魔王やってましたけど勇者に負けて転生しました ~FFランク冒険者候補からの成り上がってやる~   作:ほりぃー

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夕焼けに青い竜は降臨す

 

 

 

 あー、おなかいっぱい。

 おなかをぽんぽんとたたく。ごはんを食べた後ってさ、なんか幸せな感じがする。

 

 あたしとミラとニーナは特にやることがないから船の中をなんとなく散歩していた。この魔鉱石で動いている船はあたしとっても初めてだったから結構新鮮。

 

 お客さんは結構いるみたい。あたしたちみたいな制服を着ている人も数人見かけた。たまにミラに挨拶をしてくるのもいたから、やっぱり剣の勇者の末裔って有名なんだなぁ。

 

「おい」

 

 力の勇者様の末裔があたしに話しかけてきた。なに? 

 

「よく考えたらさっきギルドマスターに会ったときに冒険者カードについて相談するべきだった。失念していた」

「あ」

 

 そうだ! 忘れてた。ソフィアにひっどいことされてから……ごはんが美味しくて頭から消えてた。そ、それにしても冒険者カードってもう一枚もらえるんだろうか。

 ニーナも言ってくれれば…………もしかしてあたしと同じでごはんのことで頭がいっぱいだった……? ま、まあいいや。

 

「そ、そうだ。あの緑頭を探そう! あたし行ってくる」

「あ、待ってマオ」

 

 ミラが肩をつかんでくる。

 

「手分けして探した方がいいよ。マオと私、それにニーナで」

「え? な、なんで?」

 

 探してもらって悪いけどそれなら3人別れた方がよくない?

訳が分からずあたしがニーナを見ると、なんか頷いている。

 

「マオは一人にはならない方がいい。流石に船の上で何かしてくることはないだろうが、お前と喧嘩した『知の勇者の末裔』も船に乗っているのを見た。その点、ミラ………………さんと一緒ならなお安心だ」

「げ」

 

 いるんだ、確かに鉢合わせはしたくないかな……。というかニーナも往生際が悪いなぁ。ミラっていえばいいのに。ミラのほっぺたが少し膨れているように見えるんだけど。

 

「ごほん、と、とにかく、2手に分かれて探そう」

「おー」

 

 あたしが「おー」と言って手をあげると、ミラが少し恥ずかし気に「お、おー」と小さく右手をあげた。

 

 

 船の中を回る。

 あの緑頭どこに行ったんだろう。食堂にもどってみたり、甲板に出てみたりしたけど、全然いない。もしかして部屋にいるのかと思ったけど、よく考えたら部屋を知らない。

 

「ギルドマスターいないね」

 

 ミラがふうと息を吐いた。いないね。ミラは腰に鞘に納めた聖剣を帯びてる。意外と目立つ。

 

「ニーナは見つかったかな」

 

 ミラが言うけどどうかな。あたしとミラは歩きながら探すけど、あの目立つ頭は見当たらない。いらない時は出てくるのに、探したら全然見つからないし……あれ。

 

「ミラ。あそこ」

 

 あたしが指さした先に地下に降りる階段があった。上には「機関室」と書いている。

 

「だ、だめだよ。ああいうところは船員さんしか入っちゃダメだから」

「でももう、あそこくらいしか探してないし」

 

 あたしは階段を降りる。後ろを振り向くと、おどおどしたミラがいる。

 

「大丈夫だよミラはここにいて、あたしもちょっと見てくるだけだから。怒られてもまあ、うん。悪いことしに行くわけじゃないしね」

 

 そういったら銀髪のこの勇者様の末裔はすごい迷ったような顔をして。

 

「い、いくよ」

 

 と階段を降りてきた。無理しなくていいのに。

 

 

 暑い。

 それになんかゴウンゴウン音が聞こえる。「機関室」の中は広かった。階段を降りていくと魔鉱石のライトが紫に光っている。これ結構高そう。

 

「だ、大丈夫かな」

 

 ミラはあたしの裾を掴んでおっかなびっくりついてくる。

 

「大丈夫だって」

 

 中は2階建て構造になっている。吹き抜けになってて、上の階は手すりのついた通路くらいしかない。そこから見下ろすと下に大きな「炉」かな? 円形の機械が並んでる。作業している人が数人いた。

 

