スリザード・クラブ (蛇寮非魔法族出身者の会)   作:非魔法族

7 / 28
第2話 鍛錬と探険 (4)ソノーラス

 そして「禁じられた廊下」から離れた後、セラは午後いっぱい、ホグワーツ城のあちこちをシムに案内しはじめた。

 

「ここの扉は、曜日ごとに開け方が変わるんだ。今日はたしか、くすぐる曜日だったかな?……いや、三回ノックする曜日だった」

 

「変身術にどうしても遅刻しそうになったときは、ここの通路を通ると良い。なぜか一瞬でつけるよ。……気まぐれで玄関ホールに滑り降りることもあるから、博打だけどね」

 

「この部屋の壁は、大広間の天井みたいに魔法で景色を映し出しているけれど、大広間と違って、常に晴れた野原の景色なんだ。だから雨が長引いているときは、ここで読書をすると爽快な気分になれるよ」

 

「この階段は、誰もいないときに一度上まで昇ってから降りると、三倍に伸びるんだ。何も嬉しくないけど」

 

「あそこの塔は、めったに人が通らないから、ほとんど誰も構造を知らない。へたに入らない方が良いよ、私も迷わない自信が何一つない」

 

「この部屋は、床が回り続けているうえに、錯覚なのか魔法なのか、地面が傾いているように見えるんだ。……酔ってきそうだから、出ようか」

 

「あの鎧、夜になるとガシャガシャ音を鳴らしながらずっとついてくるから気を付けた方が良いよ。生徒から『フィルチの手先』と呼ばれているんだ、音を聞きつけて五分しないうちに飛んでくるからね」

 

「いまのゴーストは、レイブンクロー寮憑きの『灰色のレディ』。つんとしているけど、スリザリン寮の『血みどろ男爵』よりよっぽどマシだ」

 

「ここは鏡張りの迷路になっている部屋だ。一年生のときにうっかり入って、三時間迷ったことがある。シーナに十五分あれば出られると言われて、悔しくて何回もリベンジした」

 

「城中でも、西塔のこの部屋が、いちばん夕日が綺麗に見えると思っている。――山の間に浮かぶ太陽も、夕焼けで燃える山も、本当に綺麗だよね」

 

 セラは始終目を輝かせていた。ホグワーツにたった三年通っていて感興がそがれるほど、この城はつまらないものではない。好奇心に満ちて足取りの軽いセラの隣を歩いて初めて、ホグワーツ城の景色がこんなにも色彩に満ちていて鮮やかだということにシムは気づいたのだった。

 

 

  ★

 

 

「今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったですし、また時間があれば色々案内してほしいです」

 

 日が沈み、城の散策を打ち切ってスリザードの教室に戻る途上で、名残惜しさを感じながらシムは心を込めてセラに言った。今日は間違いなく、シムがホグワーツに来てから最も楽しい日といえた。

 

「私が振り回してただけだけど、こちらこそ付き合ってくれてありがとうね。もちろんまだまだ案内しきれていなかったし、また――」

 

 セラは言葉を切った。紫色のターバンを巻いた、瘦せた青白い顔の男が、うつむきながら廊下の向こうから歩いてくるところだった。

 

「こんにちは、クィレル先生」

 

 セラがにこやかに挨拶をし、シムも後に続いた。「闇の魔術に対する防衛術」の担当教員、クィリナス・クィレル教授はビクリと震えて二人を見やった。彼は引きつったような笑みを返し、どもりながら話し始めた。

 

「お、おや、ス、ストーリーさん、こんなところで、き、き奇遇ですね。……それに、君は一年生の、たしかス、スリザリンの……」

 

「シミオン・スオウです。クィレル先生」

 

「そそ、そうだった。ス、スオウ君。き、君の前回のレ、レポートは実に、よ、よかった。この調子で、頑張ってくれたまえ」

 

「良かったです、ありがとうございます」

 

 きちんと図書館で調べるほど高く評価をしてくれるし、採点には論理的で明確なアドバイスが添えられているので、シムはこの授業でたまに出されるレポートへのやる気は高かった。

 

「それに、ストーリーさんのレポートも、わ、私からは、な、何も言うことはない。さすがだ。……と、ところでな、夏休みは、元気にしていたかね?」

 

「おかげさまで元気でした。クィレル先生もお元気で――いえ、見たところ、その、色々大変だったのでしょうか?」

 

