魔王やってましたけど勇者に負けて転生しました ~FFランク冒険者候補からの成り上がってやる~   作:ほりぃー

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過去①

 

 ――物心ついた時、『彼女』は何も持っていなかった。

 

 親や兄弟がいるかいないのかもわからない。幼いころの記憶はどこかの山奥でダガーの研ぎ方と振るい方を仮面をつけた男に教わったことと、硬くてまずいパンと何かの薬を溶かしたものを飲まされたことだけだった。

 

 正確な年齢もわからない。本当の名前もわからない。いや本当の名前などあるのかも知るすべはなかった。

 

 周りには同じように身寄りのない子供が大勢いた。彼らも同じように戦闘訓練や魔法の訓練を施されていた。中には耳の長いものもいた。それを彼女が『魔族』として認識することは少し後のことだ。

 

 少し体が大きくなると文字の読み書きと数字の計算。そして王への忠誠を持つことを教わった。見たこともない王のために働くことが自分の在り方だと認識した。それは認識するということが正しく、選択をしたわけではない。最初から選択肢などはなかった。

 

 人の中に溶け込むために表情の作り方や話し方、人へのふるまい方を教わり始めるとその目的が王の邪魔になるものを『 』してしまうことと叩き込まれた。

 

 疑問などはなかった。彼女たちにとってそれが普通であり、当たり前なのだった。

 

 そんな中で自分たちは『王の盾』というらしい、ということはなんとなく彼女は知った。説明をされたわけではない。同じように戦闘訓練を受けた子供がある日突然消えたくらいにその話をなんとなく聞いた。

 

 彼女はそこで何年も過ごした。『彼女』は仕事として様々な場面に駆り出された。

 

 そのたびに名前を変えて、性格を装い、近づき、抉った。

 

 仕事が終わるとさらに名前を変えて少しの間隠れている。

 

 その日も『彼女』は仕事を終えて夜の闇。フードをかぶって歩いていた。月の光が邪魔な夜だった。陰に隠れて歩かなければならない。明るい道は嫌いだった。裏路地を抜けていこうとした時、怒声が響いた。

 

 ――誰かに見つかったか?

 

 『彼女』がダガーの柄に手をかけて、顔を見られないようにフードをかぶりなおす。光のない目で物陰に隠れてあたりを見回す。

 

 どこからか人が走ってくる音がした。怒声も近づいてくる。

 

 女性が逃げていた、肩までの深い紫の髪をした耳の長い女性だった。魔族の女性だった。彼女は手に本とパンを抱えて逃げている。後ろから数人の男が追っていた。下卑た言葉を吐きながら追いかけている。

 

 どうやら自分が見つかったわけではないと『彼女』はダガーから手を放す。女性が追われている理由はわからないがどうでもよかった。自分にはかかわりのないことだと思った。だからこれは単なる気まぐれでしかない――

 

 『彼女』は飛び出すと追ってきた先頭の男の前で跳躍した。突然のことに男は呆けた顔をする。そのまま腰を回転させてその側頭部に踵をぶつけ、倒した。そのまま先頭の男は地面に倒れて動かなくなる。後ろにいた男たちがひるんだ隙に『彼女』はその懐に飛び込み魔力で強化したこぶしを急所に叩き込む。

 

 一瞬のことだった。男たちはうずくまり。呻いている。そこで『彼女』ははっとした。何をやっているんだと思った。フードで顔を隠してすぐにそこから去ろうとした。その手をつかむ者がいた。

 

 助けてしまった魔族の女性の目。赤い瞳にうつる自分の姿が見えた気がした。それほどその女性の瞳は澄んでいた。

 

「ありがとう。でも、お礼がしたいのけど、少し待ってほしいの」

「……?」

 

 待つとは何のことだと純粋に疑問に思ってしまった。その女性は荷物を降ろして自らを追いかけていた男性の一人。最初に頭を蹴られて倒れた男の頭に手を置く。そして呪文を唱えると白い暖かい光がそこから発していた。

 

 治癒魔法。

 

 『彼女』は何をしているのかわからなかった。明らかに自分を害そうとしてる人間を助けるその姿が理解できなかった。『彼女』には頭の中を埋め尽くす疑問符が処理できなかった。女性は男たち全員に治癒魔法をかけた。かけられた男たちも何があったか、どうして治療されたのかもわからずに呆けている。

 

「悪いことはもうしないで」

 

 女性は全員の前でそう言った。男たちは呆けたまま頷いていた。明るい月を背景に優しい顔でそういう彼女に魅入られてしまったようだった。彼らは各々立ち上がり去っていく。なぜか去る時に軽く頭を下げる者もいた。

 

「あなた」

 

 呼ばれたときに『彼女』は反応できなかった。

 

「あ、あ」

「……? どうしたの? 私はディアナ・ペテル。一応医者よ。……助けてくれて本当にありがとう。……良ければあなたの名前を教えて」

「名前?」

 

 偽名を名乗ろうとして、ディアナの瞳を見るとうっと言葉に詰まってしまった。濁りのない、といえば奇妙かもしれないがルビーを溶かしようにきれいな赤。きらきらと光るその瞳。

 

 ディアナはただ『彼女』をまっすぐにみていた。

 

 そんなディアナに『彼女』は名前を名乗ることができなかった。

 

「私は……」

 

 その言葉の後になんとなく情けなくなって少しだけ視界がにじんだ。

 

「え?」

 

 なぜか右目から涙がこぼれて、驚いて自分の手で涙をぬぐう。『彼女』よりもディアナが慌てた。

 

「ど、どうしたの? ど、どこか怪我したの。そ、そうよね。あんなぴょーんと跳ねて女の子が人を蹴ったりしたら逆に足が痛かったりするわよね。ど、どこが痛いの」

 

 あわあわとディアナは右往左往した。その姿に『彼女』はくすっと笑ってしまう。そしてすぐに手で口元を隠した。ディアナはそれで安心したようだった。

 

「笑ったほうがいいわ。それに」

 

 ディアナは『彼女』フードに手をかけて脱がせる。いつの間にか月が彼女たちを照らしている

 

 くすんだ金髪、愛らしさを残した顔立ち。驚いて少し開いた瞳。

 

 その前でディアナは笑う微笑む。

 

「せっかくかわいいのだから、こんなの脱いだほうがいいわ」

 

 少しの間『彼女』はディアナの顔を見て、なんとなく空を見た。星のきれいな夜だと今気が付いた。

 

 月明りも星も邪魔なはずだった。ただそう思ったのだ。

 

「ディアナ。大丈夫か」

 

 幼い声がした。

 

 『彼女』が振り向くとそこには少女が立っていた。年のころは10歳前後だろうか、もう少し下かもしれない。その少女は何か棒のようなものを持っている。それは後年『魔銃』と呼ばれるものだった。

 

 少女は『彼女』を見た。

 

 紫色の宝石のような瞳を持った少女。彼女は口を開く。

 

「君が彼女を助けてくれたのか。礼を言うよ」

 

 暁の夜明け、その創始者である彼女はにっこりと笑った。

 

 

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