スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会)   作:非魔法族

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(「アクシオ」と「エクスペリアームス」を分けて投稿しましたが、キリが悪いのでやっぱり結合します、すみません)


第2話 鍛錬と探険 (2)エクスペリアームス

来い(アクシオ)――石になれ(ペトリフィカス・トタルス)――石になれ(ペトリフィカス・トタルス)――来い(アクシオ)――(アク)――石になれ(ペトリフィカス・トタルス)

 

 セラの声が教室に響く。シムは、セラの杖から飛び出る青白い光と、背後から襲う椅子の両方を続けざまにかわさなければならなかった。青白い光に当たれば固まって床に倒れ、昨日と同じくセラに思い切り蹴飛ばされて宙を舞った。一方で椅子に当たれば体勢が崩れ、すぐに飛んでくる青白い光をかわせず、やはりセラに蹴り上げられて宙を舞った。

 

 呼び寄せ呪文・「来い(アクシオ)」は、望みの物体を猛スピードで手元に引き寄せることができるという、まさに魔法らしい魔法だ。呼び寄せ呪文の対象となった物体は、障害物を基本的には避けつつ術者の元に移動するのだが、術者の視認範囲にあるほど近い場合には、どのくらい慎重な移動をするか豪快な移動をするかが術者のイメージによってかなり調整が利き、セラは障害物(シム)を一切気にせず最短距離で椅子を手元に引き寄せていた。これは明らかに、呼び寄せ呪文の本来意図されない利用法だった。しかし「これが『衰えよ(スポンジファイ)』のかかっている椅子じゃなくて、もっと物騒なものだったときのことを想像しろ」とセラに言われるとシムの身は引き締まった。

 

 どちらの呪文が飛んでくるかはセラの発音を聞くまでわからず、しかも「来い(アクシオ)」の場合には発音も短くどの方向から椅子が飛んでくるかも分からないので、回避は困難を極めた。「石になれ(ペトリフィカス・トタルス)」を避けるためにセラの杖先に注視しつつ、「来い(アクシオ)」を避けるために椅子が動き出す音に全力で耳を傾ける必要があるので、一瞬も集中を途切れさせてはいけなかった。

 

 

 その次の訓練の日からは、さらに呪文が追加されていった。新しい呪文は特に説明されることなく放たれた。英語やラテン語に似た呪文の文言からその意味がある程度推測できようとできまいと、シムが初回で避けられる望みはまずなく、二回目以降も難しかった。

 

 時には「踊れ(タラントアレグラ)」で踊り狂う机と椅子から懸命に逃げながら、時には「滑れ(グリセオ)」で滑る床で足を取られながら、時には「鳥よ(エイビス)」と「襲え(オパグノ)」で放たれた鳥の群れから身を庇いながら、「石になれ(ペトリフィカス・トタルス)」と「来い(アクシオ)」を避けなければならなかった。まだ十一歳のシムに被虐の精神が芽生えなかったのは幸いであった。いや、あるいは芽生えてしまった方が楽だったかもしれない。「今日はもう終わり」とセラが言ってシムに向ける柔らかな笑みだけが癒しだった。

 

(また、魔法を避ける練習だけではなく、筋力や持久力や、様々な身体のトレーニングも課された。基本的には自主的に行うよう指示されたものだったが、ときにはセラの監視のもと行われた。その場合は当然ただの運動で終わるものではなく、たとえば教室の外周を延々走り込みさせられるときは、セラの繰り出したコウモリ花――黒い翼の生えた奇怪な飛ぶ花――に背中を追われ続けた)

 

襲え(オパグノ)――手じゃなくて椅子を盾にしろ!小学生じゃないんだ!」「滑れ(グリセオ)――重心を低くしろ!今のがホグワーツの廊下だったら終わりだ!」「踊れ(タラントアレグラ)――動きは単純で繰り返しだ、落ち着いて見極めろ!そんなんじゃホグワーツで生きていけないぞ!」

 

 そんなタイプには見えなかったが、セラはミリタリー映画などに案外影響を受けるタイプなのかもしれない。訓練中に乗りに乗って怒声と罵声を浴びせる彼女を見て、シムはそう思わざるを得なかった。さもなければ、シムの知っているホグワーツと彼女のいるホグワーツは明らかに違う。

