スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会) 作:非魔法族
「――まあ私は、禁じられた廊下が本当に『とても痛い死に方』をする場所なのかどうか、ちょっと疑問に思っているけどね」
悪戯っぽく笑ったあとに真顔に戻って繰り出されたセラらしからぬ言葉に、シムは驚きを隠せなかった。
「校長先生がわざわざ危険だと忠告したじゃないですか」
「だって、昨日のグリフィンドールのテーブルを見てみなよ。空きが全然ないじゃないか。誰も『痛々しい死に方』をしていない」
「……確かにそうですね」
「痛々しい死に方をせず辛くも生還したとしても、『
自信たっぷりにセラは言い放った。
「いや、いくらなんでもグリフィンドールをなんだと思っているんですか。火に飛び込む蛾じゃないんですよ。さすがに彼らも分別はあるのでは……」
「グリフィンドールの誰もが蛾だとは思わないけど、それでもあの寮の
「たしかに危険な場所なら当然封鎖すると思いますが、『入れない』とは言っていませんでしたね。たしか『痛い死に方をしたくない人は、入ってはいけません』としか……」
「そうなんだよ。それに校長先生は、なんでわざわざ曖昧に『痛い死に方をする』とだけ言ったんだろう?禁じられた森が『禁じられて』いるのは、危険な生物がごろごろいるし、魔力に満ちた木々で鬱蒼としていてとても迷いやすいからだ。それなのに禁じられた廊下が危険な理由はまるでわからない。もし落盤の可能性があるとか、城の構造が突然変わって外界の危険な場所へ繋がる道が開けたとか、廊下に悪霊が取り憑いたとかなら、単にそう言えば良いのに――あの言い方ではまるで興味を持たせているみたいだ」
「……なんらかの理由を言えない理由があるとか、たとえば極端な話、
「……まあ、そんな可能性がないとは言い切れないけれど……。それでも、校長先生にも対処できないような危険となると、よほどのことしか……」
「あるいは、グリフィンドール生だけは無事に帰してくれるけれど、グリフィンドール生が無事なことに興味を抱いてほいほい向かった邪悪なスリザリン生は退治されてしまう、そんな呪いがかかっているとか?」
「その可能性が一番高そうだ」
真顔で冗談めかして言ったシムに、セラも真顔で冗談めかして返した。
そして「もちろん君をそんな危ないところに連れて行くつもりはないから、心配しなくて良いよ」とセラは会話を打ち切り、二人は談話室で昼食を食べ始めた。食事を済ませ、紅茶をすすってのんびり休憩した後、「それじゃあ校内の探険を始めようか」とセラが明るく立ち上がったときに、シムは先ほどから頭を渦巻いていた疑問をぶつけてみることにした。
「……セラ、さっき僕を廊下に連れて行くつもりはないとは言ってましたけど、やっぱり後で一人で調べてみるつもりですよね?」
虚を衝かれたような動揺の色はセラの顔に現れていなかったが、しかし表情の動きが一瞬だけ奇妙に静止したのをシムは見逃さなかった。
「私が、わざわざ校長先生が痛い死に方をするって忠告しているようなそんなおっかない場所に、のこのこ向かうような分別のない馬鹿に見えるの?」
「正直に言うと、そうですね。さっきの会話では凄く好奇心が溢れていました」
笑顔で訊くセラに臆することなくシムは即答した。
「…………そうか、そう見えるか……」
「放っておいて、後でセラが痛い死に方をしたと聞くのは寝覚めが悪いですし、止めなかったことがマクゴナガル先生にバレたら僕もぶちのめされそうですからね。僕も連れて行ってください」
「私はそんな馬鹿じゃないし、それにまだ君が自分の身を護れるようにもなっていないのに、勝手に死に行くつもりもないんだけどね……」
セラは「禁じられた廊下」に行くつもりはないと何度も頑なに説明したが、シムが「それなら僕が後で一人で行く」と主張すると渋々折れた。
「入ってみるつもりはなくて、遠くから窺ってみようかなって思ってただけだし、さっき廊下の話題を出したのもからかっただけで、君を巻き込もうとする意図は本当になかったんだよ」
セラはそう言いながら、シムを四階の「禁じられた廊下」の手前まで連れて行った。「禁じられた廊下」につながると思しき扉は、黒く厳めしかった。手前の左の壁にも右の壁にも、大きく「立入禁止」と赤い文字で書かれていた。辺りは薄暗かった。扉は数メートル先にあったが、それでも何やら不吉なものを感じた。
「なんとも危なそうだね。私も調べるのは怖いから、引き下がって他のところに行こうか。――って言っても納得しなそうだね。生徒が入れないようになっているとは思うけど、一応入れるか試してみようか」
