魔王やってましたけど勇者に負けて転生しました ~FFランク冒険者候補からの成り上がってやる~   作:ほりぃー

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ラナ・スティリア

 

 とある船上にその青年はいた。

 

 優しい風が緑色の髪を揺らしている。その小柄な青年の瞳は海を見つめている。

 

 まるで少年のようにしか見えない彼はイオスという。とある街のギルドマスターの地位にある。彼は今は一人、じっと遠くを眺めている。

 

 白い鳥がどこかに飛んでいくのを見ながら彼はぱちぱちと瞬きをした。誰かが見ればただそのしぐさが可愛らしいというかもしれない。

 

「イオスさん」

 

 その彼に声をかけた少女は。美しい透明感のある紫の髪を手で押さえた彼女の名はソフィア・フォン・ドルシネオーズ。過去に魔王を打倒した「知の勇者」の末裔だった。

 

 彼女はイオスの横に立ち、同じように遠くの景色をその瞳に映しながら、その唇を開いた。

 

「あれはいったいなんですの?」

「あれ? あれっていったいどれのことだい?」

 

 イオスはけらけら笑いながら言った。ソフィアはそれを睨んで言う。

 

「あの戦場に現れた者のことですわ」

 

 イオスは緩やかに微笑みながら答える。

 

「あのことは取りあえず集団で幻想の魔術に掛かったということになったみたいだね」

「…………突然空に現れた竜とそこから降りてきた『魔王』などと称するものが現れた……夢としたくなる気持ちもわかりますわね」

「へえ、ちゃんと覚えているんだ。力の勇者の末裔君はうろおぼえだったみたいだけど」

「未熟者と一緒にされては困ります」

 

 ふんと、軽く鼻でソフィアは笑った。その様子をイオスは楽し気に見つめている。

 

「そうだね。まだまだ彼女は発展途上だ。それはソフィアさんも変わらないし、ミラスティアさんも……そしてあのマオさんもね」

「……あの野蛮人はいったいなんですの?」

「野蛮人はひどいな、一応彼女もかわいい女の子だよ」

「……秀でた魔力もない、あなたの与えたあの妙な武器だけが取り柄……と思ってましたが『夢』の中では私たちの力を増幅することを当たり前のようにやってのけましたわ。おそらく一流の魔法使いでも及ばないような技術……それをあれが」

 

 ソフィアは忌々しいと吐き捨てた。夢であることを否定した彼女はマオのことを「夢」と言った。素直に物事を表現するには感情が勝ちすぎているのだろう。

 

「うん。僕も彼女のことは楽しみにしている。なんか、得体が知れなくて」

「……化け物の様に言うのですのね」

「本当に化け物だったらどうする? 僕はね、そっちの方が面白そうかな」

 

 イオスがソフィアを見ながら心底楽しそうに笑った。そこにはなんの邪気もない。

 

「マオさんには僕は期待しているのは間違いないよ。学園でもなかなか面白いことをやってくれると思うけど、ポーラに紹介状を届けているから……きっと大変なことになっているんじゃないかな」

「ああ、あの腹黒い先生ですわね」

「ひどい言い草だね、ソフィアさん。彼女は一応先生だよ」

「……はあ。まあ、あの生意気なあれをこらしめてくださるなら何もありませんわ」

 

 ソフィアは胡散臭げに彼を見た。彼女は一度はあ、と息を吐いて、下を向く。その表情はイオスに見えないように冷たく沈んでいた。

 

 赤い瞳が光っている。

 

「あの船には3人の勇者の末裔がいてかろうじて何とかなりましたわね」

「そうだね。偶然助かったよ」

 

 ソフィアは続けた。

 

「あの魔王と言った男は私達勇者の末裔を始末することで人間に宣戦布告をするといいましたわ……。明らかに私たちを狙っていたのは偶然、とはいえないのではなくて?」

「そうなんだ、それは僕は聞いてないな」

「そして、私もあの時不覚にも気絶をしてしまいましたわ……正直あの男はミラスティアさんの剣技だけで倒せるとは思えませんわ」

「何が言いたいんだい?」

 

 ソフィアはイオスを見た。緑の髪の彼は優しく微笑んでいる。

 

