魔王やってましたけど勇者に負けて転生しました ~FFランク冒険者候補からの成り上がってやる~   作:ほりぃー

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魔王とマオと知の勇者

 馬車が進む。

 

 あたしたちはあれから引き返してきたイオスの馬車に乗って港町へ向かっていた。あれだけボロボロになっていて幌も破けているんだけど御者さんが応急手当したみたい。

 

 気づかなかったけど、御者の人は精悍な顔つきのお兄さん。ただ寡黙で全然喋らない。

 

 からから、音がする。馬車の揺れが心地いい、あたしは荷台の後ろの方にいて景色を見ている。ふぁーあ。眠い。あたしは目元をこすりつつ、あくびをする。

 

 後ろを見るとニナレイア、あ、ニーナが船をこいでいる。膝を抱えて座ったままこっくりこっくりと動いてる。

 

 ミラはイオスとなにか話しているみたいだ。

 

 それにしてもよく生き残れたなぁ、まあ、運が良かったとは正直思う。あいつがあたしたちを舐めてくれていたからかろうじて勝てただけだね。なんかまだ奥の手がありそうだったし。……魔族にはそういうのがある。

 

 あたしも眠いや。膝を抱えて、目を閉じる。あ、気持ちいい。

 がたがた、あぐ。馬車の揺れで顎を膝で打った。いてて。あたしが顎を撫でているとイオスが言った。

 

「マオさん」

「ん」

 

 どうしてもイオスに対してあたしはそんな態度をとってしまう。この黙っていれば美少年はくすくすしながらあたしに続けた。

 

「魔銃がさっそく役に立ったようですね」

「そうね。うん。これがなかったらやばかった」

 

 あたしは傍らのケースを撫でる。中には魔銃が入っている。確かにこの武器がなかったらクリスには対抗できなかったと思う。そう思っていると、ミラがあたしを少しふくれっつらで見てる。

 

「私も心配したんだよ? いきなりあの魔族にとびかかっていくから」

「ごめんごめん、正直何にも考えてなかったよ」

 

 やばいって、思ったからとびかかった。今思い返してもすごいことをしたと思う。

 

「無茶しすぎだよ」

 

 ずいとミラがあたしに近づいてくる。圧が、あるなぁ。ごめんって。あたしが正直に謝るとミラは少し笑って言う。

 

「でも、マオはその武器の扱いがすごくうまいね。ゴブリンを仕留めた時は驚いたよ」

「そういえば、そうだったね」

 

 イオスがあたしを見ていることが気になった。そういえばこいつこの魔銃でなんか企んでいるって自白していた。イオスをあたしが見返すと、この緑の髪の男はゆっくりと笑みを作った。

 

「マオさんは射撃の才能があると思いますよ」

「そうかな」

 

 射撃……へえそんなふうに言うんだ。

 

 魔銃の狙いのつけ方が魔王として使っていた魔術とかの狙いのつけ方と似ている気がした。慣れているのかもしれない。といっても、この武器があってもあたし一人じゃ勝てなかったけど。

 

「まあ、クリスにかてたのはニーナのおかげだよ」

「ニーナ?」

 

 ミラが首を傾げた、

 

「ほら、こいつニナレイアだから、ニーナ」

「ニーナ……、ニーナ」

「んん」

 

 あ、ニーナが起きた。

 

「おはようニーナ」

 

 ミラが言う。ニーナは目をぱちくりさせて、あたしを睨んできた。

 

「み、ミラスティア殿。その、ニーナというのは」

「ミラ」

「は?」

「その、どのって私は、あの苦手かな」

 

 お、珍しくミラが主張している。

 

「そ、そうですかではミラスティアさんでは」

「ミラ」

「ええ……?」

 

 ニーナが困惑している。ミラって相手に好意をもつと結構ずいずいくるから、なかなか困惑するのよねぇ。

 

「そ、その考えさせてください」

 

 ニーナがうつむいている。顔が少し赤いね。こいつ、こういうのはあんまり慣れてないんだと思う。

 

「マオ!」

 

 あたしには強気だ。睨みつけてきたし。

 

「なに?」

「お前が変なあだ名をつけるからだ!」

「いいじゃん、ニーナ」

「…………」

 

 ニーナが顔を赤くしている。悔しそう。

 

「ニーナ」

 

 そこにイオスがいった。ニーナは後ろを向いて。

 

