「そうか、それがお前の真名か。”黒”のセイバー、ジークフリート」
「同じことを言わせてもらおう。”赤”のランサー、カルナ」
ジークフリートの胸中に満ちるのは歓喜と感謝と驚愕と苦々しい思い。
歓喜と感謝は、武芸だけではなく宝具という観点でも彼と対等に戦ってくれる”赤”のランサーに対して。
驚愕は、宝具を以ってしても傷をつけられなかった”赤”のランサーの防御能力に対して。
苦々しい思いは、彼の持つ幻想大剣の真髄を解放した一撃が押し切ったのは、全力ではなかったということに。
ただ、良かったことがあるとするならば、真名を開帳したことで、もう『真名を隠すために喋ってはいけない』という縛りが彼を相手にするときだけは無くなった、ということか。
マスターが唖然としていることがジークフリートには気配でわかる。だが、それも仕方ないことだと彼は思う。
黄金の鎧とブラフマーストラ。
バルムンクと呼ばれる聖剣。
ぶつかり合った宝具と宝具。
幻想大剣とインドの奥義。
お互いの真名を確定させる一撃。
決着は、幻想大剣が押し切ったが、一瞬の拮抗すらなかったあの一撃が本気であった、などと楽観することはできない。
「そのような顔をするな。別に、全力を出さなかったのは侮辱しているというわけではない」
本気を出さないのならば、出さないなりの理由があるはずである。
例えば、生前の彼の呪い。匹敵する敵対者が彼の前に現れた時、その奥義を思い出せなくなるという致命的なもの。
「サーヴァントとしての俺は、致命的と言えるほどに燃費が悪い。これすらも、濫りに使用するわけにはいかんのだ」
例えば、彼の装備。そのどちらもが強大な宝具であり、完全な状態を維持するだけでも消費される魔力は大きいものであるとわかる。
太陽神の息子という英霊としての格。神によって授けられた装備。そして奥義とすら呼べる宝具。
それら全てをフルスペックで行使させてやれるマスターが、この世界に如何程いるものか。
轟、と体から吹き上がる魔力。
誓って、見逃したなどということはない。
ジークフリートの目の前で、吹き出した魔力が炎に変わったことに、魔の業が交わる余地は一切なかった。
つまり、これが彼の本質。彼の吹き出す魔力はその全てが一切合切を溶かす浄滅の炎と変わる。
最高ランクの『魔力放出』。それも、炎に特化した。
”赤”のセイバーの『魔力放出』はあくまでも普遍的な魔力放出であり、そこに赤雷が混じるのは彼女自身が変換しているから。
そうでなければ魔力放出スキルは『魔力放出(雷)』になっていただろう。
だが、”赤”のランサーのこれは違う。彼が魔力を吹き出せば、自然とそれは炎と変わる。
太陽神の息子として持つその炎は、サーヴァント基準で最高ランク。そのレベルの魔力放出は、ただそれだけでも必殺の宝具に等しい力を持つ。
踏み込みの瞬間、武器を振り抜く瞬間、インパクトの瞬間。
行使する時間はそう多くないけれど、重要な部分には必ずや乗せられる魔力放出。
下手な武具では受けることもできず、肉体ごと両断される未来を幻視するような一撃。
いや、下手な戦士ではそもそも受けることすら考える余裕もなく、動くこともできず、何が起きたのか理解できないままに死んでいただろう。
それを、ジークフリートは反応し、その手にある幻想大剣で受け止める。
「──っ!」
重たい。これまで以上に。
魔力放出が”赤”のランサーの一撃にさらなる威力を加えている。
これはただの魔力ではなく、ただの炎ではなく、人間が太陽に見出した灼熱の具現。
地上にあって耐えられる物質はなく、当然のようにカルナが踏み込んだ地面が、射出されたかのような突きが通った空間が、その太陽の煌めきによって焼き尽くされる。
槍の穂先、インパクトの瞬間にその場に収束された炎が粉となって空を舞い散る。
ジュッ、とジークフリートの頬の近辺を通っただけで、その灼熱は彼の肉に小さくも確かな火傷を刻む。
鱗粉のごとく舞う火の粉すら、彼の肉体を傷つけ得る至高の一撃。
傷一つ一つは小さい。
治癒魔術があれば、一瞬で治るようなもの。
”赤”のランサーは、その黄金の鎧によるものなのか強大な自己治癒能力を持つが、”黒”のセイバーにそんなものはない。
故にマスターによってそれらは治癒されることになるのだが、その際にマスターへと一つ頼みを告げる。
悩む様子を見せるゴルドではあったが、逡巡は僅かな時間。セイバーとランサーの持つ鋼が百のぶつかり合いを終えた頃。
