「素晴らしい戦果だと思わないか、ダーニック?」
「ええ、まさかこれほどまでとは……」
ランサーに応えるダーニックの言葉には、これ以上ない喜色が混じっていた。
彼が王の前で感情を顕にするのは珍しいことではあるが、それも当然のことだろう。
元々の予定では、”赤”のバーサーカーを確保し、六対七の状況から七対六に逆転させるはずだった。
その援護にやってくるであろう”赤”のサーヴァントは、倒せずとも邪魔さえさせなければ、それで問題ないと思っていた。
けれど蓋を開けてみれば、”赤”のバーサーカーを確保し、”赤”のアーチャーを撃破し、”赤”のライダーの真名を暴くという戦果。
その上で、暴かれたのは未だ信用しきれない”黒”のキャスターの真名のみ。
最も良い戦果がこちらの情報を一切与えずに相手のサーヴァントを奪い、そして援護に来たサーヴァントを撃滅することだとするならば、これは考えうる中で三番目にいい戦果。
六十年、聖杯の降臨と己が子孫の未来の栄達を取り戻すために準備をし続けたダーニックからすれば、最高の滑り出しについ言葉に感情が乗るのは仕方のないこと。
「……申し訳ありません、
「いい。気にするな」
とはいえ、魔術師としての彼はそうは思わない。
己の感情を制御できないなど、魔術師としては三流。先代のエルメロイが婚約者に気を取られた結果、無残な敗北をしたというのは魔術師の中では有名なことである。
本心ではない、あるいは恐怖からくる阿諛追従は聞き飽きたランサーからすれば、こちらの方がわかりやすくて大変結構だとしても。
彼に王としてのプライドがあるように、ダーニックにも魔術師として、ユグドミレニアの長としてのプライドがある。
アキレウスは、神性なくば攻撃が通らない。
踵を狙うならば話は別だが、その程度、相手が想定していないはずがない。
ならば、彼はケイローンに任せるべきだろう。
むしろ、問題があるとするならば──
「ふむ、キャスターは神性を宿す攻撃もできるか」
「そのようです」
そう、キャスターのことだ。
言ってしまえば、できることが多彩過ぎる。それに尽きる。
今は味方だから問題ないが、”赤”の陣営を倒し終えれば、そのあとは普通の聖杯戦争。
強力な、頼りになる味方として共に戦った者が全て敵に回るのだ。
(いや)
彼らの場合は、今味方であるかどうかすら怪しい。
ユグドミレニアの人間でない憐への警戒がダーニックの中から完全に消え去ることはないだろう。
それこそ、ユグドミレニアの者と婚姻でもして、完全にユグドミレニア側にならない限り。
(フィオレを使うか……?)
彼女を用いれば、その婚姻が成功しようと失敗しようとどちらであろうと問題はなくなる。
ユグドミレニアの結束を深めるため、未だ同盟者でしかない燐を真に千界黄金樹に迎え入れようと思う、などと口にすれば断れまい。
断れば、『ユグドミレニアに入ることを厭う』ということで魔術協会側であると難癖はつけることができる。
(だが……)
それをすれば、憐が獅子身中の虫であるかどうかは確認できるが、せっかくの戦力を失うことにも繋がりかねない。
さらには、”赤”のバーサーカーを使役する沙条愛歌も、彼が持ち込んだバックアップだ。
キャスターのマスターが離れることになれば、あるいは彼女も離反するかもしれない。
サーヴァントは、使い魔ではあるが同時に一個の人格を宿した敬意を表するべき存在である
敵のサーヴァントが強力であることが発覚した今、キャスターの力を十全に発揮させられる憐をわざわざ切り離すのは──