 

 

 実際のところ最近のシムにとって、スリザードの教室こそがホグワーツで最も本能的な恐怖を感じる場所になっていた。寮の寝室では半純血の生徒と声を二言三言かわすようになったし、スリザリン一年生の中に、シムの身を著しく脅かす存在は未だ現れていなかった。

 

 スリザリン一年生の王であるドラコ・マルフォイや取り巻きは、シムを頑なに無視するか「穢れた血」なる侮蔑語を浴びせるのみという状況が続いていた。この「穢れた血」という語句は、グリフィンドール寮でひとたび空気を流れようものなら途端に非難と糾弾の怒声が沸き上がるに違いないが、スリザリン寮においてはあまりに日常的に空間を飛び交うため、侮蔑語としての重みが実のところ暴落していた。

 

 また、ドラコ・マルフォイのボディガードである、マウンテンゴリラから知性と慈愛をすべて取り除いたと形容すべき二人の巨漢――たしか名前はクラッルとゴイブだったかクイッブとゴラルだったか――についても、その恵体から豪速で繰り出される剛腕と、躊躇いなくシムに殴りかかるだけの乏しい倫理観は実に脅威であったが、しかし食べ物を視認すると一瞬動きが硬直する性質があることをすぐに発見して以降はラクだった。シムはチョコレートクッキーの包みをポケットに忍ばせて、彼らと目があった瞬間に高々とクッキーを掲げるだけで、彼らのそばから悠々と歩いて去ることができた。そしてそのたびに、彼らを統御するマルフォイ少年の手腕と苦労に、改めて尊敬と同情の念を覚えるのだった。

 

 

 スリザリンには、魔法界の牢獄アズカバンに幽閉されている親を持つ生徒が幾人か存在したが、セラに言わせれば、本当に警戒すべきは、「アズカバンにいる死喰い人の親を持つ子供ではなく、死喰い人であった()()()()()()()シャバで堂々と暮らしている親を持つ子供」なのだという。前者は、せいぜい物心ついたころには親と別れ、魔法省の監視のもと暮らしており、親の影響を色濃くは受けていない。一方、後者は存分に親から()()()の英才教育を受けているし、親の狡猾さも十全に受け継いでいる可能性がある。シムはその発言はもっともだと思ったが、しかしセラが警戒すべき生徒の筆頭として名を挙げたドラコ・マルフォイについてはやはり首をかしげざるを得なかった。

 

 ドラコの父ルシウス・マルフォイは、ウィルトシャー州に大邸宅を構え、フランスにルーツを持つ純血貴族の筆頭一族マルフォイ家の当代当主であり、間違いなく「例のあの人」の腹心の部下であると(ささや)かれたものの、しかし凶悪犯罪に手を染めた決定的な証拠は何一つとして発見されず、立証されたいくつかの犯罪についても、氏の「マルフォイ家の財力と政治力を利用したい『例のあの人』から『服従の呪文』をかけられていたに過ぎない」という主張を否定するだけの決定的な証拠もなく、結果としてウィゼンガモット大法廷の無罪判決を勝ち取り(推定無罪の原則が必ずしも働く()()()()()()ウィゼンガモットの通例に照らして考えてみれば、この判決は自明の結果ではない。氏の無罪放免に挙手をした陪審員のどれほどが、氏のガリオン金貨や恐喝に屈したか、あるいは氏の去りし後の英国魔法界の情勢の変化を憂いたか、あるいは単に氏と昵懇(じっこん)の仲であったかは定かではない)、今も英国魔法界に極めて大きな影響力を持って君臨しつづける男だった。

 

 一方でルシウスの息子ドラコは、スリザリン生の前では優雅で冷酷で威厳ある貴族らしい振舞いを完璧にこなしてみせるものの、頻繁にグリフィンドールのハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーのもとに絡みに行っては、しばしば彼らにやり込められ、苦虫を噛み潰した顔でスリザリンに引き下がってゆく、なんとも年相応の可愛らしい一面も見せていた(なおポッターは、天才的な飛行術を見せたほかは、魔法の才能をいかんなく発揮してさっそく伝説的偉業を打ち立てる――スリザリン寮で期待されたのはダンブルドア校長を朝食の席で吹き飛ばすこと――などということはなかったが、それでもウィットに富む彼の皮肉と舌戦の才能は、シムや一部のスリザリン生が素直に感心するところであった)。