「だったら、なぜあの魔王と称する男は消えたのでしょう? 私たちが目的ならば、殺されていても不思議ではないですわ……いえ、それ以前に魔鉱石が消えていたことも船がほぼ無傷だったことも異常ですわ。あの時いったい何が起こったのか……ギルドマスターはもしかして見ていたのでは?」

「……なるほどね。それは不思議なことだ、でも残念なことに僕から君に言えることは何もないな……。あの時のことはよく覚えていないんだよ」

 

 イオスは「ごめんね」とソフィアに言った。ただ彼の話しかけたその「知の勇者」の末裔は彼をじっと見ている。

 

「こわいよ」

 

 イオスは笑みを崩さずに行った。

 

「まあ、人生はさ。永いからどこかで答えも見つかるんじゃないかな」

 

 

「ねこさがしー?」

 

 あたしは王都のギルドにやってきていた。

 あのポーラとかいう先生の勝負……もとい入学試験を合格するために!

 

 でも、やっぱり「F」ランクの依頼は全部すごいヘンテコなものばかりだった。

 

・猫を探してください。

・煙突の掃除をしてください。

・犬の散歩願い。

・話し相手になってくださる?

・剣を磨く

・子供の遊び相手をしてください。

 

「あぁー!」

 

 頭が痛くなる。これ冒険者のやることか―!?

 

 はあ、でも今のあたしに受けることできるのはあくまで「F」ランクの依頼だけだ。ポーラ先生に臨時でもらった仮の冒険者カードを見ると「この子はFランクだからね―♡」みたいに書いてある。

 

「んんんん」

 

 見るたびにむかつく!

 あたしはギルドの受付の前でじたんだを踏みそうになってなんとか自分を抑えた。

 

「あの、大丈夫?」

 

 受付のお姉さんがあたしに聞いてくる。大丈夫というか、これからこれを100個も受けないといけないって考えるとうーってなるよそりゃ。

 

「まあいいや。それ全部受けるよ」

「ぜ、全部ですか?」

「だってそうしなきゃあたしどうしようもないし」

「よ、よくわかりませんけど流石に全部は……」

「わかったよじゃあ、受けられるのを教えて」

「じゃあこれなんてどうかしら」

 

 受付のお姉さんはあたしの前に一つの書類を出した。そこにはこう書いてある。

 

・お手紙を届けてください

 

「手紙を届けるだけ?」

「そう、でも少し治安の悪い場所ですね。魔物を相手にするよりは簡単なことですよ」

 

 ふーん。今のあたしはなんの武器もないんだけどな。

 あたしは承諾する、するとお姉さんはカードに指を置く。ぽうっと光る。

 

「はい、これで大丈夫です。それじゃあこれが依頼書なので頑張ってください」

 

 にっこり笑ってお姉さんがあたしに一枚の紙をくれた。報酬とか依頼主が書かれている。それをもってギルドを出る。

 

 がやがやと人通りが多い、王都のメインストリート。

 いい天気。あたしは大きく息を吸って、ふうと吐く。

 

「……やってやる!」

 

 あたしの初の依頼は手紙を届けるだけ、それでもここからが一歩なんだ。

 

 

 

 王都は広いや。あたしの村とは大違い。

 

「あ。ごめんなさい」

 

 人と肩をぶつけるたびにあたしはぺこりと謝る。相手もあんまり気にしてないみたいなのは、ぶつけ慣れているのかも。

 

「ぶつけ慣れているってなんだろ」

 

 くすりと自分の言葉にしてしまった。とりあえずあたしはできるだけ早く歩く。ギルドでもらった依頼書にはちゃんと住所も載っているんだけど……エグゼスト通りをまっすぐ……。どこ、それ。

 

 あたしはその場できょろきょろする。こんなに人がいるのになんだか一人ぼっちみたいに感じる。ううん、いやいや、あたしはこつんと頭を叩いて気を取り直す。

 

 このくらいは一人で問題なくできる。とりあえず人に道を聞いてみよう。

 

 

「君、君」

 

 道を歩いているとあたしに向かって呼びかける声がした。女の子声だ。振り向くと道のベンチに足を組んで赤い短髪の女の子が座っている。学園の制服じゃん。

 

 その燃えるような赤い髪をした女の子は少しにやついた顔であたしを見ている。

 

