綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね   作:きつね雨

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お姉様、街に繰り出す

 

 

 

 

 宵闇に向かうツェルセンは、想像していた通り、いや以上の美しさだった。

 

 自分が今、酔っ払いなのはフワフワした頭でも分かってる。しかし何故か思考はちゃんと動いてて、周りの風情を楽しむことが出来ていた。

 

 寧ろ、今までは夢の中で、歩く自分は目覚めてるって感じ。

 

 決して元のジルが戻って来たわけじゃない。魔剣としての力も知識も、そして女性としての自覚も帰ってなんて無かった。

 

 多分魔法がほんの少しだけ使えるようになったから、かもしれない。これがタチアナさんやクロエさんが言っていた"魔素感知"と思う。誰が何処にいて、意識の向かう先さえボンヤリと分かるのだ。俺はオタク趣味を齧っていたから、この魔法が如何にとんでもないか理解出来る。だって、あの宿から抜け出すのも酷く簡単だったもの。

 

「綺麗だ」

 

 ランプのボンヤリした光、時に聞こえてくる楽器の奏でる音色、デコボコした石畳と小径、細い用水路に掛かる小さな橋。

 

 赤い屋根に統一された家々は基本白い壁で、偶にパステルカラーで塗られていた。店先に飛び出し掛かる看板は全部が鉄製だろうか。可愛らしくデザインされた絵柄は何の店かちゃんと教えてくれている。

 

 御伽話の中に、絵本の中に入ったと、そんな錯覚を覚える。いや、実際に異世界を歩いているのだから錯覚じゃない。ほら、石畳を歩く音、雑踏の人熱、風の匂い、揺れる胸の重み、首元を擽ぐる髪の感触が事実だって教えてくれた。

 

 楽しい。

 

 初めての街中を歩くのって楽しい。

 

 沢山の人がこっちを見てる。羨ましそうに、恍惚の表情で。

 

 男たちはデヘヘと目尻を下げ、ポカンと視線で追ってるのが分かるんだ。

 

 そんな物欲しそうに見ても、ジルは手に入ったりしないのに。

 

 

 

「お、おい、何だよあの女」

「ああ。とんでもねえ美人だな」

「マントに隠れてても分かる。ありゃエロい」

「胸デケエ」

「チラチラ見える脚、堪らん」

 

「おい、声かけるか?」

「いやどう考えても普通じゃないだろ」

「でも一人だぞ?」

「じゃあお前いけよ」

「無理」

 

「なあアレって」

「だな。間違いない」

「何でツェルセンに? 滅多に来ないだろ」

「依頼、って感じじゃないな」

「帯剣してないからな。しかもスカート姿なんて」

 

「お前初めて見るのか?」

「は、はい」

「まあその間抜けな面なら当たり前か」

「あんな綺麗なひと、実在するんすね……」

「しかも滅茶苦茶に強いからな。世界は理不尽だ」

 

「なんかフラついてる」

「言われてみれば」

「ありゃ酔っ払ってるな」

「珍しい」

「ちくしょう。色っぽさまで加わるなんて反則だろうよ」

 

 

「「「超級冒険者、魔剣のジル」」」

 

 

 

 ああ、楽しい、ホントに。

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

「いいんですかぁ?」

 

「勿論だ! アンタみたいな美人に食べて貰えたらコイツも嬉しいに決まってる!」

 

「えへへ、美人なんて、おじさん口が上手」

 

「ばっ、どう考えてもお世辞じゃないだろ」

 

「ほんとにぃ?」

 

「……その流し目、頼むから若い奴等に見せるなよ」

 

 美人さんってお得だなぁ。

 

 歩いてても道を譲ってくれるし、躓いて転びそうになったらすぐに支えてもらえた。そう言えば、そのとき胸が相手の腕に当たって嬉しそうだったのは忘れてあげよう。他にも道を聞いたら親切に教えるだけじゃく、案内まで着いて来るのは吃驚だ。男の頃にこんな優しくして貰えた経験ないよ。

 

