キャストリアと行く聖杯大戦   作:ぴんころ

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なんかすんごい久しぶりに小説なるものを投稿した気がする。


全能少女(ファブリーズ)は王子様に会いたい

「キャスター」

 

 少年の言葉に少女が応じる。なんでしょう、と。

 ここはいと高き空中庭園。敵の本拠地。彼らが聖杯を掴む上で、必ずや打倒しなければならないサーヴァントがいる場所。

 そのような場で、無駄な会話をしている暇などどこにもありはしないというのに。

 

「四画の令呪をもって命じる」

 

 少年の手の甲に刻まれた、四画の赤い文様が光を放つ。

 聖杯が与えた、聖杯戦争への参戦チケット。本来ならば三度限りの絶対命令権が、新たに与えられた一画も加えて最後の戦いを前に消費される。

 

「第三のスキルを解放し──」

 

 一画、消滅する。

 赤い文様は莫大な魔力となり、契約の経路を通じて少女の内へと流れ込む。

 解放されるスキルの名は”選定の剣”。少女が最後に辿り着くべきあり方を示す、栄光と破滅を両立するスキル。

 

「神話の力をその手に宿し──」

 

 一画、消滅する。

 二画目もまた嵐の如き魔力と変わり、契約の経路を通して少女の総身に張り巡らされる。

 少女の手に現れるのは、神話礼装マルミアドワーズ。火の神が鍛え上げた、『最強の幻想(ラスト・ファンタズム)』すらも超える究極の一振り。

 

「至ることのなかった全ての幻想(ねがい)を胸に抱き──」

 

 一画、消滅する。

 三画目が変換された無限に等しい魔力を前に、契約の経路が悲鳴をあげながらもその命令を少女へ通す。

 姿が変わる。ただの村娘、ただの魔術師だったはずの少女が、夢幻の如き究極へ。

 まさに”王”と呼ぶほかない。

 究極、至高、最強。子供が思い描いたような夢物語が、ここに実現する。

 

「我が手に勝利をもたらせ──!」

 

 最後の一画が、消滅する。

 四画目の、もはや駄目押しの如き解放が、神霊を超える何かに至ったとすら錯覚する少女を契約を通して後押しする。

 もはや、無限に等しい魔力すらもその少女にとっては芥の如く。

 だが、芥子粒に等しい魔力なれど令呪である。故に当然、サーヴァントとしてある少女の全てを、少女が勝ちを求め続ける限りにおいて永劫の強化をもたらす。

 

「無論です」

 

 放たれる言葉も、ただの少女然としたものから威光を纏う王のものへと変貌した。

 けれど、その中にはマスターである少年への親しみが確かに残っている。

 無限に等しい幻想を束ねたその上で、少女は確かに王でありながら魔術師(キャスター)のサーヴァントとして存在している。

 

「あなたの望む勝利を、ここに具現しましょう」

 

 故に。

 

「聞かせてください、あなたの望む勝利とは、いったい何なのかを」

 

「俺が求める勝利は──」

 

 

 

 

 

「キャスターと一緒に時計塔に通って青春したい」

 

「なら、まずはキャスターのアルトリアを召喚しなさい」

 

「あふん」

 

 時計塔に通う上で借りた一室で、一応は同級生ということになっている沙条愛歌に少年は蹴り飛ばされた。

 少女らしい力の入っていない蹴りに全能らしい無駄に凝った魔術が加わり、ソファから転がり落ちた彼の視界に入ったのは、テーブルの上に置いてある触媒。

 彼が聖杯大戦に参加する際、召喚に扱う触媒であり、アルトリア(アーサー)・ペンドラゴンにのみ関わりのある、確定チケット。

 これを用いれば、まず確実にアルトリアの誰かが召喚できる。亜種聖杯戦争が広まったこの世界では、大金を貢いででも手に入れたい人が多いだろう代物。

 

 彼の手の甲には、赤い三画の文様、令呪。

 数ヶ月後、ルーマニアで行われる聖杯大戦の令呪がロンドンにいる彼の手元にあるのは全て、目の前の少女が仕組んだが故。

 そうでもなければ、彼に令呪が与えられることはなかっただろう。

 

 いいかしら、と愛歌は前置きをして。

 

「私じゃ、これを使ってもキャスターのアルトリアは召喚できないの。そういう世界なのよ、ここは。だから、あなたに召喚してもらうしかないわ」

 

 沙条愛歌は、確定した未来を語る。

 

「そうすれば、私はアーサーと結ばれることができるの!」

 

 だからあなたには期待しているのよ、と王子様とは何があろうと出会えない少女は少しだけ興奮した様子で語る。

 恋をした愛歌(だれか)を知り、恋することができない愛歌(じぶん)を知ったことで、未来視を縛らなかった少女が語るのは、その上で恋をする自分を疑似体験する方法。

 

