弱点になる。
「シムは本来ならば上級生達に捕まることはなかった。狐のお面を被った何者かが、シムの『目くらまし』を見破って『目くらまし』を解除した上で、追手から逃げおおせたシムの『盾の帽子』を貫く失神呪文を放つようなことがなければ。
そんな芸当ができる生徒がスリザリンにいるとすれば――。フレヤ・ロウルがわざわざ出張るとも思わない。ロウルの指示を受けたかロウルの意向を汲んだあなたがやったのでしょう」
セラは隣の侍女に視線を送る。侍女は何も言わず、セラと目もあわさず、扉の近くに立ってまっすぐ前を見ていた。
「ロウルに匹敵する力を持つと言われる生徒なら、可能だ。――そして、私に『妨害呪文』と『消壁呪文』をかけたのもあなたでしょう」
侍女の代わりにロウルが落ち着き払って答える。
「私は特に命じていません。もちろん彼女は極めて優秀ですから、私が何も言わずとも万事取り計らってくれますし、お前が言った程度のことは楽にこなせるでしょう。しかしお前は、何も証拠を持たずに彼女がやったと言っているにすぎない」
冷たく笑い、続ける。
「『彼女以外のホグワーツ生に不可能だから彼女が犯人』だと言うのは馬鹿げています。ホグワーツ生という仮定が正しいとしても、お前の発言を証明するには、彼女以外のすべてのホグワーツ生が同じ真似をするのが不可能だということを、実際に示さねばなりません。――たしかに彼女より優秀なホグワーツ生などいるはずがありませんが、彼女ほど優秀でなくても、お前が言った程度のことはできるでしょう」
「証拠は、せいぜい『直前呪文』や『真実薬』でも使わない限りは、何もないだろう。それらも万能でない。――しかし、証拠があろうとなかろうと、それは問題ではない。教師に突き出したいわけではないから、そんなものは必要ない。問題は、私達は恐怖と屈辱と危険に晒されたということ。私の体と心と尊厳が大きく傷つけられかけた。許せない」
「だから復讐するとでも?」
薄い笑みを浮かべたままのロウルに、セラも淡々と返す。
「その通り。…………と言いたいところだけど、厄介なのは、私達が捕まるように仕向けただけでなく、わざわざ脱出できる道を残したのも、恐らくあなただということです」
セラは細めた目を侍女に向ける。
「私は『生人形の水薬』を飲まされて、手足が朝まで動けなくなるはずだったのに、部屋に連れられて早々に手足が自由になっていた。あなたは恐らく、薬をただの色水にすり替えたうえで、私が薬を飲まされると同時に、姿を隠したまま私を失神させた。地下のあの部屋に用意されてた魔法薬をすべて色水にしたのも、恐らくあなたです」
「何のためにわざわざそんな手の込んだことを?」
「わからないから、聞きにきた。ただ、私の推測では、『穢れた血』相手であろうと、暴力が嫌いなフレヤ・ロウルはフリントの計画を見過ごせなかった。しかし私達を増長させないように恐怖を与えて脅迫すること自体は、望ましい。
だから、私達の捕縛を裏から手伝い、そのうえでわざわざ私達が反撃できる状況を用意し、フリント達と私達を潰し合わせた。フリント達が負けたとしたら、ロウルとロウルの派閥の力が増す。私達が負けたとしても、『穢れた血』がどういう目に遭おうが知ったことではない」
ロウルは溜息をついた。
「精々、『
肩をすくめてロウルは嘲る。
「しかし、お前がどういう目に遭おうと、興味ないというのは確かです。あの程度の状況を対処できなかったら、お前は所詮それまでだったということ」
さらりと言うと、ロウルは侍女にちらりと目を向けて呟く。
「……まあ、あなたが『目くらまし』を用いてその場に居合わせていたのかどうか、ヒトでなしが状況を覆せなかったときにあなたがあの場の全員を『失神』させる気があったかどうか、私のあずかり知らぬところです。私はそうするなとも指示はしていませんから。――あなたがあえて姿を見せて関与の証拠を残したとしたら、彼らに加担したわけではないことを示すための手を、何かしら打ったのでしょうが」
セラは声を低く張った。
「…………私達に逃げ道を残したことについては礼を言う。でも、わざわざ私達を危険な目に遭わせたことについては許さない」
ロウルは眉をひそめる。
「
セラが反論の怒声を上げる前に、ロウルは畳みかける。
「お前の『力』は、今の腑抜けのホグワーツ生の中で、
「……」
沈黙するセラをよそに、ロウルはシムにちらりと見た。眼を逸らしてうつむくシムに、ロウルは失笑する。
「眼を
ロウルは再びセラを見る。