 ていうか、2階の手すりにもたれかかってそれを見物しているイオスもいた。

 

「あ、見つけた!」

「ん? ああ。どうしたんだいマオさん。僕に用事かい?」

 

 ミラとあたしは少しほっとしてイオスに事情を話した。するとイオスはなんてことないように答えた。

 

「ああ、そのことか、すでに手配しているよ」

「え?」

「君が紛失したことについては僕のギルド支部から書類を王都に送るから、それが終わってから届けてくれるよ」

「手が早い……いや、紛失っていうか」

「紛失。ということになったんだよ。すまないね」

 

 イオスはつまらなさそうに言った。ああ、なるほどなんかあるんだ。まあ、戻ってくるなら安心。ミラもほっとして「ありがとうございます」と言った。そうなるとあたしもちゃんと言わないとだめじゃん……。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ぎこちなく頭を下げた。イオスは下の「炉」を見ながら言う。

 

「気にすることないよ。仕事だから。マオさん、それにミラスティアさんも見てごらん。あそこにある魔鉱炉は最新鋭のもので魔鉱石を溶かして取り出した魔力で動いているんだ。こんな巨大な船を動かすなんてすごいことだね」

 

 魔鉱炉っていうんだ。それから紫の光が漏れている。魔鉱石は古代からずっと自然にため込まれた魔力の結晶体だった。魔族と人間の間で戦争の間奪い合いをした記憶がある。高度な魔法を発現させるのに有効なんだ……。

 

「この船にも大量の魔鉱石が積んである。かつて魔王の支配していた地域には鉱山があって、僕らはそれで豊かになったということだろうね」

 

 そっか。

 ミラは真面目に聞いているみたい。……その鉱山はたぶん、魔族が頑張って開いた、んんー考えたって仕方ない。あたしは頭を振った。

 

 

「そうか、見つかったのか」

 

 甲板にもどるとニーナも待っていた。

陽が傾きかけていた。陽光に海が光っている。

 

「まあ、何はともあれ問題がなさそうでよかった」

「ニーナもしんぱいしてくれてありがとね」

 

 あたしが言うとニーナはぱちくりと目をしばたかせて、「ふん」と横を向いた。

 

「別に、私は何もしていない。お礼を言うなら一緒に探しに行ってくれたミラ――」

 

 ずいとミラがニーナの前に行った。

 

「あ」

 

 ニーナは気圧されるように目を泳がせている。

 

「み、ミラ……さ」

 

 じとーとミラが見ている。無言の圧力ってこういうことなんだ。え、えらく強硬手段。ちょ、ちょっと笑っちゃうよ。

 

「ミラ……にお礼を言うんだな。……マオ!!」

 

 顔を赤くしながらニーナはあたしを呼ぶけど、ミラは満足そうにしている。

 

「そうだね。ミラ、ありがと」

「…………う、うん。結局何もしてないけどね」

 

 なんとなく夕日を見て、まぶしくて手をかざす。地平線の向こうに夕日が帰っていく。そういえば太陽ってどこにいくのかな。魔王って言ったって知らないことばかりだ。

 

 そういえばふと気になることがあった。ちょうどミラもいるし聞いてみよう。

 

「そういえばソフィアが言ってたんだけど、ニーナと港町でこう、けんか? しちゃったときのことをみててあたしに突っかかってきたらしいんだけど。あの時周りにいたっけ?」

 

 ギルドで喧嘩を売られたときには確かそう言ってた。ミラは小首をかしげている。ニーナは両手を組んで「あの時はお前が変なことを言うから」って。いや、蒸し返そうってんじゃないんだって。

 

「いなかった気がするんだよなぁ」

 

 大したことじゃないけど。

 

 気になると言えばもうひとつある。3勇者の末裔が一か所に集まっているって結構すごいことなんじゃないな。でも、まあ、そういうこともあるよね。

 

「あら、ごきげんよう、ミラスティアさん」

 

 その声にあたしはぎくりとした。振り返るとそこには夕日に照らされる美少女がいた。

 知の勇者の末裔ソフィア・フォン・ドルシネオーズだ。陽に照らされた赤い瞳が輝いているように見えた。

 

 げ、しかも後ろに金髪の弓使いがいる。あっちもあたしの顔を見て驚いている。服装もフェリクスの制服を着ているし……。やっぱりソフィアの仲間だったんじゃん。

 