「確か、キャスター以外とは相性悪いんだっけ」

 

「ええ。どの世界でも”アーサー王”は私の悪逆非道は許せないみたいね」

 

「でも”ただのアルトリア”なら話は別、ってか」

 

「相性はそんなに良くないでしょうけど……それでもまあ、うまいこと進めば悪いことさえしなければ問題はないでしょう」

 

 細く、白い手で少年の心臓を指差す。

 

「あなたは、大好きなキャスターのアルトリアと添い遂げられる可能性を得る」

 

 細く、白い手で自分の心臓を指差す。

 

「私は、恋の熱量を知ることができる」

 

「だからこれは対等な契約、だったな」

 

 少女は全能でありながらも知ることができない、自分一人の感性に従い、自分以外の誰かを必要とする恋心の熱量を知るために。

 少年は矮小な人の身でありながらたった一つ知っている、自分が惚れた女との出会いを行うために。

 

 二人は、手を組んでいる。

 

「なら、今夜にでも召喚するか」

 

「……ああ、そういうこと。かなりのバカをやらかしたのね、あなた」

 

「自覚はしてる」

 

 根源から情報を引き出した愛歌の言葉に少年は首肯する。

 ギリギリの綱渡り。失敗すれば殺されていたとしてもおかしくはない状況。

 

「まさか、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアに『大聖杯の行方を知っている』なんて告げるなんて」

 

「でも、やらなきゃ”黒”も”赤”も敵に回ってただろうよ」

 

「でしょうね。今の時期、まだ”黒”も”赤”もないもの。その状況で聖杯大戦が勃発するなら、最初から参戦するあなたが”黒”側にあてがわれるのは当然だわ」

 

 そして、そうなれば全てがおしまい。

 ”黒”の陣営は、魔術協会にケンカを売ることになるユグドミレニア一族で構成されている。

 そこにユグドミレニアに関係のないマスターが一人いるのだ。当然、魔術協会の回し者と疑われるに決まっている。

 逆に、”赤”の陣営からはユグドミレニアの一員と断定され、処分のために魔術師が来ることになるだろう。

 つまり、普通に戦えば合計13の英霊が敵に回る。そうなる前に、どちらかの陣営は味方につけておかなければならない。

 

 だからこそのフィオレへの密告。

 その情報の出所を知らない彼女は、少年の持つ索敵能力を異常に思うはず。

 彼らの現長、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの情報操作を超えて、真実を手にする能力。

 一族の者ではない、という不安要素はあれど、彼ら一族は魔術協会に比べれば非常に弱小。

 最悪の場合はユグドミレニアが擁することになる六騎のサーヴァント総出であれば倒せるという心理も働き、最終的には彼を迎え入れることになるだろう。

 

 ならなかったとしても、その場合は愛歌がそういう未来に確定させる。

 彼女は勝利の立役者となることで、アルトリアに恩を売ることが目的なのだから。

 

「なら、サーヴァントの召喚もあるんだから今は寝ておきなさい。召喚されたサーヴァントが弱小だったら、向こうも迎え入れるつもりがなくなるかもしれないわ」

 

「それは困るな。じゃあ、後は頼んだ」

 

「ええ、任されたわ」

 

 その言葉を最後に、少年の意識がどんどん微睡みの淵に落ちていく。

 沙条愛歌は、根源接続者。彼女の手にかかれば、基本的にできないことなんてありはしない。

 無論、魔術回路の本数という限度はあるが、それでも魔術師どころか魔法使いとすら一線を画す存在。

 

 所詮は魔術師の少年一人。強制的に眠らせて魔力の調子が最良になったところで召喚の呪文を唱えさせるくらい、朝飯前のことである。

 

 

 

 

 

 かつん、かつん、と地下室に繋がる階段を降りる。

 一段降りる度に、少年の肉体に走るのは激痛。

 魔法陣の中央に近づくほどに、沙条愛歌が作り出した魔法陣に流れる魔力(いぶつ)が身を苛む。

 一歩、足を進める度に、その魔力が少年と同一に調整されていく。

 地下室の扉を開く頃には、痛みは完全に退いていた。

 

「来たわね」

 

「来たけど……魔法陣は?」

 

「あら、ちゃんと見なさい」

 

 ここにあるでしょう、と口にした少女が指差したのは、少女自身の真下。

 何の紋様も描かれていない、魔法陣が存在しないただの地面。

 少年の瞳にも、当然魔法陣があるようには見えない。五感が捉えるのはただの地面であり、魔術師としての感覚が捉えるのはその下を流れる霊脈の魔力のみ。

 

「……いや、まさか」

 

 ふと、少年の脳裏をとある可能性がよぎる。

 あまりにも馬鹿げた、どんな魔術師が聞いたとしても頭がイカれていると判断を下すような考え。

 けれど、沙条愛歌ならば実行できるかもしれない、そんな可能性。

 