「えっと、何?」

「いや、急いでどこに行くのかなーって思ってね」

「依頼を受けて……お手紙を届けに行くところ。ここに」

 

 あたしは依頼書を女の子に見せた。

 

「ふーん。ここは結構治安の悪い場所だよ。仕方ない私もついていってあげよう」

「え? いいよ。あたしの仕事だし」

 

 学園のよしみってやつかな。なんか手伝ってくれるみたいだけど、知らない人に手伝ってもらうのも悪いし、これはあたしの仕事だ。

 

「まあまあ、ここは先輩の言うことは聞いておくもんだよ。ほら、私の冒険者カード」

 

 そこには「AC」と描かれている。つまり学園のランクはAってことだね。名前にはラナ・スティリアと書かれている。

 

 ラナは立ち上がった。背丈はほんの少しあたしより高い。少し着崩した上着とその表情は余裕のある笑みを湛えている。

 

「いやいいって」

「いやいや、遠慮することないよ」

 

 ラナはあたしの背中を押して無理やりついて来ようとする。いや、なんでこんなについてきたがっているのさ。

 

 あたしは抗議したけど「先輩だから」とか訳の分からない理由でしぶしぶ連れていくことになった。……正直いって道に迷ってたから、よかったってことはある。

 

 ラナの案内で王都を歩いていくとだんだんと左右の建物が崩れてたり、みすぼらしくなっていった。

 

「このあたりには裕福じゃない人が大勢住んでいるからさ。1人で歩くには危ないんだよね」

「ふーん」

 

 だから無理やりついてきてくれたのかな。でも、なにか引っかかる気がする。

 それにしてもこの手紙の受取人はこんなところに住んでいるんだ。うわ、道がデコボコで穴だらけじゃん。そこら中に洗濯物を干してある……。

 

「ほら見えてきたよ。あの通りを曲がると行き先の教会につく」

「教会?」

「そう、教会にその手紙を届けるのが仕事だって書いてあったよ依頼書に」

「教会かどうかは知らなかったけど……でも助かったよ、ありがとう」

「いえいえ、ちゃんと最後まで面倒見るよ」

 

 ラナはにこにこしている。

 なんだろう、すごくその表情があたしには怖い。

 

 あたしは魔王として君臨しているときにいろんな魔族の表情を見てきた。だからなんだか、違和感がある。のっぺりと張られた絵みたいにおもっちゃう。

 

「でも、ほんといいよここで」

「そう? でも周りを見てみてよ」

「周り?」

 

 あたりを見回すと物陰から若い男たちがのそのそと出てくる。それぞれ手にこん棒とか、ナイフとか持ってる。げっ、やばそう。

 

 あたしは構えようとして、その背中をどんと押された。そこにいたのはラナだった。

 

「……それじゃあ、私が面倒を見るのはここまでにしようかな」

 

 ラナの表情が冷たい笑みに染まっていく。伸ばした手から赤い魔法陣が発動して宙に浮かぶ。

 

「どういうつもりなのさ」

 

 一応聞いてみる。意外とあたしは落ち着ている。魔銃もない状況なのに……あの船の戦闘で少し慣れたのかもしれない。

 

 周りの連中もラナの味方? でもあたしをはめて何の意味があるのかわからない。

 

「いや、ほら、君さFFランクだって? そんなことじゃ、これから先やっていけないって先生からテストするように頼まれたんだよ。安心してね。ちゃんと手加減してあげるから」

 

 先生? あたしの頭にピンク色の髪の女性が浮かんだ。ポーラだ!

 

「そっか、どうしてもあたしを入学させたくないんだ」

「そうなんじゃない? ここで負けてもその手紙はちゃんと私が届けてあげるよ。知り合いだからね」

 

 ラナは両手を構える。彼女の周囲に赤い魔法陣が展開されて、赤い炎がラナを包む。

 

 無詠唱だ。ソフィアと同じで呪文がなくても魔法を展開できる高等技術。豊富な魔力と技術がないとできないものだ。

 

 

「ギブアップしてくれたら私としては楽だよ。これは本心から言うことだけど、弱い者いじめはしたくないんだ」

「それにしたって、周り囲んでるじゃん」

「みんなはただ逃げ出さないようにしてるだけだよ」

 

