スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会)   作:非魔法族

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前話の推敲が不十分なまま投稿していました。誤字報告ありがとうございます。誤字報告機能って凄いですね。


第1話 ふたりぼっちのスリザード・クラブ (3)ピーター・パン

「さて、クラブの活動だけど、基本は週一回か二回、授業の相談に乗ったり、魔法の訓練に付き合ったりする時間を設けようか。ただ、最初のうちはとにかく身を護る術を身に着けてもらわないとね。二日に一回のペースで明日から魔法の訓練をしようと思う。良いかな?」

 

 セラは一転してきびきびとした口調に変わった。

 

「わかりました、お願いします」

 

「よし、頑張ろう。まあ週一回二回に限らず、私は普段からスリザリンの談話室ではなくここにいるけどね。シーナもソフィアも――私の六つ上の上級生もそうだった。この教室はスリザードにとっての談話室みたいなものだ。君もここを居場所にするなら、顔を合わせること自体はもっと多くなるね」

 

 その時代とは人数や性別が違う以上、自分がずっとこの部屋にいては気まずいものがありそうだとシムは感じた。

 

「でも、僕がずっとこの部屋に居座っていたら、一人で勉強したいときとかに気が散りませんか」

 

「それはその通りだ。私はこの二年、この部屋で独り好き勝手するのに慣れてしまったから、邪魔されたくないと感じるときも正直に言ってしまえば多そうだ。――丁度良いことに、後ろの壁の裏に、もっと談話室っぽい部屋があってね」

 

 セラは教室の後ろに移動し、背の高い机に置いてある大きな箱を指さした。それは大きなブラウン管テレビのように見えた。

 

「これってテレビですか?コードは見当たりませんが」

 

「それを模したものかな。マグル学の授業で使うやつだね。あいにくホグワーツでは電子機器や精密機器はめちゃくちゃになってしまうから、本当のテレビがあっても何も映らないんだけど」

 

 セラの「『ピーター・パンとウェンディ』と唱えながら電源ボタンを押してみて」という指示に従うと、テレビが明るくなり、文字が映しだされた。

 

――月に初めて到達したのはアポロ何号?――

 

「こうやって、私たちなら簡単に分かるけど、魔法族の家庭で生まれ育った人にはまず分からないようなクイズが出される。ここまでセキュリティを厳重にしなくても良いかもしれないけどね」

 

 セラが11と答えると、テレビの文字が消えて渦巻いた。

 

「頭を突っ込むと行けるから、私の後についてきて」

 

 そう言って画面に頭を押し付けかと思うと、テレビの電源を切ったときに似た音を残して、セラの体がテレビに吸い込まれて消えた。シムも恐々頭を画面に突っ込んだ。足から別の部屋に降り立っていた。いつの間に体の向きが反転したのか、そんな些細なことは今更気にならなくなっていた。

 

 緑を基調にした、小さな部屋だった。スリザリン談話室が荘厳で暗い緑だとすると、この部屋はさわやかな明るい緑だ。中央に円テーブルが一つ、椅子とソファがいくつか。壁には本棚と白い箱が並ぶ。

 

「こここそが、スリザード談話室。その白い箱には冷却呪文がかかっていて、冷蔵庫みたいに食べ物や飲み物を置いておける。ビデオゲームを持ち込めないのは残念だけど、非魔法界の小説やボードゲームもけっこう置いてあるからね。くつろげるよ。片方がこっちの部屋、もう片方があっちの教室を使えば良い。そうだな、私はこの部屋の方が好きだから、月・水・金・土曜は私がこの部屋、残りはシムがこの部屋を使うことにしよう」

 

「わかりました。……すごく良い環境ですね。僕たちだけ、こんな部屋を使っても良いんですか?」

 

「正直分からないけど、けっこう前から使ってたみたいだし、良いんじゃないかな。校長先生も何も言ってこないし。それに、ホグワーツにはこんな感じの秘密の部屋がいくつもあるからね」

 

 くつろぐのはまたの機会にしてひとまず戻ろうかと、部屋の隅にかかる、宇宙にぽつんと浮かぶ地球を描いたポスターをセラは指さした。その大きなポスターは通常の魔法界のものとは異なり、ごくふつうの静止した写真のように見えた。しかしセラの脚がポスターに触れるや否や、セラの脚はポスターに消えた。すぐにもう片方の脚と体もポスターに消える。シムも後に続いた。ポスターはプールの水面を思わせる感触だった。シムの体は2E教室に戻っていた。テレビもポスターも、どうやら一方通行の道らしい。

 

 

  ★

 

 