「やめてください」

 

 真顔で言った。

 

 

 開けた草原に出た。

 

 風が背の低い草を揺らしている。さあぁと風の音がする気がした。あたしは髪を抑えながら思うのは、ここに何となく見覚えがある気がする。

 

 草原はところどころ断層やくぼみがある。そこも草に覆われているんだけど、何か不思議。

 

「このあたりは昔魔王と勇者たちが戦った古戦場だよ」

 

 イオスが言う。あ、ああー。あたしはぽんと手を叩いた、ここ来たことがある。昔は荒野だったんだと思うけど、あー懐かしい。

 

 そうだ。ここであの勇者たちと何度も戦ったんだ。もうずっと昔のことだけど、あたしは覚えている。もちろんミラにもニーナにも言わないけどね。

 

「ほら見てごらん。あそこのくぼみを。あれは魔王が放った強大な魔力でできたといわれているんだよ」

「……なるほど」

 

 ニーナ。あんたなるほどとか言っているけどさ、

 

「やはり魔王とは野蛮な存在だったのですね」

 

 違うから!!!

 

 あのくぼみはあたしが力の勇者に殴られそうになって必死に避けた時にあんたの先祖があけた穴だから!!

 

「魔王か……」

 

 ちーがーうー! あたしは無罪。やってない!!

 

「そしてあそこの断層を見てごらん。あれは勇者たちを倒そうと魔王が切り裂いた後だね」

「……すごい斬撃ですね」

 

 ミラ! それもあんたの先祖がやったの。そりゃあすごい斬撃だよ! 聖剣であたしを殺しにかかってきたんだから。あーあーあー。反論できないのがもどかしいぃ。そもそもやられそうになったのはあたしだし。

 

「なんで頭を抱えているのマオ?」

「ミラ、あのさ。ううん、なんでもない」

「…………!」

 

 ミラは少しほっぺ他を膨らませてから、あたしの肩を持った。

 

「言ってよー」

 

 うわ揺らさないで。……なんか話題、話題! 話反らさないと……えっと、その。そうだ!

 

「あ、あのさ、知の勇者の子孫って学園にいるの?」

「え?」

 

 ミラが止まった、すごく困ったような顔をしている。

 

「いるよ、でも……マオには、合わないかも」

「そ、そうなんだ」

 

 正直「知の勇者」なんてどうでもいい。ただ話をそらしたかっただけ。

 

「それにしてもミラ……スティア……さんはマオと仲がいいですね」

 

 ニーナ。もう正直になればいいのに。

 

「友達だから」

「そうですか」

 

 普通にそういうことを言われると、ふつーに恥ずかしいんだけど。でも、そうだね。ここって剣の勇者と初めて戦ったところだった気がする。そこでミラに「友達」っていわれるのは、まあ、うん。いいんじゃないかな。

 

 あたしはなんか恥ずかしくなったのでそっぽを向いた。

 

 草原は先まで続いている。しばらく眺めていると、地平の向こうがなだらかに坂になっていて、その先に蒼く輝く何かが見える。

 

 ずっと向こうにある白い雲。その下に広がるきらきらと光るそれは海だ。

 

「あっ!」

 

 なんとなく口にだしてしまった。草原の先に青い海が広がる。太陽に照らされた世界にあたしは目を輝かせてしまった。

 

 ニーナとミラも体を乗り出して感嘆の声をあげながら、あたしの横で見ている。

 

「あれは入江だね。港町のバラスティはまだもう少し先だね」

 

 後ろからイオスの声がする。

 

「あと数刻で着くと思うけど、ついたらまずはどうしようか?」

 

 ぐう、おなかが鳴った。あたしじゃない。

 

「マオ」

 

 ニーナが顔を少し赤くしながらあたしを呼んだ。……! こ、こいつ! あたしに擦り付けようとしている。

 

「あれ? マオ、おなか減った?」

 

 ミラも聞いて来るし。あのさ、今のは……まあいいよ。うん。

 

「それじゃあマオさん。何が食べたいんだい?」

 

 イオスはあたしに聞いてくるけど、こいつはたぶん犯人はわかってる。……何が食べたいって? そうだなぁ。

 

「……ピザかな」

 

 あたしは言った。それから馬車の前方を見ると晴天に輝く港町がある。どこからか、鳥の声がした気がする

 

 