 ラナは楽しそうに微笑んだ。さっきまでの張り付けたような顔とは違う気がする。後ろを見たらちゃんと逃げ出せそうな路地は男たちが固めている。

 

 逃げるのは無理そう。

 

 それに今のあたしには魔銃もなにもない。ミラやニーナも助けに来てくれるわけない。だから絶体絶命ってやつだ。

 

 あたしは大きく息を吸った。そしてラナに言ってやる。

 

「だからなにさ」

 

 そうだ、だからどうした。あたしは魔王だ。これくらいのことであたしはめげたりなんかしない。あたしは人差し指をたてて、ラナに向けた。

 

「あんたなんか指一本でも倒せるよ」

 

 ラナはぴきっと引きつった顔をした。でもあたしは手を下ろさない。

 

「そっかー。じゃあさ。安心して黒焦げになってね」

 

 炎がラナを中心に燃え上がった。

 

 

 「指一本で私に勝てるって? へえ」

 

 あたしの言葉にカチンときたんだろう、ラナはすごく残忍な笑顔をあたしに向けてきた。

 まるで踊るように両手を広げて振ると、炎がラナの周りを綺麗に円を描いた。

 

 唇を舐める。あたしだって別に考え無しでいっているわけじゃない。

 

「それじゃあ、その余裕の正体をみせてもらおっかな」

 

 ラナの右手が振られる。ぞくりとしてあたしはその瞬間に横に走り出した。

 

 赤い竜のように炎が立ちがった。それは魔力の生み出したものだ。それが一直線にあたしに向かってくる。

 

「うわわ」

 

 あたしがなんとかよける。後ろを見るとさっきまであたしが立っていた場所が黒く焦げている。

 

 今のあたしにあんなのを防ぐ力はない。魔銃でもあればなんとかなるのかもしれないけど。今のあたしは手ぶら、それに防御の魔法を形成するにはそもそも魔力が足りない。

 

「……」

「ほらほら、どうしたのカナ? 私を指一本で倒すんじゃないのかな」

 

 熱気が充満していく中で、冷や汗がでる。

 

「ラナ! なんであたしの入学の邪魔をするのさ。別に関係ないじゃん」

「んー。弱い後輩なんていらないってのはあの先生と同じ考えかな~。だからさっさと諦めてくれたら私は引いてあげるよ」

「だーれがそんなことするもんか!」

 

 ラナの魔力量はあたしとは比べものにならない。にこにこと両手を振るだけで炎を操れるのは魔族でもなかなかできないはずだ。

 

 でも、ラナはあたしのことを舐めてる。無詠唱はすごいことだけど、その分魔法としての完成度が低くなる。それはあたしにとっていいことでもあるけど、悪いことでもある。

 

 だから。

 

「あんたの魔法何てたいしたことないじゃん! へーんだ! べー!」

 

 べーって舌をだしてやる!

 

 ラナはあたしをみて引きつった笑顔を見せる。周りを囲んでいる男たちから小さく笑いが漏れる。

 

「そんな安い挑発に乗ると思うわけ?」

 

 ラナの周りに炎の竜がまとわりついている。

 

「挑発? 違うよ、あたしから見ればそんくらい大したことないって事実を言っているだけだよ」

 

 周りから「いわれてるぞ」とか「やってやれ」って声が響く。あ、「お嬢ちゃんいいぞ」ってあたしを応援している奴がいる。…………なんだろ、こいつら悪いやつじゃない? いやいや、囲まれてんだからそんなのわからないよね。

 

 ラナは大きく息を吸った。

 

 赤い髪が炎に照らされて綺麗だった。

 

 ゆっくりとあたしを見たその瞳はひどく冷たい。ラナについていた炎の竜が消えていく。

 

「じゃあ、焼いてあげる」

 

 ラナが右手をあたしに向けて。呪文を詠唱を始めた。炎の竜を消したのはそれに集中する気なんだ。

 

 その右手を中心とした空間に赤い紋章が広がっていく。

 

 ――それを待っていたんだ!

