わたくしは信じていますわ、その勇気に再び村は救われると…。
激しい雨風に打たれ、目を開けることすら困難な世界。
この嵐が自然現象によるものでなく、たった1体の生物によって引き起こされているなんて、信じられないことだ。この嵐を放置すれば確実にユクモ村を吹き飛ばす。
『この村の将来は、チミの双肩にかかっとる』
『相手も神や悪魔ってわけじゃないからね。生き物だもんね。きっと何とかなるはずだよ。がんばってね』
『アマツマガツチが本格的に活動を開始したら、この村はどうなってしまうか……。ハンターさん、私からもお願いよ。ユクモ村を守ってちょうだい!』
ギルドマネージャーや村の人たちの言葉を思い出す。
自分に彼らの言葉を応えれるか、不安が生じる。
ジンオウガという脅威が去ってまだ久しいのに、新たな脅威が現れるなんてと内心ぼやく。いや、これは新たな脅威ではなかったのかもしれない。
目撃情報によると、ユクモ村の存続の危機に追いやったジンオウガは大嵐があった日から、遠吠えをあげ続けていたらしい。
村長から聞いた話では、ジンオウガは本来人目につかない山奥に住み、渓流まで出てくることはなかったとか。
『嵐に乗って天下を巡り、その嵐に巻き込まれて、人が住むのを止めた村も少なくございませんの。ここ最近のモンスター達の縄張りの変化……ジンオウガやアオアシラが渓流や村の近くに頻繁に現れ出したのも、この予兆だったのかと……』
あのジンオウガはこの嵐に住処を奪われたのか。
遠吠えをあげ続けていたのは、恨み節だったか。そんな推測が立ち上がる。
だとすればあのジンオウガも被害者だったか。もっとも、渓流で暴れていた様子から加害者でもあるが。
終始こちらを圧倒していたあの強敵すら敵わなかった相手、嵐の元凶の討伐。
ユクモ村の人々から託された願いを叶えるため、霊峰と呼ばれる場所を目指し歩く。
吹き荒れる風に足を取られないように、確実に一歩ずつ。
あの嵐だ!
あの忌々しい嵐だ! 近づけば近づくほど感じる! あのクソッタレな古龍の気配が!
ハンターへのリベンジなどどうでもいい! やつがあの溜まり場にまた戻ってきている! 私たちを追いだしただけに留まらず、私たちの思い出の場所を荒らしている!
許せるものか! これ以上好きにさせてたまるものか!
雷光虫! もう一度私の背に来い! この嵐を止めるために私に力をよこせ!!
自身で発揮できる限りの最大電力を起こし雷光虫を集めようとした。
だが1匹も背に飛んでこない。元々背に住んでいない状態のせいで集まりが悪いというだけではなさそうだ。
原因は、この風か……!
あの時と同じだ。私たちの身体から雷光虫を吹き飛ばし、雷の力を奪い、そして私の家族を奪った。
忌々しい、どこまでも忌々しい風だ。
この調子では背中に集めていたとしても、やはり吹き飛ばされてしまう。ならば雷光虫の力などなしでやつを叩き潰す。私たちから全てを奪った報いを与えてやる。雷光虫がいなくても私は何度だって戦い勝ってきた。あの時とは違う。
私は山頂を目指し走った。
もはや溜まり場を荒らす嵐しか私の眼には映っていなかった。
「なっ……!? ジンオウガ!?」
途中、人間の声が聞こえた。
あのハンターだ。だが今はどうでもいい。あの嵐の首をへし折る。それしか考えていない。
山頂へ近づけば近づくほど、風が強く、雨も滝のように勢いを増していく。
夥しい雨が土を押し流し、強烈な風が木々を倒し、山の姿を穢していく。
かつて母に運ばれた道が、急速に姿を変えていく。
まだあいつは奪い足りないというのか。
許さん。絶対に許さん!