 弓使いの手には長いなにかを包んだ袋を持っている。ソフィアの背よりも高いそれは、弓っぽくはないかも。

 

「ソフィア……」

 

 ミラが振り返って言う。心なしかあたしをかばうようにしている気がする。

 ソフィアは両手を組んで偉そうだった。そういえば、こいつミラと「友達」とか言ってたな。

 

「たまたまお見掛けしましたから声をかけさせていただきましたわ。貴女も学園にもどるところですの?」

「……そうですね」

 

 ミラが敬語を使っている。あ、そうか忘れていたけどミラはあたしとかニーナの前以外ならこんな感じだった。

 

「いくつかギルドからの依頼が終わりましたから一度戻るつもりです」

「そう」

 

 海鳥の鳴く声がする。うーん、話に入っていけない。というかあたしこいつ苦手。ニーナも固まってるし。

 

「ミラスティアさん。友人としてひとつ忠告を差し上げたいと思っておりましたわ。港町バラスティでは親しくお話する機会はありませんでしたが」

「……なんでしょうか?」

 

 ソフィアの口が開く。もてあそぶような表情だとあたしは思った。ソフィアはあたしの顔を見ながら言った。

 

「お父上の手前、ご友人はお選びになられた方がよろしいと思いまして」

 

 びくりとミラの肩が震えた。少し震えてうつむきそうになっている。たぶん、「お父上」ということに何かあるんだと思う、村のお父さんじゃなくて「父上」にはあたしも思うところがある。

 

 でもさ、こんなの単なる嫌味じゃん。あたしは前に出た。

 

「あんたさ」

「わたくしはミラスティアさんとお話しているんですの、部外者は黙っていてくださる?」

 

 余裕のある顔しているけど、黙らないよ。そうだ、

 

「黙るわけないじゃん。あたしの友達に対して嫌味言わないでよ」

「厚かましいことですわね。ミラスティアさんはご存知の通り『剣の勇者の末裔』であり、聖剣の所有者ですのよ? ご自分が友人としてふさわしいと思って?」

「ふさわしいから友達なんて、バーカじゃないの?」

 

 ソフィアの眉が上がった。あたしはミラがあたしを「友達」と言ってくれたことを覚えている。だからあんたの言葉に惑わされたりなんかしない。

 

「あたしのことをミラが友達と思ってくれるなら、あたしもそう思うよ。剣の勇者? はあ? それはミラのことじゃないじゃん。お父上? それもミラのことじゃないじゃん。それに聖剣の所有者だからなにさ!」

 

 すうと息を吸う。

 

「ミラと一緒にいるのはそんなどうでもいいことでいるわけじゃない! あたしが友達じゃないなら、それを決めるのはミラだ!」

 

 あたしは両手を組んでふんと鼻を鳴らす。ソフィアの偉そうなポーズの真似。

 ソフィアはあたしの前でわざとらしくため息をついて、首を振った。

 

「下賤なものはかくも傲慢ですのね……」

「好きに言ったらいいよ」

 

 それ以上話すこともないし。あたしは振り返ってミラを見る。

 

 ミラは黙ってあたしを見ていた、大きな瞳にあたしの姿が映っている。驚いたような、泣きそうなような、うれしそうなような。そんな表情だと、あたしは思った。

 

「マオ」

「な、なにさ」

 

 ミラは何かを言おうとしているんだけど言葉が出ないみたいだった。ただ、ぽつりと言った。

 

「なんて、言えばいいか、わからないよ。で、でも、私の気持ちは変わらない……よ」

 

 それだけ言ってくれるならいいよ。あたしがそういおうとした瞬間だった。

 世界が振動した。

 

「うわ、うわわ」

 

 船が揺れる。あたしが倒れそうなったけど。なんとか踏みとどまった。

 

「な、なんだ!?」

 

 ニーナが叫ぶ。

 

「マオ、ニーナ。空!」

 

 ミラが指さす。

 船上の空がゆがんでいた。黒い魔力が収束していく、そしてそれは放射線状に魔法陣を形成していった。

 あたしたち以外の乗客も騒ぎ出している。

 

「巨大な……召喚の魔法陣……?」

 

 ソフィアの言葉にあたしははっとした

 