「それにしても、わざわざ魔法を教えるなんて、本当に良いんですか?去年まではずっと一人で魔法の訓練や勉強をしていたんですよね? その分の時間を僕に割いても良いのですか?」

 

 セラの眼が鋭くなった。

 

「だからほら、ちゃんと裏を考えないと。それではスリザリンでは生きていけないよ。……たとえば、誰も手を差し伸べてくれる人がいないスリザリンで、こうやってただ一人助けてくれる命綱の上級生という存在は、君にとってすごくすごく大きな負い目になるだろう?」

 

 お伽噺の魔女を思わせる、妖しい笑みで彼女は言う。

 

「いま絶対的な恩を売っておけば、あとあと私が、たとえばマクゴナガル先生の試験の解答を盗んで来いと理不尽な命令をしたとしても、たとえば魔法薬の実験台になれと無情な要求をしたとしても、君は逆らえず従ってしまうかもしれない。もし一切君が恩を感じなかったとしても、手助けを打ち切ると脅せば君は言いなりになってしまうしかしかないかもしれない」

 

 閉鎖された環境での上下関係。シムの想像力が陰惨な方向に働き始めた。

 

「……なんというか、さらに遥かに不愉快な要求をされる可能性も想定できそうですね。……四六時中僕がこんなことを考えていると誤解してほしくはないですし、セラや僕が加害者や被害者になる想定をしているわけでもないのですが、一般論として、たとえば僕とセラの性別を入れ替えた場合なんかは特に」

 

 セラは無表情になり、顎に手を当てた。

 

「たしかに想定されるけれど、しかしお互いにスリザリンだ。上級生の側が脅迫すれば、下級生の側もそれを種に脅迫し返せるということを上級生は分かっている。私が下級生の立場なら、陰惨な脅迫や復讐は思いつく。そもそも上級生の立場自体も吹けば飛ぶようなものであることも上級生自身分かっているから、滅多なことは基本的には起きないだろう。――最終的にそこまで考えるのが、私が今回想定していた正解だ」

 

「ないと思いますが、セラが僕を脅迫するようなことがあれば、覚えておきます。……それでも、本当に何もなくて良いのですか?」

 

「私自身、先代の二人には無償の手助けをしてもらったし、その恩返しだよ。……スリザリンは利己的な寮だけど、同胞の結束は固い。なかま同士の手助けは見返りを求めず惜しみなく行う、そうやってスリザード(わたしたち)は今まで生き延びてきた。だから、もしシムの下の代にスリザード(なかま)が入ってくることがあれば、私が卒業した後だったとしても、純粋に手助けをしてあげてほしい。人の手助けをしたり、人にものを教えることで得られるものも大きいしね」

 

 優しい眼差しでセラは言葉を紡ぐ。

 

「もちろん、そのつもりです」

 

「……さっきも言ったけれど、三年ぶりに入ってくれた君に私はほんとうに感謝しているんだ。君は何も負い目を感じなくて良い。もしそれでも気になると言うなら――」

 

 セラは言葉を切り、にやりと笑った。

 

「早く私と対等な魔法使いに、対等に魔法を学び競い研鑽できるくらいに成長してくれ。そうすれば、お互いに得られるものはさらに大きくなる」

 

「……」

 

「私はまだ四年生だけど、大体の七年生には決闘なら勝てる自信がある。シムだって四年生レベルになれるはずだ」

 

「……頑張り、ますよ」

 

 シムは答えた。セラが仮に七年生レベルなら、シムが四年生レベルになったとしても対等にならないという事実には、目を向けないように努めた。

 

「何もおだてているわけではなくてね。スリザード(わたしたち)は、何の才もなければそもそもスリザリンに入れられようもないはずだ。自惚れではなくて、私たちには『力』があるはず。なかったとしても、そんな選民意識を持っておけば、頑張れるってものだろう?実際に、先代のシーナもソフィアも、本当に優秀な魔女だった。――ところで、この二日間の授業を受けてみてどうだった?実技の科目で、ついていけないと感じるかい?」

 

 シムは思い返した。薬草学では、音を立てないままラッパ水仙(ふとした弾みに花弁のラッパを吹き鳴らす奇怪な植物)を植え替えた。呪文学では、最も基礎的の魔法の一つだという、杖に光をともす魔法を習った。変身術では、マッチ棒を針に変える実習を行った。

 

「そうですね……『薬草学』はまあまあで、『呪文学』では正直一番遅れている気がしますが、今日の『変身術』では課題を成功させました。……出来たのは、僕ともう二人だけでした」

 