「お前も、この私に遥か力及ばぬことくらいは知っているのでしょう。声の震えを押し隠しても、呼吸と力の乱れは分かりやすい」
「…………私より上がいることくらいは分かっているけれど。私とフレヤ・ロウルのどちらが強いかについては、やってみるまでは分からないだろう」
セラの声が一段と低くなった。シムはセラの静かに燃える目を見て、セラの声がわずかに震えているのは、緊張だけでなく、怒りと闘争心のためだと気づいた。
同時に、ロウルの侍女が初めて動き、ゆらりと前に進み出る。
「下がりなさい。私一人で十分」
ロウルが鋭く声を出すと、侍女は再び壁の方に戻る。そして侍女は杖を振って机と椅子をすべて脇に寄せた。
そしてロウルはあからさまに面倒そうな息をつきながら、
「曇りなき見識眼がヒトでなしに備わってるなど、端から期待していませんが。格の違いすら分からないとは、さすがに不愉快です。現実を知る準備が出来たら、いつでも杖を抜きなさい。」
聞くが早いが、
「あなた達、何をしておいでですか!」
そのとき、駆け寄る音とともに、マクゴナガル先生の怒鳴り声が響き渡った。
すぐさまロウルは杖を振るい、セラの杖をセラの手元に戻した。ロウルの侍女も杖を振るうと、床が花畑となり、華々しく光と音が打ちあがった。セラも立ち上がって杖を振り、大きな蝶の群れを花畑に舞わせた。シムは呆けて突っ立ったままだった。
「いったい何を――!」
教室に入り込んだマクゴナガル先生は、その派手な光景を前にゆっくり口を閉じた。ロウルと侍女、セラとシムを交互に見やる。
「――お騒がせして申し訳ありません、マクゴナガル教授。年度末にスリザリンの談話室で行うパーティの余興を練習しておりました。私は今年で卒業してしまいますから、彼女らにも少し芸を伝授しようかと。談話室ではできませんからね。この教室を使う許可は取っていませんでしたが、普段使われていない教室でしたし、出来心で使ってしまいましたわ」
いけしゃあしゃあとロウルは虚言を吐き、セラも「まあそんなところです」と呟いた。
マクゴナガル先生は明らかに信じていない様子で二人を
「スリザリンから二点減点。そしてミス・ロウル、もしあなたが、仮にマグル生まれの生徒に何かいじめを行おうとしていたのであれば、たとえ
ロウルは哀しそうに首を振り、マクゴナガル先生の声を遮った。
「ホグワーツに通うすべてのヒトと、
「…………本当にあなたが
「ええ。杖とマーリンに誓って、私は
マクゴナガル先生はロウルを見つめて口を真一文字に結んでいたが、マクゴナガル先生は誰ともなしに呟く。
「十年前の争乱で――私は多くの教え子を失いました。その何割かはマグル生まれの生徒でした。ある気弱な子は、進路面談の際に『ホグワーツに置いてください』と冗談半分で私に――ホグワーツは唯一の安全な場所でしたから――そのとき私があの時に何と言って
マクゴナガル先生は肩を落とす。
「スリザリン寮があれから変わったとも思えません。――教師とは実に無力なものです」
微笑んだままのロウルから視線を外し、マクゴナガル先生はセラとシムに顔を向けた。
「ミス・ストーリー、ミスター・スオウ。以前も言いましたがあなた方はいつでも――私をもっと頼ってくれて構いません」
「ありがとうございます。……後で相談したいことは色々ありますが。今日はひとまず、私達はもう少し彼女と余興の練習をしていきますので」
「…………そうですか」
しばらく目をつむって沈黙したのち、マクゴナガル先生は再び、ロウルの方を見て口を開く。
「……ミス・ロウル。思想信条がどうであろうとスリザリン生であろうと私は――ホグワーツ教師としてすべてのホグワーツ生の相談を受けるつもりでいます。人は独りきりで、すべての物事を抱え込んで対処できるようにはできていません」
「嬉しいですわ、マクゴナガル教授。それではお言葉に甘えまして、節足動物と単子葉植物を『消失』させる際の非直観的な共通点について、今週中にご質問に伺います」
ロウルが滑らかに答えるとマクゴナガル先生は哀し気に目を伏せ、今度は隣の侍女に顔を向ける。
「……あなたも同じです。ミス・ソウル」
侍女はゆっくり儀礼的に黙礼をした。マクゴナガル先生は全員の顔を見渡すと、溜息をついて教室を出ていった。彼女の足音が遠くなる。
と思いきや、再びドアが開いてマクゴナガル先生が顔を出した。
「どうされましたか、マクゴナガル先生」