(問題は山積みだ)
そこまで考えて、心の中で一つため息を吐く。
どう言い繕っても、今は一応味方であるという事実。そして彼らの力が必須であることには変わりがない。
潜在的な敵だというのならば炙り出し、その上で即座に処理すればいいだけのこと。
使えるうちは存分に使わせてもらう、と”黒”のキャスターの運用法を考える。
”黒”のキャスター、真名はアルトリア。アルトリア・キャスター。
こちらとはまた別の世界、王にならなかったアーサー王。
アーサー王が女であった、というのは驚くべきことではない。
だが、並行世界の存在を呼び出した、というのは脅威である。
何があろうと、この世界では彼女についての情報を得られない。
(この世界のアーサー王と弱点が同じとは限らないが)
今の所、警戒できるのはアーサー王を殺した騎士、反逆の騎士モードレッド程度であろう。
だが、”黒”のアーチャーと”赤”のライダーで、すでに生前の因縁を持つ二人が同じ聖杯戦争に召喚されるという事態は起きている。
この上で、ピンポイントに”赤”にモードレッドが召喚されているとは考えづらい。
「失礼します、叔父様」
「フィオレか」
そんな思考を中断したのは、”王の間”にやってきたフィオレ。
彼女の車椅子を押すのは、フィオレのサーヴァントである”黒”のアーチャー。
二人とも、今日の戦果に非常にそぐわない顔をしている。
そこが、ダーニックには疑問だった。
「つい先ほど、ホムンクルスたちが”赤”のセイバーとそのマスターを発見しました」
「ほう」
あの超大規模魔力砲撃から令呪を使用したとはいえ生き残ったという事実。
未だ年若きフィオレやカウレス、プライドだけが肥大化したゴルドあたりがそれを嫌悪し、見下すのはわかるが、自らもどうやら過小評価していたようだと評価を上方修正する。
「ということは、あのサーヴァントの真名を伝えにきたのかね?」
「ええ」
ランサーの言葉に、アーチャーが頷く。
”赤”のセイバーは、キャスターの魔術からマスターと己を守るために宝具を解放した。
魔力砲撃は超轟音を立てて迫ったが故にその真名は誰の耳にも届かなかったが、だからと言って真名がわからないわけではない。
ケイローン、ギリシャ神話に名高きケンタウロス、多くの英雄を育て上げた教師。当然そんな彼は読唇術も備えていても不思議ではない。
「あのセイバーの使った宝具、その真名は『
だから、その言葉も信じるしかない。
ダーニックが目を見開き、ランサーが面白そうにほう、と呟くのはそれが簡単には信じられないような出来事であるからで。
けれど、ケイローンが口にするのであれば、それにはきっと間違いはない。
「『
その宝具の名前は知っている。
アーサー王伝説を知る者ならば、きっと誰もが知っている。
その剣は、アーサー王伝説を終わらせた叛逆の騎士が持つ武器の名前だから。
「つまり、あの”赤”のセイバーの真名は」
「はい、そうなのでしょう」
叛逆の騎士、モードレッド。
アーサー王の息子にして、認められることのなかった後継者。
カムランの丘にてアーサー王を殺した騎士。
「なんという偶然だ……」
いくら最大規模の聖杯戦争とはいえ、二組も生前に因縁を持つサーヴァントがいるとは。
そう考えて、いいや最大規模だからこそか、と思い直す。
最大規模で、どうしても負けるわけにはいかない戦いで、だからこそ、選出はどうしても似通う。
最上級の英霊を! 最強の英霊を!