 シムは後半に力を込めて言った。厳格なマクゴナガル先生が、シムの針を見てて微笑を浮かべたこと(マクゴナガル先生の笑顔をシムが目にするのは、ダイアゴン横丁で入学準備に付き添ってもらった際に、初めて杖を手にしたはしゃいだとき以来だった)と、教室を去るシムに向けて「私の寮生ではありませんが、何か困ったことがあったら、セブルスに相談し辛いことであっても私に気軽に相談なさい」と親身な表情で声をかけてくれたことを改めて思い出し、そのときに感じた安堵と感謝の念がシムの体を再び流れた。

 

「なるほどね。薬草学の実技は、いたわりの心で忍耐強く慎重に植物を扱えば良い。ハッフルパフ生と薬草学は相性が良いとよく言われる通りだと思う」

 

「呪文学については、簡単な呪文であればスリザリン一年生は既に習得していたりするからね。気にすることはないよ。イメージの操作が大事で、あとは詠唱の仕方や杖の動きをとりあえず無批判に受け入れることだ。――もしかして、なんでこの呪文はこんな発音じゃなきゃいけないんだとか、色々考えてしまった?」

 

「……そうです」

 

 なぜ「ルーモス」と唱えなければならないのか、なぜ杖を動かすと光るのか、考えれば考えるほど雑念が生じ、加えて周りの生徒が皆当たり前のように成功させてこちらに嘲笑の眼差しを送るので、シムは中々うまくいかなかった。フリットウィック先生のアドバイスに従いようやく成功させたものの、先が思いやられると感じた。

 

「私も全然分からなくていらいらしたけど、残念ながら私たち生徒のレベルでは、とにかく集中することと、先生や教科書を素直に吸収するのが大事みたいだ。いつか呪文の原理を知りたいとは思っているけどね。無言呪文というものがあるし、世界中の魔法使いがラテン語や英語をベースにした呪文を唱えるわけじゃないし、杖無し魔法(ワンドレスマジック)というものもあるし、言語や杖の動きは本質的な要素じゃない気はするのだけど、どうなんだろうね」

 

 セラは所在なさげに杖をもてあそびながら言った。

 

「それに引き換え、変身術は複雑な理論をしっかり理解していなければならない。非魔法族の目でみると、魔法はどうにも荒唐無稽で我慢がならないけれど、それでも変身術は比較的体系だっている方だ。――ところで、シムは小学校で算数を学んだろう。算数は得意だった?」

 

「はい」

 

「そして、もしかして既に中等教育の数学も自習していたりする?」

 

「ええ、少しですが」

 

 得意顔で言うのもなんでもないことのように言うのも、どちらも恥ずかしい気がしてシムは答え方に迷った。

 

「なるほどね。もちろん数学と変身術の関連は全くないとはいえ、論理的で抽象的な記号操作が得意だと、変身術も得意になりやすいような気がする。数学や変身術を学んだから論理的になれるわけではないけど、論理的にならなければ数学や変身術は学べない。――ところが魔法族は、非魔法界の小学校に通うのでない限り、初等教育を受けないからね。純血の魔法族で、非魔法界の小学校に通う者はまずいない。論理的思考以前に四則演算すら危うい者も多いだろう。非魔法族の生まれは、変身術を強みにしやすいと思うよ。レイブンクロー監督生のペネロピーなんかが丁度その例だ」

 

 変身術の教室を思い出す。マクゴナガル先生が黒板にびっしり書き込んだ式の内容は、スリザリン生の大半は混乱した顔で写経していたものであったが、シムの脳には滑らかに流れ込んで知的好奇心を大いにくすぐるものであった。

 

「結晶的な知識であれ、流動的な思考であれ、あらゆる種類の知性は確実に魔法を使う上で武器になる。かのロウェナ・レイブンクローは魔法の天賦の才も規格外だったが、それを操り十二分に発揮するだけの頭脳もまた規格外だったと伝承されている。論理的な思考は、魔法族が意識して学ぶことが少ない一方で、ヒトに与えられた最も素晴らしい物の一つだ。時間があれば、数学にしろ何にしろ、何かしらの手段を通して思考を訓練することは有意義なはずだと信じているよ。――まあ、本当に大事ならマクゴナガル先生がとっくに勧めているだろうから、勝手なことは言えないけどね」

 

 五年も先の中等教育修了試験については全く意識していなかったものの、シムの好奇心は数学に限らず、小学校のカリキュラムの範囲で満足するものでは決してなかった。摩訶不思議な科目が揃うホグワーツへの入学が決まったときは、先んじて学んだことを活かせる機会はなくなったかと一抹の寂しさも覚えたものだったが、必ずしもそうではないということであろうか。

 

