たぶん、これは明晰夢だ。
どういうわけか、目を開けられない。両足で立つことができない。
そんな状態で周囲から聞こえる音は獣の鳴き声ばかり。時々何かに小突かれたり、首根っこを掴まれて持ち上げられたり。絶体絶命の予感しかしない。
ふいに美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。匂いの発生源が口のそばまで来ている。空腹感があったので、欲望のまま食べた。
食べてから「周囲にいる獣の飯だったのでは」と遅まきながら考え怯える。だが何かに襲われることなく、再び首根っこを掴まれて運ばれるだけだった。
ああ、きっと自分も獣になっている。そんな夢なんだろう。襲われない理由を、そう推測した。
両足で歩けないのもきっと、自分の身体が獣のそれだからだ。きっと四つの足で立つ獣なのだ。なので手(というか前肢)も使って立つのにチャレンジ。
プルプル震えながらなんとか立てた。だけどすぐにベタリと力尽きる。
辛うじて立つことができたが、長時間はまだ無理そう。
飯も食べたし、立ちチャレンジでも疲れたし、なんだか眠くなってきた。なので、夢の中でも感じる睡魔に屈することにした。
・・・・・・
目を覚ますと(といっても相変わらず目を開けられないが)、首根っこを掴まれ運ばれる。
この運んでくれている獣が好きになってきた。きっと夢の中の、自分の親なのだろう。
べちゃりと降ろされた場所でヨタヨタと親獣に近づいてみる。
小突かれた。負けじとヨタヨタ近づき、また小突かれる。なんだか楽しい。
しばらくして、遊び疲れた身体の口元に、美味しそうな匂いの物が近づいてきた。迷わず食べる。クチャクチャ音を立てて食べる。自分はクチャラーではない。夢の中の身体は音を立てずに食べれる構造をしていないのだ。
食べ終わるとまた眠気。幼獣たる自分は欲望のままに寝た。
・・・・・・
まだこの夢は続くのか。
また首根っこを掴まれて運搬中。しかし今回はいつもと違う。なんとなんと、今の自分は薄目なのだ。もうすぐ周囲の景色が見れそうだ。今はまだ、太陽の光が眩しすぎて何も見えないが。
昨日のようにべちゃりと降ろされ、また昨日のようにじゃれつきかけた。だが目をしっかりと開けたい。開けて親獣を見たい。
じゃれつかずに、恐る恐る目を見開いていく。クッソ眩しい。眩しすぎて目が痛いが、さっきまで薄目で慣らしていたのだ。耐えられるはず。
あと少し、あと少し……と自分では思っていたが、時間切れらしい。親獣に小突かれ、集中できなくなったので、昨日のようにじゃれついた。
なんだか悔しかったので、親獣にあまがみ。クッソ硬ぇ。これじゃ噛んでいることに気づかれないのでは。そう思い力一杯噛んでみる。うん、クッソ硬ぇ。
じゃれついていた時は毛の感触があったので、もふもふ系だと思っていたけど……どんな獣なんだ、この硬さは。すごく気になる。
噛みつきの仕返しとばかりに親獣に口をばくりと咥えられた。もちろん牙は立てられていない。それより口臭すごい。
鼻ごと咥えられたことにより、この身体鼻長の獣のようだ。犬系かな。でも親獣は硬いしなぁ。
じゃれあいタイムも終わり、いつものご飯タイム。今だけはクチャラーだ。
食べ終わったあと、親獣のもとへと近づく。ついつい甘えたくなるのだ。
そこでふと気づく。結構歩けていることに。
じゃれつきの成果かな。と誇らしげに感じれた。
・・・・・・
今日もドナドナされて始まる。だが昨日より眩しさは薄れている。天気が悪いのではなく、光りに慣れてきたのだと思う。
なので今日こそ親獣の姿を拝見だ。願わくばつぶらな瞳の可愛いのがいい。
べちゃりと降ろされ、目を見開いていく。よし、いける。自分の前肢が見える。こんな色をしていたのか、自分の手は。明るい黄色の前肢に、黒い大きめの爪。なんだか鳥っぽくも見えてきた。
さて、それより親獣だ。うつむいている自分の視界には、親獣の前肢だけが見える。同種であることを証明するように、その色は似ている。脚だけで自分より遥かに大きいが。それと多少くすんだ色になっているが。
少しずつ顔をあげていくと、色合いが変化していった。
青と白。青い身体に白い体毛。カラーリングが独特だ。そして首回りに脚と同じ黄色の……襟のような隆起。
さらに顔をあげればそこには、目つきが怖い化け物がいました。
ギロリと鋭い目に長いノズル。口に生え揃う牙は獰猛さを感じる。そして見上げる自分には二本の角が鬼に見えた。
親獣を見た自分は、その場でおしっこを漏らした。
うれションではない、怯えのお漏らしに、親獣は何を思ったのか。急に機敏に動き、バッと伏せたり立ち上がったり。