 セラの気遣うような声に、クィレル先生は再び引きつった笑みを返した。

 

「そ、そうだね。こ、この一年、この城を留守にしていた間は、い、色々大変なこともあった。が、有益な経験を積めて、良かったよ。ぼ、防衛術を教えるにあたり、お、大きく成長できた」

 

「それは何よりです。……ただ私としては、いよいよクィレル先生にマグル学でお目にかかれるかと楽しみにしていたので、正直なところ少し残念でもあり……。いえ、失礼なことを言ってすみません。もちろん先生の防衛術の授業も素晴らしいですし、いまのマグル学のチャリティ・バーベッジ先生も素晴らしい先生です。ただ、おととしにクィレル先生にお付き合い頂けた時間は、本当に刺激的で勉強になったと感じていて……」

 

 シムは、マグル学なる科目がホグワーツにあることも、クィレル先生がその科目を教えていたということも、セラとクィレル先生にそれなりの関わりがあるらしいことにも驚いた。

 

「い、いいんだ。そ、それは嬉しいね、あ、ありがとう。マ、ママグル学を教えていた頃は、し、真剣に私の話を聴いてくれる生徒なんて、ほ、ほとんどいなかったからね。き、君が三年生だったらと、お、思ったものだったよ。わ、私としても、君みたいなか、賢い生徒と意見を交わすのは、とても刺激的だった」

 

「ありがとうございます。……でしたら、なぜ今年は防衛術の先生になられたのでしょうか?……いえ、踏み込みすぎでした、失礼しました。とにかく、防衛術は一年間の契約なのですよね?その後はマグル学に戻られるのでしょうか?それともホグワーツを去ってしまわれる?」

 

「いやいや。君には申し訳ないが、マ、マグル学を教えるのは、しょ、少々疲れてしまったし、ぼ、防衛術はも、もともと私は、ひ、非常にか、関心が強かった。特にり、理論的なことにはね。ぼ、防衛術の先生は、常にた、足りなくなるから、こ、校長先生に頼まれたのはじ、じ、実に丁度良かった。ス、スネイプ先生はぼ、防衛術を教えたがっているようだが、私は魔法薬学はさっぱりだからね。て、適材適所というやつだよ。この一年が過ぎたら、そ、そうだな、バ、バーベッジ先生を追い出すわけにもいかないし、多分私は、こ、この城を去るだろう」

 

 セラの悲し気な顔は、この日に初めて――いや、この一週間で初めてシムが見るものだった。

 

「そうでしたか……。それは本当に残念です。……不吉なことを言ってしまうのは申し訳ないですが、防衛術の先生は円満な退職にならない場合もありますよね。どうか最後までご無事でいてください。退職された後も、クィレル先生のご活躍をお祈りします」

 

「あ、ありがとう。ス、ストーリーさん。し、心配はむ、む無用だ。あとこ、この一年はこの城にいるからね。そんな、さ、最後の別れみたいなこ、ことを、今言わないで、くれ」

 

 クィレル先生は微笑み、セラもまた微笑んだ。

 

「そうですね、すみません。……お忙しいとは思いますが、今年度も、私との議論にお時間を割いていただいてもよろしいでしょうか?先生がいない間に、多少は知識も魔法も身に着けたので、もう少し稚拙ではない話をできるとは思っているのですが」

 

「…………あ、ああ。そ、そうだね。わ、私もできれば、し、したいところであるが……」

 

 クィレル先生はそこでまた急にビクリと震え、しばらく動きが固まった。シムも思わずビクリとなった。

 

「……す、すまないね、こ、今年度は、ど、どうもぼ、防衛術の授業のじゅ、準備でとても忙しい。マグル学のように、コマが少ないわけではな、ないからね。じ、時間があ、あれば声をか、かけるが、き、期待はしないでくれ。そ、それでは私はそそろそろ行くよ。ら、来週の防衛術で、あ、会おう」

 

 そして二人はうつむきながら歩くクィレル先生の背中を見送ったあと、無言で廊下を歩き、丁寧にお辞儀をしないと開かない扉をくぐり、階段を降りて三階の2E教室にたどり着いた。教室の灯りをつけ、手近な椅子にセラは腰掛けた。

 

「クィレル先生と仲が良かったんですね。――というか、クィレル先生って今まではマグル学の先生だったんですね。――というか、そもそもホグワーツにマグル学なんて科目があったんですね、セラは取る必要がなさそうですが」

 