溜まり場につけば、眠たげに欠伸をあげている怨敵の姿があった。
やつは私に気づくとのそりと鎌首をもたげ、やる気なさげに口から高圧水流を吐きだした。
母を吹き飛ばした水のブレスが私に迫る。
あの時とは違う。私はあの時よりも強い。あの時と違い、不意打ちという形ではない。
躱し、距離を詰める。
あの時ほどの風はまだ吹いていない。こいつは私を敵として見ていない。ただの変な邪魔者としか見ていない。
油断だろうと慢心だろうとなんでもいい。後悔する間もなく死ね。
吹き荒れる風の中、前脚を振りかぶりヤツの頭部目がけて振り下ろす。だがほんの少し、やつが後ろに下がっただけで避けられてしまった。
普段ならあの程度の動きで避けられるはずがない。あのハンター相手じゃないのだ。こんな巨体相手に、狙いが狂うなどありえない。
余計なことは考えるな。まだ初撃だ。
私の持ち味はなんだ? 重たい一撃ではない。相次ぐ連撃だ。当たるまで何度も何度も、倒れるまで執拗に爪を立ててやる。
前脚、前脚、前脚、頭突き。今まで何度も使ってきた連撃。
確かに超帯電状態ではない身だ。確かに強い風が邪魔をしている。だが、
こうも当たらないものか。
やつは宙を泳ぎ、私の攻撃を舞うようにしながら尽く避ける。
暖簾に腕押し。そんな言葉が脳裏によぎる。やつの羽衣のようなヒレが視界を邪魔し、距離感を狂わせる。風が重心を揺らし、攻撃に迷いを生じさせる。
やつが尾を振るった。
その太い尾は風を味方につけながら轟音を立て迫る。こんな攻撃に当たるものか。
後ろに飛び退けば、距離が空いたのを見計らっていたかのように水のブレスが襲ったがそれも避ける。
大丈夫だ。私はまだやれる。
攻撃はまだ当てることができていないが、やつの攻撃も私に届いていない。
私の粘りがヤツの想像を越えているからか、少しずつヤツのイラつきが溜まっている気がする。
その目が鬱陶し気に私を見ているのがわかる。
アマツマガツチはゆっくりと身体をくねらせ、身構えるようなポーズを取った。
ただそれだけで、やつに向かって風が今までよりも遥かに強く吹き始めた。
嵐を操る力を利用して、吸引を始めたのだ。
少し力を込めただけでこの風か。その場で踏ん張るので精一杯だ。引き寄せられまいと堪えている時、私の頭に浮かんだのは何故か、あのハンターだった。
あいつなら間違いなくこの風で身体を持ってかれているな。そんな意味のない思考。
戦いに集中していなかったわけではない。だけどそんなことを思い、
水の激流がこの身に迫る瞬間を見た。
この古龍、風で駄目なら水で吹き飛ばす気か。
地面を見失いながら爪を立てて必死に抵抗するも、少し流される勢いを弱めただけで確実に崖に落とされてしまう。
まだ私は戦えるのに。まだ私は何もできていないのに!
「ジンオウガ!」
何故か風と水の音の中に、あのハンターの声が聞こえた。この場に来たのか。最悪だ。こんな姿をあいつに見られるなんて。
だがこの場に来たということは、あのハンターの狙いは古龍か。
アマツマガツチ、せいぜい覚悟しろ。このハンターはしぶといのだからな。こいつが時間を稼いでいる間に、私は再び戻ってくる。その時こそ潰してやる。
そして糞ハンター。あとでお前は私が叩き潰す。だから絶対にコイツに負けるなよ。
地面を見失う寸前に、私はそう吠えて自ら崖下へ向かって跳んだ。
どうせ押し流されるなら、自分から落ちて着地点を見極める。落下で死ぬことなく、意識を失うこともなく、すぐにあの場所に戻れるように。
着地したらその場からすぐに離れないと。激流に流された岩や礫が押し寄せるはずだ。それに呑み込まれたらさらに下まで押し流されてしまう。
もはや水ではなく土砂となって迫る災害から逃れるために私は走った。嵐はまだ山頂に残っている。ヤツが移動する前に勝負をつけにいかなくては。
だが、離れたことで冷静な思考が、生存本能が囁きかける。
私ではあの古龍に敵うはずがない、と。
そんなはずはない、やってみなくてはわからない、とすぐに弱気な自分を否定する。だが先の戦闘で私は何もできなかったのは事実。
あの場にいたハンターとまた共同戦線を張るか? レイアとナルガを相手にしたときのように。
だがその意思がハンターに伝わるか? 私たちは互いの言葉がわからない。それに、あのハンターは戦力となりえるか?