「私たちは、(スリザリン)の機智と『力』を持つだけではない。人類全体(ヒト)の、蛇が無視するほうの、非魔法族(ヒト)の叡智と力も知っている。……わたしたち(スリザード)は決して、細々と生きるしかない哀れなマイノリティなんかじゃない。むしろ逆だ。スリザリン寮――魔法の力を貪欲に求める最も魔法族らしい寮――の資格を持つ、人類(ヒト)なんだ。――わたしたち(スリザード)の力を、見せつけてみない?」

 

 ある意味では現実逃避的であり、しかし誇りと傲りに満ちたセラの発言は、どこまでも魔女らしく、そして人間味があった。その芝居じみた大仰な台詞と口調を、芝居でない場面で披露しようものなら通常は滑稽な光景になるに違いないが、しかし彼女が演ずる場合においては全く例外だった。シムはセラの背後に差す光を幻視した。

 

「スリザードは――蛇の優れた面は取り入れる。どんな敵にも萎縮はしないし。踏みつけられれば反撃する。するりと逃げることもいとわず、機をうかがって反撃を狙う。何度だって脱皮をして成長し再生する。――それでも蛇のように、()()()()()()()には頼らない。蛇のように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()スリザリン(Slytherin)であるものの、蛇ではなくトカゲ(lizard)。――それが、スリザード(Slyzard)だ」

 

 実に堂々と、挑発的なまであるその名前を語ったセラは、杖を振った。机に、鮮やかな緑色のトカゲが現れる。トカゲは、二足で誇り高く直立していた。本来、トカゲは二足で歩かない生き物のはずだが、そのトカゲは不自然なものは一切感じさせない造形をしていた。再度杖を振ると、トカゲは霧消する。

 

「……なるほど。それを聞くまではてっきり、ブリザード(blizzard)みたいな冷たく厳しい学生生活だって自嘲してるのかと思いましたよ」

 

 神々しい雰囲気に耐えられなくなったシムの軽口に、セラは呆れ顔で返した。

 

「……君はなんとも、英国紳士らしい皮肉がもうその歳で板についているものだね。今後の成長がじつに楽しみだ」

 

「セラが言えたことではなくないですか?――それとスリザードって、自分たちこそが、スリザリン(Slytherin)魔法使い(wizard)だって言ってるようにも聞こえますね。――喧嘩売ってるように思われませんか?」

 

 セラは溜息をついて首を振った。

 

「そのくらいの気概を持っていなくて、どうするの。どちらにしろスリザードなんて名前は、私たちが自称しているだけで、他の生徒は知らないしね」

 

 セラはまっすぐシムの瞳を見つめた。

 

「堂々とスリザードとして生きるためには、まずはさっきも言ったように、いちはやく身を護る術を身につけないとね。ホグワーツは世紀末の空間で、私達(スリザード)であろうがなかろうが、歩いているだけで呪いをかけられることも当たり前に起こる。足がつかない陰湿な攻撃も躊躇わないスリザリン生は、罰則処分なんてものに中々怯えないしね。それに、『例のあの人』が消えた今も、魔法界はまったくの平和というわけではない。先生方の庇護がある学校を卒業した後で、身を護る術が無駄になることは、決してない」

 

 セラの顔は飽くまで真剣だった。シムは唾をごくりと呑んだ。

 

「すぐに色々な呪文を撃てるようにはならなくとも、呪文のかわし方は練習できる。まずは徹底的に、呪文のかわし方を教えよう」

 

「そして、ホグワーツには非公認の『防衛クラブ』や『決闘クラブ』がいくつかあって。寮混合で、しかも強者が揃ったクラブに私は参加させてもらっている。トンクス、ヘイウッド、ウィーズリー……いや、彼らは卒業しちゃったな。それでも、ペネロピーとかディゴリーとか、優秀な生徒が残っている。君が望むなら、ある程度の基礎ができた段階で、君を連れてゆこうと思う」

 

「防衛クラブですか……。まだ受けてないですが、『闇の魔術に対する防衛術』っていう授業がありませんでしたっけ?」

 

「防衛術は極めて大事なはずなのに、どういうわけか一年を越えて同じ先生が就けなくてね。どうにも授業を受けるだけじゃ厳しいんだ」

 

「そうですか……。面白そうですが、生徒で自主的にやるのは危なくないのですか?」

 

 言ってしまった後に、これはあまり格好が良くなさそうだとシムは後悔したが、セラは満足そうな声を上げた。

 

「いきなり飛びつかないその慎重な態度は、模範的なスリザリンらしくてとても良い。私が監督生だったら一点を与えるよ。……もちろんまったくの安全とはいえないけれど、闇の呪いを打ち合うわけでもないし、人をいたぶって楽しむような連中はいないし、そんなに心配しなくても良いよ。そもそも魔法族は頑丈で、ちょっとやそっとでは死なないし、何かあってもマダム・ポンフリーがすぐに治してくれる。君もホグワーツ入学まえ、頑丈さに思い至ったことはない?三階から落ちても怪我ひとつしなかったとか」

