魔王やってましたけど勇者に負けて転生しました ~FFランク冒険者候補からの成り上がってやる~ 作:ほりぃー
魔族の公館は貴族の古い邸宅を利用している。
公館に出入りする魔族は自治領の中でも穏やかな人物が選ばれる。求められるのは王都の役人や貴族との交渉ではあるが、あくまでも隷属的関係のため争いになることを魔族自治領の首脳は恐れいていた。
エリーゼ・バーネット。
自治領ジフィルナの領主の娘であり。魔族の要人として王都に滞在している。彼女はその生まれからいつしかその場で自分が求められることが分かる、というあるいは能力のようなものを得ていた。それは特殊な力というよりは子供のころからの経験を蓄積せざるを得ない立場から生まれたものだろう。
その彼女が人間の貴族であるミラスティア・フォン・アイスバーグを案内したのは公館の離れにある舞踏場であった。ステンドグラスに囲まれた広い空間。白と黒のタイルの上を歩くとかつかつと靴の音が響く。かつては貴族達が饗宴を催したのだろうが今ではがらんとしている。
エリーゼは青い髪を紐で結んで一つに束ねる。彼女が羽織った白いマントが軽くたなびく。
その周りは手伝うために女性の魔族が付いてる。彼女たちは「戦うなんて……」と言いながらもエリーゼの髪を整える手伝いをしている。苦笑しつつエリーゼはミラスティアに言った。
「この公館の中で一番持て余しているのがここなの。魔族の私たちがパーティーをしても誰も来てくれないだろうし。かといって倉庫にするにはなんかもったいないでしょ? まあ、置くものなんてそんなにないんだけどね」
魔族自治領からの貢納は別の場所に集められて献上される。魔族の公館といっても懐事情は厳しいものがあった。エリーゼはそれを自嘲するかのように話す。ミラスティアはその言葉を聞いても表情を変えずに目を閉じている。
「まあ、それなりに広いからミラスティアさんの要望に応えるには十分かな。危ないしちゃんと『刃引きの加護』をしたうえで魔法はなし。それでいい?」
「はい」
ミラスティアの黄金に見間違うかのような瞳を見ながらエリーゼはうなづいた。この目の前の少女の目的まではわからないが、何かしらの意図が当然あるのだろうと思う。エリーゼがマントの留め具を外して脱ぐ。
青い服と細身の体に張り付いたような白いズボン。
その腰には鞘に収まった一振りのレイピアがあった。持ち手に銀色の装飾を施した細身の剣。切ることよりも刺突に重きを置いた形状をしている。彼女はすらりと鞘から剣を抜いて構える。魔力の光が刀身を包む。
「ミラスティアさんの武器は? もしかして聖剣なんてのは勘弁してもらいたいけど」
「…………ここにあります」
ミラスティアは上着の前を手で広げる。腰には聖剣ではなく、白い細身の剣があった。無銘ではあるが装飾の施された業物であるその剣は『聖剣』よりも彼女にとって扱いやすく好ましい武器であった。
彼女は腰をひねり綺麗に抜刀する。よどみのない動きにエリーゼは「へえ」と感嘆の声を漏らす。ミラスティアは静かに白い魔力を体から放ち、その手にある白い剣に手を添える。魔力が剣を包み、ほのかに発光する。
エリーゼは周りの魔族に離れるように言った。身支度をしていた彼女たちはエリーゼのマントや鞘を手に離れていく、その中の一人は心配そうに振り返るが別の女性に手を引かれていった。
エリーゼとミラスティアは対峙した。
「……さてと、これで準備はいいかな。ミラスティアさんがなんでこんなことをするのかってことは後で教えてもらえるってことでいいんだよね?」
「はい……すみません」
「あはは、別に謝らなくていいのよ。私が嫌なら断っていたところだから。正直言って噂に聞く才女の実力には興味があったから」
エリーゼはゆっくりとミラスティアを中心に円を描くように歩く。かつかつと彼女が歩く音が響く。彼女は一度遠くで見ている魔族の女性たちをちらりと見やって、ミラスティアにだけ聞こえるように言った。
「それにね……お互いに生まれでは苦労しているんじゃないかなって想像してたりはしたよ」
「……私は」