「ええ、正解よ」

 

 視界が、強制的に共有される。

 沙条愛歌の俯瞰視点、超上空に置かれた、魔力を捉える魔術師の視覚が、その魔法陣を視認する。

 

 頬を引き攣らせた少年を、一体誰が責められようか。

 

 あろうことか、この女は。

 土地を流れる霊脈そのものの流れを弄って、霊脈で魔法陣を描いていたのだから。

 

「これくらいしないと、この世界でキャスターのアルトリアは召喚できないでしょう?」

 

「いや、それはそうかもしれないけど……」

 

 アルトリア・ペンドラゴン……アーサー王とは、この世界でも有力な伝説だ。

 まず確実に、アーサー王を召喚しようとすればセイバーのアーサー王がやってくる。

 ランサーは神霊で、アーチャーはセイバーの霊基を弄ったもの、ライダー、アサシン、バーサーカーに至ってはよくわからないナマモノだ。

 この世界では決してあり得なかった、王にならなかったただの魔術師アルトリアなんて、狙い撃っても召喚するのは難しい。

 

 ならば、準備は最大限に。

 根源接続者は己の願いを叶えるためならば、世界の全てを滅ぼしたとて構わない。

 高々ロンドンの霊脈を弄る程度、己が家が霊脈の一等地から変わり果てたことで発狂する魔術師程度、彼女にとっては些事である。

 

「さあ──」

 

 私たちの聖杯戦争を始めましょう、と告げた少女に頷いて。

 

「告げる」

 

 魔力(ちから)の込められた詠唱(ことば)が、少年の口から零れ落ちた。

 瞬間、少年は変貌する。人間ではなく、魔術回路を搭載した、奇跡を実現するための機械へと。

 力ある言葉が編むのは、英霊召喚と呼ばれる術式。少女の造り替えた人造の自然が模る無色の魔法陣へ、たった一滴なれど彼自身の魔力(いろ)を落とす。

 

 果たして、触れた神秘の内側から現れたのは、二人の望む結果だった。

 

「こんにちは。キャスター、アルトリアと言います」

 

 目の前に立つのは、村娘のような少女。

 戦場で華々しく戦った英雄、という観点で見ればまず間違いなく失敗したと誰もが思うだろう、そんな少女。

 白い制服の上から黒のケープとリボンを身につけ、頭の上には帽子をかぶった、どこか学院の生徒を思わせる格好の、至って平凡な少女なのだが。

 二人にとっては、これこそが正解だった。

 

「サーヴァントというのはよくわからないですが、魔術なんかでお役に立てるというのなら、遠慮なくお使いください」

 

「いや、魔術なんかどうでもいいよ」

 

 少年がマスターとして一歩前に出る。

 言葉に嘘偽りはない。彼女に彼が求めるのは、魔術でもサーヴァントとしての役割でもない。

 

「結婚してください」

 

「……え?」

 

 彼女を狙っての召喚は、二人ともに意味がある。

 少年にとっては、出会う前からの一目惚れ。

 つい思わず、その心が漏れてしまった。ついでに令呪からも光が漏れている。

 

「はいはい、ふざけたこと言わないの」

 

 求婚。

 した方は微動だにせず、された方はいきなりの求婚にフリーズして。

 直後、愛歌が少年の首に嫌な音を立てながらねじり、放り投げた。

 

「キャスター。あんなバカの言うことは気にしなくていいから、代わりに私の義妹(いもうと)になりなさい?」

 

「え」

 

 さらによくわからないお誘い。

 いくらなんでもただの小娘には訳がわからない事態が続いている。

 そこに、先ほど首を捻られたはずの少年が戻ってきた。

 

「はー? 気にしなくていいとかされたら泣くぞ!? 俺がこの子をどれだけ求めてたのか、知らないお前じゃないだろうが!」

 

「は? ずっと一途に思い続けるとか言えばいい話かもしれないけど、出会ったことのない女の子のことを知ってるとか、ただのストーカーでしょう!」

 

「ブーメラン乙。お前がアーサー追いかけるのも同じようなものなんだよなぁ……」

 

「女の子が男性を追いかけるのと、男性が女の子を追いかけるなら犯罪臭強いのは後者に決まってるわよねぇ」

 

 しかも、喧嘩まで始めている。

 言われた側である(事態の中心っぽい)アルトリアを差し置いて。

 

「えっと、マスターとそちらの少女は恋人か何か……ですか?」

 

「「そんな訳ない!」」

 

 息はぴったりだった。




〜バックアップの紹介〜

黒の陣営:ユグドミレニア(聖杯大戦の準備は綿密だが、魔術組織としてはそこまで)
赤の陣営:魔術協会(聖杯大戦には急造の陣営で参加だが、魔術組織としては最上位)
主人公:沙条愛歌(沙条愛歌)

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