セラはシムを見やりため息をついた。そして、扉に背を向けてシムを突き当りまでつれてゆき、「
「『
セラは言葉を切ると、虚空を見つめた。
「――いや、肝心なことを忘れていた。いきなり『死の呪文』が飛んでくることがあったら、これでは防げない。いくらなんでもそんな仕掛けはないとは思うし、死の呪文は『痛い死に方』でもなさそうだけど――」
セラが「
「死の呪文はあらゆる魔法障壁を貫くけれど、生物ではない物体なら――『出現』させた物体でも『
「……わかりました、ありがとうございます。……でも、ここまでするのは、さすがにちょっと大げさではないですか?」
セラは肩をすくめた。
「そうかもしれないけどね。危険だと警告されている場所にいて、予測できる脅威があって、それを防ぐ対策だって簡単にできるのに、ただ君に気恥ずかしいからという理由だけで対策を怠るわけにはいかないよ。それで君を死なせてしまうようなことがあったとしたら、それが先代のスリザードにバレたら私は八つ裂きにされてしまうよ」
そして彼女はシムと視線をまっすぐに合わせた。
「一つ、これだけは約束してほしい。もし扉が開いたとして、何かまずいと思ったら、何か怪物か悪霊かが飛び出てくる気配があったら、
セラの眼差しと口調は真剣そのものだった。
「いや、見捨てろと言われてもさすがに……」
「違う。私を見捨てて逃げろと言っている
シムがとっさにあげた反論の声を、あまりにもきっぱりとセラは一蹴した。
「脅威が私の手に負えなくても、私に何かが取り憑いたとしても。君が何か手助けできないかとぐずぐずしているより、一刻も早く君が先生を呼んできてくれた方が、私の命が助かる可能性がずっとずっと高くなる。……決して君の魔法の腕を過小評価しているわけではない。まだ入学して一ヶ月だというのに、本当によく成長していると思っているよ。ただ、まだ魔法を学んで一ヶ月でしかないんだ。その状態の魔法使いにできることは、残念だけどほとんどない」
「……わかりました。確かに足手まといになりたくはありません。……そうします」
歯痒いものを感じつつ、しかしセラの言い分には何一つ反論できる点がなく、シムは苦し紛れに声を絞り出した。セラは今までお世辞を言うことはなかったはずだ。足手まといという事実を率直に突きつけられても、同時に成長を評価してくれたことでシムの自尊心は保たれた。
「ありがとう。そして先生に会ったら、私が四階の廊下を開けたことを正直に白状して、あとは私に脅されて無理矢理連れてこられたとでも言ってね。そうすればシムがマクゴナガル先生にぶちのめされることはないだろう」
「いえ、むしろ僕が連れて行ったようなものですから、そうなったらおとなしく僕も死を受け入れますよ」
そんな姿勢はスリザリン的ではないよとセラは微笑み、自らの体にも防護魔法をほどこすと、扉に向き直った。
「一年生でも問題なく使える呪文の一つに、開錠呪文『
「……ちょっと待ってください。魔法で封印
シムは驚いて声を上げた。セラは振り返って神妙な顔つきになった。
「そういうことだね。ごめん、これは魔法界に入ったばかりの君にすぐに伝えるべきことの一つだった。運の良いことに、前にダイアゴン横丁で買った簡単な魔法封印グッズがいくつか余っていてね。後で寮のトランクから持ってきて割安で売ってあげるから、実家に送ってあげると良いよ」
なおも心配そうな顔を続けるシムに、「わざわざ非魔法族の家に押し入ってお金や物を盗もうとする奇特な魔法族はほとんどいないし、そもそも魔法警察が黙っていないだろうから、気に病みすぎなくても良い…………はずだよ」とセラはなだめ、再び扉に向き直り、数歩前に踏み出した。
セラが扉の手前に立つと、床が光り、すぐに暗くなった。注意深く辺りを見回しながら杖先を扉の取っ手に向けると、取っ手の上のあたりから突如として大きな円盤が浮き出てきた。セラは杖を振り下ろして呟く。
「時計……?」
円盤にはローマ数字の「I」から「XII」まで右回りに数字が振ってあり、針が一本「XII」の位置を指していた。セラの言う通り、それは古風な時計の文字盤のように見えた。セラはしげしげと円盤を眺めた後、「まあ、とりあえずやってみるから。逃げる準備をしてね」と言いながら杖を振り上げ、呪文を唱えた。
「
シムは扉を注視した。円盤の針がゆっくり右に回転し、「VI」のあたりを指したかと思うと、すぐに「XII」の位置まで戻る。扉が開いた様子はなかった。セラは振り返って「駄目みたい。さっぱり効かないかと思ったけど、どうもそういうわけでもなさそうなのが不思議だけど……」と声をかけた。