 

「小物に見える者が、小物のふりをしていないとは限らない」などとセラに言われるかもしれなかったが、しかしシムにはマルフォイ家の次期当主ドラコは、()()()()()()()が寮内にいない孤独を紛らわせるために、わざわざポッターを嘲笑いに行っているだけではないかと思え、その不器用さに微笑ましさと同情の念を覚えるのだった。

 

 

 しかしドラコ・マルフォイはともかくとして、スリザリンの上級生には――そのような「アズカバン送りになっていない死喰い人の親」を持つ子供を含め、粗暴な性格と魔法の腕を備えた生徒を含め――やはり警戒すべき者も多かった。

 シムはある日の午後、スリザリン談話室にほど近い地下の暗い廊下で、すれ違っただけのスリザリン上級生三人に囲まれなじられたことがあった。上級生たちの残忍な薄ら笑いを見て、これから起こるであろうことを直感し、せめての抵抗として杖を抜こうとしたところ、ちょうど通りかかったセラに救われた。

 

 歩いてきたセラはシムと上級生の顔を見ると同時に、流れる動きで杖を抜き、無詠唱で全員に「足縛りの呪い(ロコモーター・モルティス)」をかけ、床に「滑れ(グリセオ)」をかけて廊下の端まで吹き飛ばした。廊下の端から、鈍い音が響いた。

 窮地を救われたにもかかわらず、シムはセラの顔を見て恐怖で動悸がさらに激しくなったが、セラはシムの顔を見て「無事なら良かった。盾の帽子、早く渡すから」とだけ呟き、シムのお礼を待たずにそのまま去っていった。

 

 シムはまた、グリフィンドールの粗暴そうな二年生三人に囲まれちょっかいを出されたこともあった(グリフィンドールとスリザリンは不倶戴天の敵であり、顔を合わせただけで小競り合いが発生するのはこの数世紀の間ホグワーツの日常茶飯事となっていた)。

 

 このときのシムはグリフィンドール生達から単に軽口を叩かれただけに過ぎず、それ以上の蛮行を奮う意図が果たして彼らにあったのかどうかはシムには分からなかった。というのも、このときは校内の巡回をしていたスリザリン監督生ジェマ・ファーレイが、シムとグリフィンドール生を見るや否や、不気味な笑みを浮かべて詠唱を始め、無害だがおぞましい造形の黒い霊の群れを繰り出しけしかけてきたからだった。

 

 恐怖の表情で逃げ出したグリフィンドール生たちにジェマは「それでもグリフィンドールか、臆病者」と嘲笑って追い打ちをかけたが、しかしジェマが繰り出したモノはあまりにおぞましかったので、これを見て逃げ出してもゴドリック・グリフィンドールの名を汚すことはないだろうとシムは感じた。そして、自寮の下級生を守る名目で他寮の生徒に呪いをかける機会を狙っていたであろうジェマに戦慄した(なお、生徒に対して監督生が行使できる権限は、寮点の減点と罰則のみであり、言うまでもなく呪いの行使はそこに含まれない)。

 

 そしてジェマは「セラ、初めて新入生が来たからって張り切っちゃって、案外可愛いとこあるよね。まあ、頑張ってね」とシムの肩を軽く叩くと、シムのお礼を待たずに去っていった。

 

(無論、スリザリン生がグリフィンドール生にちょっかいを出すケースも、同じくらいかそれ以上に多く頻発する。スリザリン上級生数人がグリフィンドール一年生のネビル・ロングボトムの行く手を阻み、怯えるネビルを面白がりからかう場面をある日のシムは目撃した。このときはグリフィンドール監督生のパーシー・ウィーズリーが通りかかりネビルを守った。ジェマ・ファーレイとは対照的に、パーシーは何があろうと決して生徒に呪いをかけることはなかった。彼はただ強固な盾の呪文を、彼の石頭より堅いとさえ噂されるその盾の呪文を展開し、叱責の言葉とともに寮点を減らすのみに留めるという、実に模範的な監督生らしい手法をとることで知られていた。ただしこのとき減点される点数が、彼の非常に強固な盾に与えた衝撃の大きさと相関があることはよく知られており、スリザリン生の中には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()者さえ出る始末であった。ちなみにこのときスリザリン生が放った「くらげ足の呪い(ロコモーター・ウィーブル)」のパーシー・ポイントは、まずまずの5点という結果だった)