ミラスティアは天井を見上げた。おそらく魔石をはめ込んで明るくするためのシャンデリアがつられている。彼女は誰に言うのか、自分でもわからないままに口にした。
「自分の家から逃げていましたからそんなことを言う資格はありませんね」
「……ふぅん? 何か思うところがありそうだけど、まあそろそろやろうか」
エリーゼは左足を下げ、右手にレイピアを構える。魔力を体から発する。研ぎ澄まされた雰囲気にミラスティアは少し踵を浮かして、自然体で備える。
一閃。
踏み込んだエリーゼが放った刺突。その先端をミラスティアは剣を振るい払う。
火花が散った。
次の瞬間にはさらに数度の刺突をエリーゼが繰りだす。
ミラスティアの瞳が動く。彼女は体の軸をずらして避け、刺突の一つを最小の斬撃で撃ち落とす。エリーゼの青い髪が揺れる。彼女はわずかに崩れた体勢を整えるために地面を蹴り下がる。
距離をとる二人は間合いを計らせないようにゆったりと歩く。
一瞬の攻防の後に静寂があたりを包む。視線が交差する。次の瞬間にはミラスティアの姿がエリーゼの目の前にある。
レイピアと白剣が打ち合う。円を描くように互いに有利な位置をとろうと動きながら斬撃を交わす。金属のぶつかる音と火花が散るたびに彼女達の攻守が入れ替わる。互角に打ち合う姿を遠く魔族の女性たちが固唾をのんで見守っている。
「やるね」
エリーゼはその中で口元に笑みを浮かべる。レイピアは刺突に特化した武器である。天才的な感性を持つミラスティアの剣技からすれば攻撃の幅が限定されるそれは予測しやすい。しかし、エリーゼの技の練度が容易に戦況をその天才の少女に傾かせない。
エリーゼは体から魔力を放ち、体を強化する。紅く目を光らせてにやりと笑う。
「着いてきてね。天才さん」
速度がさらに上がった。エリーゼのすべての動きが数段速くなる。ミラスティアはかろうじて剣で攻撃を防ぐが姿勢が傾いた。それを青い髪の魔族は見逃さない。
――最速の突きを繰り出す。胸元を狙う閃光のようなそれをミラスティアは目でとらえられない。
――ミラスティアの剣が突きを防ぐ。がきんと音がして銀髪の少女は後ろに下がる。
「おかしいな。今の攻撃……決まったと思ったんだけどな」
「……はあはあ。私の姿勢が崩れたのなら」
ミラスティアは自分の胸を指さす。
「ここを狙ってくるとわかっていました。後は想像です」
「想像? ……私の『刺突の軌道を予想して』防いだってこと? あは、あははは。流石は天才。すごいね。目で捉えてないのにそんなことができるなんてすごいよ」
エリーゼは愉快そうに笑った。その裏では流石に模擬戦だけの技術だろうとも考えた。死を予測できる実戦で自分の感性だけを信じて行動できるのはもはや天才ではなく狂人だと考えていた。それを差し引いてもわずかな攻防で自らの攻撃を予測されたことにエリーゼは純粋に驚いてもいる。
「くくく」
エリーゼまだ笑っている。この瞬間にミラスティアが踏み込むことはせずただ、彼女を見ている。ひとしきり笑った後にエリーゼは言った。彼女の体から魔力が急速に収まっていく。彼女はレイピアの刀身を地面に向けて、空いた片手をあげた。
「こうさんこうさん。これ以上やったら冗談じゃ済まなさそう。君は強すぎるよ」
「……いえ……。エリーゼさんが本気なら」
「本気って魔法とかいろいろ使ったらってことでしょ? それを言うなら聖剣持ってこられて私は黒焦げだよ。嫌だなぁ」
エリーゼは剣を構えたままミラスティアに近づく。会話を誰にも聞かれないよい距離まで近づいてエリーゼは聞いた。紅い目にミラスティアの姿が映っている。レイピアの鞘は彼女の腰にはない。
「それで? こんなこと申し出た理由をそろそろ私にだけ教えてもらえるかな?」
「……エリーゼさんは……。魔族のために命を懸けてもいいといわれました」
「言ったね。本心だよ」
「……ごめんなさい。……それでも……『全て』を話すことはできません……。ただ、人間と魔族の間でこれからたぶん……大きなことが起こると思います。私は『暁の夜明け』とも戦いました……その中で未来に何かがあると思っています」