 更に更に、ついさっきは露店のおじさんが串焼きを一本渡された。タダで。

 

 美味しそうな匂いに惹かれてフラフラと近寄ったお店。お金を持って来てないから買えないけど、手際良く料理する姿を見るのも楽しい。そんな風に過ごしてたら、お店のおじさんが声を掛けてくれたのだ。

 

「うまうま」

 

 しかし何の肉なんだろ? 絶対に牛とか豚じゃないし、鶏肉かな。うーむ、微妙に違う気がするけど、それも面白い。異国を旅するってこんな感じなのかなぁ。

 

「んー、飲み物が欲しくなっちゃうな」

 

 濃い味付けなのもあるけど、さっきから喉が渇くんだよ。

 

「これ飲むかい?」

 

「はい?」

 

「ホレ、遠慮は要らないよ」

 

「え、あ、はい」

 

 強引に渡されたのはシュワシュワと泡が立ってるドリンクだ。柑橘系の爽快感とアルコール臭が少し。うむ、美味しそう。

 

「アンタには以前に随分助けて貰ったからね。こんなヨレヨレの婆にも優しくしてくれて感謝してるんだ。ソイツはうちの自慢の品だから美味いよ。さあ飲みな」

 

 腰の曲がったお婆ちゃんは優しそうな笑顔だ。話からしてジルが以前に何か手助けをしたのかな。

 

「えっと、ありがとうございます」

 

 でもごめん。俺じゃお婆ちゃんが誰か分からないんだよ。

 

「ハッハッハ! 相変わらずだねぇ、ジルは!」

 

「あ、美味し」

 

「そりゃ良かった。少し酒精も効いてるけど、今のジルなら丁度だろうさ。しかし珍しいね、アンタが酔っ払うなんて」

 

「えへへ」

 

「……そんな表情をおバカな男共に見せるんじゃないよ、全く」

 

 あー、美味しいなコレ。串焼きの濃さをサッと洗い流してくれる。

 

「ご馳走様でした。凄く美味しかったです」

 

 さり気無く木製のカップと肉の無くなった串を回収してくれるお婆ちゃん。うん、優しい。

 

「はいよ。あと気をつけなよ? さっきから何人か、つけ回してるバカ共が居る。身の危険は……まあジルだから大丈夫だろうけど、肌はガッツリ見られてるんだ。だいたい今夜のアンタは隙が多いんじゃないかい?」

 

 うー、ちょっと食べたら逆にお腹が空いてきちゃった。タチアナさんに言ってお金を貰っておけば良かったなぁ。いや、貰える訳ないか、ははは。

 

「じゃあ行きますねー」

 

「ん? ああ、行ってきな」

 

 何故かマントの前を閉じてくれたお婆ちゃん。異世界だけど、人の優しさは変わらないのだ、うむ。

 

 

 んにゃ?

 

 魔素感知に何か引っ掛かる。

 

 あ。うーん、お宿の方の慌ただしくなってるな。タチアナさんとか早歩きだし、クロエさんは俺が泊まってるお部屋をウロウロ。んー、何かあったのかなぁ? リーゼさん何て全力疾走だ。

 

「フフ、何か知らないけど遠くから応援してますねー」

 

 頑張れー。

 

 ん? いやいや、アレって俺が居なくなったのバレたんじゃない? と言うかそれしか無いじゃん。

 

「も、もしかしてタチアナさんに怒られる?」

 

 こ、怖い。眼鏡をクイってされるのマジで怖い。

 

「に、逃げよう。ほとぼりが冷めるまで!」

 

 殆どの問題は時間が解決してくれるのだ。きっと。

 

「ちょっとジル! そっちの方は良くない地区だよ!」

 

 さっきの優しいお婆ちゃんが何か叫んだ気がする。んー、多分気の所為かな。

 

 お、ちょっと薄暗い路地裏だ。これは隠れ家的なお店があったりするんじゃない?