 寂し気な顔のセラに、シムは問いかけた。

 

「……うん、クィレル先生は今まではマグル学、魔法族から見たマグルについて学ぶ科目の教鞭をとっていた。学者肌のとても聡明な先生でね。魔法の知識もさることながら、非魔法界の知見もとても深いんだ。ホグワーツを出たあと大学に入って科学史を学んだようで、もちろん非魔法界の本職には及ばないだろうけど、魔法族であんなに非魔法界の知識が豊かな方は中々いないと思う」

 

 セラは暗くなった窓を見つめた。

 

「マグル学は三年生からの選択科目なんだけど、その前からマグル学の先生と話をしておきたくて、二年生のときに先生の部屋をちょくちょく訪ねたんだ。非魔法界と魔法界の叡智をもう少し近づけたい私の夢をクィレル先生は笑わなかったし、たかが二年生の生意気な話にも根気よく快く付き合ってくれて、色々な意見をくれた。論理的な考え方についても、論理的な学問の勉強の仕方もアドバイスしてくれた。三年生になったらクィレル先生の科目を履修しようと決めていたんだけど――」

 

 セラはそこで溜息をついた。

 

「――私が三年生に上がったら、つまり去年のことだけど、見分を深めて魔法の経験を積むということで、一年間の休暇を取ってしまわれた。そして今年帰ってきたと思ったら、すっかり人が変わってしまった。もともと神経質そうな性格だったけれど、花と旅が好きな優しい方だったけれど、去年一年間でよっぽど苛酷な経験をされたのかな、あらゆるものにあそこまで怯えるようになってしまったし、あんなに吃音が激しくなってしまったし……」

 

 彼女は首を振り、気分を変えるような口調で言った。

 

「実践よりは座学に傾いている方だから、『闇の魔術に対する防衛術』を受け持つと聞いたときは驚いたけど、なかなか()()()()なのはほっとしたよ。実技の時間がかなり少ないきらいはあるけどね。シムはどう?」

 

「そうですね……。セラが防衛術の授業だけでは不十分だと言っていたのであまり期待しないようにしていましたが、先生の授業には割と満足しています」

 

 一年生の「闇の魔術に対する防衛術」の授業は、人に害を及ぼすものの危険度は高くない魔法生物の対処を学ぶのが主な目的だった。まず魔法生物の生態や弱点を丁寧に解説した後、その次の授業ではクィレル先生が魔法で作り出した魔法生物の幻影を相手に、生徒が順に対処してゆくという形が取られていた。最初は先生の激しい吃音をあからさまに笑う生徒もいたが、先生は気弱そうな見た目に反して杖で実力行使をして黙らせる手法をとっており、生徒は真面目に授業を受けるようになった。

 

「まあ、魔法省の一年生のカリキュラムではホグワーツで身を護るには足りないし、先生のクセが毎年強くて混乱させられはするけどね。それでも毎年先生が変わって人材が足りなくなりそうな割には、理論も実技もある程度きちんと教えてくれる先生ばかりだったよ。たった十年前まで魔法界は『闇の魔術』の脅威に曝されていたから、ホグワーツが『闇の魔術に対する防衛術』の職を適当な人に任せるということは中々起こらないだろう」

 

「なるほど。……ところで『闇の魔術に対する防衛術』をスネイプ先生が教えたがっているとはよく言われますね」

 

「たしかに彼は、魔法薬学と同じくらいかそれ以上に、闇の魔術に対する造詣が深いと噂される。……シムは、スネイプ先生とはもう話した?」

 

「そうですね……」

 

 シムは思い返した。魔法薬学の担当教師でスリザリン寮監であるセブルス・スネイプ教授とは、実のところまだほとんど言葉を交わしたことがなかった。最初の授業で、角ナメクジを大鍋に入れるシムの背中に「セラ・ストーリーにはもう会ったか」と問いかけたのが――大鍋のぐつぐつ沸く音に紛れて聞き逃しそうな音量だった――スネイプ先生がシムと交わした、魔法薬学に関係のない唯一の会話だったといえる。もっとも、シムが振り返って頷くとスネイプ先生は黙ってそのまま立ち去ったので、会話と呼べるかどうかは分からないが。

 

「一応先生なりに気にかけてくれたということか。――スネイプ先生については、警戒しろとは言わないけど、なんというか正直分からないことだらけで、どう接するべきか未だに私は図りかねているよ。向こうも私に話しかけてくることはほとんどないけどね」