 港町バラスティ。小さな港町ってことだけどあたしにとっては、今生初めての海に港町だからすごく新鮮だった。馬車を街のギルドに留めて、あたし達4人はまずはあたしの要望をかなえる場所にむかった。

 

 往来を人が大勢あるいてる。石畳を歩くたびにあたしのブーツがかつかつなる。少し楽しい。空をみるとなんか見たことのない鳥が飛んでいる。

 

 あたしたちは海沿いにあるお店にやってきた。小さな小屋とその周りに大きな傘がいくつか並んでいてその下に丸い机がある。結構お客さんがいる。

 

「あれはパラソルだよ」

 

 とミラに言われたけど、ぱらそる、ふーんそんな名前なんだ。

 

 ここからなら海が見える。港には多くの船が停泊している。ん? なんか帆のない黒くて大きな船があるけどあれなんだろ、まあいいか。

 

 あたしたちは席をとって、イオスがなんか適当に注文してくれた。

 

 しばらくすると店員が大きなピザを持ってきた。正直言うけど、楽しみだった。ってなんだこれ。上に赤いなんか丸いのとか白い丸いのがのってる! え? なにこれ、ふにふにしてる。

 

「おい、何をしている」

「いや、ニーナ。これ何?」

「だからニーナと言うな。……エビとイカだろう」

「えび……何それ」

 

 ミラがピザを切り分けてる。ナイフでやっているんだけど、すごいキレイにやるんだ。

 

「はいマオ、あーん」

 

 いや、なんであんたあたしにそんなんするの。あたしは仕方なく口を開けて。かぶり。えびってやつを噛むとじゅうって味が広がった。

 

「……!!」

 

 もぐもぐもぐ。

 んんん。

 

「随分おいしそうにたべるな」

 

 ほっとけ。ミラもなんだかうれしそうだけど、まるで子供扱いじゃない。

 

「これをつけてみたらいい。結構おいしいぞ」

 

 ニーナはミラの手に残ったピザに机に置いてあった小さな容器を傾ける。赤い水滴? みたいなのがついている。なにそれ。でもいいんだ、あたしはわかってるさ、おいしんでしょ?

 

「はい、マオ」

 

 ミラ。あーんはいいから、ってもうかぶり。もぐもぐ。

 

 あああああああああああああああああああああああああああああ

 かぁらぁあぁいあいいぃい

 

 ひぃーひぃいーー。あたしは舌を出したまま、涙が出てきた。

 

 

  それは遠い昔の話だった。

 

 一族から擁立され「魔王」として立った少女の初陣。魔族と人間の枠を超えて圧倒的な魔力を誇ったその少女は、人間の王の軍隊を魔術のもとに圧殺した。

 

 無数の死骸が横たわる荒野を背に少女は立つ。

 

 長い髪と真っ黒な魔力を湛え、その表情は冷たい。何も感じていないのか、何も感じないようにしているのか、彼女は一言も発さなかった。

 

 魔族は劣勢に立たされた中で擁立された魔王、それが彼女だった。最初から道など一つしかなかった。

 

 その魔王の前に立った男は美しい剣を持っていた。青い雷を纏ったその聖剣を持つ男は未来に「剣の勇者」として名を馳せることになる。そしてその後ろに輝く手甲をつけた男、そして赤い魔石をはめ込んだ聖杖を持つ女性。

 

 彼らの後ろには無数の魔族の死骸がある。

 

 魔王は人間の死骸を背に、勇者は魔族の死骸を背に対峙する。

 

 

 はっ!

 なんか辛すぎて昔のことを思い出してた、やばっ。死ぬかと思った。

 

「ほ、ほらマオ、お水」

 

 ミラありがとうぉ、ごくごくごくごくごく。ぷは、うーまだ舌になんか違和感がある。あたしはニーナを睨んだ、ニーナはうっとたじろいだ。

 

「何をかけたの! すごい辛いんだけど!!」

「た、タバスコ」

「たばすこぉ? 何それ! ニーナも食べてみてよ」

 

 あたしは立ち上がってニーナの手に合った「タバスコ」の小瓶を分捕って、ピザのひときれにかける。もったいないので端っこの方。

 

「ほら!」

「う、うむ」

 

 くるしめぇ! 人間めぇ! 