 天空に展開されたそれは信じられないくらい巨大な魔法陣だった。六芒星を象ったような紫に光る線が広がっていく。さっきの衝撃波あれを作るための魔力の波動だったんだ。

 

 

 空の色が変わっていく。闇に覆いつくされていくように黒く染まっていく。

 

 魔法陣が強く輝き、そこから大きな影が現れる。

 

 牙をもった頭部。空を覆うような2つの翼。その体は蒼いうろこを纏っていた。

 

「ドラゴン? ……な、なんで、こんなところに」

 

 あたしは知っている。ドラゴン。あたしが魔王だった時にも世界に数えるほどしかいなかった。数千年の時を生きる天空の王があたしたちの前に姿を現した。

 

 その圧倒的威容に船上がざわめく。青いドラゴンは口を開け、咆哮を放った。

 

 グァアアアア!

 

 空気が震える。波が逆巻く。

 

 あたしもミラもニーナも揺れる甲板の上で船にしがみつくのに精いっぱいだった。ただ、青い竜は牙をむき出しに船よりも大きな口を開けたまま、そこに急速に魔力を収束し始めた。

 

 光がドラゴンに集まっていく。あれは……「竜(ドラゴン)の息吹(ブレス)」だ! 収束した魔力を全力で打ち出して。街を一つ消し飛ばすくらいの力があるって、……ど、どうしよう。今のあたしじゃどうしようもない。

 

「エル!!」

 

 ソフィアが立ち上がった。

エルと言われたのはあの弓使いだ。あいつは手に持っていた包みを解いた。

 

 それはソフィアの背よりも高い「杖」だった。

 

 赤い魔石のはめ込まれた黒いそれはソフィアの手に捕まれた瞬間にまばゆい光を放ち始めた。

 

 あれは、「聖杖オルクスティア」だ! 知の勇者が持っていたものと同じだから見間違えるはずはない。

 

「ミラスティアさん! あれは間違いなくわたくしたちの船を狙っていますわ。防ぐには貴女の聖剣の力と共鳴させるしかありませんわ!」

 

「……わかった!」

 

 ミラスティアも頷いて、「聖剣ライトニングス」を抜く。

 

 黒い刀身に魔力で象られた文様が浮かんで、ミラの周りを青い光が満たしていく。

 

 ソフィアはそれを見てから詠唱をする。聖杖に魔力を通していく。

 

「清浄なる白の守り手よ、我が呼びかけに答え、ここに顕現せよ!」

 

 ソフィアの呪文と白い波動が聖杖から放たれる。あいつを中心に魔法陣が広がっていく。そして白い光はミラの聖剣の放つ青い光と溶け合っていく。

 

「プロテクション!」

 

 ソフィアの声に船を白い光が覆っていく。聖杖は魔力を増幅させることや高等な術式を単独で完成させることのできる神造兵器だ。それにミラの聖剣の力が加わっている。

 

 船すべてを覆う防御の魔法なんて規格外だと思う。

 

 ドラゴンの下に集まった魔力が渦巻き黒と紫に収束していく。それはドラゴンの咆哮とともにそれはあたしたちに撃ち込まれた。

 

 禍々しい魔力の渦が空から落ちてくる。

 

 ただ、その瞬間に何故かあたしには見えた。なんで見えたのかはわからない。でもあのドラゴンの上に一人たたずむ人影が見えた。

 

 遠くで見えないはずなのに、あたしには「そいつ」がひどく冷たく見下ろしているように感じた。

 

 ☆

 

 

 まるで空が落ちてくるみたいだった。

 

 青い竜のはなった魔力の塊は真っ暗にあたしたちの上空を覆う。

 

 ソフィアとミラ隣り合って魔力を開放している。構築された白い防護壁が船を包んでいる。

 

 衝撃が来た。轟音が耳に響く。

 

「うわっわ」

 

 地面が揺れる。あたしはその場にしゃがんでなんとかやり過ごす。空には白と黒の魔力が混ざり合って、ぶつかり合う。

 

「う、ううう。ミラスティアさん。もっと魔力を」

 

 ソフィアの手にある聖杖が光を増していく。それはミラの聖剣も同じ。でもあたしにはわかる、きっと足りない。これだけの防御の魔術なんて続くわけがない。

 

 あたりのざわめきと悲鳴が耳に響く。あー、もう、考えているんだから。

 

 2人の魔力量はやっぱりすごい、でもそれは普通の冒険者と比べての話だ。あたしの戦った3勇者とは全然違う。だから聖杖を使おうと聖剣を使おうと同じことはできない。

 

 あたしの頭の中に黒狼と戦ったときのことが思い浮かぶ。ミラの魔力を循環させて聖剣の力を出せるだけ出した。あれをやるしかない。

 

 でも、魔力の総量もたぶん足りない。

 でも、ソフィアもあたしを信頼してくれないだろう。

 でも、あきらめるわけにはいかない! あたしは死にたくない! あがいてやる!