 

「個人的にはなんといっても依怙贔屓(えこひいき)の印象が凄まじいですね。魔法界の感覚では普通なのかもしれませんが、マグルの学校だったら考えられなくないですか?僕には害が及ばないから良いですが、グリフィンドールの一部の生徒は見てて気の毒になってきますよ。スリザリンとグリフィンドールの対立が深まるばかりじゃないですか?」

 

 魔法薬学の授業はスリザリンとグリフィンドールの二寮合同で行われていた。そしてスネイプ先生は二寮の生徒の待遇に、誰が見ても明らかといえるほど著しく差をつけていた。グリフィンドール生の大鍋を覗き込んだスネイプ先生は、嘲笑や罵倒と共に指摘をするのが常で、仮に出来が良ければ無視をして通り過ぎた。怯えるネビル・ロングボトムは失敗を繰り返して頻繁に減点されたし、ハリー・ポッターは失敗をしなくても減点をされた。一方でスリザリン生の大鍋を覗き込むときは、猫撫で声で優しく指摘をするのが常で(もちろん、不備のある薬に指摘を()()()ということは決してなかった)、出来が良ければ頻繁に加点もした。

 

「スリザリンが六年続けて寮杯を獲得しているのは、グリフィンドール寮監(マクゴナガル先生)がどの寮にも厳しく、レイブンクローとハッフルパフ寮監(フリットウィック先生とスプラウト先生)がどの寮にも甘く、そしてスリザリン寮監(スネイプ先生)が自分の寮にのみ甘く他寮に異常に厳しいから、というだけな気がしています」

 

 続けて言うシムに、セラは頷いた。

 

「そんな気もするけど、寮監がいなかったとしても、クィディッチチームが勝利のために手段を選ばなくてかなり強いらしいから、やっぱり寮杯を獲得してそうだ。クィディッチの点数で寮杯の結果がかなり左右されるからね」

 

「クィディッチですか。一度観てみたいものですが、どうも本で読む限り、ルールにひどく欠陥が――」

 

「やめるんだ」

 

 ぴしゃりとセラが言い、シムは一瞬固まった。セラは油断なくドアを一瞥した。

 

「非魔法族出身者は、例外なく皆、同じことを思う。それでもホグワーツで無事に暮らしたいなら、宗教とクィディッチのルールの話はしてはいけない」

 

 有無を言わさぬセラの迫力に、黙ってシムは頷いた。

 

「欠陥だらけに見えるけど、うっかり疑問を口に出してしまった私が長々と講釈を聞かされたところによれば、シーカーが金のスニッチを取れば大量得点だからといって、ビーターがシーカーばかり狙えば、バスケと違ってパスをする必要が本来はないチェイサーがクァッフルを半ば入れ放題になってしまうから、それを防ぐためにビーターが『シーカーのゲーム』と『チェイサーのゲーム』のどちらにブラッジャーをどれだけ注力して配分するかに戦略の余地が生まれ――いや、クィディッチの話はどうでも良かった。寮監の贔屓の話だったね」

 

 セラは諦めたように頭を振った。

 

「あれはさすがに、魔法界でも普通ではないと思うけど。……ホグワーツは、『純血』貴族様様やら『例のあの人』の一味の残党やらの圧力を受けていると聞く。ルシウス・マルフォイがホグワーツの理事だと息子のドラコが朝食のテーブルで自慢していなかった?ルシウス・マルフォイと先生が友人だと話していなかった?スリザリンの立場を有利にする先生を雇い続けることで、ルシウス・マルフォイに近い先生をスリザリン寮監に取り立てることで、彼らの不満を少しでも和らげたい意図が校長先生にはあるのかな……?」

 

「……英国魔法界中の若者が一挙に集まるホグワーツには、大人のパワーバランスがかなり直接的に影響を及ぼしてしまっているわけですか」

 

「政治の難しい駆け引きなんて私にはもちろん分からないけどね」

 

「それにしても、ルシウス・マルフォイと相当に仲が良くて、さらに闇の魔術に詳しいって、本当に先生は大丈夫なんですか?」

 

 第一印象と普段の言動で判断するならば、間違っても善人ではなさそうだとシムは感じていた。

 

「どうだろう。実際にスネイプ先生は、『例のあの人』の腹心の部下、死喰い人(デス・イーター)のかなり濃厚な嫌疑がかかったことがあるらしい。無罪放免になったみたいだけどね」