 

 

 シムは、自分が上級生の女子生徒に守られてばかりいることに気づいたが、しかしだからといってなけなしのプライドが傷つくということはほとんどなくなった。

「女性は男性に守られるべき、か弱き存在である」という価値観は、英国非魔法界においてもとうに(かび)臭くなっていたが、そもそも男女が互角な戦闘もスポーツ試合も行える魔法界においては、端からほぼ存在しないものといえた。「向こう千年マーリンの他に並ぶ者なし」とまで謳われた創設者からして半数が女性であるホグワーツ魔法魔術学校は、創設時から男女共学である。女性が歴史の表舞台で活躍する機会は、英国非魔法界のそれに比べると、近代人権思想やフェミニズムが萌芽する遥か以前から今に至るまで、格段に多く与えられているといえた。

 

 

 魔法の訓練を行わない日も、セラはスリザードの教室や談話室にいたが、しかしシムと会話をすることはほとんどなく、まして談話室のゲームで共に遊ぶということもなかった。

 

 シムが教室を使うと定められた曜日にはセラは談話室にこもり、シムが談話室を使うと定められた曜日にはセラは談話室に顔を出すことがなかった。セラは机に広げた本を一心不乱に読んでノートに何やら書きなぐるか、あるいは杖を抜いて魔法の練習をしていた。セラの姿を見かけないときも、しばらく経つと両手で本を抱えて戻ってくるか、頬を上気させ息を切らしながら戻ってきた。図書館にこもっていたか、城の外で身体を鍛えていたのだろうと思われた。

 

 そんなセラの姿は、尊敬を越えて畏怖や当惑をシムが覚えるほどストイックであった。ただし、セラは昨年も年中このような調子で日々を過ごしていたのではなく、今年になって二日に一回のペースで付きっ切りでシムを鍛えているがために、その遅れを取り戻そうとしているのだ、ということをシムは薄々感じていた。

 

 ホグワーツでは莫大な課題が課されるのが常で、入学したばかりの一年生でさえそれは例外でなく、まして四年生ともなれば、夜遅くまで談話室で息を吐きながらレポートに取り組むのが日常だった。セラは課題を全てこなした上でさらに、座学・実技問わず自主的に魔法を学び訓練し、さらには非魔法界の様々な見分を深める時間をも作り出していた。自寮の生徒と交友を温める、健全な学生生活をすべて投げうっているとはいえ、それでも尋常ではないように思えた。

 

 とはいえセラが訓練中にシムに浴びせる多種多様な怒声の中には、自らの時間を割いていることに関する当てつけは、一切含まれていなかった。訓練でない日にシムと会話する際も、その口調や顔色は一切疲労を感じさせることない、あくまで鷹揚としたものであった。シムは何がそこまでセラを駆り立てるのか分からなかったが、それでも自分ができる精一杯のこととして、訓練に励むこととセラの時間を邪魔しないことに注力し、セラが体を崩すことがないことを祈った。

 

 

 ★

 

 

 

 呪文をかわす訓練が一定の成果をあげてきた段階になって、ようやく呪文を撃つ訓練が始まった。呪文学の指定教科書「基本呪文集・一年生用」の先取りの学習に加え、防衛術で重要になる呪文の修得が行われた。

 

 まず最初に訓練した防衛呪文は、習得が容易である武装解除呪文「武器よ去れ(エクスペリアームス)」であった。詠唱と同時に杖から放たれる赤い閃光を対象に当てると、その相手の武器(相手と術者の双方が武器と認識するような道具、つまり魔法族同士の戦闘においては杖)を相手の体から吹き飛ばすという術である。威力次第では相手の体も衝撃で吹き飛ばしたり、相手の武器をこちらの手元に引き寄せることも可能となる、実に汎用性の高い呪文だ。