「……セラ、もしかしてこの呪文だけ苦手とか?」
拍子抜けしつつシムは問いかけた。
「いや、そんなはずは……。ちょっと集中してみる」
再び彼女は扉に向き直り、数度深呼吸をした。そして杖先を扉に向けて叫んだ。
「
セラの髪が逆立つと同時に、円盤の針が勢い良く動いて一周し、「XII」の位置をさした。スプーンを皿に打ちつける高い音が小さく鳴ったかと思うと、扉に刻まれた
「これは……ルーン文字に、楔形文字?ヒエログリフ?漢字?ヘブライ文字?」
セラが呟く間に、紋様は光るのをやめた。円盤の針も左にゆっくり回って元に戻った。セラは杖を振り、辺りを白い光で満たした。「もう少し扉を調べてみる。一分に一回、私に声をかけて反応があるか確かめてほしい。反応がなかったとしたら、それか十五回を超えてもまだ調べていたとしたら、
ときおり扉が光ったり音が鳴ったりするのを見聞きしつつ、シムは言われた通りにセラに呼びかけ続けた。セラは没頭していた様子だったが、毎回しっかり返事をよこした。シムは扉そのものよりも、そろそろ管理人のフィルチが辺りを通りかからないかヒヤヒヤした。
「セラ、もう十五回ですよ」
シムが呼びかけると、セラは振り返ってお手上げのポーズをとった。
「お待たせ。やっぱりだめだ、ホグワーツ生の分際で開けられるわけがない。少なくとも開けられる仕組みにはなっているはずだし、部分的には解けそうだけど、完全に封印を解くには知識も技術も魔力も私じゃ明らかに足りない。――いや、後で一人で調べたりしないって。時間の無駄になってしまう」
セラは歩きながら、ふと立ち止まって横の壁を叩いたかと思うと、感心した顔になりシムを手招きして呼び寄せた。「まったくの杞憂だったね」と照れ笑いするセラに防護魔法を解除された後にシムが目にしたのは、生徒が書いたと思しきいくつかの落書きだった。落書きはどれも、「L.J. 7」のように、ラテン文字二つと数字との組み合わせだった。最も大きい数字は「12」で、この数字は二つだけ見えた。
「これは……名前のイニシャルとさっきの文字盤と数字でしょうか。……少なくとも九人は、『
「そうみたい――」
セラは言葉を切った。壁から大きな十字架と花の絵が現れ、「グレッドとフォージ 痛々しくも華々しく散る 享年十三」の赤い文字が派手に点滅した。
「あの双子なら、間違いなく突撃していると思った」
あからさまに頭文字を入れ替えた偽名を見てセラは呟いた。グリフィンドール三年生のフレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーは、毎日のように笑いとトラブルとを引き起こし、城中に悪名を轟かせる存在だった。管理人フィルチとスリザリン生は、時に他愛の無い、時にかなり悪質な彼らの悪戯に常に煮え湯を呑まされていたが、双子は管理人フィルチと同じくらい城の構造に精通していたため、スリザリン生が双子に復讐できる機会はほとんど全く訪れていなかった(セラはもちろん、スリザリン生がどれだけ被害を受けようと全く気にしていなかった。スリザリン生の集団に追われる双子の逃走を、両者にバレない形で彼女が手助けする瞬間さえシムは目撃したことがあった。双子が丁字路の角を全速力で曲がった途端に、たまたまそこに居合わせたセラは何食わぬ顔で張りぼての壁を作り、廊下が一直線であるかのように偽装したのだった。怒れるスリザリン生達は止まることなく双子のいない道を駆けていった)。
「なんでこんな扉を作るのかさっぱり分からないけれど、世界一の賢者である校長先生の考えなんて私の頭では推し量りようがないね。この扉のことは忘れよう。……その前に、シムも『
「……数字がしょぼかったら怖いですし、それにそろそろフィルチさんが来そうな嫌な予感がしますし、辞めときますよ」
実際に二人が五階に上がったときにフィルチの飼い猫のミセス・ノリスに出くわしたので、シムの予感は当たらずといえども遠からずだった。
後の話とまとめて一話にするつもりでしたが、二万字近くになったので分割します。
双子:
多くの人と同じく筆者も大好きです。ただ改めて原作を読み返すと、セドリックに敵愾心剥き出しにしていたり、双子を減点しようとしただけの尋問官親衛隊を「キャビネット」に突っ込んで放置して、結果彼は数週間行方不明になったあげく錯乱して入院する羽目になってたりしていて、イメージとちょっと乖離あって驚きました