ふたりでいると   作:享郎

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きになるばかり

 バスの車内ではクラスメイトたちの賑やかな喋り声が反響し合う。

 

 今日から二泊三日の林間学校だ。高校に入って初めてのビッグイベント。胸が躍らないわけない。

 道路から伝わる振動に揺られながら、通路側に座る私はふと窓側に座る人物を見やる。

 

「どうしたの小野寺? 面白いことでもあった?」

 

 私の右隣には今、想い人の葉山君が座っている。

 

「ううん葉山君、何でもないよ」

 

 笑みを隠し切れない私。ただでさえ普段と違うのに、彼が隣の席にいるせいで、胸の騒めきは抑えられそうにない。

 

「変な小野寺」

 

 葉山君は鼻で笑ったように見せた後、窓の向こうに広がる山々の景色を眺める。

 そんな可笑しな顔してたかな。私は頬を抓って恥ずかしさを紛らわようとする。

 

 こうしてる間も彼は、この車内の騒々しさにもかかわらず、窓の向こうにある景色を静かに見つめている。

 女の子のように肌の白く綺麗な横顔だ。でも、いつもの陽気な彼とは異なる、どこか愁いを帯びた表情が映る。

 

 昨日なんて舞子君や千棘ちゃんたちと、あんなに林間学校を楽しみそうにしてたのに。

 

 そこで後ろから複数の視線に気づき、私はバスの最後列へそっと振り返る。

 

 バスの一番後ろの五人席には、左からるりちゃん、舞子君、一条君に千棘ちゃん。そして、先日新たに転校してきたばかりの鶫誠士郎(つぐみせいしろう)ちゃんがいる。

 鶫ちゃんは千棘ちゃんの従者の子らしく、一見男の子と見間違うほど非常に整った中性的な顔立ちをしている。そういった意味では葉山君と似ているかもしれない。

 

 そんな彼女も加えて、彼らは熱視線を私たちに送っている。特に、押し倒せと言いたげな、るりちゃんの視線。葉山君に気づかれたら、なんて言い訳するつもりなのだろうか。

 

 考えすぎても仕方ない。如何せん窓へ視線を傾けたままの葉山君に、私は当たり障りないよう声をかける。

 

「ねえ、葉山君」

「今度はどうした?」

 

 ハッとしてこちらを振り向いた葉山君の、普段よりトーンが少し、少しだけ落ちた透き通る声。強く照らしだす陽の中に、弱々しく佇む陰が感じられて仕方ない。

 

「いつもより元気ない……というか、何か悩みでもあるのかなーって顔してたから、気になっちゃって」

 

 もし私の懸念が勘違いであったとしても、私は葉山君の力にわずかでもなりたいし、彼の奥に踏み込んでみたい。

 私の不器用な言葉に、アメジストの瞳が微かに揺れる。

 

「そう、見えた?」「うん、見えた」

 

 矢継ぎ早に私は返事をする。葉山君は苦笑いを浮かべ、やや右斜め下に目線をずらす。

 いつも目を合わせて話してくれる彼には珍しい気がした。

 

「ちょっと……昔を思い出してただけ」

「昔のの思い出?」

 

 話を済ませようとした葉山君を、私はがっちり逃がさないでいる。

 一人で感傷にふけりたいであろう彼の邪魔をしてるようで、申し訳ない気持ちも入り混じる。それでも私は心配だし、どうしてか知りたくなる。

 

 葉山君は観念したように口を開く。同時に、バスはトンネルへ入り込み、緑であふれていた山々の景色が、黒と少しばかりの燈のカーテンに隠されてしまう。

 

「……よく祖父ちゃんにさ、色んなとこ……特に山とか連れられて、一緒に写真撮ってたんだよ」

 

 懐かしむような葉山君に、私はじっと聞き入る。周りの人たちの騒がしさをよそに、私たちの間には静寂が場を包む。

 

「こういうところ来るとさ、その時を思い出すんだ」

 

 お祖父さんとの思い出。それは彼にとってどんなものだったのだろう。

 

「それだけ! 悩みなんかじゃないよ! 気にかけさせてゴメンな」

「え、あ、うん……」

 

 トンネルを抜けて車内に外からの明かりが戻ると、葉山君は陽だまりの笑みを見せたと思えば、唐突にこの話を終わらせてしまう。その勢いに押されてしまい、私は二の句を告げられなかった。

 

 それからバスが目的地に辿り着くまで、彼は今回の林間学校について話を繋いでくれる。

 楽しみにしてること、やってみたいこと、気になってること……。

 すっかり普段の様子に戻ったかと思えば、少年みたく無邪気そうに話す彼を見ていると、微笑ましさすら覚えてきてしまう。

 

 でも、先程の不自然さを感じる会話の終わりや、景色を物憂げに見ていた葉山君の表情が、頭の片隅にこびりついて、私にこの状況を心から楽しめなくさせてくる。

 

 陽だまりの笑みの向こうには、一体何が待ち受けているのだろう。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 目を覚ますと、暗がりに包まれている。

 暗闇に目が慣れた私が布団から静かに起き上がると、右にはるりちゃんが、左には千棘ちゃんと鶫ちゃんが、それぞれ気持ちよさそうに寝静まっている。

 