だからあたしは叫んだ。

 

「ニーナ!」

「……!?」

 

 へたり込んで空を見上げている力の勇者の末裔ににあたしははいずって近づく。無様だっていいさ! ニーナがあたしを見ると耳のピアスが揺れてる。轟音の中であたしはニーナに近づいて言う。

 

「ニーナ聞いて! たぶんこのままじゃ、ソフィアの張ったプロテクションは破られるよ」

「…………そ、そんなことわ、私に言われても、ど、どうしようもないじゃないか!」

 

 おびえ切った目をしている。ええい、いっつも強気だったじゃん。

 

「だからニーナの力を貸してほしいんだ。立って! 詳しいことを説明している暇はないよ」

「わ、私やお前に何ができる!? ソフィア殿も……ミラも!! わ、私が、お、おちこぼれの私が継承できなかった勇者の装備を持っているじゃないか!!」

「ばっかー!!」

 

 胸ぐら掴む。

 

「あたしが今あんたが必要だって言っているんだから、聞いてよ! あたしの言葉を!!」

「……ば、馬鹿とはなんだ!」

「馬鹿だから馬鹿って言ったんだよ!」

「お、お前に言われたくない!」

 

 それだけ元気があればいいよ! もう時間がない。あたしはニーナの手をひいて無理やり立たせる。強引に引っ張る。

 

「お、おい」

 

 白い防壁が崩れかけている。その欠片が空から落ちていく。

 

 不謹慎だけど、少し幻想的だなって思った。

 

 あたしはソフィアとミラの間に立った。

ミラは苦しそうに片目をつぶっているけど、あたしを見て少しだけ笑った。だからあたしも笑い返す。

 

 こういう時は言葉に出さなくても分かってくれるんだ。

 

 片手を伸ばして聖剣をミラと一緒につかむ。

 

 あたしの魔王の時の知識はこの場のだれよりも「魔力の扱い」に長けている。ミラの魔力の循環を調節して、聖剣に無駄なく送り込む。

 

 聖剣の青い光が増していく。

 

 あたしはもう一方の手をソフィアの聖杖オルクスティアに伸ばす。

 

「触らないで! 何をする気ですの?」

 

 ソフィアがあたしを拒絶した。わかっていたけど、これしか方法がない。

 

「ソフィアあたしを今だけ信じて! あとで好きなだけ馬鹿にしていいから」

「なにをいってますの!? 引っ込んでいなさい」

 

 拒絶されたまま掴んでも寧ろ危険だ。

 

 防壁が崩れていく。こ、こんなところで口論して終わりたくない。あたしにはソフィアに届くことがない。

 

「そ、ソフィア! ま、マオを信じて!」

「ミラスティアさん……」

「大丈夫……絶対大丈夫だよね。マオ。だって、だってさ、マオだから」

 

 理屈も何もあったもんじゃない!

 

 ミラの言葉にあたしはちょっと笑っちゃった。少し涙が出るよ。

 

「……ソフィア! お願いだよ!」

 

 あたしは叫ぶ。

 

「……くっ、好きにしなさい!」

 

 聖杖をつかむ。

 魔力が循環していく。ソフィアの構築した魔法陣にミラの魔力を流していく。それでも足りない。

 

「ニーナ! あたしに、あたしに魔力を流して」

「そ、そんなことしても」

「いいから! ピザ奢るから!」

「ば、ばかっ! いいさ、私も今だけ信じてやる!」

 

 ニーナの手があたしの背中触れる。フェリクスの制服は魔力を通す。そこに流れ込んだニーナの魔力をあたしは全て「プロテクション」の魔法陣に上乗せする。

 

 剣も力も知もそして魔王であるあたしが力を合わせているんだ! 