自分より8倍以上ある巨体に謎の奇行をされるとどう感じるか。人によっては微笑ましさを感じるかもしれない。愉快に感じるかもしれない。
だが自分は違う。
ただただ恐怖だ。恐怖のあまりバタリと倒れ、死んだふりを決行。正常な判断などできるわけがない。
倒れている自分の周りをぐるぐる歩く超巨体。やがて恐る恐る、その巨大な前脚をこの身に触れさせた。
あ。
これは、いつもされている小突きだ。同じ威力だ。
そうだ。見えなかった間、自分の世話をしてくれたのは目の前の強面だ。見てくれは怖いが中身は優しい親獣だと知っているではないか。
連日世話になっていたことを思い出した自分は立ち上がり、見えなかった時のように親獣にじゃれついた。クッソ硬かったのは黄色の隆起部分だったか。青い身体を噛んでやろ……硬ぁい。
親獣は突然いつも通りになった子を、何度も何度も小突いては顔を擦り寄せてきた。
よくよく見れば親獣、怖いというよりカッコいい……というか、この色合いに、この姿。あまりに大きすぎて気づかなかったが、自分は知っている。今まで生で見たことはない種族だ。画面越しでは何度か見た。
この親獣、というか親竜、モンスターハンターに出てくるジンオウガじゃん。牙竜種で雷狼竜のジンオウガじゃん。
ということは、自分の身体もジンオウガなのか。
・・・・・・
目も開けれるようになり、自力で歩けるようになった。ただ歩くだけで楽しい。とはいえ、今も結局首根っこを掴まれての移動中である。
親竜に咥えられ、ずいずい森の奥へと進んでいく。崖も軽々ジャンプして登っていく。この道はまだまだ自分単独では無理そうだ。
そしていつものようにべちゃりと少し開けた場所に降ろされる。周囲を見渡せば木、木、木……あと空。登りを見ていた限り、標高がとんでもない場所。
景色以外の特徴として、自分と親竜以外のジンオウガがいた。始めは「ひょっとしてパパンかな」と思ったが、なんとも数が多い。5頭も父がいてはたまらない。
よく見れば2頭、小さなジンオウガがいた。ひょっとしてらここはジンオウガの幼稚園的な場所だろうか。親御さん同伴の。
他の子オウガたちも自分と同じように、親竜に小突かれてはじゃれついている。その光景を離れて見ていた3頭の大人オウガは森へと入っていった。
何をしてるんだとばかりにママオウガに小突かれた。じゃれてこい、ということだろう。とりゃーと唸りながら挑む。今日は噛む場所を考えて挑むぞう。
何度も転がされて疲れた頃、どこかに行ってた大人オウガたちが戻ってきた。口にガーグァを咥えながら。それをママンオウガたちがそれぞれ受け取り、皮を剥いで肉を噛みちぎる。そうしてちぎられた肉片を子オウガの前にペッと吐いた。
今まで食べていたご馳走の正体はこれか。生はちょっと……という気持ちは不思議となく、むしろよだれがダラダラ出る始末。これ……うま……
食べ終わり眠気がやってくる。他の子オウガはまだじゃれつく元気があるようだ。みんなつよい。
・・・・・・
それから何日も、何ヵ月も同じ月日を過ごした。
もうこれ夢にしては長すぎるわ。ひょっとして夢じゃないのでは。
長く感じる夢、というには色々と苦しい。小突かれる感覚とか、転がされた地面の匂いとか、ガーグァの美味しさとか。
自分は今、いつもの溜まり場へと向かっている。自分の脚でだ。ママオウガが運んでくれなくなった。まだ大人オウガの半分にもなっていない自分だが、自力で登れるぐらいには成長したと判断してくれているのだろう。
まあ一応、ママオウガが少し先行しては振り返って来るのを待ってくれているわけで。まだまだ子供扱いは続くようだ。
やっとの思いで溜まり場に到着すれば、どうやら自分たちが最後だったようだ。他の2家族はもう揃っていた。うちのとこのパパオウガもすでにいた。
いつものメンツが揃い、パパオウガたちは森へと入っていく。子供たちの餌を取りに行ったのだ。
ちなみにパパオウガ、ママオウガと勝手に呼んでいるが、ぶっちゃけ自分には性別がわからん。ジンオウガになって結構立つのにジンオウガについて知らないことばかり。
他家のチビオウガたち(チビといっても自分とそう変わらない)が自分のそばに来た。遊ぶぞ、と誘っているのだ。最近はママオウガに小突かれる遊びは少なくなり、子供同士でじゃれあいが多くなった。
ちなみに遊びに誘われたのはわかったが、ジンオウガの言葉がわかったわけではない。なんとなくニュアンスがわかる程度だ。
さてさて、それはそうとじゃれあい、もとい喧嘩ごっこ。チビども相手の遊びではあるが、負けてやる理由はない。
チビどもは正直言って、自分より身体能力が高い。まあ少しだけだ。少しだけ。だが、自分は人間として生活し、培ってきた頭脳がある。他のチビオウガ2頭はそんなものはない。こいつらの学歴は卵卒、かたや自分は大卒だ。