マクゴナガル先生のトリックに驚くそぶりもみせず、ロウルは柔らかく問いかける。四人はまだ、誰も話しても動いてもいなかった。
「……いえ。部屋をきちんと片づけておきなさい」
「もちろんですわ」
今度こそマクゴナガル先生の足音が遠くに聞こえていった。ロウルの侍女が扉を開けて外に出て、誰もいないことを確認し、再度教室に戻って扉を閉じた。
それを合図に、ロウルはくすくす笑い出し、
「――ああ、私はなんて愚かだったのでしょう!他者から強奪した借り物の力を持つだけの、たかだか四年魔法を訓練しただけの、野蛮なヒトでなしに、魔法力からして明らかに格下のそいつに、あるいは私が勝てないかもしれないと、杖を抜く前にほんのわずか自信が揺らいでしまったなんて!私にはロウルとグリーングラスの血が流れているというのに!祖先に申し訳が立ちませんわ。所詮、六・七年生をダース単位で退けたというだけなのに。――オリバンダー家のジンジャーのほうがよほど手ごたえがありました。あれも仮にも英国最古の家のひとつなのですから当然ではありますが」
セラは何も口を挟まず、立ち尽くしていた。シムもまた、マクゴナガル先生の
無表情を保つ侍女に構わず、ロウルはセラを見る。
「先ほども言った通り。お前がホグワーツに
「……」
「それともまさか、ヒトでなしなのにスリザリンに組分けされたから特別だとそう思っていますか?まさか
不意をつくロウルの言葉に、セラは固まる。
「考えたくないことですが、私はお前たちの他にも何人か潜んでいても不思議でないと思いますよ。ヒトと獣の間に生まれた不幸な子がスリザリンにさえこれだけ多くいるのですし。
ロウルは肩をすくめる。
「その顔だと、お前達はまだ他のヒトでなしに会ったことがないのでしょうね。いないなら何よりですが。ヒトでなしたちがヒトの振りをしているとするならば、お前たちのような力がないからです。あるいは、お前たちなどより遥かに狡猾だからかもしれません。自らの目的のためには手段を選ばない。ずる賢くヒトに擬態する」
溜息をつき、憂いを帯びた表情で付け加える。
「嘆かわしいことですが、しかし、それが賢いあり方です。ヴァルカン・フリントも以前にお前たちに忠告していたと思いますが、どれだけ力がある強者でも、
…………同じように、あの方がいらっしゃれば、お前達のあがきはすべて無駄になる。……闇の帝王がいらっしゃれば」
ロウルははじめて怯えた表情になって恐々と付け加え、自分で口に出した言葉に対して小さく身震いをした。
「……帝王が今ここにいらっしゃれば、お前達など、
ロウルはぶるぶる首を横に振り、笑顔を繕い、声を高くする。
「…………極北の例を出すまでもなく。聞けばお前はハロウィーンの日にギガントロールに殺されかけたそうですが。まだ四年生だなんて言い訳は、学校の外では通じないでしょう。お前は所詮、フリットウィック教授が間に合わなければ、呆気なく死んでいた程度でしかなかった」
「生徒は知らないはずだ、何でそれを――!」
「当然、スネイプ教授とダンブルドアからです。私は仮にも首席で監督生でスリザリンですから、こういったことがあれば校長室で事情聴取もされる。代わりに、他の生徒が知り得ない多少の情報を共有してくれることもある」
「ずいぶん信用されていることで」
「ダンブルドアからは欠片も信用されておりませんが。幸い能力は正当に買われております。――もちろん、実態以上に他人をおだてて円滑に自らの意に沿わせようとするのは、あの校長の得意とするところでしょうが」
ロウルは苦々しく付け加える。
「もちろん私は、ハロウィーンのあのような馬鹿騒ぎに何も関与しておりません。ホグワーツの秩序が乱されることは望みません。私がここで何よりも優先したいことは、魔術を研鑽することと同胞との交流を温めることですし、私の家もそれを望んでいます。スネイプ教授やダンブルドアにも再三申し上げている通り」
首を重く横に振り、言葉を続ける。
「今の秩序は、魔法省とダンブルドアが敷いた秩序です。私はその秩序に従順に過ごし、ここを卒業すればどこかに嫁ぎ、夫を支え、子を支え、古い血をつなぎ、盛り立てる。そうして生きていくのでしょう」
ロウルは皮肉に笑う。
「……しかし、仮に今が『闇の帝王』の統治される世界なら。私は帝王にお仕えし、帝王の覇道にこの身を捧げて働き、汚らわしいマグルや罪深いヒトでなしをこの手で
声を上ずらせて、ロウルは語る。セラやシムの表情を見ることなく、教室に両手を広げる。
「このホグワーツを御手に収めることも、帝王は覇道の