 

「相手を傷つけず、それでいて確実に自分の身を護る、お手本みたいな防衛術だね」とセラは説明する。

 

「こういう一見地味な術は、軽く見られることが多いけど、これさえ当てれば、もう相手は成すすべがなくお手上げだ。『極端な話、下手に色々な呪文に中途半端に手を出すよりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()方が良いとさえ僕は思う』――決闘クラブでは前に、こんなことを真顔で言っていた猛者がいてね」

 

 セラは遠い目をした。

 

「実際に彼は、『盾の呪文』と武装解除呪文のほとんど二種類だけで、たいがいの相手を叩き潰していた。相手が『盾』を解除して攻撃に転じようとした瞬間に、極太の赤い閃光を無言でほとんど時間をおかずに連射するものだから、これに対処するのは至難の業だ。決闘の美しさを魅せる点では、彼にお呼びはかからなかったけれど、ともかくあれほど武装解除呪文を極めた人は、魔法戦闘のプロ・闇祓い(オーラー)の中にさえあまりいないんじゃないかと思うよ」

 

「私がようやく彼に喰らいつけるようになったころには、彼は卒業して、そのまま闇祓いの研修生になってしまったけれどね」

 

 そしてセラとシムは、武装解除術のみを用いた決闘をしばらく行った。

 

 まずお辞儀をしたのち(「すごく綺麗な角度だね!日本のお爺さんの遺伝子かい!?ハッフルパフのオオニシと並ぶ美しさかもしれない!」とセラが激賞した)、教室を移動しながら、相手に武装解除呪文を当てたら勝ち、というだけの単純なルールだ。反射神経が向上してきた今なら、ある程度はセラに喰いつけるのではないかともシムは思ったが、それはひどく思い違いであった。

 

 シムの放つ赤い閃光は、セラが一歩動けば避けられるほど細く、ボールを軽く投げる程度に遅く、椅子や机で防がれるほど弱いものであった。

 

 一方でセラの放つそれは、机二列分ほどに太く、詠唱と同時に教室の端から端へ到達するほど速く、教壇を貫通するほど強かった。(もちろん通常の光ならば、レーザーでもない限り板を貫通するなどということは起こり得ない。光そのものが飛んでいるのではなく、あくまで光を放ちながら()()が飛んでいるに過ぎないために、光が板を突き抜けるかのように見えるのである。また、武装解除呪文は生物に触れて初めて効果が発揮されるので、机を貫通したからといって、机は吹き飛ばされることも穴が開くこともない)。

 

「この呪文は簡単だから、鍛えれば鍛えるほど凄い威力になってくるんだよ」と明るくセラは言った。快活に笑いながら、その恐ろしい威力の武装解除術を連射してきた。シムはそのたびに吹き飛ばされ、机をなぎ倒し床を転がった。一度は壁に鈍い音を立てて激突した。

 

「……ごめん、壁の『衰えよ(スポンジファイ)』、少し効果が弱くなっていたみたい」

 

 呻くシムにセラは小声で謝った。

 

 光が飛ぶ速さだけでなく、セラは呪文の詠唱も非常に速かった。

 

 二人が同時に詠唱し始めても、シムが「エクスペリ」まで発音するタイミングでセラは既に正確な発音で詠唱を終えており、「アームス」まで発音したシムの体を赤い光が包み吹き飛ばしていた。つまりシムは、「セラが杖を振り上げ口を動かした」タイミングで全力で横に動くほかなく、結局のところ「全身金縛り術から避ける訓練」の難易度が上昇したに過ぎなかった。

 

 とはいえ、さすがのセラも移動しながら高威力の呪文を放つことは難しいようで、呪文を放つ前には必ず一旦止まる癖があった。そこでシムは、ひたすら教室を走りながら、セラの背後をとる戦法に切り替えた。セラが呪文を放とうとしたとき、逆に()()()()()()()()()()()()()、右にダイビングすることで、セラが「詠唱をし光を放ち終わる」まで立ち止まった隙をついて、セラの真横から詠唱を終え、セラがこちらに向き直る頃には彼女に光を当てることに成功した。

 