アマツマガツチの纏う風はあらゆるものを吹き飛ばす。人間程度の大きさでは耐えられまい。あの古龍が本気をだせばジンオウガですら風で自由を奪われるのだ。戦力になるとしても、アマツマガツチが遊んでいる間だけ。少しでも追い詰めれば本気を出すだろう。そうすれば人間は風に飛ばされ、文字通り戦力外だ。
……考えたって仕方ない。
引くという選択肢はありえない。力を蓄えたところで、雷光虫は吹き飛ばされる。それなら途中までとは言え戦力になりえるハンターがいる、今が千載一遇の好機だ。
大きくひと鳴きして再びかつての溜まり場目指して登りだす。あの場所を取り返すのだ。あの場所を取り戻し、離れ離れになった皆と再び会うために。
アマツマガツチのブレスを、尾撃を、薙ぎ払いを掻い潜り、懐に飛び込んで斬撃を放つ。アマツマガツチの風で身体の重心を揺らされながらも、確実に優位な立ち回りをしていた。何度か血が舞い散るが、それはすべてアマツマガツチのものだ。
今のところアマツマガツチの一撃を受けることなく戦えている。今の自分はあのジンオウガと戦った時よりも遥かに調子がいい。
このままいけば、勝てる。相手は生物だ。神や悪魔ではない血の通った生き物だ。
アマツマガツチの首に刃を振るう。だが届く前に、龍は高くへと飛びだした。
「逃げる気か……!」
逃げられるのはまずい。
ヤツが移動するだけで、その進路上にあるものはすべて被害を受ける。ここで仕留めなければならない相手だ。
しかし予想に反し、アマツマガツチは逃げるそぶりは見せなかった。鎌首をもたげだす。遠距離からブレスで攻める気か。だがあの水弾にはもう目が慣れた。ヤツが降りてくるまで根競べになるだろう。体力を温存するために動きは最小限でいかなければ。
アマツマガツチの攻撃を予測して身構える。だが襲ってきたのは水弾ではなく、圧縮された水の刃だった。
「っ!」
それは地を斬り裂き、射線上にあったものを全て破壊していく。
攻撃が放たれる前に、反射的に勘頼りで身体を動かして殺傷範囲から逃れることはできた。目視してからではとても間に合わない速度。
「こんなものが続いたら……。か、風が……!?」
突然周囲を吹き荒らす風の勢いがより強くなった。
ともすれば身体が持ちあがりそうなほどに勢いを増していく。いや、これは、持ちあがってしまう。一度足が地面から離れれば瞬く間に上空へ飛ばされてしまう。
咄嗟にしゃがみ剥ぎ取り用ナイフを地面に刺して堪える。
今は動けない。この風が少しでも弱まらない限り。だが……風が弱まるなんて、ありえるのか? この風を操っているのはアマツマガツチだ。ならば風の勢いを増したのも意図的なもののはず。
ヤツに風を弱める理由はない。この風は、こちらの動きを奪うためのもの。
急いで見上げれば、再びアマツマガツチは首をもたげ、先の水の刃を準備しているようだった。
避けなければ水の刃で死ぬ。
避けても風に飛ばされて死ぬ。
希望的観測ではあるが、風に飛ばされても、運がよければ落ちる先で木の枝や葉によって勢いが無くなって生き延びれるかもしれない。水の刃にあたれば間違いなく死は免れない。
だからこの場合、選ぶとすれば水の刃を避けることだ。だが不思議と動いてはダメだと直感した。
そして、水の刃がアマツマガツチから放たれる。
その直前に、雷狼竜が遥か上空にいるアマツマガツチに跳びかかった。
「あいつ……まだ生きて……!」
あのジンオウガは間違いなくさっき崖から落とされた個体だ。そして、4度も顔を合わせたあのジンオウガだ。
ジンオウガは落とされないようにアマツマガツチにしがみ付き、ヒレのような飛膜に噛みついては首を激しく振る。もがく古龍を逃すまいと、噛み千切ってはまた別の飛膜に噛みつき、首を激しく振るう。
振り払うことを諦めたのか、アマツマガツチはジンオウガごと地面に向かって急降下しだした。
そのまま地に直撃する直前、ジンオウガがようやく離れる。
今のは意図的に落ちたのか、それとも……高度を維持できなくなったのか。
ジンオウガは古龍から目を離さない。こちらに一瞥もくれない。
こいつの敵は最初から決まっていたのだろう。初めて会った時から、こいつはずっと嵐の龍を敵として見ていたのだろう。
敵の増加に、アマツマガツチの目の色が変わる。
妖しく光り、胸部からも発光が起きる。黄泉への誘い火のように、不気味な光。
「っ……!」
風がさらに激しく吹き始めた。わかる。とうとうヤツが本気になった。
このままではこの場に留まることすらできなくなってしまう。
「え」
飛ばされないようにナイフで堪える自分の腕を、ジンオウガが咥えた。
突然こちら狙いになるなんて、と思う間もなくそのまま引っ張られ、ナイフから手が離れてしまう。
「なあああああ!?」
何を考えて……!?
咥えられたまま何度も振り回され、肩が外れそうになる。やがて顔面にチクチクとした痛みともふもふとした衝撃が走った。
ジンオウガの背中だ。これ以上振り回されないようにと、帯電毛と呼ばれる毛をがしりと掴む。するとジンオウガはようやく腕から口を離してくれた。
「……」
このジンオウガと自分は敵同士だ。狩るか狩られるか、そんな関係だ。
だが初対面時、互いに様子を窺いながらも、攻撃を始めるのは同時だった。3度目の邂逅では互いに背を預け合った。4度目、あの戦いでは初遭遇時と同じように、同時に攻撃を開始した。
敵対関係だが、きっと考えは似通っているのかもしれない。だからこの動きの意図がわかることができた。
背の上で姿勢を変え、足でジンオウガにしがみ付く。
アマツマガツチが鋭い水の刃を放ち、自分たちを狙い撃つ。
その凶刃、自分だけなら風によって避けることができなかっただろう。だが自分は今、ジンオウガの背にいる。風に殴られながらも強靭な四肢を用いてジンオウガは攻撃を躱し、大きく吠えた。
この竜の言葉なんてわからない。だが、なんとなく感じ取れた。
「ああ、自分もあの古龍は嫌いだ! だから今だけは、一緒に戦ってやるさ!」
前書きは『舞うは嵐、奏でるは災禍の調べ』の文章です。
次回で終わる予定です。