 

「…………本当にシロだったんですか?」

 

 シムは疑わし気な声を上げた。偏見だとは思いつつも、あの寮監が一切後ろ暗いところのない人生を送っているとは、とても思えなかった。

 

「……まあ、過去に悪人であったかどうか、あるいは現在がどうかにかかわらず、十数年にわたり、今この瞬間もホグワーツで教鞭をとっているという一点だけで、そのことについて考える意味はないだろう。寮監を少しでも疑っているなら、『例のあの人』の最大の敵だった校長先生が雇うわけがない」

 

 セラはあくまで断言した。

 

「校長先生だって人間ですよ、判断を誤るということもあるでしょう」

 

「もちろんそうだけど、仮に校長先生が誤っていたとしても――()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、どちらにせよ生徒が対処できることなんて何もないよ」

 

「……そうですね」

 

 なおも断言するセラに、シムは反論の余地がなく黙った。セラは目を細めて声を低くした。

 

「しかし死喰い人であろうがなかろうが、『闇の魔術』に対する造詣は本物みたいだ。……これも不思議なことでね。なにせ寮監はまだ三十代らしい。マクゴナガル先生、フリットウィック先生、スプラウト先生――他の寮監たちよりも、私たち生徒の方が年が近いんだ、それほど若いんだ。それなのに――」

 

 研鑽を積めば積むほど魔法に磨きがかかるというのに、他の先生は誰も、たった三十代の彼の魔法の腕を一切軽んじていない!魔法薬学だけでなく、「闇の魔術の分野でもホグワーツで一番の専門家」だと口をそろえて言っているんだ!性格がどうであれ、魔法使いとして極めて優秀だとしか思えない――。セラは感嘆した様子で空を仰いだ。

 

「……」

 

「生まれがスネイプ先生の魔法使いとしての優秀さを更に裏付けている。スネイプ――魔法界の貴族の姓ではない。彼の父親は()()()()()()()()。公言はしていないけれど、隠し立てしているわけでもない。寮監には貴族的なんて言葉はまるっきり似合わない。あの身なりを見れば誰だってそう思う。それでいて、スネイプ先生はスリザリン寮監として君臨していて、すべてのスリザリン生とその家族から、その地位を認められている。もちろんルシウス・マルフォイという後ろ盾があることも大きいだろうけど、スリザリン生は皆、ルシウス・マルフォイの影に畏怖している()()()()()()、スネイプ先生()()()()を畏怖している」

 

 まったく大したものだというほかないよ、そうこぼしてセラは溜息をついた。シムは、セラの話を聞きながらスネイプ先生の今までの言動を思い返すうちに、一つ気づくことがあった。

 

「……そういえば寮監は、ほとんどのスリザリン生と違って非魔法族出身者(ぼくら)()()()()()()()()()()()()()()()()。あの先生は、グリフィンドール生は生まれにかかわらず()()邪険に扱うし、スリザリン生は生まれにかかわらず()()邪険に扱わない」

 

「そうなんだよ!()()()()()()()()()()()()。セブルス・スネイプは、()()()()()()()()()()()()。他の生徒がいるときもいないときも、私はあの先生から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ホグワーツの教職員として当たり前といえば当たり前だし、とりたてて美徳といえるわけでは勿論ないけど……」

 

 それでも、スリザリン以外の生徒をあれほど邪険に扱っていながら、スリザリンをあれほど依怙贔屓しておきながら、まともな教師とは到底言えない態度を取っていながら、生まれに関してはまともな教師と同じように平等に取り扱う。それは、スリザリンで非魔法族の出身という特殊な属性の二人だからこそ目に付きやすい、スネイプという教師のいささか奇妙な点であった。

 

「生まれの差別が校長先生の逆鱗に触れる一線なのかもしれないけど、スネイプ先生自身が頓着していないようにも――」

 

「……僕らとしてはありがたいことですが。しかし一番分からないのは、あの寮監はなんでホグワーツで先生なんてやってるんでしょうか?教えることが好きだとは、子供が好きだとはとても思えないですし。魔法薬の研究ができるからですか?グリフィンドール生を苛めるのが楽しいからとかですか?」

 

「それもわからない。それが一番ありそうな理由にさえ思えるよ。わからないことだらけだ」

 

 セラは肩をすくめた。

 