──令呪をもって命ずる。
彼の脳裏に、マスターの声が響く。
それは、マスターがマスターである特権。本来ならば三回限りの、今は四回に増えた絶対命令権。
ジークフリートのマスター、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。
彼は、人並みの恐怖を抱きながらも非常にプライドが高い。サーヴァントを使い魔風情と見て、傲岸不遜に命令をしながらも、その心の中ではサーヴァントに対する恐怖を持っている。
そうして、自分の思い通りにいかなければ他の誰かに責任転嫁をして、心の中でぐちぐちという人間ではあるが──愚か者、というわけではない。
自分の意見が通らない、あるいは若造とみなすフォルヴェッジ姉弟などに言いくるめられる、そういったことに文句は言えど、作戦そのものに否定はしないし、それが有用だと認めることもできる。自分の意見の方が優秀ではないか、若造のくせに意見しおって、などと思うだけで。
だから、自らよりも戦上手、命を懸けて戦うジークフリートが勝機を見出したのならば、あとはそこに賭けるだけ。
ジークフリートは、確かに弱点はあれど、世界的に有名な、最上位に位置するだろう英雄である。
そんな彼を信用しないのは、何よりも彼を選んだ自分の見る目がなかったと認めると言うこと。
プライドだけが一丁前に肥大化したゴルドが、そのようなことをできるはずがない。
だから、その頼みを聞くしかない。
──この決戦が終わるまで負けることを禁ずる。
──何が何でも勝て。
二つの令呪が同時に使用される。
二画分の魔力が流れ込むのは彼の敗北に繋がる要素。
すなわち、『攻撃を防ぎきれない肉体』と『敵に明確なダメージを与えられない聖剣』の二つ。
全ての攻撃を防ぎ、あらゆる攻撃を通せば勝てる。そんな子供でも分かりそうな単純で、けれどカルナを相手にしては決して不可能な理屈。
それを少しでも実現に近づけるために、費やされた令呪は、ジークフリートの力に変わった。
「本来なら」
普段のジークフリートならば、こんなことはしなかっただろう。
自らの願い、眼前の強敵に勝利したい、と言う気持ちに嘘はないが、それはあくまで自分の力でなされてこそ意味があるもの。
他者の手を借りることを悪いと言うつもりなどない。実際、先ほどまでもマスターからの治癒魔術の恩恵を受けていた。
「貴公との戦いには、己の力だけで勝ちたかった」
「悪い、などと思うことはない。今の我らは戦士である以前にサーヴァント。戦うためにはマスターの
「ああ、だからこれは気分の問題だ」
それは、戦士の直感だった。
カルナが幅広の槍を構えた瞬間、不可視の剣が激突する。
ジークフリートの別霊基が持つタルンカッペと呼ばれる宝具が、剣身を隠しての一撃を成立させた。
だが、それも一度限り。燃える炎が剣に巻かれた宝具を焼き尽くし、すぐさま聖剣はその姿を晒す。
ジークフリートとして、そして何よりも”黒”のサーヴァントとして。持てる全てを用いてカルナを超える。そうでなくては失礼だろう。
その覚悟が、マスターへの令呪の後押しを頼むに至った理由。
瞳に宿った決意を知り、カルナもまた小さな笑みを浮かべる。これほどの男に、勝ちたいと思ってもらえるとは、と。
再度の激突。
ジークフリートとカルナが交わす剣戟。
先ほどまでの焼き直しのように、『魔力放出(炎)』を帯びた槍の一撃が聖剣に弾かれ、聖剣の一撃が槍に防がれ、あるいは掻い潜り届くが、両者ともに本来受けるはずだったダメージは鎧によって縮小される。
けれど違いが一つだけ。
直撃ならばまだしも、槍の軌跡に飛び交う火の粉ではジークフリートの体に傷をつけられない。
まるで計ったかのように、お互いの一撃が同時に互いの体に届く。
踏鞴を踏みながら、距離が開いた瞬間、半ばが砕けた杭の壁で覆われた空間に剣気が満ちる。
終わりを迎えたの夜。始まりを迎えるのは逢魔時。
黄昏が、世界を満たす。
「『
放たれるのは、竜殺しの宝具。
振り下ろされた聖剣の柄頭に嵌められた青い宝玉から溢れ出す神代の証。
真エーテルと呼ばれるそれが、解き放たれ宝具の
A+ランクの対軍宝具が、黄昏の津波がカルナの総身を包み込んだ。
光の洪水が止んだ後、その場にカルナの姿はない。
最高ランクの対軍宝具の直撃を受けては当然の帰結。如何なサーヴァントとて、これほどの神秘を浴びてしまえば生き残る道はない。
だが、ジークフリートにはこの程度では死んでいないと言う確信がある。