 

 白い防壁にひびが入る。

 黒い竜の息吹が轟音を響かせる。

 

「ま、負けるか―!!」

 

 あたしが叫んだ時、白と黒の光がまじりあってはじけあった。

 

 

「はあ、はあはあ」

 

 空に浮かぶ一匹の青い竜が羽ばたいている。

 あたしたちはその場でへたり込んで肩で息をしている。ぶつかり合った魔力は粒子になって雪のように降っている。

 

 竜(ドラゴン)の息吹(ブレス)を防ぎ切った。

 

 歓声が上がったのは他の乗客だと思う。あたしは体が重い。無理をしすぎたと思う。それにまだあの青い竜をどうすればいいのかわからない。

 

「な、なんとかなったね」

 

 ミラが聖剣を杖のようにしてよろよろと立ち上がる。そして竜を見据えていた。ミラにもわかっているんだ。まだ終わってはいないことが。

 

「マオ……ニーナ、ソフィア。あれ!」

 

 ミラが指で空をさした。そこには黒い落ちてくる何かがあった。

 

 ドラゴンから飛び降りたように見えたそれは甲板におりて、黒い風をまき散らす。吹き飛ばされそうになったあたしの手をミラが掴んだ。

 

 手を握ったままミラとあたしは黒い風に向かいあう。それが止んだ時、そこには一人の男がいた。

 

 黒い服に身を包んだそいつは鷹の目のような鋭い眼光であたしたちを見ている。手には鞘に入った刀を持って、マントを翻していた。黒い短髪に少し長い耳。魔族だ。

 

「……………」

 

 ただ、男がそこに立っている。それだけであたしには圧力を感じた。ミラがあたしの手にぎゅっと力を籠める。

 

 あはは、向かい合っているだけでわかる。こいつ、やばい。たぶん、クリスよりも、あの空の竜よりも。

 

「あ、あんた、誰?」

 

 やばい。声がふるえてる。怖いというか、勝手にそうなった。男はあたしを見る。それだけで息が吸えない。足が震えているのがわかる。

 

「私は『暁の夜明け』の総帥……いや、今はそれも正確ではないな。私は魔族の王である。…………我名は魔王ヴァイゼン」

 

 ま、おう?

 

「魔王ですって?」

 

 ソフィアが立ち上がろうとしてできない。一番魔力を使ったのはソフィアだ。

 

「何をふざけたことをいってらっしゃるの? 時代錯誤も甚だしいですわ!」

 

 ヴァイゼンはソフィアを無視してミラを見てる。

 

「お前が剣の勇者の末裔か。かつてはお前の聖剣を持つものに先代の魔王が討たれた。我らはそれから虐げられ……数百年王を持つことができなかった、ゆえに我ら魔族はこの場において貴様ら人間に宣戦布告を為す」

 

 淡々と、感情を交えない冷たい言葉でヴァイゼンはそう言った。ミラの手に力がこもる。

 

「言われる通り、私は剣の勇者の末裔であるミラスティア・フォン・アイスバーグです」

「…………」

「魔王ヴァイゼン……?……、貴方の狙いは私ですか?」

「3勇者の末裔を殺す…………。わざわざ私が降りてきたのはただ、賞賛をしに来ただけだ」

「賞賛?」

「未熟な身でありながら竜の攻撃を防いだこと、賞賛に値する」

「ああ」

 

 ミラがあたしを横目で見る。どんと突き放されるのを感じた。ミラがあたしを押したんだ。あたしは後ろに飛ばされ、ミラの体が青い光を纏うのが見えた。あれはなけなしの魔力だ。

 

「ミラ!」

 

 叫んだ。

 

 ミラの聖剣が光を帯びて、青い雷光が魔王を襲う。

 

 ヴァイゼンはただ優雅に立っていた。刀を抜き、軽く振る。次の瞬間に黒い風が起こり、全てが揺れた。

 

 ばきばきと何かが折れる音がして。風が船を切り裂く。雷撃は弾き飛ばされ、次にあたしが目を開けた時には。甲板に一筋の剣の後が刻まれていた。がくんと船が揺れて、どこかで爆発する音が聞こえる。

 

 悲鳴がこだまする。ニーナもソフィアも動けない。刀を斬ったというよりも魔王から見れば「撫でた」ようなものだろう。

 