 

 シムは頷く。五年生のとき、まさに小学校の三階の廊下の窓から誤って転落してしまったことがあった。土にまみれている以外は至って健康なシムの話を、校医もクラスメイトも誰も信じようとしなかったし、シム自身、ほんとは自分は一階にいたのではないかと思いこむようになっていた。

 

「頑丈だからこそ、平気で廊下で呪いを打ち合っちゃうのだけどね。非魔法界なら一発で退学どころか刑務所送りになるようなことも、ここの連中は平気でやらかす」

 

 

 ★

 

「ところで教室といい、テレビの合言葉やクイズといい、つくづくここは非魔法界っぽいですね。教室の合言葉の『ワールド・ワイド・ウェブ』も、ひょっとして非魔法界の用語ですか?」

 

 魔法や魔法界についてまだ分からないことだらけだが、この聞きなれない用語は、なんとなく魔法にまつわるものではないように思えた。

 

「教室は、確かむかし『マグル学』の授業で使っていたみたいだ。合言葉は、そうだな、正直私もよく分かっていなくて、うまく説明ができるわけではないのだけど……」

 

 セラは顎に右手を当てた。

 

「シムは、ビデオゲームをやるかい?GX4000とか、NES(ニンテンドウ)とか、メガドライブとか」

 

「はい、少しは」

 

 ローブと山高帽に身を包んだ魔女から、ゲームの話が出るおかしさを感じながらシムは答えた。

 

「コンピュータの発展は凄まじいよね。電子計算機が発明されて百年と経ってないのに、ワープロだの、ゲームだの。それでワールド・ワイド・ウェブは、インターネットとやらに絡む技術で、去年に出来たばかりらしいのだけど……。何か文章を、そうだな、たとえば小説を、世間の人々に見てもらいたいとするだろう。家族でも友達でもない、()()()()()()()()()()()()()()()()、自分が魂を込めて振り絞ったインクを読んでもらいたいとするだろう。今じゃ、出版社の新人賞に応募したり原稿を持ち込んだりして、認められなければその小説は決して世に出回らない。あるいは自費で出版することもできるけれど、刷れる数も読んでもらえる人も限界がある。今でもコンピュータで顔の知らない誰かに読んでもらう技術はあるけれど、誰でも読んでもらえるというわけじゃない」

 

 何を当たり前のことをセラは言っているのだろうかとシムは思った。

 

「――ところが、この新しい技術が普及すれば、世界中の顔の知らない誰かに、誰でもに、自分の書いたものを読んでもらえるようになる。インターネットとやらには出版社と読者のような、一方通行の関係はない。どのコンピュータも対等な関係で結ばれているんだ。――良くも悪くも、誰もが読者であるのと同時に、()()()()()()()()()。世界中の人が書いたものを、世界中の人が読めるようになる。そんな世界がすぐそこまで来ている。……わくわくしてこない?」

 

 そのようなものが普及した世界をシムは考えてみた。しかしそれは、つい一週間前の自分がホグワーツ城の姿を思い描けなかったのと同じように、全く自分の想像の及ぶ世界ではなかった。

 

「……自分だったら、本来なら自分の机に閉まっておくべきひどく恥ずかしい日記を見せびらかして、後悔してしまうような気がしますが、それでもそんな世界は見てみたいですね。――それに、この魔法界のことを書いたファンタジーを公開したら、世界中の人にすごく人気が出るんじゃないですか?」

 

「……国際機密保持法に引っかかってしまいそうだけど、たしかに面白そうだ。魔法界には子どもの夢と世知辛い現実が詰まっているしね。それに今年は英雄ハリー・ポッターが入学してきた」

 

 ――最悪の魔王をわずか一歳で打ち破った英雄の、波瀾万丈の魔法学校を描いた物語――。セラは夢見顔で呟くと一転、哀し気な顔になった。 

 

「魔法を知ることなく非魔法界はここまで来ている。魔法界が未だに連絡手段にふくろうを使っているのにだ。……ふくろうだよ!魔法界のふくろうは確かにあまりに賢く素早く忠実だが、それでもふくろうを情報の伝達に使うのは、なんというか――魔法っぽい情緒と趣が感じさせられる利点しかない。……私は情緒や冗長さを大事にしたいたちだけど、それにしたって時と場合というものが……」

「魔法界にはふくろうや箒の他に伝達手段とか移動手段ってないんでしたっけ?」

 