ここ最近の喧嘩ごっこのデータはすでに揃った。圧倒的データ喧嘩を見せてやろう。
……
チビどもクッソ強い。
名前がわからないのでチビオウガA……はあんまりか。ジョンでいいや。ジョンはとにかく器用だ。なんというか、やり方がやらしいのだ。絶妙にこちらが嫌な攻め方をしてくる。
さらにはこちらから攻めるとすごく距離を離してくる。そうやってこちらのペースを崩してくるのだ。
とにかくジョンはやらしい。
もう1頭のチビオウガB……ボブと名付けよう。ボブは身体能力がずば抜けておかしい。とにかく馬鹿力だ。シンプルに強い。あと頭が悪い。
馬鹿高い身体能力から繰り出される頭突きが岩肌にあたって右の角が折れたエピソードがあるほど。周り見て頭突きしろ。
とにかくボブは脳まで筋肉。
そんな癖あるチビに囲まれた自分はと言うと……地味だ。特徴がないのが特徴とばかりに地味だ。というかジョンとボブが濃すぎる。
まあ今回は惨敗だった喧嘩ごっこも終了し、ランチタイムだ。最近はママオウガの調理なく、ガーグァを食べている。1羽のガーグァをまるごとチビたち3頭と共同でムシャムシャ。ちなみに全員クチャラーだ。
クチャクチャ音の中にバリバリと音がなる。見ればボブが骨を噛み砕いていた。ジョンも負けじと骨を噛み砕く。流れにのって自分もと骨を噛み砕いた。
ご飯も食べ終え3頭並んでお昼寝タイム。お腹を空に向けながら、スヤスヤと眠りについた。
・・・・・・
さらに年月は経ち、私も結構成長した。大人オウガと呼んでも差し支えがないほどに。あと知的なアピールとして私と言うことにした。言葉はできないので内心でのみだが。
まあとにかく、今では溜まり場までの道もひとり鼻歌混じりに行けるほど。
当然ジョンやボブも同じように成長……すると思っていた。
溜まり場に着けば、今日も私が最後だったようだ。
他家の両親オウガとうちの両親オウガ。それとボブ。
ジョンはいつからか、溜まり場に来なくなった。
何故なのかはわからない。ただジョンが来なくなった日、ジョンの両親がずっと悲しげな遠吠えをあげていた。
幼馴染みであるジョンがどうなったか、あまり良い想像はできない。
もう1頭の幼馴染みであるボブはすっかり成長した。というか成長しすぎなぐらいだ。私よりも一回り大きい。
子供の頃に折れた右角は再び生えてきたが、これもひとつの超回復なのか。右角だけ異常にでかい。左右非対称な角になった。
私はボブと一緒に森へと入っていった。
ジョンはいないが、すっかり成長した子供組こと私たちは、今では自分で餌を取りに行けるようになった。
それに伴い狩りの技術もあがった。
ジンオウガの特徴ともいえる、帯電だ。
雷光虫を活性化させて力を利用する、とでもいえばいいのか。まあ難しい理屈は考えない。感覚でできるものだ。
とにかく帯電することによって身体能力が飛躍的に上昇する。なんなら放電もできる。
力自慢のボブ相手でも、帯電した私なら勝てるほど能力が上昇するのだ。ただしボブは帯電してない場合に限る。
まあ、帯電が使えるようになった一人前のジンオウガは本来単独で狩りをする……のだが、私の狩りには必ずボブが同伴する。
理由は私に根付いている人間性のせいだ。
ジンオウガが最大限の力を発揮するには雷光虫が必要不可欠だ。そのため基本的に、背中には雷光虫を住まわせているのだが……
……ぶっちゃけキモい。
以前昼寝の際にボブの背中を見たら、ウゾウゾ蠢く雷光虫の群れ、群れ、群れ。
思わず悲鳴をあげたわ。口からでたのは「わぅ!?」という鳴き声だったが。
それ以来私は清潔を保つことにした。雷光虫が住みづらいように、毎日行水した。滝に打たれたりもした。そんな日々を続けているうちに背中の雷光虫ゼロオウガが誕生したのだ。
つまり、今の私は帯電できないわんこ。
それでもガーグァ相手に負けることはない。アオアシラが相手でも同じだ。だがリオレウスなんかと遭遇したら、私では危ない。そのためボブが護衛のように同伴してくるのだ。
腹も満たされ溜まり場へと戻る。ただ戻るだけじゃつまらないのでボブと競争した。結果は……帯電してたら私が勝ってたと思いたい。
私たちはもう喧嘩ごっこをやってない。互いに大きくなったため、周囲の被害が大きくなりがちだからだ。なので溜まり場でやることはお昼寝だったり、ただ空を見上げていたり、まあまったりだ。
今日はお昼寝がしたい気分。私が腹を向けて寝転がれば、ボブも隣で寝転がる。
昔は3頭で並んで寝ていたのにな、と少しだけ寂しく思う。隣から聞こえてきた寝息を微笑ましく感じながら、私もスヤスヤと眠った。
そんな風に、のどかな天気の下、私たちは幸せに過ごしていた。
忌々しい嵐が全てを吹き飛ばした、あの日までは。