 

 あたしは走り出す。右手の、人差し指の先に魔力を込める。足に力を込めて赤い魔力が集まるラナの懐に向かう。ラナの数歩前に展開されている魔法陣は複雑な螺旋を描いている。

 

 その魔力の回路に赤い力がみなぎっていく。

 

 ラナは笑った。あたしの無謀を嘲笑っているのだと思う。そりゃあそうだ、あの魔法陣に注入された魔力を全力で炎として開放したらあたしはきっと黒焦げになっちゃう。

 

「さあ、どうするか見せてよ。フレア!」

 

 ラナが叫んだと同時だったと思う、あたしは魔法陣の前に飛び込んだ。あたしの少ない魔力を溜めた右の人差し指をたてて、腕を振った。

 

「残念!」

 

 魔法陣に一画を描く。あたしの魔力で強制的に魔法陣に一つの線を書き加える。

 

「え?」

 

 ラナの驚いた顔と同時に魔法陣が光、ぱぁんと赤い光をだして分解された。炎になり切れなかった魔力が無霧散する。

 魔法陣は精密な魔力回路だ。そこに「意味のない線」を書き加えたら、途端に不安定になる。

 

「やぁああ!」

 

 あたしは止まらない。

 

「ひっ」

 

 ラナはおびえるけど、えっとどうしよ、あたし武器なんて他にないし! えーとえーと。

 

 えーい頭突きだ!!! 魔王の必殺技だ!!

 

 あたしとラナの頭ががつーんとぶつかった。

 

「いだぃ!?」

 

 ラナが吹っ飛び、あたしはめっちゃ痛い! あーいたい。くらくらする。でも、このあたしを落とそうとした先輩は目をぐるぐるさせて地面に大の字に倒れ込んだ。

 

「ど、どーだ、参ったか」

 

 だっさい、勝ち方。で、でもいいもん。勝ちは勝ちだよ。

 

 ――ぉおー!

 

 歓声があがった。周りを囲んでいた連中がひゅーひゅーと口笛を吹いている。

 

 あれ? この人たちってラナの味方だったんじゃないの? でもぱちぱちと拍手を受けるとなんか、すこし照れくさいなぁ。どーもどーも。

 

「いや、こんなことしている場合じゃない。あたしは忙しいんだ」

 

 あ、少しくらくらするや。魔王が頭突きなんてするもんじゃないな。

 ラナを見ると後頭部を打ったのか動かない。めがぐるぐるしてる。

 

 へん。人を邪魔しようって思ったからだ。あたしはそう思って走りだそうとした……けど。

 

 あーもう。仕方ないな! あたしはラナの手を引いて無理やりおんぶする。なんか男の人たちが集まってくるし、大丈夫かって聞いてくるけど、あんたらなんなの??

 

「むーー」

 

 なんとかラナをおんぶして立ち上がる。お、重い。あたしはのろのろと歩きながら、角を曲がる。

  

 そこには古ぼけた教会があった。まあ、ラナを寝かせてくれるくらいしてもらえるよね。

 

 

 アー重たい。なんであたしはこんなことをしているんだろう。そもそもラナがあたしを襲ってきたんだからほっておいてもよかったはずなのに。……うーん。それ、たぶんあたしの性格上できないな。

 

「ま、魔王として弱いものを守らないとね」

 

 あたしは自分でもよくわからないことを言った。言うだけでも恥ずかしい。

 ま、まあいいや。ともかく教会に入ろう。あたしは重たいドアを肩で押した。開かないし……ぐぐぐ。少しずつしか開かない。

 

 なんとか中に入ると長椅子が綺麗に整列している。奥には祭壇があってそこには両手を広げた像が置かれている。あれは……神だ。

 

 あたしはお父さんとお母さんのことは尊敬しているしその、す、す、すき……ま、まあいい。それでも昔から「神様にお祈り」だけはやらないことにしていた。

 

 だってそうでしょ? あたしがこの場にいるのは全部こいつのせいだし。なんならあたしが死ぬ原因になった「聖剣」も「聖甲」も「聖杖」も全部こいつが作ったものだっていう。

 

「まったく忌々しい話だなぁ」

 

 あたしはラナを長椅子に寝かせてから物言わぬ像に近づいた。近くに人はいないみたいだったから、言いたいことがある。

 

 あたしは「神様の像」と対峙した。両手を腰において少し胸を反らして。

 

「なんか久しぶりだね。まあ、あんたがそこにいるのかは知らないけどさ…………あたしはさ、あんたの望み通りめちゃくちゃ弱くなったけど……でも、成り上がってやるから、今に見てろよ」

 

 像は何も言わない。もちろんあたりまでの話だ。でも、少しすっとした。本人がこの場にいるならもっと言ってやりたいことがある……って神って「本人」とかいうのだろうか? 