 セラは首を振る。

 

「いや、そんなことはない。魔法で実現できることは、まさしく()()()()()()()()()()煙突飛行(フルー)ネットワークがある。暖炉同士を一瞬で往来できるんだ。……一瞬でだよ!その気になれば、各自が手乗りサイズのポストを持ち歩いて、投函するだけで相手のポストに届かせることだって出来てもおかしくないはずだよ。会話だって自由に出来るはずだ。非魔法界だって電話が持ち運びできるようになってきてるというのに、魔法界では高価で古い魔道具の『両面鏡』しかない。箒や煙突飛行以外にも、移動(ポート)キーや『姿現し』という、ほとんどSFのテレポーテーションやワープみたいな魔法だってあるんだ……結局魔法はあまりに便利だし、魔法族の数はあまりに少ないから、社会制度の改革はほとんど起こらないということなのだろうけど……」

 

 

 ★

 

 

 

 言い淀んだセラは前の壁にかかった時計(魔法界の時計には珍しい、針が二本だけついたごくふつうの時計だ)を見やった。

 

「さて、そろそろ外出禁止時刻になってしまうね。今日はもう寮に戻ろうか」

 

 たかだか一時間かそこらこの教室にいただけだというのに、シムはもう、自分の帰るべき場所がじめじめした地下にあるということを忘れかけてしまっていた。心に雲が垂れ込めてきた。

 

「……これ、あまり考えたくはないんですけど、僕がマグル生まれでなくても、入学二日目で門限破りがばれたらかなりまずいですよね?」

 

「だろうね。ただまあ、誰も一年生全員が寮に戻ってるかどうかなんていちいち気にしないし――いや、ジェマは気にかけてくれるかもしれないが、私といることくらいは分かってるだろう――それに門限を過ぎて外出している上級生もごろごろいる。気づいたところでわざわざ先生に密告して自寮の点を下げる意味もない」

 

「要するにここから寮に戻る間に、先生方とフィルチさんとミセス・ノリスとピーブズにさえ見つからなければ良い」

 

 セラは自分の頭に杖を当てた。セラの体が見えなくなる。

 

「『目くらまし術』さえ身に着ければ、フィルチさんの目はかわせる。それなりに難しいとはいえ、『目くらまし』を使えるホグワーツ生があまりに少ないのは理解に苦しむよ」

 

 姿が見えないまま、セラの声が中空に響いた。

 

「透明になれるだけですごいですけど、それでも先生やらミセス・ノリスやらはかわせないってことですか?」

 

「透明になるというか、正確には周囲の景色に溶け込む方が正しくて、よく訓練して観察すれば『何か』がいるのは分かってしまう。消臭呪文と消音呪文をかければ、校長以外の先生方の勘とミセス・ノリスの鼻も大体は誤魔化せるし、血みどろ男爵の声を保存して持ち歩いておけばピーブズも追い払える」

 

 続いてセラの「失礼」という声がしたかと思うと、頭から冷たいものが流れる感触がした。自分の手足が、体が、周囲の景色と同化していることに気づいた。

 

「これで大手をふるって夜に学校を歩けるよ。……いや、たぶん校長先生の目を誤魔化すのは無理だけど、ちょっと散歩するくらいなら何も言われないはずだ」

 

「……これ、校内で普通に使って良い魔法なんですか?夜の廊下を歩くことのほかは、使われる目的のほとんどが犯罪、あるいは好意的に言ってもいたずらの類じゃないですか?」

 

「まず、グリフィンドール監督生(プリーフェクト)のパーシー・"完璧(パーフェクト)"・ウィーズリー以外の恐らく全生徒が忘れていることだけど、『目くらまし術』に限らず廊下での魔法はすべてフィルチさんが禁止している。誰も守ってないけどね」

 

「あ、そういえば校長先生が言ってましたね……」

 

「そして、恐らく君がいま想像しているような――いや、君がその類の犯罪を企てていると私が思っていると誤解してほしくはないのだけど――のぞきなどの不埒な行為はできないようになっている。寮の寝室やシャワールーム、浴室、トイレなどには『目くらまし術』を曝く結界が張られている。女子生徒はすぐに監督生から教わることだ」

 

「そのようなセキュリティがいつから備わったのかは分からないけれど、もしかしたらホグワーツ城を一人で設計した天才ロウェナ・レイブンクロー自身の手によるものなのかもしれない。彼女は当時のどの人とも比べるべくもないほど、圧倒的な知性と美貌を備え、威圧的で傲慢なまでに気高く、人に従うことをよしとしない自由な心の持ち主だったと伝えられている」

 