 

 あたしは呪詛を持ってピザをニーナの口にもっていく。あーんみたいになったけど、気にしてらんない! ニーナはぱくっと食べて、もぐもぐと口を動かす。えびをちゃんと食べてる。

 

「お、おいしい」

「………………」

 

 ぐぐぐぐぐぐぐぐ。こんな辛い物を食べることができるなんておかしいよ。

 

 あたしは無駄に悔しくて、椅子に座った。ひぃーまだ、舌が痛い。

 

「マオって辛い物だめなんだね」

 

 ミラがいつの間にかお水を新しくもってきてくれた。透明なガラスに青いお花の絵が描かれたコップ。あたしはお礼を言って受け取る。ごくごくごく。

 

「だめっていうか、こんなの初めて食べたし」

 

 村で食べるものっていえば固いパンとか、野菜のスープくらいだったから……。いや、おいしいよ? お母さんが作ってくれたんだから。

 

 あたしはピザを一切れ手で持ってガブリと喰いつく。

 

「んん」

 

 やばい、顔がにやける。こんなんじゃあたしの威厳が保てないじゃん。あたしはうつむきながら食べる。

 

「まあ、悪かった。謝る」

 

 ニーナがあたしに謝ってきたのとを横目で見る。毒殺かと思ったよ。まあ、許してあげよう。

 

「君たちは面白いなぁ」

 

 今まで黙っていた腹黒ギルドマスターのイオスが手を叩きながら言った。面白いっていうのはたぶんあたしがのたうちまわるところが面白いって言っていると思う。さいあく。

 

「それにしてもギルドマスターはなんの用事があったんですか?」

 

 ニーナがイオスに言う。

 

「うん。野暮用だよ。これからやっていく必要のあることを見に来たのさ。……まあ、道中『暁の夜明け』に襲われるとは思わなかったけどね」

「暁の夜明け……」

 

 ニーナとミラが深刻そうな顔をしている。それはクリスのことだろう、まあ当たり前か。でも『暁の夜明け』というのはたしか魔族の魔王復活を求めている集団……いやよく考えたらクリスにしかあったことないや。

 

「それにしてもミラ…………さんとマオはなぜあんな危険な奴に襲われたんだ。まあ、マオが何かやったとしか思えないが」

 

 ニーナの決めつけにあたしは「こいつ……」思う。ミラ説明してやって。

 

「すでにギルドには報告したんだけど……マオの村の周辺のモンスター討伐依頼を受けた時に戦闘になったの……その時に彼女の操っていた黒い狼をマオと一緒に倒したから、かな?」

 

 そうだね。それ以上言えることはないね。それにしてもちゃんとそこまで報告してたんだねミラ。

 

「そう、ギルドマスターである僕にも報告を聞いたよ。『暁の夜明け』はいくつかの事件を起こしている危険な魔族の集団だ。今回は一人だけの襲撃だったから撃退できたという幸運はあったと思うよ」

 

 イオスのいう「危険な魔族の集団」という言い回しにあたしは少し思うところがある。ここ15年あたしは人間として生きてきたから、言っていることはわかる。

 

「やはり魔族は危険だな」

 

 でもニーナのその言葉にあたしは反応してしまった。

 

「ニーナ」

「なんだマオ」

「その……魔族にもなんか、こう事情があったんじゃないの?」

「前も魔王の話の時もそんなことを言っていたな、しかし、どういおうと魔族は私たちの先祖が打ち払うまで数々の暴虐を行ったやつらだ。……それはつい先ほど襲われたことからもあきらかだろう」

 

 暴虐……。それは……。

 

「でも、人間の勇者も魔族を殺したじゃん」

「…………貴様っ!!」

 

 ばんっとニーナがテーブルをたたいて立ち上がった。あたしたちだけじゃなて周りのお客さんもしんとなる。

 

 ニーナはあたしを睨む。純粋な怒りの表情だ。ただ、すぐにはっとしてあたしから目を離した。あたしは正直それでほっとした。ただ、横を向いたままニーナの口から出た言葉にあたしはまた反応してしまった。

 

「滅多なことを言うな……そもそも剣、力、知の三勇者と言われる私たちの先祖は魔族の理不尽な侵攻に対抗するために戦ったんだ。魔族はただ欲望のままに略奪や虐殺を行った……殺されても、いや死んでも当然だ」

 

 死んで当然?