「ともかく、寮監の本性がどうであれ、今のところ私たちを他のスリザリン生と同じように取り扱ってくれるから、魔法薬で分からないことがあったら授業の後に素直に訊けば良い。シムは魔法薬の授業は上手くいっている?」

 

 シムは毎回の魔法薬の授業を思い出す。グリフィンドールのテーブルに座っていれば話は全く変わっていたであろうが、スリザリンのテーブルに座っている限りは、適度な緊張感をもって集中して調合を進めることができていた。

 

「魔法薬の材料に不気味なものが多いのには慣れませんが、調合は慣れてきましたね。とにかく慎重に、材料を入れたり火を止めたりするときはぐずぐずせず、教授の指示を正確にこなせばちゃんと出来上がります」

 

 セラは満足そうに頷いた。

 

「魔法薬はスリザリン生と相性が良いと言われることもある。話がそれるけれど、サラザール・スリザリンその人が、ちょうどスネイプ先生と同じように、闇の魔術と魔法薬学のエキスパートであったそうでね。闇の魔術と魔法薬を組み合わせて狡猾に戦うサラザール・スリザリンと、危険を顧みず変身術を使って華々しく堂々と攻めるゴドリック・グリフィンドールの決闘は、なんとも壮大な光景だったと言われている」

 

 スネイプ先生とマクゴナガル先生の決闘も見ものでしょうねとシムが冗談めかして言うと、セラもぜひ見てみたいものだと笑った。スネイプとマクゴナガルの決闘がどう進行するか、どちらが勝つかという話で二人はしばし盛り上がったが、マクゴナガルが(まげ)を解くと若返るなどといった突飛もない方向に話が展開していくのだった。

 

 

  ★

 

 

 そして「スネイプの卑怯な一手が決定打となりマクゴナガルが敗北を喫する」予想に落ち着いたとき、セラは思い出したように声をあげた。

 

「そうだ、『盾の帽子』と『盾のマント』が出来たから今日渡そうと思っていたんだ。持っておくと便利な道具もついでに渡そうと思う」

 

 セラはテレビを通って談話室に入ると、衣類だけでなく様々な物を抱えて戻ってきた。

 

「これが帽子とマント。被れば大体のホグワーツ生の大体の呪いは防げるはず。まあ、監督生のジェマ・ファーレイとかペネロピーの本気の呪いはダメだったから、過信はしないでね」

 

「心強いです。……作るの大変でしたよね」

 

「私も一年生のときは作ってもらったから、気にしなくて良いよ。訓練のとき以外は身に着けると良い。それでこの玉は投げたら煙幕を張れるし、この玉は光と音が出て一瞬の隙を作れる。『禁じられた森』にわざわざ行くつもりはないと思うけど、こういった道具はそこで役に立つこともあるかもしれない。……いや、やっぱり下手に刺激するだけだから、強い魔法生物にはこんなおもちゃを使うべきではないか」

 

 魔法族は杖に慢心してしまいがちだけれど、杖を失ってもすぐには死なないような備えをしておくべきだよね、とセラは次々に道具を並べる。必ずしも魔法道具に限らないようで、その中にはおもちゃの空気銃まであった。セラは説明を終えると、机に並べられてあったポーチに道具を仕舞い始めた。

 

「このポーチには魔法がかかっていて、少しばかり多く物を詰め込める。……あと、言うまでもないけど、これらはあくまで自衛のための道具だからね。もし私があげた物を君が悪用したという話が私の耳に入ったら――分かっているよね」

 

「そんな馬鹿なことはしませんし、仮にすることがあってもセラの耳に入れるような馬鹿な真似はしませんよ。ところで、この黒い小箱はなんですか?」

 

 シムはセラが説明をしそびれていた道具を指さした。

 

「――ああ、これは『響け(ソノーラス)』のかかったマクゴナガル先生の声を封じ込めたものだ。子供だましだけど、ホグワーツ生の動きを止めるには一番有効な道具だろう」

 

 セラが箱を握ると、マクゴナガル先生の「あなたたち、何をしておいでですか!」という叫び声が教室に響き渡った。シムの体は硬直した。

 

「……これは物凄く威力がありそうですね。ただ一つ問題があるとすれば、黙って録音したのがマクゴナガル先生にバレたら、とてもとてもまずいことになりそうだなということくらいでしょうか」

 

「いや、おととしにちゃんと許可を取って作った。もちろん最初はふざけてるのかと雷を落とされそうになったけど、ホグワーツの手紙を持ってきてくれたよしみもあるし、私の難しい立場は分かってくれているからね。丁寧に説明して懇願したら、結局は張り切って協力してくれた」