 ただの推測に過ぎないけれど――。セラはぽつりと呟く。――尊敬や崇拝や羨望や嫉妬や憎悪や支配欲や情欲、人々の剥き出しの様々な強い感情を、常に向けられたに違いない。

 

「僕がその類の犯罪を企てていると誤解してほしくはないですが、そうなんですね。……いや、それだけを考えていたわけじゃないですよ。たとえば突然階段から突き落したりとか、殴ったりとか、魔法をかけたりとか……」

 

「たしかに起こりそうだね。透明の状態で呪いをかける卑怯者はスリザリン以外にはあまりいないだろうけど、私たちはスリザリンこそをグリフィンドールより警戒しなければならないしね。――だから、常に防御しておけば良いんだ」

 

 セラの姿が再び目に見えるようになった。セラは杖を放ち、「護れ(プロテゴ)」と叫んだ。セラの髪が少し逆立ち、シムは風圧に一歩あとずさりした。セラとシムの間の空気が歪んでおり、そこに何か、()()()()()目に見えない壁があるとシムは直感した。

 

「盾の呪文だ。透明な障壁を展開し、飛んできた物や呪文を防ぎ、あるいは撥ね返す。彼の頭よりも堅いと評判のパーフェクト・パーシーの盾には及ばないけど、これでも生徒の呪文を防ぐには十分なはず」

 

 セラは杖を下ろした。

 

「まさに防衛術だ。言うまでもなく極めて大事な呪文だけどね、習得には少々コツが要るし、一年生の魔法力ではまだ、仮に盾を展開できたとしても、せいぜいピーブズの投げる水爆弾や糞爆弾(クソばくだん)くらいしか防げないだろう。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 セラは手近な椅子を叩き、柔らかそうな数個のボールに変えた。

 

「このボールを今から私に向かって投げてくれないかな。強さは任せる」

 

 突然言われ、シムは遠慮がちにセラに向かってボールをほうった。セラの体に触れるか触れないかのうちに、ボールが撥ね返って床に転ぶ。

 

「遠慮しなくて良いのに。――とにかく、こうやって帽子とマントに『盾の呪文』を織り込んでおけば、呪文にしろなんにしろ、大体の被害は防げる。呪いをかけあう授業があれば、そのときだけ『複製呪文』で効果のかかってない帽子を被れば良いだけだしね。君にも盾の帽子をはやく縫うから、出来次第渡すよ」

 

 ボールを椅子に戻し、再び透明になるセラにシムはお礼を言った。

 

「そうだ、夜であっても昼であっても、こんなに面白い城は隅々まで探求したくなるだろう?実は抜け道があってね。ホグズミード――魔法族だけ住んでいる村に続いていたりするんだ。シムの気が向けば、いつか連れて行こう」

 

「それも凄くわくわくしてきますが、もちろんバレたらまずいですよね?」

 

 シムは再び後ろ向きな返事をしてしまったと気づいたが、にやりとしたセラの顔を見るに、正解であったらしい。

 

「バレた後先のことを考えずに突っ走るのがグリフィンドール、バレたら困ることはしないのがハッフルパフ、バレないためにどうするかを考えて満足するのがレイブンクロー、そして――」

 

「その計画を実際に行動に移すのがスリザリンというわけですか」

 

「――わかっているじゃないか。心配することはない」

 

 教室の灯りを消し、二人は廊下に出た。セラは思い出したように声を上げる。

 

「……あ、念のためだけど、手紙は君のところに届く魔法をかけただけで、さっきもずっとこの教室にいたから、『目くらまし』でストーキングをしていたわけではない。それは信じてくれ」

 

「実はちょっと今思ってました。それなら良かったです」

 

 扉を閉め、廊下を歩き始める。白く明るい光を放っていた教室とは対照的に、わずかな蝋燭に照らされた薄暗い廊下だ。

 

「繰り返しになるけど、さっそく明日から身を護るための魔法の訓練を始めよう。夜六時にこの教室で良いかな。……ああ、食べた直後で動くのはしんどいから、大広間の夕食は食べないでそのまま来て。厨房から食べ物を持ってきておく」

 

「わかりました」

 

 セラはシムに向き直り、真剣な表情をした。

 

「三年前の私は、先代の二人から情け容赦なく鍛えられた。ほんとうに情け容赦なかった。血も涙もなかった。……言っておくけど、私も一切の情け容赦はしないから、弱音を吐かずついてきてくれ」

 

「そうします」

 

 セラは微笑み、振り返って歩き出した。どうせ脅しているだけだろうと、このときのシムは軽く考えていた。セラは照れ隠しに彼女の言う「スリザリンらしさ」を装っているだけで、本質は聖母のような慈愛に満ちた存在だ、そんな印象をシムは抱いていた。