 

「うーん」

「不思議なお祈りは終わりましたか」

「……ひ!?」

 

 びっくりした! へんな声出しちゃった!!」

 神父さんがいる。優しそうな顔をした男性が黒くて丈の長い服を着ていた。その袖に蒼く紋章が光っている。

 

「おや。驚かせてしまいましたか?」

 

 うん、び、びっくりした。神父さんは若そうだけど白髪の人。丸いメガネをして優しそうな顔をしている。

 

「い、いえ。まあび、びっくりし、しました」

「それはすみません。それにしてもいけませんね」

「え?」

「我らの主に対してもう少し慎みを覚えなければなりませんよ」

「あ、……ご、ごめんなさい」

 

 今謝ったのは神父さんに対してだから。神に対してじゃない。

 

「よろしい。それで貴女はここに何をしに来たのかな? 先ほどの様子だとお祈りと言うわけじゃなさそうだが」

 

 そういえばあたしの言葉を聞かれてたのか……ああーああー、ちょっと恥ずかしいかも……。こ、こほん。気を取り直そう。

 

「あの、あたしはマオっていう、冒険者のえっと、見習いみたいなものかな? 自己紹介が難しいや。とにかくここにお手紙を届けにきました」

 

 あたしは懐から封筒を取り出して神父さんに渡した。

 

「これは、そうでしたか。ありがとう。私の名前はファロム。この教会を預かっているものだ。それにしても貴女はラナを担いでくるから少し警戒してしまいましたよ」

「あ、ラナを知っているの?……ですか」

「知っているとも。彼女に魔法をいくつか教えたのは私だからね」

「へ、へー。あのなんか倒れてたから休ませてもらえるかなって連れてきました」

 

 あたしは嘘をついた。まあ魔王だしいいよね?

 あと、ぶちのめしたことはだまっとこ。そういえばあたしから手紙を奪おうとしたときにラナが自分はここのことを知っていると言ってたっけ。

 

「彼女は遠くの村から来た子でね。この王都では身寄りもなくてたまたま知り合ったところからいろいろと教えたのだけど……少しお調子者でね。魔法の才能はあるんだけど、競争意識が激しくていけない」

「そうなんですね。まあ、魔法がすごいできるってことはさっき見たけど」

 

 うーん。ラナが起きる前にここから立ち去った方がいい気がする。ただ神父さんはあたしににっこりと微笑みかけて言った。

 

「いえいえ。そのラナの魔法陣に強制的に『書き加える』などということができる貴女に比べれば大したことありませんよ」

 

 あたしは身構えて下がった。

 

「………………見てたの?」

「魔力の波長を合わせて一瞬で魔法陣を解消させる魔力の流れを誘導したこと……そのようなことができる人間は王都に何人いるものでしょうね」

 

 神父のメガネ光っている。

 

「君はある意味異常だ。それなのに体の中に内包する魔力が極端に少ない」

 

 あたしは一度入り口を見る。ラナとの闘いをただ傍観していたというなら、この人も敵なのかもしれない。いや敵ってなんだろ、なんであたしは喧嘩売られることが多いんだろ。ソフィアと言い、暁の夜明けといいもう!

 

 そんな身構えていたあたしに神父はにこりと笑いかけてきた。うっとあたしは気持ちがそがれた。そのまま神父はくるりと後ろを向いてかつかつとラナに近づいていく。

 

「ああ、マオ君に対する興味は尽きないところだが今はこの不肖の弟子に対するお仕置きが先だったね。ほら、ラナ。起きなさい。ラナ」

「う、うーん」

 

 ラナが長椅子の上で起き上がった。頭を抱えているのはあたしの頭突きが効いたからだろう。あたしは少し遠くから様子を見ている。ラナがまたあたしに攻撃をしてきたら怖いし。

 