「……」
「そうなれば。帝王は
ロウルはセラとシムを見て、ゆっくり語る。
「当然、すべてのヒトでなしは掌握されます。『入学名簿』はご丁寧に、子どものヒトでなしの名を
「……!」
魔法使いだと知らされ、死の収容所に向かうとも知らず真紅の汽車に乗り込む子供たちを想像してしまい、シムは
「ええ、行先はアズカバンではなくホグワーツでしょう。折角の資源をすぐに
収容してどうするか?労働力、呪文の練習台、魔法薬の実験体、不満や
セラは顔をあらんかぎり嫌悪に歪める。
民族浄化という吐き気を催す非道は、歴史を
ロウルはなおも空想にふける。冷たい声を弾ませながら。
「まあ、子供のうちは生かさず殺さずで、ずっと
……いや、絶望と苦痛と諦念しかない心など吸魂鬼の好みではないですから、ヒトでなし達には希望を与えておくでしょうね。……たとえば、そう、『二十五歳まで罪を償えば、ヒトと同じ自由と権利が与えられる』と信じさせておくとか、空しい作り話を聞かせておく。希望があれば、より
「…………でもそれを話すあなたは、ちっとも
ロウルは表情を消し、眉をひそめる。
「何を言っているのですか?」
「あなたはクソ野蛮な純血主義者だけれど。罪人であれ獣であれなんであれ、
「闇の帝王は偉大で至上で絶対的な魔術師。その御言葉は絶対です。疑問を持つわけがありません」
ロウルの口から半ば自動で言葉が漏れる。
「……え?」
「闇の帝王にお目にかかってない者は、愚かにも侮る。闇の帝王は我々ヒトとは違う、圧倒的な『力』を備えておられる。……いや、
ロウルは勢いよく立ち上がった。
「いったいなぜ、『闇の帝王がわずか一歳の赤ん坊によってお隠れになった』なんて
ロウルは忌々し気に吐き捨てた。
「ポッター夫妻が十把一絡げの凡人だから?違います。ジェームズ・ポッターは、『血を裏切る』家であれ、歴史のきわめて古いポッター家の
ロウルは声を静かに落とす。
「しかし、
――皆が皆、帝王にひれ伏したわけでも、恐れて口を閉ざしたわけでもない。愚かにも帝王に反逆する者もいたし、帝王に背いて死んだ家族や友人の
「……」
「しかし、『ハリー・ポッター』以後は、秩序は一気に魔法省とダンブルドアに塗り替わった。ブラック家のベラトリックス嬢などの強者の足掻きは、何にもならなかった。
――スリザリン寮も、ええ、今年の九月までは、今後は『第二の帝王』ハリー・ポッターに仕えるべきかを真剣に検討していた者達もいました。…………箒の才能しかないあの子どもが、帝王を上回る存在かもしれないと一度は思ったなんて、私もひどく愚かでした」
ロウルの声は自嘲の色を帯びる。
「…………いくら『例のあの人』だとしても。フレヤ・ロウルともあろう人が。そこまで怯えるなんて、らしくもないじゃないか――」
セラが言葉を上げると、ロウルの瞳が再び燃え上がる。
「何たる不遜を――!お前達が帝王の何たるかを知らないのは、非常に不愉快です」
ロウルは凍てついた声を荒げる。
「……しかし書物でしか知らないのであれば、無理もない。ヒトの想像力があっても、想像の埒外の存在を想像するには無理があります」
しかしロウルは溜息をつき、目を伏せる。しばらく沈黙をした後、ロウルは顔を上げ、ためらいがちに口を開いて、閉じる。再び口を開くと、今度は滑らかに言葉を紡いだ。
「今から私が話すことは、ただの
ロウルは杖を上げて、扉に遮音の呪文を何重にもかけた。そして椅子に深々と腰を下ろす。
「ある古い家に生まれた少女の話です。兄弟の誰より父の魔力を受け継いだ彼女は、幼い頃から魔法をよく扱いました。少女は両親から日々厳しい教育を受けながら、
・第七巻で、ホグワーツ入学が義務化になるニュースを聞いて、ハリーが「家族に会える最後になるとも知らずに」と吐き気をこらえるシーンがありますが、その年のマグル生まれの一年生達がどうなったか描かれることはありません。クリービー兄弟などのマグル生まれ達や、騎士団、そのほか勇敢な名もなき人々が、救済に貢献していたと期待する余地はあります。
・ヴォルデモートが勝利した世界では、『呪いの子』の記述を正史とすれば、ホグワーツには「穢れた血の『収容所』」が設けられ、生徒が気軽に拷問できるようになっているようです(作劇上、わかりやすく露悪的に誇張されている面はあるでしょうけれど)。それ以上は詳らかになっていませんが、仮に「入学名簿」が変わらず機能するとすれば、収容所には人員が補充されつづけるという暗い推測は可能です。