 

 うー、ワクワクするな。

 

 よし、探検するぞぉ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジルが串焼きを頬張っていた頃ーーーー

 

 

 

「ジル様?」

 

 入室の許可を貰おうと何度か扉を叩いたが、一向に返事がない。今まで無かった反応に、タチアナは何故か不安が湧き上がるのを感じた。

 

 食事の用意が整ったことを報せに来たのだが、直ぐに「どうぞー」と綺麗な声が返って来ると思っていたのだ。予め伝えていたし、彼女の性格から考えて律儀に待っていると。

 

 そう。記憶を失ったジルであっても優しい人柄は変わらず、この様な対応は考えにくい。

 

 先程の入浴に関しても、結局は素直にお世話を受けてくれた。"人を超えた何か"と表現するしかない髪や肌の艶やかさ、恥ずかしがって赤くなる頬も全てが可愛らしい。タチアナからしたら歳上の美しい女性だが、何処か子供っぽい反応に幸せな気持ちになる。

 

「……失礼致します」

 

 そして予感がした。或いは"演算"が働いたのか。無礼を承知で扉を押し開ける。鍵は掛かっていなかった。

 

 やけに静かだ。

 

「ジル様? どちらにいらっしゃいますか?」

 

 不安はますます強くなっていく。弱音を吐かず、素直にツェツエの保護下に入ってくれた。けれど、実は無理をしていたのかもしれない。タチアナは思い出す。アートリスの屋敷でジルが倒れ伏した姿を。

 

 だから、後でお叱りを受けようと叫ぶ。かなり珍しい行動だった。

 

「ジル様!」

 

 扉を開け、ベッドを調べ、全てを探す。

 

 居ない。

 

 バンバルボア帝国の皇女が、力と記憶を失くした魔剣が、ツェツエ王国にとっての大恩人が消えていた。

 

「誰か! リーゼ! クロエ様!」

 

 廊下に出ると我慢出来ずに声を荒げる。エーヴ侯爵家の三女でありリュドミラ王女の教育係でもあるタチアナは、我を忘れてバタバタと走り回った。もしツェイスやリュドミラがその姿を見たら酷く驚いただろう。それ程に狼狽するタチアナの姿など知らないのだから。

 

「タチアナ! どうしたの⁉︎」

 

「クロエ様! ジル様が、ジル様の姿がありません!」

 

「はぁ⁉︎ うそでしょ!」

 

「早く探して下さい! 嫌な予感が!」

 

 数ある才能(タレント)の中の一つ"演算"。その才能が齎す力は多岐に渡るが、その中でも有名なのが未来の予測だ。有象無象のホラ話や夢物語ではなく、事実に基づいた計算により導き出される。しかし、知らない者が聞けば未来予知にしか思えないほどだ。そんなタチアナが言った、嫌な予感と。

 

 だからクロエはすぐに思考を切り替え、紅炎騎士団の団長として動き出す。

 

「……魔素感知に掛からない。どういうこと? 今のジルに隠蔽魔法は使えないはず。まさか本当にここから離れた?」

 

「クロエ様!」

 

「タチアナ、落ち着いて。私は部屋を調べるからリーゼを呼んでくれる?」

 

「は、はい。すぐに」

 

 クロエは足早にジルの部屋に入り、再度魔素感知を放つ。しかしある意味で予想通りに反応はない。だが、結果としては全くの想定外だった。現在のジルは見た目以外ごく普通の女性に過ぎない。魔力強化も使えない以上、一瞬で姿を消すなど不可能なのだ。

 

「私達の監視下から抜けるなんて有り得ない。どうなってるの?」

 

 タチアナに呼び出されたリーゼが走り込んで来て、クロエは指示を出す。

 

「リーゼ。念の為全員に聞き出しを。ジルの姿を見ていないか、報告漏れも想定しなさい。軽く考えているようなら懲罰もありうるとね。それと、エピカを此処に寄越して」

 

「は、はい!」

 

 そして暫く後、エピカを街に放つ。何か有れば直ぐに報せるよう言い付けて。"ルビーみたい"とジルに評された赤い瞳は、タチアナと同様に不安で揺れていた。

 

 

 

 

 

 

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