基本の思考はそんなものだろう。
「だが、そうなるとキャスターにはできる限りこの城塞を出ないように言わなければな」
「ええ。モードレッドが相手となると、よく外に共に出るライダーが前衛を務めるのは無理でしょう」
そして、ライダーはその”最上級の英霊”には含まれない。
どちらかといえば、セレニケの趣味とライダーの特徴である”多彩な宝具”を求めての選出。
対応力は高いが、正面戦闘力はそこまで、といったレベルのサーヴァント。
外に出るというのならば、”黒”の陣営では三騎士レベルが欲しいところ。
けれど、ランサーは王故に動かず。セイバーはマスターの命で自由な行動ができず。アーチャーはマスターの生活補助がある。
キャスター、そしてライダーの娯楽のために外に出る、というのももう難しいだろう。
「キャスターは今どこに? 明日になれば、きっとまたライダーが共に出かけるように誘うだろう。そうなる前に言い含めておかなければ」
そうと決まれば、当然まずはキャスターにそのことを伝達しなければならない。
ダーニックが尋ね、フィオレ主従が知らないキャスターがどこにいるのかというと──
「これが大聖杯、ですか」
「ああ。冬木から持ち去られて六十年。ずっとここに隠してあったらしい」
ユグドミレニアの秘奥、大聖杯の前。
本来ならばダーニックとフィオレ、現在の当主と次期当主以外には知らされないはずのその居場所を、憐とキャスターは訪れていた。
知られれば、まず確実に裏切りと取られる言動。
「それで、どうだ?」
「うーん、ダメですね」
魔力の溜まった宝石を飲み込みながら尋ねる憐に、大聖杯に触れたキャスターは首を振る。
まだ魔力が溜まっていません、と。
聖杯とは、そのうちに溜め込んだ膨大な魔力を用いてあらゆる願いを叶える願望機。
その魔力の源は、敗れたサーヴァントたち。
サーヴァントの数にして六騎。それだけの英霊が魔力として聖杯の内に還元されれば、世界の内側のことであればなんでも叶えられるだけの魔力になる。
つまり、願いの内容によっては一騎倒しただけでも魔力量的には十分叶えられる可能性はあるのだが。
「ダメだったかー」
「はい、感覚的には後一、二騎分の魔力が溜まればいけるかなぁ……行けるといいなぁ」
キャスターの願いは、どうやらまだ叶わない様子。
そんなことを考えて、ふと憐は気がついた。
そういえば、まだキャスターの願いは聞いてないな、と。
はっきりとはわからないが、想像はつく。
魔術師として根源を目指す少女には見えない彼女は、どこにでもいる村娘のようで、だからこそ願いもありふれた、些細なものなのではないか、と。
だからこれまで気にしてこなかったわけなのだが、一度気になってしまえば、頭から離れない。
「え、私の願い……ですか?」
「ああ、うん。そういえば聞いたことなかったなって」
聞けば、少し恥ずかしいのですが、と前置きをして。
赤くした頬を指で触れながら、少女はその願いを告げる。
「実は、もうちょっとだけでいいので身長が欲しいなって」
他の人の壮大な願い、これからの人生に関わるような願いに比べればあまりにもちっぽけな願い。
それを聞いて頷いた憐の思考は、一つの結論にたどり着いた。
「なるほど、それなら結婚できるな」
「え」
身長が欲しい。
でも、霊体のままでは全盛期のまま姿が変わることはない。
ならば、身長を伸ばすには受肉する必要があって。
受肉してしまえば結婚することも可能である。
そういう考え方。
「そ、その前にまずはマナカに言われたことを済ませてしまいましょう!」
「頼んだ」
マスターの命に従い、キャスターが大聖杯に触れる。
やることは簡単。大聖杯に必要な魔力が溜まり次第、先行入力された願いを叶えるようにすること。
そして、それが終わった後、余った魔力で自ら大爆発を起こすように。
今の憐は、魔術協会からのスパイでもある。
そして、その目的は”赤”の陣営の勝利ではなく、正確にはユグドミレニアへの誅罰を与える魔術協会への支援。
要するに、聖杯戦争で勝利することが目的なのではなく、ユグドミレニアが滅べばそれでいいのだ。
自分たちの願いを勝手に叶えるように細工をしておいて、願いが叶い次第離脱。
大聖杯が失われたことにより、ユグドミレニアは魔力供給用のホムンクルスを一瞬で干上がらせサーヴァントを維持できず、純粋な魔術戦に移行する。
そうなれば、確実にユグドミレニアは滅ぶ。ユグドミレニアとは衰退した、あるいは未熟な、未来のない魔術師一族が集まってできた黄金樹なのだから。
時計塔としては大聖杯が欲しいのだろうが、そのあたりは何も言われてないから気にしなくていい。
言わなかった方が悪いのだ。
受肉済みとはいえサーヴァントという切り札もある以上、魔術師は手を出すことができずに彼らは平穏に過ごせる。
彼らの仕込みは、つまりそれを達成するための準備なのだった。
ぶっちゃけ、大聖杯も手に入れようとするから問題なのであって、ユグドミレニアへの誅罰を第一に考えるなら大聖杯を破壊してしまえばいいんですよね。