「『暁の夜明け』ね……。私たち魔族の中の不逞分子と言われている彼らのことが気になるから私に協力をしてほしいってこと?」
「いえ」
ミラスティアは少し恥ずかしそうに言う。
「友達のために……この先に『何かがあれば』一人でも何かしてしまいそうな私の親友に協力をしてもらいたいんです……信じられないかもしれませんが……ううん。説明をするわけにはいかないので信じてもらうしかありませんが……それは魔族のためになるはずです」
「……ふうん? 説明する……わけにはいかない。ね」
エリーゼはレイピアわずかに力を込めたがすぐに解いた。
「それってマオさんのこと?」
「……………」
「まあ、いいか。さっきのあれだけ天才的な動きをしていたミラスティアさんが信じてほしいというなら何のことか全然わからないけどきっと魔族のためになることなんだろうね。ただ――それを担保する情報が何もないのに信じられる立場に私はないんだよ?」
エリーゼは一度後ろを見やる。二人の戦いを心配そうに見つめていた魔族の女性たち。
「私にとって自治領は家族同然なんだ。個人的な私情だけで動いて、いつの間にか人間との軋轢を生んでました……なんてことになったら実際に魔族は死ぬ。例えば貢納金増やされたり、労役が増えたりしてね。あるいは私や両親が処刑されて……別の誰かが自治領主になったりもね」
エリーゼの目は冷たく光った。冷淡というよりはあえてミラスティアに現実を見せるためにそうしたのかもしれない。
「何が正しいのかはわからないから安易に善意だけを信じることはできない。君はきっといい人なんだってことはよくわかるよ。……でもね、嘘つきはそこら中にいるし人の考えていることや企んでいることは表面上ではわからないものなんだよ。その中で善意というものは一種の隙だよ」
ミラスティアは一瞬だけ目を見開いて、ただすぐにエリーゼをまっすぐに見つめた。その迷いのない視線にエリーゼは困った顔をする。
「エリーゼさん。それでも私は説明するわけにはいきません……ただ……私たちは今度『Sランク』の依頼を受けることになっています。……今から無理を言います。それに同行してもらえませんか?」
「……私は……冒険者じゃないよ」
「エリーゼさんの言われることは……よく、わかります。……さっきエリーゼさんは言われましたお互いに生まれで苦労したんじゃないかと……。私はエリーゼさんほどに苦労したとは思いません」
ミラスティアは「それでも」といった。彼女は訴える。
「私は自分の生まれから課せられたものに従うだけが正しいと思って、自分で何かを知ろうとも、何かを変えようともしませんでした。それでやっとできた友達も自分から失おうとしました……。友達が傷つかないように、家族が誰も心配しないようにと考えて…………結局何にも向かい合う勇気が私になかったことをいつの間にか人のせいにしていた」
ミラスティアは唇を悔しげにかんだ。
「誰かのためを思って行動することがそのまま……自分を守るための行動になっていた。その裏で友達がどれだけ悩んでいるのかも無視して……私はもうあんなのは嫌だから」
「……ずいぶん個人的なことを私に打ち明けてくれるのね。正直……何の話なのか想像するしかないけど……そっか。何かを守ることを理由に自分を守るかぁ。くく、痛いところをつくなぁ」
エリーゼは自嘲するように笑う。
「お忍びでの旅かぁ。みんな心配するだろうけどね」
「! それじゃあ」
「君の説明できない部分を知ることができるのなら行ってみるよ。まあ、最悪私だけの責任できるようにするから」
エリーゼは踵を返した。
「出発の日教えてね。そうそう、ミラスティアさんせっかく来たんだからお茶していかない? おしゃべりしよっか?」
振り返ったエリーゼの顔は少し楽しそうだった。ミラスティアは「はい」と嬉しそうに答える。
「あ、もしかしてさ。模擬戦を挑んできたのは私の実力がマオさんの力になるかはかってた?」
「………………………すみません」
「あははは。やだなぁ」
言いながらエリーゼは愉快そうに笑った。