「……あ」

 

 だめだ。あたしは思った。ミラはただ茫然と立っている。魔王はその前にゆっくりと歩いてくる。

 

「御覧の通り私は未熟者です……私を殺せば聖剣を使えるものもしばらく現れないと思います。だから」

「他を見逃せということか?」

 

 そうだ、ミラのあの「無謀な攻撃」は自分に怒りを向けさせるためのものだ。ただ、不器用すぎる……あはは。あたしは、あたしは。……顔をあげる。

 

 ミラの前で魔王は刀を引く。あたしは駆け出した。

 

「だめだ」

 

 ミラと魔王の間にあたしは飛び込む。

 

 

 あたしの体を刀が貫通する。口の奥から熱いものがこみ上げてくる。

 

 あたしの目の前には魔王がいた。ただ冷静にあたしを見下している。

 

「ま、マオ! マオ!!」

 

 ミラの声が聞こえる。何か言おうとして、何も言えない。ただ、逃げてほしいし、出来たら生き延びてほしい。

 

 ぐちゅりとあたしから刀が抜かれて魔王の手があたしの頭を掴んで投げた。世界がぐるぐると回る。一瞬の浮遊感と同時に体が落ちていくことを感じる。

 

 空に手を伸ばして、何もつかめない。ミラにもニーナにも、ついでにソフィアにも生き残ってほしい。でも、あたしには何もできない。

 

 落ちていく。これはヴァイゼンの開けた穴だ。どこまで落ちていくんだろう。がしゃんと何かに突っ込んだ。上には甲板の傷跡から刺しこむ光が見える。

 

 血がながれていく。情けないなぁ。寒いよ。ここ、どこだろ。下の方におちたから機関室かな。体を動かすと背中に何かが当たっている。振り返ることはできない。

 

 血がながれていく。

 

 手に何かが掴まれる。紫の石。魔鉱石だ。もしかして貯蔵庫におちたのかな……背中にあるのは大量のそれからな。ああ、意識がとんでいく。こんなところであたしは死ぬのか……な。お父さん、お母さん、ロダ。みんなごめんね。いやだなぁ……いや……だ。

 

 魔鉱石にあたしの血がついて、紫の光があたりを満たしていく。なんか、あったかいな。

 

 

「なんだ?」

 

 ヴァイゼンは何かを感じて振り返った。目の前で涙を流している銀髪の少女から視線を外す。

 

「貴様!」

 

 力勇者の末裔が拳に炎を纏ってとびかかってきたが刀を振り。打ち払う。吹き飛ばされた少女は壁を突き破っていく。船の中にいた冒険者たちもそれぞれ得物を手に出てきた。

 

「! プロテクション」

 

 ソフィアが彼等を防御の魔法で守るが、次の瞬間にはヴァイゼンの刀の起こした黒い風に振り払われていた。プロテクションで形成された防護壁が彼等の命をかろうじて守ったが、無事なものはいない。

 

「く、くぅ」

 

 無理な魔力消費のたたったソフィアは聖杖をつかんだまま、気を失う。

 

「私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ」

 

 呆然と涙をながらしながら贖罪の言葉を口にする剣の勇者の末裔。小娘の友人を失った程度でくじけるような弱者を魔王ヴァイゼンは憐れむ。

 

「――終わらせてやろう」

 

 その言葉を叫んだ瞬間だった。

 

 彼の背後から紫焔が勢いよくふきあがった。紫の炎が船底から吹き出し、黒い瘴気があたりを包んでいく。それは人間には毒になる禍々しい魔力をはらんでいた。

 

「これは……」

 

 魔王ヴァイゼンは振り返る。彼も魔力を集中していく。

 紫焔の中に人影が写る。小柄な少女のような姿、その頭部には羊のような2つの角が生え。赤い瞳がヴァイゼンを見据えている。

 

 纏った魔力はまるで黒い衣装のようだった。

 

 紫の魔力が「彼女」を包んでいる。開けた口に牙のように並んだ白い歯。愉し気に笑うその姿は邪悪そのものだった。

 

「…………ふっ」

 

 ヴァイゼンも笑った。赤い瞳を煌かせて。魔力を開放していく。彼の刀を魔力が覆っていく。

 

 2人の魔王はここに相対する。

 

 

 

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