 

 今度はあたしが立っていた、あんまり考えなかった。ニーナは驚いたみたいだ。

 

「戦争が始まったのは人間が攻めてきたんだ!」

「なっ?」

「それにあの勇者と言われているやつらなら、きっとそんなこと言ったりしない!」

 

 ニーナはあっけにとられた顔をしている。

 

 あ、やば。あたしは正気に戻った。でも、ニーナは反論してきた。

 

「人間が魔族を攻めただと? そんなことどこの誰が言っている、魔王戦争と言われる戦乱は魔族の卑劣な奇襲から始まったんだ」

 

 奇襲? あたしは参加してないけど人間の王都への侵攻のことかな。それは人間の魔族の村への襲撃の反撃で行ったとあたしは聞いてる。たしかに、人間との戦争が決定的になったのは当時の魔族の王都への襲撃だ。あたしも知っている。

 

 魔王戦争、って言われているんだ。王都の魔族の強襲は成功し、当時の人間の都は灰燼になった。

 

「そもそも、それまでも魔族は人間に仇なしてきた連中だ。モンスターを使役する力を持った危険な連中なんだ! 戦争の前から人間に敵対的な行動を行っていた」

「人間も魔族の拉致をしてた、魔力の高いものや見た目のいいからって奴隷にしてたんだ」

「妄想を語るのをやめろ!」

 

 

 妄想。

 

 そう、あたしの記憶何て所詮妄想と変わらないんだ。そう考えると、途端に悲しくなってきた。ここで証明する手立てなんてないし。くそぉ……いうことがないや。

 

 あたしはなんとなく、ミラを見た。銀髪の剣の勇者の子孫を見た。彼女は困惑したように目を泳がせてから、あたしからそらした。

 

 そのしぐさに少しだけ、少しだけあたしは悲しくなった。でも、それはミラのせいじゃない。それはわかってる。

 

 …………頭をひやそう。ここでニーナに当たってもだめだ。

 

「…………少し、散歩してくるよ」

 

 あたしは魔銃のケースをひっつかんで、その場から離れようとした。ミラがあわてて立ち上がってくる。

 

「わ、私も行くよ」

 

 ミラの声に。

 

「来なくていいよ」

 

 反射的に突き放してしまった。1人になりたかっただけなのに、冷たすぎたかもしれない。ミラは「あ……」と言っただけで、

 

「わかった……」

 

 肩を落として座り込んだ。

 

 それを見て、あたしは逃げるようにその場を離れようとする。

 

 その時一度振り向くと、イオスがあたしをただ見ていた。いつもの微笑もない、ただ見ている、いや観察しているような顔。あたしはそれも嫌で背を向けた。

 

 

「ああぁあー」

 

 頭を抱えた。さっきのあたしはなんであんなことをしたんだろ。

 

 波の音がする。

 

 ここは浜辺。白い砂浜にあたしは一人で立ってる。さらさらした砂の上は歩きにくい。

 

 あたしは久々に見る大きな海を前にはあぁ、とため息をついた。きらきら光る海の向こうに太陽が落ちていく。赤い光がだんだんと世界を満たしていく。

 

 あたしは波打ち際まで歩いていく。波はずっと絶え間なく押し寄せては引いていく、白い泡を残して。それをずっと繰り返している。

 

「変わってないなぁ」

 

 あたしの最も古い記憶にある海となんにも変わってないと思う。あたしには「記憶」がある、だから子供のころ苦労したし、人間の生活になじむのも時間がかかった。

 

 あたしには魔王として立った記憶がある。

 あたしには15年人間として生きてきた記憶がある。

 

 ……そういえばあたしが魔王として剣の勇者に倒されたのもあんまり変わらない歳だった気がする、そういえばいくつだったかな。あんまり魔族は歳を考えないから、よくわからないけど。

 

 あたしはブーツと靴下を脱ぎ棄てて、そこら辺に放り出す。

 

 海の中へ足首くらいの場所まで入っていく。つめたい。あたしの足元を波が洗う。

 

 ニーナのいうことは人間としては正しい。 

 

 ミラのあの反応は……たぶんあたしにもニーナにも同意したくない、いや喧嘩してほしくなかったんだと思う。笑っちゃうね。少ししか一緒にいないのにもうなんとなく気持ちがわかるんだからさ。

 

 遠くに船が見える。何をしているんだろ。人間のあたしにもわからない。というか知らない。あたしはすうと息を吸う。沈んでいく太陽に対して叫んだ。

 