「あ、あれ。私は何をしてた……あ! あのFラン、どこへ行ったってぎええええええ!! ファロム先生!!??」

 

 ラナが逃げだした! はやっ! すごいスピードで入り口に縋りついてドアノブをがちゃがちゃしている。

 

「なんで、なんであかないの??」

「ああ、そこはドアじゃありませんよ」

「え?」

 

 あ、あれ!? いつの間にかラナが長椅子に座ってる。あ、あれ? さっきまでドアから出ようとしたはずなのに……あたしは目をごしごししてもう一度見ると、ラナが涙目で神父……さんを見てる。

 

「こ、これ混乱の魔法ですか? せ、先生ぃ」

「さて、ふふふ。どうでしょうかね? 魔法で年下をいたぶろうなんてしている悪い子にお仕置きするための魔法でしょうね」

 

 魔法……認識そのものを乱す魔法? あたしがそれに気が付かずにかかってた……? この神父さんはもしかしてやばい人かもしれない。

 

「それじゃあラナ。罰を言い渡します」

「ひっ。違うんです先生。これは学園の先生に頼まれて」

「そのような頼みごとを受けることには責任が伴います」

 

 あたしは止めに入った。こんなにヤバイ魔法を使えるならラナに対する「罰」もひどいものかも。

 

「ちょ、ちょっと待って。ラナは確かにあたしをすごい焼き殺そうとしてたり……あと、あたしの手紙を奪おうとしてたりしたけど」

 

 あ、弁解の余地ないし。だめだ。もう何も言うことがない。

 

「ほう、マオさん。ラナがそのようなことを」

「あ、あんた余計なことをいうんじゃないわよ!!」

 

 いや、だって。もう!

 

「ま、まあいいじゃん。そいつも反省しているみたいだから許してやれば」

「マオさんはなかなか優しいですね。この子も口だけのところがありますから本当に炎で焼くつもり何てなかったとはおもいます……いいでしょう。罰は軽めでいきましょう」

 

 流石にラナがあたしを殺すつもりなんてなかったことはわかってた。そのつもりならもっと別の方法もあっただろうしね。あたしはほっと胸をなでおろした。

 

「じゃあ、おしりぺんぺん100回でいいでしょう」

「は?」

 

 ラナが固まってる。

 

「あの。先生。私がいくつか……そのと、歳を、し、知ってますか?」

「ええ、かわいい弟子ですからね。全然関係ありませんが教会の近所のみんなもそろそろ来るでしょう」

「…………ご、ごめんなざい! ゆるじてください!」

 

 ラナが本気で謝ってる。う、うんおしりぺんぺんなんてラナくらいの女の子がされたら恥ずかしすぎて死ぬね。あたしがされても、うわ、考えただけで怖い。

 

「困りましたね。せっかく軽い罰をと思ったのに」

 

 神父さんはわざとらしく頭をかいている。それからぽんと手を叩いた。

 

「それじゃあこうしましょう。ラナ。君はしばらくの間マオさんのことを逆に助けてあげなさい」

「は、はあ? な、なんで私が!」

「彼女を邪魔するように頼まれて今回のことを仕出かしたのだからその逆をすることによって罪滅ぼしをしなさい。ああ、いいのですよおしりぺんぺん200回でも」

「ぐ、え、ぐ」

 

 な、なんか話がどんどんよくわからない方に進んでいっているけど……。

「ほら。マオさんにお手伝いすることをお願いしなさい、ラナ」

「え、ええ」

「おしりぺんぺんですか? 好きな方を選びなさい」

「ひぇえ」

 

 ラナがあたしをこの世の終りみたいな顔で見てる……な、なんか泣いてる。あたしは手伝いなんていらないと言おうとして、それをいったらラナがもっと恥ずかしい目にあう選択肢しかないことに気が付いた。

 

 ラナがあたしに近づいてくる。

 

「あ、あんたのことそ、その手伝ってあげる」

「ラナ! お願いしなさい」

「ひい、その、て、手伝わせてく、く、くください」

「……………う、うん」

 

 あたしはこういうしかないじゃん。

 神父さんがぱちぱちと拍手をしている。その音が教会に鳴り響いているけど、ラナは憔悴しきった顔であたしを見てた。

 

 


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