 

 シムは口をあんぐり開けた。セラは「ここを押すと、時限式で作動するから便利だよ」と箱を弄んだ。

 

「――あ、もう一つ問題点がありました。あまり多用すると、どうせ偽物かと思われて効き目が薄くなりそうなのは惜しいですね」

 

「うん、だからここぞというときにだけ使ってほしい。私はまだ使ったことがない。もちろんマクゴナガル先生にも、絶対に絶対に悪用するなと――」

 

「あなたたち、何をしておいでですか!」

 

 マクゴナガル先生の怒声が再び教室の窓を揺らし、シムもセラも動きが一瞬固まった。

 

「……これ、自分で押したのが分かっていても怯えてしまうね」

 

 セラは呟いた。

 

 

  ★

 

 

 そして十月の日々は、授業と宿題と魔法の訓練に追われるまま過ぎていった。

 ほとんどの授業では、かなり順調についてゆけているとシムは確信していた。分からない部分や上手くいかなかった部分については訓練の後にセラに積極的に質問するようにしていたが、セラは大抵の場合は分かりやすく答えてくれたし、そうでない場合は図書館か先生のもとに行くよう指示するに留め、適当なことを答えて誤魔化すということは決してしなかった。

 訓練中のセラは相変わらず情け容赦がなく、多種多様な不意打ちを仕掛けてきたが、シムはセラの教えを全力で吸収し実践するよう努め、自分が着実に前進している手ごたえは感じていた。シムに成長の兆しが見られたときにはセラは称賛をためらわず、そのことはシムのやる気をいっそう高めた。

 訓練を行わない日は相変わらず、セラは部屋にこもって自分のことに一心不乱に集中しており、シムとかかわることは一切なかった。しかし、休日の訓練の後は再びホグワーツ城を案内してくれ、摩訶不思議な城を心から楽しそうに闊歩するセラの隣を、シムは歩くことができた。

 

 入学直後の絶望はほとんど薄れ、比較的穏やかな学生生活がこのまま続くのではないかという予感がシムの心に芽生えていた。自衛の術をある程度身に着け、盾の帽子をはじめ様々な防衛グッズを貰った今は――決して油断はしてはいけないとセラから日々叩き込まれていたし、スリザリンの上級生の集団からは距離を大きくとるように気を付けていたが――ホグワーツ城内で自分の命が脅かされるようなことは、まずないだろうと思っていた。

 

 そんなシムの無邪気な予感は、月末のハロウィーンの日に、凶暴な怪物複数体に襲われることで、さっそく粉々に砕け散ることになった。

 

 

(第2話 終)

 

 

 

 




ローリング氏がハリー・ポッターを執筆するにあたって、些末な現実的な整合性よりも、物語としての完成度や文学的な構成や児童書としての制約を重視したと思われる箇所について、この二次創作では、何らかの解釈をこじつける形、魔法の世界ではマグルの常識が通用しないで流す形、シムとセラの物語には前景として出さない形、あるいは適宜改変する形を取ります。そうでない箇所も適宜改変しています。

クィリナス・クィレル:
5章のハグリッドの「一年間実地に経験を積むちゅうことで休暇を取ってな(略)それ以来じゃ、人が変わてしもた。生徒を怖がるわ、自分の教えてる科目にもビクつくわ」の記述と矛盾しそうですが、「89年度までマグル学教授→90年度に旅行→91年度に防衛術教授」の公式(?)設定でいきます。

(もしかしたら、一巻執筆時点では「元マグル学教授」ではなくて、ずっと防衛術教授をやっている設定だった可能性もあるのかなとちょっと思いました。「ヴォルデモートが面接お祈りされて以降、防衛術教授はずっと一年で交代している」は六巻で初めて言及されていますし。)

セブルス・スネイプ:
この二次創作のスネイプは、幼馴染の少女がスリザリンに組分けされていた場合の世界を想像することはあるかもしれませんが、幼馴染の少女以外の少女に、幼馴染の少女の面影を幻視することはありません。
また、スネイプの数多くの人間的な欠点を美化して描くことはしません(そうでなければスネイプのキャラクタとしての魅力が著しく損なわれてしまうと筆者は考えています)。

ミネルバ・マクゴナガル
個人的に、小説版の女性キャラのなかでは一番好きです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。