 赤い光に照らされたセラの驚愕の顔は、シムが初めて見るものだった。近距離から呪文を喰らい、机一個と共に床に倒れたセラと、こちらの手に飛来する彼女の杖とを交互に見つめ、シムはしばし呆然となった。セラはすぐに立ち上がり、晴れやかな笑顔で褒めたたえた。

 

「油断していたわけじゃないけど、やられてしまったよ。今日中にやられるとは、正直思ってなかった。凄いよ。さすがだ。……でも、次は同じ手は喰わないからね」

 

 セラに勝利し手放しに褒められたことで有頂天になったシムの気分は、シムとの距離を慎重に空けるようになったその後のセラに、九回連続で吹き飛ばされすぐに萎むことになった。

 

 

 ★

 

 

「……でも、こんなに簡単に杖が吹き飛ばされてしまうなら、何で魔法使いは予備の杖を持たないのですか?いくら杖が高いといっても、二本あるいはそれ以上持っていた方が、絶対に安心じゃないですか。一本しか持たないのは、ただの慣習ですか?」

 

 九回連続で武装解除呪文を食らった後、セラから武装解除で奪われた自分の杖をセラから受け取るときにシムは疑問を口にした。

 セラは自分の杖をローブに仕舞い、椅子にこしかけ右手を顎にあてた。

 

「私も前に同じことを思った。ただ、ダイアゴン横丁のオリバンダーさんに言わせると、杖と魔法使いの間には相性や信頼関係というものがあるようなんだ。あのご老人は、《魔法使いが杖を選ぶのではなく、杖が魔法使いを選ぶ》というようなことを言っていなかったかい?」

 

「はい、言っていたと思います」

 

 狭くてみすぼらしい杖の店で、瞬き一つしない店主の銀色の目、知と狂気を内包した瞳に見透かされたときの薄ら寒い感覚をシムは思い出した。

 

 紀元前創業だというあの店の看板に偽りがなければ、あの老人の一族は二千年以上にもわたり、ひたすら杖の術を追い求め続けてきたのだろうか。ある意味では実に魔法使いらしいその在り方を想像し、尊敬と恐怖とを同時に感じたものだった。

 

「あれは、恐らく比喩じゃなくて。杖は本当に、意志や感情を持った生き物のように振舞う、あるいは少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな道具であるみたいなんだ。杖は持ち主の精神と同調し、持ち主の行動は杖にフィードバックされ、性能に影響を与える。オリバンダーさんによれば、持ち主と共に杖は成長してゆくし、杖の持ち主が決闘なんかで負けると、程度こそ差はあれ杖の『忠誠心』は下がってしまう。忠誠心が下がると杖は十分なパフォーマンスを発揮してくれないそうだ」

 

「なるほど。……あれ、じゃあもしかして、僕は今セラに負け続けてますけど、この杖は完全に僕を見放している……?」

 

 蒼ざめるシムにセラは微笑んだ。

 

「これは飽くまで、お互いが訓練だと認識して行っているからね。多分大丈夫だよ。そんなことで杖に見限られていたら、誰も魔法が上達しないだろう?」

 

「ともかくオリバンダーさんは、『杖をただの道具として扱うのは論外じゃが、召使として見るのも駄目ですぞ。信頼できる対等なパートナー、それもできれば親友ではなく、恋人として扱うのじゃ』と私に言い含めていた」

 

 セラの顔は若干引きつっていた。

 

「……だから杖を二本持つなんてことは、初めから自分の杖として二本持つなんてことは、言ってみれば堂々と二股をしていることと同じで、それだと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうでもなければ、多少合わない杖であろうと、誰もが杖を二本三本持ち歩くだろう。……杖によっても差はあるだろうけどね」

 

「二本を交互に使うとかなら浮気になるかもしれないですけど、要は普段使いの杖が手元から離れてしまって『来い(アクシオ)』するときにだけ、予備の杖があれば良いんですよね?予備の杖を全く使わなければ良いのでは?」

 

「私も思ってつい言ってしまったのだけど、わなわなしたオリバンダーさんに『杖の気持ちにもなってみなされ!』と怒鳴られてしまった。……これは私の勝手な推測だけど、それでも愛人がいることはバレてしまうんじゃないかな、あるいはここ一番のタイミングで『来い(アクシオ)』用の杖が『来い(アクシオ)』を発動してくれないということも起こるのかもしれない」