 

 

 

 とんでもなかった。セラがほんとうに一情け容赦がないということを、このときのシムはまだ知らなかった。

 翌日以降、セラの姿を見て胸が高鳴るなどということは一切なくなった。より正確には、セラの姿を見かけると心拍数自体は激しく上がるのだが、それは一切混じりけのない純粋な恐怖によるものだった。

 

(第1話 終)

 




セラが非魔法界や魔法界のあれこれを語っていますが、セラの性格を衒学的に書きたい意図はなく、もしそう見えてしまいましたら、セラや筆者がそういう年頃なのだくらいに思ってください。賢い設定の登場人物を賢くない筆者が適切に賢く書くのは大変ですね。また、(原作の雰囲気や設定を完全に損なわずに筆者の妄想をきちんとした設定に形成することが筆者には困難なので)前話のセラの野望について深入りすることはあまりありません。


呪文学:
一巻と二巻の邦訳では「妖精の魔法」ですが、変える理由が分からないのと、妖精という感じがほとんどしないので、呪文学で通します。

変身術:
原作の記述などを踏まえ、魔法界の教科の中では論理的・演繹的であり、論理的な思考操作が得意でないと変身術が得意になれないと解釈しています(ゴドリック・グリフィンドールは変身術、ロウェナ・レイブンクローは呪文学と結びつく図式と若干の違和感があるかもしれませんが……)。苦しいかもしれませんが、一巻のハーマイオニーの「大魔法使いと言われる人の中にも、非論理的な人がいる」発言は、変身術などの分野は指していないものととらえています。二次主人公が大抵成功させる、ハリーの教室でハーマイオニーしか成功できなかった変身術の課題は、教育者の鑑マクゴナガル先生なら「家で杖を握ることがなかった人も、才能が豊かでない人でも、ちゃんと理論を吸収できたら成功できる」レベルにデザインしていただろうという妄想。

スリザード Slyzard:
カタカナの語感がしっくりきたので名付けましたが、英語に詳しくないので英語が変でないかどうかは分かりません。(Slytherinとlizardのアクセントの位置が同じだったので平気かなという気がしましたが)

ワールド・ワイド・ウェブ
当時のイギリス発の新しそうな用語ということで適当に選びましたが、当時の状況を知らないので、魔法界で暮らす期間の長い14歳のセラが知っていそうになかったらすみません。インターネットやWWWとは何ぞやについても詳しくないので、誤ったことを書いていたら教えてください。
(追記:08-23
'90年12月に初のwebサイトが公開されたということで大丈夫かなと思ったのですが、その道の人たちに発表されたのが'91年8月6日なんですね、たぶんセラが知るのは無理がありました)

のぞき:
ホグワーツの治安が良くない割に、児童文学であるハリー・ポッターにおいて性犯罪の類は当然描かれないため、種々のセキュリティが働くのではという独自設定。ただ後になってよく考えたら、生徒たちが愛の妙薬を当たり前に購入して当たり前に使用している相当まずそうな環境ですし、そもそもヴォルデモートが男性への暴力によって生まれた子どもですし、ふつうに描かれてましたね。

盾の帽子:
盾の呪文を帽子とかにかけるのは双子ほどの独創性がなくても思いつきそうだと判断しました、双子の悪戯グッズ発明のお株を奪う展開にはしません。
盾の呪文って魔法省の人が割と使えなかったりで原作の習得難易度がいまいちわかりませんでしたが、そこそこ難しいという設定にしています。


パーシー・ウィーズリー:
登場人物に得意魔法が設定されていると個人的には滾るので、雰囲気を壊さない範囲でたびたび勝手に設定します。ハリー・ポッターが少年漫画だったら多分そうなってそうですし、守護霊も固有の能力がありそうですよね。


ずっと読む側でしたが、書くのもとても楽しいですね。スリザードという設定や種々の考察は筆者独自の妄想(及び原作完結後の種々の情報をなるべく拾っています)ですし、展開も他の方の二次創作と被らないように気を付けています。勝手に名前をあげて恐縮ですが「ハリー・ポッターと合理主義の方法」「ハリー・ポッター -Harry Must Die-」「この身はただ一人の穢れた血の為に」「魔法省大臣は人使いが荒い」「ハリー・ポッターと虹の女神」「蛇寮のハーマイオニー」など種々の素晴らしい二次創作に触発されており、様々な傑作があるハリポタ二次って本当に凄いし、それらを生み出す豊穣な世界観や多層的なキャラクタや分かりやすいストーリーを擁するハリポタって当たり前ですが本当に偉大だなと読み返して改めて実感します。
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