 今、何時だろう。

 就寝が22時だったし、結構寝た気がするから、朝も近いんじゃないだろうか。

 枕元に置いていたスマホに手を伸ばす。画面には2時と示されている。

 

 全然時間経ってない……。どうしようか、なんか目も覚めちゃったし。かといって何かできることもない。

 旅館の慣れない環境のせいもあるかも。こういう深夜に目が覚めて寝れなくなると、再び寝付くまでがしんどい。かといって、他の人を起こすわけにもいかない。

 

 そうだ、他の人と言えば。私は背後にある、この部屋を仕切る襖を見やる。

 

 今回の林間学校では、同じ班の男女7人に一部屋が振り分けられている。だとしたら向こうには、一条君や舞子君、それに葉山君もいる。

 

 舞子君の言葉を借りれば、「こういうところウチのガッコ気前良いよな~」だ。

 思春期真っ只中の高校生同士を、男女ともども同じ部屋に組み込むなんて。この学校じゃないと出来そうにないし、そもそもPTAに認められたなと思う。

 

 にしても襖越しに男の子と、しかも好きな人と、就寝を共にするなんて。何だか変な気分になってしまいそう。

 

 確か就寝直後に舞子君や一条君がこちらを覗いてきたらしく、るりちゃんに揃って目潰し喰らってたっけ。すでに懐かしくて、自然と笑みがこぼれる。

 

 さて、このまま何もしないで起きているか、それとも頑張って寝ようとするか。

 明日だって山を歩いたり肝試しをしたり。多くのイベントが待ち受けている。

 寝たほうがいいはずのは当然だ。でも当分寝付けそうにないので、私はいよいよ頭を抱える。

 

 そこで、この部屋に初めて訪れたときを思い出す。

 荷物を置いてそれから、るりちゃんとベランダに行って、手前には川、奥には山々が見える景色を、感嘆しながら眺めたっけ。あそこにはちょうど空いたスペースもあったような……。

 

 そこまで思考が行き着くと、私はそっと立ち上がる。

 物音を立てないよう、忍び足でベランダに近づく。

 自然豊かな場所だから、きっと星空もあって綺麗に違いない。眠くなるまでそこで時間を潰してしまおう。

 私は静かに扉を開き、ベランダへと足を踏み入れようとする。

 

 ――――ゴンッ。

 何か物音がした。外の新鮮な空気を吸い込むより早く、その音がした方に視線を移す。

 

「お、小野寺か……」

「え、は、葉山君!?」

 

 好きな人が扉に背中を預けて座り込んでいる。彼の両手にはカメラが握られている。何処かで見覚えのあるカメラだけど、名前が何だったか思い出せない。

 

「ど、どど、どうして――――」

「静かに……! 皆が起きちゃうぞ」

 

 想定していなかった事態に動揺を隠せない私を、葉山君が唇に人差し指をあてがって制してくる。私は慌てて口元に手を覆う。

 そして彼と少し間を空けて、同じように座り込む。体温が急上昇してるせいか、地面の板ががやけに涼しく感じる。

 

「……小野寺、寝てなかったの?」

 

 カメラを脇に静かに置いて、葉山君が私にやんわり尋ねてくる。月明かりに照らされ、彼はより眉目秀麗に映る。

 

「ううん、起きちゃって……葉山君は?」

「オレは……眠れなくてさ」

「え……!? ずっと寝てないの?」

「そうなるかな、ここに来たのも割と前」

 

 彼はカメラにそっと触れながら、困ったように苦笑いを浮かべる。

 寝ていないと言う彼に、私は昼間のバスでのやりとりを重ねて、一抹の不安を覚えてしまう。

 

「どうして、眠れなかったの?」

「たまにさ、どうしても眠れない日ってあるでしょ?」

「うん、それはそうだけど……」

「今日がオレにとって、そういう日なだけだよ」

 

 葉山君は体育座りに膝の上で腕組みし、そこに顎の先を載せて正面を向いたまま呟く。

 私にも眠れない日はある。暑さや湿気で寝づらかったり、昼寝のし過ぎで眠気が全くなかったり。それに、受験の際なんかは不安で仕方なかったり。

 

 もしかしたら、普段みんなを温かく包んでくれる葉山君には、お祖父ちゃんに関する悩みがあるんだろうか。そうだとするなら、バスで見た彼の愁いを帯びた表情や、唐突に話を終わらせた不自然さにも合点がいく。

 

「にしても小野寺、ババ抜き苦手なんだね」

 

 私の懸念を他所に、葉山君は口角を少し上げ、別の話題を持ち出しておどけてみせる。

 

「う……ああいう駆け引きするの苦手で……」

 

 この部屋に着いてしばらくした後、次の集合時間まで空いてるからと、舞子君の一声で始まったのがババ抜きだった。

 

「ポーカーフェイスのあの顔、今でも笑っちゃうな」

「やめてよぉ! 真剣だったんだから……!」

 

 涙を瞳にためた私の情けない返答に、葉山君はこらえきれず吹き出している。私は膨れっ面を彼に向けているに違いない。

 