 

 そういうわけで、私はこの杖を大切にすることに決めたし、杖の手入れもちゃんとすることにしているよ。セラは自らの杖を優しく見つめた。

 

「そうなったら意味ないし、予備を持つのではなく一本を死守しろってことなんですね。……あれ、セラは前からずっと、『石になれ(ペトリフィカス・トタルス)』をかけた後にやたら僕の杖をぞんざいにぶん投げていませんでしたか?自分の恋人は大切にするけど、人の恋人はどうでも良いんですか?」

 

 突然そのときのセラの耳は遠くなってしまったようだったが、その後セラがシムの杖を放り投げるとき、その手つきは心なしか遠慮がちになっていた。

 

「オリバンダーさんは、一本一本どの杖も全然性質が違うともおっしゃっていましたね。……杖の性質が杖の芯によって、ドラゴンの心臓の琴線と不死鳥の尾羽とで違ってきそうなのは分かるのですが、木の材質によってもそんなに違うのですか?サンザシとかモミとかカシノキとかでそんな違いがあるものなんですか?」

 

 シムは自らの杖――サクラの杖を眺めて言った。

 

「やっぱりかなり違うみたい。だから杖を買ったときについでにオリバンダーさんに、企業秘密にあたらない範囲で教えてほしいって聞いてみたんだ。そうしたら驚くくらい色々教えてくれた」

 

 セラはローブから厚い黒い革の手帳を取り出した。「杖の材質」と手帳を見て呟くと、手帳が開き、自動で高速でページがめくられていった。シムは、明らかにその手帳のページの枚数が、その見かけの厚さよりはるかに多いだろうことに気づいた。手帳の紙の動きが止まる。もしダイアゴン横丁に売っているならば、すぐに買いに行きたい。

 

『サクラの杖は非常に珍しく、不思議な力を生み出す。日本にある魔法学校の生徒たちのあいだでとくに高く評価されており、サクラの杖を持つ者は特別視される』――だそうだ。不思議な、力」

 

 セラがにやにやして言ったので、シムは言い返す。

 

「……ではセラの杖の材質は何なのですか?」

 

「……私は、イチイだよ」

 

 セラはしばし黙ったあと、渋々と言った。

 

「イチイの木にはどんな特質があるんですか?自分だけ言わないのは不公平ですよ」

 

 セラはページをめくり、シムに見せた。シムは大げさに読み上げる。

 

「……『イチイの杖は珍しい部類に入り、理想的な持ち主もまた、たぐいまれなる力を持つ者で、しばしば英雄、あるいは悪名高い人物の場合もある。イチイの杖は決して平凡な人物や取るに足りない人物を持ち主に選ばない』。ふうん……」

 

「……そんな冷めた目つきをしないでよ。私が選んだんじゃなくて、杖が選んだんだから……。というかそもそも、どの木についても同じように大げさなことが書いてあるから。『イトスギの杖は、高貴な精神を持つ者と結びつく』とか、『カシノキに惹かれた人は自信家で楽観的で、内面の強さと深い知識を持つ』とか……」

 

「……でも、オリバンダーさんに言われたときは嬉しくなりましたよね?組分け帽子にスリザリンを勧められたときもそうですよね?」

 

「……うん、たしかに舞い上がっちゃった。……しょうがないよね、みんな10代のうちには全能感にあふれた時期がくるものだし、まして魔法が使えるなんて言われた直後はなおさらだ。君もそうだろ」

 

 まあ実際に、この杖が一本あれば、とてもとてもとても色々なことが出来てしまうけどね。セラは手帳をぱたんと閉じてローブに仕舞った。そのままローブから出した右手には、杖が握られていた。

 

「もうそろそろお昼になるか武器よ去れ(エクスペリアームス)……お、良いね。リラックスしていると見せかけて、きちんと警戒を怠っていないとは。――よし、今日はもう、終わりにしよう」

 

 不意打ちを仕掛けたセラとの距離が非常に近かったが、シムはセラの椅子の横まで滑り込んで事なきを得た。セラは椅子から立ち上がり、機嫌よく言った。

 

