何にもなれなかった男の話。

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なりぞこない

 時刻は午後十一時。私はひとり、ふらついた足取りで暗い路地を歩いていた。

 今日は仕事上がりに友人と飲み交わしたのだが、つい感情が高ぶって飲みすぎてしまったようだった。

 友人にはそうなるのも無理はないと慰められはしたが、私はこんな自分が嫌でたまらなかった。

 何より、数ヶ月前に行方不明になった妹の安否がわからないまま、ただ日常を送るしかない自分を許せなかった。

 酒に逃げる自分も……。

 

 

 電柱の脇に盛大に胃の内容物を吐き出し、喉の奥がヒューヒューと鳴っている。涙が滲み、鼻の奥がツンとする感覚があるが、それを無理矢理引っ込ませようとして更にぐちゃぐちゃになってしまった。

 

 

「ちくしょう……」

 

 

 吐き捨てる言葉は、ほとんど音にならずにかき消えた。

 

 

 以前妹の友人を当たったところ、いなくなる前に「誰かにつけられている気がする」と言っていたらしい。

 私にはそんな素振りを見せずにいつも気丈に振る舞っていた。そんなに頼りなかっただろうか、私は。

 

 

『バカ兄貴! ほんっとーに使えないんだから!』

 

 

『家で仕事すんな! さっさと寝ろ!』

 

 

『うるせーし。別に心配なんかしてない!』

 

 

 違う。妹は私を気遣っていただけだ。口が悪いから誤解されがちだが、不器用で優しい子だった。

 すぐ自暴自棄になりそうになる自分に苛立ちが募る。

 

 

 妹は不器用ではあるが、誰にも何も言わずにいなくなるなんてことをするような子ではないと私は確信している。家出をするとしたなら、大暴れして堂々と真正面から去っていくだろう。

 おそらくだが、つけていたという相手が妹をさらったのではないだろうか。その考えにたどり着き手がかりを探したが、碌な情報は得られずに歯がゆい思いをした。

 

 

 ただ調べた中でひとつだけ、気になることがある。この街は、長年に渡って行方不明者数が全国一位らしい。

 ずっと前から、この街で何かが起きていることに気付き始めてしまった。得体の知れない何かが、この街に住み着いている。

 クソッ……誰だよ……何が起きてんだよ……。どうやらそんな愚痴が漏れてしまっていたらしい。

 

 

「知りたいか?」

 

 

 突如介入してきた聞きなれない声。思わず身体が強張る。

 その冷ややかな声に恐る恐る顔を上げると、改造された学生服のような物を着た若い青年がじっとこちらを見つめていた。

 値踏みするような、見下すような目つきに思わず嫌悪感を覚える。

 

 

「数日おまえを観察していた。その執念深さ、鬱屈した精神。もしかしたら正解かもしれないなあ」

 

 

「な、何だお前。まさかお前が妹を……」

 

 

「馬鹿言うんじゃあない。おまえの妹など知らん」

 

 

「なら、知りたいかって、何なんだよ」

 

 

「この街で起きている事が知りたいんだろう? その答えならひとつ、俺が持っているからな」

 

 

 そう言うと、青年は暗がりから何かを取り出した。弓……矢……? なんとも場違いなおもちゃにしか見えない。困惑していた脳が瞬時に熱を帯び始める。どうやらバカにされているらしい。

 

 

「運が良ければお前は能力を得る。その妹やらも救えるかもしれない、な」

 

 

「フッフフ……あ〜あれか、あんた、酔っぱらいをからかって遊んでるだけか。何が能力だ! ふざけやがって!」

 

 

 勢いよく立ち上がり、青年を殴り抜ける……はずだったが、思うようにはいかずそのまま地面に倒れ込んでしまった。

 倒れ込んだ私の腹に容赦なく蹴りが入る。先程すべて吐いたのに胃液が流れ出てきて、口の中に苦味が広がった。

 

 

「チッ、やかましいやつだ。話は最後まで聞きやがれマヌケが」

 

 

 忌々しく思いながらも動くことができず、それから青年が語る奇妙な話に、大人しく耳を傾けるしかなかった。

 

 

 青年が語った内容はこうだ。

 曰く、その矢は特殊能力を目覚めさせる不思議な力を持っていること。

 曰く、増え続ける行方不明者は、その特殊能力を持った人間の仕業かもしれないこと。

 ……曰く、彼は彼の父親のために、どうしても特殊能力が必要だということ。

 私が、その素養があるかもしれないということ。

 

 

「信じられない……」

 

 

「別に信じなくてもかまわん。おまえにこの矢を刺すという決定は変わりない。おまえが嫌がろうが俺の知ったことではない」

 

 

「横暴だな……。なあ、その能力ってやつで、妹を助けられるのか……?」

 

 

「知らん。そんなものはおまえ次第だ」

 

 

 どんな能力になるかはその人間次第らしい。それでも、少しでも妹を助けられるかもしれないなら……。こんな話を信じるなんて、酔いが回りすぎたのかもしれない。だけど、願ってもない降ってきた糸。私はそれに縋るしかない。そうしなければならないと強く突き動かされた。

 

 

「わかった。ひと思いに刺してくれ」

 

 

 私が覚悟を決めると、青年はひとつため息を吐きながらゆっくりと矢を構えた。

 

 

 

「死にたくなけりゃ、耐えてみせろ」

 

 

 

 グチャリ。心臓を一突き、肉が潰れ裂け貫かれる異音と、激痛が全身を駆け巡った。

 刺されたのは胸だったが、全身の血管が沸騰しているような異常な痛みにもだえ苦しむ。

 

 

「ーーーーッ!! ァ゛ーーーーッッ、ーー!!」

 

 

 自分が叫んでいるのかもわからないほどの錯乱。意識があることが辛い、感覚があることが辛い、死ねない事が辛い、早く殺してくれと何度も叫んだ気がした。

 妹の名前を何度も叫んだ。助けようとしているはずの相手に何度も何度も助けを求めた。

 それを自嘲する暇さえ与えられない痛み。とにかくこの苦しみから解放されたかった。

 

 

 何時間経ったか。痛みが引き全身が冷たくなっていること以外何も感じられなくなり、意識も失いかけていた時、朧気に聞こえた言葉があった。

 

 

「……また失敗か、クソが。おめえみたいな役立たず、選ばなければよかったぜ」

 

 

 その心底悔しそうなその声が、言葉が、妹に似ているなあとのんきに考えてしまい、心の中で少し笑った。私は死ぬのだろうが、なぜだかこの青年を憎む気にはなれなかったのだ。

 私は結局何もできないまま、何もかも真っ黒に塗りつぶされた。

 

 

 今日もひとりの人間がこの街から消息を絶つ。

 いつかこの謎が解決する日が来るのだろうか。スーパーヒーローでも名探偵でもいい。その時はどうか妹と、かの青年のこともついでに救ってやってくれと、そう願っていたと。

 少し先の未来で、ピンク色のワンピースを着た女性が、小柄な少年と細身の青年に語ったという。


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