 仕方ないじゃない。

 だってあのとき、ババ抜きで負けた人は初恋のエピソードを語らなくてはならない、という罰ゲームがあったから。

 

「でもジョーカー引いたの、葉山君じゃん」

「そうだった、そうだったね」

 

 頬を膨らます私が釘をさすよう言ったのに、敗者の葉山君はあんまり笑ってむせてしまったのを抑えようとする。私は彼に向けていた顔を正面に戻して、視線だけは恨めしそうに流す。

 

 最後に私と彼が残ったけど、彼はこちらのジョーカーを分かりながら、何故かそれを引いて私に負けたのだ。

 でも、勝敗が決した瞬間に、怒りの形相をしたキョーコ先生に呼び出され、彼の貴重なエピソードは聞けずじまいだった。

 

「葉山君はさ……初恋の人とかいるの?」

 

 だから、ここは思い切って、彼に聞けなかったそれを改めて尋ねてみたくなる。

 きっとこう非日常になると、私は少しばかし積極的になれるかもしれない。

 

「いるよ」

 

 葉山君の透き通った声が、夜中の静けさと相まって、私の耳によく通ってくる。

 いるよ。イルヨ。いるよ?

 

「いるの?!」

「何もそんな驚かなくても」

 

 右の耳から左の耳へと通り抜けそうになるのを塞いで、私は驚きのあまりぐるんと彼に首を振り回す。

 陽だまりの笑みで葉山君はこちらを訝しげに見やる。彼の疑問も尤もだ。彼からしてみれば、どうして私がこんなに驚く必要があるのだろう。

 

「……どんな子?」

 

 途端に逸る気持ちが覚めていくようで、私は膝の間に顔をうずめるようにして控えめに尋ねる。

 葉山君の初恋というのは、彼に恋する私にとって一大事なのだ。

 

「知りたいの?」

「ババ抜きの罰ゲームあるし……」

「いいよ、罰ゲーム関係なしに」

 

 アメジストの瞳が覗き込んでくる気配を感じながら、当然の言い訳を盾にして彼と目を合わせない私に、彼は素っ気なく口を開く。

 

「小学生の頃に出会った子なんだけど、天使のようで女神のような子でさ。今のオレのきっかけになってくれた人だよ」

 

 小学生。天使。女神。きっかけ。

 葉山君の弾むような口調から、何よりその子が尊いもので、大切なんだって感じられる。何だか敵わないような気がして、私はひそかに胸を痛めてしまう。

 

「……それで?」

 

 それでも、彼にそう思わせるだけのその子を知りたくなってしまう。

 聞けば聞くほどガラスの心にひびが入っていきそうだけど、彼を知る上で欠かせないのだという直感にしたがってみる。

 

「以上だけど」

「え、終わり!? その子が今どうしてるとか……」

 

 ところが、彼の口から続きは紡がれなかった。身構えていた私は拍子抜けして、慌てて話を続けようとするも……。

 

「どうしてるんだろうね、元気にしてると思うよ」

 

 そうやって夜空を見上げる葉山君は、本当にそれ以上は何も話しだしそうにない。

 続きが気になってヤキモキしていた私が、なんだか馬鹿らしく思えてきてしまう。

 

 けれど、やっぱり盗み見ると、どこか嬉しそうに夜空を見上げるあの表情。何か秘密があるじゃないかって私にはそんな気がしてならない。

 

「見てよ小野寺」

 

 ほころぶ葉山君に釣られるようにして、私は彼の指差す方へ視線を向ける。

 

「ほら、満月が綺麗だ」

 

 空を見上げれば、僅かに雲で隠されていた満月が、輝かんばかりにその全貌を示している。

 

「うわあ、ホントだ……! 凄く綺麗だね……!」

 

 周りに浮かぶ星の数々とともに、こんな綺麗な夜空を見たのは初めてだ。私は湧き上がる感激を抑えられない。

 

「……でしょ?」

 

 葉山君は声を少し落ち着けたかと思えば、側に置いていたカメラを手に取り、夜空を撮影しようとする。

 

「こういうのはちゃんと撮っておかないとね」

 

 写真機から写真を取り出す葉山君は、いい写真を撮れたとまた喜んで、見つめる私も嬉しくなってしまう。

 

「小野寺」

 

 カメラから目を離して、葉山君は私と目を合わせる。

 いきなりそうしてくるのだから、いまだ耐性のない私はそれだけで心臓が跳ね上がる。彼の瞼に埋め込まれた紫水晶が、一層に輝きを増していく。

 

「まだ眠くないならさ、もう少し二人でいない?」

 

 一人ぼっちで今日の夜を過ごすのは憂鬱だった。

 だからこうして、愛しいあなたから、二人で夜更かしするお誘いを頂けるなんて、望外の喜びとしか言えない。

 

「うん! もうちょっとお話しよう!」

 

 つい喜びを隠せなくて、私は満月に負けないくらい、満面の笑みを葉山君に返す。

 今日は彼の奥底に迫れるようで迫れない日だったな。

 そう振り返りながら、星座の話をする彼に耳を傾けていった。

 

 

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