「あまり根を詰めてもしょうがないし、たまには気分転換でもしようか。――シム、午後は何か忙しいかな?宿題がたまっていたりとか」

 

「いえ、空いてます」

 

 シムは反射的に答えた。「忘れ薬」のレポートを仕上げるのはまだ時間がかかりそうなことは、ひとまず忘れることにした。この日は日曜で、休日の訓練は午前に行われていた(一日中不意打ちを気にしなくて良いのでありがたかった)。

 

「じゃあ、昼ご飯を食べたら城のあちこちを歩いてみよう。まだ君はあまり城を探険できていないよね?近道や抜け道、隠し部屋や仕掛け、そんなのを知れば知るほど便利だし、身を護るにも役に立つ」

 

 シムはわくわくして頷いた。この面白い城を隅々まで探険したい欲求はもちろん強かったが、それを存分に満たせる機会は未だなかった。授業や宿題や訓練をこなすだけで時間がほとんど残っていなかったし、まだ身を護れないうちはむやみに城を独りで歩き回らない方が良いとセラに忠告されていたからだ。

 

 ホグワーツ城は、住んでいる人間の数に比べるとあまりに広いから、監督生や先生方の目が光っている区域はごくわずかである。城の地下に近い区域ではスリザリン生の集団に遭遇する危険が高かったし、城のてっぺんに近い区域ではグリフィンドール生の集団に遭遇する危険が高かった。生徒に絡まれる危険がなかったとしても、単純に城()()が危険だった。馴染みのない区域で気を抜けば、何時間も迷子になりかねなかった(だからこそ、城中の構図を知悉しておりどこからでも急に現れる管理人のフィルチは、魔法が使えないハンディをものともせずにホグワーツ生達の最大の脅威として君臨していた)。

 

「面白い部屋も沢山あるしね。地下の厨房とか、壁の景色が変わり続ける6C教室とか、一階に降りられる西塔の小部屋とか、鏡張りの迷路になっている五階の大部屋とか――」

 

 セラはそこで言葉を切り、唇をゆがめた。緑の瞳が怪しく光った。

 

「――あるいはまずは、ここからそう遠くない、四階の『禁じられた廊下』に行ってみるのも良いかもね」

 

「……セラはいつグリフィンドールに移籍したのですか?マクゴナガル先生に言えば移籍できるなら、昼ご飯を食べたらまずは、まっすぐ先生の研究室に向かいたいですね」

 

「――実に模範的なスリザリン生らしい慎重な回答だね。二点を与えよう」

 

 呆れたシムの口調にかぶせて、セラは悪戯っぽく言葉を返した。

 

 




パーシージェママルフォイのくだりを書きたかっただだけの回です。あまり戦闘に関して独自設定を加えてもなんですし、訓練について長々書くことはもうありません。一年目は魔法界があまり動かないですし、色々学生生活書きたいことがあるので長いですが、このペースではとても終わりが見えないですし二年目以降はさくさく進みたいです

ホグワーツ(ひいてはイギリス?)では日本の学校の「先輩・後輩」に対応する概念がないと思うのでそれらの語句を使っていませんが、シムは名前呼びではなく「先輩」呼びで通してるイメージです

滑れ(グリセオ)
「滑る」の命令形って、なんか「滑ろ」な気がしちゃいます

穢れた血:
後半の巻の穢れた血バーゲンセール状態に慣れた後で、二巻で初めてマルフォイがこの言葉を口にしたときの周りの反応を見ると落差に驚く

杖二本持ち:
呪文ごとに杖を使い分けるのも燃えますが、ありにすると、みんな持てば良いじゃんとなるので、一本限定に。死の秘宝のほうのニワトコの杖は明らかに例外で、ダンブルドアヴォルデモートグリンデルバルドあたりも例外ということでお願いします

温かい感想や評価やお気に入り本当に嬉しいです!こんなに反応を頂けると思っていなかったのでテンション上がっています、自分もこれからは好きな作品に積極的にコメントしてゆこうと決めました!書き溜めてなくて不定期更新になりますが、気長にお付き合いくだされば幸いです…!
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