「わぁああああ!!!」

 

 なんの言葉でもない。今のあたしには何にも言葉にできない。ただ広い海にあたしの声は溶けていった。

 ただ、少しすっきりした。

 

「よし」

 

 戻ろ、ミラには謝る。よし。うん、それがいいや。くよくよしたって仕方がない。

 

 

 やばっい。どこにいるんだろ。よく考えたらどこに行くのか聞いてなかった。

 

「もしかして船に乗ってたりするんじゃ」

 

 さあぁとあたしは青くなった。先に行っちゃったとかならもうどうすればいいのかあたしにはわからない。村に帰るなんて恥ずかしすぎて嫌だ。

 

 空が暗くなっていく。星が出てきて、三日月が出ている。街には篝火がたかれて、人通りは多い。水夫、っていうんだろうか日に焼けた精悍な男が多い気がする。

 

「どうしよ」

 

 あたしは不安をそのまま口にした。さっき言ったピザの店に行ってみても当たり前だけど誰もいない。

 

「そうだ! ギルドに行ってみよう」

 

 ミラとニーナがいなくてももしかしたらイオスがいるかもしれない。

 

 最悪、ギルドの人に何か聞けるかもしれない。馬車を置いた時に一度見たから、なんとなく道はわかる。

 

 石畳を走る。

 

「はあはあ」

 

 息が切れる。魔銃が結構重い。

 

「あ、あった、ひいひい」

 

 ギルドの看板があった。傍に馬車の置き場がある。イオスがいたギルドよりは大きめの建物だ、あたしはドアを開けるとカランカランと備え付けてあった鈴が鳴った。

 

 中には数人の冒険者らしき人がいた。らしきっていうか、背中に剣を背負っていたり、杖を持っていたりする。そいつらは何故かあたしをじろりと見て、それからすぐに目を背けた。

 

 受付に行くと男性の係員がいた。シャツと黒い袖のないジャケット。

 

「あのー、聞いていいですか?」

「ん? ああ、何だい」

「ここにイオスって人いますか?」

「イオス……、いや。ああ、バーティアのギルドマスターか」

 

 バーティアっていうのはあたしの来た街のこと。

 

「帰ってきてはいないよ、何か用かい? よければ伝言しておくよ」

「そっか。じゃあ、あたしマオっていうんだけど、来たことだけ伝えておいてよ」

 

 いないかぁ。仕方ないや。あたしは受付を離れようとして、横を向いた。

 

 そこには女の子がいた。うっすらと微笑を湛えた、紫がかった透明感のある長い髪。白い肌が雪みたいで一瞬目を奪われた。女のあたしが言うのは変かもだけど、美少女だ。

 

 そして引きこまれるルビーみたいな赤い瞳。髪の間から見える耳が少し尖っているようにみえる。

 

 あ、リボンに黒い上着。これはあたしと同じフェリックスとかいうところの制服だ。

 

「少しよろしいかしら?」

「え、うん、なに」

「さっきあなたがお仲間と口論をなさっていた時にたまたまわたくしも通りがかりまして、ご意見を拝聴したのですが、魔族にも何らかの事情があると?」

 

 ああ、そんなことか。

 

「そうだね。そう思うよ、詳しくはわかんないけど」

 

 わからないことにしておこう。あたしはそれだけ言って「あたし人を探しているから」と離れようとした、正直今はその話題をしたくない。

 

 足を引っかけられた。うわ、うわわ。イッタ、いたた。

 

「な、なにするのさ!」

 

 倒れこんだまま見上げるとその少女は冷たい目であたしを見下ろしている。両手を腰に当ててから、わざとらしい笑顔を作った。

 

「わたくしの名前はソフィア・フォン・ドルシネオーズ。貴方と一緒におられた、ミラスティア・フォン・アイスバーグとは友人ですの」

 

 ドルシネオーズ? 

 

「魔族なんてものは全て死するべきと、そう思いませんか? えっと、マオさん、でしたかしら」

 

 このソフィアという少女は知らないけど、こいつの先祖は知ってる。

 

「あんた……知の勇者の子孫?」

 

 あたしがそういうとソフィアはあたしをその赤い目で見た。軽蔑のこもった目だった。

 

 ――「いるよ、でも……マオには、合わないかも」

 

 不意に知の勇者を聞いた時のミラの声が蘇った。

 

 

 

 

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