あ、いつもよりも短めです。パパッと書いたので。
統計、というものがある。
複数のデータをもとに、大きな集団の中の性質を求める、という勉学だ。
平均気温だったり、生徒の平均点だったり、あるいは魔術師的にいうのならば重ねた歴史の重さが神秘の多寡に直結する、というのも統計から求められたこと。
「そうですか、それで?」
だから、憐は今回のことは間違いではないと声高に主張する。
統計的にこの答えが求められたのだから、わかっている地雷に向けて突っ込むのはただの阿呆だろう、と。
目の前の彼女がそれで納得するとは思えないが、それでもこれ以上の理由はないのだから、赤裸々に語ってしまった方が後が怖くない。
「確かに統計としては間違いではないかもしれません」
「だろ?」
納得してくれたことに、驚きながらも感謝する。
だが──
「ですが一つ、レンは忘れていることがあります」
「……え?」
そう、彼には一つ忘れていることがある。
「レンの求めた統計は、あくまで”この世界のアルトリア・ペンドラゴンは料理が下手である”という事実を示すものであって、”別の世界の存在であるこの私が料理下手だ”という証拠には一切なりません」
この少女は、自称ただの村娘であるが、戦うならば勝つことを目指す、というのはこの世界のアルトリア・ペンドラゴンと変わりないということを。
そんな彼女に対して、『統計的にアルトリア顔は料理できないからお前にはさせられないわ』なんて、どう考えても負けん気を燃やすだけの燃料にしかならないということも。
完全にお説教モードに入った
「アルトリア。お説教はほどほどにね。じゃないと、私が全部済ませてしまうわ」
「ええ、わかっています。レンに私が料理下手ではないことを証明する必要がありますからね。……まったく、普段から料理をさせてくれないのはなんでかと思えば、まさか私が料理できないと思っていたなんて」
気がつけば、最終決戦で展開した王様モードを展開している。
村娘では未だ片鱗しかなかった”希望のカリスマ”が完全に発揮され、かつてマスターであった青年を萎縮させ、正座させてしまっていた。
普段、時折漏れ出る程度ですら厄介なことになるそれを、たった一人に向けて全力で使用している。
曰く、魔術は目分量などは許されず正確に分量を図ることを要求される。
曰く、魔術は
曰く、レシピ通りにやったとしても才能の如何によって成功にたどり着けないことだってある。
曰く、それに比べれば料理は、レシピ通りにやれば美味い不味いの好みなどはあっても食べられないものになることはない。
曰く、だから魔術師として召喚されるレベルの私に料理ができないはずがない。
するりと、憐の脳内にそれらの言葉が入り込んできて。
「うーん、確かにその通りかもしれない」
なんて。そんな言葉が出てきてしまった。
では、その翌日、ピクニックに行き実際に食べることになった彼女の作ったお弁当はというと。
「……普通に美味かった」
「でしょう?」
言葉通り、普通にちゃんと食べられるものが出てきた。
どこか自慢げに見えるのは、きっと間違いではないだろう。
「ああいう時代でしたからね」
「ああ、なるほど」
彼女と憐が初めて出会った時の服装は、どこか魔術を学ぶ
そして、たいていの場合、過去というのは男尊女卑であることが多かった。
女は家で待ち、男は働く。そういう類の役割分担が、生まれた時点で決められている時代。
そんな時代で、女が料理を一切できなくても許されるのは、それこそ”男として生きている”場合くらいだっただろう。
王様にならなかった彼女は男装などする必要がなかったのだから、当然のようにその技術を身につけていた。
くぁ、と小さく一つあくびを漏らす。
二人は、正確には昨日ひょっこりと顔を出した愛歌も含めて三人なのだが、久々に憐の実家の近くに帰ってきている。
実家そのものは燃え尽きているので、実際には近場のホテルを取っているだけなのだが、アルトリアが彼の育ったところを見てみたいと口にしたので二人でやってきたら、愛歌が顔を出したのでついでと言わんばかりに彼女も誘ってのピクニック。
あまりにものどかなのでついあくびが漏れてしまった憐をアルトリアは笑顔で見つめ、ぐい、と引っ張る。
すでにサーヴァントではないが、それでも常人に比べれば遥かに強大な筋力。踏ん張ることすら考えられず、憐は転がり込む。
「えっと……アルトリアさん……いったい何を……?」
顔に影がかかる。
この状況が何か、理解できないほど頭が悪いわけではない。
悪いわけではないが、認めたらいつものように魔術回路が爆発しそうなので認めてはいけない気がした。
「もちろん、膝枕ですよ」
ぎゅるん、と魔術回路が変な動きを開始する。
いい加減に理解しても良いかと思うのだが、どうやら彼女はまだ自分のどういう言動が彼の魔術回路制御を失敗させるのかを未だに理解していないらしい。
直感スキルがもしもあったならば、そのあたりを予測してくれたのだろうか、というそんな考えが脳裏をよぎったところで。
「はい、落ち着きなさい」
愛歌によって魔術回路が強制的に制御される。
一歩間違えば、己の魔術回路にまでフィードバックが来る荒技。
憐は最近になって、こういう自分の命を顧みない所業を見るとこいつの友達との距離感ちょっとおかしくね、と思ったりすることが時々ある。
思ったりするのだが、こいつは根源接続者だしなぁ、という気持ちもあるので、こいつからすればこの辺り別に命がかかってねえんだろうなぁ、と思ったりもする。
「アルトリアも、少しは手加減してあげないとダメよ? すぐに爆発するんだから」
「わかってはいるんですけど……爆発する条件がよくわかってなくて」
「貴女が好意を示せば爆発するわ」
「えぇ……」
一旦は愛歌の方に向けられたアルトリアの視線が、また膝上にある憐の方へと向けられる。
そんな瞬間。
「はい、一回落ちなさい」
キュ、と嫌な音を立てて眠る憐。
眠る、というよりも絞め落とされた、の方が正しいかもしれない。
アルトリアの視界に、なんかそれっぽい影が映ったし。
「いきなりこういうのはどうかと思いますよ?」
「毎回止めるのは面倒だもの。早く降ろしてあげなさい。じゃないと目覚めたらまた爆発するわよ」
今度は止める気にならないわ、と愛歌は言い捨てて立ち上がる。
「どこに?」
「カップルを当てつけのように見せられても困るもの。ちょっと王子様探してくるわ」
沙条愛歌は、聖杯大戦の後、そこらへんの亜種聖杯戦争で亜種聖杯をもぎ取っていた。
その時の願いは一つの亜種聖杯では叶わなかったため、いくつかもぎ取ってから直列でつなげることで願いを叶えられるだけの魔力を手にしていた。
願いは、『とある並行世界で召喚された、人理が不安定な場合のみ召喚できる英霊を召喚できるようにしなさい』とのこと。
つまり、彼女の王子様がこの世界に出現することになる。
どうしてそんなことをしたのか、アルトリアは聞いていない。
けれど、聖杯大戦で協力してくれた彼女の様子を見るに、そう悪いことにはならないだろうと信じている。
歩き去る彼女を見送って、アルトリアは小さく微笑み、彼女の願いが叶うことを祈った。
亜種聖杯では魔力が足りないし、魔力が足りないから愛歌と出会ってないプーサーは「そうか……悲しいが、それならば仕方のないことだろう」と諦めるし、ついでにある程度自重を覚えた愛歌ちゃん様の騎士様になってくれるよ(適当)