その確信が正しいことは、頭上に煌めく夜の太陽が示した。
「お前にばかり宝具を使わせると言うのも芸がないな」
ランサーの炎が槍に収束していく。
通常攻撃としても扱っていた、収束させた太陽の炎。
だが、彼の言葉を聞いてそれが先ほどまでと同じだなどと思えるはずもない。
黄昏を再装填。幻想大剣は今一度、世界を黄昏で満たす聖なる魔剣としての本領を発揮する。
「いけ、『
槍のもう一つの使い方。斬る、薙ぐ、突く──そして、投げる。
構えは投槍。炎をジェット噴射として扱う彼は地上にある今生における最大の宿敵へとその太陽を発射する。
迎撃の黄昏が極光となって広がり、太陽の落下を受け止めた。
激突は、どれほどの時間だったか。
太陽と黄昏は、内包したエネルギーを互いに喰らいあい、同時に果てた。
太陽の光によって生み出される黄昏の光は、太陽の炎そのものと激突してなお、負けることはなかった。
ぶつかり合う二つの光源が消失した後、周囲は粛然とした暗闇へと変貌する。
先ほどまでの昼間と見紛うような明るさから、瞬間的に暗闇へと戻った視界に、尺ものサーヴァントも数瞬の時間を要した。
「互角か」
いや、あるいはわずかに太陽が上だったかもしれない。
令呪の後押しを受けた幻想大剣は、総量としてカルナの太陽に匹敵しながらも、耐え切ることなく消滅した。
そこにすかさずの二発目が飛んできた。増幅効果は見込めなかったのだろうが、それでも太陽を防ぐには十分。
最終的にはこちら側が勝利するという形にはなったが、その上でなお己の奥義を受け止める戦士に、
「このまま朝までお互いの
そして同時に、宝具を使用しても。
カルナが、インドの英霊として、インドの戦士として持つ最上の奥義。
宝具として昇華されたそれらを、令呪の加護を受けた状態とはいえ、ジークフリートは超えてきた。
令呪か、はたまた別の如何な理屈かは知らないが、この男は宝具の連射すらも成しえるらしい。
で、あるならば、カルナが勝利するためには、彼もまた宝具の連射が必要となるだろう。
一の宝具を二度の宝具で止められるならば、相手が二度放つよりも先にこちらも奥義を放てばいい。
どれだけの数が必要になるのかはわからないが最終的には相手が追いつかないだろう。
だが、それをするには魔力が足りない。自分のわがままのためにマスターに令呪を使ってもらう、ということをカルナは拒み、そして何よりも大前提として彼はマスターの顔を見たことすらない。
ならば、この戦いは永遠に決着がつかないか。それともカルナが魔力切れで敗北することになるのか。
いいや、彼にも一つ勝ち筋がある。
「このまま戦い続ければ、いずれはどちらかの陣営のサーヴァントが介入することになるだろう。だが、それは本意ではあるまい」
カルナの持つ二つの奥義は無効化されるというのなら、それを超える一撃を放てばいい。
「故に、オレ達の戦いに決着をつけようと思うのならば、オレには絶対破壊の一撃が必要だ」
そして、それがカルナにはある。
カルナの本職、アーチャーでも、ライダーでもない。ランサーとして召喚された理由。
神殺しの槍が。
ランサーの黄金の鎧が消失する。
彼ほどの男であろうと、皮膚に癒着していたと言われる黄金の鎧が消失する痛みは耐え難いものがあるのだろう。
代わりに、手にしていた槍とはまた別の、あまりにも神々しい槍がそこに現出する。
雷神インドラが授けたとされる神殺しの槍。強大なりし神話の中で、神々にすら扱えなかったと言われる槍が。
今日に入って、数えることも億劫になる程解放された黄昏が、今一度解放される。
カルナの一撃を迎撃するために。
それを、カルナは嬉しく思う。
「神々の王の慈悲を知れ」
「邪悪なる竜は失墜する」
これで決着はわかりやすい構図となった。
「インドラよ、刮目しろ」
「全てが果つる、光と影に」
カルナの一撃を耐えきり、防御を失った彼の肉体に一撃を叩き込むことができれば、ジークフリートの勝利。
「絶滅とは是、この一刺」
「世界は今、洛陽に至る」
逆に、この一撃でジークフリートを焼き尽くすことに成功すれば、カルナの勝利。
「焼き尽くせ──」
「撃ち落とす──」
──『
──『
これが終わったら、以前某所で話してたネタの、エスタルの宝具で召喚された巨大遠坂と空中庭園がぶつかる『【そんなことしても】巨大遠坂、ルーマニアに現る【胸はまな板】』とか、えっちなやつとか、色々と書きたいですね。